面白いと思ったのは、相手は「自分を熱烈に恋しているわけではない男」なのに、どちらとも結婚しないと答えた人が、ほとんどいなかった点。つまり、女性は「そこそこ好き」あるいは「嫌いでない」という程度でも結婚できるわけだ。トップ画像

第3章  いい夫を愛せない自分が悪いのか

本表紙亀山早苗著

女のしたたかな欲望

同程度にそこそこ好き、もしくは嫌いでない男性がふたりいるとする。そのふたりが、それぞれ百万円と三万円の指輪をもってプロポーズしてきた。さて、あなたならどちらと結婚するか、以前、雑誌でそんなアンケートを見たことがある。答えは当然のように、九割以上が「百万円の指輪の彼と」だが、その理由の書き込みが興味深かった。

「自分を百万円の価値を付けた男と一緒にいるほうが幸せだから」
「結婚するならお金があった方が、当然、豊かな生活ができるから」
「愛があって金がないより、金があって愛が薄い方が耐えられるから」

 面白いと思ったのは、相手は「自分を熱烈に恋しているわけではない男」なのに、どちらとも結婚しないと答えた人が、ほとんどいなかった点。つまり、女性は「そこそこ好き」あるいは「嫌いでない」という程度でも結婚できるわけだ。

男性も同じかもしれない。結婚いう「現実生活」を考えると、「熱烈な恋愛」は優先されないということかもしれない。「愛情は結婚してから芽生える」という書き込みもあった。

 もう一点は、女性が「結婚には相手の経済力が必要」と頑なに考えていること、自分のことだけでなく、将来生まれてくる可能性のある子どもの事を考えると、当然かもしれない。日本の大学の最高峰である東京大学に子どもを通わせている親の年収が、一般の平均年収よりずっと高いことを考え合わせても、経済力と高水準の教育を受けられる可能性が比例しているのが、この国の現状だろう。

 一九五〇年のイタリア映画『愛と殺意』は、まさに結婚と恋愛における矛盾と葛藤を描いた作品だ。多少、横暴な所もあるが自分を愛してくれる財閥の超金持ちと結婚した美貌の女性が、かつて好きだった男と再会、再び愛し合い関係を持つようになる。彼は夫のような金持ちにはなれない、根っからの労働者だ。

愛する彼女に、彼は「ふたりで逃げよう、知らない土地に行って働けば、と幸せに暮らせる」と迫る。だが、彼女は「あなたを愛しているけど、夫とは別れられない。私にはお金が必要だもの」と言う。

それなのに、彼女とは一緒にいられないと嘆き、悶々とする。最後には彼に、夫を殺害するようにそそのかす。夫には仕事上、敵も多い。殺されたとなれば、財産は自分に渡る。金さえあれば、愛し合う自分たちは必ず幸せになれる、という女の浅はかながらもしたたかな欲望は、古今東西を問わないようだ。

 幸せな結婚の風景

昨年、不惑を迎えたのに「ひたすら惑っている最中です」と苦笑する、野島晴子さんに会った。小柄なせいか、五歳は若く見える。肌もつやつやだ。グロスがたっぷり塗られたぷっくりした唇だけが妙に淫靡(いんび)な色気をたたえている。

結婚十八年、都内一等地のマンションに十歳年上の夫と、一流と言われる私立高校に通うひとり息子の三人暮らしている。夫は元々資産家の息子で、本人も超有名な大企業の役員。晴子さんが学生のとき、たまたまアルバイトをしたその会社の夫に見初められ、大学卒業と同時に結婚した。

「当時はバブルの真っ最中でしたから、『自由な独身時代を謳歌しないで結婚しちゃうわけ?』と、友だちに散々言われました。だけど、私は特にキャリアを目指していたわけでもないし、美人でもないから、せめて若いうちに結婚した方がいいと思っていた。

実はうち、両親が離婚していた、私は母ひとりに育てられたんです。貧乏だったので、大学時代もずっと奨学金をもらっていました。だからプロポーズされたときは、結婚が私にとっての就職なんだ。と思ったんです。

夫は、母の同居も勧めてくれたけど、母が遠慮すると、すぐ近くのマンションを用意してくれた。本当にいい人と結婚したんだ、私は幸せだと思っていました。今でも基本的にはそうなんですが」

 息子を出産したあと、一度流産し、それからは妊娠していない。子供好きでありながら、夫は愚痴ひとつ言わなかった。家事や家計については妻を信頼しきっている。仕事が多忙でも息子とのコミュニケーションは図っているし、家族との外食も好む。夫として父親として、行動は満点に近いだろう、客観的にみれば。

