あれはたしか五、六年前のことだった。私は更年期に関する取材で、ある産婦人科の医師と話をしていた。ようやくインタビューが終わり、帰ろうと立ち上がったときである。その男性医師がぽつりとつぶやいた。
「結局ね、更年期の問題って、つきつめていくと女性が何歳までセックスをするかっていうことなんですよ」
不意を衝かれたような気がした。
正直いうと、私はそれまで、女性は本人の意思さえあれば、死ぬまでセックスができるものだと思い込んでいた。だから更年期とセックスを結びつけて考えたことすらなかった。
「先生、それはどういう意味ですか?」
真剣な私の声に医師はちょっとたじろいだようだった。
「つまりね、更年期におけるほかの症状はやがて時間が経過すれば必ず治るのです。ただ、セックスだけは、そのままにしておくとできなくなります。これはもう確実にそうなります」
確信のある声で医師は答えた。
今さら説明するまでもないが、女性の更年期は五十歳を中心に前後五年といわれている。一般的には、この間に女性は閉経する。それに伴ってホルモンのバランスが崩れるため、さまざまな症状が表れる。
不眠や不定愁訴、ホルモンフラッシュ、動悸、ドライ・アイなど、それこそ多種多様な障害がふりかかってくる。
もちろん個人差もあって、何事もなく更年期をやり過ごす人もいる。私の母などは「更年期障害っていのはつまりは、妊娠した時のつわりと同じよ。気の持ちようじゃないかしら。
あたしなんか、更年期のときは忙しくて、それどころじゃなかったから、考えている暇もなく通り過ぎていっちゃったわよ」とこともなげにいう。
そういう幸せな人がいる半面、日常生活に支障をきたすほど苦しむ人もいる。
私自身も、いわゆる不定愁訴に悩まされ、過去五年間ほど精神安定剤のお世話になっている。だが、セックスについてはそれまで一度も考えたことがなかった。
「いいですか、工藤さん、閉経すると女性の膣は縮んで硬くなり、男性の性器を受け入れるのが難しくなるのです。膣の潤いもなくなります。したがって、性交痛や出血が起きます。これは厳然たる事実です」
私がよほど困惑した顔をしていたのだろう。相手は「事実」というところを込めていった。
気が付いたら、私はもう一度椅子に座り直して、医師の言葉に耳を傾けていた。
「女性がずっとセックスを続けたいと思ったら。ホルモン補充療法しかありません。これをやれば、セックスは可能です。しかし、リスクもあります。ホルモン補充療法は子宮がんや乳がんになる確率が高いといわれているのはご存知ですね? だから女性はいろいろ悩むわけです」
日本はアメリカと違ってホルモン補充療法の歴史が浅いので、まだ十分なデータ出ていない。しかし、女性は何より癌を恐れているのは確かだと言ってから、医師は驚くべき実例を話してくれた。
彼の患者さんで、六十代の初めの女性がいる。ご主人が年下で、かなりアクティブな性生活を送っている。しかし、そのためにホルモン補充療法が欠かせない。
彼女の恐怖は、ホルモン投与を続けることによって子宮がんになるのではないかと言うことだった。そこで、癌になる前に子宮を摘出してしまえば、問題は解決すると考えた。
「セックスを続けるために、その人は先月、子宮摘出手術を受けました」といわれて、私は愕然とした。
医師は穏やかな声で言葉を続けた
「工藤さん、セックスするかしないかは本人の選択です。しかし、女性の身体は、放っておくと間違いなくセックスができなくなります。更年期を境目にして、膣は変わります。それをどうするかが、結局は更年期の一番大きな問題なのです。
私のいう意味がおわかりになりましたか?」「はい」と大きく頷いて、私その病院を後にした。
女性を苦しめてきた定説「更年期以降こそ性生活を楽しめる」
頭の中は混乱していた。いったい自分の身体はこれからどうなってしまうだろうと考えると、心配で落ち着かなかった。
しかし、まだ四十代だった私は心のどこかで、それは他人事だととらえる余裕もあった。
まだ「その日」がくるのはずっと先だと思っていた。ところが、つい最近になって、仲の良い友達に電話で悩みを打ち明けられた。彼女は私より二歳年上なので今、五十六歳だ。
「この間ね、セックスをしたら、ちょっと痛くて、後から出血したの。気持ち悪いけど、どうしたらいいかしら?」
あれだ、あれに違いないと私は即座に思った。かって産婦人科の医師が話してくれた症状だ。
友人はホルモン補充療法をしていない。とくに更年期障害に悩まされているわけでもないが、閉経してもう六年たつという。
「ちょっと待って。そのままにしておくのはよくないかもしれないわ。相談してみたい人がいるから、後で連絡する」といって電話を切った。
これは、やはり詳しく専門家に聞く必要があるとおもったのだ。やがて自分の身にも、同じ問題が降りかかってこないとも限らない。
それならば、この際、徹底的に更年期と性の問題について追求してみたい。なぜならそれは今まで誰も語っていないことでありながら、とても大事な問題だからだ。
私が銀座の「女性成人病クリニック」に村ア芙蓉子先生を訪ねたのは、それから間もなくだった。先生とは以前から顔見知りで、信頼できる人柄の方だと思っていた。
先にメールで先生に取材の意図をお知らせしておいた。すると先生は以前に発表された「更年期からの性」と題する原稿を送って下さった。
それは医療の現場で実際に先生が聞き取り調査をした結果をまとめたものだった。
そこには、かなり衝撃的な数字が示されていた。
