
快楽(けらく)工藤美代子著
セックスは、ふたりの年齢を足した和が百歳までにとどめたい!?文章を入力してください。
いったい自分は何人の友人や知人がいるのだろうかと、ふと考えてみた。
大雑把にみて、百人くらいだろうか。毎年、年賀状のやり取りをしているのは、百五十人くらいだが、仕事の関係や、ただ形式的になってしまっている人もいる。
さて、百人の知巳がいるとして、その中で、更年期世代の女性は何人いるのだろう。リストにして書き出してみたら、十三人に過ぎなかった。とくに気安く何でも話せる友人となると五、六人に絞られる。
私は彼女に電話をして、ある調査を頼んだ。それは更年期世代の性生活についてである。面白がって、積極的に協力してくれる人もいれば、「あなた、いつからそんな変なことに興味をもったの?」とやや咎(とが)めるような声を出した人もいた。
いずれにせよ、今、私の手元には三十人ほどの女性たちの性生活に関するデータが集まった。もちろん、統計と呼べるほどの数ではないし、素人が個人的に集めたものなので、研究ともいえない。
しかし、私にとってはかなり衝撃的な内容が含まれていたので、紹介してみたい。
まず、年齢は四十五歳から五十五歳に限定した。独身の女性が十三人、結婚している人が十七人だ。独身のなかで、離婚歴のある人が三人、シングル・マザーが一人いた。
初めに独身女性の方から見ると、定期的に男性とセックスをしている女性は十人だった。
Pさんの場合は四十九歳だが、一週間に一度の割合で恋人に会っている。
「ねえ、工藤さん、昨日彼と話したんだけど、セックスって、ふたりの年齢を足して百歳までで、なんとかとどめたいわよね」
「じゃあ、五十歳過ぎた女の人はどうするの?」
「その場合は年下に切り替えた方がいいんじゃない? 男も同じよ。ゲーテは八十二歳のときに十八歳の少女に恋をしたっていうんだから、理想的じゃない?」
「年下ねえ‥‥」
私は自分が年下の男性にはまったく興味がないので、考えが及ばなかったが、たしかに、女性の年齢が上がっていけば、そのセックス・パートナーとしては年下という選択肢も出てくるわけだ。
更年期世代の独身女性がセックス・ライフを謳歌している場合、相手の七割ほどが年下だった。
同じくPさんがいうには、彼女も彼女の友人たちも、相手の男の国籍は問わないという。
「すごい例があるわよ。友達でサンフランシスコにアメリカ人の男と住んでいる人がいるんだけど、あっ、彼女は日本人よ。それで夏休みにフランスに行ったんですって。
そこで今度はフランス人の男とできちゃって、その男が気に入ったから、サンフランシスコの彼には、もう帰らないからっていて、パリで新生活始めたみたい。彼女? たしか五十一歳だと思ったけど。
この間、パリから電話があって、とにかく今の状態がずっと続けばいいといっていたわ。だから、まだまだセックスはするつもりじゃない?」
私はPさんの言葉に耳を傾けながら、ふと遠い昔の思い出が胸に浮かんできた。
性に縛られることなく晩年を送れるのも幸せ
あれは私が二十七歳のときだった。その頃、カナダのバンクーバーに住んでいた私は奨学金を貰って、女流作家の田村俊子の研究をしていた。俊子は大正七年に不倫の恋の果て、愛人を追ってバンクーバーに渡り、十八年を異国で過ごした。
その俊子が日本に里帰りしたのは、昭和十一年だった。それが五十二歳のときのことで、その二年後の五十四歳のとき、激しい恋をした。相手は作家の佐多稲子の夫、窪川鶴次郎だった。窪川は俊子より十九歳年下の三十五歳だった。
当時二十代だった私はこの事実を知って、「信じられない」と思ったものである。五十四歳にもなるおばさんが、まだ恋愛をするなんて、本当なのだろうかと訝った。
ふたりの間には肉体関係もあった。いくら俊子が若く見えて、美人だったとしても、それは不可能なことではないか。どうしても、その事実が不思議だった。
しかし、若い頃というのは、まったく想像が働かないのである。自分がその年齢になってみないとどうしてもわからない真実というものがある。もしも、今、もう一度、田村俊子の生涯を書くチャンスがあったとしたら、彼女の晩年の恋愛をもっと美しく、ボジティブに捉えて書けただろうと残念だ。
また、俊子が自分から身を引いて男と別れたのも、何か更年期と関係があったかもしれないという考察もできたろう。だが、若い頃の私にはそこまで深く性の神秘に思い致すことはできなかった。
