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第二章「家庭」はどこにあるのか

本表紙

単身赴任の果てに

「もうじき五十歳になりますが、最近、ようやく人の気持ちとか、生きていく意味が解ったような気がしますよ」
 丁寧にコーヒーを淹れながら、清水正隆さん(四十九歳)は少しだけ照れたようにそう言った。

 正隆さんの人生は起伏に満ちている。大学卒業後、とある有名メーカーの営業職についた。
営業が向いていたらしく、三十歳目前にして課長になるほど出世街道にも乗った。私生活では大学時代の同級生と二十四歳で結婚。ふたりの男の子と一人の女の子に恵まれた。

「三十五歳のときだったかな、新しく立ち上げた九州の営業所長に抜擢されたんです。私は東京郊外に住んでいたし、子供たちの学校のことを考えると単身赴任しかなかった。妻も『何も心配しなくていいから、精一杯仕事をしてきて』と快く送り出してくれたんです。

あのころは、家庭より仕事でした。家庭は妻に任せきりだった。だけど自分は仕事をしていくことが家族のためになると信じていたんですよ」

 典型的な「会社人間」だった。それでも、最初は月に二回は自宅に帰っていたが、仕事が軌道に乗るにつれ、帰宅が月に一回になり、二ヶ月に一回なっていった。帰りたくなかったわけではない。本当に仕事が厳しかったのだと、正隆さんは言う。

「一年くらいは成果が出せなかった。二年目くらいからようやく目標に近づけるようになってきて。もともと三年の約束だったんですが、三年目なると逆に楽しくなって。会社の要請もあり、単身赴任はあと二年、延長されることになったんです」

 三年目からは、二ヶ月に一回休みを取って、四日間くらいは自宅に戻っていた。だが、帰るたびに、居場所がなくなっていくのも感じたという。

「どちらが悪いわけでもないんでしょうけど、あのころはまだメールがなかったし、毎日、帰りが遅いから電話もできない。ときどき会社からファクスを送ってましたが、自宅では母親と子供たちの生活が定着して行ったんでしょう。

私がいなくても、四人仲良く元気やっている。私が入ることで、むしろ家庭の雰囲気がいつもと違ってしまう。それを私自身、いちばん感じていました」

 正隆さんは帰ると、当然のように妻を求めた。だが、いつも長いインターバルがあっての性生活だから、お互い盛り上がらないまま終わることが多くなっていく。そうなると、正隆さんも誘いづらくなる。妻からは求めてこない。険悪な雰囲気ではないのに、お互いのことが解らなくなっていった。日常を共にしていないから、話題もない。

「四年目は、お盆と年末年始以外、ほとんど帰りませんでした。このままではいけないと思っているのに、どうしたらいいのかわからない。当時は、仕事が忙しいからしかたがない、オレの事が心配なら、たまにはひとりで様子を見に来たらどうなんだ、と妻に対しても、どこか怒りをもっていた。ただ、今になると、結局、私は仕事にかまけて家庭をないがしろにしたんだと素直に思います」

 九州でつき合っていた女性がいなかったわけではない。だが、ほとんど水商売の女性だ、相手も大人だったから、お互い単身赴任の間だけという暗黙の了解があった。

 五年目、連絡もせずに平日、休暇を取って、ふいに家に帰ったことがある。玄関のチャイムを押すと、妻が出てきた。あら、と言ったきり、妻は黙っていた。玄関に女性ものの靴が数足、見えた。

「妻は子供の頃から茶道をやっていたんですが、そのころには近所の人にお茶を教えていたようです。私はそんなことも知らなかった。私は、妻にお土産の菓子折りを渡して、そのまま引き返しました。もう自宅に戻ることはないだろうという気がしました。あのとき、羽田から乗った飛行機の中で、私は九州に骨を埋めようかと考えました」

 絶望的な日々

 だが、四十歳のとき、正隆さん本社に呼び戻される。自宅に帰っていいか、と妻に尋ねると、「ここはあなたの家でしょう。遠慮する必要はないわ」と妻に言われる。しかし、実際の家庭生活はうまくいかなかった。当時、子供たちは十五歳、十三歳、十二歳。父親のいない時間は長すぎた。正隆さんも、どうやって子供たちと接したらいいのかわからなくなっていた。

 正隆さんは家を出て、会社の近くにアパートを借りた。

「家庭がどうなるのか、子供たちは父親の存在なしでずっと大きくなっていくのか。心配なことばかりでした。だけどこの時期、今度は会社でも憂鬱なことが起こり始めたんです」

 派閥争いだった。本社営業部長となっていた正隆さんも、その争いに巻き込まれる。結局、正隆さんは三年後に自ら会社を辞めた。

「何もかもイヤになってしまい。アパートに一人で籠っていましたね。妻に尋ねると、貯金はあるから、生活はしばらく何とかなるという。私は一ヶ月くらい、部屋からほとんど出ず、食事も一日一回くらいしかとらず鬱々としていました。

あれほどがんばって仕事をしてきたのに。結果として社内に居場所を失ってしまった。家庭にも居場所がない。自分は何をしてきたのか‥‥。大事だと思っていたものを全部失ってみると、もう何の気力も残っていなかったんです」

 何かを見つけなければいけない。生活費を得なくては生きていけない。ところが。また組織に入ってがんばる気には、どうしてもなれなかった。気持ちは焦るのに、身体は動かない。ただただ、虚しくてたまらなかった。

「一ヶ月ほど経って、少し外へ出ようと近所を散歩しているとき、感じのいい喫茶店があったんです。コーヒーの香りに惹かれて入ってみました。そのとき飲んだコーヒーが、本当においしくてね。身体と心に沁み込んでくるような感じだった。

私と同じ年配の女性がひとりでやっている店でした。たまたま客が少なかったこともあって、カウンターに座った私に『今日はお仕事、お休みなんですか』と話しかけてくれたんです。そこから一気に、自分の事を語ってしまいました。誰かに聞いてもらいたかったんでしょうね」

 ママさんはほとんど言葉を発せず、ただ黙って聞いてくれた。そして最後に一言、「大変だったんですね』と。その言葉に、正隆さんは目頭が潤んでくるのを感じたという。気持ちが弱っているとは、他人のなにげない優しい言葉が、意外なほど心にしみるともある。

「されから毎日のように、その店に通うようになりました。ママはご主人に死なれて、ふたりでやっていた店をひとりで切り盛りしてきたそうです。息子ももう成人して、今はひとり暮らしだと言っていました。ほどなく、私はママの家に転がり込んでしまったんです」

 それでも、自宅の事は気になっていた。店のママである洋子さんも、自宅に戻って、きちんと話をしてきなさいと助言してくれた。

「会社を辞めてから半年後、ようやく自宅に行きました。それで妻と話し合ったんです。いつから気持ちがすれ違ってしまったのか、過去に遡っていろいろ話しましたら、妻は妻ですごく苦労したことがわった。子供が病気なったときも、私には言わずにひとりでがんばった。学校で子どもがいじめられていた時期も、ひとりで学校に乗り込んで解決していた。