一九九四年から九十七年にかけて先生のクリニックで受診した四十歳以上の女性に対して行われた調査によると、性的パートナーのいる女性のうち、性的欲求があると答えた女性は百四名、ないと答えた女性は三百九名という結果が出た。
つまり性的欲求がない女性の方が、ある女性より三倍近く多いと言うことだ。
ところが興味深いのは、性欲のある女性のうち、六十名が性交痛があると答えており、これは全体の五十八パーセントにものぼる。一方、性欲のない女性も百六十七名が性交痛があると答えているので、全体の五十四パーセントに達する。
ということは、性欲がある、ないにかかわらず、四十歳以上の女性の半数以上が性交痛に悩まされていることになる。
これはずいぶん深刻な問題といえる。
「ほぼ半世紀前の『避妊のいらない更年期以降こそ性生活を楽しめる時だ』という一方的な情報は、聞き取りの中で多くの女性を苦しめてきたのだと知りました」と村ア先生は書いている。
さらに、今まではどうしても性に関する情報は男性からの発信が多かったと述べている。女性が性について語るのは「はしたないことだ」という風潮が社会にあったからだ。
そうした時代がそろそろ終わりを告げるべきなのはもちろんだが、私はもう少し詳しい実例を先生からお聞きしたかった。
「ここにノートがあるでしょ。これは私が診察をしている間にびっくりしたことや、感心したことを書き留めておいたものなの」
にこやかに、小さな二冊のノートを広げて先生は話し始めた。
恋愛は、子宮ではなく脳でするものである
先生が女性の更年期の聞き取り医療を始めたのはもう十年以上前だった。すると四十代半ばから五十代半ばの女性たち、どっとセックスの辛さを訴えて来院してきた。それは先生にとっても予期せぬ出来事だった。
「閉経すると、おりものが少なくなりますね。若い頃は、もしかしたら自分はトリコモナスかカンジダじゃないかしらなんて心配するくらい分泌したものです。でも、実はそれが正常で、多量の分泌物があるのは若い証拠なんです」
そういわれてみれば、確かに若い頃はおりものが気になって、一日二回くらい下着を取り替えていた。ところが、月経がなくなると、まるで?のようにおのものがなくなり、うっかりすると同じ下着を二日くらい身につけていても平気だ。
「それがどういうことかっていうと、つまり膣を潤す分泌液がなくなるということなのよ。だから、男性の性器が簡単には入っていかなくなる。そこで性交渉が辛くなるんです」
辛いかといって性交渉を拒否できれば、話は簡単だ。ところが、現実の世界は女性たちにとってはシビアだ。
「工藤さんね。これは本当に会った話よ。私は、その患者さんと手を取り合って思わず泣いてしまったくらい、ひどい話なのよ」といって語ってくれたのは、ある夫婦の例だった。
すでに大学生の子供までいる五十代の夫婦のうち、夫が夕食後、一人で自室にこもりアダルト・ビデオを見始める。そして、興奮すると妻を「おーい、おーい」と呼び続ける。家族の手前もあるので、妻は致し方なく夫の待つ部屋へ行く。
すると夫は、目の前で繰り広げられているポルノ映画とそっくりの体位でセックスすることを妻に要求する。妻はそのように強いられるセックスが嫌でたまらないうえに、更年期に入ってからは、酷い性交時の痛みがある。
そんな妻の心身の状態などお構いなく夫は性器をむりやり挿入する。そのため妻の膣は出血し、ひどく痛む。翌日、泣く思いで妻は産婦人科へ行き手当を受ける。ようやくその傷が癒え、薄い皮膜ができたころ、また同じ行為が繰り返されたという。
「主婦の場合は、夫に扶養されているから性を提供しなければという義務感や、心の負い目がどこかにあって、拒絶しきれないケースもあるんですよ。だから、極端な話、自分の夫の背中の後ろを通っただけでもぞっとするという人もいましたよ。夫がレイプ犯に思えてきて、逃げ回るんです。それって確実に夫婦の老後の関係まで尾を引きます」
結局のところ、女の心身を理解できない男が多くて、それが更年期になって顕著に表れるということかもしれない。
たとえば、妻にセックスを拒否する理由として疲れているといったとしよう。多くの夫は男の沽券にかかわるという意識で、かえって反発したりムキになるようだ。
疲れているなら寝ていればいい、膣だけ使わせろと要求する。だが、不自然な性行為は年齢が上がるほど困難になる。
だから、更年期の女性には、強度の性嫌悪症の人がけっこう多いのだそうだ。
「だって工藤さん、恋愛もセックスも、子宮でやるものではないでしょう。脳でやるものでしょう。恋愛すると脳が活性化します。
だから女性は恋愛してセックスするときれいになれるのです。よくいわれるフェロモンって、若い子にだけあるわけじゃない。たとえ五十代でも、誰かを愛したときには膣だけでなく全身の潤い方が違っていきます。そういうことが男性にはよくわかっていないのね」
したくてもできないのとしないのとでは大違い
なるほど、そう言われると、すべては脳に支配されているように思える。
だが、現実的に考えたとき、結婚して何十年もたつ夫に対して、いつまでも恋愛初期の欲求を抱き続けるのはなかなか難しい。いつの間にかロマンチックな思いは消えてしまっている。それでも、夫がセックスを望み妻もそれに応えたいと思う場合は、妻はどう対処したらよいのだろう。
そんな私の疑問に先生のデスクの引き出しから、「パールルール」と書かれたチューブを取り出して見せてくれた。塗ってごらんなさいといわれて、手に塗ってみると透明なハンドクリームのような感じだ。べたつかず、さらりとしている。
「これはね。性交痛のある女性たちのゼリーなのよ。潤滑ゼリーね。更年期世代の女性の場合、物理的な痛みの改善には大いに役に立ちます。その他にも座薬もあるんですよ。
