胸を打った身の上話
「惑っている」男たちに聞くと、開口一番、「自分がいちばん悪いんですが」という言葉を発することが多い。婚外恋愛という点では、どちらかというと女性の方が確信犯的で罪悪感を持っていない。
それは裏返せば、男が強い意志を持って恋愛しているわけではないということだろう。興味を持ってくれる異性がいて、うれしくなってその気になっているうちに、抜き差しならなくなることが多いのかもしれない。
こんかい、はなしを聞いた東海地方に住む吉永啓一郎さん(五十二歳)も、のっけから「自分が悪いのはわかっているんだけど」と言った。
二歳下の妻と結婚して二十三年、ひとり娘は高校を卒業美容師になると言って家を出て行った。今では都内で立派な美容師として働いている。啓一郎さんも、東京出張の折には娘に髪を切ってもらう。
持ち家はある。夫婦とも元気で、何の心配もなかった彼が、ふと恋に落ちてしまったのは一年前の事だった。
「相手は、私が勤務している会社の東京本社で働いている三十歳の派遣の女性です。日頃から仕事のつながりがあって、電話でやり取りしていました。
私は月に二回は東京に出ますから、そのたびに顔を合わせます。あるとき、彼女が『たまには食事で誘ってくださいよ』と上目遣いに話しかけてきたんです。何か話したいことでもあるのかなと思いました。本社の人間には言えなくても,支社の人間には言えることがあるのだろうから」
言葉を選ぶようにして話す啓一郎さんは、見るからに朴訥(ぼくとつ)で「いい人」という印象。本人も「自分は安全パイ」と思い込んでいた。
「浮気なんてできる性分でもないし、実際、結婚以来、したことがありません。女性は嫌いじゃないですけど、こちらは結婚している身です。女房を泣かす気はありませんでしたから」
だから、派遣社員の亜紀さんと食事に行くときも、下心など一切持っていなかった。
「仕事の件かと思ったら、そうではなく、身の上話を聞かされました。彼女は子どもの頃父親から虐待されていたという話をしたんです。
あげく、小学生のときに叔父さんに性的暴行まで受けていた、と。だからまともな恋愛ができないと泣いたんです。『これを打ち明けたのは吉永さんが初めてなんです。今まで誰にも言えなかった。でも、吉永さんなら話せると思って‥‥』と。
私はずっと人事の仕事をしてきたので、仕事上、カウンセリングの講義を受けたこともあります。人の話を聞くのは、どちらかというと得意だと思っている。だから、彼女の話もじっくり聞きました。ショックでしたけどね、そういう目に遭った女性から直接話を聞くのは」
亜紀さんは、十代後半から二十代初めにかけては、かなりめちゃくちゃな男性関係を持っていたとみ話した。援助交際のようなこともしていたらしい。二十五歳のとき、父親が急死。それでようやく自分を立て直そうと決意した。
「勉強して大学に合格。二部に通いながら、昼間は派遣で働いていたんです。なんだか感動しちゃってね。それでもまだ男は怖いと言っていました。こんな自分は結婚なんてできないだろうけど、男の人に信用できるようになりたいて言って、私には話を聞くことしかできなかったけど、『いつでも聞くよ』と言っておいたんです」
若い身体から離れられず
二度目に食事に行ったととき、亜紀さんは前回と違って、明るかった。啓一郎さんに話を聞いてもらったことで。何かが吹っ切れたような気がするとほがらかな笑顔を見せた。
「若い女性が暗いのはいけない。やっぱり明るいがいつばん。だからその日は私も楽しかったですよ。ところが彼女が飲み過ぎて、送っていくことになった。そして彼女の部屋で、関係を持ってしまったんですよね。どうしてあんなことになったのか。自分でもよくわからないんです。
私もけっこう飲んでいました。彼女の部屋の女性らしい香りと、ふて我を失いました。それに、彼女が必死にしがみついてきたときの目を見たら、振りほどいて帰るわけにもいかなかった。
東京に出張すると、たいていビジネスホテルで一泊するんです。その日もホテルを取っていたんだけど。結局、早朝まで彼女の部屋にいました」
それから彼は、出張のたびに彼女の部屋に泊まるようになる。若い身体から離れられなかったという側面もあるのだろうか。
「正直言うと、あると思います。彼女は私みたいな年上の男に、のすごく尽くしてくれるんですよ。下品なことを言ってもいいですか?」
啓一郎さんは、言葉を区切り、急に小声になる。
「私のあそこを舐めてくれるんですが、おざなりじゃなくて、本当に心を込めてくれる。ペニスだけじゃなくて周辺も舐めたりしゃぶったり。肛門にまで舌を入れてくるんです。『あなたのすべてが好き』と言って。男としては、そんなことまでしてくれるなんて、と感動しますよ。
独身時代、私も何人かの女性と付き合いましたけど、そこまでしてくれる女性はいなかった。女房なんて、ほとんど舐めてくれたことさえない。私も女性にそんなことを強要したこともありません。
