快楽(けらく)工藤美代子著
友人に「恋人」の話を聞かされたものの…
まったくもって、厄介なことに巻き込まれものだと、私はコートの襟を立てながら思った。
この忙しいの、なんで他人の色事のゴタゴタに時間を取らなければならないのか。本当に腹が立つのだが、どうしてもことわれなかった。というのも、関係している男女を二人共私はよく知っているのだ。
その二人からなんとか、今夜の話し合いに公平な第三者として立ち会ってくれと懇願された。仕事しがらみの義理もあり、つい了解してしまったのである。
まず、女性の方の、優子さんは、五十二歳である。彼女の上司にあたるのが五十五歳の後藤氏だ。二人の職業については、ここでは書けない。ただ、二人の勤める会社は一流企業である。そして二人は同じ部署にもう三十年近く勤めている。それ以上書くと差し障りがあるので、これくらいにしておく。
どちらかというと私は優子さんとの方が親しい。年齢も近いせいもあって、よく一緒にお茶を飲んだりする。
彼女は独身だ。眼はくりっとして可愛のだが、顔の皮膚に少し凹凸がある。いわゆる痘痕(あばた)というのだろうか。それがとてもお気の毒だと思った。彼女も気にして、いつもファンデーションを濃い目に塗っているのだが、かえって肌を目立たせてし舞うのだ。
しかし、快活でユーモアのセンスもある彼女とは話していても楽しかった。
優子さんが乳癌の手術をしたのは、五年ほど前だった。自分で左側の乳房にしこりがあることに気づいて病院に行った。
「あたしは気丈な女だから、一人で全部手続きをすませて、手術に臨んだのよ」と教えてくれたのは、退院してからだった。思い切りよく、乳房の片方全部取ってしまった。「だってその方が安心だもの」とさばさばした表情をみせていた。
それから間もなく、あるパーティーに彼女が現れて、みんなの前で、開口一番に「今日は義理の父も連れてきましたのよ」といった。「あら義父様はどこにいらっしゃるの?」とその場にいた人たちが一斉にきょろきょろした。
すると彼女が自分の胸を指差して「ここよ」と澄まして答えた。片方の乳房がないので、パッドをいれている。それを「義理の乳」といったわけである。まだ彼女が手術をした直後だったので、みんな、何と言ってよいか分からず、困ってしまった。笑うに笑えない雰囲気だったが、優子さん一人が「アハハハ」愉快そうに笑い飛ばしていた。
さて、その彼女から、「恋人」の話を何度かきかされていた。妻子のある人なのだが、別居して一人で都内に住んでいる。そして毎日、必ず二人は会っていのだという。
「彼はすごく誠実な人なのよ。私の母にもちゃんと挨拶してくれたし、やがて私と一緒になるつもりだと思うわ。だってそうじゃなかったら、私の母まで挨拶はしないわよ」と彼女は幸せそうに言っていた。「でも、その人、優子さんに正式にプロポーズしたわけじゃないんでしょ?」と私は尋ねた。どうも彼女の話が危なっかしく聞こえのだ。はっきりいって、彼女が遊ばれているのではないかと思った。
「プロポーズはしないけど、彼は私なしには生きていけないのだし、絶対に結婚したいに決まっているわよ。ただ、世間体とかあるから、今はちょっとね、でも、彼が定年になるまでには、はっきりさせてくれると思うわ。私だって働いているから、二人の年金があったら老後はじゅうぶんに暮らせるわよ」
満足そうに優子は頷く。
たしかに、彼女が勤める会社は大企業だから、年金も相当な額になるだろう。その上、彼女は自分のマンションを持っている。老後の生活に不安がないのは当たり前だ。
実は私はつい一週間前まで、彼女の恋人なる男性が後藤氏だとは全く知らなかった。
十年尽くして、今さらなぜ別れるなんていえるのか
優子さんの上司にあたる後藤氏には数回会ったことがある、いずれも十人以上のグループでの食事会だった。したがって、一対一で、じっくり話したことがない。だが、長身にアルマーニのスーツが似合う。なかなかダンディな紳士だと思っていた。話し方も穏やかで、いかにも一流企業の部長という落ち着いた雰囲気を身に着けている。
たしかに後藤氏は妻子と別居していると、私は共通の知人から聞いて知っている。奥さんが、裕福な家の娘さんで、ものすごくわがままなので、夫婦仲が上手くいかなくなったとも聞いていた。
もちろん、そんな他人の噂話というものは、どこまでが真実かわからないところがある。とくに夫婦の間の事は、他人に推し測れない事情があるものだ。
私は特に気もしていなかったのだが、優子さんの恋人が、あの後藤氏だと知ったときは、ちょっと意外な感じがした。うまくいえないのだが、後藤氏は繊細な神経の人で、優子さんは、それに比べると、豪快というか、もっと大雑把な性格なのだ。だから不似合いに見えてしまう。
とにかく、優子さんが泣きながら私に電話をしてきたのは、先週の月曜日だった。