セックスをする予定がわかれば、前日にでも膣に入れておくと、一時的に柔らかくて潤いのある状態になります。こうした物を使うことによって、性交痛はかなり緩和されると思います」
私は先生から手渡されたチューブをまだ手にしたまま、妙なことを考えていた。
たしかに、これは素晴らしい解決方法の一つだ。五〇ミリリットルで千円と値段も安い。同じブランドでなければ、たいがいの薬局で売っているという。
しかし問題は何時このゼリーを塗るかではないだろうか。セックス・モードになる前に塗れば、口で触れた場合、いくら無味無臭といっても双方に躊躇が生じる。いざ挿入というときに、ちょっと待って、いまゼリーを、では、いかにも興醒めだ。
そのへんのことを先生に尋ねると、「まあ、それはお互いに遊び感覚でゼリーを使えるようになればいいのですが…‥」という返事だった。
なるほど、パートナーとも納得し合ってゼリーを使えば、より強い快感が得られるかもしれない。ゼリーを全身に塗ってセックスを楽しむ人々もいるという。
もう一つの解決方法はホルモン補充療法である。こちらは、エストロゲンが膣を含めて全身に行き渡るので、確実に効果がある。それを選択する女性も多い。
「ただね、最近の患者さんの傾向は少し変わってきていますね。今の四十代、五十代の女性は情報が行き渡っているので、更年期を向かい撃つという意欲が満々です。
しかし、セックスレスも多い。十年前は、妻がどうあれ、男がもっとギトギトしていました。今は夫婦ともどもさっぱり系が多いんですよ」
時代とともにセックスも変化してきているようだ。もちろん、セックスするかしないかは個人が決めることである。
ただし、セックスをしたくてもできないのと、したくてもしないのとでは大きな違いがある。セックスをしたい女性にどのような可能性があるのか、これは更年期世代の大きな課題であることは間違いない。
男性から見た女の更年期
変わらないといえば変わらない
のっけから下品な話で申し訳ないのだが、わたしは男の人から、セックスに関する経験談を聞くのが嫌いではない。女性より男性の方が、セックスについてはオープンに話してくれるような気がする。それは私の性格が男っぽくて、なんだか話しやすいからかもしれない。
ある有名なカメラマンと取材旅行に行ったことがある。その人は若いころ、世界中を放浪して写真を撮っていた。当然ながらいろいろな女性と性交渉はあった。その人がしみじみとお酒を飲みながら、過去を回想していった。
「工藤さん、女の人のあそこって、年齢は関係ないですよ。あそこだけは別の生き物ですよ。あそこの毛が真っ白になっていても、やることはやれるんですよ」
真顔だった。私を面白くするためにいっているのだと思いました。つい最近まで、そう信じていた。
ところが、作家の西木正明氏にお会いして、必ずしも、そのカメラマンが作り話をしたのではないと知らされた。
まず、順番に話すと、銀座で、村ア芙蓉子先生から、更年期の性についてお話を伺った私は、どうしてもある疑問にとらわれて、そのことが頭から離れなくなった。
なるほど、更年期を迎えると女性の膣は萎縮するらしい。性器の挿入が難しくなる。
では、そんなとき男性はどのように感じるのだろうか。つまり、女性の膣の変化に男性は気が付くものだろうか。
断られるのを覚悟で、西本氏にインタビューを申し込んでみた。なぜ西木氏かというと、彼が実に男らしくてハンサムで女性にもてそうだからだった。いや、実際、女性にもてることを私は知っている。さらに西木氏はいたってオープンな性格で、今までにも女性に関する武勇伝を語ってくれたことがあった。
そこで、更年期の性について男性側から忌憚(きたん)のない意見を話してもらいたいと思ったのである。幸運なことに西木氏は取材の申し込みを快諾してくれた。
「いいですよ。僕は一介の物書きで、失うものなど、何もない人間ですからね」と、はっとするほど格好いい返事をくれた。
しかし、実際に本人を前にすると、なかなかセックスの話の糸口が掴めない。
「あのう、実は更年期って、女性の身体にいろいろと変化が起きることはご存知だと思うんですけど‥‥」と私が口ごもっていると、
男だって変化はありますからねえ」といって、「しかしね、変わらないといえば変わらないですよ」とあっけからんとした口調だ。
これはもっとはっきりと取材の趣旨を述べるべきだと思い、「いえ、つまりですね、その更年期になる女性はセックスがなかなかしにくくなるというか、生理的にできない状態になることがありまして、その場合に男性の立場としてはどうなんでしょうか?」。
「ああ、そういう問題だったら、あんまり関係ないじゃないかなあ。じゃあ、僕の実際の経験をお話ししますよ」
のっけから下品な話で申し訳ないのだが、わたしは男の人から、セックスに関する経験談を聞くのが嫌いではない。女性より男性の方が、セックスについてはオープンに話してくれるような気がする。それは私の性格が男っぽくて、なんだか話しやすいからかもしれない。
ある有名なカメラマンと取材旅行に行ったことがある。その人は若いころ、世界中を放浪して写真を撮っていた。当然ながらいろいろな女性と性交渉はあった。その人がしみじみとお酒を飲みながら、過去を回想していった。
「工藤さん、女の人のあそこって、年齢は関係ないですよ。あそこだけは別の生き物ですよ。あそこの毛が真っ白になっていても、やることはやれるんですよ」
真顔だった。私を面白くするためにいっているのだと思いました。つい最近まで、そう信じていた。
