
亀山早苗著
今さら夫とはむずかしい
あらゆる雑誌が「夫婦間のセックスレス」を取り上げるようになっている。それだけ根深い問題なのだろうし、悩んでいる人が多いとも言えるのだろう。
せっかく縁があって一緒になったのだから、そう簡単に離婚はしたくない。だが、長年、一緒に暮らして来てしまったからこそ、男女という感覚は取り戻しにくく、したがってセックスレスという問題も解決しにくい。
「うちもそうでした。どちらかというと、お互い最初から友達感覚が強かったし、子供が生まれてからは家族と言う意識が強くて、セックスは少しずつ間遠くなっていきましたね。私は女としての気持ちは忘れたわけではなかったけど、やはり『今さら、夫とするのはむずかしい』と思った時期もあります。夫の方も同じゃないでしょうか」
そう言うのは、橋本晶子さん(四十六歳)だ。晶子さんが、学生時代からつきあっていたひとつ年上の彼と結婚したのは二十六歳のとき。ふたりの子に恵まれ、昌子さん自身も食品メーカーでの仕事を続けてきた。今年、上の子は大学に、下の子は高校に入った。
「家事も育児も、夫とはかなり協力してやってきました。だけど今から四年前ほど前、私が他の男性に惹かれてしまったんです。あの時期は大変でした。まさに離婚の危機でしたね」
相手は同じ会社で働く人で四歳年下、彼も既婚者だった。昌子さんは、まさか自分が外で恋愛するなんて思ってもいなかったのだが、同じ部署に異動してきた彼と話しているうちに、「運命の人」だと思い込んでしまったのだという。
「どうして私たちは一緒になれなかったのか、出会うのが遅すぎた、とふたりで嘆きました。彼と出会って、半年くらいはお互い自重したんですが、一度抱き合ってしまったら、もう止められなかった。
うちもセックスなんて年に数回しかしていなかったし、彼の所もそうだったようです。しかも、身体の相性が本当に良かった。私、身体の変化に驚きましたよ。だって朝、会社に行って彼の顔を見るだけで濡れてきちゃうんです。そんなことがあるなんて、それまで知らなかった。
ふたりとも本当に盛りのついた獣みたいになって、週に何度もセックスしていました。時間がないときはランチも取らずに、昼休みにラブホテルへ行ってしまったこともあります。残業とはいって帰宅が遅くなることも多かったから、一年経たないうちに夫に疑われるようになりました」
不倫相手の退職
いっそ、離婚してしまえばラクになれる。そう思ったから、夫に問い詰められたときは自分から「好きな人ができた」と言った。子供を引き取って独身に戻れば、彼と会う時間ももっと取れる、と単純に考えてしまったのだという。
だが、夫は絶対に離婚はしないという。それだけでなく、彼とその妻を呼び出し、夫婦二組で話し合いを持つことに。当然、向こうの妻も涙ながらに、「別れたくはない」と言う。ふたりは、それぞれの配偶者に見つめられながら、「もうふたりきりであわない」と一筆書かざるをえなかった。
「それでも毎日、会社で顔を合わせるんだからむずかしですよね。すぐに元の木阿弥(もくあみ)です。ただ、前よりは慎重になって会う回数を減らしたりはしましたけど、それでも、週に一度は抱き合わないと気持ちがいらだってくる。
このままだとお互いの家庭だけでなく、社会生活も危ないかもしれないという危機感はありました。それでも彼と一緒にいたかった。なんだか何かに取り憑かれたような感じだったんです」
恋は魔物。まるで誰かに操られているかのように、ふたりはお互いの身体をつなげた。それだけが存在証明であるかのように。だが、その関係をすぐに見破ったのは、彼の妻だった。彼の妻は意を決したのか、会社の上司に真実を暴露する。上司が心ある人だったため、話をそれ以上広めず、ふたりだけを呼んで話を聞いてくれた。
「『ふたりとも家庭がある以上、私がこのまま見過ごすわけにはいかない。どちらかが異動するしかないんじゃないか』と上司は言いました。実はその時点で、私は企画課の課長、彼が係長という関係だったんです。
上司としては、当然、彼を他の部署へ行かせたい。だけど彼は移動してきてまだ二年足らずでしたから、再度、異動させるのもおかしい。そのあたりで悩んでいたようです。すると彼が突然、言ったのです。『私が辞表を出します』と。私のせいで彼を辞めさせるわけにはいかなかい、と今度は私が焦ってしまって。
その日、彼と話したら、『もうこれ以上は無理だ。本当は家も会社も放り出して一緒になりたかったけど、それがお互いの幸せにつながるかどうか自信がない』と泣いていました。
男の人でもこうやって泣くんだと、つい見つめてしまうくらい、せつない泣き方でした。声を押し殺してはいるけど、涙が滝のように凄い勢いで流れ出て‥‥。それを見て私もようやく冷静になったんです」
彼は翌日、辞表を提出、実家の商売を継ぐと言って。残務整理をし、二ヶ月後には家族ぐるみで東京から去って行った。
事態は一件落着したが昌子さんの精神状態はそうはいかない。彼を失った欠落感、あれほど愛したのに実らなかった虚脱感が心身を支配した。
「彼に会いたいという気持ちが募って募って、自分を止められなくなっていったんです。だけど彼の実家は知らないし、連絡の取りようもない。代わりを求めていたのか、とにかく誰かにすがりたかった。たまたま携帯に入ってきた出会い系サイトにアクセスして、その日のうちに見知らぬ男性に会ってセックスしてしまったんです。
さすがに自分でも落ち込みました、子供がいる女のすることではない、何をしているんだろうって自分で自分が恨めしくなるくらいでした」
その翌日の夜、夫がいきなり昌子さんを求めてきた。二年ぶりくらいだったろうか。前夜、知らない男とセックスしてしまった自分が許せなかった昌子さんは、夫を拒んだ。
「だけど、そのときに限って、夫はまったく引かない。それどころか、この上なく優しく愛撫を繰り返して、『オレがどんなにオマエを好きか、オマエはわかっていない』と。その言葉にさすがにぐらっときました。
私の恋愛騒動以降、夫は私に気を遣いながらも、どこかよそよそしかった。夫は家庭をうまく収めるために、離婚はしないと言い張っていたんだと私は解釈していた。だけど、『好きだ』というストレートな表現を聞いて、私は女として誰かに求められたかったんだ、
だから出会い系サイトにアクセスしてしまったんだ、と自分の気持ちがはっきりしたんです。例の彼との間は確かに恋愛だったと思う。だけどそうなってしまったベースには、私自身が女として求められていたいという強烈な思いがあったから。今になると、冷静にそう考えられます」
夫はセックスしながら、例の彼の事を聞く。「あの男とはよかったのか?」「どうされて感じたんだ?」と。昌子さんは、ふと「夫は嫉妬しながら、自分自身が興奮しているのではないか」と感じる。今まで知らなかった夫の性癖を垣間見たような気がした。