『あなたに心配をかけたくなかったから』と妻は号泣していました。もっと家庭の事を知らせてほしかったと思ったけど、知らせてくれても、確かに当時の私としては対処のしようがなかった。オレが悪かったというしかありませんでした。その日、久々に妻を抱きました。お互いに気持ちを行き交ったせいか、すごく燃えましたね」

 離婚しないまま、新たな人生へ

 この日から、また新たな苦しみが正隆さんを襲う。妻は、家に戻ってこれからまた家族でやり直そうと言ってくれた。子供達はどこかよそよそしかったか、それでも血のつながった親子だ。

一緒に生活していくことで、新たな絆が結べるはずだ、正隆さんも家庭に戻りたい思いに駆られた。だが一方で、数ヶ月、面倒をみてもらった洋子さんの存在も重くなっていた。仕事を始めなくてはいけない。

「自分が男として、本当に不甲斐ないと思いました。決められないんです。翌日、仕事探しに行くと言って、洋子の所へ行きました。全部話すと、洋子は『家庭に戻るのがいちばんいい』と言ってくれた。だけどそうなると、今度は洋子がかわいそうでね。彼女と暮らした数ヶ月間、彼女は本当に献身的に尽くしてくれた。

『これが最後の恋だわ』と言ったこともある。そのときは私も、洋子と生きていこうと思ったんです。久々の恋愛にときめいてもいた。家庭科恋愛か。その日は、店が終わってから洋子を抱こうとしたら、拒絶されたんです。

家庭に戻れって。だけど私は彼女を抱きたかった。力ずくで奪いました。彼女は泣きながら、『別れたくない』と本音を洩らした。とにかくまず仕事を決めよう。その後の事はそれから決めよう、と決心しました」

 組織に入りたくないと思ったが、糧を得るためには仕方がなかった。正隆さんは伝手を頼って、仕事を探し始める。幸い、営業で鳴らした彼を欲しがってくれる企業はいくつかあった。

「自宅と洋子のところを行き来していましたね、当時は。洋子のところに泊まるときは、『仕事の件で先輩に会って、遅くなってからカプセルホテルに泊まる』と妻に携帯電話でメールを送ったりしていました。そんな時、洋子が倒れたんです。店に行くと、しばらく休業するという張り紙があって。

慌てて彼女の言うに行くと、たまたま、息子さんが戻ってきていました。入院のための着替えなどを取りに来ていたんです。どうやら私の事は聞いていたようでした。すぐに見舞いに行きました。ただの過労だったらしく、心配はなかったんですが、そのとき、私は彼女の店を一緒にやっていこうと思ったのです。

店はけっこうはやっていました。立地条件もいいし、やり方によっては、もっとお客さんを集めることもできるはず。彼女はケーキやクッキーなどを出していたんだけど、時間がなくて作れないと言っていたこともあったから、私が店に出れば、彼女のやりたいこともできるんじゃないか、と」

 洋子さんはそれを聞いて、渋ったという。やはり正隆さんの家庭の事を心配したのだろう。
 正隆さんは腹をくくった。妻とは一応の和解をみてはいたが、実際にはやはり長いブランクが邪魔をして、しっくりこなかった。妻も薄々、そう思っているらしいことはわった。洋さんの息子も、ふたりが一緒に暮らすことを理解してくれている。
 妻にもすべて話した。

「そのとき、妻が言ったのですよ。『いつまでたっても、ここはあなたの家だから、帰りたくなったらいつでも帰って来ていいのよ』と。一緒に暮らすとうまくいかない。だけど、妻は妻で、私を思いやってくれている。私も妻には、いろいろ恩を感じているし、縁は切れないんだなと思いましたね」

 正隆さんが家を出て、洋子さんと店を始めて三年が経つ。洋子さんは自分でケーキを焼き、午後には毎日、そのケーキ目当て客が集う。正隆さん朝早くから。モーニングセットを出す。コーヒーについても、豆の選定から焙煎まで、必死に独学で勉強した。今は、正隆さんの淹れるコーヒーにも人気がある。

「たまに、うちの子供たちがコーヒーを飲みに来てくれるんですよ」
 いろいろわだかまりもあった家族だったが、子供たち全員、成人した。上はもうじき二十五歳になる。

「子供たちにはすまないと思っています。こんなしょうもない親父をもって、子供たちは不幸だと思う・だけど、三人ともきちんと自分の道を見つけてくれた。それは妻がきちんと育ててくれたから。妻には心から感謝しています。実は、妻も見せに来たことがあるんですよ」

 そのとき、妻と洋子さんは顔を合わせた。妻は、洋子さんに「よろしくお願いします」と頭を下げた。それを見ていた正隆さんは、妻が母で、洋子さんが恋人だと感じたという。

「できた妻ですよね。誰もがそう感じると思う。だけど、私は別の思いがありました。妻はすでに私を男と見ていなかったんだということ。夫を洋子に取られたというような感情はなかったんじゃないかなと思うんです。洋子に言わせる、妻は女のプライドを保ったんだということになりますが。妻の本当の気持ちは分かりません」

 今も、離婚はしていない。洋子さんが望んでいるせいもあるが、妻からも離婚は請求されていない。正隆さんは、自分の給料からささやかながら、生活費を送っている。妻は、今では少し手広く茶道を教えているようだから、何とか生活は成り立っている。年金が出るようになったら、それも妻に半分、渡すつもりでいる。

「なんだかね、人生、人の倍生きているような気持になることもありますよ。二十年、家庭を犠牲にして必死で働いて、あっけなく仕事を失って、家庭もなくして。洋子に拾ってもらえなかったらどうなっていただろう思うことがある。あの当時は、生きていく気力を失っていましたからね」

 ただ、ときどき、これでよかったのかと思うこともある、と正隆さんは小声で言った。
「離婚せず、他の女性と暮らしている自分が、とてつもなく卑怯な男だと思うことがあるんです。妻と洋子、二人がしっかりしている大人だから、私はこんな生活をすることができているだけ。会社で仕事をしている時は、自分にはできないことはないみたいな気持ちがありましたけど、今は、自分なんてたいしたヤツじゃないと思いますよ」

 そんな正隆さんに、人生相談を持ち掛ける若いサラリーマンも少なくない。誰の悩みも、正隆さんは真剣に聞く。生きていくことは、それだけでも大変なことなんだと、今の正隆さんは実感していると真顔で言った。

 恋に落ちて、地獄を見た

 偶然が「運命」に変わるとき

 長い間、婚外恋愛をしている男女に話を聞いているが、男の場合、婚外恋愛に走る年齢で一番多いのは、三十代後半と五十代だという実感がある。単なる浮気でなく、本気の恋愛だ。