「ね、いままであなたに黙っていたけど、実はうちの社の後藤が私の彼なのよ。それが、ひどいのよ。別れたいと言い出したの。ううん、そうじゃなくて、一緒になる気はないっていうのよ。こんなに私が尽くしたのに、いまさら、よくもそんなことがいえるわよ」
わあわあと泣き声を上げているので、いっている内容が意味不明瞭だ、私はちょうど締め切りの原稿を抱えていたせいもあって、少し気持ちが苛立ってきた。
「優子さん、落ち着いてよ。いったいどうしたっていうの? 後藤さんは、私をご存じ上げているけど、なんとか二人で話し合って解決できないの?」
なるべく彼女の神経を刺激しないように、ゆっくりと話した。
すると、ようやく彼女も泣き止んで、今度は延々と二人の関係について語り始めた。つまりは、過去十年にわたって、彼と恋愛関係にあったのだが、このへんで、相手の真意をはっきりと知りたいと思い、いつ頃結婚できるのだと尋ねたのだという。すると男は、初めからまったく結婚する気はありませんと平気な顔でいった。
それが優子さんには、ひどくショックで、その事実をどうしても受け入れられない。だから来週の火曜日に日比谷の料亭で、彼と会いたいといったら、二人だけで会うのは嫌だと後藤氏がいった。誰かに立ち合ってもらいたいという。
それなら工藤さんではどうかと優子さん提案したら、後藤氏もぜひ工藤さんに頼みたいといった。だから、なんとしても同席してくれというのが、彼女の用件だった。
私は正直にいうと、まったく気が進まなかった。ただ、それを承知しないと、彼女が電話を切りそうになかったのである。ものすごい執念が、電話口の向こうから、どっと押し寄せてきていた。
とにかく早く電話を切って、原稿を書きたかったのと、後藤氏ならば、非常に常識的な紳士なので、まさか暴力沙汰などの修羅場になることもあるまいと思い、私は彼女の申し出を受けた。受けざるを得ないという状況だった。
それほど、優子さんは取り乱しており、強引だった。
「あなたに指一本でも触れたことがありますか」
そういえば、彼女も更年期の年頃だなあと、私は地下鉄の日比谷駅から、約束の料亭に向かいながら、思い出した。
どうやら更年期に入ると女性は感情のバランスが崩れやすくなるのかもしれない。優子さんが、長年の恋人に突然、結婚を迫ったのも、そのへんの事情があるのかなあと思ったりもした。
それはともかく、彼女があんなに感情的になっていると、今夜の会食の席は荒れるだろう。それはともかく、料亭の支払いは誰がするのだろう。本来なら、後藤氏か私を呼び出した優子さんがするべきだが、冷静さを欠いている今の彼女だと難しいかもしれない。
だとすると、当然、後藤氏が払ってくれることになるのか。あの料亭は以前、雑誌の対談で行ったことがあるが、全部個室だし、一人で三万円くらいはしそうだ。後藤氏が優子さんと別れたがっているとしたら、そんなお金を払うのは嫌だろう。
えっ、そうすると私が払うってことか。冗談ではない。忙しいのに、やっと時間を作って、他人の別れ話に立ち会うのだ。どう考えたって、気分の良い役回りではない。その上、なんだって私が十万円近いお金を使わなければならないのか。
いろいろ考えていると、足はどんどん重くなって、ますますその料亭へ行くのが憂鬱になってきた。しかし、歩を前に進めていたら、いつの間にか料亭に着いてしまった。
わしが部屋に通されると、優子さんがもう座っていた。「ごめんなさい、こんなことで」と頭を下げた。「いいえ」と答えていたら後藤氏が遅れて到着した。
奥に私と後藤氏が並び、優子さんが向かい合って一人で座った。ものすごい形相で、後藤氏を睨みつけている。
「工藤さん、聞いてください。あたしはこの人のために十年間、献身的に尽くしてきたんです。お弁当だって作りました。毎日、ほんとうにこの人を支えてきたんです。それなのに、あたしを捨てる気なんです」
「とにかく落ち着いてください。たしかに私はあなたに仕事の面でサポートをしてもらった。お弁当を作って頂いたこともあります。しかし、結婚というものは、まったく考えたこともありません」
後藤氏の口調はいたって静かだった。実は、彼が三月から子会社の役員になって、出向することになった。そのため、二人はもう同じ職場にはいられなない。だからこそ、この際、結婚をはっきりさせたいのだと優子さんは、改めて強調した。
すると後藤氏がさも不思議そうに、「私が子会社に移るからって、どうしてあなたと結婚しなきゃいけないんですか?」と尋ねた。
「だって、もう毎日会えなくなるから、当たり前でしょう」と優子さんが声を震わせた。
このときだった。私は何か変だと思った。優子さんが激昂しているのに対して、後藤氏はまるで狐につままれたようにきょとんとしているのである。
なおも優子さんが、自分の彼に対する思いを縷々(るる)訴えていたときだった。
「あの、失礼ですが、私が一度でも、あなたと結婚する約束したことがありましたか?」と後藤氏が優子さんに尋ねた。
「いいえ。でも、それはお互いの信頼関係ですもの」
「それじゃあ、伺います。私があなたに指一本触れたことがありますか?」