妻が抱かれるのを見たい
夫との久しぶりのセックスを経て、ようやく昌子さんは自分自身を取り戻した気持ちになれた。ところが、夫のほうはもっと緊密な、特殊な関係を望むようになっていく。
「子供がそれぞれ、クラブの合宿かなにかでいないときがあったんです。夫が、『どうしてもオマエを連れて行きたい所がある』と言い出して。それが連れていかれたのが、とあるホテルで開かれていたスワッピングパーティーだったんです。驚きました。夫がそんなことに興味があるなんて思いもよらなかったから。中に入ったら、あちこちで悩まし気な声がしている。私は、どうしたらいいかわかりませんでした」
呆然としている昌子さんに、夫は「刺激的だろ」と言った。確かに刺激的だった。他人のセックスを見ることはまずないのが、普通の生活だから。ただ、仲間に入る気にはなれなかった。「夫が真剣な表情で言うんです。
『頼むから、誰かとしてほしい。他の男に抱かれているオマエがみたい』どうして夫がそんな気持ちになったのか、実はいまだによく解らないんです。もともとそういう性癖があったのか、あるいは私の恋愛騒動でそんな気持ちが芽生えたのか。その辺は追及しても仕方がないのでしていませんが」
夫に懇願されたものの、「じゃあ、してみせましょうか」というわけにはいかない。昌子さんが、ただぼっと見ていると、夫がある若い男性を連れて来た。三人でお酒を飲みながら少し話をしているうちに、若い男が「きれいな肌ですね」とスリップ姿にされた昌子さんの腕を撫で始めた。
薄暗い部屋、そこかしこで聞こえる女性のよがり声、お酒が回って開放的になっている気持ち、それらすべてが相まって、昌子さんは気づいたら、男に胸を揉みしだかれていた。夫も昌子さんの身体を手と唇で愛撫している。
ふたりの男の四本の手が、自分の身体をまさぐっていく。いつしか全裸にされ、若い男に下半身を舌と唇で責められる。夫は背後からしっかり昌子さんを抱き、前へ手を回して昌子さんが感じる乳首への愛撫を集中的に繰り返す。
「もう頭がおかしくなるくらい感じてしまっていました。私は覚えていないんですけど、『早くいれて、ほしいのほしいの』と叫んでいたそうです。恥ずかしい。結局、その体勢のまま若い男性が挿入してきました。感じるとどうしても体が動くでしょう?
だけど夫が後ろからしっかり抱きかかえているから私はまったく動きがとれない。その状態で若い男性は、ひたすら突いてくる。あっという間にイッてしまいました。だけど、何度もイッても、彼はやめない。
そのうち、体位を変えて、今度は後ろからがんがん突かかれて。そのときは、私は夫に覆いかぶさって、夫のモノを咥えながら、若い男性を受け入れて‥‥。もうその後は覚えていないんです。
とにかく自分がどこかに飛ばされてしまうような恐怖感と、それを上回る快感で、ふっと気づいたら、夫とその男性が心配そうに覗き込んでいました」
あまりの快感と恐怖感が生む。今まで感じたことのないくらい「ぶっ飛んだ」快感で、昌子さんはついに失神してしまったらしい。
「その日はそのまま帰りました。帰りの車の中で、夫は『オマエがあまりにすごかったから、興奮しちゃったよ』って。実はそのまま車を道端に停めて、夫に襲われてしまったんです。
それもまた感じました。さっきまであんなにも何度もイッたのに、それでもまだ感じてしまう。私、自分の身体がどうにかなったのではと思いましたね」
翌日は日曜日だったが、昌子さんが目覚めたのは午後も遅くなってからだった。それほど熟睡したのは珍しい。身も心も疲労感に包まれていた。だが、嫌な疲労感ではなかったという。
「私が目覚めてぼっとしていると、夫がコーヒーを入れてくれたんです。そして、『これからどんどん子供たちも大きくなる。近い将来、オレたちから巣立っていくよね。そうしたら、ふたりきりだ。この辺りで、また男と女に戻らないか』としみじみと言うんです。
私は、前夜の事が怖かった。あの経験が二人にとってどういう結果を生むのかわからなくて。そう言うと、夫は『オレはオマエが感じるところを見たかった。本当は嫉妬してる。だけどそれが興奮にもなることがよくわかった。ふたりの関係は変わらないよ』って」
四十歳過ぎからのセックス
自分の妻を他の男性に抱かせたいという願望をもつ夫も少なくはない。もちろん、彼らは妻を愛している。愛しているからこそ、他の男性に抱かれている妻を見ることで、嫉妬がより愛情を高めるのだ、と彼らは言う。
嫉妬をスパイスにして、自らの興奮を高めているようだ。こういった、ある種の特殊な性的志向を現実に持ち込むのは、夫婦の基盤がしっかりしていないとできない。若年夫婦には無理なのだ。下手をすると、お互いの気持ちが離れていく原因にもなりかねない。
昌子さんたちは、それ以降も、ときどきこの種のパーティーに出向いている、いつも他の異性とするのは昌子さんだけ。夫は他の女性と絡むことはない。
「それでも夫の目の前で、他の男性に抱かれて感じてしまう自分が、なんだか嫌でしたね、最初のうちは。自分だけするのは悪いから、夫にも他の女性とすれば、と言ったこともある。だけど、『それを望んでいるの?』と聞かれて、私は望んでいないと答えました。夫は『じゃあ、オレはしない。だけどオマエはしてほしい』と。
でも、わかるんです。夫の気持ちがすごく複雑に揺れ動きながら、屈折した嫉妬とそれに伴う快感を味わっているのが。だから、ふたりでそういうところに行くようになってから、ふだんの生活も、いい意味で気遣い合うようなところが増えましたね」
夫の複雑な心理を思いやって、昌子さんは常に夫の気持ちを推し測るようになった。夫もまた、昌子さんに優しく接するし、ふだんでもふたりの間の会話が絶えなくなった。もちろん、日常的にセックスする関係にも戻っている。
「ここ数年で、私自身も私たち夫婦も、なんだかわからないけれど、ドラスティックな変化を遂げましたね。今でも例の彼のことも忘れられないんですよ。私にとっては一生に一度の本気の恋愛だったような気がします。
彼と一緒になれないなら、死んだ方がいいとまで思い詰めたこともある。一人の男を求める、あの切羽詰まった気持ちは、今も生々しく残っています。だけど今は、夫への愛しさも募っている。四十歳を過ぎてから、これほど生活が変わるとは思わなかった。
この先、夫との関係や私たちのセックスがどう変わっていくのかわからないけれど、今は夫の言うように、夫婦でいろいろ経験を楽しんで行こうと思っています」
人生、いくつになっても何が起こるかわからない。瓢箪(ひょうたん)から駒というべきか、怪我の功名というべきか、ともあれ、昌子さんは、夫婦としての「より緊密な男女関係」を取り戻した。夫婦も男女である限り、何が起こっても不思議なことではないのかもしれない。
