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 病的自己愛というと、自分が好きで好きでたまらない…といった自惚れ状態を想像いますが、実はそうではなく自分で自分を正当と評価し、支えることができなくなっている場合が多いのです。トップ写真

自己愛はゆがむもの

本表紙 香山リカ 著

ピンクバラ自己愛はゆがむもの

それでは、なぜ人はフロムや森田のような恋愛ができないほど、自分のかけがえのなさを見失い、それを一気に恋愛で埋めようとするようになったのでしょうか。

 この「かけがえのなさを実感できない」という状態を、精神分析学者のカーンバーグは「自己愛が病的になった状態」と考えました。
 病的自己愛というと、自分が好きで好きでたまらない…といった自惚れ状態を想像いますが、実はそうではなく自分で自分を正当と評価し、支えることができなくなっている場合が多いのです。
 病的な自己愛の特徴としては、次のようなものが考えられています。

病的な自己愛の特徴

・正常な自己評価の欠如

・他者に依存できない、あるいは依存しすぎる

・冷たい、無遠慮で過大な要求

・非現実的な愛の要求

 自分本位で、とにかく愛によって自分の証を得たい、というタイプの恋愛や結婚は、すべてこの病的な自己愛に基づいたものと言えます。
 この人たちは自分を信じられないのと同じように、他人を信じることもできません。だから、人を過度に見下してしまったり、あるいは「好きだよ」と言ってくれているのに信用できず、何度もメールをいれたり相手の携帯をチェックしてしまったりします。
 「私を絶対裏切ることなく、生涯続く愛なら信じられる」などと言って要求しますが、自分の方はそれを相手に与えようとしません。口では「私は一生、愛する」などと言いますが、簡単に浮気をしてしまったりします。

 ここまではっきり病的ではなくとも、フロムや森田の愛から現代恋愛へと変化したプロセスには、この自己愛の関係していると言えるのではないでしょうか。

 では、どうして現代の人たちの自己愛は、昔に比べて歪んでいるのか。これについては、さまざまな説があります。ある人は、健全な自己愛が形成されるのは幼児期なので、その時期に親が十分な愛情を子どもに注がなかったり、あるいは理想を押し付けたりすると。
 子どもの自己愛が将来にわたって歪む、と言います。

 確かにそれが当てはまるケースもあるのですが、カウンセリングをしていて親の問題がそれほどハッキリしていない場合も少なくありません。
 というより逆に言えば、現代の生活では親たちも自分自身の問題に忙しいのは当然ですし、理想を子どもに押し付けて期待するのも致し方ありません。

 極端に言えば、どの親にもどの家庭にも問題はあるのです。その中で、なぜ自己愛がひどく歪でいる子どもとそうでない子どもができるのか、そこがよく分からないのです。

 私は個人的に、この「自己愛の歪み」は現代を生きる人間にとっては、家庭の問題うんぬんとはあまり関係なく、必然的に起きる問題なのではないかと考えています。

いくら自分に自信を持っていても、これだけ色々と情報が入ってくると中で生活をしていれば、「私なんかはたいしたことない」と傷つく機会はいくらでもあります。
 誰もが「本当の自分」「本当の幸せは」と考えるようになっている中では、社会的成功や豊かさを素直に自信の裏付けにすることもできません。
 従来、考えられていたような「健全な自己愛」は、今の社会の中では実現は不可能なのではないでしょうか。

 それよりも、最初から自己愛は歪んだもの、と言う前提で考えずに、誰もがしっかりとした自己愛を持っていて、自分をある程度、客観的に把握(はあく)して他者にも配慮できる、といまだに思われているからこそ、どうにもならなくなって恋愛に駆け込み、そこで自分の中の本質的な問題に直面して、大きな不安や心配に襲われる人が跡を絶たないのではないでしょうか。私はそう考えています。

 では、この歪んだ自己愛の時代、すがるのは恋愛だけ、という状況の中、なるべく恋愛の泥沼で不安にならいようにするには、どうすればいいのか。
 もちろん「これだ!」という万能の処方箋があるわけではないが、最後に少しだけその問題を考えてみましょう。
 つづく 第七章 不安に襲われたときの乗り越え方
今の恋愛世代に欠けているもの

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