
快楽(けらく)工藤美代子著
若い恋人の将来を選択したジヨアン
二年ぶりにジムが来日した。彼は日系三世で、アメリカ東部の都市にあるシンクタンクに勤めている。そこで彼がどんな仕事をしているのか、何度も説明してもらったのだが、私にはどうもよくわからない。国際戦略とか防衛問題とか、そういった難しいことらしい。
それはともかく、ジムは日本の文化にも造詣が深く、とくに歌舞伎について語らせたら、普通の日本人よりよっぽど博学だ。
彼は私と同じ、五十五歳である。せっかく東京に来たのだから、二人で夕食を食べようということになり、私は表参道の静香庵へ案内した。ジムと知り合ったのは、私がカナダの西海岸に住んでいたときから、もう三十年近くも昔になる。前の夫の友人の一人がジムだった。
私は前の夫と離婚したとき、それまでの友人との付き合いをほとんど止めてしまった。前の夫の知り合いは、必ずしも私に対してよい感情は持っていなかったからだ。前の夫からしか情報が入らないのだから当然だが、それについて釈明をするのも鬱陶しくて、なんとなく疎遠になった。実はジムもその一人だったのだが、前の夫が数年前に肺がんで亡くなった後に連絡があった。詳しい経緯は省くが、ジムは私に対して、バイアス、つまり偏見を持っていたことを素直に詫びてくれた。
そしてふたたび、私たちは友人になった。押し出しが良く、ややあやしいけれど日本語も一応喋るジム、会話をしていた楽しい人だ。私の現在の夫は、私とジムがたまに国際電話で長話をしていても、まったく意に介さない。それはおそらく彼がゲイだと知っているからだろう。今も若い黒人の男の子と同棲している。だから私たちの友情に男と女の関係が入り込む要素はまったくない。
落ち着いた小料理屋の座席に座り、「八海山」の冷酒を器用な手つきでグラスに注ぎながら、ジムが開口一番にいった。
「ミヨコ、悲しいニュースだよ。ジョアンがマイアミの病院で死んだ。ボクは最期のときには間に合わなかったけど、葬式には出席したよ」
「そう、ジョアンがねえ、彼女いくつだったの?」
「ボクより十九歳年上だから、七十四歳だったかな。脳梗塞で倒れたのが六十二歳のときだから、長い療養生活だった」
「あなたはその間、ずっと彼女と連絡を取っていたわけ?」
「もちろん。年に一回、彼女の誕生日にはマイアミまで会いに行っていたよ。もっとも最後の頃は、もうボクが誰だか、識別できなかったけどね」
「ふーん、そうだったの」
私たちはしばし沈黙した。ジムに初めて会ったのは、私が二十八歳のときだった。ジムは誇らしげにガールフレンドだといって白人のジョアンを我が家に連れてきた。そのとき、ジョアンは四十七歳だった。わたしはあっけにとられたのを昨日のように憶えている。まだ若かった私の目には、ジョアンは完全におばさんに見えた。なぜ、ジムが、そんなに年上の女性と付き合っているのか、不思議で仕方なかった。
ところが、ジムとジョアンが帰ったあとで、前の夫がニヤリと笑っていた。
「ジムはほんとうはゲイなんだよ。だけどジヨアンとだったらセックスができるんだって」
私はびっくりして言葉も出なかった。ただ、前の夫の解説によると、ゲイの男性がすごく年上の女性に惹かれるケースはよくあるのだそうだ。あんまり若くて女っぽい人が相手だと、どうやら敬遠するらしい。しかし、女と発散するエネルギーが少ない熟年の女性となら、なんとかセックスができるというわけだ。
私には、想像もできない世界なので、ただ聞いていたが、その後もジムとジョアンのカップルとは何度か一緒に旅行に行ったりして親しく付き合った。ジョアンはシングル・マザーで、もう成人した娘もいた。その娘が母親である自分とジムの交際を許さずに、家出をしたのだと、ある日打ち明けてくれた。
「だけどね、ミヨコ、娘はいずれ独立して家を離れるのだから、ジムの存在は彼女が家出をするきっかけにはなったけど、原因ではないのよ」とジョアンは確固たる口調でいった。
