結婚していながら外に女性を作った場合、結果的に何があろうと、他人は「自業自得」としか見ようとしない。だが、その心の裏に何があったのか、その人がどういう行動をとったのか。

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第四章 転落した男の事情

本表紙

夫婦間に吹くすきま風

 結婚していながら外に女性を作った場合、結果的に何があろうと、他人は「自業自得」としか見ようとしない。だが、その心の裏に何があったのか、その人がどういう行動をとったのか。弱かったからと一言で片付ける気に、私はどうしてもなれない。

「本当に自業自得なヤツなんだけど、今は少し反省しているみたいだから、話を聞いてみたらどうかな」
 知人からそんな連絡が入り、私が会ったのは、山中?和さん(四十八歳)だった。知人から聞いたところによると、?和さんのここ数年は、波乱万丈、天国と地獄を両方を見たような状態だった。なぜ、それほどまでのことをしてしまったのか。何が彼をそこまでさせたのか。

 ?和さんは、見た目はごく普通のサラリーマンだ。今は学生時代の友人の「温情」で、仕事をさせてもらっているという。もともと中堅企業の経理課長として、人望と信頼がある人物だった。

 二十九歳のとき、友だちの紹介で知り合ったひとつ年下の女性と結婚した。ふたりの子に恵まれたが、妻とは子供が出来たころから、どことなくすきま風が吹いていった。

「大きな事件があったわけじゃないんです。ただ、どこか妻とは合わなかった。発端は子育てに関してですね。まだ生まれて間のない子に、あるとき、妻がカードを次々と見せていたんですよ。そうすると脳が活性化されるとか。だけど僕は、子供はもっと自然に育てればいいと思っていた。

そういうことの連続でしたね。妻は、幼稚園も近場より有名なところにこだわっていたし。僕は地方出身だけど、妻は東京生まれ東京育ち。『今時、東京では公立の学校より私立よ』と言われ、妻の両親にも『資金はいくらでも援助するから』と言われたりして。

かといって、妻が自分の両親にひたすらべったりだったわけでもない。我慢できる範囲だったから、大ゲンカにもならない。ただ、何となく、いつの間にか、少しずつ少しずつ関係が冷えていったような気がします。三十代後半になって、気づいたら、妻との会話は子どもの事だけになっていたんです」

 それでも、そんな家庭は珍しくない。子供がいるから、夫婦は夫婦でいられるという側面もあるだろう。

「今から五年ほど前、地方の営業所にいた仲の良かった同期が本社に戻ってきたんですよ。久々にはしごして飲んで、最後には昔のノリで『風俗に行こう』なんてことになって。

独身時代はたまに行きましたが、結婚してからは初めてでしたね。たまたまボーナスが出た直後だったこともあって、つい行っちゃったんですよ」

 楽しい晩だった。風俗嬢も、とてもかわいくて優しい子だったという。当時、?和さんは、ほとんど妻との性的関係がなくなっていた。どちらが先に拒んだのかも覚えていないが、それもまた気づいたら間遠になり、いつしかなくなっていたのだという。

「そのときの女の子が、トモコというんですが、本当にいい子だったんです。向こうはもちろん商売だから優しいだけど、こちらは疑似恋愛を楽しみたい。そういう男の心理をよくわかってくる子でしたね」

 明るいが、うるさくはない。見上げる目が、とても純粋そうだった。笑っているのに、どこか寂し気な表情に見えるトモコさんが、?和さんは気になっていた。

 若い彼女に惹かれて

 三日後、ひとりで再びその店に訪れてしまう。トモコさんはとても喜んでくれた。何度か訪ねるうちに、トモコさんの方から、「今度、外で食事しませんか?」と声をかけてきた。

「風俗といっても、本番がある店ではないので、外でデートして、そのままホテルに行きたかった男も多いらしいんです。僕はその時は、そんな気がなかった。ただ、彼女といると気持ちが休まるんですよ。

一方で、どこか彼女の力になりたいという気持ちもあった。だから、外で食事でも、という彼女の申し出はとても嬉しかったですね」

 何が食べたいか聞くと、彼女は好き嫌いがないから何でもいいと答えた。そして、「あまり気取らない店で」とも付け加えた。彼に贅沢させてほしいと思っているわけではないようだった。

「僕自身、心のどこかで相手は商売なんだから、騙されちゃいけないという気持ちがあったんです。でも彼女は、まったくそういう面は見せなかった。食事は結局、カジュアルなイタリアンに行ったんですが、彼女はとても喜んでくれました。

『いつもは自炊しているから、ろくなものを食べていないんです。実かの両親が病気だから仕送りをしなくちゃいけなくて』なんてけなげなことを言って。実際、彼女の両親は病弱で、弟を大学にやるために彼女は必死に働いていたようです」

 そのとき、彼女は二十四歳、彼は四十三歳だった。若いのに苦労している彼女を、?和さんは、密かに応援するようになっていく。とはいえ、せいぜい月に数回、店に行ったり、食事に誘いだす程度ではあったけれど。

「一年くらい、そんな関係が続きました。あるとき、彼女から携帯に電話がかかってきたんです。『今度、ソープに移る』と。お父さんの病気が長引いて、治療費もかなりかかる。もっと稼げるところに行かなくてはいけなくなった、と。

