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ベッドタイムアイズ  山田詠美 著

ベッドタイムアイズ

文藝選後評  江藤淳
 傑出した小説
 山田詠美『ベッドタイムアイズ』を一読したとき、私は、受賞作はこの作品しかないと即刻心に決めた。それほどこの作品は傑出している。単に新人の作品として傑出しているだけではない、今年日本で書かれたすべての小説のなかでも、やはり傑出しているのである。

 米駐留軍相手のクラブ歌手をしている若い日本人の女と、黒人兵スプーンとの風変わりな同棲生活を描いたこの『ベッドタイムアイズ』を読んでいるとき、私はごく自然の成行きとして、同じ黒人兵の出て来る大江健三郎の出世作、『飼育』を思い出していた。

『飼育』も、私は好きな作品だった。だがこの『ベッドタイムアイズ』に比べれば、二十七、八年前に書かれたあの小説は、童話とも抒情(じょじょう)的散文詩ともつかないもののように思われて来る。それほど『ベッドタイムアイズ』は、深い人生を感じさせる小説である。作者は、自分の言葉で、人生に対しても黒人兵に対してもほとんど零距離の近くにまで肉迫し、それを受け容れ、かつそうとしている主人公を正確に見据えている。そういう意味で、この小説は、米谷ふみ子氏の『過越しの祭』に勝るとも劣らない迫力と重量感を兼備しているといえる。
『ベッドタイムアイズ』のもう一つの面白さは、一見セックスにまみれて、”飼育”されているだけなのかと見えた黒人兵スプーンが小説の結末近くになって、突然某国大使館に米軍の軍事機密を売り渡そうとしている叛逆者の正体を露呈し、その意味で有島武郎の『或る女』の倉地を思わせる相貌を帯びはじめる点である。しかし、スプーンは、それでいながら、黒人兵である以上に一人の人間であり叛逆者である以上に一人の男であるように描けている。到底凡庸の才のよくするところではない。

ベッドタイムアイズ  山田詠美 著

本表紙
スプーンは私をかわいがるのがとてもうまい。ただし、それは私の体を、であって、心では決して、ない。私もスプーンに抱かれる事は出来るのに抱いてあげる事ができない。何度も試みたにもかかわらず。他の人は、どのようにして、この隙間を埋めているのか私は知りたかった。マリア姉さんに聞いても具体的には教えてくれない。いっそこうしろと誰かに命令された方がよかった。意思を持たない操り人形が示された処方箋を読むように私はスプーンの痛むとこを舐めまわしたい。それが彼のディックを舐めまわすより、はるかに困難だということに気がつくまでに時間がかかり過ぎた。なぜ、もっと早くから練習しておかなかったのか、と思う。

 洗面所にはスプーンの使っていたプルートという香水の空き瓶やヴァイタミンEのカプセル(これがなくてはファックができないと彼は思っていた)が、いまだに転がっている。そして私はそれらをトラッシュ缶に捨てることはおろかトランクに放り込んでクロゼットの奥に仕舞い込むことすらできない。

 スブーンが横須賀の基地を逃げ出してきたとき、自分の身の回りの物をすべをトランクにきれいに詰めて両手にさげ、私の部屋のドアベルを礼儀正しく鳴らしたものだから、私は長期滞在のゲストを迎えたような気持ちになった。トランクの中にはハーシーのチョコレートが二十枚も並んで入っていて、彼がうちに泊まるだけでこんなに大量のチョコレートをもらってよいものかどうか不思議な気持ちなった。

 基地のクラブでスプーンを初めて見たとき、彼はなぜかブラックタイにタキシードで正装していて、ネイビーの作業衣やジーンズ姿で玉突きをしている男が一ドル紙幣をキューと指の間にはさんでビリヤードに熱中しているあいだ、終始スプーンを盗み見した。彼の持っているセブン・アンド・セブン(バーボンとセプンナップ)のグラスも、今では尿検査のコップにしか見えないが、そのときは黒い指の間にはちみつがしたたり落ちるかのように金色だった。

 グラスを持たない方の手をパンツのポケットに突っ込み、彼は何かに触れているふうだった。もぞもぞ動くポケットの中の彼の指はきっと骨張って大きいに違いない。その指はポケットの内側を丹念に愛撫しているように思われる。自分のスリットをああいった平然とした表情と卑猥な指先で探られたらどういう気持ちだろうかと思いついて、私は顔を赤くした。