彼女にとっては娘よりジムのほうが大切であり、それは当然のことだという。
私は、しばらく返答に窮した。それは自分の母親について考えていたからだった。母が父と離婚したのは三十三歳のときだった。まだ若い母には、それなりに思いを寄せてくれる男の人もいた。しかし、三人の子供を抱えて、母は女であることを捨てた。それは私がまだ高校生の頃、母の口から直接に、はきりと聞いた。
「ママが女だったら、子供たちが困るじゃない。だから、あたしは決心したのよ。女は止めようって」
実際、母の背後に男の影がちらついたことは一度もなかった。潔癖といえるほどの身の処し方だった。
そんな母に育てられた私は、女というものは、子供のためならあらゆる我慢をするのかと思っていた。だから、娘よりもジムを選んだジョアンの生き方に納得できない感じもした。
私の表情を敏感に見て取ったジョアンは、ややきつい調子でいい放った。
「娘は自分の人生を自分で探さなきゃいけないのよ。私がそうしたように。だから、どれだけ彼女が困っていても、私は一切援助はしないつもりよ。ジムとの関係は彼女とは何の関係もないことよ。わかった?」
「イエス」と私は頷いたが、それは彼女の意見を拝聴しましたという意味のイエスであって、必ずしも同調したわけではなかった。だが、現在五十五歳になってみると、ジョアンの覚悟もいたほどはっきりと理解できる。娘はいずれ自分から去っていく、私も母には感謝しているが、結婚するために家を出た。生涯、母と暮らすわけにはいかなかった。
もしも母に、彼女の人生のどこかの段階で、心の支えとなるようなパートナーが現れていたとしたら、どれほど母の生活は豊かに彩られただろう。今の私なら喜んで祝福できる。しかし若い頃の自分はどうだったか分からない。おそらくは、ひどい拒絶反応を示したに違いない。
それはジョアンの娘も同じだったのだ。それでも、ジョアンは自分と若い恋人の将来を選択した。
彼女のセックスの欲求が怖かった
「ジム、あなたはどうしてジョアンと結婚しなかったの?」
私は今さら聞いても仕方ないが、ずっと気になってい質問をした。
「そうねえ、ミヨコももうじゅうぶん大人の女性になったから、話してもいい時期かなあ」といって、ジムはちょっと複雑な表情を見せた。
「ボクはきっとジョアンが怖かったのだと思う。彼女はセックスの欲求がすごく強かった。いつでも会ったときに、セックスを始めようって誘うのは彼女だった。
相性が良かったと思うよ。ボクの今までの人生で、セックスをした女性は彼女だけなんだから。どういうわけか、ボクは男のほうが、うまくいく。でもジョアンは例外だった。なぜ彼女に惹かれたかっていうと、彼女を凄く美しいと感じたんだ。初めて会ったとき、ジョアンは四十七歳だったと思う。もちろん。白髪もあったし、皺もあった。不思議なことにボクはそれらの全部が好きだった。
信じてもらえるかどうかはわからないけど、ボクとジョアンは、彼女が脳梗塞で倒れるまで、ずっとセックスしていた。
そう、一度だけ大喧嘩をしたことがあった。彼女が勝手に家を買って、これからは、そこで一緒に住むんだと宣言したときだ。あれはジョアンが五十七歳のときだったかな。
ポクぞっとした。いくらジョアンのことが好きでも、同棲はごめんだ。それに彼女には内緒だけど。ボクにはもう一人、ステディな関係の男友達がいたからね、
そんなに非難の眼差しでみないてせよ。ジョアンはあの頃、アメリカの南部に住んでいた。ボクはずっと東部だから、二人は一ヶ月に一回くらい会うのがやっとだった。その距離感がボクにはちょうど良かったのだけれど、ジョアンはもっと頻?にセックスがしたかったという。
そうだよ。間違いなく彼女が五十七歳のときだ。ボクは三十八歳で、まあ遊び盛りだったから、ジョアンに縛られて自由がなくなるなんて恐怖だった。それなのに、ジョアンは仕事も辞めて、さっさとボクの住む町に引っ越してきた。それで、ボクが同棲を断ったから喧嘩になったんだ。