でも、亜紀は自分から嬉しそうにするんです。『好きだから、何でもできるの』って。私も、自分でも信じられないくらい力がみなぎって、彼女だと二回はがんばれましたね」
四十代半ばになってからは、妻とは年に数回しかしていなかったのに、亜紀さんだと身体の芯からエネルギーが満ち溢れるもの感じたという。
出張してきているのだから、会社の手前、ホテルはいつも予約したが、ホテルに戻るのはたいてい朝。以前は、会社に近いホテルに泊まっていたが、亜紀さんとそうなってからは、亜紀さんの自宅に近い安いホテルで、なるべく毎回、違うところを予約した。
ごくたまに妻から連絡が来ることもあったが、携帯電話にかかってくるから、特に疑われることもない。
「週末、どうしても我慢できなくなって、自宅から亜紀のところまで出かけたこともあります。女房には仕事でトラブルが起こったと言って。週末だから車で出かけたこともあります。そのまま、亜紀とドライブしたり。
そういうとき彼女は身体中で喜びを表してくれるんです。そんな彼女を見たくて、いつの間にか、私の方がどんどんはまっていったような気がします」
「性感染症」性器ヘルペスをうつされた
関係を持って一年ほど経ったころだった。出張で亜紀さんと濃厚な一夜を過ごし、そのまま本社の会議などをして、夜遅く、自宅に戻ると、妻が暗い顔をしてテレビもつけずに居間に座っていた。
「なんだか異様な雰囲気なんですよね。もちろん、亜紀とのことがばれたという思いは瞬時に頭に浮かびました。絶対にシラを切り通さなくてはと、個々の準備もした。
すると女房は、抑揚のない声で、『私、性病になっちゃったわよ』と言うんです。思いがけない言葉に、『え?』と返すしかなかった。すると女房は、今度はひたと私の目を見据えて、『あなたどこかからもらってきて、私に病気を移したんでしょう?』と。何の病気だと聞くと、性器ヘルペスだという。
恥ずかしながら、私はその病気を知らなかったんですよ。だから『オレは何んともないよ』と言ってしまった。女房はガラスをひっかくような声で、『じゃあ、私が浮気でもしたとでも言うわけ?』と叫びました。
女房があれほど怒ったのを見たのは初めてでしたね。落ち着け、と女房の手を握ったら妙に熱いんです。病気のせいで発熱しているという。とにかく薬を飲んで寝ろと、その日は寝かせました。それからパソコンで調べましたよ。性器ヘルペスについて」
性器ヘルペスに感染しても、まれにまったく症状が出ないこともある。この病気は重大なものではないが、完治はしにくい。疲れたり体力が落ちたりすると症状が出やすく、薬を飲みながら一生付き合っていくしかない。
啓一郎さんの妻の場合は、発熱と性器の周りの水疱の痛痒さに耐えられなくなって医者に行った。そこでヘルペスと分かり、医者はいいにくそうに「ご主人から移ったのかもしれない」と言ったそうだ。
「すぐに亜紀の顔が浮かびました。彼女から感染したに違いない、と。彼女が感染していることを自覚していなかったのなら、しかたがない。だけど知っていたとして私と行為に及んでいたとしたら、それはあまりにひどいでしょう。問いただすかどうか悩みましたね」
関係が始まったとき、啓一郎さんはもちろんコンドームを着用した。だが、その次は、亜紀さんが錠剤シートを見せた。好きだから、どうしてもすべてを受け止めたいと亜紀さんはピルを飲み始めたのだ。啓一郎さんは、彼女を信じ、以来、コンドームは使ったことがない。
既婚の男としてはわきが甘い。ひょっとしたらピルなどそのときだけ止めて、妊娠しようとする女性だっているかも知れないのに。だが、男は好きになった女性にはとことん信じる。男は案外、無防備だったりするものだ。
「亜紀はいつも『奥さんとはしないで』と言っていました。私も『しないよ』と言っていた。だから病気のことは、亜紀には言い出しにくかった。一週間近く寝込んでいましたから。
私は『とにかく早く治そう。治ってから考えよう』と言って、せっせと看病しました。ようやく女房の症状が落ち着いたとき、亜紀に会いました。こういう話はストレートに言った方がいいと思い、女房がヘルペスになったと話しました。
彼女はじっと黙っていましたが、『やっぱり奥さんとしていたのね』と。そういう問題じゃない、きみは感染しているのかと強く言ったんです。すると『しているわよ、ヘルペスだけじゃない、クラミジアにもかかっている』と。脱力しました。
騙したのか、と思わずつぶやきました。すると彼女は『騙したのは、あなたの方じゃない。やっぱり男なんて信用できない』と号泣しはじめて。私は黙って彼女の部屋を出ていくしかありませんでした」
くすぶり続けるやりきれなさ