さて、ふたたび統計に戻ると更年期世代の独身女性は思いのほか元気で生き生きとしている半面、ずっと処女だったという女性も一人いた。とくに男嫌いというわけでもないし、レズビアンでもないのだが、なんとなくチャンスを逸して、性体験がないまま五十代を迎えたという。
以下は彼女の話だが、三十代くらいまでは焦りもあって、結婚を真剣に考えた。しかし、四十代になるともう、あまり気にならなくなった。これが自分の生き方だと思ったら、ひとりで生きていくのも悪くないなと感じるようになった。
五十代で閉経したら、かえってさっぱりした気分になったが、最近、老人性膣炎なのか、小水が膣に沁みたり、パンティに性器が擦れるときに痛みを覚えることがあるという。
また、子宮がんなどの予防のための検診で器具を入れられると、涙が出るほど痛い。そんなときは、自分が処女だからと思い情けない気分になる。
けれども、性に縛られることなく晩年を過ごせる自分は幸せだと思うと言われて、私も確かに、性というものは、ずいぶんと女の生活を拘束するものだと気がついた。
代わりになる男がいないから別れられない
離婚歴のあるZさんの場合も、彼女が今の恋人の存在にひどく悩まされているのがわかる。
「普通ならとっくに彼と再婚しているんですけどねえ」といってZさんはため息をついた。
その男とつき合い始めて、もう五年になる。Zさんは五十二歳.相手は四十九歳だ。お互いに離婚歴が一回ある独身同士。彼女は東京に住んでいて彼は横浜。一ヶ月に三回くらいのペースで会っている。
「初めに変だと思ったのは、彼のセックスにすごくサディスティックなところがある点でした。でも、あたしもちょっとマゾの気味があるから、縛ったりされるのは嫌じゃなかったんです。
大人のセックスですから、バイブレーターを使ったり、鞭で打たれたりっていのも、料理の香辛料みたいなもので、楽しめたんですけどねぇ‥‥」
そこまでいって、彼女は深いため息をついた。
「男と女って、セックスがすべてじゃないでしょ。なんていうか、一緒に暮らすとなれば、経済力とかいろいろあるじゃない」
ある商社の管理職にいる彼女は生活に困っていない。ただし、男に貢ぐのは嫌いだ。あくまでも対等な付き合いがしたい。
ところが、相手の男は一つの職場に長続きしためしがない。彼女が知っているだけでも、もう六回も変わっている。それがいつも、暴力沙汰を起こして変わるのだ。つまり簡単にいうとキレやすい性格なのである。
彼女に対しては暴力を振るったこともないし、喧嘩したこともない。だから、付き合い始めた当初は信じられなかったのだが、ある日、警察から呼び出しがあった。
彼が上司を殴って怪我をさせ、拘留されているというのである。彼女が身元引受人となり、相手に示談金を払って、なんとかその場は収めた。その後か、きっぱりと手を切ろうと決心した。
「でもねえ、やっぱり別れられないのよ。私たちのセックスって、ちょっと普通の人と違うでしょ。つまりさ、代わりになる男がいないのよ。彼じゃないと私の身体が満足しないのよ。
こういうのって、他人に理解してくれっていっても無理なのはわかるけど、まあ、腐れ縁っていっちゃえば、それまでかな」
Zさんはちょっと淋しそうに口元をゆがめて笑った。
私は、やっぱり相手の方とは別れた方がいいですよという言葉が喉まで出かかっているのを呑み込んだ。男と女のことは解らない。少なくとも他人に迷惑を掛けない限り、何をしようと本人の自由だ。私が口を出すべきではない。
しかし、Zさんは今の状態で幸せなのかなあという疑問が私の頭の隅に残った。セックスが彼女の正常な判断を狂わせるとしたら、これは悲劇だ。といって、セックスを断ち切れとは誰もいえない。とくに若いころと違って、新しい男と簡単にはやり直せない年齢になっているだけに、問題は厄介なのだ。
夫の手を握るのも嫌、部屋をシェアしているだけ
それでは結婚している女性たちは、どんな性生活を送っているのだろうか。
十七人の女性たちに性生活を語ってもらったのだが、なんとそのなかで、今でも夫とセックスをしている女性というのは一人しかいなかった。他の女性はまったくセックスをしていないか、夫以外の男性と不倫していた。
不倫に関しては、正確な数字はわからなかった。やはり警戒心もあるのか、そのへんを曖昧に誤魔かす人が数人いたからだ。
今でも夫とセックスしているというQさんの場合は四十代で再婚している。だから現役でセックスをしているのだとも考えられる。