セックスに「常識」はない
ごく普通の人生だったのに
人は生きていく上で、いつも小さな選択と決断を繰り返している。例えば、食事の後にコーヒーにするか紅茶にするか、あるいはよる十時からどのテレビ番組を見るか。もしかしたら、そんな些細な選択をしながら、自分の好みを自覚していくのかもしれない。
だが、性に関す好みは、いつごろからどうやって知るのだろう。何か「ノーマル」で何が「アブノーマル」なのかをどう判断するようになるのか。ベッドで行う正常位が普通で、ベランダでする後背位が異常だと、本当に自分自身で決めているのだろうか。いつの間にか「常識」と思い込んでいるだけではないのか。
「四十歳を過ぎて、こんなことに目覚めてしまつて、本当なら幸せなんだろうかとふと思うことがあります。でも知ってしまったからには引き返せない。いつまで続けられるか、今はいくところまで行くしかないと思っています」
色白で、ぽっちやり型、とても40代の既婚女性にはみえない唐澤靖子さん(四十三歳)は、おっとりした口調でそう話してくれた。
靖子さんが友達の紹介で知り合った男性と結婚したのは、二十六歳のとき。結婚して十七年、高校一年生のひとり息子がいる。家庭では、「どこにでもあるような「ごく普通の家庭」だった。
「多忙な夫とは、大きな喧嘩もない代わり、特別仲がいいわけでもない。ごく普通に会話して、子供が小さい頃は夏休みに旅行したりて。今は私もパートで働いています。たまに友だちと日帰りでどこかに行ったり、飲み会でカラオケにいったりもする。平凡な人生、だけど私はそれでいいと思っていたんです」
あの人に会うまでは、と靖子さんは小さな声で付け加えた。「あの人」というのは、靖子さんが一年ほど前、パート帰りに急に気分が悪くなり、一休みするために寄った喫茶店のマスターのことだ。
年齢はたぶん、靖子さんより四、五歳上。カウンターに座って、一気に水を飲んだ靖子さんを、彼は怪訝そうにみつめた。
「ちょっと貧血気味だったんだと思います。顔色も悪かったんでしょうね。私が水を飲みほして、すこしぼうっとしていると、マスターが『大丈夫ですか』と声をかけてくれたんです。
事情を少し話してみて少し休みたいと言うと、『店の奥に小部屋があるから、横になっても言ってもいいですよ』と。でもそこまでは甘えられないし、たぶん一休みすれば治ると思った。だからコーヒーを入れてもらったんです」
彼は好意で自家製のケーキもつけてくれた。空腹だったから、多少、低血糖になっていたのかもしれない。コーヒーとケーキを口にすると、身体に血が回っていくような気がした。
靖子さんがそう言うと、マスターはいかつい顔をほころばせた、骨張った男っぽい顔なのに、笑うと妙に可愛かったと靖子さんは言う。ひたすら真面目にコーヒーをいれる姿が気に入って、それ以来、ときどき、ひとりで店に足を運ぶようになった。カウンター席、テーブルが三つほどの小さな喫茶店だが、いつも居心地がよかった。
「週に一、二回は行ってました。店はいつもマスターがひとりでやっているんです。『全部自分でやりたいんです。わがままだから』と言ってまた笑ってた。行ってマスターと話すだけで、なんとなく日常生活に張りが出る。そんな気がしていました」
店に通うようになって三ヶ月ほど経ったころ、マスターが腰を痛めているという日があった。コーヒーの豆は彼が自分で焙煎しているのだが、コーヒー豆を袋から出すのがつらいと聞いて、靖子さんはその日のだけ手伝いを買って出た。コーヒーとケーキだけの店でも、満席になって色々なオーダーがあるとけっこう大変だ。靖子さんは学生時代、喫茶店でアルバイトをしたことがあるので、昔取った杵柄(きねづか)、なんとか客をさばいていった。
「結局、店が終わる夜九時過ぎまで手伝いました。ちょうどその日は夏休み中で、息子は塾の合宿でいなかったし、夫も午前様になると連絡があったので、まったく問題はなかったんです。私もひとりで食事をするより、手伝いをしていたほうが気が紛れたし」
客すべてを送り出し、店内を片付けをしていると、マスターが食事に行こうと誘ってきた。手伝ってくれたお礼だという。靖子さんは、そんなつもりで手伝ったわけではないと丁寧に辞退したが、彼は「僕が食事をしたいのです。付き合ってもらおと思っただけ」と白い歯を見せた。じゃあ、お言葉に甘えて、と言いかけたとき、靖子さんはカウンターの中で急に足を滑らせた。腰の痛いマスターが靖子さんを支えようとしたが、ふたりして転んでしまう。
狭い場所で座り込んで顔を見合わせて大笑いしているうちに、ふとふたりの間に沈黙が流れる。マスターが靖子さんの顔に両手で挟み、キスしてきた。
「最初は唇が降れるか触れないかというほど軽く、だんだん大胆になって舌を絡み合って‥‥。キスしながら、私この人が好きで、この店に通ってきたんだとようやくはっきり自覚しました」
そのままふたりは奥の小部屋に行き、結ばれてしまう。そうなるのが当然のなりゆきにしか思えないほど、すべてがスムーズに運んだ。マスターが腰痛だったから時間的には短かった、というオチがつくが。
麻縄で縛られる
靖子さんの夫は、営業部長という肩書からわかるように、いつも多忙だった。四十歳を過ぎてからは、疲れていることが多く、夫婦のセックスも三ヶ月に一度あればいいほう。四季それぞれ限定一回のようなものだった。
靖子さん自身、それほど性欲が強いとは思っていなかったから、特に不満は感じていなかったのだが、マスターに出会ってからは、いつも身体の奥がもやもやしているような感じがあったという。
マスターには別居中の妻がいると、そのとき初めて知った。靖子さんにも家庭がある。秘密の関係が静かに始まった。
「関係を持つのは、奥の小部屋のときもあったし、時間があればホテルのときもありました。彼はとにかく激しく、それでいて優しいセックスをする。何度かしているうちに、ローターやバイブを使うようになったんです。
最初は嫌だったんだけれど、彼の使い方がうまいから、私もすっかりはまってしまって。イクというのも初めてわかりました。一度、深く感じるようになってからは、もっと感じたい、もっと快感を味わいたいという気持ちが先行していたかもしれません」
彼は精力が強く、セックスにもかなり長(た)けていたという。店が休日のある日、靖子さんは彼の一人住まいのマンションに初めて招待された。
「彼が食事を作ってくれたんです。一緒に食べているうちに、いちゃいちゃし始めて、ふたりとも全裸になって、アスパラガスやズッキーニをあそこに入れられたりして。それをまた彼が食べて見せて。すっかりくつろいでいると、彼が突然、耳元で『靖子を縛りたい』と言い出した。