 なぜそんな年代に多いのか。三十代後半は、家庭も落ち着き、ある程度、会社での自分のポジションも見えてくる時期だ。生活は安定しているが、刺激が欲しくなってくる。

「男として、まだイケてるかどうか」を知りたいと思う心の隙に故意が忍び寄る。あるいは、家庭がうまくいっていない場合、心惹かれる人に巡り会って「結婚を早まった」と思うのもこの年代。

 そして、もっとも危険なのが五十代になってからの恋愛だ。しかも、それまで真面目に生きてきた人ほど、はまってしまいがちだ。東京近郊に住む、梶本俊也さん(五十四歳)も、五十歳を超えてから、始めて「身も心もどっぷり浸かる」恋愛を経験し、あげくに地獄を見た。

「私が彼女に出会ったのは、五十歳になったときでした。結婚して二十三年、子供はふたりとも大学生なり、同い年の妻は更年期で具合が悪い言いつつ、パートでお金を貯めては、友達と食事だ旅行だと楽しんでいる。私はその頃、社内の派閥争いに巻き込まれていました。特に出世する気もなかったのに、ひょんなことから‥・‥」

 そんなとき、上司である役員とピアノバーに行った。懐かしい映画『カサブランカ』の主題曲が流れ、ふと、女性ピアニストと目が合った。『カサブランカ』には、独身時代の甘くてほろ苦い思い出があった。

「役員が途中で帰ったので、私は彼女にもう一度、あの曲を弾いてほしいと頼みました。そして弾き終わった彼女を呼んで、一杯、奢ったんです。映画の話ですっかり盛り上がりましたね、楽しくて、日頃の憂さも忘れました。それから、ときどき、ひとりで、そのピアノバー行くようになったんです」

 何度目かで、彼女の名前が「ゆかり」だということを知った。偶然だったが、彼の「カサブランカ」の相手も、「ゆかり」だった。偶然というものは、人に「運命」を感じさせることがある。

「彼女は四十五歳、バツイチで独身でした。それで、思い切ってデートに誘ったんです。彼女は黒目がちの目を伏せながら、『奥さんのある方とつきあって、もし好きになってしまったら、傷つくのは私。それが怖いんです』と言いました。過去に、そんな経験があったのかもしれません。

女性にそう言われたら、男はかえって追いたくなります。『とりあえず食事に行こう』と強引に誘いました」

 恋に溺れて

 数日後、俊也さんは、都内で美味しいと評判のイタリアンレストランにいた。俊也さんは、とあるメーカーの部長職。特にリッチでもないが、女性に食事を誘うくらいの余裕はある。

「彼女はこれまでの人生を、いろいろ聞きました。夫の借金で苦労したこと、妊娠していたのに、夫の暴力が原因で流産してしまったこと、それ以来、男は信じられない、怖いと思っていたこと。

それなのに私の誘いに応じたのは、私が怖くなかったからだと目を潤ませながら言うんです。『あなたなら心を許せそうな気がして』と。そんなことを女性に言われたのは初めてで、私はすっかり彼女の虜(とりこ)になっていました」

 結婚してから他の女性に心を奪われたことはない。妻との仲は、「ごく普通」だが、恋などする気もなかった。家庭と仕事で精一杯だったせいもある。

「家庭を大事にしてきたつもりです。だけど五十歳の私は、少し人生に疲れてきていた。家庭でも、子供が小さいころに比べれば必要とされなくなっていたし、会社には失望していたし。

男としても、このままで終わっていいのかという思いがあった。もう一花咲かせたいような‥‥。だから恋をしたというわけではなかったけど、何かを見つけたいという漠然とした気持ちはあったような気がするんです」

 食事の後、ふたりはごく自然にホテルに行った。俊也さんは、内心、どきどきしながら、ゆかりさんを優しくエスコートした。

「早く脱がせたいのに、じっと抱きしめて優しくキスして‥‥。がつがつしていると思われたくなかった。身体を求めているわけじゃなくて、彼女のすべてが欲しくなった結果としての行為だと、彼女にも言いました。前戯も時間をかけました。彼女がリラックスできるように、ゆっくり丁寧に愛撫した」

「来て」と彼女が言ったとき、俊也さんの下半身ははちきれそうになっていたという。そんな感覚は久しぶりだった。

「ひとつになったとき、包まれるような安心感があった。彼女を大事にしよう、できる限りことはしようと心に決めましたね」

 恋に落ちた瞬間だった。ふたりで一緒に昇りつめたあと、彼女が「うれしい」と呟く。その一言に、彼は心が震えたという。男として求められていることが、自分を強くするような気がした。

 それからは、週に一度くらい会うようになった。彼女は母親とふたり暮らしだというので、食事の後はいつもホテルへ。経済的には辛かったが、同僚との飲み会を減らして、デート代に回した。どんどん彼女にのめり込んでいった。

彼女の誕生日には、社内貯金を下してダイヤの指輪を買った。ゆかりさんは、目に涙をためて喜んでくれた。その表情を見るだけで、心が温かく満ちていく。

 離婚さえ考えた。今は無理だとしても、子供がたちが二人とも就職し、ある程度の生活費を保証すれば、妻も別れてくれるのではないか。ゆかりさんにもその話をしたが、彼女は「無理しないで。私はこのままで幸せ」と言う。さらに離婚願望がふくらんでいった。妻は自分に男としての関心を抱いていない。決して会話がないわけではないが、すでにセックスレスになって久しい。 

ある日突然、男が現れて‥‥。

 俊也さんとゆかりさんの蜜月が、一年ほど続いたある日のことだった、仕事をしていると、面会者が来ていると受付から連絡があった。アポイントはない。ただ、「来訪された方が、重要な話だとおしゃっています」と受付に言われ、俊也さん胸騒ぎを覚える。ロビーに下りていくと、びしっとスーツを着込んだ、だが目つきが良くない男が俊也さんの前に立った。

「ゆかりのことで話がある」
 胸騒ぎはあたってしまった。俊也さんは近所の喫茶店に男を案内する。男はどうやら、ゆかりさんの恋人らしい。

「恋人というかヒモというか…。彼の言い分としては、最近、ゆかりの様子がおかしい、と。問い詰めると、私の名前を白状したというんですね。要はゆすりみたいなものです。『オレの女を取ったからには、落とし前をつけてもらおうか』という内容でした。

金をゆすられているとわかったときは、膝ががくがく、心臓はばくばくという状態。あんないい女に、こんな男がいたなんて、とショックでもあったし‥‥。とりあえず、後日、ゆっくり話そうということで、その日は帰ってもらいました。するとすぐ彼女から電話がかかって来て、『ごめんなさい、ヘンな男が行ったでしょうぅ』と。