そう後藤氏に聞かれた途端、優子さんはうっと返事に詰まった。首を横に振ると、「でも、あなただって、人を好きになったことはあるでしょう。あたしの傷ついた気持ちはどうしてくれるんですか」と居直ったように後藤氏にいった。
女の強い思い込み? と納得できる彼の理屈
私は事の成り行きに、ただあっけにとられていた。後藤氏は、ほっとしたように、私の顔を見て、
「工藤さん、どう思われますか? 私は彼女との間に男女の関係はありません。ただ、週に二、三回、彼女がお弁当を作って、私の机の上に置いて行くのを、ひとり暮らししている上司に対する部下からの好意だと解釈して、有り難くいただいてきました。そのお礼に彼女を食事にご招待したことは何度かあります。
彼女のお母さんが会社にご挨拶にみえたときは、たしかに上司として、対応しました。よくやってくれていますと褒めました。それは通常の礼儀の範囲内だと思います。
ですから、私は彼女に結婚の話をされたとき、まったく何が何だか分かりませんでした。私に落ち度があるとしたら、彼女のお弁当を受け取ったことです。だからといって、結婚しろと言われても困ります」
まったくもって、後藤氏の言い分は理路整然としていた。私は思わず大きく頷いた。それは同意の印だった。
「工藤さんまで、あたしの気持ちを分かってくれないのね、いいわよ、こうなったら弁護士に相談して、お金を払ってもらうから」
そう叫ぶと優子さんは突然立ち上がり、一人で座敷を飛び出していってしまった。
あとには、私と後藤氏だけが残された。
「すみません。とんだご迷惑をお掛けしました。でも、これであなたに立ち会っていただいた甲斐がありました。いかに彼女が理不尽なことをいっているか、おわかりいただけたと思います」
後藤氏は深いため息をついた。私には彼の憂鬱がよく理解できた。おそらく優子さんは後藤氏に弄ばれたと、みんなに言い触らして歩くに違いない。それは彼女の復讐でもある。聞いた人は半信半疑ながら、二人の間に何かあったのだろうと疑う。それをいちいち否定するのは大変な労力だ。
「実は一度だけ、彼女のマンションに呼ばれたことがあるんですよ。会社の人が三人来るから、部長も来てくれといわれましてね。それで行ったら、私しかお客はいなくて、ワインを出されましてね、それから『あたしお風呂に入ってきますから待っててください』っていうんですよ。
困りましたが、そのまま帰るのも失礼だと思っていたら、彼女が顔をテカテカさせて、ピンクのネグリジェを着て、風呂から出てきたんです。それで、私は、もう大慌てで、玄関に突進して靴を履いて逃げ帰ったことがありました。
あれにはびっくりしましたが、恥をかかせては悪いとおもって、その後は知らん顔をしていたんです。もっとはっきり言うべきだったんですね」
私は慌てふためく後藤氏の姿を想像すると可笑しくて、申し訳ないが笑ってしまった。
最近の優子さんは仕事のミスも多くて、様子が変だという。
「多分、更年期で、彼女は精神的に少し変調をきたしていたのかもしれませんね」と私はいった。
「私は彼女は処女だと思うんです。だから妄想が広がるんじゃないでしょうか」
日本酒の入った後藤氏は、少し口が軽くなっていた。私に優子さんが処女かどうかはよく解らないが、女性の執念が妙な形に捻じ曲がるのは怖いなあと思った。
その晩の料亭の勘定は後藤氏がさっさと払ってくれたが、何か重い気分だけが残った。
セックス奉仕隊に求めるもの
相談者は圧倒的に主婦、気真面目な人ほど悩みは深い
吉祥寺にある、キム・ミョンガン氏の事務所を訪ねたのは、「セックス奉仕隊」なるものについて取材したかったからだ。
その前にキム氏についての説明が少々必要だろう。彼は性に関する相談を受け付ける、「せい」という事務所を開いている。ここに、さまざまな悩みを持つ女性が訪れる。キム氏はその相談に乗り、指導してあげている。
正直にいって、私は自分の性に関する悩みを、全く知らない他人に打ち明ける女性の心理というものが、どうもよくわからない。
もっとはっきりいってしまうと、まあ、わざわざお金を払って相談するほどのものかなあという疑問があった。
しかし、キム氏は開口一番にこういった。
「うちにいらっしゃるのは圧倒的に主婦が多いです。しかも真面目な方ですね。簡単に不倫をするような人は悩まれないのです。そう言う人はここに来ません。誰にも言えずに、一人で考え込んでいる、真面目な人ばかりですよ」
この言葉にハッとした。たしかに性に関する悩みは、深刻であればあるほど。友人や家族には打ち明けにくい。かえってキム氏のように、職業と割り切って、話を聞いてくれる相手の方が気楽かもしれない。
さて、その相談だが、九〇パーセントがセックスレスについてだという。
彼女たちは、まず、婦人科や心療内科に行く。そこで、医師から、「セックスなくても死にはしない」とか「ご主人と話し合ってください」とかいわれる。そのため屈辱的な気分になる人が多い。
