2 家族日記
今日は静岡県の清水市から「テレビ寺子屋」の放送をすることになりました。この会場にくるまでに、私は清水にある静見寺(セイケンジ)というお寺に行ってまいりました。清見寺には五百羅漢が祭られていることを聞きましたので、お参りさせていただいたのです。
五百羅漢というのは、人の供養をうけるにふさわしい聖者という意味だそうです。きびしい修行に堪えぬかれた仏さまです。一人ひとりがちがったお顔をなさっています。この清見寺の五百羅漢の中に、ご自分で、自分のおなかをあけていらっしゃる羅漢さんがおられます。
そして、そのあけたお腹の中に、もう一つ小さな仏さんがいらっしゃるのです。これはどういうことをあらわしておられるのでしょうか。
歴史的とか宗教的な意味は、私にはわかりませんが、私が自分勝手に考えたのです――それは私のお腹の中を見てください。中まできれいですよ。仏様がいらっしゃるぐらい汚れのないお腹ですよ、とおっしゃっているのだと思うのです。
「人は外見でなく、お腹の中が大事なんですよ」ということを教えてくださっているのだと思います。
地位の高い人、有名な人がたくさんいらっしゃいますが、その人のお腹を開けてみたらどうでしょう。中はドロドロ汚れている人もいらっしゃるようです。
地位はなくても、お金は持っていなくても、有名でなくても、お腹の中に仏さまがいらっしゃるような人になりたいものです。
きょうは清水に来て、いい勉強をさせていただきました。
先日、ある方に頭をよりよくしていただく方法を尋ねたことがありました。その方は次のようなことを教えてくださいました。
○1自分の目で、ものをしっかり見ること。
○2自分の耳で、しっかり聞くこと。
○3自分の足で、歩くこと。
○4自分の手を動かすこと、手でものをつくること、また書くこと。
どんなものでも、ボーッと見ていたら何にも見えないんですよ。一生懸命見ようと努力していると、見えてくるんです。
目や耳や鼻やからだ――つまり五感を働かすことです。中でも書くということは大事なんです、と。
そこで、きょうは書くということを考えてみましょう。
書き留めておくことの大切さ
今、私があなたに原稿用紙を一枚お渡しして「そこに、あなたの家の事でも、あなた自身の事でも、何でもいいですから書いていただけませんか」と申しましたら、あなたはどんな気持ちになられますか。
多分、「いやだわ」と感じられるでしょう。「かんべんしてください」とおっしゃる方が多いのではないでしょうか。
でも、書くということは、人間にとって大切なことだと思うのです。他の動物には出来ないことです。人間だけが出来ることなのです。上手下手は問題ではないのです。書くことそれ自体が大事なことです。
日記でも、手紙でも、メモでもいいのです。見たり、聞いたりしたり、読んだりした後で、自分の感想や考えを書き留めることもいいと思うのです。
岡山県のBさんからのお手紙です。Bさんはお子さんを四人もっておられます。
《先日、ある人に、「お子さんは何人ですか。と、たずねられた。はりきって、私は四人です」と答えた。
そしたら、そばにいた人が横から「双子も産んでおられるんです」と、ご丁寧に説明までつけてくれた。
また、ある人は「三人産もうと思っていたのに、三人目が双子やったから、予定が狂って四人になったんでしょう」と勝手に納得している。
子どもが四人もいるということは、そんなに母の習わしにはずれているのかな。
弟のめんどうをよく見る姉。お兄ちゃんらしさを発揮しているのに、上と下にはさまれて思うようにならず、負けることが多い真ん中の子ども。
取っ組み合いって、すさまじい喧嘩をくりひろげたかと思うと、いつの間にか顔を見合わせて、ゲラゲラ笑っててる末っ子の双児。
私の家は見ていると、ロマンに包まれているというのに、どうして人は、四人も産んだら変な顔をするのだろう。》
すばらしい家族だなと私は思うのですが、あなたはどうお考えになりますか。
たくさんのお母さん方が集まっておられる会場で、お母さん方に子どもさんの数を聞いて、それぞれ手をあげてもらうことがあります。そのとき、
「ひとりっ子をもっているお母さん、手をあげてください」
と申しますと、一人っ子もっていらっしゃるお母さんが手をあげられるのですが、なんとなく、はずかしそうに、早く手をおろしたいといった感じがするのです。
「二人、お子さんのある方」
と申しますと、たくさんのお母さん手をあげられます。会場の七割か八割のお母さんが手をあげられます。みんな、堂々とあげておられます。数が多いので、安心して手をあげておれるようです。
お子さんが三人の方も、二人の方と同じくらいの堂々とした様子ですが、
「四人いらっしゃる方、手をあげてください」
と、申しますと、ひとりっ子と同じように、少し恥ずかしそうに、手をあげられるのです。まわりの人も「ホウ」と声をあげます。
私は子どもが育っていく家庭環境を考えると、子どもの数はBさんの手紙からもうかがい知れるように、子ども同士の色々な問題を、自分たちの手で解決したり、まとめ上げていくことによって、賢くなっていくと思うのです。
「日記」をつけてみませんか
宮城県のSさんは、自分も日記を書き、子どもさんにも絵日記を書かせて、親子で励まし合って、続けておられるのです。その子どもさんの絵日記に、
《きょうは、ぼくの家にトマトとナスとピーマンができました。トマトは二コできました。ナスは十コできました。ピーマンは二コです。トマトの味は太陽の味でした。》
平凡な日記のようですが、一番最後の一言、「トマトの味は太陽の味でした」という言葉はいいなと思います。これはやっぱり自分の家の畑でできないと書けないと思うのです。
青森県のUさんは三人の子どもの母さんです。まん中の女の子は、カオリという名前ですが、本人は自分のことを「カコ」と呼んでいるそうです。
《「カコね、お母さんのおなかの中にいるとき、お母さんのおへその穴からみたんよ。そうしたらね、富士山が二つあったんよ。それがお母さんのおっぱいだったの。
それからね、カコね、お母さんのいるここの家に生まれるんだと、ちゃんときめていたのよ」と、カオリが話してくれました。》
私はこのカコちゃんの話を読ませていただいて、子どもってすばらしいなと思いました。カコちゃんの話を聞いて、お母さんも嬉しかったことでしょう。
こういった子どもの言葉を、ちょっと書きとめておかれると、いいと思うのです。カコちゃんがもっと大きくなっとき、カコちゃんがお母さんになったとき、この言葉を読んだならば、人間の温かさを感じるのではないでしょうか。
けっしてりっぱなノートを用意する必要はありません。家計簿の隅でもいいし、手製のノートでもいいと思います。気がついたときに書いておかれるいいなと思うんです。
「家族日記」を書いておられる一家があります。お父さん、お母さん、長女、長男、次男の五人家族です。長女は六年生、長男は四年生、次男は一年生です。日記は毎日交代で書くというわけです。
この日記はおもしろいなと思います。毎日書かなくともいいわけです。自分には五日目に一回まわってくるわけです。そして、日記を読むことでお父さんの考えもわかるし、お母さんの見方も、子どものたちの意見もきけるわけです。
つづく
3、お父さんの姿