私が調査した限りでは二十代で結婚した夫婦で、更年期世代になっても、まだセックスをしているカップルは一組もいなかった。
これは、衝撃的だった。現代は女性の平均寿命が八十六歳といわれるほど長寿社会だ。しかし、もしも既婚女性が五十歳くらいで、セックスをしなくなってしまったら、その後の三十五年間ほどは、まったくのセックスレスで生きていくことになる。
少々淋し過ぎはしないか。
「そういわれても、あたくし、主人の手を握るのも嫌なんですもの」とVさんは答える。
彼女は五十五歳だが、結婚したのは、今からちょうど三十年前の二十五歳のときだった。
「主人は大学の先輩で、皆の憧れの的だったんですよ。背が高くてハンサムで、お金持ちのお坊ちゃんで、いかにもお洒落な慶応ボーイっいう雰囲気でした。今だって、素敵なご主人ですよねってよくいわれますわよ」
Vさんとご主人の間には娘さんがふたりいるが、ふたりとも、もう結婚して家にはいない。
「だから、宅は主人とあたしのふたりっきりですの。もちろん、気まずいですよ。顔を合わせるのも嫌だからお食事も別々だし、そうですわね、口をきくのは飼っている猫のことで、なんかトラブルがあるときくらいでしょうかねえ」
なぜ、ふたりの関係がそこまで悪化してしまったのか、そして、それはいつからなのかを私は尋ねてみた。
「お恥ずかしい話なんですけど、主人の会社の経営がうまくいかなくなり始めたのが、ちょうど六年ほど前のことでした。あたくしども田園調布に家がございましたの。主人の父親が遺してくれた土地に建てた家だったんですけども。
その家を主人が勝手に会社の借金の抵当に入れてしまって、結局、三億の負債をつくって、会社は倒産しました。あなた、このご時世ですもの、主人みたいなお坊ちゃまは、乗り切れるわけがないんです。
あたくし、それは仕方ないと思って、覚悟もしておりましたし、困ったときほど助け合うのが夫婦だと思っておりました」
ところが、ちょうどその時期からご主人が性的に不能になってしまった。
「本人が一番焦ったんじゃありません? なにしろ、まったく勃起しなくなってしまいましたの。あたくしが手で触ってあげても、もううんともすんとも、おかしくらいうなだれちゃって、だらーっとしていますの。
きっと会社の事で心労が重なったせいだろうと思いましたね、もちろんあたくしは、『あなた、ご無理なさらないで』っていって、しつこくせがんだりなんかいたしませんでしたわよ。そうすると、主人がむきになって、指で強引にあたくしのあそこに入れてくるんですの。
指でされて感じる女の人もいるかもしれませんけど、あたくしなんか不潔っていうか汚い気がして、それに主人の爪が痛いんですのよ。だから、やめてくださいっていって。でも、主人なんとかバイアグラが手に入れられないかと馬鹿なこと言っておりました。
そこへ、突然、ほんとうに突然、主人の秘書だった女の子が自殺したっていう知らせがあって、遺書が主人宛てだったんですの。その内容が、主人との未来に絶望して死ぬっていうもので、ご遺族から私どもに抗議があって、そりゃあもう大騒ぎでした。
あたくし? それが全然気が付かなかったんです。主人が浮気をしているなんて。もうほんとうに夢にも思っていませんでした。だって、夫婦生活だってちゃんと二週間に一度くらいあったんですもの。
だけど、後から思うと、主人が不能になったのは若い恋人ができてからなんです。ちょうど時期が重なるんですね。ずいぶん馬鹿にした話ですわよね」
それで、Vさんのご主人に対する愛情はいっぺんに冷めてしまった。
結局ご主人は財産をすべて失くし、わずかに残った小さなマンションに引っ越した。六十歳のご主人は再就職の道もなく年金が頼りの生活になった。
いまさら離婚するのは、ふたりにとって経済的に不利だ。だから一緒にいるが、ご主人は自分の食事は自分で作っているし、洗濯も自分でする。
「つめたーい他人同士が部屋をシェアしているといった感じですわね」といってから、Vさんは、言葉を続けた。
「でも、あたくしね。まだあきらめたわけじゃありませんわ。いい方がいたらもう一度人生をやり直したいんです。だってこの先、どんな出会いがあるかわかりませんもの」
そういう彼女の眼差しが、まるで研ぎ澄まされた刃物ように真剣だったのが、いつまでも私の脳裏に残った。
ホルモン補充療法
HRTを危険と決めつけるのはおかしい