その夜、彼女が働くピアノバーへ行きました。演奏の合間に彼女と話したんです。彼女は泣きながら、ひたすら謝るだけ。男がいるのに、母親と同居だと嘘をついていたと認めました。だけど、『あんな男とは別れたいの。だけどなかなか別れてくれない。逃げてもどこまでも追ってくる。あなたといるときだけが、本当の自分でいられるの』

とさめざめ泣くんですよ。それ以上、責めることはできなかった」

 なんだか怪しい話ではある。だが、恋に夢中だった俊也さんは、その時点では何も疑っていなかった。むしろ、横暴な男と彼女を別れさせなくてはいけないと義侠心が沸き起こった。

「彼と二人で会いました。彼女は自分が幸せにする。だから身を引けと言ってやったんです。彼は『ふざけるな。どうなってもいいんだな』と捨て台詞を残して去っていった。されから一か月くらいは何事もなかったので、すっかり彼が手を引いたと思っていたんです。すると一ヶ月後、会社に私が人妻を寝取っているという怪文書が回ってきました」

 当然、会社に知れ、彼は上司に事情を聞かれる。男は「次はあんたの奥さんにばらしてやる」と脅迫電話をかけてきた。ある日突然、地獄に突き落とされたも同然だった。

「目の前が真っ暗になりました。同時に彼女がどうしているか気になって、バーに行くと、彼女はケガをして休んでいるという。男に暴力を振るわれたんだろうとピンと来ました。だけど私は彼女の家も知らない。

携帯もつながらないし、へたにメールなどして男に見つかったら、彼女がどんな目に遭わされるかと思うと、メールも送れない。悶々としていました」

 会社では、その一件もからんで派閥争いが激化していく。彼自身、会社の信用を失墜させたということで、部署異動の対象になっているようだった。

「だけど私は、彼女への心配の方が大きかった。毎日電話しました。二週間くらいしてからかな、ようやく電話が通じたんです。彼女は泣いていました。『あなたに迷惑をかけた。もう会えない』と。だけど無理やり説得して、会うことにしたんです。

もう彼女なしの生活には耐えられなかった。会社にばれようが妻に知られようと、とにかく彼女さえいればいいと思った。彼女は待つ合わせ場所に帽子をかぶって現れました。帽子など見たことがなかったのでどうしたのかと聞くと、『彼に五分刈りにされた』と。かわいそうでたまりませんでしたね」

 久々に彼女を抱いた。五分刈りの彼女は、彼の腕の中で震えていた。彼は男と対決する決意を固める。

「だけど話し合いが成立するような男じゃないですよね。逆に訴えると脅され、実際に妻宛てに、私と彼女がホテルに入る写真まで送りつけてきた。妻は怒り心頭に発して、『今すぐに別れて。でないと離婚よ』とさけびまくるし、大変でした。それで初めて、私は目が覚めたんです。

男から『もう二度と脅さない』と一筆とり、こっちはこっちで『もう二度と彼女に会わない』と念書を書いて、百万円払ってケリをつけました」

 断腸の思いだったが、何もかも失ったあげく、あの男に命まで狙われるのは、やはり怖かった。そのくらいしかねない男に見えたから。社内では、上司から厳しく??責されただけで、異動は免れた。ゆかりさんも、その後、ピアノバーを辞めている。

 騙されたと思いたくない

「ところが半年後、たまたま所用で言った取引先の近くで、ゆかりとばったり会ったんです。彼女は立ち尽くしていました。私も彼女の姿を見ると、また愛しさがこみあげてきて。とにかくお茶でも、ということになったんです」

 お茶を飲みながら話をすると、彼女は例の男とは切れたという。男は百万を持って去って行ったとか。あなたには悪いことをしたけれど、結果的に別れられたのはあなたのおかげだったと、ゆかりさんは目を潤ませた。

 自分でも、憑きものが落ちたように濃いから目が覚めたと思っていたが、気づいたら、再度、恋に落ちていた。数日後、ふたりはホテルにいた。今度こそ、離婚を視野に入れて、彼女と一緒になろうと、俊也さんは考えていた。

 三ヶ月ほど経ったある日の昼間、妻から携帯に電話がかかってきた。
「怖い男が家に乗り込んできて、あなたがまた例の女と付き合っている、と。ナイフを突き付けられて脅されて、貯金を下して三百万円、払ってしまった、と。警察に訴える、と言うのでとりあえずすぐ帰ることにしたんです」

 会社を早退して帰宅すると、妻ががくがくと身体中を震わせて、毛布にくるまってリビングのソファに丸まっていた。

「申し訳ない、と謝るしかなかった。妻は震える声で、『ねえ、何かヘンよ。彼女もグルなんじゃないかしら』と言い出したんです。私は思わずカッとしました。亭主の浮気が面白くないのはわるけど、彼女の悪口は許せなかった。だけど妻は静かに、「冷静に考えて。今回だって、彼女は実はあの男と別れていなかったということでしょ。ふたりであなたを騙してるんじゃないの」って。

それは男がしつこくて別れられなかったというだけの事だろうと思いましたが、妻の言い分にも理がある気がした。妻の前で、彼女の携帯に電話しました。彼女、また泣いているんです。『グルなのか』私は尋ねました。一瞬、息を呑む気配があったのですが、そのまま電話は切れてしまった。そしてその後、二度と電話がつながることはなかったんです」

 警察に行くかどうするか、夫婦は何度も話し合った。ただ、訴えれば当然、再度、俊也さんが浮気していたことが会社にも知れてしまうだろう。今度は許されないかもしれない。新聞にでも出れば、社名も自ずと明らかになる。

「もし、次に何かあったら、警察に行くということにしたらどうかしら、と妻が言い出したんです。脅されていながら、あの度胸はすごいなと思いましたね。二度にわたる私の裏切りには、しばらく時間が経ってから、相当怒りを覚えたようですけれど。そのときは生活を守ることしか考えられなかったんでしょうね」

 結局、警察には行かず、ゆかりさんともそれきりになった。やはり騙されたというのが、結果としては正しいようだ。時間が経った今になってようやく、俊也さんは「なんてバカなことをしたんだろう」と考えるようになった。

「恋に溺れて。結局、四百万円も失ってしまった。もちろん、妻とはどこかぎくしゃくしていますよ、今も。また襲われるかもしれないという不安があったころは妻も私を頼ってくれたけど、もう大丈夫だと思った頃から、冷たくなりました。身から出た錆ですけど」

 自嘲的に、俊也さんはそう言った。五十代にして初めて落ちた本当の恋。そう思っていたのに、責めてそう思わせてほしかったのに、という思いもあるだろう。

「彼女が最初から騙すつもりだったかどうかはわからない。だけど、あの優しい囁きも、セックスのときに洩らした歓喜のため息も、すべてが嘘だとは思えない。思いたくない。そんな気持ちは確かにありますね」