 スブーンと視線が合った瞬間、私は自分の思っていたことを彼に悟られたような気がして下を向いた。再び顔を上げたとき、彼は私の視線を捕らえ出口の方へそれを移動させた。私はそのまま何かとりつかれたように立ち上がり、連れの男にレストルームで用を足してくると言い残し、ゲームルームの外に出た。扉を開けると廊下の壁に寄りかかり今度は両手をポケットに突っ込み、まるでチンピラのように私を待っていた。

 スプーンは私の腕をつかみ建物の一番隅のドアの前まで連れて行く。ドアには立ち入り禁止(キープアウト)の札が下げられる中はむき出しのパイプが複雑に絡み合ったボイラー室になっていて古い埃の匂いが漂っている。

 扉を閉める音と同時に私はスプーンと、その空間の中に取り残された。
 
私は何か会話が欲しいと思い口を開きかけ、スプーンはそれを私の催促と勘違いしたのか、あるいは、会話なんて不必要と思ったのか、私の開きかけた唇をこじ開け舌を差し込んできた、彼の唇は、まるっきり口と独立していて私の気を失わせようとする。

私は必死に彼の上着にしがみつき、シャツのボタンを外そうとする

――早くこの男の匂いを知りたい。
けれど彼の手や舌は休憩を知らなかったので私の手は震えてボタンをうまくつかめない。
もどかしさに舌打ちをして私はシャツの合わせ目を引き千切った。
黒い胸は毛におおわれていて金色のチェーンがかかっている。
私は唇に力を込めてその胸毛を引っ張りながら男の体臭を味わう。
そして、これと同じ匂いを昔嗅いだことがある、と思う。ココアバターのような甘い腐った香り。脇の下からも不思議な匂いがする。腐臭に近い、けれども決して不快ではなく、いや不快ではなく、汚い物に私が犯される事によって私自身が澄んだ物だと気づかれるような、そんな匂い。彼の匂いは私に優越感を抱かせる。
発情期の雄が雌を呼び寄せるムスクはたぶんこんなふうに懐かしさを感じさせるのだ。

 私の乱暴なやり方に比べて男の方はかなり丁寧に適確に私の身につけている物を?がしていく。

 横たわるスペースもないその空間で、私は立ったまま片足を高く上げハイヒールを壁に付ける。足首には小さなショーツがハンカチーフのように巻きついている。スプーンの黒い胸が私の足に絡み、アンクレットのきらきらした光だけが目に映る。

 彼のデックスは赤味のある白人のいやらしいコックとは似ても似つかず、日本人の頼りないプッシィの中に入らなければ自己主張ひとつ出来ない幼く可哀想なものとも違っていた。海面をユラユラする海草のような日本人の陰毛は、いつも私の体にからまりそうな気がし恐怖感すら覚えてしまう。

 スプーンのヘアは肌の色と保護色になっているから、ディック自身が存在感を持って私の目に映る。私は好物のスィートなチョコレートバーと錯覚し、口の中が濡れてくるのを抑えることができない。流れ出る唾液は、すぐに沸騰している。

 私とスプーンはため息だけで会話をしている。
あまりの気分の良さに叫ぶこともできない。快感すら訴えられない苦しみと素晴らしさに、
私は彼の上着をつかもうとする。偶然ポケットに触れたとき、スプーンがビリヤード台の前で、しきりに愛撫していた例の物にぶつかる。それが金属であること、また日常、もっとも親しんでいる物であるのに気づいたとき、私は体の芯にあれがきて、すべての感覚が麻痺してしまった。

 足を高々と上げた、そのままの姿勢で私は彼を見つめる。湿った私の額に張り付いた髪の毛を指でつまみ彼は私に、これから君の顔を思い出すたびにオレはマスターベーションするだろう、と言った。
 私を思い出して自分を慰めるスプーンを想像して私はせつない気持ちになった。
「名前を教えて」
「スプーン」
 私は彼のポケットの中の硬くて冷たい物を思い出した。そして、英語の言い回しの中に、幸福に恵まれた子供を「銀の匙をくわえて生まれてきた」という言い方があることも。