そんなイヤそ、と言いかけたんですが、気持ちに反して身体が反応してしまっていた。彼は私のあそこに触れ、『縛られたいんだな。こんなに濡れている』と。確かに私、彼に拘束されると思った瞬間、濡れまくっていったんですよね」
イヤ、という声にはおそらく媚(こ)びがあったのだろう。彼は麻縄を持ってきて、靖子さんを縛り始めた。相当手慣れた手つきだったという。縛りながらも、耳元で、靖子はきれいだ、靖子はかわいいと呟き続ける。彼の欲望を湛(たた)えた目を見つめながら、靖子さんは身体に縄が食い込むたびに、股の間を濡らし続けた。
「私、実は縛られているうちにイッちゃったんです。胸にもあそこにも触れられていないのに。彼は『まだイクの早いよ』と言いながら縛っていきました。縛り終えると、彼は天井から下がっている紐に私の片足を縛り付けたんです。私は片足で立って、もう片足は吊られている状態。
足は完全に開脚です。彼は私を柱に捕まらせ、足下に座って、『いい姿だなあ』とにやにやしている。私は恥ずかしさで居ても立っても居られない。それなのにあそこからは汁が滴っているんです。彼はそのまま私をバイブや指で責めまくりました。不安定な体勢のまま、私は何度もイッてしまった」
命令されれば何でもする
麻縄を家に置いているというのは、相当な強者だ。靖子さんは、その時点ではまだ気づいていなかっのだが、彼はかなり熟練したS(サディスト)男だった。
「アナルも開発されました。アナルが広がるような器具を入れられて、徐々に。縛ったまま、前にバイブ、後ろに彼が入れるというのがいつの間にか、普通のセックスになって行ったんです」
刺激はどんどんエスカレートしていくもの。彼にとって、靖子さんは自分の言いなりになる「愛おしいM(マゾヒスト)女」だったようだ。
「縛られて転がされ、乳首を専用の洗濯はさみ状のもので挟まれたまま、そこに鞭で打たれることもよくありました。痛いんです、すごく。だけどその痛みがどんどん快感に変わってく。彼はいつも喜んで、『やっぱり靖子にはこういう才能があったんだ。一目見たときから、きっとそう思ってた』と」
本物のSMは、ペニス挿入を必要をしないというが、靖子さんたちの場合は、いつもセックスで終わる。それまで何度もオーガズムを感じているから、彼のペニスが入ってくるとすぐに靖子さんはイッてしまう。だが、彼はやめない。何度も何度も深いオーガズムを得て、靖子さん身体が溶けるような気がすると、赤面しながら言った。
「最近は彼と一緒にSMクラブによく出入りしています。彼に縛られて、そこに来る人たちに鞭うたれたり、彼に命令されて、知らない男の人のペニスを咥えたり。彼に命令されれば、何でもしてしまうんです。
私。彼は自分がそうさせる癖に、あとで『あの男のペニスを咥えて、嬉しかったんだろう』と私の口に特大のバイブを咥えさせ、あそこにもバイブを、そして、お尻にいきなりペニスを突っ込んできたりする。
多少開発されても、急に突っ込まれると痛い。だけどそれがすぐ快感に変わってしまう。何をされてもいいんです」
その時の事を思い出しているか、靖子さんの目の焦点が合わなくなっていく。私自身も、とある場所で、縛られただけでイッてしまった女性をみたことがある。拘束されていると思うだけで、頭がぼうっとしてきて、肉体的にはオーガズムを得た状態になってしまうのだという。靖子さんは、記憶を蘇らせるだけで、すでに脳内麻痺が出っ放しになってしまうようだ。私は彼女の手を軽く叩いて、現実に引き戻した。
彼との関係は、一年になるが、彼女の夫はまったく気づいていないのだろうか。そして、彼女自身、彼との関係をどう思っているのだろう。
「夫は気づいていないと思います。相変わらず仕事第一ですから、平日はほとんど家で食事をしませんし。息子も今は部活動でけっこう帰りが遅いのです。だから彼の店の休みの日は、朝から彼のマンションに行ったり、昼間からやっているSM系の店に行ったりしています。
彼は私の身体に傷をつけたりすることもないので、たとえ夫と関係を持ってもわからない。夫とだと、私はそんなに濡れないから、以前と同じ状態だと思います」
いろんな顔を使い分ける
靖子さんの目が妖しく光る。彼だと、靖子さん自身が生まれて初めて自覚した「M」としてのスイッチがオンになるが、夫とではそのスイッチはオフのままなのだろう。女の性癖は、それほど自然に使い分けられるのだろうか。
「私と彼がしていることが、SMという名前に当たるものかどうか、私ははっきり言ってよくわからないんです。ただ、いわゆるスカトロ(ここでは排泄物を食べたり食べさせたりする行為に限定)は彼も嫌いなのでしません。
それ以外は、いろんなことをさせられる。この間は彼に浣腸されて、お尻に栓をされました。浣腸するとすぐに出したくなるんですけど、それを出さないように栓をする。これ、身もだえするほど苦しいんです。
七転八倒しました。彼はそんな私を縛って、口にペニスを突っ込んでくる。私自身、以前だったら、他人がそんなことをしていると知った瞬間、その男は愛情がないと糾弾していたと思う。だけど彼と私の間では違うんです。
そういう行為が合い所と信頼の表現なんです。分かってくれない人の方が多いと思うし、遊ばれているだけと思われるかもしれないけど」
靖子さんは、最後は消え入りそうな声でそう言った。だが、彼女の言うのは真実だろうと私は思う。彼女が七転八倒しても、その限界を知っているから、彼女は平然とペニスを口に突っ込めるのだ。
彼女もまた、最終的に彼が彼女の心身を壊すようなことはしないと全面的に信頼している。愛情と信頼がなければ、そこまで無防備に身体を他人に明け渡すようなことはできない。
「もちろん、こういう行為が、常識的なセックスという概念から外れていると分かっています。だけど、あの快感は、単なるセックスとは比べ物にならない。だからやめられない。
彼も『靖子とオレは、もう離れられないんだ』と言ってくれています。彼、店では本当に温厚な紳士なんですよ。だからこそ、私も最初は驚いたけど、人間って、一つの顔だけじゃないんですよね。私自身もそう。いろいろな顔を使い分けて生きているんだと最近は思うようになりました」
SM行為は、Mが主役だ。Mがいかに輝くか、Sの人間は相手が喜ぶことを喜ぶ程度にひたすらしてあげることが大事なのだ。そこには阿吽の呼吸がある。持って生まれた相性の良さがなかったら、こういう関係は長続きしない。
「もちろん、彼が私を徐々に開発していったんでしょうけど、おそらく私も本来、そういう性癖の持ち主なんでしょうね。この先、彼とどういうことをするようになるのかわかりません。でも、自分の本質を知ってしまったからには、もう引き返せない。そう思っています」
彼との関係を通して、自分の本質のひとつを知ってしまったら、そう簡単にはこの道から抜けられない。彼との絆は強まる一方だろう。彼に出会わなければ、靖子さんはその本質を知ることはなかった。