ご主人と話し合って解決がつくくらいなら、とっくにそうしているだろう。それができないから悩んでいるのである。
ある相談者はキム氏の前で、パーッと洋服を脱いでだ。「私の身体をみてください。こんなに健康です」といった。夫はセックスをしてくれない。
これは本当の悲痛な叫びだ。キム氏思う。歯が痛いという人に、いくらカウンセリングをしても、痛みは治らない。歯そのものを治療しなければならない。セックスもそれと同じではないか。女性たちが安心してセックスができる相手がいれば、セックスレスの悩みは解消されるわけだが。
そこで考え出されたのがセックス奉仕隊だった。
実は、私はこのセックス奉仕隊について、今まで何度か、雑誌の記事を読んでいたのだが、半信半疑だった。そんなものが実際にこの世に存在するものなのかなあと思っていた。
ところが、キム氏は、いたって当たり前の顔つきで、つぎつぎと、情報を提供してくれる。とても確固とした口ぶりなので、これはどうやら真実だと、私は信じる気持ちになった。
すっかり気が合って結婚したカップルも
まず、そのシステムというのは、セックスしたいと思う女性が、奉仕隊の男性と待ち合わせて、お茶を飲む。そこで、一時間ほど話をして、よいとなったらホテルへ行った、セックスをする。
もちろん、その女性たちの多くが四十代から五十代の、いわゆる更年期世代だという。もっと若い人もいるし、六十代の人もいるので、年齢はかなり幅広い。
原則的に費用は割り勘だそうだ。どちらも謝礼をするということはない。女性の中には、どうしてもセックスがしたくて出張ホストを頼んだ経験のある人もいる。一時間一万円というのが相場たせ。しかし、お金で性を買うということに、どうしても抵抗がある。白けてしまう。
その点、奉仕隊の場合は、ある程度、二人が意気投合したところで、ホテルに行くので、買春という後ろめたさもない。もっとも、女性が男を買う場合も買春という言葉を使うのかどうか、私は知らないが、とにかく、金銭がらみではないので、気が楽だという。
なかには、すっかり気が合って、結婚したカップルまでいるというから、男女の仲はどうもよくわからない。
通常は、セックスをするのに使う場所はラブホテルだそうだ。
「今や、ラブホテルも素晴らしい施設があるんです」といって、キム氏は一冊の本見せてくれた。そこには目を奪うような美しい内装のラブホテルの写真が次々と紹介されていた。
「へえ、こんなきれいなところもあるんですか」と私が感心すると、「そうですよ。普通のホテルよりよっぽどお洒落で贅沢な作りのものがたっくさんあります」とキム氏が頷いた。
こうしたホテルは三時間で七千円から八千円、一泊一万五千円という相場だとか。シティーホテルより割安にできている。そのうえ、カラオケ、ビデオ、DVD、インターネットなどの設備も整っているし、食事もできる。
考えてみれば、普通の生活を送っている主婦はラブホテルに行くことなんてない。旅行でホテルに泊まることはあるだろうが、こういう種類のホテルは足を踏み入れてはいけないところだという先入観がある。
それを、取っ払うのは、なんだか大変そうだが、一度ハードルを乗り越えると女性は大胆になるものらしい。
「離婚はできないけれどセックスはしたい人」のリハビリ
さて、本題のセックス奉仕隊のメンバーについての質問に入った。
当然、男性である。しかし、どんな男性が参加するのか。
「そうですね、使ってくださいといって年間で百人くらいの応募がありますよ」
キム氏の言葉に私は仰天する。百人もの男性が奉仕隊に入りたがるのか。
「たとえばですね。昨年の末には四十人がテストを受けて、面接に至ったのが二十二、三人です。そして、最終的に受かったのは六人ですね」
そうすると、四十人のうちで六人しか合格しないという狭き門なわけだ。
「そうです、これはけっこう資格が難しいんです。人柄だけよいだけじゃ駄目です。カウンセラー的でも駄目です。セックスの能力がなければいけません。通常、前戯、挿入、射精とフルコースで一時間は必要です。それがきちんとできる人じゃないと困ります」
なかには三時間から四時間も平気な人もいる。こうなるともう特殊技能と呼びたくなってしまう。そういったら、キム氏が、「ええ、四十五歳で六時間平気な方もいますよ」と答えた。
その代わり、大法螺吹きの男性もいる。自分はすごいと自慢しても、実際の場になって見るとまったく役に立たないことがある。だから、勃起不全が二回続いた人は、もう採用しないという。
現在、奉仕隊に登録している男性は四十名いる。そのなかで実際に活動しているのは二十五、六名だ。現役の医師も何人かいる。
とにかくセックスが好きな人でなければできない。また、困っている女性を助けたいという気持ちも強い。一緒に旅行に行ったり、相手の自宅に行くケースもある。そのへんは女性の希望に沿うようにする。