治療費がどのくらいかかるのか聞いたら、月に数十万円だというんですよ。彼女がソープランドで大変な思いをするのではないかと思うと、どうしても阻止したかった。そこで社内預金の三百万円を下して彼女に渡しました」

 彼女は、そこまでされる理由はないと拒んだ。だが、?和さんは、無理矢理彼女のバッグに封筒を突っ込んだ。一週間後、彼女から電話がかかってくる。彼女の家で食事をしないかという誘いだった。

「食事はごちそうになりました。若いのに料理も上手だった。彼女は当然。僕に肉体を捧げるつもりでよんだんでしょうけど、それは断りました。もちろん、自分の中に欲望はあったけど、お金を貸してセックスの関係をもったら、なんだか男としてかっこ悪いですよね」

 トモコさんは泣いた。こんな素敵な男性に出会ったことはないと泣き崩れた。一ヶ月後、お金のことは関係ない、私を抱いてほしいと彼女は泣きながら、彼の胸に飛び込んできた。

「さすがに拒めなかった。僕も男ですから。あくまでも、お金は貸したものとしよう、お金とセックスは関係ないと、ふたりで話し合いました。

それから恋愛が始まった。彼女が風俗で働いていることは、心が痛みましたけど、それは割り切るよりほかない。ときには店が終わるまで彼女のアパートで待っていることもあったし、店で彼女を指名することもありました」

 会社の金に手を付けるとき

 一年もたたないうちに、?和さんの小遣いが足りなくなっていく。子供が大学にいるためにと思っていた預金二百万円を切り崩すと、もう自分で自由にできる預金はなかった。そのうち、トモコさんは、やはり仕事を変えなくてはいけないと言い出した。

弟の授業料、両親の生活費と治療費などかさんで、二進(にっち)も三進(さっち)も行かなくなったと言うのだ。少し待て、と彼は言った。

「それで、会社の金に手を付けてしまったんです。今もなぜ、あんなことをしたのか自分でもわからない。ただ、そのころちょうど経理の監査が終わったばかりで、今なら多少お金をごまかしても、あと一年のうちに返せばわからないとい気持ちがあったのは事実です。返そうとしても返せないのはわかっていながら、自分がごまかせる範囲のお金を持ち出してしまった。五百万円くらいでした」

 ?和さんは、親の遺産が少し入ったからとトモコさんに言いつくろった。一度、そんなことをすると、後は少しずつ使い込むのが日常茶飯事になっていく。五十万、七十万というお金を持ち出して、トモコさんに貢いだ。

「あのころ、家では完璧に、夫であり父である演技をしていましたね、子供の学校の行事にもけっこう行っていたし、妻とは相変わらずだったけど、特に冷えた関係でもなかった。トモコに合っている時間だけが、本当の自分で、あとは会社でも家庭でも、ひたすら演技をしていたように思います」

だが、半年もしないうちに、同僚によって不正が発覚した。上司に呼ばれたとき、初めて彼は身体が震えたという。

「ふっと目が覚めたというのは、ああいう状況のことを言うんでしょうね、我に返ったというか、つきものが落ちたというのか。書類を突き付けられたとき『オレはいったい何をしたんだろう』と思いました。

それまで、自分が使い込みしながら、どこかすべてが他人事みたいな感覚だったんです。だけどそのとき初めて、自分が罪を犯したと実感した。使い込んだ金は一千万円近くなっていました、自分でも愕然としました」

 使い道は遊興費だと主張した。彼女の名前だけは出せないと思っていた。それまで?和さんは、二十年以上、ひたすら真面目に働いてきた。それもあって、会社では刑事告訴せず、解雇処分ですんだ。しかも、半分の五百万円は退職金代わりに免除するという温情が下った。

 家に帰っても、妻になかなか本当のことを話せず、数日間、彼はいつもの時間に家を出て会社に行く振りをしていた。だが、いつまでも隠し通せるわけがない。ついに、ある晩、彼は妻に全てを打ち明けた。

「当時、上の子が高校に入ったばかりで、下は中学生。家のローンだってまだ残っている。子供たちが自分たちの部屋に引き揚げた深夜、妻に話しました。ただ、トモコの事だけは話せなかった。

風俗に行ったり、パチンコで使ったりしたというしかなかった。もちろん、妻はそんな話は信じません。『そんな大金を使うなんて、女がいたとしか思えない。貢いだんじゃないの』と言われました。

女の勘ってすごいですよね。妻がいちばん怒ったのは、子供の学資保険を使ったと言ったとき。突き飛ばされ、馬乗りになって殴られた。もちろん、僕が悪いんだから抵抗しませんでした。事情を知らない子どもたちが部屋から出て来て、妻をふたりがかりで羽交い絞めにして止めたくらい、妻は荒れましたね」

 当然だろう。妻にしてみたら、すべての預金がなくなった。なおかつ、夫の会社の金を横領した犯罪者だ。警察沙汰にならなかっただけで、「会社が許しても、私は人として許さない。あなたは子供の親なのよ。あなたの罪は重い」と罵倒されたという。

