産後、胸を触られるのが嫌になったり、セックスに積極的でなくなるというのは、よくある話だという。授乳中の胸を触られるのは、苦痛しかない。産後一ヶ月の検診で、避妊は必要ですがもうセックスはしてもいいですよ、と医者に言われた時、まるでセクハラをされたかのような嫌悪感に包まれ、私は言葉を失った。

目次 マザーズ・金原ひとみ、

本表紙
広告 既存の避妊法嫌い、快感をこよなく愛するセックス好きのゴム嫌い外だし。ではなく膣内射精できる特許取得「ソフトノーブル避妊具、ノーブルウッシング(膣内温水洗浄器)」を用い、究極の快感と既存の避妊法に劣らない避妊ができる」
赤バラ一章 マザーズ ユカ編 五月編 涼子編

妊娠して、一児をもうけただけだ。何が間違って、私はこうして毎日毎日満たされない思いを抱えたまま、満たされない気持ちで育児と家事を続けているのだろ。皆が普通にやっている事だ。結婚も妊娠も出産も育児も家事も、皆が普通にこなしている。私は何故そこに順応出来ないのか。
輪が生まれるまで、私は夫と二人で甘美な時間を過ごしてきた。結婚から五年が経って輪の出産に至る頃、私たちの関係はすでに行き詰まり、あちこちガタがきていたのかもしれないけど、それでも竜巻のように激しい幸福に包まれていた。
涼子編
産後、胸を触られるのが嫌になったり、セックスに積極的でなくなるというのは、よくある話だという。授乳中の胸を触られるのは、苦痛しかない。産後一ヶ月の検診で、避妊は必要ですがもうセックスはしてもいいですよ、と医者に言われた時、まるでセクハラをされたかのような嫌悪感に包まれ、私は言葉を失った。

赤バラ二章 五月
自分の不倫に対する考え方はぶれ続け、自分のしている事は死をもって償うべき大罪だと感じられる時もあった。待澤と抱き合っていれば夫に会いたいと思い、夫の顔をみれば待澤に会いたいと思った。不倫をしたら、夫に対する気持ちがはっきり見えてくるかと思っていた。
赤バラ三章 ユカ
夫婦生活が行き詰まり始めた頃、別々に寝るようになったけれど、週末婚を始めてからはまた一緒に寝るようになった。パンツ穿いてないのと言うと、央太はワンピースの裾から手を入れて本当だ、と尻を撫で上げた。キスをしながら

赤バラ四章 涼子
一弥の泣き声を聞きながら生活していたのだ。一弥のコミュニケーションの比で言えば、この母親と向かい合って話すというそれなど無に等しい。あの、壁をぶち破って土足で踏み込んでくるような赤ん坊の乱暴なコミュニケーションに慣れてしまうと、大人同士の関係が如何に快適で楽で虚しいものかが分かる。
早く喋れるようになって欲しいよ。何で泣いているか分からない時が一番つらい。すっごく苛々する事ってなかった? かっとして声荒げちゃう事とあって、いっつも自己嫌悪になる
その時不意に、私は一弥が憎たらしくて仕方なかくなる。乳で泣き止む一弥が、泣き声で私を虐めているかのように感じられた。この子の泣き声に、この九カ月私はどれだけ焦らされ、悩まされ、苛立たされ、無力感を味わされた事だろう

咳を止め、一弥がわなわなと震えながら限界まで息を吸い込んでいく。くる、くる、と思っていると断末魔の鐘切声が部屋中に反響した。狂人と化した一弥の口元をタオルで拭い、ベッドから下ろすとシーツを外し、ぎゃんぎゃんとのたうち回る一弥の汚れた服を脱がせると、フローリングについた汚れを拭き取り、マットレスに染み込んだ吐瀉物を更に拭き取っていく。汚れ物を全て洗面台に詰め込むと、キッチンで手を洗い寝室へ戻る。

赤バラ五章 五月
何故私には手に入らなかったのだろう。私は一体誰とだったら、ああいう家庭を築けたのだろう。待澤とだったら、どうだったのだろう。亮と結婚したのは間違いだったのか。弥生を産もうと決めたのは。仕事を続けると決意したのは。不倫を始めたのは。間違いだったのだろうか。

赤バラ六章 ユカ
妻への畏怖、苛立ち、他の女への欲望、子どもも含めた家族そのものを受け入れがたい様子。そういう、私に対する裏切りともとれるような内容への混乱もあった。しかしもっとも私が央太に対して発したはずの言葉を、私に似たキャラクターが発していたのだ。
私はバッグの中のピルケースを取り出し、ツリーを一錠飲み込んだ。ミカに紹介されたヘッドショップから大量にツリーを購入して以来、ツリーは私の日常に溶け込み今や自分の体の一部のように感じられる。耐性から回復までのインターバルが短いせいで常用が止まらないのだ。明日は飲まない、私はツリーを飲むたび固く誓う。

私は抗鬱剤を飲むという選択は自分自身で自分をコントロールする事だと思っていたのに対し、彼は抗鬱剤を飲むという事は外から与えられた選択であり自分自身のそれではないと言った。「誇りある人は幸せになる薬を飲まない」。央太の発した結論が、私からコントロール感覚を奪った。

赤バラ七章 涼子
腕は筋肉痛。手首は腱鞘炎。腰も軋んでいる。寝不足と過労で足がふらふらする。体が疲れ切っていて御飯が食べられない。御飯が食べられないせいで母乳の出が悪く一弥の機嫌が悪くなる。泣き止ませるために抱っこする。筋肉痛も腱鞘炎も悪化する。御飯が食べられないどころか何も食べていないのに吐き気がする。