相手の同意があれば、必ずセックスをするのがルールだが、だかといってバイアグラを飲んでいく隊員はいない。自然に備わった能力ということになる。ただし、一日に三人以上を相手にしなければならない場合はバイアグラを飲む人もいる。
とにかく大切なのは、初めの話し合いだ。
「だんだん上手に人生相談の対応もできるようになるんです」
とキム氏はいう。私は、もしかして女性にとって大切なのは、セックスより初めの段階の話し合いかなあという気がしてきた。主婦の日常なんてほんとうに単調だ。私は自分も主婦だからわかるのだが、毎日、炊事、洗濯、掃除と同じことの繰り返しだ。
夫は「ミヨコの会話には、ママとお手伝さんと友達何人かと、もう登場人物が決まっちゃってるね」といって、いつも笑う。
本当に、私たちの行動領域は自宅の周辺に限られてしまっている。だから、ごく親しい数人しか話題にのぼらない。それはどの主婦もあまり変わらないだろう。私は幸い、自分の居場所が心地よくて、どこかに遠出をしたいとも思わない。もう新しい人と知り合うのもちょっと億劫か感じだ。
しかし、そうでない女性もたくさんいるのは事実だ。セックス奉仕隊を利用する女性たちも、実は身体ではなく、こころの触れ合いや癒しを求めているのではないだろうか。
ただし、彼女たちは私考えているよりも思い切りがよい。キム氏の相談所では、五人くらいの男性を紹介してくれる。もちろん、女性側の好みを聞いたうえである。相手の年齢、体型、身長などの希望を細かく聞く。
とにかく優しい人を希望する女性もいるし、夫と正反対のタイプを望む人もいる。
逆に男性の方にも、どんなタイプなら相手にできるかを尋ねる。
「いやあ、いろいろありますよ。巨乳好み、ペチャパイ好き、太っている人が好き、年齢が一個でも上は駄目、四十五歳以下は嫌とかまあ、それぞれですね。どんな人でオーケーというのは少ないですね」
そりゃあまあ、そうだろう。いくら奉仕隊といったって、生身の人間だ。相手も人間なのだから、好みは重要だ。
キム氏は女性たちに、なるべく多くの違ったタイプの男性と「仲良し」になることを勧める。
「なぜなら、これはリハビリなんです。離婚できないけどセックスはしたいと思っている人たちの心のリハビリです。浮気や不倫は好きになってからセックスをする。しかし、ここはセックスが初めに来ます」
リハビリをして元気になったら、自分に合った良い男性を探せばいいしいう。
ここで男性を紹介された女性の九〇パーセントは、その日のうちにホテルに行く。後の五パーセントは後日に行くという。つまり、九十五パーセントの女性たちが、ほとんど初対面の男性とベッドを共にしてしまうわけだ。これは驚異的な数字ではないだろうか。
もちろん、更年期世代の女性も多い。キム氏の知っているケースでは、五十五歳の女性がいた。セックスを二十年していなかった。夫以外の男性を知らない。そう言う場合は性交痛などが心配される。本人も濡れなかったらどうしようという不安があった。
「しかし、なんの問題もありませんでした。女性に優しくしてあげる、ドキドキさせてあげる、そしてじゅうぶんな前戯をすれば大丈夫なんです。医学上の解釈と現実とはまったく違いますよ」
キム氏はきっぱりといった。それどころか、六十四歳の女性でも、ちゃんとセックスができた。つまり年齢はあまり関係ない。条件さえ整えば、女性はセックスできるというのがキム氏の持論だ。
私はとにかく、女性のよいところを褒めます
私は話を聞きながら、頭が混乱してきた。いくつか信じられない例を聞かされたからだ。そもそも、女性には性欲というものがあるのだろうか。幼稚な疑問で恥ずかしいのだが、私にはある特定の男性に好意を持って、その人とセックスをしたいと感じたことは、確かにある。
しかし、いつでも、まず恋人ありきで、その次がセックスが来る。セックスだけしたいと思った事は一度もない、恋人や配偶者がいないときは、別にセックスについて考えもしなかった、これは私の方が女性として未成熟なのだろうか。
思わず考え込んでしまった。
キム氏の相談所には登録している女性が約二百人いる。「皆さん、きれいな方ばかりですよ」とキム氏はいってから、「そうですね、きれいじゃないのは百人に一人くらいかなあ。九十五パーセントは素敵な女性たちですよ」と自信に溢れた口調だ。
たしかに、セックスレスに悩むという人妻というと暗いイメージになるが、彼女たちに魅力がないのではなくて、夫に問題があるともいえるのだろう。
「アメリカから年に一回、セックスをするために来る人もいますよ。四十一歳の方ですけど。ご主人も日本人なんですがね。それがひどい話でしてね。最後にセックスしたときに、ご主人が彼女の顔に枕を載せて、それでしたっていうんです。そりゃあ傷つきますよ。それで彼女はここに来るんです」
なるほど、よほど追い詰められて、その女性はキム氏の相談所の門をたたいたのだろう。
このほかにも、北海道に住んでいる主婦で、年に二回、東京に「やりだめ」に来る人もいるそうだ。すごい表現だが、土曜日と日曜日の二日間の間に三回、違った相手とセックスをする。それで半年間、「もたせる」のだそうだ。