「夫は私をちゃんと女として見てもくれます。今も月に数回は、必ず求めてくる。だけど‥‥」

 晴子さんは、大きく深いため息を長々とついた。平日昼間のホテルのティルームには燦々(さんさん)と陽が射し込んでくる。その明るさに不釣り合いな暗くて低い声で、
「私はどう頑張っても夫を愛せない。愛さなくてはいけないと思えば思うほど、自分が夫を愛していないことを自覚するしかなくなっていくんです」
 一気に言った。

 結婚するときは、いい人だから好きと思っていた。子供ができて、いいお父さんだからこれでいいんだ、と自分に言い聞かせるようになった。さらに子供が大きくなるにつれて、「家族が円満だから幸せなんだ」と思い込むことにした。

流産したとき、夫は涙ぐみながら、ひたすら彼女を慰めた。彼女も泣いた。だが泣きながらも、「いい人なのに愛せない自分が悪い」「私が愛せないから、流産したのかもしれない」と自分を責めるようにもなっていた。

すべてわかっていたのだ、最初から、何もかも。自分の心の中に、いつも答えは用意されているものかもしれない。しかも真実の答えが。

 息子が中高一貫教育の一流中学に受かった三年前、晴子さんはほっとすると同時に、どこか燃え尽きた感覚に襲われた。

「あとは息子が道を踏み外さえしないで、大学を卒業してくれれば、私の責任は完全に果たしたことになるんだなあ、と思いました。素直で明るい子だし、中学にもすぐ馴染んで毎日楽しそうに通っていましたから、それを見て、別に大学まで待たなくても、私の責任はほぼ終わったも同じかもしれないなあ、と夏くらいには思うようになったんです。そのころですね、ちょうど体調を崩したのは」

 医者に行くと、身体機能としては問題はないという。精神科にまわされ、軽いうつ状態「いわゆる燃え尽き症候群でしょう」と判断された。夫は軽い運動や趣味を勧めてくれる。一緒にゴルフをやらないか、と誘ってくれたが、晴子さんはその気になれなかった。

 人生を変えた家庭教師

 次の年、中学二年になった息子の成績が急に落ちる。勉強についていけない、と息子は嘆いた。晴子さんはあわてたが、そのときも夫は動揺ひとつせず、本人の意思と確認して、家庭教師をつけることに決めた。
「そのときは私の軽い鬱は吹っ飛んでいました。やはり子供なんだ、万全ということはないんだと思いましたね。それはまだ私が必要とされている、という気持ちにもつながったのです。だけどその家庭教師が、私の人生を変えることになるとは思いませんでしたが」

 知人を通して頼んだ家庭教師は、ある国立大学の理系学部の三年生だった。ガリ勉タイプではなく、映画と野球が大好きという、明るくさわやかな好青年。母親なら誰もが、「こんな青年に育ってほしい」と願うような二十二歳だった。

「一目見て、うちの息子にこんなお兄ちゃんがいたらよかったのに、と思いました。息子もすっかり彼になついて、まるで本当の兄弟のように仲良くなって。そうなると私も彼が可愛いから、うちでご飯を食べて行きなさい、と声をかける。彼も『おいしい』とモリモリ食べてくれる。

息子が彼と一緒にプロ野球の試合を見に行くときは、腕によりをかけて贅沢なお弁当を作りましたよ。夫も彼の事をすっかり気に入ったようで、たまに洋服を買ってあげたりしていました」

 まさに家族ぐるみのつきあいになった。地方の名士の長男だという彼は、ひとり暮らしのせいもあって、週三回の家庭教師の時間以外にも、晴子さんの家に気軽に立ち寄った。そして、家庭教師としてやって来てから四ヶ月後の晩秋の午後、晴子さんがひとりでいるときに、彼はふらりとやってきた。

よくあることだから、彼女はお茶を出してもてなす。たまたまふたりの手が触れた瞬間があった。彼はその手を放そうとしなかった。

 当時、晴子さんは三十九歳。たとえ晴子さんが夫を心から愛していなくても、夫の愛情を完全にとり込んだ肌は、常にしっとりと潤っている。若い青年から見たら、年上の人妻というだけで心臓が飛び出すような存在、しかも彼女は若く見える。

夫は好人物だが、妻が夫を愛しているようには感じられない。家族の中に深くかかわった彼には、それが分かっていたに違いない。

 彼は彼女の薄手のセーターの袖口に手を滑らせた。指で肌を撫で上げていく。晴子さんは身じろぎもできなかった。彼の指が肘まで来たとき、ついに彼女は、彼のさらさらした髪を、もう片手の手で梳(す)いてしまう。同意ができた瞬間、共犯の匂いが立ち込める。