「編集者なんて結婚経験者の半分以上は離婚経験者だよ。離婚していない人はかなりの確率で不倫してるし、ほんと鬼畜だぜ編集者っつのは」
「私の周りもほんと離婚率高いわ。モデルとか女優とかって結構平気なんだよね。家庭がなくなっても事務所って居場所があるし、皆ちやほやしてくれるし。彼氏とか旦那に固執する理由がないっていうか
どんな夫婦でも急転直下であっという間に離婚するからね、ユカは茶化すように言って自分の周りの離婚経験者たちの話を始めた。

赤バラ八章 五月
レストラン経営の夫を捨て非常勤講師と結婚。週刊誌に書かれる最悪の見出しを想像しながら、もしも私との事が全て公になれば、大学を辞めなければならなくかもしれないと話した。
 待澤がそれまでの性的な存在から、家庭的な存在に変化し始めている事に戸惑いを感じながら、そうして空想混じりの話をつづけて、私たちは笑い合った。待澤は同棲をした事がない、結婚も、子どもを持ったこともない。待澤が考えている以上に子どもとの生活は過酷

赤バラ九章 ユカ
私は、自分が突然夫に会いにいくという行為が抜き打ちテストと称される事にひどい侮辱を感じた。自分が愛情ゆえにとった行為を、抜き打ちテストと言われるなんて思ってもみなかった。
私はインターネットに接続された無修正動画を配信するサイトに飛んだ。無修正動画の中で女性器が揺れる。背面騎乗で揺れる男性器を咥え込んだ女性器のアップを見ながら、私はベット脇に落ちている電マを手に取りスイッチを入れた。どきどきした。コカインのせいかAVのせいか、一人目が射精して、二人目が射精して、シチュエーションが変わっても私は絶頂に達しない

赤バラ十章 涼子
壁に掛けられた正方形の写真立てが目に入った。一弥が生まれた頃に買ったものだ。縦横合わせて五枚の写真を入れられる大型のそれには、まだ結婚する前の私と浩太の写真、結婚式の写真、一弥の生まれた時の写真、一弥のお宮参りの写真、一弥と浩太と一緒に実家に帰った時に皆で撮った写真、とバンスよく私の周辺の人々がはめ込まれている。幸せそうに笑う人々がじっとこっちを見つめている。
「私たちは弱者と向き合う時、常に暴力の衝動に震えている。私たちは常に、弱者に対する暴力への衝動がある。でも暴力の衝動に身を任せて弱者を叩きのめしても、人は大概満たされない。

赤バラ十一章 五月
流産の手術以来、女性ホルモンが激減したせいか、それとも流産への憂鬱な気持ち、あるいは不妊症かもしれないという不安のせいか、募るのは不能感ばかりで中々明るい気持ちになれずにいる。ファーストシューズやベスト、おくるみなどを写すカラーページをぱらぱらと捲った。
女性が排卵日や生理前に苛々するという話を。ほとんどオカルトのようなものだと思っていた私は、人間はホルモンに操作されている、遺伝子に操作されている、と言うような話をする人が嫌いだった。半ば、霊能力者や超能力者のような、胡散臭い人を見るような目で見てきた。でも自分が妊娠したり、出産したり、授乳をしたり、流産したりという激しい女性ホルモンの波にさらわれている中で、私は自分の力ではどうしようもない感情の変化が起こる事があるのだという事実を認めざるを得なかった。

「ママちょっと待ってね」という弾むような声を斜め後ろから聞こえた。え? と呟いた瞬間、前方の曲がり角からワゴン車がエンジン音を響かせて近づいて来るのが見えた。すぐ後ろに入るはずの弥生の声が斜め後ろから‥‥と思った瞬間身体中の穴から火が出るように焦燥感の中で振り返り、息が止まるかと思うほどの胸の苦しさに顔を顰め、やよいっと声を上げる。転がるように車道に駆け出し、手を伸ばす。反対車線に駆けていく弥生は振り返らない。

赤バラ十二章 ユカ、涼子、五月
佳人と暮らし始めて気づいたのは、子供は自分を躾けるひとに甘えるという事だ。甘えないのは輪の性格なのだと私は思ってきたけれど、私や央太のように上も下も作らず好きに生きなさいという態度でいる親に、子供は甘えることが出来ないのだろう。
涼子
一弥を虐待している自分の顔が浮かぶ。自分が初めて虐待した時から、私は虐待されて泣いている一弥の顔よりも、見たことのない、虐待をしている自分の顔が何度も脳裏に蘇り、その狂った表情に背筋の凍る思いをしてきた。嗚咽が漏れそうになり、手で口を押さえた。洗面台の前で、私は両手を口に当て、青ざめた醜い自分の顔をじっとみつめた。
五月
 もしも弥生がこの一年を、生前の健やかさをもって過ごしてきたならば、彼女はどんな女の子に成長を遂げていただろう。コートとワンピースのかかったハンガーをクローゼットの取っ手に引っ掛け、少し離れた所からじっとみつめた。背の高かった弥生は、五歳用の服でも少し窮屈だったかもしれない。先週、通りかかった子供服のブティックで、チェツク柄のコートと薄ピンクのコットンワンピースを半ば衝動的にレジに持っていきながら、買ってしまえば後悔するだろうと思っていた。

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