 これからの子供たちの学資はどうなるのか、生活はどうなるのか。それまで真面目だった夫に何が起こったのか、妻には、とても理解しきれなかったのだろう。

 すべてを無くした、今

「妻に殴られた翌日、とりあえず身の回りのものをもって家を出ました。行く当てもなく、一日中、山手線に乗ったんです、一周約一時間、何周したか分からない。ボストンバッグを抱えて、周りの人々がどんどん降りて、また新しい人たちが乗って来る中、僕一人だけがひたすら乗り続けている。

転落したんだなと思いました。実際には、彼女に入れ揚げたところから、社内の預金を崩したところから、すでに転落しているわけです。だけど渦中にいるとわからない。会社をクビになって、離婚だと言われて、家を出て、電車に乗ってようやく転落だと気づく。

オレはこんな人間だったのか、なぜあんなことをしてしまったのかと、何度も自問したのだけど、全然分からないんです」

 その日は夜まで電車に乗り続け、結局、安いカプセルホテルに泊まった。翌日もやることがなく、また山手線に乗って窓の外を見ていた。

「とりあえず、これからどうするか考えなくてはいけない。家族に対しても、このままではいけない。そう思ったのは、一週間ほど経ってからでした。その間、トモコから携帯に電話も入ったけど、出ませんでした。

きっともう会うこともないと思って。考えてみれば、彼女に対する自分の気持ちも、きちんと把握できていなかった。いや、それは今も同じかもしれません。本気で好きだったのかどうかさえ‥‥。

侠気(おとこぎ)をかき立てられたというか、何とかしてやりたいという気持ちもあったし、彼女とふたりでいるときの心地よさ、愛されている実感というのかな、そういうものがあったのは確かなんですが。

他の女性に大金を貢ぐほど、家族に対して不満があったのかと言われると、そんなことはない。結局、自分がどうしてあれほどの金を彼女に貢いだのか、全く分からないんです」

 噂を聞きつけて心配してくる友人もいたが、多くは離れていった。
「仲の良かった友人が、ブログに僕の事を、とてもひどく書いていたのがショックでしたね。まあ、誰に何を言われても仕方がない状況だったけど、そう、それで、転落って簡単なんだなあと、いっそう感じたんです。

僕自身も、転落していく人生なんていうのを新聞や週刊誌で読んだりしていたけど、あくまでも他人事だった。だけど気づいたら、転落した側の人間になっていた」

 何が彼をそうさせたのか。彼自身は解らないが、たぶん、彼女への恋心だったのだろう。彼女の関心を引きつづけたい、男として頼られたいという気持ちが、ひとつの要因としてあったのではないだろうか。

 その後、彼は正式に離婚した。コンビニのアルバイト、日雇いなども昼も夜も働いた。四畳半一間のふるいアパートに住み、ぎりぎりの生活費以外は会社への借金返済と妻への送金に充てていた。見かねた友人が、自分の会社で雇ってくれた。友人は、経理の専門家としての彼の実績を買ってくれたのだ。

「金で躓(つまず)いた僕を、彼はまた経理として雇ってくれた。ありがたいことですよね。死んだほうが楽だと思った事もあるけど、彼の気持ちを考えると、逃げたり裏切ったりはできない。

友人の了解を得て、今も夜はバイトをしているんです。睡眠時間はせいぜい三、四時間。人生、何処までやり直しがきくのか、この歳からでも再スタートが切れるのか、わかりません。だけどやるしかないんです」

 今、トモコさんに対してどう思っているのだろう。私の問いに、?和さんは何か言いたそうだったが、答えないまま去っていった。

 「夫婦」を取り戻せるのか

 波風の立たない家庭「恋愛」

 結婚生活の中で、男性の八割は浮気したことがあるが、妻にばれるのはそのうちの四割に過ぎないという数字を、以前のアンケートで見たことがある。一度や二度の過ちなら、隠し通すことも可能だろうが、比較的長く続いしまった「恋愛」が露見すると、以前のような夫婦関係を取り戻すのは難しい。

「かなり本気の恋愛をした。まず、そこから立ち直れない。しかも、知ってしまった妻の気持ちを考えると、やはり申し訳ないと思う。だけど、気まずい日常に耐えられない。そんなことの繰り返しなんです」

 言葉を選びつつ、考えをまとめるようにゆっくりした口調で、桜井秀嗣さん(四十九歳)は話し始めた。
 二歳年下の妻と結婚して二十年、高校生と中学生のふたりの息子がいる。三年前、秀嗣さんは恋に落ちた。

「妻との関係も悪いわけではなかったけど、うちもご多分に漏れず、ここ十年くらいは、あんまり性的なかんけいはなかったですね。年に数回かなあ。季節ごとに一回という感じだったかもしれない。

妻があまり快く応じてくれなかった。でも、僕自身も、そのことについて危機感はありませんでした。年齢的にも、そんなもんかなあと思っていたんです」

 波風の立たない平穏な家庭生活。家族が元気でいることが、何よりだと思っていた。多くの人がそうであるように。だが、秀嗣さんは恋に落ちた。相手は、仕事で取引のある会社の女性だ。