知ったことが良かったのかどうかは、今は誰にも判断ができない。
同性愛の激しい快感を覚えて
理想的な家族
人はみな、自分のことは自分がいちばんよく知っていると思い込んでいる。だが、自分の心の奥深いところに隠されている願望や嗜好、抑えつけたままの一面などは、よほど何か大きなきっかけがないと意外と気づかないものかもしれない。
私自身、人生の折り返し地点を過ぎてから、自分が自分を知っているなどというのは、おこがましいと、ようやく気づいた。
「私、自分を見くびっていたような気がします。自分自身の中に、ずっと魔物を飼っていたのに、それは今まで出てこなかっただけなんだ、と思った。今は自分が幸せなのかそうでないのかもわからないんです」
混沌とした状態にいると言う。高田依子さん(四十五歳)。彼女が今、恋をしている相手は女性だ。依子さん自身、自分が同性を好きになるとは思っていなかった。だからこそ、自分の気持ちをどう整理したらいいのかわからないのだろう。
短大を卒業して大手企業に就職、職場で知り合った男性と結婚したのは二十五歳のとき。結婚と同時に退職、有名私立高校に通う十七歳の長男と、これまた有名私立中学校の十四歳の長女がいる。
依子さんは、友人が経営するインテリア店でパートタイマーとして働いている。周りからは、「仲がよくて、子供たちのできもいい、理想的な家族」と見られている。
「私自身、そう演出してきたところもあります。でも内情は、傍で見ているのとは違いますよね。夫との仲が悪いとまでは言わないけど、仲がいいとも言えないと思います。夫はたぶん、浮気もしていますよ、ちょこちょこと。家庭は捨てる覚悟がないだけ。
あるいは、家庭と恋とは別だと使い分けているのかもしれない。娘が中学に入ったとき、私の役割は終わったなと思ったんです。
それと同時に、私は何のために生きてきたんだろう、という虚しさも募るようになっていきました。キャリア志向でなかったから、家庭に入ったのだけど、それでよかったのか。私の人生はなんだったのかと、ついつい考えるようになってしまって」
懐かしい友人との再会
そんなとき、用があって娘の学校に行った帰りにたまたま素敵なインテリアの店を見つけ、ふらりと入った。すると、店の奥から出てきたのは、高校時代の女友達である夏美さんではないか。
高校に入って初めてできた友達が、夏美さんだった。だが、夏美さんは、高校三年生になってすぐ、親の仕事の都合で一家でヨーロッパへ引っ越していった。その後、だんだん連絡が間遠になり、成人するころはどこにいるのかわからなくなっていたのだ。
「あまりに突然の懐かしい人との再会に、びっくりするやらうれしいやら。夏美はすぐに、店を従業員に頼んで、お茶を飲みに行こうと誘ってくれたんです。彼女は波瀾に満ちた人生を送っていました。フランスの大学を出て、しばらく向こうで働いていたんだけど、日本人と知り会って結婚、帰国した。
お子さんも生まれたのに、交通事故で亡くなって、それがもとで夫婦仲もおかしくなり、三十歳を目前に離婚したそうです。それからもともと好きだったインテリアや雑貨の勉強をし直して、三十八歳のときにようやく今の店をもったと言っていました。
いろいろ苦労もしてきたのに、とてもきれいで華やかで、高校時代の彼女からは想像もつかないくらい、いい女になっていました」
そこから、またつきあいが復活した。「何の苦労もなく、平凡な幸せに埋没していた」依子さんと、「苦労しながら自分の人生を切り開いてきた」夏美さん。境遇は違っても、お互いを思いやることができたから、いい友達関係が再構築されていく。
「私が、自分の人生に何となく虚しさを感じていると言ったら、彼女が、『パートでよかったらウチで働いてみない?』と言ってくれたんです。彼女の所は従業員が四人ほどいるんですが、こまごまとした事務をしてくれる人を探していた、と。
私は二十年近く仕事をしていなかったから、自信がなくていったんは断ったんですが、『外に出ると、きっと、少し人生が変わるわよ』と彼女から言われて、そうかもしれないと。娘の学校からも近いし、仕事は平日の夕方までだし、子供たちの学校行事のときは便宣を図ると言ってくれたので、思い切って働くことにしました」
働き始めて半年ほどで、依子さんは、だんだん仕事の楽しさと厳しさを味わえるようになってきた。夏美さんは、友だちといえども、仕事に関しては容赦がなかった。気まぐれなところはなく、いつも穏やかなのだが、同じミスを二度すると厳しいことも言われた。
「でもそのおかげで、家にいるときとは違って、頭の回転が速くなりましたね(笑)。次にすることを見越したうえで、仕事の段取りをつけていくこともできるようになった。一年たつうちには、夏美も、仕事の事を少しずつ相談してくれるようにまでなって。
嬉しかったです。家庭内では『いて当然』の存在なんだけど、それ以外の場で人に『必要とされる』なんていう経験をしたのは初めてだったから。彼女の右腕になるのは無理だけど、少しでも彼女の力になりたかった。
だから、インテリアの勉強も始めたんです。雑貨やインテリアには興味があったし、仕事の流れもつかんでおきたかったから」
そんな姿勢で臨んでいたから、夏美さんも頼りにしてくれるようになったのだろう。主婦は、もともと、家庭という一つの会社を切り盛りしてきたようなもの。だから、仕事を始めたとき、意欲とそれを認めてくれる環境さえあれば、その能力が想像以上に発揮されることは珍しくない。
「私が働き始めてから、夫が少し変わったんです。夫の働くつらさを私が察することができるようになったせいもあるかもしれない。年に一、二度しかなかった夫婦生活も、月に一回くらいに戻って来て。夫は『最近、生き生きしている感じがする』って言ってくれました。それもうれしかった」
ある日、夏美さんが依子さんを食事に誘った。働き始めて一年経ったのを祝して、と夏美さんは笑顔を見せた。
「もちろん、それまでもしょっちゅう一緒に食事はしていましたけど、その日は彼女、とてもいいレストランを予約してくれたんです。乾杯しながら、『依子のおかげで、私も仕事がしやすくなった。従業員のことは信じているけど、どこか孤独だったのよ。あなたが心の支えになってくれたわ』って。
トップに立つ人間は孤独だというけど、私も夏美の仕事ぶりを見ていて、苦しい時はひとりで耐えているのを知ってから、彼女が少しでもラクになってくれたと聞いたほっとしました」
同性との初めてのセックス
同性との初めてのセックス
その夜、夏美さんはあまりに楽しかったのか、ひどく酔った。依子さんは夏美さんの家を知っているから、タクシーに乗せて送っていった。夏美さんをベッドに寝かせて、足音を忍ばせて帰ろうとすると、夏美さんがふと依子さんの腕をつかんだ。「行かないで」と小さな声が聞こえる。振り向くと、夏美さんが目に涙を一杯ためていた。