「いつか彼とこんな関係になりたかったんだ、私はそう望んでいたんだ、と思いました。夫しか知らず、世間も知らずに結婚してしまったことを、心の奥で悔いていたのかもしれません。

大事にしてくれる夫を、尊敬はしているけど、恋心を抱くことも愛することもできなくて、辛くたまらなかった。私一生、恋ができないと思っていました。でも、彼のことは、ずっと気なって仕方なかったんです。それが『恋』と言うものかどうかわからなかったんだけれど、

『この人のためなら』と、会ってすぐに感じていたような気がします。息子と仲良くしてもらおうと必死だったのは、実は私自身が彼と離れたくなかったのかもしれません」

 そのままリビングの床で抱き合った。若くて荒々しいセックス、彼の指が痛いほど胸に食い込んでくるのも心地いい。彼の戸惑いが晴子さんには初々しく映った。彼のモノを自分の手で導く。

「『ピル」を飲んでいるから大丈夫よ」

 優しく背中を抱きしめてそう言うと、彼は数分ともたず、小さなうめき声とともに彼女の中で果てた。時間にして、わずか十分程度の出来事だったような気がする、と晴子さんは言う。晴子さんの上で、彼はペニスを抜かないまま、ぐったり体重を預けて荒い息をしている。その背中を抱き、頭を撫でた。

「息子が戻って来るわ。今日は帰ってね」
 言うなり、晴子さんの中で、彼自身が再び大きく硬くなっていく。そんなのは初めてだった。彼が再度、動き出す。二度目は彼も余裕ができたのだろうか、晴子さんの足を大きく上げさせ、浅く深く突いてくる。自分だってテクニックがあるんだ、と見せたがっているようだった。と晴子さんは微笑んだ。

「彼の尽き方は、微妙に角度を変えてくるんです。力の入れ具合も、慎重だったり大胆だったり。私の反応をしっかり見ている。彼がクッとある場所を突いたとき、私の下半身がぐわっと盛り上がるように熱くなった。

『あ、そこ』と思わず声が出ました。彼は集中的に同じ場所を責めてくる。その瞬間、身体の中が何かが堰を切ったような感じがして、水が噴出したんです。彼の『すごく潮を吹いているよ』という声が切れ切れに聞こえて。ただただ気持ちが良くて‥‥」

 彼が果てた後あと、フローリングの床は水浸しになっていた。晴子さんは、まったく動くことができない。
「『びっくりした。僕、潮を吹く人、初めて見た』って、彼が私に被さりながら、ぽつりと呟(つぶや)くんです。『ウソ。たくさんの女の人知っているんでしょう』と思わず言うと、『ふたりとしかしたことがない。でも晴子さんの身体はとってもいやらしくて素敵だから、一生懸命、やったんだ』と。かわいことを言うでしょう。あの一言で、私は彼の虜(とりこ)になってしまったんですよね」

 慌てて彼を帰してから、晴子さんは水浸しの床に鼻を近づけてみた。ほんの少し鉄臭いような匂いはしたが、ほとんど無色無臭。この大量の水が自分の体から出たのか、と思いながら、はいつくばって床を拭いた。

 翌日、彼から電話がかかってきた。
「僕の身体から、晴子さんの匂いが消えないんだ」
 と。晴子さんは、彼のアパートへ飛んで行った。続けて二日、彼に抱かれて、「引き返せない」は失いたくない」と感じる。

 罪悪感はなくなった
 相手の年齢に関係なく、「この男かわいい」「引き返せない」と思うのは、惚れた証拠だろう。「かわいい」は手放したくない、「引き返せない」は失いたくない引き返すものか、という気持ちの表れだと思う。ここから、よくも悪くも女の執着は始まる。

 あれから二年、晴子さんは彼に会い続けている。息子が大学に合格するまでは、彼が来てもらうつもりだ。彼は、大学を卒業して大学院に通っているので、家に来るのは週に二日になったが、家族ぐるみの付き合いも続いている。

夫がマンションの共有スペースでバーベキューをするときは、必ず彼を呼ぶし、家族三人のドライブに彼を連れて行くこともあった。

 二年間には、危うく夫に見つかりそうになったこともあった。
「彼が帰るとき、私はたいてい外まで送っていくんですが、あるとき、マンションの影でお別れのキスをしていたら、ちょうど夫が道の角を曲がって帰ってくるのが目に入って。夫は後ろから来た車に気を取られていたので助かりましたけど。

彼自身が揺れたこともあった。『家族で出かけるとき、ご主人が晴子さんに優しくしているのを見ているのが耐えられない』と。そういう彼の揺れる心をなだめるのに大変だけど、私としては、夫と息子と愛人に囲まれている時間は、とても幸せなんです」