「僕は婦人服の会社にいるので、一緒に仕事をする女性は多いんです。それだけに今までは気を付けていました。噂が立ったら、社内の立場が危ういですから。仕事関係の人とそういう関係になったことは、一度たりともなかった。

浮気の一度や二度はありますが、ほとんどがお互い納得ずくの一回コッキリの。恋愛なんて言葉は、無意識のうちに自分の中から排除していたから、あくまでも浮気、遊びの範疇だったと思います」

 恋に落ちたのは、三歳年上の早紀子さんは四十九歳だった。彼は、てっきり自分より年下だと思っていたそうです。

「仕事で、たまたま外で打ち合わせしていたんです。時間的にちょうど昼だったので、そのままランチでもということになって。仕事仲間とランチといのは、別に珍しいことでもないんですが、話をしているうちに、僕はすっかり彼女に惹かれてしまったんです」

 早紀子さんにも家庭があった。同い年の夫と、ふたりの子供。子供たちの年齢も近かった。
「そういうときって、女性はどうしても家庭の話が多くなりがちなんですが彼女は家庭の話はほとんどしませんでした。それより、自分がはまっている趣味の話が多かった。

最近読んだ本、観た映画、簡単でおいしい酒の肴の作り方、しかも今はカメラと車にはまっているという。その趣味の多さと、はつらつとした表情に魅せられましたね。男って、自分がはまっているもの関して、やけに熱く語るものなんですが、彼女にはそれがあった。

変な言い方ですが、男同士で話しているような気楽さと、彼女から発せられる大人の色気と、両方に『やられた』という感じでしたね。決して自分だけが喋っているわけじゃない。

彼女の話も楽しいんだけど、気づいたら、こっちも彼女に乗せられて、いろんなことを話していた。とにかく、今までないくらい楽しい時間だったんです」

 はたと気づくと、ランチタイムを二時間もとっていた。ふたりとも焦って、挨拶もそこそこに、それぞれの会社に戻った。

 暗黙のルールのもとに

「その日の夕方に、彼女から会社にランチのお礼と『楽しかった』というメールが入りました。そこに彼女の使用のパソコンと携帯のメールアドレスが入っていたんです。僕も自分のアドレスを送りました」

 秘かな共犯関係ができ上がった瞬間かも知れない。大人だから、「メールでもください」などとは書かない。文末にさりげなく記されたアドレスを見ているうちに、このまま仕事関係の友人として付き合うか、私的な関係に発展するか、二者択一を迫られているような感覚に陥ったと、秀嗣さんは言う。そして、こういうとき、大人は自分の気持ちから目をそらす。

「楽しかったんだから、また会いたいだけ。そう思いました。僕は、そもそも恋愛ということを自分の中では封印していたし、彼女となら別に色恋の関係なく付き合えそうな気がしたんです」

 とは言っても、こういう時の男に、下心がないはずはない。下心がないと本気でおもっていたら、それはむしろ不健全かもしれない。そう言うと、秀嗣さんは苦笑しながら、

「でも、その時点では、本当にそんな関係になるとは思っていなかったんですよ」
 と言い訳のようにつぶやいた。だが、なるようになってしまうのが男女の仲。ランチから二週間後、誘い合わせて一緒に夕食を取り、そのままホテルへ行ってしまう。

「お互い家庭があるのは解っていたけど、それが歯止めにはならなかった。そういう関係になってしまってから、さてどうしようとふたりで顔を見合わせたのを覚えています。

だけど、身体を合わせたときの充足感は何とも言えなかった。彼女の中に入ったとき、とてつもなく温かいものに自分自身が包まれているような安らぎがありました。彼女は情熱的だったし、お互いしっかり見つめ合ってセックスできた。その満足感が大きかったですね。

それまでの僕なら、関係したら急速に関心を失ったんですが、彼女だけはそうならなかった。むしろ、続けたい、続けて行くためにはどうしたらいいか考え始めたんです。それは、彼女も同様だったようです」

 秘かな関係が始まった。夜と週末は連絡しない。携帯メールは受信も送信も削除する、と。
ふたりの間でと暗黙のルールが積み重なっていく。それでも不自由さはあまり感じなかった。お互いの会社から離れた繁華街で会い、ホテルへ行くのがデートコースになっていた。

食事をしている所を万が一にみられても「仕事の流れ」で言い訳できる。だが、ホテルの出入りだけは気を遣った。

「そう頻繁に会えるわけじゃありません。でも月に一、二回は、お互いに必死に時間をつくり出して会いましたね。それ以外はメールで。『身体が疼(うず)くの。したくてたまらない』なんていう彼女からのメールが来て、仕事中なのにこっちも下半身が熱くなっちゃったりして。人には言えないですよね、いい年して」

 恋は大人を子どもにするというが、まさに恋は身を任せるような日々だった。同じ業界だから、相手の仕事上の動向はわかる。秀嗣さんは、いい仕事をしようと気持ちを引きしまった。何もかも順調にいき、

彼女との精神的な絆も深まっていった。会えないために辛い思いをすることもあったが、ふたりの思いは変わらなかった。

 妻に尾行されていた

「彼女とそうなって二年ほど経ったある日、妻からデジカメの写真を突き付けられたんです。
僕と彼女がホテルへ入る所でした。日頃の行動を怪しんだ妻が、探偵事務所に頼んだのかと思ったら、なんと自分で尾行していたと言うんです」