 あくまで、本気の「恋愛」

 くすぶっている妻への不満

「三十代後半に、結婚してから初めて、外で恋愛しました。それからも、ときどき心惹かれる女性はいて、それなりに付き合ってきましたけど、本気になったのは、今の彼女が初めて。

ただ、つきあった八か月、最近、彼女が少し引き気味になっている気がするんです。僕が本気で相手にぶつかっているから、向向こうには重荷になっているのかもしれません」

 四十八歳。アパレル関係の会社役員である仲本祐一郎さんは、中肉中背だが、引き締まった身体で、スーツが良く似合う。「年齢に逆らうために」週に二度はスポーツジムに通っている。

彼は、会うなり、ここ十年ほどの「恋愛」をさらりと語った。その後、自分の場合は不倫ではなく、あくまでも恋愛だと強調する。

 結婚して二十年経つが、二歳下の妻との関係は「どんどん変化している」と少し苛立ったように言った。

「人間って変わるんですよね。結婚する時点で、確かに僕は彼女と、いい家庭を作っていこうと思っていた。ただ、ひとり息子ができて、妻が子供を偏愛するようになったんです。男の子なんだから、元気に育ってくれればいいと思っていたけど、妻は過干渉で、子供が歩く前を全部きれいにするタイプ。

これじゃ子供によくないと思ったから、僕は必死で子供を外に連れ出して、スポーツをさせたり男同士で釣りに行ったりしました。妻は『危ないことはさせないで』とよく泣いていましたけどね」

 真剣に離婚を考えたこともある。いっそ父子ふたりだけの生活の方が、まだ子供への悪影響は少ないのではないか、と。ただ、どうしても離婚に踏み切れなかった。仕事が忙しく、

自分の息子の日常生活のめんどうを見てやれる自信がなかった。「離婚経験者」というレッテルを周りから貼られるのも怖かった。

「息子は今、大学生です。母親の過干渉をすり抜けて、なんとか明るく元気な子に育ってくれました。今でも妻は干渉したがりますが、息子は『はいはい、わかったよ』と言いながら、母親の言いなりにならず、自分がやりたいようにやっています。それだけが救いですね」

 そんな夫婦関係だから、すでに十年近く、セックスの関係は途絶えたままだ。その前も、酔って帰って「つい」というときにしかしなかったというから、妻としては寂しかったのではないだろうか。

「妻の言うことは、いつも正論なんですよ。ちょうど十年ほど前の一時期、僕が社内での立場を悪くしたことがあった。部内左遷みたいなことになってしまってね。仕事でミスしたわけじゃないんです。

人間関係がこじれたんですね。僕は不器用で、どうしても上司のせこい仕事のやり方が許せなかった。人を出し抜いたり、競争相手を貶めたりして仕事をしていくことは、僕にはできない。

妻に、ちらっとその話をしたら、『もっとうまく立ち回れば早く出世できるのに』と言う。それができれば、そんな状況にはならないわけですからね。夫の味方もできないのか、とがっかりしました。あのときからかな、妻にまったく本音を見せなくなったのは」

 同時に、外に女性を求めるようになった。自分を分かって欲しい、誰かに受け止めてほしい。そんな気持ちがあったような気がすると、祐一郎さんは言う。

 だが、知り合って付き合うようになった女性とは、ほとんど一年ほどで終焉を迎えてしまう。自分では本気のつもりだったが、今思えば、寂しさから女性の温もりを求めていただけかもしれないと、彼は振り返る。

 暗黙了解でホテルへ

 今、つきあっている遼子さんは、四十歳になったばかり。二十代で離婚し、ひとり娘を女手ひとつで育ててきた女性だ。

「彼女も同じ業界で働いていて、業界のパーティーで出会ったんです。たまたま隣にいたので、名刺交換をしたんですが、最初から好感を抱きました。そういう場で会ったら、まずは仕事関係の話をするでしょう? ところが彼女が真っ先に言ったのは、『いちばん好きな映画は何です。

一瞬、迷いましたね、女性に聞かれたら悩みますよ。どう答えてたら、好感度が上がるかと考えてしまいますから。だけど、彼女は目をきらきらさせて、ストレートに聞いたから、僕も思わず『十二人の怒れる男』と本音で答えました」

 この映画は一九五〇年代の古いアメリカ映画。裁判の陪審員たちを描いた、密室劇の金字塔とも言われているが、確かに「いちばん好きな映画」として挙げるには、地味かも知れない。

だが、不器用で、うまく立ちまわれないタイプの祐一郎さんの口からその映画のタイトルが出ると、「なるほど」と思わず頷いてしまう。

「そうなんです。彼女も『へえ〜』と言いながら微笑んでいました。あとから聞いたら、『なんとなく、あなたらしいなと思った』って。彼女は映画が大好きなので、出会って好感を抱いた人には、たいてい同じ質問をするようです。でも、みんなもうちょっとかっこいい映画を挙げるようですね、やはり」

 その日、祐一郎さんは、遼子さんと映画談議で盛り上がった。お互いに、自分の好きな映画を教え合い、私用パソコンと携帯のメールアドレスの交換をした。

「彼女がいちばん好きな映画は、『隣の女』というフランス映画だった。僕は見たことがなかったので、早速、レンタルビデオ店で借りて観ました。激しい恋愛映画でね、お互い家庭のある元恋人同士が、たまたま隣に引っ越してきてしまったところから映画が始まる。離れていても苦しい、一緒にいるのも辛い、というようなキャッチコピーが忘れられません」

 今度は一緒に映画でも、とお互いにメールで話すが、なかなかチャンスがない。彼女の方は、どこかで自分にブレーキをかけているような感じもする。しびれを切らした祐一郎さんは、彼女を食事に誘った。

「最初に会ってから三ヶ月近くたっていました。その間、メールのやり取りは頻繁にしていたんですが、会えなかった。ようやくあえて顔を見たとき、僕はこの人と一緒にいたいと痛切に感じました」

 ゆっくり食事をし、さらにバーで話が盛り上がった。このままホテルへ、というノリになっていた。大人同士なのだから、暗黙の了解が成立しているはずだった。

「ところが、そうはいかなかった。彼女には高校生になったばかりの娘がいる。いくら仕事関係の飲み会と言っても、深夜になると娘に怒られる、と言うんです。まあ、子供の教育上も確かによくないですよね、お母さんがそんな遅い時間に帰宅したのでは。ただ、別れ際に彼女が言ったんですよ。『今度はもう少し早い時間に』と。それで、次は、彼女が早く仕事を切り上げられる日に合わせて会うことにしました」

 そのデートが実現したのも、さらに一ヶ月後。そして、ふたりはようやくひとつになれた。
「あとから思ったんですが、そのころ、彼女は付き合っている人がいたんじゃないかなあ。だから、なかなか最初のデートが実現しなかったんじゃないでしょうか。