「こういう人を『サボテン主婦』と呼んでいるんですがね」とキム氏は笑った。なるほど、体内に水分を溜め込むサボテンというわけか。
キム氏の相談所は九十分まで二万円だそうだ。そのかわり、セックス奉仕隊の男性を紹介しても紹介料などは取らない。
女性たちのプロフィール写真と一緒にファイルされている。なぜそうするかというと、一つにトラブルを避けるためである。いわゆる美人局(つつもたせ)などがあると困るからだ。もちろん、男性のファイルもきちんとできている。お互いに、まずそのファイルを見て、気に入ったら会うのだから、ちょっとお見合いみたいな感じもする。
なかには女性が恋人気分になって、相手の男性を独占したがることもある。そんなときは、キム氏が、「彼は何人もの女性を相手にしていて、あなただけじゃないですよ」と諭す。そうして理解を求める。今までのところ、男女間でトラブルが起きたことは一度もない。
「私はとにかく、ここへ来た女性のよいところを探して、褒めます、きれい、セクシー、チャーミングだといいます。すると涙を流す人もいますよ」
と最後にキム氏が語った。
私はやっぱり、女性たちが欲しいのは愛情だろうと思った。とくに更年期世代を迎えると女性としての自信が揺らぎ始める。それを何とか支えてくれるものが欲しくて、キム氏の相談所にくるのではないか。
金銭で解決する性よりは、セックス奉仕隊のほうがよいかもしれないが、倫理のハードルをどう乗り越えるかは、難しい問題だ。なぜなら、この一点というものを多くの女性は心の奥深くに隠し持っているからだと私は思う。
女の身体の”進化”
悩んだ果ての遊びもある
「工藤さん、あなた、不倫する女性を認めていないでしょ」
千鶴さんが長い髪をかき上げながら、いきなり切り出した。
彼女は自分から、更年期世代の性について、どうしても話したいことがあるから、会いたいと申し出てきた。たまたま知人の紹介もあったので、ウイークディの夕方に、静かなホテルのラウンジで会った。
私は取材に応じて下さる方には、いつもできるだけ誠実でありたいと思っている。つまり、なるべく相手の立場に立って話を聞きたい。そして、相手の疑問にも、はぐらかせずに、きちんと答えたい。それぞれの人がそれぞれの悩みを抱えている。
私は、話を聞いていると、どうしても相手に感情移入をしてしまう。そして相手の問題に自分の問題にも思えてくる。とくに更年期世代の女性の場合は、とても他人事とは思えないことばかりだ。
したがって、語彙(ごい)の貧しい私はどこまで相手に自分の気持ちを伝えられるのか、こころもとないのだが、できる限り、お互いの意思の疎通を図りたいて努力してきたつもりだ。
ただ、この連載をはじめてから、一つだけ困った問題があった。それは更年期世代の女性の性の悩みにとことん耳を傾けると、どうしても不倫という二文字に突き当たるのだ。
これは事実だから仕方ないのだが、五十代の女性で、再婚ではない限り、まだ夫とセックスをしている人妻は、私の取材の範囲では一人もいなかった。
そのかわり、四十代、五十代で不倫をしている女性は未婚、既婚問わずたくさんいた。いや、正直のところ、かくもやすやすと、女性は不倫ができるものだと知って、私は愕然とした。
それでは、自分の不倫に対する考えはどうなのかと問われると、はっきりと答えるのは難しい、一概に否定もできないが、といって肯定すべきものだとも思ってない。
そのへんの私の曖昧な態度を、千鶴さんは鋭く察知して突いてきたのだろう。
「こういっては失礼だけど、工藤さんは不倫している女性を蔑視していらっしゃるんじゃないかしら?」
そう問われて、私は即座に答えた。
「蔑視なんてしていません、そんなことはありません。ただ、なんというか、悩まない不倫は嫌いです。遊び感覚で男の人とセックスすることには、やはり抵抗があります」
「そうよね。そういわれても仕方ないんだけど、悩んだ果ての遊びっていうのも、この世にはあることをご存じ?」と、千鶴さんは大きな目を見開いて、こっちを凝視した。
そして、私の返事を待たずに言葉を続けた。
「あたしね、思うんだけど、女の身体って進化するんじゃありません?」
千鶴さんは疑問形で話を進めるのが好きらしい。
「進化とおっしゃいますと?」
「うーん、若い頃と今と比べると、同じ人間とは思えないの。体がすっかり変わっちゃっている」
そういってから、彼女はじっと黙り込んだ。何か言いたいことがあるのだ、喉につかえているようだ。
私はウェイターを呼んで、白ワインのデカンタを注文した。千鶴さんを紹介してくれた人から、彼女はワインが好きだと聞いていたので、少しアルコールが入った方が話しやすくなるかなと思ったのである。
同窓会で再会した人に夢中になって