私が、小山嵩夫先生にお会いしたいと思ったのは、ちょっとした偶然だった。更年期に関して、ネットで検索していたら、たまたま小山先生の論文が出てきた。
その中には、二〇〇三年に北米閉経学会がホルモン補充療法に関して発表した指針が紹介されていた。私の目を惹いたのは次の一文だった。
「更年期障害、萎縮性膣炎、性交痛などの第一選択薬はHRTである」
つまり更年期の女性の膣が委縮して、性交痛などに悩む場合、その解決方法として、まず最初に挙げられるのがホルモン補充療法、すなわちHRTであると述べているのだ。
しかし、別の意見もあるのも事実だ。二〇〇四年の二月に『朝日新聞』は「泡と消えるか『夢の治療』」という見出しで、アメリカの国立保健研究所のHRTに関する発表を報じている。
その記事によると、同研究所は、大規模臨床試験「ウィメンズ・ヘルス・イニシアチブ」(WHI)を中止したという。ではそWHIとは何かというと、更年期以降の女性の健康を脅かす、癌、心臓病、骨粗鬆症などの危険因子と予防法を明らかにするためにアメリカ国立保健研究所が行っている大規模臨床試験で、約十六万人の女性が参加している。
一九九一年より始まり、十五年計画で進められる予定だった。ところが、二〇〇二年七月、HRTのうちエストロゲンとプロゲステロンの併用療法についての試験が、骨折や結腸癌の発生率は低下するものの、乳がんや心臓病のリスクが高まるという理由で中止されたのだと新聞記事は説明している。
この発表の影響は大きかった。日本でも従来のホルモン補充療法を控えようという空気が強くなったのは否めない事実だ。私自身も、この点が気になってなかなか踏み込めないでいる。
内科の医師に相談したところ、はっきりと発がん率が高いことを理由にHRTを否定した人もいた。
だからこそ、長年、更年期の研究に関わってきた小山先生から詳しい話を聞きたかったのだ。いったい、HRTはどこまで安全なのか、女性はまだ「夢の治療薬」に頼ることができるのだろうか。
私の疑問に対する小山先生の答えはいたってはっきりしたものだった。
「WHIの発表が全てであるような報道はおかしい。WHIの研究は、アメリカ人で老年期で、非常に肥満体で、生活習慣のあまり芳しくない人を対象に、たった一種類のHETを投与した場合の結果であって、普通の五十歳代の日本女性に当てはめようとすることの方が無理というものです。
この点についてはWHI発表直後から国際閉経学会、日本更年期医学会などから指摘がありました。二年経った現在、国際閉経学会の公式見解では乳がんの発生率の増加の分析法などに問題があり、発症率の増加などはないのではないか、など、WHI報告に対してはむしろ反発が強まっているといえます。
だってですよ、乳がんの発症率が増えたといっても、日本の女性の場合は普通に一年間で一万人につき八人くらい発見されています。わが国にはHRT五年以上のデータはないのですが、今回のWHIの、五年以上投与した場合の二十六パーセントに増加を当てはめたとすれば、八人が多くても十一人になる計算となります。
一万人につき一年間で三人くらい増加は、卵巣がんだって、一万人につき一年間で二人くらい発症する。それが六割増えたといっても、三人になるだけの話です。そんなデータによって、HRTは危険だと決めつけるのはおかしいです」
なるほど、先生の言葉には説得力があった。
その裏には、製薬会社などの熾烈な市場のシェアに関する争いや戦略があるらしい。HRTをビジネスとして考えた場合、利幅が薄いという現実がある。精神安定剤に比べて、ホルモン剤の単価が安いのである。
だから、HRTの販売には製薬メーカーは、競合する製品である高脂肪血症、骨粗鬆症薬、抗うつ剤、血圧降下剤ほどの熱意はない。逆に患者の立場からすると、HRTは長期的には非常に経済的だ(例、スウェーデンなど)。
だがアメリカなどでは、HRTの人気が出て利用者が増えると、短期的には保険会社の支払いが増加するので、急速な増加は抑制したいという、保険会社に代表される支払い側の意向なども関係しているとのことである。
そうした事情は、私たちユーザーには、よくわからないので、つい新聞などの発表に右往左往してしまうが、スウェーデンでは、閉経後の女性二人に一人がHRTをやってたり、五十代はほとんどがその治療を受けているという。
「したがって、よく管理されていれば、HRTは問題がないと思います」と先生はおっしゃる。