結局どうしたかっていうと、彼女はまた、南部に帰って行ったよ。わかってくれたんじゃないかな。ボクが結婚とか同棲とかに踏み切るには、まだ若過ぎるって」
年を重ねるほど、彼女の人間的魅力に惹かれた
そうだったのかと、ようやく私は腑に落ちた。ジムとジョアンは遠距離恋愛だった。そのほうがジムには都合が良かった。そして、月に一回しか会えないからこそ、二人の仲は片方が死ぬまで続いたのだろう。
「気を悪くしないで聞いてね。私は今、更年期世代の性について調べているのだけど、ジョアンとセックスをするときに、何か問題はなかった? 彼女が五十代から六十代になってもセックスは大丈夫だった?」
「当り前じゃないか。ミヨコはその年になって、まだわからないの? 女の人は死ぬまで現役だよ。さっき言ったように、基本的にはボクは男の方がいいけど、ジョアンとは普通にセックスしていたよ。ミショナリー・スタイルでね」
ミシッシヨリー・スタイルとは、宣教師のスタイルという意味だが、正常位を指す言葉だ。ジムがいいたかったのは、自分はゲイだが、ジョアンとはアナル・セックスをしていたわけではないと言うことだろう。
それにしても、私にはやはり、よく理解できなかった。なぜ、ジムとジョアンとならセックスができたんだろう。彼の話によると彼女は性欲が強かったというから、私の前の夫が言っていた、ゲイの男性はあまり女としてのエネルギーを発散しないから年上の女性を好むという説明も信憑性が疑われる。ジョアンのセックスへの強い欲求は、ときにジムをたじろがせたようだが、二人がセックスという絆で結ばれていのは確かだ。
「ねえ、あなたはジョアンを運命の女性だと思った?」
「いや、正直いうと、彼女と続いている間にも他の人と恋愛はした。今一緒に暮らしているレオナルドは、ボクにとって運命の人だと思うよ。でもジョアンとは同棲もしたくなかった。ただ、おそらくボクは女性ともセックスができるのが嬉しかったのかもしれない。それとジョアンには、友情に近いものを感じていた。
それから。もう一つ、大切なものがあるなあ。ボクは女としてのジョアンがもちろん、好きだったけど、それ以上に人間としての彼女の魅力に惚れこんだ。不思議なもので、ジヨアンは年を取って、孫までできて、明らかにその顔に深いしわが刻まれ、シミが浮いて、体形も崩れていったけど、逆にそれがボクには美しく見えた。
だって、それは彼女が年を重ねて、さらに知性を身に着けた証拠じゃないか。そのへんの若い娘が逆立ちしたってかなわない、深い人生の味が彼女にはあった。それは、おそらく、ジョアンが生まれつき賢い女性だったのと、さらに経験を積んで、自分を磨いたからだよ。
こういっちゃ悪いけど、ミヨコはちょっと勘違いしているんじゃないかな。女の人は容姿が美しい間しか恋愛ができないって。でも、それは違うよ。ボクだって認めるけど、六十歳を過ぎた頃から、さすがにジョアンもオバサンに見えるようになった。でも、内面は二十代の女性と変わらないほど情熱的だったよ」
ジムが「オバサン」というところだけ、日本語で言ったのが、おかしかったが、いかにも実感がこもっていると思った。
「あなたとセックスができなくなったのが悔しい」
ジョアンはある大学の図書館の司書として働いていた。六十二歳で定年になり、いよいよ悠々自適の生活に入ろうとした矢先に、彼女は自宅で意識を失い、丸一日ほど誰にも発見されなかった。たまたまジムが彼女に何度か電話をしたが応答がないのを訝って、近所に住む娘に、様子を見てくれるように電話で頼んだ。あれほどジムを嫌っていた娘も、結婚して自分の子供が出来ると、すっかり変わり、母親の良き理解者となった。ジムともこの頃には、すでに良好な関係になっていた。
ジムに連絡を貰って、娘が慌てて駆けつけると、ジヨアンはキッチンのフロアーに倒れていたという。自分で動けない状態だった。すぐに救急車で運ばれたが、手当てが遅れたためもあって、重い障害が残った。