「『さみしいよ、依子。行かないで』と。夏美のあんな悲しそうな顔を初めて見ました。いたいけな子供みたいに見えて、思わず彼女を抱きしめて頭を撫でてあげたんです。
すると彼女は私の首に腕を回し、唇を寄せてきました。一瞬、ぎょっとはしたんだけど、なぜか彼女の唇を拒むことができなかった。唇が合わさって、柔らかい舌が入ってきて・・・・・。相当長い間、キスしていたと思います。
いつの間にか私の胸に彼女の手が入ってきていて。胸を掬(すく)うように揉まれていました。それがとても気持ちよくて、私も酔ったせいもあって、だんだん頭がぼっとしてきたんです」
気づくと、夏美さんに組み敷かれていた。全身を唇や舌で愛撫され、柔らかな乳房と乳房が触れあう感触の心地よさに、依子さんは抵抗できなかった。
「あまりに自然で、あまりに気持ちよくて。男性とするセックスとは違う。それに私はやはり夏美のことが好きだったんだと思います。
彼女のために手伝いたいとう気持ちと、もっと彼女のそばにいたいという気持ちで、ずっと働いてきましたから。それが恋愛感情かどうかはよくわかりませんけど」
夏美さんは、依子さんの足を開かせ、股間に顔をうずめた。クリトリスがむき出しにされ、舌先で突いてくる。依子さんは思わずのけ反った。身体が勝手に反応していく不思議さを感じたという。
「彼女は私の乳首を舌先で丁寧に愛撫しながら、指をあそこに出し入れしたんです。深く、浅く、ゆっくりと、ときには激しく‥‥。夫には悪いけど、夫の性器より彼女の指の方がずっと感じてしまった。
もう我慢できない、どうしたらいいかわらないと思ったとき、身体が大波にさらわれたように勝手に激しく動き出した。彼女はそれに合わせるように、さらに指を激しく出し入れして、ついに私、それまで感じたことなかった激しい快感を覚えました。
あとから夏美が言うには、『どうなるの、怖い、怖い』と叫んでいたようです。私は彼女が、『もっと感じていいのよ、依子、依子』と名前を呼び続けてくれたことだけを鮮明に覚えています。
夫はベッドの中で名前なんて呼んでくれない。名前を呼ばれることが、あんなに嬉しかった興奮したりすることだとは思いませんでした」
女性と寝たのは、依子さんにとって、もちろん初めての経験だった。なぜあれほど自然に、そういう関係になったのか、今もよくわからないと彼女は言う。
女は、子供のころ、よく同性同士で手を繋いだりする。女同士で触れ合うことについては、あまりハードルが高くないこと、しかも依子さんたちはもともと思春期のころ友達同士だったことの安心感もあったかもしれない。
「そのとき聞いたんですが、彼女は離婚してから、同性愛者の女性としばらく一緒に暮らしていたようです。彼女自身、『私はたぶん、バイセクシャルなんだと思う』と言っていました。好きになる人が女性だったり男性だったりするんだそうです。ただ、最近は女性同士の方がやはり安心する、と。
『ごめんね、依子とこんな関係になるなんて、いけなかったかもしれない。仕事を辞めるなんて言わないでね』と、彼女はまたいたいけな処女のような顔に戻りました。
私はもちろん、彼女から離れる気なんてなかった。それから私たちは、公私と共にパートナーになっていったんです」
とはいえ、依子さんには家庭がある。夫との関係はあるが、それは夏美さんにも言わず、セックスレスということにしてある。
「男の人に感じるようなときめきを彼女に感じるかと言われると、それは違うかもしれないと思うんです。だけど、私も彼女の事が気になって仕方がない。週末は私は仕事が休みだけど、彼女はほとんど店に出ていますから、たまに子供のいない土曜日には手伝いにいったりもしています」
夏美さんは、さすがに仕事人だけあって、仕事中には甘い顔は見せない。だが、たまに早じまいをした土曜の夕方、ふたりきりの店の奥の部屋で、依子さんを責めることもある。
「彼女は自分が責めるタイプ。店の奥に彼女の仕事部屋という社長室みたいな空間があるんですが、そこには大きめのソファが置いてある。そこに押し倒されたこともあります。彼女とそうなってわかったんですが、私はかなりマゾの気があるみたい。
彼女の肘付き椅子の肘掛け部分に足を全開にしてくくりつけられたりすると、それだけで感じて感じて濡れまくってしまう。そういうとき、彼女はなかなか責めてこない。『早くして』と懇願することもあります。
そうすると彼女は、おもむろにバイブを突っ込んできたりする。優しいけど、責めるときには容赦なく攻めまくるんです。仕事中とも、単なる友達のときの顔とも違う。そういうときの彼女の顔はとてもセクシーで、私はますます離れられなくなってしまうんです」
関係は続けていくしかない
そんな関係になって、半年がたつ。依子さんの性感はますます鋭くなり、夏美さんの執拗な愛撫によって、意識が朦朧とすることもしばしばという。
夏美さんは、ときどき依子さんの前でこらえきれないように涙ぐむ。
「『依子には待っている家族がいるんだよね』って、せつなそうに言うんです。冬休みや夏休みなどは、私は遅く帰るわけにはいかないから、なかなかゆっくり会えません。彼女が平日とる休みに合わせて家に入ったりする程度。彼女にとっては、とてもつらい時間みたいです。
もちろん、私にとってもつらい。正直言って、家庭がありながら、女性とこんな関係をもっている私はどこか変なのかと悩むこともあります。だけど、もう彼女のいない人生は考えられない。
最近、夫としているときも、彼女にされていると想像するようになってしまいました。そすると、ものすごく感じる。夫は年齢を経て、私の身体が熟してきたと思っているようです。私は夫にも彼女にも嘘をついている。それが心苦しくて。男性と恋愛しているほうが、迷いが少ないんじゃないかと思うくらい」
彼女はおそらく、夏美さんに恋愛感情をもっているのだろう。夏美さんが、他社との打ち合わせなど行くと、誰かと知り合って個人的な関係に発展するのではないかと、疑心暗鬼になってしまうというのだから。
だが相手が女性だからという理由で、依子さんは自分の恋愛感情を認めようとしない。認めてしまうのが怖いのかもしれないし、認めたら自分の中で何かが変わるのを恐れているのかもしれない。
「これからどうなるのか、ときどき不安になります。家庭を捨てることもできないし、彼女と離れることもできない。辛くてもこの関係を続けていくしかないのかもしれません」
不惑を超えてなお、女は惑う。自分が同性と関係を持つなど、考えもしなかっただけに、それを受け入れることさえ大変なのだろう。複雑に揺れ動く心を目の当たりにして、生きていくこの不可思議を感じるしかなかった。