 銀の匙をポケットに入れて持ち歩くという滑稽なことをしている彼を人々がスプーンというニックネームで呼ぶのは、親しみに加えて、嘲りの気持ちを込めて、に違いない。銀の匙(シルバースプーン)をくわえて生まれてきた者がそれを持ち歩くわけがないからだ。こんな素晴らしい体を持った男が大袈裟過ぎるドレスアップをしてスプーンを握りしめながら自分の存在を確認しなくてはいけない、そうせずにはいられない人間を造った神様は不公平に私は少し苛立った。
「あなたは時々、悲しい思いをしてきたの?」
「オレは、いつだって幸福だよ」
 スプーンが?をついていると勝手に解釈し、私は言った。
「うちに来て」
 そのとき、私は殉教者にでもなるつもりだったのだろうか。彼を幸福な気分にしてあげるというような大それた考えを持っていたのだろうか。けれども、その後悔を彼がこう言って消してくれた。

「足を降ろせよ。疲れねえのかい。上げっぱなしでよう。もっとファクが欲しいのなら二度目はシーツにくるまってやりてえな」
 彼は、そう言って私にウィンクを送る。眉を互い違いにしかめ、片方の下のまぶたを上に微妙にあげる黒人特有のやつを、だ。私の口に、それは入り込み、体内に飛び火し、やがて沈着し、ゆっくりと溶けて甘く染み込んでいく。

2 マリア姉さんの楽屋には太った豚が、たくさん飼われている

何匹かは、いつも白くぶよぶよとした足を広げ畳に直に置かれたカレーライスをかき込んでいる。豚だなんて言うもんじゃないわ。だって本当にそう、マリア姉さんと全然違うよ。私は姉さんにたしなめられて口をつぐむ。

 マリア姉さんは黒の紋付きの羽織を桐の下駄を履いて楽屋の前を歩き回る。鏡の前で化粧をするとき、その着物の上半身をはだけ、腰の位置で袖をきりりと縛り、胡坐をかく。黒い着物の裏地は朱色だ。

「出番が終わったら外に出て何か飲みたいね。キム、あんたはどうする。あたしのステージ見たいんだったら投光室のお兄さんに言って見せてもらいな。それとも、ここで待っているかい」
「ううん。見るわ」
 スリップ姿で立て膝をつく醜い女たちを見るのには耐えられなかった。彼女たちも私を場違いの小娘のように思っているのだろう。フィリピン人の踊り子たちと英語で交わすジョークは気が利いていて楽しかったけれども。

 マリア姉さんはショートピースを黒い陶器の灰皿の中でもみ消し衣装を着け始める。スリットがお尻の位置まで切れ上がった白いロングドレスだ。私は、それを横目で見ながら楽屋の出入り口に向かう。マリア姉さんの出番を待つ間、私は自分の事のように興奮する。

 軟体動物のひしめく、この小屋で人を欲情させるような淫靡な空間を創れるのは彼女だけのように思われる。ブルースの流れる中で開くお姉さんのプッシィを見る度に私はその存在感に圧倒される。時々、自分のそれをチープな値段で売ってしまう私を思い、私の足の間にあるものはマリア姉さんの足元にも及ばず、決して私のそれはアートにはなり得ないと自己嫌悪に陥る。私は、ふとスプーンがバスルームにスプレーした落書きを思い出す。
 PUSSY IS GOD!!!
 体にハイヒールと中折れ(ソフト)帽だけを身に着け再びマリア姉さんは登場する。しなやかに体を動かしながら自慰行為に入る。恍惚とした表情を浮かべながらも粋(クール)に乾いている。こんなふうにベッドの中で演技できたらと思う。自分から没頭するのではなく、相手を夢中にさせる。スプーンの超然とした目を私のピープショウで崩してみたい。彼だけのために演技し、寄って来たその男をマリア姉さんがやるように突き放したい。私は次のスプーンとのメイクラブを考え、期待感で体が熱くなる。けれど、いつだって、先に夢中になり、あなたが欲しいの、と叫ぶのは私の方だった。

 スプーンとも、もう馴れ合い始めている。彼とのメイクラブの後はいつも甘い敗北感がのこる。マリア姉さんのステージは、昔、少しは将来に期待を持っていたころした試験勉強に似ている。今度はいい点が取れそうだ。けれど答案を目の前にして私はなぜか震えてしまい、鉛筆がうまくつかめない。そして、返ってきた答案用紙を目の前にして私は自信を再び失くするのだ。

「スプーン? 今度はまた、おかしな名前の男と付き合い始めたもんね。ニックネーム?」
 マリア姉さんはケースから煙草を出して火をつける。ピース缶から出して何本かを金のシガレットケースに移して持ち歩いている。
「素敵な体をしてる? その男」