そんなジヨアンのためにジムが設備の整った施設をみつけて入居させた。娘と協力しながら、自分ができるあらゆる援助はしたという。
「だって当り前だよ。彼女はボクにとっては人生の伴走者だったんだもの。もうあの時点では男と女の関係は超えていたね。家族みたいなものだったのかな。ジョアンは結局、左半身が不随になって、脳にも障害が残って、話すのも不自由になった。
それでも、ときには意識がはっきりする日もあってねえ、あれは倒れてから二年目くらいのときだったかなあ、妙に意識が澄み渡っていた日があって、そのときに、ボクにいったんだよ、こんな身体になって、あなたとセックスできなくなったのが悔しいってね。ボクは黙っている彼女を抱きしめるしかなかった」
「そうだったの。でも、ジムは偉いわ。最後までジョアンを看取ったんですもの。夫婦なら当然かもしれないけど、そうじゃないのに、そこまで尽くしたのは、二人が本当にいい関係だったからね」
「うん、ボクもそう思う」といってジムは満足そうに笑った。
その晩、家に帰ってから考えた。更年期とは、実は老年期への助走にほかならない。自分の晩年に何かが待ち受けているかは、誰にも分らないだろう。健康でいつまでもセックスが楽しめるのなら、もちろん理想的だが、ジョアンのように病に襲われる可能性もある。そんなとき寄り添ってくれる人が一人は欲しいものだと、改めて思った。
あらたな性の目覚めに向けて
八十歳になったって女は女、セックスの問題が存在する
いよいよ、この連載も最終回を迎えた。とにかく、原稿を書いている間、ずっと私の頭を離れなかった命題があった。
それは、更年期の女性たちにとって、セックスとは、いったい何なのだろうかという、いたって初歩的な疑問だった。
おそらく人によってその答えは異なるだろう。しかし、一つわかったのは、今まで一般的に思われていたよりも、はるかに真剣に女性たちが性の問題に対峙しているという事実だ。
親友の恵美子さんが私に言った言葉がある。
「私思うんだけど、けっきょくはセックスって、女にとっては車を走らせている燃料みたいなものじゃない。それが完全に切れてしまうと、もう走れなくなる」
「じゃあ、セックスレスの人はどうなるわけ?」
思わず私が尋ねると、
「違うのよ。この歳になるとセックスって、なにも性交をすることだけじゃないのよ。そうじゃなくって、毎日の生活にときめきを感じる異性がいたら、その人とのセックスを想像するだけででもいいんじゃない? もちろん、実際にセックスする方がずっといいけど」
そうかあと頷きながら、私はこの連載中に取材に応じて下さった方々の顔を思い浮かべていた。皆さんが異口同音にかたった言葉がる。それは「更年期世代でもときめいていたい」ということだった。そのたびに私はいつも考え込んでしまった。たとえば、自分は現在五十五歳だが、これからは歳を取る一方だ。いくら「ときめきたいと」と思ったって、なかなかそうはいかないのではないか。
正直に言うと、私は恥をかくのが怖いのだ。ある人が有名な女流作家の晩年のエピソードを話してくれたことがある。その女性は八十歳を過ぎていた。ある日、体調を崩して入院した。
検査のために病室を出るとき、若い男性の看護師が軽々と?せた彼女の身体を抱き上げてストレッチャーへ移そうとしたとき。するとその女性は看護師の腕の中でそっと小声でいった。「こんな姿をあなたの奥様に見られたら大変ね」
周囲の人たちは、なんといってわからず、唖然とした。
彼女は八十歳を過ぎても女なのである。しかし、この話を私にしてくれた人は、いささか呆れたような口調だった。それを聞いても私も、なんだかおかしくて噴き出してしまった。そして思った。そうそろそろ私も自分の女である部分を封印するときがきているのかもしれないと。
なぜなら、他人から見たら、明らかに性の対象ではないのに、自分だけが、まだ女としての機能していると信じている姿は、どこか滑稽に映る。それが私の危惧している点だ。
そういったら、恵美子さんに一笑に付された。