 妻の藍子さんは、以前から、夫の様子に不信感を抱いてた。あるとき、夫の携帯を盗み見た。そこには削除し忘れた送信メールがあった。受信メールには気を配っていたが、送信メールを消し忘れていたのだ。

「昨夜も楽しかった」という内容だったが、妻の不信感は確信へと変わる。それから二週間にわたって、藍子さんは、夫の退社後を尾行していた。そしてほぼ二週間目に、夫が女性とホテルに入るところを目撃、シャッターを押したのだ。

「あの写真ではしらを切ることはできない。だから、僕は仕事先の人と飲んでいて、彼女が気持ちが悪くなったから休んだだけと言い張りました。妻は、僕らがレストランにいるところも把握しているので、あまり言い訳にはならなかったけど、それでも『何もしていない』と言い張るしかなかった。

妻は、今すぐに別れなければ、その写真を彼女の夫に送るという。もうどうしようもないですよね。その場で彼女に、『もう会えない』というメールを送りました。彼女は何か悟ったんでしょう。すぐに『わかりました』と一言だけ送ってきました。

でも、妻としてはどうも不足だったらしい。『会社にいるときに、あなたたちが連絡をとるのはわかっている。本当に別れたという証拠を私に見せて』と泣き叫ぶ。結局、朝まで一睡もせずに、『とにかく何もしていない。彼女とはもう会わない』と説得し続けました」

 疲弊しながら会社に行く道すがら、彼は早紀子さんに、事の顛末をメールした。ふたりは、とにかくほとぼりが冷めるまで会わないでいようと、大人の対応をすることにした。昼休みに早紀子さんに電話してみると、「家庭を落ち着かせるのが先決よ」と諭された。

だが、その早紀子さんの声は湿っていて、涙をこらえているのが彼にもわかった。

「でも、無理をして早紀子に迷惑をかけて申し訳ない。妻を苦しめるのも本意ではない。だから、とりあえず妻の気持ちをなだめるしかないと思いました」いったん、言葉を切ってから、秀嗣さんは声を潜めた。

「正直言うと、妻は僕にそれほど関心がないと思っていたんです。あんなに取り乱して怒りまくったのはなぜなのか、いまでもよくわからない。男女の感情ではなく、自分の所有物をとられた怒りみたいなものを、僕は感じました。

もちろん、自分が悪いのはわかっているけど、妻が怒っているのを見て、僕は心のどこかで冷めていたんです。それほど怒るなら、もう少し、オレを大事にしてくれてもよかったんじゃないかという気持ちが、心のどこかにありましたね」

 男って勝手だという女性たちの声が聞こえそうだが、男にはやはり男の言い分がある。
たとえ、それがわがままだったとしても。男として頼ってくれて、ときには励ましてくれるような存在を、男は必ず望んでいる。

 動き出せずに立ち止まったまま

 ともあれ、秀嗣さんは妻の信頼を回復するべく、日常生活を改めていった。週に数度は早く帰って、妻との会話を心がけた。ときには外で妻とデートもした。

「けっこう大変でした。我ながら辛抱強いなと思いましたよ。ただ、妻の機嫌が悪いと、やはり家の中の雰囲気もよくないですし、息子たちも何かを感じ取ってしまいますからね。息子たちが難しい年ごろだけに気を遣いました。家族での外食の機会も増やしたんです。

息子たちも渋々でしたがついてきて…‥。オヤジが急に家庭的になったから、少し驚いていたようですけど、息子たちとゆっくり話す時間ができたのは良かったと思います」

 妻とも徐々にではあるが、距離が縮まっていった。三ヶ月ほど経ったとき、彼は寝室で、妻に手を伸ばした。

「でも撥ねつけられたんですよ。どうしても信じられない、その気になれないって。オレがこんなに頑張って努力しているのに、なぜ分かってくれないんだとムッとしました。

妻の『裏切られた』という気持ちは強いんでしょうけど、こっちだって家庭が上手くいよくように頑張っている。無性に腹が立って、妻にのしかかっていきました。すると妻は、じっと目を見開いて『じゃあ、いいわよ』って。そうまでされたら、気が萎えるでしょう。

僕はもともと、別に妻が嫌いなったわけじゃない。こっちは何とか修復しようしているのに、それは全部オレの独り相撲なのかと、なんだか急に虚しくなってきちゃったんです」

 秀嗣さんは、確かに婚外恋愛に落ちたのは自分がいけないと思っている。だが、その伏線として、やはり家庭では「男としての自分」が満たされていなかった。そこへ心身共に惹かれる女性が現れた。だが、妻に疑われた。

性的な関係はないと断言している。彼女とは一応別れ、家庭修復に心血を注いだ。それでも、妻はその努力に報いてくれない。そんな思いがくすぶっているのだ。

 夫婦関係も人間関係もひとつ。いったんヒビが入ると、なかなか元通りには収まらないのだろう。特に、妻の不信感は、そう簡単にぬぐい去れるものではない。

「その後、妻が言ったんです。『彼女って、あなたより年上なんですってね。年上の女性の身体はどうだったの?』って。実は妻は、きちんと相手を特定していたんですね。僕はそこまで見抜いていなかったから、一瞬、ぎょっとしました。女は怖い。『情報を小出しにするなよ』と思いましたよ。