しばらくは、とりとめのない会話を交わしていた。彼女が今、五十二歳であること(しかし、とても若く見える。四十半ばくらいにしか見えない)。ご主人とは学生時代の同級生で、大学を卒業して二年で結婚したこと。子供は二人いるが、もう社会人になっている。そんな家庭的な背景を、問わず語りに喋ってくれた。
少し雰囲気が和んだところで、私は思い切って千鶴さんに尋ねた。
「不倫について、どう思われているのですか?」
「あたしも、そうね、十年くらい前までは工藤さんと同じ考えだったの。不倫はしてはいけないとは言わないけど、ただ遊びとするのは、ちょっとねって。でも、今は不倫って遊びじゃなきゃいけないと思うの。本気になる人はやめたほうがいいわ」
そういう考えに自分が至った経緯を話したくて、私に会ったというのだという。
彼女はすっきりした形の良い足を、ゆっくり組み替えて、ワイングラスをテーブルに置いた。
「あれはあたしが四十三歳のときだった。小学校のクラス会があって、ひさしぶりに出席したの。ようやく、子供の手が離れ、主人もサラリーマンから独立して、会社を始めたんですけど、その事業も軌道に乗って、いわゆる順風満帆の時期だったの、ただ、どうも身体の調子が悪くて、いつも怠い感じがして、生理も不順になっていたんです。
子宮がんかなと思って検診を受けたけど、なんともないから、医者には、少し早いけど更年期かも知れませわねっていわれたわ。
とにかく、二十年ぶりに出席したクラス会で、あたしキヨシと再会したの。昔は二人で学級委員なんかやったりして、けっこう仲が良かったんだけど、もちろんずっと音信不通だったのよ。ところが再会してみると、彼、すっかり大人の男になっていて、落ち着いた渋い中年男として目の前に座っていたの。
それからは、まあ、よくあるケースよ。キヨシが翌日、電話がかかって来て食事をしようってことになって‥‥キヨシの実家はあたしの実家の近くで、親同士も顔見知りだったから、なんとなく安心っていうところもあったのね。身元がわかっているわけだから。彼は普通のサラリーマンだったけれど、多分あの人も不倫は初めてだったんじゃないかしら。
もちろん、夢中になったわよ。主人とはもう月に一回くらいしかセックスはしていなかったし、なんか、このまま人生終わっちゃうのもつまらないと思っていたから、すごく刺激的だったの。
最初の一年は、週に一回くらいのペースで会っていたわ。そこで分かったのは、あたしの身体は、今までまったく進化していなかったってこと」
「あのう、具体的に進化ってどういう意味かお聞きしてもいいですか?」
私には千鶴さんのいう「進化」という言葉が何を指すのかどうかもわからなかった。
「うーん、これ説明するのは難しいけど、まあ思い切っていっちゃうと、キヨシとああなるまで、あたし、女の乳首があんなに感じるものだとは知らなかったの。そりゃあ、前戯の段階で、主人だってとおりいっぺんの愛撫はしてくれるわよ。キスとか、指で触れたりとか、でも、キヨシのやり方は全然違っていたのよ」
そういってから、千鶴さんは、ワイングラスに自分でワインを注いで、ぐいと飲み干した。いかにも覚悟を決めましたという感じで一気に話し始めた。
「キヨシはね、あたしの乳首を輪ゴムを使っていじめるの。輪ゴムを巻き付けたり、それを引っ張ってパチンってやったり、すごくしつこく責めるのよ。そうされると、あたしの乳首がものすごく興奮して、膨らんで大きくなるの。すると余計に輪ゴムが食い込んで、痛いんだけど、すごい快感なの。
乳首だけずっといじめられて何度もいっちゃうのよ。それからキヨシがやっとペニスを入れてくれるの。その時はもうあそこが火照って熱くなっていて、すぐに絶頂までいっちゃうの。
だから、あたしはつくづく思ったの。今までのセックスって何だったのだろうって。乳首でさえも、こんなに感じるようになったら、他のところはどうなるわけ? って思ったの。
女の身体が進化するってそういう意味なのよ。男が変わるとその度に進化を遂げる。これって凄いことだと思いません?」
「はあ、そのキヨシさんという方とよっぽど相性が良かったんでしょうね」
「うふふ、工藤さん、あたし、女の身体は進化すると申し上げたでしょ。キヨシもその進化の過程にいる男の一人だったのよ」
次は娘の家庭教師と電光石火の速さで
千鶴さんは、私の戸惑った顔がおかしかったようだ。ちょっと顎をしゃくって、口を開いた。
「そうね、三年間くらいかしら、キヨシとはラブラブの関係が続いたんだけど、ある日、はっと気づいたら、キヨシの頭が禿げてきているのよ。そりゃキヨシだって四十六、七歳だから、髪が薄くなっても不思議ではないわよね。でも、あたし、なんだかすごく気になって、オジサンくさいなと思っちゃったのよ。
家で主人の頭をみたら、まだキヨシよりは髪の毛がふさふさしているの。主人はキヨシより一歳年上なんだけど、外見は主人の方がずっと若く見える。
そこで考えちゃって、なにも主人より爺むさい男とセックスする必要はないんじゃないかって。たしかにキヨシのお陰で、体調は良くなって、生理不順もなくなったの。