「そこがあなたの想像力の欠如しているところなのよ。あなたねえ、今、七十代や八十代の女性を老人だと思い込んでいるでしょう。でもね、自分が七十歳になったらきっと気づくはずだわ。中身はやっぱり女のままだって。八十歳になったって、女は女よ。セックスだって現実の問題として存在すると思うわ」
彼女の声は確信に満ちている。私はふいに相撲の力士のことを思い出していた。ちょっと連想が飛躍しすぎるかもしれないが、たとえば力士にも横綱にまで出世する人もいれば幕下で終わる人もいる。また、早々と二十代で引退する力士もいるかと思えば三十代の後半まで活躍する横綱もいる。
恵美子さんと話していると、私は幕下であっけなく廃業した力士の心境になる。彼女は私より年上なのに立派に、まだ女を生きている。土俵の上で戦っているのだ。それが彼女の魅力にもなっている。
一方、我が身は、もう男性に関しては、めったやたらと臆病風に吹かれている。夫の存在がブレーキになっていないと言ったら嘘になる。たしかに、夫を裏切ってまで他の男性とセックスをしたいとは思わない。しかし、素敵だなあと秘かに感じる男性と出会っても、「どうせ私は引退した力士、現役じゃないんだから」と思うと、初めから女として相手に接することを止めてしまう。
だが、しかし、それは間違っているというのが恵美子さんの意見である。
「更年期の性は奥が深いのよ。あなたみたいに簡単にリタイヤしちゃったらつまらないじゃない。この先に、まだ何が待っているかもわからないのよ」
更年期世代の女性は”ニューヨーク”を目指すべし
恵美子さんは、出来の悪い生徒に、授業でするように更年期の性の豊かさを語ってくれる。
「たとえばさ、十代や二十代の若い頃って、もうアフリカ大陸みたいなものよ。いたるところが熱いのよ、唇から耳たぶ、乳首やクリトリスはもちろん、身体のすべてが感じたでしょ。
まあ、言葉は悪いけど、歩く性器みたいなものよ。だから、今の若い子が書いている小説とか読んでも、ただやればいいって感じ。ところが三十代なると東南アジアくらいにはなるわね、全身がビビビってわけじゃないけれど、とにかく、まだ各地に熱帯がありっていうところ。
相手の男によって感じる部分が違ったりもするけど、よい相手に巡り会いさえすれば、三十代はいちばん性的には燗熟する年代かもしれない。
そして四十代になると、微妙に変化するのよね。自分の体型の衰えを自覚するわけ。もちろん、エネルギーの枯渇もあるわよ。その半面、生活には余裕がでてくるから、セックスも雰囲気が大切になってくる。その意味では四十代はヨーロッパじゃないかしら。文化の香りが高くて成熟した大人の男と女の関係。
ただ往復運動をすればいいっていう野暮さはないかわりに、ちょっとパワーが落ちるのも確かね。だけどまだまだ美しくて、長い月日の歴史に寄って女っぷりがあがるのが四十代よ。ちょうどヨーロッパの落ち着いた古都みたいに。
そして、さて五十代なんだけど、ここでシベリアへ行くかそれともニューヨークへ行くか、あなたならどうする?」
そんなことを聞かれて返答に困る。シベリアというのは、いかにも寒々しい。できれば行きたくないと思え。でも、それが五十代の現実なら仕方ない。
「そうよ。残念ながらシベリアに行った女性は山ほどいるわよ。触ったら凍りそうな女になんて男だって手を出さないわよ。足を踏み入れたくないわよ。でもね、実は私たち五十代の女性はニューヨークになるチャンスだってあるのよ。
あの街を知っているでしょう? そりゃあ建物は古いわ。塵も舞っているしホームレスもいるわよ。でも、東京とは違うのよ。何が違うと思う? 東京はこの前の戦争で焼け野原になって、その後にただ無計画にビルが立ち並んだ。
はっきり言って美しい町じゃないわ。でも、ニューヨークは五番街なんかの摩天楼を見ていると惚れ惚れするわ。ビルの一つ一つはもう老巧化しているのよ。だけど手入れがいいのよ。そして住んでいる人たちもニューヨーカーであることに誇りを持っている。毅然としているわ。だから古い建物だって、いまだに美的に鑑賞に堪えられるってわけよ。