ところが、作家の西木正明氏にお会いして、必ずしも、そのカメラマンが作り話をしたのではないと知らされた。
まず、順番に話すと、銀座で、村ア芙蓉子先生から、更年期の性についてお話を伺った私は、どうしてもある疑問にとらわれて、そのことが頭から離れなくなった。
なるほど、更年期を迎えると女性の膣は萎縮するらしい。性器の挿入が難しくなる。
では、そんなとき男性はどのように感じるのだろうか。つまり、女性の膣の変化に男性は気が付くものだろうか。
断られるのを覚悟で、西本氏にインタビューを申し込んでみた。なぜ西木氏かというと、彼が実に男らしくてハンサムで女性にもてそうだからだった。いや、実際、女性にもてることを私は知っている。さらに西木氏はいたってオープンな性格で、今までにも女性に関する武勇伝を語ってくれたことがあった。
そこで、更年期の性について男性側から忌憚(きたん)のない意見を話してもらいたいと思ったのである。幸運なことに西木氏は取材の申し込みを快諾してくれた。
「いいですよ。僕は一介の物書きで、失うものなど、何もない人間ですからね」と、はっとするほど格好いい返事をくれた。
しかし、実際に本人を前にすると、なかなかセックスの話の糸口が掴めない。
「あのう、実は更年期って、女性の身体にいろいろと変化が起きることはご存知だと思うんですけど‥‥」と私が口ごもっていると、
男だって変化はありますからねえ」といって、「しかしね、変わらないといえば変わらないですよ」とあっけからんとした口調だ。
これはもっとはっきりと取材の趣旨を述べるべきだと思い、「いえ、つまりですね、その更年期になる女性はセックスがなかなかしにくくなるというか、生理的にできない状態になることがありまして、その場合に男性の立場としてはどうなんでしょうか?」。
「ああ、そういう問題だったら、あんまり関係ないじゃないかなあ。じゃあ、僕の実際の経験をお話ししますよ」
のっけから下品な話で申し訳ないのだが、わたしは男の人から、セックスに関する経験談を聞くのが嫌いではない。女性より男性の方が、セックスについてはオープンに話してくれるような気がする。それは私の性格が男っぽくて、なんだか話しやすいからかもしれない。
ある有名なカメラマンと取材旅行に行ったことがある。その人は若いころ、世界中を放浪して写真を撮っていた。当然ながらいろいろな女性と性交渉はあった。その人がしみじみとお酒を飲みながら、過去を回想していった。
「工藤さん、女の人のあそこって、年齢は関係ないですよ。あそこだけは別の生き物ですよ。あそこの毛が真っ白になっていても、やることはやれるんですよ」
真顔だった。私を面白くするためにいっているのだと思いました。つい最近まで、そう信じていた。
ところが、作家の西木正明氏にお会いして、必ずしも、そのカメラマンが作り話をしたのではないと知らされた。
まず、順番に話すと、銀座で、村ア芙蓉子先生から、更年期の性についてお話を伺った私は、どうしてもある疑問にとらわれて、そのことが頭から離れなくなった。
なるほど、更年期を迎えると女性の膣は萎縮するらしい。性器の挿入が難しくなる。
では、そんなとき男性はどのように感じるのだろうか。つまり、女性の膣の変化に男性は気が付くものだろうか。
断られるのを覚悟で、西本氏にインタビューを申し込んでみた。なぜ西木氏かというと、彼が実に男らしくてハンサムで女性にもてそうだからだった。いや、実際、女性にもてることを私は知っている。さらに西木氏はいたってオープンな性格で、今までにも女性に関する武勇伝を語ってくれたことがあった。
そこで、更年期の性について男性側から忌憚(きたん)のない意見を話してもらいたいと思ったのである。幸運なことに西木氏は取材の申し込みを快諾してくれた。
「いいですよ。僕は一介の物書きで、失うものなど、何もない人間ですからね」と、はっとするほど格好いい返事をくれた。
しかし、実際に本人を前にすると、なかなかセックスの話の糸口が掴めない。
「あのう、実は更年期って、女性の身体にいろいろと変化が起きることはご存知だと思うんですけど‥‥」と私が口ごもっていると、
男だって変化はありますからねえ」といって、「しかしね、変わらないといえば変わらないですよ」とあっけからんとした口調だ。
これはもっとはっきりと取材の趣旨を述べるべきだと思い、「いえ、つまりですね、その更年期になる女性はセックスがなかなかしにくくなるというか、生理的にできない状態になることがありまして、その場合に男性の立場としてはどうなんでしょうか?」。
「ああ、そういう問題だったら、あんまり関係ないじゃないかなあ。じゃあ、僕の実際の経験をお話ししますよ
大切なのはお互いの思いやり
それは、西木氏がまだ二十代の頃の体験だった。ある女性と恋に落ちた。とても魅力的な女性だった。
「僕の眼には、彼女は四十歳くらいに見えたんですよ。だから、年上ということは知っていました。でも、とってもその人が好きだったんですよ。だから男と女の関係になった。
ところが、しばらくして、知り合いから、彼女は西木さんのお母さんより年上のはずだよっていわれたのね、まさかって僕も思いましたよ。でも、後でわかったんだけど、その女の人は六十四歳だったんです」
「えっ、六十四歳ですか?」
思わず私は絶句した。二十七、八歳の青年が六十四歳の女性とセックスした。その事実に圧倒されてしまった。
「大丈夫だったんですか?」
「全然、問題ありませんでした。女性の機能に関しては、何の問題もなかったですよ」
決然たる口ぶりに嘘はなさそうだった。
「もしかして、その方はホルモン療法をなさっていたんですか?」