今になると、そんな気がしますね。でも、彼女とベッドに入ったときの感動は、忘れられません。彼女も大人だし、どんなセックスが好きなのか、自分なりの好みがあるはず、男って、不思議なもので、そういうとき、試されるような気持になるんですよ。

もし最初のセックスが失敗したら、見限られてしまうんじゃないか、ヘタな男だと思われたくないとか、いろいろ考えてぎこちなくなって‥‥。コトが終わった後、彼女が本気で『すごく感じた』と囁いてくれたときはほっとしました。

そういうのは、男のつまらないプライドかもしれませんけど、相手に対して本気度が高いほど、やはり性的なことも重要になる。特に僕の場合は、そう言う気持ちが強いような気がしますね」

 男も本気で恋愛すると、セックスと気持ちが切り離せなくなる。自分が気持ち良くなりたいというよりは、相手を感じさせてあげたいとい気持ちが強い、と祐一郎さんは言う。身体だけではなく、心をより満足させたい、と。

「そこから付き合いが始まって、八ヶ月ほどなります。ただ、だんだん彼女が辛くなってきているように見えるんです。僕は本気なんだけど、彼女にしてみると、『あなたは結局、帰る所があるのよね』ということになる。

彼女に対して妻の悪口を言うのは気が引けるから、詳しくは言いませんが、家庭が上手く言っているわけではないとは伝えてあります。それでも結局、彼女が言うように家に帰るわけですから、もちろん、僕がずるいんでしょうけど」

 日常と非日常を使い分けて

 妻とは、心が通うような会話があるわけではない。延々と続く日常があるだけだ。それでも、妻の作った料理を食べ、妻の洗った下着を身につける。もちろん、妻がその日にあったことを話すこともあるし、息子と三人で外へ食事に行くこともある。冷えた関係というよりは、どこか諦めも交じった淡々とした関係と言った方がいいのかもしれない。

 遼子さんからすれば、それは日々、積み重ねなっていく愛情の証に見えるのだろう。だからといって、遼子さん自身、離婚経験者だ。相手に離婚を迫るようなことはできないし、するつもりもないはずだと、彼は辛そうに話してくれた。

「妻はずっと専業主婦だったんです。結婚した時から、それは僕自身が望んだことだった。
今さら働けとも言えないし、慰謝料を渡して離婚、というのもあまりに情がなさすぎる。遼子が僕に離婚を迫ったことはないけど、最近になって『いてほしときに居ない。話したいときに離せない。わかっていたけど、それがだんだんつらくなっていく』と涙ぐんだりするんです。

ばりばり仕事をしている離婚経験者のある女性というと、すごく強いイメージがあったけど、この歳になって、そうではないんだ、そういう人ほど脆(もろ)いところがあるんだと初めて知りました。

彼女の気持ちが解るだけに、僕自身も、どうしたらいいのかわからなくなることがある。家庭がある男は、恋愛していけないんでしょうか。結婚しているのに好きな人ができてしまったら、必ず離婚しないと不実なヤツなんでしょうか。それをずっと考えているんですが、答えが出ない」

 もちろん、彼女も彼と別れたわけではない。だが、一緒にいるのは、彼女の日常のほんの一部、いつも外で会って、ホテルへ行く関係は、やはり『非日常』でしかない。

非日常だから恋愛は続いて行くのだが、彼女にしてみれば、彼との関係を日常にしたくなってきたのかもしれない。だから、辛いと思うようになったのではないだろうか」

 好きだからもっと会いたい、もっと一緒にいたいという気持ちは、年齢に関係ない。恋をすれば、大人も子供もない。分別を無くしても不思議じゃないのだ。もちろん、遼子さんは分別を失っていないが、彼を好きだからこそ、ときどき会っているだけでは満足しきれなくなっているのだろう。

 情は、捨てきれない

「一ヶ月前かな、妻に突然、『最近、元気がないみたいね』と言われたことがあったんです。ぎくっとしましたよ。見ていないようで、妻は見ている。本当に妻に対して、どうでもいいという気持ちでいるのなら、『まだオレのことを心配くらいはしてくれるんだな』と嫌味の一つの言いたいところですが、それほど妻を憎んでいるわけじゃない。

その一件で、自分が妻に対して抱いている気持ちも、はっきり分かりました。女としてどうこうとは思っていないけど、長年、一緒に暮らしてきた情みたいなものは、捨てきれないんですよ。好き嫌いではなくて、家族としての情愛でしょうね。

相性は決していいとは言えないけど、こっちが余計なことを言わなければ、家庭というのは適当にうまく回っていってしまうものなんですね」

 まじめで実直な祐一郎さんからすると、自分が築いてきた家庭を壊すことは、自分自身を否定することにもつながっていくのかもしれない。

 ただ、遼子さんは遼子さんで悩んでいる。ある日、娘に、「お母さん、最近なんだかきれいになった。恋をしているの?」と聞かれたそうだ。

「さすがに彼女は、そんなことあるわけないでしょと一笑に付したそうですが、今後も外で会っていると、どこで誰に見られるかわからない。彼女からの提案で、最近は、ホテルに直行ということも多くなりました。デパートなどで美味しい料理を買って持ち込むのです。

ただ、これはこれで、やはり寂しいというか虚しいというか。世間では認められない関係だから、こうやってこそこそ会わなければいけないのかな、と思うとね‥‥。婚外カップルって、みんなどうやって密会しているのかなと思います。わりと堂々と外で会って、堂々とホテルへ行くんですかね」

 もちろん、外で食事をしてからホテルという人たちもいるが、最近はホテルへ食べ物を持ち込んで、一緒に過ごすカップルも多いようだ。彼らは、同じ空間で、一緒にいるのということを最優先にしている。祐一郎さんにそう言うと、

「確かに、何が大事かと言うと、一緒に時間を過ごすことなんですようね。セックスだけじゃなく、じっくり話したり、何でもないバカ話をしたり。そう言うことが積み重なって、ふたりの歴史になっていく。そんな気がします。

デートそのものをイベント的に楽しむような年齢じゃないですからね。ただ、本当にそれで彼女はずっと満足してくれるのかが気になって。それに、別れ際の彼女のつらそうな顔を見るたびに、このままでいいのかという気持ちにもなっていく。

彼女を好きになればなるほど、つらくて苦しくてたまらなくなる。でも、きっと彼女の方がもっとつらいんですよね。好きなのに辛いなんて、おかしいと彼女は言うんです。僕もそう思いますが、どうしたらいいか解らない」

 片方が結婚していれば、一緒にいる時間には限りがあるのも当然だ。それを続けて行けるのかどうかは、ある意味ではふたりの関係にとっての試金石でもある。
 多くの男たちにとって、「離婚」のハードルは高い。