その後、啓一郎さんは亜紀さんの同僚たちから、妙な噂をいろいろと聞く羽目になった。亜紀さんが、部長の愛人になっているとか、同僚の男性たちに色仕掛けで落としているとか、街でいろいろな男をひっかけているとか。自分が彼女に夢中になっている時には耳に入って来なかった噂が、なぜ一気に情報として入って来るようになった。聞くと、亜紀さんは最近、そういう噂が絶えなかったのだという。
「不思議なものですね。そういう情報って、自分がかかわっている時には全く入ってこない。私の耳に自然とバリアが張り巡らされていたんでしょうか。亜紀は、そのあとすぐに会社を辞めました。ちょうど派遣の契約が満了したということでしたが、仕事はできる子だったので後の仕事は少し混乱しましたね。
彼女とはその後、一回だけ会って話をしました。自分が感染していると知りながら男と関係をもったのが、どうしても人として許せなかった。『きみはがんばりやだし、女性としても魅力的なんだから、もうちょっと生き方を変えた方を考えた方がいい』と言ったら、『さんざん私の身体を弄んだくせに、何言ってるのよ、今さら』とキレていましたね。
つきあっているときにはそんな口調で話すような子じゃなかったのに。私と出会ったことで、自分が変われたと彼女はいつも言っていた。私は彼女のためならと、学資を少し負担したりしていたんです。私は結局、騙されていたのかもしれません」
さらに大変だったのは、もちろん妻との関係だ。ヘルペスはウィルスが原因だから、いっそ、どこかのトイレで感染したかもしれないと嘘をつこうかとも思った。だが、それで妻が納得するとも到底思えなかった。
「しかたがない。東京で、たまたま学生時代の友だちと飲みに行って、はずみで風俗に行ってしまったといことにしました、一度だけ。だけど運悪く感染してしまった、と。土下座しましたよ。女房は泣きましたね。
『あなたがそんなふうに私を裏切っているとは考えもなかった』って。だから、本当に一回だけのことなんだと言いました。私が浮気したことなどない、と。言っているうちに、どこまで本気で、どこから嘘なのか自分でも分からなくなってしまった。
だけど、そう言い続けるしかなかったんです。女房はその後、娘にその話をしたみたいでしたね。娘は『お父さんも年の割にはやるじゃん』と言ったそうです。その娘の言葉に救われましたね。あとから都内で娘に会ったとき、『どこまで本当か知らないけど、お父さんも不器用だね』と言われました。
いつの間にか娘がそれほど大人になっていたのかと驚かされましたね。まあ、その日は娘にバッグやら服やら買わされましたけど。『私がフォローしておくから大丈夫だよ』って」
まだまだ子供だと思っていた娘が、思いがけなく夫婦間のトラブルを救ってくれた。妻は、娘になにをいわれたかわからないが、だんだん普通に接してくれるようになった。
「折に触れてちくちくといじめられてています。何かあると『あ、病気が再発しそう』とか言われて。そうなったら、じゃあ、うまいもんでも食いに行くかと言ってなだめます(笑)。陰気になられるよりはずっとマシだから、有難く思っています」
だが実は、啓一郎さんにとって、今の亜紀さんのことが大きな傷になっているし、また、彼女のことを気にしている。
「若い身体におぼれた部分は確かにある。だけど、私も若くない。亜紀と一年近くも続いていたのは、やはり心が繋がっていたからだと思いたいんです。でも向こうはそうじゃなかったんだろうか。彼女の本心はどこにあったのか、そしてこれから先、どうやって生きていくんだろうか。そんなことを考えてしまうんですよね」
恋というにはどこか不完全燃焼、やりきれなさだけが残っているようだ。
強くなっていく独占欲
元妻とその友人との楽しい一夜
人生には、自分の力だけではどうにもならないことがある。恋愛などはその最たるものだろう。おのれの無力を実感せざるを得ないとき、人は虚しさにとらわれる。
「この八ヶ月、年上の人妻と恋愛しているんですが、これほど苦しいものだとは思わなかった。この歳でこんな思いをするなんて」
憔悴した表情でそう話してくれたのは、自営業の原田一平さん(四十歳)だ。一平さんは、二十九歳のときに結婚したが、四年後には離婚。以来、特定の恋人がいた時期も、いない時期もあったが、誰かに身も心ものめり込むようなことはなかった。
「結婚も、どうしてもこの人という思いからではなかったなんです。同い年だったし、学生時代からくっついたり離れたりしつつも七年間付き合っていましたから、結婚するという着地のありようしか見いだせなかった。それだけに結婚してからは、お互いにゴールを果たした走者みたいに気が抜けてしまった。別れるために結婚したような、空虚な結婚生活でした」
子供いないままに別れた。独身に戻ると同時に、勤めていたIT関係の会社を辞めた。今はフリーランスで幅広くネット関係の仕事をしている。元妻の美紀さんとは、離婚後も友人関係を続けている。たびたび会うわけではないが、何かあるとお互い連絡を取り合っていた。