『関係はないって言っただろう』とつい大声を出しましたが、あの様子では、妻は関係があったと確信している。そこから来る不信感は、もう払拭できないんじゃないかと思いますね」

 現在も、妻との間は冷戦一歩手前のままだ。話はしないわけでもないが、性的な関係はない。表面的には凪(な)いでいるが、お互いの心の奥は荒波が立ち続けているのかもしれない。

「どうしたらいいかわからないんです。半年ほど前、早紀子に会って、すべてを話しました。彼女は解ってくれて、いつまでも待つと言ってくれたんです。ただ、妻との間は、いい方向に変化していくとは思えない。

低め安定のまま行くしかないような気がするんです。息子たちが独立するようになったら、何か結論が出るかも知れないけど、それまで膠着状態が続くでしょう。中途半端に心を閉ざしてしまった妻と、それをこじ開けられない自分。考えると情けないけど、なんだかもう疲れてしまいました」

 早紀子さんに会いたい。彼女なら、すべてを受け止めてくれる。そんな思いが日々募っていくと秀嗣さんは言う。そんな思いで過ごしていると、何もかも忘れて風俗でも行っちゃおうという気分にならないのですかと、私が冗談交じりに言ってみた。少しぎょっとした顔をして、彼は言った。

「実は‥‥。つい先日、行きました。『何やってんだろうなあ、オレ』と我ながら落ち込みましたね。セックスしたかったわけじゃない。大袈裟に言えば、自分が男として存在していることを確かめたかったのかもしれない。近いうち、早紀子に会おうと連絡してしまうと思います」

 二進も三進も行かずに立ち止まっている彼は、どこか小さく見えた。

 誰も傷つけたくないからこそ

 魔が差すように始まった恋

「生きていくって大変なことなんですよね。四十歳を過ぎてから迷いっぱなしなので、つくづくそう思います」

 何かに耐えるような表情で、保坂謙介さん(四十九歳)は、そう話し始めた。眉間に深い皺は刻まれているものの、中高年の男性に見られがちな「ずるさ」は感じられない。中高年の男の顔には、それまでの人生が滲み出てくる。彼は、問題から逃げたり、ずる賢く立ち回ったりするタイプではないとすぐにわかった。年しの割には目が濁っていない。

 謙介さんが結婚したのは、大学卒業して三年前後、二十六歳のときだった。相手は就職活動のときにお世話になった大学の二年先輩。すぐに子供に恵まれ、一男一女の父となった。

「年子で、二十八歳のときにはふたりの子持ち。共働きだったので、ちょっと無理して三十歳でマンションを買って。家庭は落ち着いていました。妻がしっかりしていたから、家事も育児も妻に任せていましたね。妻にとっては肉体的にも精神的にも負担が大きかったんじゃないかなと今にして思うんです。文句ひとつ言わずにいつも明るかったから、気づかなかったけれど‥‥」

 謙介さんが仕事が好きだった。他の女性との関係がまったくなかったとは言えないが、相手から誘われて断り切れなかった「その場限りの関係」だけだという。ところが四十一歳のとき、魔が差した。

「下の子も中学に上がり、僕は仕事でもある程度、自分の立場を作ることが出来た。妻の事は好きだけど、恋愛感情はない。そんな心の隙に、恋が入り込んでしまったんですよね」

 相手は九歳下、当時三十二歳の日奈子さん。仕事関係のパーティーに出席したとき、近くにいて言葉を交わしたのがきっかけだった。偶然、大学が同じだとわかった。マンモス大学だったら、何処へ行っても同級生はいる。それでも、なぜか親近感がわいた。

「立食パーティーで会場も広かったので、その後、彼女を見失いました。でも、帰りにばったり出口であって、軽く飲んで行こうということになったんです」

 九歳年下の彼女は、側にいるだけで華やいだ空気を運んできてくれた。これから転職もしたい、もっと仕事をしたいと彼女は夢を熱心に語った。不惑の歳を超え、すぐに守りに入ろうとしている自分の姿勢を、暗に指摘されているような気がしたと、謙介さんは言う。

「気がつくと電車がなくなっていた。女性とそんなに話したのは本当に久しぶりでした。楽しかった。その日は彼女を送って、そのまま帰りましたが、タクシーの中でつい『また会ってくれるかな』と言ってしまったんです」

 次の日は携帯メールを送り、その翌日には食事をした。独身時代のように気持ちがはやった。彼女に恋人がいないわけがないと思いつつ、いてもかまわない、突き進もうという気持ちが沸き起こって来ていた。

「自分が結婚していることを棚に上げていた。彼女といると自分にもまだ未来があるという気になったんです。彼女は現実的で、なおかつ前向き。といって、アグレッシブなわけでもない。おっとりしているところもあって。会えば会うほど好きになって行ったんです」

 最初のデートから五日連続で会った。そして五日目に、彼女のマンションに上がることになる。

「迷いはありませんでした。とにかく彼女の全てを知りたかったし、欲しかった。自分がぐいぐい前に進んで行く感じに酔っていたのかもしれません。彼女の身体はしなやかで、感度もよかった。