「いや、そんなものは、何もしてなかったと思います。ただ自然のままのはずです」
考えてみれば、西木氏は現在六十三歳なのだから、その恋愛はもう三十年以上昔のことだった。おそらく当時の日本には、ホルモン補充療法などなかっただろう。
「だからね、僕ははっきりといえますね。年齢はセックスと関係ないです。すべては状況によるんですよ。だって、アメリカの養老院で八十代の老人同士で、セックスした記録があるんですよ。いくつになっても、できるときはできる」
力強く西木氏は言い切った。
私は少しほっとしたような妙な気分だった。先日の村ア先生も「恋愛は脳でやるもの」とおしゃっていた。だとすると、年齢の壁を超えたセックスかあってもいいわけだ。
「工藤さん、男と女の関係にパターンはありません。更年期だって、女にあるものは男にもあります」
西木氏が自分で更年期ではないかと感じたのは四十代の後半から四、五年の間だったという。たしかに、今では男性にも更年期があるのは常識となっている。
ただ、女性の更年期は症状がはっきりしているからわかりやすいのに比べて、男性の更年期はもっと複雑だ。とくに精神的に落ち込むケースが多くて、うつ病や自殺に結びつくことも多い。
ある専門医は「男性の方が内出血するんですよ」という表現をしていたが、それは解る気がする。
性交痛は女性にとって切実な問題だが、ホルモン補充療法やゼリーなど、相手に悟られずにできる対策がある。しかし、男性の勃起不全の場合は、どうしたらよいのだろう。
いつも思うのだが、女はセックスするとき演技をすることが可能だ。それが良い選択だとは決して思ないが、セックスの相手を騙す技術を持っている女性は多いはずだ。一方、男の場合は性器が勃起しないという厳然たる事実の前には、どうにもならないだろう。
「女性にだってあるですから、男の不調だって、もちろんありますよ。そういうときに、男を責めてはいけませんね」
更年期は男にとって女にとっても身体の変わり目なのだから、大切なのはお互いに対する思いやりだろう。
「女の人だって、言えばいいんですよ。あたし、ちょっと今日は調子悪いわとか、したくないわとか。それに対して、男は無理強いしちゃ駄目です」
西木氏のように理解のある男性ばかりだったら、更年期の女性の悩みもずいぶん軽減されるだろう。
「だって工藤さん、五人囃子(ばやし)っていう方法もあるんですから」
「なんですか、それ?」
「ほら。人間には五本の指があるでしょう。その指を使って処理すれば、なんてことないですよ。自分でやればいいんです」
なるほど、男性がマスターベーションをして、女性の身体に負担をかけないという解決方法もあるわけだ。それは女性の自慰行為も同じかもしれない。とにかく、性生活においては、相手の嫌がることはしない。自助努力で切り抜ける。この約束さえしっかりできていたら、更年期の夫婦の性生活は安定する。
真面目な人ほど、性の問題を乗り切るのは難しい?
とはいえ、それだけというのも、いかにも味気がない。女性は幾つなっても恋愛はしたいものだ。更年期だからといって、人生の快楽をすべてあきらめるのも悲しい気がする。
「そりゃそうですよ。更年期を乗り切るためには、何か一つ、自分が打ち込めるものを見つけることは大事です。趣味でも仕事でも男でもいいんですよ」
「男もありですか?」
「そうねえ、これは真面目な人ほど危ないんだけどねえ」
西木氏は少し考えるような顔になった。
私はこの際、はっきりした男の側の気持ちを聞きたかった。現在わかっているのは、更年期におけるセックスは非常にデリケートであるということだ。女性の性交痛や男性の勃起不全などさまざまな問題を抱えた上で、危うい関係が成立しているといっても過言ではないだろう。
私の知人で、更年期が理由で離婚したカップルがいる。夫は仕事一筋で、妻もまた良妻賢母の典型のような人だ。それが、突然、電話をかけてきて、「あたしたち、もう駄目なのよ」という。子供が大学を卒業して、自立した途端の離婚だった。
夫の言い分は「俺は今まで一生懸命働いてきた。女を作ったこともない。女房ひと筋だった。ところが、女房は自律神経失調症なんていうわけのわからない病気で入院して、それからは、まるで人が変わったみたいに不機嫌になった。寝室も別にしたという。それじゃあ夫婦とはいえない。離婚するしかなかった」というものだった。
これに対して、妻の話を聞いてみると、「更年期に入って、完全に閉経した頃から、とにかく夫に触られるのも嫌いになった。不思議なもので、それまでは月に二回くらいのペースでセックスをしていたのに、まったくセックスをしたいという気持ちがなくなってしまった。
それなのに夫は鈍感な性質(たち)なので初めは無理にセックスしようとした。それを拒んでいるうちに激しいめまいに襲われるようになった。夫がベッドに入って来ると、頭がぐらぐらして天井がまわる。
医者はメニエル氏病を疑ったが、今度はめまいだけでなく心臓の動悸が激しくなったり、手先にひどい発汗をするようになった。結局、入院して検査したところ、更年期障害による自律神経失調症だと診断された。
ところが夫はそんなものは病気ではないと言い張りって譲らない。セックスを拒むための口実かとまで言われた。幸い実家の財産があるので、食べるには困らないし、子供たちも巣立ったので自分の方から強硬に離婚を主張して夫に判を押させ」ということだった。
私は夫婦両方の知人だったので、それぞれの言い分が解る気がして本当に困ってしまった。離婚という決断の前に、何かもう少しできることはなかったのかなあと考えてみたりもした。