美紀さんの恋愛相談にのることもある。別れてから、美紀さんも仕事に精進していたため、結局は、今もふたりとも独身だ。
そんな美紀さんから「頼みごとがある」と連絡が来たのは、今から一年ほど前のことだ。
「『知り合いがホームページを作りたいと言っているけど、お友だち価格で何とかしてくれないかしら』と言ってきたんです。僕は、たとえホームページひとつでも、きちんとその人に会って話して、その人が求めるものを作りたいと思っているので、じゃあ、一度三人で会おうということになったんです」
一平さんは誠実で真面目な人なのだろう。自分の中で理屈が通らないことには、徹底的に突き詰めて考えていくタイプのように見受けられる。
美紀さんが紹介したのは、趣味が嵩じて、近所の人や友人たちに料理を教えるようになった里絵子さん(四十八歳)。小柄で、笑うと両頬にえくぼができるかわいらしい女性だった。
「最初にあったとき、年齢を聞いてびっくりしたんです。僕と同じくらいにしか見えなかったから。結婚して二十年近く経つのだけれど、ずっと料理が好きで、いつか人に教えたいと思っていた。
最近、ようやく子供たちの手が離れて、自宅で教えることができるようになったと言っていました。趣味の域は出ないと笑っていました。美紀は『そんなことはない。お店で食べるよりずっとおいしいのよ。私も早く里絵子さん習っていれば、離婚しなくてもすんだかもね』
なんて言っていました。里絵子さんから見ると、僕と美紀の関係は羨ましい、と。別れた夫婦は最高の友達になれるのかもしれないわね、何て言い出して。ホームページの打ち合わせのはずが、三人ですっかり盛り上がってしまったんです」
もとからの友人同士のように打ち解けた、楽しい一夜だったという。後日、改めて、一平さんは里絵子さんとホームページの打ち合わせをした。
「写真やレシピがたくさん入るようにして、見やすく、料理検索もしやすくするのが彼女の希望でした。さらに彼女のブログやお勧めの料理道具なども多く紹介するページもほしいと。
いろいろ希望を出してくれました。複雑になるほどこちらも大変だけど、一ヶ月ほど時間をもらってたたき台を作ってみたんです。彼女はすっかり気に入ってくれ、少しずつ修正しながら、ホームページはできあがっていきました」
年上の彼女の愛おしさ
ホームページができてしばらく経ったとき、三人でお祝いをしようということになった。ところが当日、美紀さんが急な仕事で来られなくなる。
「里絵子さんとふたりだけでしたが、会話は弾んで、とても楽しかった。ふたりとも気持ちよく酔っていましたね。それが前の年の十二月。店から外に出ると、すごく寒くて、どちらからともなく手をつないだんです」
彼女を送って行こうとタクシーに乗った。だが、彼女の家の方が手前にあることを里絵子さんは知っていた。
「あなたはどんところに住んでるのと彼女が言い出して。とっさに、ホームページの事ももう少し詳しく説明したいから寄っていきませんかと誘いました。お互いに、このまま離れたくないという気持ちがあったんじゃないかな」
大人の男と女が、言外に何かを期待し合う瞬間。密約を結んだと言ってもいいのだろう。
「独り者だから、1LDKという狭いマンションなんですが、彼女は『居心地がいいわ』とソファに座り込みました。コーヒーでも淹れよう思ったけど、ソファにぽつりと座っている彼女を見たら、もう我慢ができなかった。そのままじっと抱きしめました。彼女も抵抗はしなかった」
抱きしめてキスしながら、服を脱がせていく。
「下着姿になったとき、彼女は『恥ずかしい、若くはないもの』と。でも、うっすらと脂肪のついた柔らかい身体が、とても気持ちがよかった。そのまま抱いて、寝室に連れて行きました。
彼女のありのままが見たかった。でも彼女は、『お願いだから真っ暗にして』と言い張るんです。『だめ、見たい』と言うと、『見ないで』と。そういうやりとりは、男女の間ではよくあることじゃないですか。だから無理矢理、下着を脱がせようとしたんです。
すると彼女は、本当に抵抗し始めた。どうしたのと尋ねると、『あそこに白髪があるのよ』と。そのときは、胸を突かれましたね。最初のセックスで、あそこに白髪があることを言わざるを得なかった彼女の気持ちを考えると、なんだか愛おしくてたまらなかった。
『そんなこと、何でもないよ』と抱きしめて、彼女の足を開かせ、わざとじっと見ました。確かに白髪はあった。実は僕、あそこに白髪があるのを見たのは初めてだったんです。だけど、それがどうしたという気分でした。手で触れ、唇を近づけると、彼女は顔を隠したまま泣いているんです。『もっと早くであれば、私だって、もう少しきれいだったのに』と。可愛かったですね」
この事だけは言いたかった、と一平さんは話した。年齢を重ねれば、下の白髪だって生えてくる。それが女性の魅力を損ねることにはならない、と。