私たち更年期世代の女性たちって、あのニューヨークが持っている知恵や誇り、賢さ、そして悲しいけど年月を経たための醜さや脆さも全部持っているじゃないかしら。私はシベリア送りはごめんだわ。いつまでもエキサイティングなニューヨークの中心、できればマハッタンに陣取っていたわねえ」
不倫関係をどうするかが一番の問題
なるほど、恵美子さんは上手い例えをしたものだ。彼女の説に従えば、私など早々と自分からシベリアに隠居したことになる。もちろん、すべてセックスに関する部分を自分の人生からそぎ落として、じっと静かに生きていくという選択もあるが、恵美子さんのように、やっぱりまだまだ女としての可能性を求めている人のほうが、現代では多くなっているのかもしれない。
それは私が五十人近い女性たちを取材して、つくづく感じたことだ。彼女たちは、なにもセックスを生活と分けていない。これも私が感心したところなのだが、ごく自然に生活の一部にセックスを組み込んでいる。
「あなたはねえ。考えすぎなのよ」と恵美子さんに笑われた。
小心者の私はセックスをするとなったら、相手の精神状態、年齢、生活環境、容姿、性格など、もうそれこそありとあらゆる情報を集めたうえでなければ、いざ決行というわけにはいかないだろう。
それでも、まあ相手がいた場合だ。そんな小難しいことを考えて躊躇していたら、男は逃げてしまうに違いない。
「でも、あなたの気持ち、私もわからないことはないわよ」と恵美子さんは、いってくれた。
「つまりさ、おばさんは、ありったけの保険を掛けなきゃ、男とセックスはできないってことでしょ。それは当然よ。この歳になったら、何か起きたときに失うものが多過ぎるものね。私だって独身とはいっても職場でボロは出したくないっていう気持ちは正直あるわよ。
だから、職場の同僚で、年下の男が近づいてきても、絶対に手は出さないわ。どんな下心があるかわからないもの。
一番悩ましいのは、いつもあなたに白い眼で見られるけど、たしかに不倫関係をどうするかなのよ。私たちの年齢になると、やっぱり相手が所帯持ちの男が多くなるでしょ。それにどう対応するかのほうが問題だわ」
女の終焉を迎えることの危機感に根差している
恵美子さんの流れるような言葉の洪水を聞きながら、私は論点が二つあると思った。まず初めに、更年期世代になっても、まだセックスを続けるかどうかである。私はさっさと諦めてしまったので、恵美子さんにいわせればシベリア送りだ。
だが、実際にセックスをするかしないかともかく、いつでも臨戦態勢にあって、八十代を迎える女性もいる。前述の女流作家などがその好例だろう。程度の差こそあれ、いつまでも生々しい感情を持った女性を私はたくさん知っている。
そういう女性たちから見ると、更年期に入ったからといって慌ててシベリアに自分から駆け込むのは、馬鹿としか思えないだろう。
実際、恵美子さんは、まだじゅうぶんに色っぽいし、ちゃんとセックスのパートナーも次々に現れる。だから、更年期の性を否定するのは幼稚な考えだということは、私にもはっきりとわかる。
その反面、セックスをするためのハードルがどんどん高くなっているのもまた見逃せない事実だ。
若い男性をお金で買う場合は別だ。私は基本的には性は金銭で売買されるべきでないと思っている。これはまた違った意見もあることは承知だが、今ここで男性を買うというテーマは除外したい。
その上で考えられるのは、やはりお互いに恋愛感情が伴ったセックスが理想だということだ。しかし、その場合は不倫の関係が圧倒的に多い。私が今回、取材して驚いたのもその点だった。結婚している更年期世代の女性が胸をときめかせてセックスする相手は、九十九パーセント夫以外の男性だ。
そして女性が独身の場合、相手の男性は所帯持ちというケースがほとんどだった。
このハードルをどうクリアーするのか、結局のところ私にはわからなかった。それは恵美子さんも同じ気持ちだ。