今さら言っても仕方がないが、この夫婦にはテニスという共通の趣味もあり、仲の良かったころは二人で海外旅行にもよく出掛けていた。それだけに、正直なところ、勿体ないなあという思いがするのである。
たとえが悪いかも知れないが、ちょっと知恵を働かせて修理をしたら、もう少し使えた機械のようにも見えるのだ。
もしかしたら、ふたりとも真面目過ぎたのかもしれない。配偶者以外にセックスのパートナーを見つけるなんて、夢想だにしなかったようだ。
「年を取ったら、足し算になるつき合いにしたいですね」
西木氏にその辺に関する男性側の意見を聞いてみた。
夫婦の間でセックスは大切だと思うが、それがお互いにうまくいかなかったとき、男であれ女であれ、配偶者以外にパートナーを求めるというのは、いかがなものだろうか? 私は女なので、女の側から考えたかった。
「それは工藤さん、ばれなければ、ないのと一緒ってことがあるでしょう」
西木氏は人妻が不倫することを必ずしも反対ではないという。
ただし、彼はいくつかの条件を挙げた。何でもかんでもいいから、不倫をせよというのでは、もちろんない。そこには暗黙のルールが存在する。
相手の男を選別するのがまず、大切だ。できれば所帯持ちの方がいい。
ふむふむと、私は相槌を打った。こちらは配偶者がいるのに相手は独身になると、やはりバランスの問題が出てくる。
たとえば、クリスマスとかゴールデンウィークとか、どうしても家族が一緒に動く時間に、相手が独身だと寂しい思いをさせてしまう。といって結婚生活を維持する意志があるのなら。家族ぐるみの行事を放棄するわけにはいかない。
「それから、口が堅い男じゃいけないですね」
たしかに、秘密の関係をべらべらと喋られては困る。大人の関係はあくまでも水面下でひそやかに続行されるべきであって、間違っても噂になって流れたりしてはいけない。噂といのは、案外その出所が当人だったりするものだ。
「次には、そうね、多少遊び人がいいでしょう」
これも納得である。まったく遊んだ経験のない男が初めて愛人ができたため、すっかり舞い上がり、お互いの家庭を捨てて一緒になろうなどと言われても、ちょっと面食らう。
そんな根本的な問題ではなくても、密会の段取りはできればスマートにやってほしい。どこで会うか決められないような遊び慣れしていない男だと興醒めすることは間違いない。
そもそも、夫との日常から脱出するために会うのだから、お洒落なシティーホテルの予約くらいは黙っていてもやってくれる男であってほしい。
「最後にね、これは大事なことだと思いますけど、男の間で評判のいい人を選べば間違いないですよ」
これは男の人でなければ出てこない言葉かもしれない。女の前と男の前では態度が全く違う人間がいる。私は男の世界がよくわからないが、女の中には、男にだけは、いかにも純情な様子を見せて、実は何人もの男を手玉にとっている凄腕の人妻がいたりする。
だからその逆もあって当たり前だ。男の間で評判の悪い男は敬遠した方がけんめいなのはたしかだろう。
人生経験の豊富な西木氏に更年期の乗り方のみならず、不倫をする場合の鉄則まで教えてもらった形でインタビューは終わった。
不倫が良いことなのかどうか、実は私の心の中ではまだ結論が出ていない。だから、更年期の性に悩む女性の解決方法の一つとして不倫を勧める勇気もないのだが、そのあたりはもう少しいろいろな女性の意見を聞いてみたいところだ。
「セックスってね、若い頃は引き算でもいいけれど、年を取ったら足し算になるつき合いにしたいね」
なんとも含蓄のある言葉を残して、その夜、西木氏は去っていった。
ある人妻の告白。青春時代の八年を費やした妻ある人との恋
知人の紹介で夏美さんに会ったのは、先週の金曜日だった。
私が更年期の性について取材をしているというと、知人が彼女の話を聞くように強く勧めたのだ。初めはあまり気乗りがしなかった。
一流企業に勤めているご主人を持つ人妻で、これといった不満もないという女性の談話でどこまで面白いものなのか、見当がつかなかった。もしかしたら無駄足に終わるかも知れない。しかし、テーマがテーマなので、取材に応じてくれそうな人なら、誰にでも会おうとというのが本音だった。
夏美さんはもうすぐ五十三歳になるという。そう言われてみれば年齢相応の落ち着きがある。服装は地味だが上品な雰囲気だ。美人というよりは可愛いという印象の顔立ちで、若い頃はさぞや、男の子にもてただろうなと思わせる。
「いえ、あたし、青春なんてほとんどなかったですね。父の死後との関係で、高校も大学もアメリカだったんです。それが私立の女子校だったし、父がうるさかったもので、デートなんてとんでもない。馬鹿みたいに言えと学校を往復していただけでした」
そんな夏美さんは、父上の帰国とともに日本に戻り、花嫁修業の日々。しかし、なかなか見合いの話がまとまらず、結婚したのは三十二歳になっていた。
「実は父に内緒だったんですけど、日本に帰って来てすぐに、奥さんのいる男の人と関係ができちゃって」
その関係を何とか断ち切りたいと、たいして好きでもない男の人とセックスをしてみたりしたが、やはり最初の男性のところに戻ってしまう。そんな状態が五年ほど続いたところで、ショッキングな事件が起きた。
相手の男性が離婚したのである。当然、自分が彼と結婚するものだと思っていた。ところが、その人は、夏美さんと同じ歳の他の女性と再婚してしまった。
その事実を彼女は共通の知人から聞かされた。悲しみよりも怒りに襲われた。いったい今までの自分の存在はなんだったのだろう。