「つまり、家でいえば、時間が経って建て付けが悪くなっただけで、中身は悪くないのですから、ちょっと油を注してやればいいんです。そうすればまた、もとのように扉でもなんでも動くでしょ」
我が身を思うとき、まさに建て付けが古く、がたぴしいっている雨戸だ。これがすーっと動くようになるのなら、こんなに嬉しいことはない。問題はその知識があるかどうかだ。性に関していうと、すべての女性が性交痛を経験するわけではないらしい。
「これはね、感情の問題ですからね」といってから、先生は丁寧に更年期における女性の膣の変化について説明して下さった。
手入れを怠らなければ、古くても使用可能
たしかに膣は使わないと萎縮する。たとえば五十代の場合は、三ヶ月セックスをしなかったら、それはセックスレスとみなす。当然膣も萎縮していく。
したがって、そのまましておけば。確実に膣は干しあがってしまう。ところが、面白いことに、先生の話によると、たとえ七十代でも時間をかけてゆっくりやれば、膣はまた広がるというのである。
ただし、それには三ヶ月とか半年くらいの時間が必要だ。HRTをすることによって、メンテナンスがなされている状態になる。あとは徐々に、ゆっくりと広げればいい。それには相手の男性の協力が必要となる。
パートナーの男性がそういうことについての知識があり、無理に性器を入れようとせず、少しずつやっていけば、やがて自然に性交ができるようになる。
先生の知っている例でも、七十代の女性で年下の男性と結婚したケースがあったそうだ。その場合、十年以上使っていなかった膣はすっかり委縮していたが、時間をかけて元の状態まで戻した。
「だから、女性の膣を道具として考えればわかりやすいでしょう」
そういわれる、なるほど、道具は手入れしない使えなくなる。ちゃんと手入れを怠らなければ、古くても使用は可能だ。
それにしても、気になるのは、膣を使用しないときに、最後はどうなるのかである。更年期ともなれば、夫との性生活もはやなくなったと語る女性が多い。その反面、だからといって女を廃業したわけではないと、ほとんどの女性が思っている。身の内に秘めた女性としての自負は、他人が考えるよりずっと強いのではないだろうか。
私はここ数か月にわたり、更年期世代の女性の聞き取り調査を続けていて、つくづくそう思った。
「あたしは、もう女は引退よ」などと言った人は一人もいなかった。その逆に、夫との性生活はもはや終わっていたり、今は独身でセックス・パートナーがいなかったりしても、やがて自分に合った男性が表れたら。セックスはしてたみたいと素直に語る女性が多いのに驚かされた。
結局のところ、女性は更年期を迎えても、若い頃とさして変わらぬ情熱を内面に維持しているというのが、私の出した結論だった。
更年期のキーワードは「ときめき」です
だとすると、小山先生が示してくれた、HRTに関する知識はとても大切なものといえる。なぜなら、その知識があるかないのとでは、性生活がまったく違ってくるからだ。ただし、個人差があることは、常に忘れてはいけないだろう。
最近亡くなったある有名に女流俳人は、最後にセックスをしたのは何時かと聞かれて、八十歳のときだったと答えている。九十歳を過ぎて死ぬまで、女っぽかった人なので、あながち嘘とも言い切れない。
こうした話を小山先生にしたら、膣というものは使わないから委縮するものだが、使っていれば、老齢になっても使用は可能なのだと返事だった。医学的に見ても、それはとくに異常なことではないようだ。
とくに、出産を経験した女性の膣は、それを経験したことのない人の膣よりも広がっているという。胎児が一度、通過しているのだから、当然といえば当然だ。一度も子供を産んだことのない女性の方が、性交痛が起きやすいということである。
しかし、これもまた個人差があって、日常的にセックスをしていればたとえ出産の経験がなくても、膣は常に広がった状態になっているので、男性の性器の挿入は容易だ。
私はここまで小山先生の話を聞いていて、はたと気が付いた。
「先生。つまりですね、いつもセックスをしているほうが、女性の身体にはとってはいいんじゃないでしょうか?」
「そうですね。こういうことはいえますね。たしかにセックスは健康には悪くありません。大事なのはセックスそのものではなくて、ときめきです」
小山先生によると更年期世代の性のキーワードは「ときめき」だそうだ。
心がときめくからこそ、セックスする。その際にメンテナンスさえしっかりしていれば、楽しい性生活を送れる。