出張ホストに恋して
そこそこの幸せ
実る実らない別として、「恋をしてはいけない相手」がこの世にはいないとは思えない。ところが、阿部春子さん(四十二歳)によれば、「恋をしてはいけない人はいる」という。そのため、春子さんは日々、苦しんでいる。
春子さんは、十五年連れ添っている二歳年上の夫との間に、中学二年生のひとり息子がいる。ふたり目を望んだが、結局、できなかった。
「息子は問題なく、サッカーに夢中になって過ごしています。毎日泥だらけになって帰って来るので洗濯は大変だけど、元気が何よりだから、まあいいかなと。主人とも、出世コースに乗っているわけじゃないけど、元気に働いている。三十代でマンションを買ったのでローンがありますが、こんなもんで幸せなのかなとずっとおもっていたんです」
そこそこの幸せ、と晴子さんは言った。それでよかった。元気な子供、健康で口うるさくない大らかな夫。双方の両親もまだ健在。何も文句のつけようがない暮らしだった。
「その一方で、どこか『このままで終わりたくない』という気持ちが芽生えたのは、四十歳という年齢のせいだったのかもしれません。息子が中学に入ったのを機にパートに出ました。家事に支障が出ないよう、昼間だけですが、久しぶりに外の世界に触れて、すごく刺激を受けたんです」
春子さんは独身時代、旅行会社に勤めていた。そのころの同僚の縁で、再度、旅行会社で働き始めた。同僚や上司など、夫以外の男性とも久々に話すようになり、自分の中で「このままで終わりたくない」気持ちがますます大きくなっていくのを感じたという。
「ある日、パート仲間が妙におしゃれして出勤してきたことがあったんです。同世代の仲のいい人なので、『今日は素敵ね。何かあるの?』と冗談半分で聞いたら、『デートなの』と。なんと出張ホストとデートだと言うんですよ。
特に興味があったわけじゃないんだけど、彼女がいろいろ話してくれることを聞いているうちに、なんとなく羨ましくなってきちゃったんですよね。
何が羨ましかったのか? デートという響きかなあ。この年になって家庭があれば、デートなんてまずしないでしょう。その話をしているとき、彼女がとても生き生きとしていて、まるで少女みたいにかわいらしかったせいもあると思う。
彼女が待つ合わせをしてお茶を飲んで、散歩したりボーリングをしたり、と本当にデートを楽しむだけと言うんですよ。お金で割り切ってデートできるなら、一度くらいしてもいいかなと思いましたね」
二時間で一万円程度。その他、かかる費用はこちらもちだが、お茶を飲んで散歩するくらいなら、そうはかからない。そのパート仲間に、出張ホストクラブの電話番号を聞いてメモした。だが、そのときはそのまま忘れていたという。
三時間のデートで三万円
「去年の夏だったかな。主人は出張で、息子もクラブの合宿で、ひとりでいる日があったんです。パートから帰ってきて、ひとりで食事をするのも味気ないなあと思っていたとき、ふとそのクラブの存在をも思い出した。
パート先で、その仲間に尋ねてみると、彼女は相変わらず、月に数回、いろいろな若い男性とデートを楽しんでいるという。『まだ電話してなかったの?』と彼女に言われて、ついその場で電話をしてみたんです。『明日の夕方、誰かいませんか?』って」
友達がそばにいたせいか、大きな決断必要なかった。幸せだけど退屈でもある日常に、ささやかな彩りと刺激が欲しいだけだった。夫と息子の留守に、ほんのちょっとした刺激を求めても罰は当たらないだろう、という軽い気持ちだったのかもしれない。
「翌日、デートしました。自営業の傍ら、出張ホストをやっているという二十代半ばの男性でした。イケメンでしたよ。ホテルのティルームで待ち合わせたんですが、会った瞬間、私の洋服やネイルの色などを褒めてくれた。当然、こちらも気分が良くなりますよね。お茶を飲んで食事をしました。その間も、とても会話が弾んだ。
友達に言われていたので、最初に二万円預けて、飲食代は底から彼が払うという形にしてもらいました。どんな場面でも、彼は常にエスコートしてくれて、私のつまらない話もじっくり聞いてくれて‥‥。とにかくこちらが心地よくなるように気を遣ってくれるんですよね。
すごく気が合うかも、なんておもったんですか、アチラが合わせてくれていることに気づきました。さすがプロだなあと思った」
三時間ほどのデートで、諸経費合わせて約三万円。高いとは思わなかった。夢のような時間を買えたのだから。
「でしょ? 私は月に二回くらい、いろんな男性と会っているの。お茶だけのときもあるわ。若い男とデートすると、気持ちに張りが出るのよ。エステよりよりずっと効果があるかも」
そうかもしれない、と春子さんも思った。一時間、若い男とお茶を飲むだけならそれほどお金もかからない。行きずりのナンパとは違うから、こちらが嫌な思いをしることもない。
それ以来、月に一度か二度、わかい男性とお茶を飲んだ。時間はせいぜい二時間。主婦の気分転換としては悪くない、と思った。彼らの趣味の話などを聞くうちに、昔聞いた音楽なども思い出し、カラオケに一緒に行ったりもした。
「私、昔ピアノを習っていたんですが、もう一度。習いたいなとも思い始めて。彼らと会っている時間、私は家庭の主婦でも母親でもなくて、素の自分、独身時代の自分に戻れるような気がしていました。彼ら男性もけっこうプロ意識が強いのか、嫌な感じの人はいませんでしたね」
冬休み、また息子と夫がいない日に、春子さんはあるホストと食事を共にした。そのホスト、ケンジさんとは、すでに数回、会ったことがあり、春子さんもお気に入りだった。
「いつも同じ人を指名すると情が移るかも知れないから止めなさい、とパート仲間に言われていたんですよ。でもどうせならやっぱり、気に入った人と過ごしたいでしょ、時間があるときは特に。それで気に入っていたケンジさんを指名したのです。
お酒を飲みながら食事をして、すごく楽しい時間を過ごしたんですが、私、かなり酔っぱらって、店を出てから気持ちが悪くなっちゃったんですよ。そうしたら、彼が『休んで行った方がいいんじゃないですか』と。それでホテルへ行ってしまったんです」
彼はずっとそばにいて、冷たいタオルで額を冷やしたり水を飲ませてくれたりした。ようやく気分が良くなったとき、春子さんはケンジさんにしなだれかかっていた。
激しいオーガズム
「どうしてあんなに媚びるような態度をとったのか、自分でもよくわからないんです。やっぱりケンジさんのことが好きだったのかもしれない。どこの家庭でそうだと思うけど、うちも主人との関係は間遠くなっていたから、
人肌が恋しかったというのもありますね。ケンジさんの厚い胸に抱かれてみたかったという気持ちもあった。いろんな要因が重なっていたのかもしれません」