 私は心を見透かされように、どぎまぎしながら顔を上げた。マリア姉さんは舞台で使った黒いソフト帽の下から私を見つめて微笑した。
「あたしにも、また、その男を愛して欲しいって言うんじゃないの」
 私は、そのとき意外な顔をした。意外なことに。いつも私は男を愛そうとするとき、彼女に懇願してきたから。一緒に彼を愛して。ひとりじゃこわいの。数多くのお遊びの中の本当に稀な真実のものを感じとりそうになったときなどに。

 私は大胆不敵な不良少女で、それにもかかわらず、臆病者であることを自覚していた。彼女は、私の理不尽な懇願に一言、できないわ、と答えた。そして、こう続けた。「ベッドの中で、ということならできるけどね」と。そして私もそうしてもらった。私はいつも、その安心感を持って男を愛し安らぎを得、自分も不具者のように感じた。

 ところが今の私は信じ難いことに意外な顔をしている。
「おやまあ! おかしな娘ね。あんたのその顔、見たこともないわ。今回は私のヘルプは必要ないって訳?」
「わかんない。あたし、混乱している。いつもならマリア姉さんの言葉がなによりの精神安定剤なのに。あたし、どきどきしてる。どうしたんだろう」
「それは、ね、たとえ、あたしはでも彼とベッドに入るなんて、あんたが想像できないからじゃない?」

 想像は出来た。スプーンが私の体にするように他の女の体に噛み跡をつける事など、を。その瞬間、私の頬を生暖かい液体が伝わり落ちた。私は茫然自失して泣いていた。

 マリア姉さんは人差し指で私の涙をぬぐった。
「想像に嫉妬して泣くなんて‥‥・かわいい娘。やめなさい、時間の無駄じゃない。自分の目で見たことだけを信じなさい。話してよ、その男のこと。興味があるわ、あたしのキムをこんなふうにさせるなんて」
「彼、逃げ出して来たの、軍隊を」
「つまりU・Aって事?」
 私は頷いた。その言葉は、いつか来る別れを意味していた。彼はやがて連れ戻され、基地の留置所(ジエイル)に入れ、本国に強制送還されるだろう。そうなってもアメリカまで彼を追いかけていく、などとは言えなかった。もし、スブーンを追いかけて行ったアメリカで、彼が自由になるのを待ったとする。U・Aだけなら、たいした罪にはならず軍隊をキックアウトするだけで済むかもしれない。そして職を探し結婚し子供をつくり家庭に落ちつく。私は、そこまで想像して絶望的な気持ちになった。スブーンが父親になるなんて! 私のプッシィを探るのが生きがいの手で子どもの顔を撫でる事なんてできるだろうか。ああ、ジーザス‥‥・私はため息をついた。

「問題の多い男を拾って来たらしいわね。GIで、しかも軍を脱走中。ヒモ(ピンプ)になる条件がそろっているじゃないの」
「ヒモだなんて、そんなのと違う。そんなにか弱い男と違うのよ」
「あんたの肌に溶け込むような男?」
「そう。すごく、よ。不思議なの」
「色々な事を想像して悩むなんて、およしなさい。今、唐突に肌に溶け込むか、なんて聞いたのは、それが一番大事なことだからだわ。どうやってその状態を保っていくかを悩むことよ。その方が素敵にわくわくするわよ」
 私は少し気が楽になった。

「ありがとう、お姉さん、大好きよ」
「スプーンとどっちを多く?」
 私は言葉を失ってどきまぎした。彼女はジンのグラスを口先に持っていきながら、その美しい顔に似つかわしくない人の好い微笑を浮かべた。

「冗談よ。あんたが困っている顔は私の最も愛するもののひとつなんだから」
 ジンを一気に飲み干すと彼女は黒い手袋をつけて立ち上がった。
「さて、と、次の出の用意をしなくちゃ。とにかく今回は、あんたのおかしなカウンセラーにならなくてすむってわけね」
「わからない‥‥もしかしたら…」
 マリア姉さんは私のその呟きが聞こえなかったかのように、伝票を持って先にそのキャフェを出た。

 私は理由のない胸の動悸に自分自身驚き、心臓病患者のように左胸を押さえた。私は自分をひとりぽっちだと感じた。ダイスが転ってゲームが始まったような気がする。だけど、こんなに深刻なゲームが今まであったかしら。私は自分を落ち着かせるためにマリア姉さんのショトーピースの吸い殻に火をつけ、煙を一気に吸い込んだ。私の吸いなれたものより、はるかに強い味に咳き込みながら思う。たかが男と暮らすだけのこと、深刻になるのはばかげている。本当に馬鹿げている。