 すれ違いと、回り道と

 恩師の通夜で再会

 個人的には「運命」はあまり信じない。だが、そんな私でさえ、こと男女関係においては「これは運命の出会いだ」と舞い上がったことがある。いくつもの偶然は、人の運命の恋の炎に飛び込ませることがあるようだ。

「僕と彼女の関係は、まさに運命としか言いようがないんです」
 松本秀俊さん(四十八歳)は苦しそうに顔を歪めた。結婚して十九年経つ、年下の妻との間には、高校生と中学生のふたりの娘がいる。命に代えても惜しくないほど愛しい宝だという。

「そんな大事な、しかも思春期の娘を持ちながら、僕はずっと恋愛を続けているんです」
 その相手である比佐美さんは、秀俊さんの高校の同級生。当時、サッカー部のキャプテンだった秀俊さんは、マネジャーの比佐美さんと付き合っていた。

「当時の高校生からのつき合いだから、かわいものです。せいぜい一緒に帰ったり、休みの日に映画を観に行くくらい。卒業式の日に初めてキスしました。お互いに緊張のあまり震えながらね」

 秀俊さんには一年浪人、比佐美さんは短大に進学した。それでもつき合いは続いていたが、立場の違いは齟齬を生む。結局、翌年、秀俊さんが大学に合格するころには疎遠になっていた。
大ゲンカしたわけでもなく、自然消滅という形でふたりの縁は切れた。

「僕が就職を考え始めたとき、たまたま高校時代の友達に会って、比佐美の就職した会社の事を聞いたんです。そこが偶然、僕が就職したいと考えている商社だった。社内の雰囲気などを聞きたいと思いました。

本来なら自分の大学のOBを訪問すればいいんだけど、内心は彼女に聞きたいなと思ったんでしょうね、だけどなかなか連絡をとる勇気が出なかったんです」

 そんなとき、高校時代のサッカー部の顧問だった恩師が急死。その通夜で、秀俊さんは比佐美さんに再会する。久しぶりに会う比佐美さんは、すっかり女らしくきれいになっていた。

「やっぱり僕は比佐美の事が好きだったんだ、忘れなかったんだと感じました。学生時代、それなりに付き合った女性はいたけど、比佐美への思いは消えなかった」

 通夜の帰り、ふたりきりで飲んだ。比佐美さんは快く、会社のことを話してくれた。よかったら自分の上司に合わせてあげるとまでいってくれた。

「その言葉に甘えて、彼女の上司に会わせてもらいました。比佐美ともそれからときどき会うようになったんです。だけど当時の僕にはやはり、もう一度付き合おうと言う勇気がなかった。

社会人になった彼女が大人に見えて気後れしてしまったのと、どうも恋人がいるんじゃないかと思えたから。彼女に近づくには、まずこちらも社会人にならなくては、とも考えていた」

 秀俊さんは、結局、比佐美さんとは別の会社に就職した。比佐美のほうが規模としては大きかったが、秀俊さんは自分を積極的に認めてくれた中堅商社を選んだ。

「そこでまた、細くつながっていた糸が切れました。三年後だったかな、僕が駐在で、南米に二年間、行くことが決まったんです。どうしても別れを言っておきたくて、彼女に連絡を取って会いました。そのとき、彼女から半年後に結婚すると聞かされたんです。

僕がぐずぐずしている間に、他の男に盗られてしまった。それが妙に腹立たしくて、『結婚しないでほしい。僕が帰ってきたら一緒になって欲しい』と一気に言いました。言葉を選んでいる余裕もなかった。

彼女は『もう遅いのよ』と目に涙をためて。『どうしてもっと早く言ってくれなかったの。どうしてうちの会社に就職しなかったの』と。彼女が初めて気持ちをぶっけてくれた瞬間でした」

 その日、秀俊さんと彼女は初めて結ばれた。彼女は婚約を破棄することを決意、秀俊さんの帰りを待つと約束してくれた。電話事情が悪かったにもかかわらず、秀俊さんは南米からたびたび比佐美さんに電話をかけた。比佐美さんからは週に二度は手紙が来た。

 結婚後、またも再会

 一年後、健康診断をかねて一時帰国することになった。ところがその二ヶ月ほど前から、比佐美さんと連絡が取れなくなる。電話をしても繋がらない。手が見も途絶えたまま。帰国すると、彼は焦って彼女の職場に電話をかけるが、なんと彼女は二ヵ月前に退職したという。

共通の友人たちを頼ってみたが、たれも彼女の行き先は知らない。自宅を訪ねてみると、一家で引っ越したらしいということしかわからなかった。
「何が起こったのか、まったくわからなかった。突然、彼女は僕の前から姿を消してしまったんです」

 二十八歳で駐在を終えて帰国。相変わらず比佐美さんとは連絡がとれない。傷心の秀俊さんは、当時、職場でサポートしてくれいた五歳年下の女性と、二十九歳で結婚した。妻は専業主婦として、秀俊さんを支える人生を選んだ。

「妻はとても素晴らしい女性です。ある意味で完璧。母親としてはそれでいいけれど、僕としてはどこか心を許し切れないところがあった。それは結婚してから気づいたんですけどね。男女問わず、どこか可愛げがあったり、ちょっと抜けているところがある人の方が心を開けるでしょう? 妻は真面目だから、いつも一生懸命すぎるんですよ。

僕がどんなに遅く帰っても、寝ないで待っていたしね、寝てくれたほうが、気が楽だと言ったけど、長女が生まれてからも、妻として頑張らなくちゃいけないと思っていたようです」

 妻として母として、完璧に頑張っているんだから、自分も夫として完璧を求められている気がする。と彼は言った。無言のプレッシャーにいつもさらされているような気分。妻に落ち度はない。関係が悪いわけではない。子供たちの母親として尊敬している。

それなのに、なぜか完全に自分をさらけ出すことはできない。ひょっとしたら、秀俊さんは、いつも心の中で、妻と比佐美さんを比べていたのかもしれない。

 結婚して二年が経ち、長女が生まれたころ、比佐美さんから突然、会社に連絡があった。
「不覚にも涙が出そうになりました。怒りより先に、生きていてくれたということに安心したし、うれしかった。実は彼女の父親は、小さな会社を経営していたんですが、不況で大きな額の借金を抱えて倒産してしまった。

ほとんど夜逃げ同然で引っ越したそうです。あんまりタチのよくないところから借金もあったようで、誰にも居場所を告げることが出来なかった、と。僕に言ったら迷惑をかけると思ったそうです。言ってくれれば何とかできたかもしれないのに」

 関係が復活した。比佐美さんは、彼が結婚して子供が生まれたことを聞いて、静かに泣いたという。
「あんな大粒の涙を見たのは初めてでした。ぼろぼろ泣いていた。『私が悪いのね』って。僕はそのとき、初めて自分の選択が間違っていたと実感しました。あんまりつらくて、