「でも、僕たちの関係はそういうものではなかったんじゃない?」と男はさらりといった。たしかに、彼の社会的立場を思って、二人はいつもホテルの部屋で密会するだけで、一緒に映画を観たこともなければ、食事をしたこともなかった。
つまり、夏美さんだけが、自分たちは恋人同士と思い込んでいた。
「今考えても良く解らないのは、彼は再婚することが決まった後も、私とはけっして別れようとしなかったことです。同じペースで連絡をくれて、会っていました」
しかし、夏美さんの気持ちは収まらなかった。激しい嫉妬に苦しんだ。
彼の家に間違い電話のふりをして電話をかけて、妻の声を聴き、さらに惨めな気持ちになった。そんな男とはサッサと別れた方がいいと、友人は忠告した。彼女も別れようと何度も決心した。
「でも、彼の声を聞くと駄目なの。いつも三ヶ月とか半年とか別れても、向こうから電話があると縒(よ)りが戻ってしまいました。彼がいうには、今の奥さんは私と知り会うより前から続いていた人なので、先着順だから仕方ないよって。
まったく悪びれたふうもないんです。あの、変な話なんですが、彼とのセックスの相性がすごくいいんです。それもたぶん彼にはわかっていたはずです」
といっても、自分ではなく他の女性を選んだということは、その人との相性の方がもっと良かったからだろう。
「いつも、最後に彼が射精するときに、『ナツミ、ナツミが一番だよ』っていうんです。でも、そんなの嘘でしょ。一番なら、私を妻にしているもの。そうではなかったんだから」
なんとも煮え切らない関係はさらに三年ほど続いたところで、夏美さんは、今のご主人と巡り合った。
「主人は、驚くほど容姿が彼に似ているんです。性格は正反対でした。優しくて誠実で、浮気なんか絶対しない人です」
不毛の愛に疲れていた夏美さんは、その人と人生を歩もうと決心した。両親ももちろん大賛成だった。親友からも「ようやく眼が覚めてくれたね」といわれた。気が付いたら、妻のいる男に八年も引っかかっていたのだ。
だから、結婚したときは本当に嬉しかった。しみじみと幸せだと思った。
「主人のことは今でも大好きです。もう二十年以上連れ添っていますけど、まだ恋人同士みたいなんです。彼の会社に電話を掛けられないからメールを出して、『愛しています』なんていったりして、馬鹿みたいでしょ」
夏美さんが微笑むのを見て、私は内心ちょっと困ったなと思っていた。
幸せな人妻からのろけ話を聞くために、私は会っているわけではない。更年期の性について、全く悩みがないのなら、それはそれで結構だが、わざわざ取材するほどのことはない。
そんな思いが顔に出たのだろう。
「あっ、余計な話ししてしまって、これから本題にはいりますね」
と夏美さんは、ちょっと慌てた声を出して、目の前のアイス・コーヒーを飲みほした。
昔の恋人からの突然の電話、女として誇らしい気分に
「あれは五年前だから、私が四十八歳のときです。昔の彼から突然電話がかかってきたんです。主人がいない昼間ですけど。彼は仕事の関係でずっと関西にいっていて、今もそちらに住んでいます。
彼の奥さんも、もちろん一緒です。噂では聞いていたんです。その奥さんが、すごく尽くすタイプの人だって。彼のビジネスを助けているとか、お料理も上手でホーム・パーティーを開いているとか。
とにかく、評判のいい奥さんだったのです。だから、彼が幸せな結婚生活を送っているんなら、それはそれでいいやと、私ももう遠い過去のこととして聞いていました。だって、私も主人とうまくいっていたし、これといった不満もなかったですから」
だから懐かしい昔の恋人の声を聞いても、夏美さんは平然としていられた。
ところが相手の様子は違った。どうしても夏美さんに会いたいといって譲らない。今さらあっても仕方ないでしょうと、初めは夏美さんは取り合わなかった。
「それから、三ヶ月ほどして、また電話があったんです。死後との関係で東京に来て、今度は一ヶ月くらい滞在する予定だって。食事をするだけでもいいから会ってくれて懇願するんです。
私はちょっとおかしかったんです。だって以前は私と一緒にいる所を他人に見られるのを極度に警戒していた人が、食事だけでもなんて言うんですもの」
結局、夏美さんは彼と再会することを承知してしまった。押しの一手にほだされたともいえるし、彼とのセックスが忘れられなかったともいう。
「私は生理が終わるのが早くて。子供を産まなかったせいかもしれませんが、四十六歳のときには、もう閉経していました。主人とのセックスもそうですねえ、結婚して十年くらいで、まったくなくなりました。セックスレス夫婦です。
でも、そんなこと関係ないんですよ。セックスなんてしてもしなくても、夫婦の絆には何の影響もありません。ただ、不思議なことに、閉経してしまうと、ああ自分は女としての人生は終わったのかなあって、
妙に寂しいような気持がしていました。ちょうどそんなときに、彼から連絡があって、まだ女としての自分を求めている男がいるという事実に、ちょっと誇らしいような気分でした」
最初の”作戦”が大成功で一ヶ月に一回は会っています
相手が再会のために指定したのは、新宿の一流ホテルだった。昔いつも密会に使っていた場所だ。新しいミッソーニのニットのスーツを着て、美容院で髪毛をアップに結ってもらって出掛けた。
「不安はありました。だって、もう四十八歳ですからね。二十代の頃のような体ではありません。それと、私自身も何年もセックスをしていないわけですから、正直いって上手くできるかどうか自信がなかったんです。はっきりいって、一番の心配は、もしも彼が挿入しようとしたときに膣が潤っていなかったらどうしょうって、そればかりが気になりました」