「でも、正直言うと、彼女が自分から言ってくれたことがうれしかった。僕だって、こんな自分でも受け入れてもらえるか不安を抱えていたから。あの一件で、僕は完全に彼女に惚れたんです。惚れるという感覚は初めてでした」
ゆっくり愛撫した。彼女は前戯だけで何度もオーガズムを得ていたようだった。感じやすいのは、いつも夫としているからだろうと考えると、彼の心に嫉妬心がわき起こってくる。
「彼女の中に入っていくと、中が溶けるように熱くて、僕のモノに絡みついてくるんです。恥ずかしいけど、五分とも持たなかった。思わず謝りましたよ。『ごめん、あんまり気持ちよくて』と言ったら、『うれしいわ』と抱きしめてくれて、男もセックスでとろけるような気持ちになることがあるんだと知りました」
暗黙のうちに、お互いが離れがたくなったことがわかった。
嫉妬心ゆえの暴走
一平さんは独身で、仕事も自宅だから時間は比較的、自由になる。ところが里絵子さんは、家庭もあり、趣味の延長とはいえ料理教室もある。なかなか時間が取れなかった。
「次に会えたのは二週間後。メールは毎日のようにやり取りしていたけれど、僕は爆発しそうでしたね。『旦那さんとはどのくらいの頻度でしているの?』と嫉妬心をむき出しのメールを送ったこともある。彼女は『夫とはもう何年もしていない』と返信してきたけど、それはいまだに信じていないんです。
美紀の情報によれば、旦那さんはけっこういい男で、夫婦仲もよさそうだということだったから。それでも、僕は里絵子さんに惚れてしまった。待つしかないのは辛かったけれど、もう彼女がいないと生きていけないような気持になっていました」
仕事をしていても、ふと気づくと里絵子さんのことを考えてしまう。もっと会いたい、話したい、抱きたい。悶々として、昼間からマスターベーションをすることもあった。
「そんな関係が始まって三ヶ月ほど経ったころ、また『旦那さんとしているんだろう』と嫉妬が止まらなくなったんです。それでついに、彼女の下の毛を剃ってしまいました。彼女は抵抗したけど、最後は諦めたようです。ついでにあちこちにキスマークをつけました。
これでしばらくは夫の誘いはうけいれないはず。一瞬だけ、勝利感があったけど、彼女が帰ったあとに、あんなことして何か意味があったんだろうかと虚しくなりました。何をどうやっても、彼女が自分のものになったとは思えない。
いや、誰かを自分のものにするという考え自体が間違っているんだけど、それでも彼女に対しては、独占欲が強くなっていくんですよ」
それから一ヶ月ほど経ったころ、たまたま近くまで来たという美紀さんに呼び出され、近所のカフェでランチを共にした。
「そのとき、美紀が『最近、里絵子さん、元気がないのよ』と。僕は平静を装いましたが、心臓がばくばくしていた。美紀が言うには、どうも夫婦の関係がおかしくなっているようだと。
『里絵子さんはそういうことをあからさまに言う人じゃないけど、料理教室をしているときに、たまたまご主人が帰ってくることもあるの。そんなとき、以前だったら、ご主人も会話に加わったりしていたんだけど、最近は書斎にこもってしまうのよ』と美紀は言っていました。
旦那さんは会社を経営していて、夫婦でパーティーなどに行くこともあるらしい。最近はあんまり夫婦で出かけないみたい、と美紀は言っていました。
それを聞いて、やったと思う気持ちと、悪いことをしたという気持ちがないまぜになって、僕はランチを食べられなかった」
そしてその後、一平さんは自分でも「とうてい説明できない愚行」に走る。
「美紀がまだ少し時間があるというので、じゃあ、家でコーヒーを飲もうと誘い、なぜかセックスをしてしまったんです。美紀は激しく抵抗しましたけど、なぜか途中から積極的でしたね。
僕はあくまでも里絵子さんの代わりを求めていた、あえいでいる美紀の顔に里絵子さんの顔を重ねていました。終わってから、なぜか『ごめん』と謝ってしまった。美紀は『私は誰かの代わりなの?』と一言。何かに勘づいていたのかもしれません」
美紀さんは、それ以上、追及してこなかった。どうやら、大人の関係として割り切っていたようだ。だが、実際は傷ついたに違いないと、心が敏感になっている一平さんは後悔している。
恋に侵されているとき、人はときとして、そういう愚行に走るのかもしれないわね。理屈では割り切れない焦燥感や孤独感にさいなまされ、見知った顔に恋しい人を重ねてしまうことがあるのかもしれない。人間は、自分が思っているほど強くないのだ。だが、自分が思うほど弱くもないはずだ。
「それ以来、やはり美紀とは以前ほど気楽に会えなくなりましたね。微妙な空気が流れてしまう。もう少し時間が経つのを待つしかない。でも、ときどき、美紀が里絵子さんに『元夫と寝ちゃった』と言うのではないかと不安を覚えることがあります。
ま、美紀はそんなことを言うタイプじゃないと思うけど、人間、何をしでかしても不思議はありませんから」
彼女にとって自分の存在とは?