それはきっとアクティヴなセックスが良い効果をもたらしたからだと思うのね。でも、キヨシの禿はちょっとねえ、あたし許せなかったの」
そういって笑う千鶴さんは、たしかにスレンダーなボディに小顔でモデルさんのような雰囲気だ。年齢不詳という感じもする。
だからといって、禿を理由にあっさりと捨てられたら、キヨシさんが少々可哀相にも思えてくる。
いつの間にか、白ワインのデカンタは空になっていた。私は今度はウェイターに赤ワインをデカンタで頼んだ。私自身はお酒が一滴も飲めないので、もっぱら千鶴さんがグラスを口に運ぶ。
「ほんとのこというと、キヨシと別れたのは禿だけが原因じゃないのよ。キヨシの奥さんに勘づかれそうになって、あたしもトラブルは困るから、さっさと逃げ出したわけ。主人? あの人は何も気づいていなかったわよ。ただ、もうセックスはしなくなっちゃたけど。あ、それは性交痛を理由にして断っちゃったの。向こうも文句をいわなかったし」
赤ワインのグラスに手を伸ばしながら、千鶴さんは、上目遣いに私の顔を見た。
「ねえ、工藤さん、立ったままのセックスってしたことある?」
「はあ?」
思わず聞き返してしまった。千鶴さんは意表を突くような質問をするのが面白いらしい。しかし、満員電車の中じゃあるまいし、なにも立ったままでセックスをする必要はないだろうと私には思えた。そもそもベッドというものは、眠るためにとセックスするために存在するものだろう。
「キヨシと別れた後ね、あたし、すぐに次の男ができちゃったの。不思議ね。男って、こちらがその気だとわかるみたいよ。今度は、下の娘の中学生のときの家庭教師だった青年なの、だからあたしより二十三歳年下だったわ。就職の件で主人に頼みごとがあって訪ねてきたのよ。
そうしたら、若い子もいいなあと思って。ふふふ、なんか狙っていたわけじゃないんだけど、ゆっくり話を聞いてあげるとかいって、お昼ご飯を一緒に食べて、その後、ラブホテルへ行っちゃったのよね。あれは電光石火だったわね」
「扉を開けた女性だけが進化していのよ」
千鶴さんは得意そうだった。若い恋人は大学ではサッカーの選手だった、長身でハンサムで、ルックスは申し分なかった。
「主人の紹介で、ある一流企業に就職できたのよ。だからっていうわけでもないけど、彼、すごくあたしに尽くしてくれるの。キヨシみたいなテクニックはないけれど、なにしろ若いから、持続力はすごいのよ。一度なんか、射精した後で、そのまま中に入れていて、すぐに勃起して、二回目を始めて、それでずっと続けて、三回くらい抜かないままなんてこともあったわよ」
その彼とは今でも交際が続いているのだという。彼はもう三十歳過ぎているが、結婚する気はまたくないという。といって千鶴さんの平和な家庭を壊そうとも思っていない。まことに都合の良い恋人なのだそうだ。
「彼がいつも一回は立ったままで、セックスをしたがるのよ。そのたびに、ああ若いなあって思うわ。あたしに壁に手をついてって、それから、後ろから入れるのよ。彼、あたしより十五センチくらいは背が高いでしょ。だから、後ろから立ったままって、大変だと思うわ。腰に負担がかかるんじゃないかしら。
でも全然気にしていない。座って、あたしを抱き上げて向かい合ってするのも好きみたい。これだと深くペニスが入るんですって。あたしはお陰で、どんな体位でも感じるようになっちゃった。これも主人相手だったら絶対にあり得ないことよ」
千鶴さんは、自分の精神状態が安定していて、不定愁訴もなく、そして今でも定期的にきちんと生理があるのは、こうしたセックスを頻?にしているからだと思うと語った。
「ねえ、工藤さん、あたしが悪いことをしているとは、どうしても思えないんです。だって、誰にも迷惑を掛けていないし、セックスの快感は年を取れば取るほど深まっていくんですもの。この生活を辞める気はないわ」
私は、何も知らない千鶴さんのご主人がお気の毒にも感じられたが、彼女にいわせれば、ご主人は知らないのだから、傷つくこともないのだそうだ。
「あたしね、まだまだ自分の身体が進化するって予感がするの。こういっては悪いけど、工藤さん、あなたセックスのこと、まったく分かっていないんじゃない?」
またしても、難しい問いである。わかっていると、きっぱり答える自信はたしかにない。
「あのね、あたし思うの。セックスって限られた女性だけに開かれた扉なのよ。その扉を開けた人だけが進化していく。女としてよ。それだけをいいたくて、工藤さんとお会いしたってわけ」
最後に千鶴さんは艶然と笑って席を立った。
私はBGMが流れるのを聞きながら、考え込んでいた。
千鶴さんはいつまで進化を続けるのだろう。生涯? ずっと? そんなことがあるのだろうか。
よくわからないが、小心者の私は、やはりどこかに落とし穴が待ち受けているような気がしてならないのだが、それでも千鶴さんから見ると選ばれなかった者の僻(ひが)みということになるのかもしれない。
つづく
第七章 結婚二十年目の真実