そこで、夏美さんは、ある作戦を考えてホテルに出向きました。
前戯のときに、彼の性器を時間をかけて、ゆっくりと口で愛撫することにした。
「まずは、それで彼を驚かせたかったんです。私の方が積極的にフェラチオを始めたら、彼は一瞬あれっていう顔をしたんです。そんなことは前にはしなかったから。それで、とにかく私にあなたのペニスをペロペロさせてねっていって、
わざと彼から見える角度で、舌を使って何度も彼のペニスを下の方から上に向かって舐めあげたんです。そのために、あらかじめ美容院で髪の毛をアップに結ってもらっておいたんです。だって、舐めている最中って、髪の毛が邪魔なんですよね」
夏美さんの眼が妖しくきらきら輝き出した
完全に彼とのプレィの瞬間を思い出し、その世界に浸っている表情だ。
「ちょっと待ってください。すいませんが、順番にお話ししてください。お二人はホテルのロビーで待ち合わせたんですか?」
「まさか、そんな危ないことをするわけがないじゃない。先に彼がチェックインして、私の携帯に電話をくれて部屋番号をいうんです。
それから、私がその部屋へ行きます。不思議なんですけど、彼はシャワーを浴びないんです。でもいつもすごく清潔できれい。あれはどうしてかしら。とにかく、十分くらいとりとめもない会話を交わしていると『ナツミ、シャワーを浴びる?』って彼が聞きます。
『ええ』って答えて私はバス・ルームへ行って、ハンド。シャワーであそこだけ念入りに洗います。だって他のところはきれいですものね。そしてパンティははかないで、スリップだけ着て、部屋に戻ると、彼がもう灯を暗くしてベッドの中で待っています。
私ね。絶対に彼に全裸を見せないことにしています。見せられるわけないじゃない。お腹は出ているし、おっぱいは垂れているし、もうとても人前に出せる代物ではないって自分だってよく承知していますよ。
だから、紫とか黒のセクシーなスリップを選んで、それを着たままセックスします。彼は全部脱いでっていうけれど、いやってはっきり拒絶します。
それから、彼のペニスを三十分くらい口で愛撫していると私も濡れてくるんです。これはまあ儀式みたいなもんかしら。若い頃だったらいきなり身体を重ねることもできたけど、今はもうゆっくり時間をかけてっていう感じですね」
私の頭の中で目まぐるしく計算していた。夏美さんが四十八歳のとき始まった不倫は今でも続いているとなると、五年経つわけだ。
「そうなのよ。つまりね、最初の作戦が成功だったわけ。彼は唇や舌を使って舐められるのが好きだったのね。私もそれで、潤いの心配もしなくてすむでしょ。それに、このごろは彼の方も私のあそこを丁寧に口で舐めてくれるようになったの。
それはやっぱり、何か思うとこがあるんじゃない。私もだんだん年を取ってきているから、唾液をたっぷりと性器にまぶしたほうが挿入しやすいって、気が付いたんだし思います。彼が仕事で一ヶ月に一回は東京に来るので、その度に会っています」
五十過ぎでも求めてくれるのは本当の私を好きでいてくれるから
あまりに赤裸々な告白に私はメモを取りながら、驚きを隠せなかった。女性は相手を信用すると何でも話してくれるものだろうか。気になったのは、その男性の年齢だ。
「彼ですか? 私より七歳年上だから、今六十歳ですね、でも、年齢なんて関係ないですよ。いつも、私がベッドに入って行くと、もうペニスがかちかちになっています。勃起不能なんて彼に限って考えられません。
セックスは正常位が多いです。だって、他の形だと、身体の線を見られる危険があるでしょ。彼は後ろからしたいとかいいますけど、これも駄目って断ります。私の方がいくのが早くって、彼が射精するまでに三回くらいいっちゃいます。もう妊娠する心配もないので、コンドームは使いません。
いつも最後に彼が射精するとき、膣の壁に熱いものが当たるのを感じて、すごくいいから、いくいくっていうと、彼もぴったり同じ速度でいくんです。これは相性がいいからだと思うんです。女に生まれて良かったとつくづく思いますね」
だからといって、夏美さんとご主人の仲にはなんの影響もないのだという。また、彼との関係も以前よりも安定している。なぜなら、今はお互いによい配偶者がいて互角だからだ。家庭は大切にして、会えるとときだけ会って、禁断の果実を貪る。しかし、誰にも迷惑はかけていないという自負はある。
相手の職業を夏美さんはついに最後まで教えてくれなかった。性に関しは微細に語ってくれたが、彼の素性は秘密だった。
彼女のご主人も有名な会社の重役であり、それくらい用心深いのは当然かもしれない。
「私ね、この頃よく思うんです。今が一番幸せかもしれないって。二十代のとき、私とセックスした男たちは、私の若さや容貌に惹かれていたわけでしょ。でも、今の私はもう美しくもない五十過ぎたおばさんです。
それでもセックスがしたいと思ってくれる男がいるってことは、その人は本当の私を見てくれているんでしょう。本当の私のことが好きなんだと思います。
だから、今心配なのは、いつか彼とセックスができなくなったらどうしようかということです。まだ性交痛は経験していないんですけど、やっぱり心配です。工藤さん、ホルモン補充療法をやったほうがいいかしら?」
そのへんは私も研究途中で、なんとも答えられなかった。
いや、それのみならず、人妻の不倫を肯定してよいものなのかどうかも、私には、はっきりと返事できない。正直いうと夏美さんの生き方に納得できない部分もある。
しかし、彼女のような女性は、案外多いのではないか。現実的に割り切って、更年期を過ごすという選択をしている女性たちである。
つづく
第二章 女たち、それぞれの性