里絵子さんとの関係は、基本的にはかわっていない。彼女もなんとか時間を作ろうと常に努力してくれている。ただ、夫との関係はどうなっているのかだろうか。
「つい最近、尋ねたんです。ご主人とはどうなっているのかと。すると彼女は、すこし寂しそうな顔をしながら、『うち、他人から見ると、夫婦仲がいいと思われているんですけど、内情はそうでもないの。あなたも結婚していたんだからわかるでしょ』と。
結婚というものは日常生活だから、可もなく不可もないという意味なのか、夫婦間にトラブルを抱えているのか、よくわかりませんでしたけど。『私が心から好きなのはあなただけ』と言われて、そのときは妙に得心しちゃったんですが、離れているとまた不安になってしまうんですよね‥‥」
相手を疑い出したらきりがない。それは充分わかって入るはずなのに、一平さんの思いは、ときとして乱れる。
「好きという思いだけでは、どうにもならない。相手の環境や背景まで含めて受け止めなければならないんだ。と最近、ようやくわかってきました。いっそ、彼女が離婚つれればいい、夫に愛想をつかされればいいと思っていた時期もあったけど、彼女のことを考えると、
それが果たして幸せかどうかわからない。大学生と高校生の子供もいるわけだし、僕はあくまでも彼女の人生のオプションにすぎない。刺身のツマみたいなものでしょうか。あってもなくてもいいけど、あったほうが落ち着く。
その程度のものなんだと自嘲的に考えることもあります。僕にとって彼女はなくてはない存在なんですが。客観的に考えると、そのギャップは埋めようがないんですよね」
彼女のその気持ちをぶつけたこともある。どうにもならないのよ、と彼女は涙ぐんだ。
「会社を経営するご主人と、細々と家で仕事をしている僕は、収入だって十倍くらい違うんじゃないですか。僕が彼女にしてあげられることは何だろうと考えると、ときどき胸が締め付けられように苦しくなる」
不惑の年齢になって初めて知った、自分ではどうにもならない、暗く濃密な情熱。人を恋するというのは、そんな自分の思いも受け入れるということなのだろう。
窮屈さから逃れる場所
気弱な夫と強い妻
現代人の精神年齢は、実年齢の七掛けだとよく言われる。四十歳でまだ二十八歳の気分、五十歳で三十五歳、確かに、昔のほうが、大人に威厳があったような気がする。少なくとも、年齢相応の「らしさ」があった。今はエイジレス、アンチエイジング真っ盛り。精神的にも地に足のつかない大人たちが多い。
「私も自分で解っているんです。表向きは会社に勤めて、家庭を持って子供がいて。ごく普通の暮らしをしているように見えるけど、内心はいつも揺れ動いている。かといって決定することができない。いつもふらふらしているんです」
そう話してくれたのと、金融関係の会社に勤める前田信治さん(四十九歳)だ。三歳年上の妻と結婚して十八年が経つ。
「当時としては遅めの結婚だったかもしれません。私は一人っ子なので、結婚するとき、親と同居して欲しいと妻に言ったんですが、それなら結婚しないと言われて‥‥。
でもすでに、妻のお腹の中には子供がいた。妥協せざるを得なかったんです。出だしから、この結婚は大丈夫かなと自分でも思っていました」
子供が出来ると、妻はますます強くなっていく。
「しっかりものですね。冷たいわけじゃないけど、とにかくたくましく強い。私は気が弱いから、常に妻に??咤激励されてきた。でもまあ、そういう夫婦関係にあるのかなと思ってきました」
同居は拒んだが、妻はときに信治さんの両親へプレゼントを贈るなど、優しい一面もみせた。だが、子供を連れて夫の実家に行くことは滅多になかった。妻も働いているから、時間がなかったのだろう。信治さんが子供を両親に見せたいと思っても、妻はほとんど一緒にはこなかった。
「自分の実家にはしょっちゅう帰っていたのに、私の両親には会おうとしない。どちらの実家も都内で、それほど遠いわけじゃないのに。そのあたりは不満でしたけど、育児に家事に仕事にと奮闘する妻には何も言えませんでした」
結婚して六年目、下の子が生まれて二年ほど経ったころ、妻の実家が家を建て替えた。そろそろ家ができるというころ、信治さん妻の両親に突然、呼び出される。
「家の間取り図をみせられて、『こんなに広いから一緒に住もう』と。あまりに急でビックリしました。最初からそのつもりだったんでしょうね、きちんと二世帯住宅になっていましたから。
妻は知っていたはずです。私に知らせないまま、妻と両親で話を進めていったとしか思えない。自分がないがしろにされている気がしました。同時に、うちの両親が可哀そうになってしまった」
思わず無口になった信治さんに、妻の両親は言った。
「一緒に住むのが嫌なら、早く一戸建てでも建てなさい」と。彼の給料では、都内に一戸建てなど無理な話だった。妻も働いてはいたが、子供たちのお稽古ごとや塾に、異常なまでにお金をかけていたから、妻の給料の多くはそちらに消えている。
渋々ながら、信治さんは妻の両親が建てた家に引っ越すことを了承した。