しかし、最近、彼女はある境地に達しつつあるともいう。
「更年期世代って、ほんとうに面倒なのよ。もう六十歳になってしまったら、嫉妬から解放されるかもしれないって思うことがあるの。とにかくセックスができる、セックスの相手がいるっていうだけで幸せだって、謙虚な気持ちになれるかも。
でも、まだちょっと早いのね。そのわり、相手に対する労わりの念は持てるようになったわね。向こうも人生のしがらみを一杯抱えて生きているのだから、あんまり無理な要求をしてはいけないと思うようになる」
「でも、それって、相手の男にとっては、ますます都合の良い女になるってことじゃないかしら?」
私はいつもの持論を彼女に問いかけた。
「あなたならそう言うと思ったわ。だけと、あなたは古い観念に縛られ過ぎているんじゃない? 男は女の生活の責任を取るものだと思い込んでる。たしかにあなたみたいな主婦から見たら、
夫は給料を運んできてくれるわけだし、生活の保障を与えてくれるものだから、男とはそうあるべきと信じているのも仕方ないけど、これだけ社会が変わって、女性も経済力を持つ時代になったのよ。男性に経済的な援助を求めなくても対等な関係で付き合えば、それでいいじゃない」
「ちょっと違うと思うわ。だって、男は奥さんがいるのよ。何が悲しく、ほかの女のところへ必ず帰っていく男と寝なきゃならないわけ?」
「だからあ、それは男のこれまでの人生があるんだから仕方ないじゃない。その過去を含めて、愛することが出来るのが、大人の女だと思うけど」
「いやだわ、それじゃあ私は絶対に大人の女になんかなりたくない」
ということで、私と恵美子さんの会話は最後は喧嘩腰になってしまった。
しかし、恵美子さんの気持ちもわからなくはない。五十代だから味わえる性の奥義があるとしたら、それを逃すのはいかにもったいないことだ。
「そうなのよ。あのね、若い頃は全身が性感帯みたいだった。それはそれで激しいセックスを楽しんだけれど、この歳になると、膣で感じるものが、すべてなのよ。膣の感覚が研ぎ澄まされるのね。これは五十代を迎えた女性じゃないと分からないと思うわ」
「うん、何かそれって、女の終焉を迎えることへの危機感に根差しているものかもしれないわね」と、私は答えた。
いずれにせよ。更年期世代でセックスが終わるということはあり得ない。これがひょっとすると老年期の性への助走であり、あらたな性の目覚めかも知れない。だとしたら、私たちがまだ未知の扉を開ける機会は、この先残されていると考えてよいだろう。
それも悪くないなと私は思ったのだった。
あとがき
おそらく人間の寿命がこんなに延びなかったら、更年期の悩みは不要のものだったろう。かつて人生はわずか五十年といわれた時代がたしかにあった。当時は更年期を迎えるとともに女性の人生は終わったのである。
ところが、いつの間にやら高齢化社会となってしまい。多くの女性が閉経後に、少なくとも三十年近くの歳月を生きなければならなくなった。
では、その事実にどう向かうのか、実のところ対策はまだ確立していないといってよい。
私はいまでもはっきりと記憶しているのだが、三十歳になったとき、自分の人生は終わったと感じた。悲しくて、泣きたいような気分だった。なぜ悲しいのかといえば、自分の若さに別れを告げた「おばさん」の仲間入りをしてしまうと思ったからだ。その頃の私にとって、三十歳以上の女はひくくりにして「おばさん」だった。したがって五十歳も六十歳もたいした変わりはなかった。
それがとんでもない勘違いだったと知ったのは、三十五歳くらいの時だった。ひょっとして女の命とは、私が想像するよりはるかに長いのではないか。私が「おばさん」と信じている人々は、若い娘にまけないほどカラフルな生活を送っているのではないか。
そうわかって、私は心配するのを止めた。それまでの私はびくびくと怯えてばかりいた。自分の女としてのマーケット・ヴァリューが下落したとき、何が起こるのかがひたすら不安だったからである。