どういう男とこういうことをしてきたのかと思うと、妙に嫉妬が沸き起こってきて、年甲斐もなく、その日は二度も彼女を攻めていました」

 始まってしまった。迷いがないのだから、後戻りしようと思った事はない。三日にあげず、彼女の部屋に通った。自分を刻印するかのように。彼女の身体が自分になじんでくるのが手に取るようにわかった。これで彼女は自分のものになった。そう思った瞬間、彼は我に返る。

「彼女との関係が三カ月ほど経ったころかな、妻が『このごろ、忙しいのね』となにげなく言ったんです。あ、このままではまずいと思いました。これからはもっとうまくやらなくてはと、少し冷静になれたんです」

 妻の警告

 それから四年、謙介さんと日奈子さんの関係は誰に知られず、密かに深く続いて行った。その間には、日奈子さんの転職もあった。謙介さんの妻の母親が亡くなるという不幸もあった。だが、謙介さんは日奈子さんには何も隠さなかったし、それで責められることもなかった。

「実は日奈子は、両親が離婚して、母一人子一人で育ったんです。お母さんは東北でひとり暮らしをしています。彼女はお母さんを呼び寄せたかったけど、お母さんは動こうとしないと言ってました。

そんな環境で育ったから、私は家庭を持っている人を羨ましいと思うけれど、奪い取りたいとは思わないと常々言っていたんです。僕は彼女の言葉を信用していました」

 その裏で、おそらく彼女はいろいろなことを我慢していたはずだ。そして、彼の妻も。まったく気づいていなかったとは思えない。ある日突然、彼はそれを突き付けられることになる。

「日奈子とつきあって四年経った頃、妻がある晩、さりげなく『私、癌なんだって』と言ったんです。明日、天気かしらと言うとのと同じ口調だった。僕は意味がわからなくて『え?』と、素っ頓狂な声を出したと思う。すると妻は、冷静に、健康診断でひっかかって精密検査を受けたら癌だと分かったと言うんです。

進行性の胃癌でした。彼女はきちんと自分の病状を医者から聞き出していた。『ご主人と一緒にいらしてくださいと言うから、私の身体のことは私が管理しています、だから本当のことを話してくださいって医者に詰め寄っちゃった』と妻は微笑みさえ浮かべて言うんです。

こっちが動揺してしまった。妻が言うには、余命三ヶ月だという。慌てて医者の所へ行きましたよ。何とか助けてほしいと号泣しました。まだ四十七歳ですよ、死んでいい年齢じゃない。医者は『奥さんの精神力はすごいですね。告知してほしいと詰め寄られて、本当のことを言ったら、ありがとうと礼を言われた。

まったく取り乱したところはなかったけれど、いくら何でもショックを受けていないはずはないから、ご主人も気を付けてあげてください』って。それから自分がどうやって会社に戻って、どうやって帰宅したか、その日の事は一切覚えていないんです」

 子供達は高校生の多感な時期。妻とこれからことを話し合わなくてはいけないと思ったことだけは、記憶にあるという。その日だったのか翌日だったのか、あるいは数日後なのか忘れたが、家族そろった夕食の席で、妻は突然、自分の病気の事を話し始めた。

「子供たちには正直に話すのがいちばんだと思ったんでしょう。治らないのなら、無理に手術をせず、自宅でいつもの通りの生活をしながら最期を迎えたいというのが妻の願いでした。子供達は、何も言わずにただ泣いていた。娘などはショックのあまり吐いてしまったほどです。

それでも妻は冷静だった。『人は何時かは死ぬの。お母さんはちょっと早いかも知れないけど』と。その夜、ベッドに入ったとき『きみは立派過ぎる。無理しなくていい』と言ったら、妻は初めて号泣しました。そのまま朝までふたり抱き合って、泣き明かしました。それでも妻は起きて朝食を作って、ふだん通りの生活を続けたんです」

 謙介さんは、子供たちとの三人で話し合った。ショックで泣いてばかり娘と、笑顔を無くした息子を前に――。

「お母さんの気持ちを尊敬するのが一番いいと思う。週末にはみんなで温泉に行こう。お母さんの体力が続く限り、好きなようにさせてあげようと言いました。それから、子供たちは少しずつ落ち着いたんです」

 妻は、自分の意思で退職届を出した。何も知らない上司は必死で引き留めたようだ。そこで、
「子供たちの受験が控えているから、なるべく家にいてやりたい」という理由で、残業しないことを条件にパートに切り替えた。週に一度は病院に通いはしたが、二ヶ月ほどは特に変わったことはなかった。

「もう病魔が諦めたんじゃないか、そうであってほしいと思いました。若いせいか病気の進行は早かった。さすがにこの時期、僕はなかなか日奈子に会う気はにはなれなかった。だけど隠し通すわけにもいかない。ある日、日奈子にすべてを話しました。

彼女は短く、『わかった』と。連絡する気にもなれなかったけど、彼女からはときどきメールが来ました。当たり障りのない内容で。そのうち彼女からのメールも途絶え、そのときには妻の病状も悪化して、入院から1週間で亡くりました。