「学生時代の友人には、『いいじゃないか。二世帯住宅だって、都内に持てるなんて』と言われましたが、家は結局、妻の父親名義です。私はいてもいなくてもいいような存在。
それなのに、一緒に住むようになると、土日には毎週のように荷物持ちか運転手のように『用があるから一緒に来てほしい、車を出してほしい』と言われる。義父だって運転できるんですよ。
妻に文句を言っても、『お父さんもお母さんも、あなたと一緒に住めるのがうれしいのよ。うちは女きょうだいだから』と。そう言われると、それ以上不満も言えなくて」
信治さんは、根が優しいので、いつも妻に説き伏せられてしまうのだと気弱そうに笑う。
敷かれたレールから外れた瞬間
そんな彼に転機が訪れたのは、今から二年前。仕事で知り合った他の会社の人たちと飲みに行く機会があった。そのとき、十歳下の女性、真梨子さんから、
「今度、ふたりで飲みに行きませんか」
と声を掛けられたのだ。
「私は恋愛にはあまり縁がなくて、結婚前も二人くらいしか付き合ったことがない。結婚してからも浮気なんてありません。女性の事は好きだけど、行動力が伴わないんです。もてるタイプでもありませんしね」
女性から見ると、確かに引っ張ってくれるような男性ではなさそうだが、話しやすい印象はある。意見を押し付けず、じっくり話を聞いてくれそうだから、強い女性たちはかえって好かれるかもしれない。
「真梨子は、自分から人生をぐいぐい切り拓いていくタイプ。私が知り会ったときも、すでに三回ほど転職していて、そのたびにステップアップしていました。結婚する気はない、仕事の方が楽しいといつも言っていましたね」
そんな真梨子さんと、ふたりで飲みに行った。
「下心? あったかなかったかよく覚えていないんです。だけど女性とふたりで飲みに行くなんてめったにないことだったし、とても楽しかった。彼女は意外と気が利くし、会話も弾みました。私は犬が大好きなんですが、妻にはアレルギーがあったので飼えなかった。
彼女はひとり暮らしの家に犬を飼っていると言う。それで、そのまま彼女の部屋に見に行くことになったんです。彼女の部屋に入るとき、ちょっとまずいかなあという気はしました。だけど、犬をみるだけだかと、どこか自分に言い聞かせていたような‥‥。しかも、彼女の家は、自宅と同じ方向だったんです。
正反対の方向だったら面倒だなと思ったかもしれないけど、どうせ帰る方向だし、という気持ちもありました」
信治さんは、やけに言い訳を並べ立てる。偶然が重なったから、彼女の部屋に行ってしまった、決して自分の意志で彼女との関係に飛び込んでいったわけではないと言いたいのかもしれない。
「犬はミニチュアダックスでした、初対面の私にもなついて、可愛かったですね、彼女が気を遣って、『洋服に毛がつくから』とジャージを貸してくれたんです。だから、思う存分、犬とじゃれて。なんだか子供のころに返ったような気持ちが和みました」
ひとしきり遊ぶと、彼女は犬の匂いがついただろうからシャワーを浴びたらどうかと言い出した。
「妻は犬の匂いに敏感なんですよね。だから彼女の親切にありがたく思ってシャワーを浴びました。出てくると彼女が抱きついてきて。こちらも大人だから、驚きませんでした。そうなることはどこかで半分をわかっていた。自分にそんなことが起こるとは思えなかったけど。
自分が男としてたいして魅力があるなんて思っていません。だけど、こんな私に好意を寄せてくれる女性がいることが嬉しかった。妻とは年に数回しかしていない状態が何年も続いていて、自分でももうそれほど欲求を感じていなかったんです。だけど真梨子に抱きつかれた瞬間、下半身がものすごい勢いで血流が集まって来るのを感じました。男がみなぎってくる感じ。久々でしたね」
信治さんは急に饒舌になった。照れているだけでなく、彼女への熱い思いが、彼を多弁にさせているようだ。
「彼女は性格同様、セックスもオープンで積極的だした。私も、彼女に感じてもらいたくて必死で頑張りました。ことが終わったあと、彼女は私に『自分でもどうしてかよくわからないの。だけど前田さんのこと、ずっと好きだった』と。
不覚にも涙が出そうになりました。好きという言葉が心に染み込んできてね、ああ、人に好きって言われると、人間こんなに満たされるのかと思った。
大袈裟なようですが、本当なんです。いい年してみつともないけど、『好き』と言われて、それまで突っ張っていた気持ちが溶けていくような気がしたんですよ」
思えば、家庭でも仕事でも、ずっと緊張を強いられていたと、信治さんは振り返る。気が強くしっかりした妻は、人の弱さを認めようとしない。自然と、彼も自分の弱音を吐けなくなった。何か言うと、妻の両親に筒抜けになることも、常に緊張を強いられていた要因だ。
妻の父親は元官僚で、それなりの地位と名誉もある。妻が、心のどこかで父親と自分を比べていることも分っていた。そんなすべての緊張感を溶かしてくれたのが、真梨子さんの「好き」という一言だった。
日ごと、のめり込み‥‥
そこから、彼は一気に真梨子さんに惹かれていく。ちょうどその時期、信治さんは異動になった。新しい部署は忙しかったが、その合間を縫って、彼女との密会を重ねた。忙しい時の方が人間は時間を作りやすい。