しかし、実際には私のちっぽけな脳味噌で想像するより、はるかに多様なマーケットがこの世には存在していた。なにも「おばさん」になったからといって人生が終わるわけではない。いや、むしろ若い頃には想像もできなかった豊かな日々が目の前に広がっている。それを知ってとき心底からほっとした。
ところが、思いがけない落とし穴があった。
あれは私が四十八歳のときだった。旅先で身体の不調をおぼえて緊急入院した。検査をしてもらったところ子宮筋腫だといわれ、帰国後すぐに手術するということになった。その結果、子宮を全摘し、人工的に閉経した。
異変はその後にやってきた。とにかく原因不明の眩暈(めまい)、動悸、発汗、不眠、痺れ、倦怠感などがどっと押し寄せて、仕事も家事もできなくなった。初めはわけがわからず、自分は何か大変な病気になったのではないか疑った。何軒かの病院を訪ねたが、内科的には何の問題もないといわれた。そうなると思い当たるのは更年期障害しかなかった。
そんな状態が四年ほど続いたところで、なんとかトンネルの出口が見えてきた。まだ完璧とはいえないが、ほぼ普通の生活が送れるようになった。少し余裕ができた頃に周辺を見廻してみると、自分と同じ更年期世代の女性たちが、なんとも多種多様な生き方をしていることに気づいた。
それぞれの女性たちが、他人には語れないような悩みや秘密を抱えて生きている。これは、現代社会だからこそ存在する現象だろうと思った。かつて若い日の私が「おばさん」と呼んだ女性たちは、その前に生々しく、一個の女だったのである。
なれば、彼女たちが直面している現実を書き残しておくのも私の仕事ではないだろうかと思った。幸い、同じくらいの年頃ということも手伝って、多くの世代の女性たちが快く取材に応じてくださり、胸襟を開いて、さまざまな問題について語ってくれた。
特に、性に関するテーマは、なかなか他人には話しにくいものである。だが、その反面、実にたくさんの女性たちが性と向き合って、真剣に人生を考えているのもたしかだった。性とのかかわりを抜きにしては更年期は語れないのだが、なぜ今まで、皆正面からこの問題に触れるのを避けてきたような節がある。
思い切って女性たちの胸中を赤裸々に綴る作業を通して、これまで封印されてきた、更年期の性の問題を深く掘り下げてたいというのが、私の本書を書き始めた理由だ。
その途中で何度もたじろぎ、立ち止まった。医師や専門家に意見を求めながら、とにかく、少しでも真実に近づけたらと祈っていた。それでも、ときには自分の性の深淵に潜む謎を解く能力がまったくないのではないかと落ち込んだ。
しかし、すべてが解明できなくとも、とにかく事実を伝える努力を重ねる行為で、何かを発信することが可能かもしれないと筆は進んだ。
いうまでもなく、ノンフィクションという仕事は多くの協力者がいなくては成立しない。だが、今回は性というはなはだ私的なテーマを扱ったため、取材協力者のプライバーを守ることに、とくに留意した。したがって、登場人物の多くは仮名にせざるを得なかった。職業なども変えてある。ただし、書かれている出来事はすべて本当に起きた事実である。
また「婦人公論」の連載中は編集 部の志賀佳織さんに大変お世話になった。瀧澤晶子編集部長からも貴重なアドバイスの数々を頂いた。そして本に纏めるにあたっては長谷川宏氏のお手を煩わせた。あらためてお礼をもうしあげたい。
最後に、我が親友の恵美子さんがいなかったら、私はこの原稿を途中で断念していたかもしれない。女性の毅然とした強さを持つ彼女に敬意を表しつつ筆を擱きたいと思う。
平成十八年二月十四日 工藤美代子
初版『婦人公論』二〇〇四年九月二十二日号
煌きを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。
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