「だってそうでしょう? 女性はボーイフレンドがいるとお洒落になるし、体型にも気を遣うでしょ。女性の最盛期は四十代から五十代だと私は思いますよ。その年代の女性は人生経験を積んでいますから、話しても面白いです。だから、恋愛をしても、もちろんいいんじゃないですか。心がときめく相手とですよ」
それはまさに、その通りなのだが、ここではやはり、更年期世代の女性の悩みが顔を出す。それは率直にいって、もはや夫が相手ではときめかないという現実がある。ということは、婚外恋愛に救いを求める結果になる。いや、その逆もあるかもしれない。女性が独身の場合、ときめく相手が既婚者であるケースが実に多いのだ。
「そこは問題ですね」といってから小山先生は言葉を続けた。「つまりは道徳的に負の部分をクリアーできるかどうかなんです」
なるほどなあと、私はため息をついた。「道徳的に負の部分」とはうまい表現である。これさえクリアーできてしまえば、HRTを取り入れて、みずみずしい膣を保ち、心がときめく相手とセックスを楽しむことが出来る。
そういうものの、「不倫」という二文字の持つ迫力はなかなかのものである。常に最悪感に怯えながら、愛人と会っていても、楽しくないだろうし、第一、そのほうがよっぽどストレスが溜まりそうだ。
更年期、最大の要素は気質因子
小山先生に話を伺って、私のHRTに関する不安は全く消えた。乳がんや子宮がんの検診をきちんとしていれば、さして恐れる必要はない。そもそも、スウェーデンの場合など、更年期世代の女性が身体の不調を訴えてきたら、まず、HRTを処方してみて、それでも治らないときに、他の検査をするという。
ところが日本だとHRTは癌になると噂になるという噂が独り歩きをしてしまったため、更年期障害に悩む女性は、内科で精神安定剤を処方してもらったり、MRIや心電図を撮るといったことから始める。なかにはいくらドクター・ショッピングといっていろいろと医師を替えても、症状が改善しないと訴える女性もいる。
もちろん、体調が悪いということは、何か大きな病気が体内に潜んでいる可能性があるので、十分注意しなければいけないのは事実だ。しかし、最初にHRTをやってみて、それでも調子が悪かったら、徹底的に検査してみるという方法もある。
今、多くの日本の女性がやっていることは順番が逆なのではないかと先生は言う。
私自身のことを考えても、たしかにここ数年、体調がすぐれず、いろいろ検査したが、決まって言われるのは、「内科的には何の問題もありません」という医者からの言葉だ。だとしたら、もっと早くHRTを試してみるべきだったかもしれない。
さて、この三つの問題を考えた時、第一の要素は簡単にクリアーできる。女性ホルモンを補給してやればよいわけだ。
人間関係はそれぞれの女性が自分で努力して、心地よい関係を形成しなければならない。これも、かなり難しいテーマだが、なんとかクリアーできるかもしれない。
一番の難関は最後の気質因子である。たとえば私のような小心者は、不倫をした場合の道徳的な負の部分をクリアーできる自信がない。これは正直のところ、夫を愛しているかどうかと言った事とは、それほど関連していないのだ。そうでなくて、もしも、不倫して、それがばれてしまったらどうしょうもない不安が強いのだ。
わかりやすい例として万引きがあると思う。万引きは、初めての一回や二回は捕まらないという。でも、何度もやっていると、必ずいつかはばれるときがくる。不倫もそれに似ているのではないか。
ずっと続けていると、きっとどこかで破綻がくるような気がする。それが怖くて私にはとても「ときめき」を楽しむ度胸がない。
そんな話を先生にしたら、「それは人それぞれ違いますからね。負のボールを受け取っても、すぐにぱっと誰かに投げて渡してしまう人はストレスが溜まりません。じっと負のボールを抱え込んじゃうタイプもいます」。
まさに自分はじっと負のボールを抱え込んで、身動きできなくなる種類の人間だと思った。がばっとたくさんのボールを胸のところで抱えている自分の姿が目に浮かんだ。
ならば、せめて、第一と第二の要因だけでもしっかりクリアーしておきたい。
「更年期にHRTをするのは、ゴビの砂漠を歩くのに、水を補給するのと同じですからね」といわれて、納得がいった。正確な情報さえあれば、きっと無事にゴビの砂漠を横断できることだろう。
つづく 第三章
漢方という選択肢