「最初はよく外で会ってから、彼女の部屋に行ったんです。だけど、つきあって半年くらい経ったところかな、居酒屋でばったり彼女の会社の人に会ってしまったんですよ。彼女の会社のふたりが出ていくところを、私たちが自分の席から見ただけなんですが。
実は、彼らは私たちに気づいていたのかもしれない、とあとから思いました。だけど声を掛けられなかったんじゃないか、と」
確かに、男女二人が食事をしているとき、互いに見る目やふとした仕草で、ふたりの関係がどの程度のものなのか、見る人が見ればすぐわかるという説もある。いくら隠していても、ふたりの間の行きかう空気が、友だちのそれなのか恋人同士のそれなのかは、何故かそこはかとなく漂ってしまうものだ。
危機感を覚えた信治さんは、なるべく外で会うのを避けるようになった。
「週に二回は彼女の部屋に行っていました。彼女とのセックスにのめり込んでいたから、部屋ではほとんどセックスばかりしていましたね、最初のころは、彼女はあっさりした性格なんだけど、ふたりきりのときは、めちゃめちゃ甘えてくる。お互いがとろけるようなセックスというのを、私は初めて経験しました」
日が経つにつれ、彼女のために何かしてあげたいと思うようになった。そんな気持ちを女性に抱いたのも、初めてだった。子供のために何かしたいのとは違う、と信治さんは言う。
「子供には親の責任というものが付きまとう。だけど彼女に対しては、責任という感覚よりは、とにかく喜ばせたい一心というか‥‥。一年くらい前かな、彼女のお母さんが倒れたというので、会社を休んで、東北地方の彼女の実家まで車で送っていったことがあります。彼女のためになるなら、どんな無理でもしてあげたかった」
半年ほど前には、上京した彼女の両親のために、彼は車を出して、一日、都内観光につきあっている。
「彼女の両親には『友だち』と紹介されました。年齢からいっても、両親は怪訝そうでしたけど。不倫関係と見抜かれたかもしれませんね。ただ、何も言われませんでした。帰りにはすごく感謝され、あとから彼女を通じて、地元の名産までいただいてしまって」
家庭がありながら、彼女の両親と会うというのは、どういう心理なのだろう。通常、そういう関係なら、女性の両親にはまず合わないのが鉄則だが。
「彼女に変な意図はないと思います。そもそも、彼女は結婚する気はないんですから。たまたま『両親が来たけど。私は車を持っていないから、案内するのもけっこう大変なのよね』と聞いたので、『じゃあ、オレが車を出そうか』と言っただけ。家には、『学生時代の友達の両親のために車を出す』と言って出かけました。
妻はあまり不審がらなかったですね、私が自分の用で出かけることが続くと不機嫌になりますけど、たまにならあんまり気に留めてないようだから」
妻への後ろめたさ
彼女の「結婚する気がない」は本当なのだろうか。彼女もすでに三十代後半。結婚はともかく、出産を考えれば、女として焦燥感に襲われても不思議はない。
「そのへん、深く考えると怖くなるから、なるべく考えないようにしているんですけどね。彼女の言い分によれば、家庭を持つということがピンとこない。今の状況だと仕事が優先になる、ということなので、そのまま信じます。他に好きな人ができたり、結婚したいと思ったら言ってほしいと彼女に話してあるんですけど、大泣きされました。
『私は一生、あなただけを好きでいたい』って。好きな女性にそんなふうに言われたら、それ以上、本心はどうなのかと突っ込んでは尋ねられませんよ。まあ、そのへんが曖昧、中途半端だと自分でも分かってはいるんですけど」
たとえ結婚する気がないとしても、家庭という、帰る場所がある男性を見送る女性の気持ちは、決して「楽しい恋愛」だけではすまないだろう。そこを深く考えると、お互い辛くなるだけだから、考えないようにしているのがふたりの本音なのかもしれない。
一方で、妻のほうはどうなのか。
「細心の注意を払っています。妻は必ずしもいい関係ではないけれど、だからといって妻を傷つけていい訳ではない。それはわかっているんです。一度だけ、妻に『なんだか、犬の匂いがするわよ』と言われたことがある。なるべく冷静を装うって、『いや、すぐそこで、近所の人が犬を散歩させていてさ、目が合ったからちょっと触れてきた』と言い訳しました。
以来、彼女の部屋に着くと着替え、帰りには必ず衣類用の消臭剤を彼女に振りかけてもらうようにしている。どんどん言い訳が上手くなる自分を感じています」
最近、いっそ妻にばれてしまったら楽になるかもしれないという気持ちがわき起こってくることがあるんです。私がいなくても、生活には困らないはずだから。解放されたいような、それも怖いような・中途半端な男ですよね」
四十九歳。人生を振り返る時期に差し掛かっているのかもしれない。こままいくのかリセットするのか。それは信治さんの決断にかかっている。
つづく
第七章 誰も彼もに嘘をついて
煌きを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。