3 ドアの鍵がひとりで外される音

カシャリという音に最初の数日、私はひどく悩まされた。今まで私はわたし以外の者が部屋の外側からキーを差し込む音を聞いたことがなかったから。私は本気で怯えてドアが開かれるのを待つ。そして、そこにスブーンの黒い顔が現れるのを見てほっと胸をなでおろす。スブーンは私のその様子を見て当惑しながらオレはモンスターじゃない、と言った。その真剣な弁明を私は彼への愛しさをもって真面目に聞いてあげた。

 その日、彼は書類の入った部厚い封筒を抱えていて、それは私の好奇心をそそった。私は、といえば今晩はナイトクラブで歌う曲を選曲するのに苦労し部屋中をジャズボーカルの洪水にしていた。どうしてジャズを歌う女たちはマリア姉さんの様な低くしゃがれた声をしているのだろう。私のふわふわした頼りない声は、それだけで苦労を背負っている。「でもメイクラブには最高だぜ」というスブーンのその言葉で、そのときにだけ上手に歌えればよいのだと思い始める。途端に私は才能のあるジャズシンガーになることを諦める。怠惰でお気楽な歌を歌いたいになり下がるのだ。
「ねえ、その封筒なあに」
「金儲けのもとだよ」
「見せて」

 中を覗こうとする私を台所に追いやり、彼はあちこちに電話をかけ始めた。私は仕方なく水割りバーボンを作り始めた。
「OH! SHIT! そのガッデムマザーファッキンソーダをくれよ」
 電話をたたきつけるように切る彼は私の方に向き直った。彼の四文字言葉(フオーレターズワーズ)極めて音楽的に聞こえる。それの入っていない優等生英語は今の私にとっては不能の男の飲む気の抜けたビールのような代物だった。彼が私をditch(あばずれ)と呼ぶとき、私は親愛なる同志を見るように感じる。スブーンはビッチの男なのだという根拠において。
「お前が仕事に行くまでパーティしようと思ってよ」

 エボニーマガジンの上に白い粉をあけスブーンは均等にその粉の分量を計っている。IDカードで仕切られたホワイトラインを見つめながら私はぼんやりと傍に立ちすくむ。やはりニューヨークのハーレム育ち、ドラッグとは共存関係にあるらしい。


「オレのディックはろくでなし。プッシィ欲しくてディスコにカフェバー…」
 吸い込んだコカインのせいでたちまちスプーンは陽気になり、歌とも言葉の羅列とも区別のつかないものをビートにのせてしゃべりだす。これがニューヨークスタイルのラップっていうんだぜ。オレはブロンクスじゃラッパーNO1だったんだ。暗い内容の歌詞をひどく明るくラップする。オレの姉さん十四の時にダディに犯されマミィになった。そんな時、オレは習ったよ、スケの扱い、ファックのやり方。けれどキッスの仕方はまだだった。

 部屋を歩き回るスプーンを?然と見つめながら私はバーボンソーダを一気に飲み干し初めてのパウダーコークを鼻先に近づけ一息に吸い込んだ。途端に私は咳とくしゃみで呼吸困難に陥り床の上にしゃがみ込む。

「大丈夫かよ。片方の鼻で抑えてゆっくりやれよ。初めてというのは何だって苦しいんだぜ」
 本当だ。初めてというのは何でも苦しい。ようやく咳が止まり顔を上げると、スプーンは心配そうに私を見て笑っている。彼は実際にそうなのだが、何に関しても熟練者のように振る舞った。私は自分を幼い者のように感じて可愛く思った。I’m gonna be your teach-er.(オレは、お前に教えてやるよ)この言葉を私は何となく頼もしく聞いたことか。まったく、それは気違い沙汰だった。スプーン、あんたは本を書くべきよ、と時たま私は言った。ドラッグスのより有効な使い道。ストリートをいかにクールにやくざ者(ギャング)のように歩くか。可愛娘ちゃんをいかに自分の体だけで夢中にさせるかなどのクレイジーバイブルを。