つい結婚してしまったけど、もっと彼女を探すべきだった。好きなら待つべきだったと思った。僕も泣きました。かといって、離婚するから一緒になろうと簡単には言えない。自分が選んでしまった責任がある」 

偶然が重なって縁はつながった

 比佐美さんは、そのころ働きながらひとり暮らしをしていた。秀俊さんは、週に一、二回は比佐美さんのアパートに寄った。秘かな関係は続いて行くと彼は確信していた。ところが二年後、比佐美さんは「やっぱりこういう関係には耐えられない。あなたの家族に申し訳ない」と、職場の同僚と結婚してしまう。

「結婚するなとは言えなかった。前の時とは状況が違う。自分が結婚している以上、彼女を束縛する権利はないとおもったんです。これからは友だちとして付き合って行こうと、お互いに約束しました。

だけど、実際に会うと、それ以上の関係をお互い求め合ってしまう。それでいつしか、連絡を取り合わなくなったんです。僕は彼女が幸せに暮らしているなら、それがいちばんいいと思っていました」

 その後、次女が生まれてすぐ、秀俊さんは再度、南米に駐在。今度は三年間、現地で仕事に邁進した。そして帰って来てしばらくたったころのことだ。職場近くの居酒屋の個室で、新入社員の歓迎会をしていた。トイレに立って戻ってくるとき、ばったり比佐美さんに会った。お互い驚きのあまり、声も出ずに立ち尽くしていたという。

「よほど縁があるんでしょうね。そうとしか思えなかった。やっぱり僕にとって比佐美は運命の女性だったんだと、そのとき頭の中で声が聞こえたような気がします。とにかく会社に連絡をくれと改めて名刺を渡しました。

そのとき、『幸せにやっているの?』と『ひと言と尋ねたら、彼女は左手の薬指を差し出しました。そこにはもう指輪はなかった』

 彼女は三年足らずで離婚していた。離婚直後、一度だけ秀俊さんの会社に電話したのだが、彼は駐在中。もう連絡をとるのはやめよう、お互いの人生をクロスさせてもしょせんは一緒になれないのだからと、比佐美さんは決意を固めたところだった。

「後日、ふたりで会って、そういう話を聞きました。何度別れても、最後は偶然という形で会ってしまう。やはり別れられないんだから、もう無理して別れるのは辞めようと言ったんです。

そのとき、僕らは三十六歳くらいだった。出会ってから、すでに二十年近く経っている。実際、恋人として付き合っていたのは、ほんの何年かですけど、僕の心の中には、消しても消しても彼女の存在があった。

何かがすれ違ってしまった。そのために一緒にはなれなかった。だけど、この先はわからない。僕は家族を捨てることはできない。それでもきみを失いたくない、とはっきり言いました。いつも僕の優柔不断な態度が彼女を悩ませてきた。だから、今回だけは、自分にできることとできないことと、希望を言って、彼女の意見を聞きたかったんです」

 比佐美さんは、自分も回り道をしていただけだったと恥ずかしそうに言った。彼女の中でも、彼の存在を消すことが出来なかったのだ。離婚したのも、結局は、夫を愛せなかったからだと正直に言った。

比佐美さんは結婚している期間、料理の専門学校に通って、調理師の免許を取得していた。短大で栄養士の資格を取っているうえ、もともと料理が大好きだから、離婚後は料理関係の仕事をしていると言った。

「ようやく自立した感じがする、と彼女は笑っていました。お父さんの借金問題なども片付いて、これからは自由に生きていくつもりだと。彼女は自宅の住所が書いてある名刺をくれました。それを見てまた驚いたんです。

僕が南米に行く前にマンションを買ったんですが、そのマンションと同じ沿線だった。駅で三つしか違わない。彼女も、そこは離婚後に引っ越したところだそうです。東京にはたくさんの鉄道がある。なのに、選んだのが沿線で一緒だなんて‥‥」

 自分のずるさを知りながら‥・‥

 以来、十年以上たつが、ふたりの関係は密かに続いている。お互い仕事が忙しくて、なかなか会えない時期があった。彼の妻が病気になったときは、彼女がセックスを拒んだこともある。

「家族の事も、彼女にはある程度、話しています。妻が脳腫瘍で手術をしたときは、彼女は部屋で料理を振る舞ってくれたけど、セックスだけは拒みましたね。『あなたの奥さんが苦しんでいるときに快楽を貪るようなことはしたくない』と。

実はうち次女が生まれてから、ほとんど年に一、二回しか関係がなかったんですが、それでも彼女は『それとこれとは別』と。妻が退院して元気になったとわかって、ようやくさせてくれた(笑)。彼女なりのけじめ何でしょう。

彼女自身が病気になったこともあります。四十歳になったとたんに過労で倒れて、三週間も入院した。女性がひとりで仕事をしてひり生きていくのは大変だと分かりました。

そのときは、彼女は思い切り甘えましたね、僕に。子供みたいに『プリンが食べたい』だの『アイスを買ってきて』だの。お互い甘えたり甘えられたりできる関係なんです」

 これほど長くひとりの女性と婚外恋愛を続けてきて、妻に疑われたことはないのだろうか。
「子供がふたりになってから、妻は少しだけ変わりました。さすがに寝ずに待つようなこともなくなった。僕は外泊しないから、多少、遅く帰っても、仕事のつき合いだと言えばすむ。

妻自身も、最近は趣味を始めて、娘たちにいろいろ作ってやっているようです。家族への罪悪感がないわけじゃない。でも、どうしょうもないんです」
 彼は、声を絞り出すようにそう言った。

 彼女とは一度たりとも、旅行さえしたことがない。本当はふたりで温泉でも行ってみたいと思っている。だが、彼の心のどこかで、羽目を外したら彼女との縁が切れるかもしれないという警告音が鳴っているという。

「僕は妻にばれて、揉め事になったあげく、彼女に会えなくなるのがいちばんつらい。とにかくもう彼女を失いたくないんです。じゃ離婚すればいい、というわけにはいかない。夫であり父親である責任と愛情、それと男としての彼女の愛情は別なんです」

 彼は自分のずるさを知っている。それでもあえて、どちらとも別れないという選択をした。
 彼女は、もう二度と他の人と結婚しないと言っているそうだ。好きな人、忘れられない人がいるのに、その気持ちを振り払うために他の人と結婚しても、決してうまくいかないことを身に持って知ったからだろう。

彼との関係を、百パーセントよしとしているわけではなくても、自分にとっての最良の選択はこれしかないという思いがあるのではないだろうか。

「結局、知り合って三十年以上が経過してしまいました。携帯電話を持つようになってから、彼女との関係はより安定しましたね。基本的にはいつでもメールで連絡をとれるから、安心です。どこまでもこの関係が続くのかなと思った時期もあるけど、今は一生続けていきたい、続けていけるんじゃないかと思っています」
 つづく 第三章 病気の妻と生き