春子さん四十一歳、ケンジさん二十七歳。一回り以上年下の男性に、春子さんは抱かれた。それまで関係はなかったが、ケンジさんはブロ。舌を絡ませたディーブキスだけで、春子さんの下半身は痺れた。胸を優しく揉まれ、乳首を甘く?まれたとき、思わずため息が洩れた。繊細な指の動きに、春子さんの喘ぎ声が高まる。
「変な言い方ですけど、セックスってこういうものだったのかと生まれて初めて思いました。
独身時代、二人の男性と付き合いましたが、主人を含めて誰もがあれほど感じさせてはくれなかった。
ケンジさんとは前戯だけで、今までないほど感じてしまって。彼が入ってきたときは、意識が朦朧とするほどでした」
春子さんは激しいオーガズムを感じ、さらにその波が引かないうちに次の大波が来るという体験をした。身体がとろけるというのはこういうことかとも思った。何もかもが初めての感覚で、終わったときには涙が止まらなかったという。
「しかも彼は、『今日は延長分はいらないから』とお金をとらなかったんです。もともとは食事だけの予約だったのだし、私が気分が悪くなったのは不測の事態だから、と」
翌日、帰ってきた夫と息子の顔を見たとたん、自分は何をしているのだろうと激しい後悔に襲われた。ところが、また日常生活に戻ってみると、けんじさんのことが忘れられない。
執着してしまったと言ってもいい。寝ても覚めても、彼に会いたくてたまらない、夫が寝込んだ隣のベッドで、あの夜を思い出して自分を慰めることもあった。しかし、一度、火をつけられ身体は容易に静まらない。
「一カ月後くらいかな、パートが休みだった平日の昼間に彼を指名したんです。ランチとベッド付きで。もう我慢ができなかった。いけないと思いながらも、もう一度だけ、と。あの日は彼も商売にならなかったのだから、そのお礼のためにもきちんと指名しなくちゃとも思った。
もちろん、それは自分に対する言い訳なんですけどね。本音は彼にまた抱かれたかった。あの快楽をもう一度味わいたかった。それだけなんです」
明確な意志のもとでの「ベッド付き」の指名だった。家族に合わせる顔がないと思いながらも、目覚めてしまった女の欲には勝てなかった。四十女の強欲さは私もわかっているだけに、春子さんの自分への言い訳も理解できる。
「昼間、人目を忍ぶようにラブホテルへ行くのは恥ずかしかった。だけどその恥ずかしさが、さらなる興奮を生むんですよね。部屋に入ったときから、私はもう自分を抑えることができなくて、彼にしがみついてしまいました」
快感は、一度目よりもさらに強くなっていた。こうなると、そう簡単に自分を抑制することはできなくなる。
「あれから九カ月ほど経ちますけど、だいたい月に一回が、二カ月に三回くらい彼とホテルへ行っています。昼間はホテル代が安いから、会うのはほとんどが昼間。それでも一回の費用が三万五千円から四万円くらいかかる。パートの主婦には高い金額です。でも、彼に会えるなら惜しくはない」
春子さんは目に強い光を湛えながら、そう言い切った。
彼に会うためには、クラブに予約を入れなくてはならない。直接、彼と連絡を取ることはできないのだ。
「わかっているんです、あくまでも彼とはお金で割り切った関係、個人的に連絡をとることはできないし、彼にはほかにも顧客がいる。私はあくまでもお客さんのひとり。それがちょっとせつないときもありますね」
春子さんは恋をしているのだろう。本当の彼と、お金では割り切れない個人的な関係になりたという気持ちもあるはずだ、だが、彼の仕事は出張ホスト。呼ばれればどこでも行くし、誰とでも会う。お金を貰えば誰とでも寝る。
「美味しものを食べれば、彼と一緒に食べたとも思うし、夜更けにきれいな月を見れば彼に知らせたいとも思う。だけど、そういう日常的な関係を持てない。私が身体を壊してパートを辞めたりしたら、彼との関係はそれっきりなんですよね‥‥。しかたがないけど」
夜更けにお風呂に入りながら、ひとり涙することもあるという。金で割り切った関係のはずが、そうはいかなくなってしまっていることに、晴子さん自身、戸惑い、苦しんでいる。
我慢できるのはせいぜい一ヶ月。身体が疼(うず)き、彼の声が聞きたくなる。身体だけが彼を欲するなら、まだ割り切れる。だが、春子さんは心も彼を欲している。だからこそ、涙がとめどなくあふれる夜があるのだろう。
「日々、葛藤ですね。家庭を壊したくない。主人にも息子にも、私がこんなことをしているのを知られたら、今まで築いてきたものがすべて失われてしまう。だけど彼と会うことをやめられない、主人とは今まで、二、三ヶ月に一回がせいぜいだったんですが、今は月に一回は私から誘ってしまうんです。
本当は彼以外の人とはしたくない。だけど身も心も寂しくて堪らなくて、つい主人に求めてしまう。主人は喜んでいるみたいですけどね。怪我の功名というのか、こんなことになってから、かえって夫婦仲が良くなったような気がします。私も主人に疑われないように、前より家の中の事をきちんとやっているし」
家族への罪悪感
たまに虚しくなることもある。だか、ケンジさんに抱かれると、急に人生に希望がもてるような気になる。
「彼に会うために働き、彼に会うために日常生活をこなしている。そんな気がします。彼との時間は限られている。その貴重なお時間に、愚痴を言ったりつまらないことを話したくない。たとえ客でも、私に会うことが彼にもプラスになってほしい。そう思えるときは、本を読んだりピアノのレッスンに行ったり、前向きに過ごせるんですけどね。
ふいに、彼は今頃、別の女性を抱いているんだろう、私にする以上にもっと情熱的なセックスをしているのかもしれないと思うと、嫉妬で身悶えしてしまうんです。同時に家族への罪悪感も募ってきて、精神状態は最悪。
それでまた会うと、なんとなくニュートラルな状態に戻る。その繰り返しなんです。いつまでこれが続くんだろうって自分でも苦しくて・・・・」
ふと春子さんは涙ぐむ。彼のことを話すときは笑顔を見せるのだが、彼に会えない時間のことになると、急に眼差しが暗くなる。春子さんの心の揺れは、そのまま表情に出ているが、家族に対しては決して気を抜かずに接しているという。例のパート仲間にも、出張ホストに会ったのは数回だけと話してある。ケンジさんという特定の人と会っていることは、まったく誰にも言っていない。
「彼が仕事を辞めるか、私のお金が続かなくなるか。それまでは、苦しくても会い続けたいと思っています」
戯れに嫉妬することすら許されない関係は、せつないつらい。二進(にっち)も三進(さっち)もいかない関係の中で、春子さんは現状維持に必死だ。そうするしかないのだろう。
つづく
第六章
すべてを失ったけれども…
煌きを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。