 気がつくと、どこで仕入れて来たのかスプーンはペンキのスプレー缶でバスルームに落書きをしようとしている。
「やめて! ここを追い出されるわ!」
「OK わかったよ」
 今度は、私の可愛い猫のオズボーンに缶を向ける。彼の指がノズルにかけられた瞬間、私はオズボーンを抱え込んだ。何が起こったのか一瞬、理解できなかった。スプーンは腹を抱えて笑っている。
 机の上に無造作に置かれている鏡を覗き込み、私はオズボーンの身代わりになってしまったのを知った。私の髪の毛は唐辛子のように真っ赤に染まり、ペンキでカチカチに逆立っていた。ルナールの書いた「にんじん」だって私に同情するだろう。スプーンは床を転がって笑い続けている。僕のベイビー、にんじんになっちゃった、なちゃった。

 私は今夜のステージで真っ赤なライオン頭のままで歌うことを想像し、いまさらのようにショックを受けた。笑いを噛み殺したピアニスト、酔っ払いの野次。それよりも店に行った途端支配人からクビを言い渡されるだろう。職を失った私は、愛するスプーンを抱えて路頭に迷うことになるのだ。私のプッシィをスプーン以外の人に使わなくてならなくなるのかもしれない。

 スプーンは笑いの発作が治まると顔を見上げて私を見た。私と目が合った途端、再び噴き出して床を転げ回った。
 この男は私の不幸を笑っている。私をこんなにした張本人のくせに。怒りを感じバーボンを一気にあおって怒鳴った。
「ファック、ユー!!」
 私は生まれて初めてののしりの言葉を使った。スプーンは笑うのをピタリとやめて立ち上がった。
「やっとオレの女らしくなってきたじゃないか、ベイビー」
「あんたなんて死んでしまえ! マザーファッカ!」
「そうだ、その調子だよ。キム」
 スプーンは、じりじりと私の方に寄ってくる。私は、睨まれた獲物のようにそこに立ちすくむ。後ろ手に流し台を探り皿洗い用のスポンジをつかみ、私はそれをスプーンに投げつけた。スポンジは彼の顔に命中し床に落ちる。オズボーンが二度目の災難を避けようと小走りにベッドの下に逃げ込んだ。スプーンは床のスポンジに見向きもせずに私の両腕をつかんだ。私は無言で抵抗するように見せかけて、スブーンの気をそそった。真実の気持ちを証明するために彼が私の口を自分の口では塞いだとき、私は体中の力を抜いて彼に倒れかかった。スブーンは私を床の上に寝かせ服を脱がせにかかったが、私はそのとき、不貞腐れたように無気力だった。けれど、それがポーズであることを彼にわからせたくて、私は彼の首に手をまわし引き寄せ耳朶を噛んだ。彼の耳は、そんなことは先刻承知さと言いたげだった。まったく彼は私の教育者たる地位を築き始めていた。

 台所の床で愛し合ったあと、スブーンは私を「オレの愛するチリソース」と呼んだ。スパイスのきき始めたチリソースは仕事場に電話し、今日、父親が死んだのでステージには上がれないと言った。支配人は同情し、二、三日、休みを取ってよいと言った。私は生まれときから父親なんていなかったから、まるで罪の意識はなく、スブーンとパーティを楽しむことに決め込んだ。たくさんのアルコールと少しのコカイン、そして適度なジョイントで、私の今晩のステージはこの部屋で、という事になった。なんて不道徳なステージ、観客はスブーンとオズボーン。夜通し私たちは騒ぎ、結局は飲みすぎ、嘔吐して、やっと落ち着いて朝を迎えた。

「差し込み文書」

「セックスレス」夫婦であっても「浮気・不倫」は楽しいものだしロマンスがある憧れチャンスがあれば間違いなく男女の区別なく逃さない。浮気性の恋人や夫をどうあやせばいいのか「オーガズムの定義」を理解することで役に立つ。それで恋人の「浮気・不倫」疑惑が浮上したときはどうしたらいいか、恐るべき夫の言い訳の”ただのお友だち”をどう撃退するか?
性行為に用いるノーブルウッシング(膣温水洗浄器)はバイブレーターと違い無音であり、優しいタッチ感覚で丁寧に心ゆくまで何度も何度もオーガズムを味わえる、今までのように男たちが膣挿入してからパートナーを満足させなくてはという強迫観念にも似た肉体的そして精神的負担が軽減することでセックスレス化を防ぐ効果を発揮し、なおかつセックス回数が激増したと多くの人々から寄せられています。

つづく オズボーンの空腹を訴える鳴き声で目を覚ました


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