宣告されてから三ヶ月半だった。夫婦として家族としても、濃密な時間でした。僕は会社に話して、ほとんど定時に帰るようにしていたから、妻ともたくさん話した。入院した日、妻は僕に言ったんです。『意識がなくなってから話せなくなると困るから、今のうちに言っておくわね。

私がいなくなったら、好きな人と再婚してもかまわない。だけど、子供たちの事だけは最優先に考えて』と。
僕は泣いてしまって何も答えられなかったけど、後から思うと、妻は僕に誰かいると知っていたんじゃないか、と」

 ようやくの再会

 妻がいなくなって、そろそろ一年が経つというころ、謙介さんは思い立って、日奈子さんにメールを出してみた。メールは届かなかった。アドレスも変えたらしい。そこで初めて、彼は日奈子さんを傷つけてしまったことを悟った。

「もしかしたら、彼女は自分のせいで、僕の妻が病気になったというように考えたかもしれない。付き合っていたころ一度だけ、僕が冗談で『こんなことをしていたら天罰が下るかも』と言ったことがあるんです。そうしたら彼女、やけに真面目な顔で『天罰が下るなら、私だけにしてほしい』と呟いた。

そのことを急に思い出して、彼女は自分を責めているに違いない、と。四年も付き合っていたのに、あんな別れ方はなかったということも初めて思いが至った。オレはふたりの女性を不幸にした。どうしたらいいのかわからなくなりました」

 ここで日奈子さんを探したところで、妻が亡くなったから、また付き合おうという気持ちになったと受け取られるだろう。それは彼女のプライドをさらに傷つけることになる。いや、彼女は優しいからわかってくれるんじゃないか。謙介さんの心は千々に乱れた。

 さらに現実的なことも考えた。妻のいなくなった穴は大きく、上の娘は大学受験に失敗して浪人していた。翌年はふたりとも受験だ。自分が支えになってやらなければいけない。たとえ日奈子さんとの関係が復活したとしても、会う時間はままならいだろう。

やはりこのままにしておくしかないのかもしれない。それでも一言、日奈子さんに謝りたいという思いは強かった。逃げるように別れたと思われたくなかった。

「それも結局、自分が悪くみられたくなかっただけかもしれない。あるいは、怒涛のような日々が過ぎて、やはり日奈子を必要としていることに気づいたのか‥‥。いや、それは虫が良すぎますよね。でも、妻の病気を知ってからは、

本当にすさまじい日々だったんです、精神的にぎりぎりだった。たぶん、子供たちも妻自身も、ぎりぎりのところでなんとか家族としての形を作っておきたかったんだと思う。誰もが必死でした」

 落ち着いて、ふと思い出したのが日奈子さんだった。それから日奈子さんを貶めることになるのか、妻を冒?することになるのか、謙介さんはわからなかったという。

「一周忌を終えて二、三ヶ月くらい経ったころかな。日奈子からメールが来ました。『お元気でしょうか』と一言だけ。彼女は僕の動向を把握していたんでしょうね。ちょうど一周忌が終わった時期だと。子供たちもふたりでなんとか大学に滑り込んで、僕もようやく落ち着いた時期でした。

それでも、なかなか返信する勇気が出なかった。やっと返信したのは半年も経ってからでした。いろいろ文面を考えたのに、結局、シンプルに『日奈子はどうしている?』としか返せなかった。呼び捨てにしたことで、暗に、あの時点からやり直したいという気持ちを込めたつもりでした」

 日奈子さんも悩んだのではないだろうか。返事が帰ってきたのは一ヶ月後だったという。
 妻が亡くなって二年ほど経ち、謙介さんは日奈子さんとようやく再開を果たした。日奈子さんは彼を責めはしなかったが「あなたがつらいときに、私は必要ない存在だった分かって絶望的になった」と言った。

それは違うと、謙介さんは思った。妻に顔向けできない関係であったのは事実。その妻の命の炎が消えかかっているときに、日奈子さんに頼るなどということはできるわけがない。どちらの女性にも失礼になるからだ。

だが、それは言えなかった。結局、日奈子さんより妻の方が大事だったと思われるだけだから。本当はもう少し複雑な、夫としての責任感や子供に対する矜持などもあるのだが、何を言っても立場の違う日奈子さんに分かってもらえる自信はなかった。

「一度だけ再会して話して、それからまた連絡が途絶えたんです。やはり日奈子を縛るだけのエネルギーはもうなかったし、彼女に悪いという気がしてならなくて。それなのに、つい三ヶ月ほど前、子供たちと行った温泉で、女友達と来ている彼女にばったり会ってしまった。

メールのやり取りは復活しているんですが、お互い会う勇気が出ない状態です。本当は僕も彼女も、また近づきたいと思っているのかもしれない。そろそろ本音でぶつかっていく時期かなと思っていますが‥‥」

 あんなふうに妻を失った傷は、まだ癒えていない。それでも先を見る気持ちが出てきた。だが、先を見ようとすると、どこか妻への罪悪感が甦る。謙介さんの惑いは、まだしばらく続きそうだ。
 つづく 第五章 新しい家族を作れるか

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