 夫に対しても、以前のように罪悪感はむしろなくなった。夫を欺いていないときに深かった罪の意識が、裏切るようになってから払拭されたのは興味深い。愛する人ができてむしろ裏切りを認識しているからなのだろうか。複雑な女心だ。

「ものすごくリスキーなことはしているのはわかっている。だけど、彼との関係、彼とのセックスを通して、私は人生をやり直しているような気がするんです」

 明日がどうなるか分からない。それでも彼女は、「体調が悪くなるからピルはやめた」とウソをついて夫にコンドームをつけさせ、彼のモノは生のまま、自分の中でしっかりと受け止めている。

 女の性が私を引き裂く

 出産を機にセックスレスに

 不倫している男女を取材し続けて六年以上たつが、特にここ二、三年は、既婚女性の婚外恋愛が目立つ。「家庭も大事、恋人も大事」と割り切って恋愛する女性が、急増している気がしてならない。だが、もちろん、割り切って恋愛できない人もいるし、結婚後に「運命の人」と思えるような男性と出会って地獄の苦しみを味わっている女性もいる。

「どうして今、会ってしまったのか。私はこれからどうなるのか、どうしたいのか。とにかく気持ちの整理がつかないまま混沌とした日々を送っています」

 そう話してくれたのは、畑中有希さん(四十四歳)だ。彼女は三十歳になる剛士さんという独身男性とつきあっている。一年半近くになる。

 有希さんは、二十代のころ二年ほど短い結婚生活を経験した。夫は事あるごとに暴力をふるい、その後、必ず泣きながら有希さんを激しく抱いた。そんな生活に耐えきれずに離婚。三十五歳で同い年の現在の夫と再婚し、双子の娘をもうけた。

「娘たちは今年から小学二年になりました。かわいいですよ。私より夫の方が、もう目に入れても痛くないくらいかわいがりよう。夫は商社勤めで仕事は超多忙なんですが、それでも娘のためなら寝なくても平気、というくらい。去年の秋の運動会なんて、徹夜のまま見学に来ていましたから」

だが、夫婦のセックスは、子供が生まれてからほとんどない。出産に立ち会った夫が、できなくなってしまったきっかだ。こういう夫はたまにいる。妻を母として神聖視してしまうあまり、「あんなかわいい娘たちが出てきたところへ、自分のペニスを突っ込むことなどできない」と思ってしまうようだ。

それでも夫は、年に一、二回、酒の勢いを借りて妻を抱く。なんとか夫婦としてのつながりを保しているのだな、とわかったら、有希さんは夫を責めることはできなかった。

 獣のようなセックス

「そんなとき、彼に出会ってしまったんです。私は、大学を出てから勤めていた食品関係の職場を出産と同時に辞めたんですが、子供が三歳になったとき、職場復帰することができた。それからずっと正社員として働いているんです。彼は私が職場復帰して二年ほどしたとき、同じ部署に異動してきたのです」

 一年ほど何もなかった。隣同士の机で仕事をしていた、お互いに好感をもっていたし、たまにみんなで食事をするときも「話が合うな」とは感じていたが、有希さんは子持ちの四十代、剛士さんは当時まだ二十代の、独身。恋愛感情など持ちようがなかった。特に有希さんにしてみれば。

「個人的に仲良くなったのは、よくある話なんですよ。彼が仕事でミスをした。ちょっとひとりで先走ってしまたんですね。上司に怒られてしょんぼりしている彼を、飲みに誘ったんです。ひたすら励ましました。すると彼が、店を出てから、

『気持ちが悪い』と言い出して。送っていくしかないでしょう? ひとり暮らしのマンションに送って行って、ベッドに寝かせて帰ろうとしたら、そのまま引きずり込まれて‥‥。心のどこかで私、こんな展開を望んでいたのかもしれない、と思いながら、彼に抱かれていました。

そのときは夫とすでに半年くらいしていなかったから、彼に胸を吸われただけで下半身がじわじわと濡れてくるのがわかるほど感じてしまって」

 彼が有希さんの下半身に指をあてがい、しとどに濡れているのを発見した。「こんなに濡れている」と、彼はその指を有希さんに見せ、さらにそのまま自分の指を舐めた。有希さんを寝かせ、足を開かせると股間に顔を埋める。

クリトリスをむき出しにして舌を尖らせて刺激されたとき、有希さんは自分の喉が「ひぃっ」と鳴るのを感じたという。感じ方が鋭すぎて、声も出なかったのだ。

「彼が入って来て静かに動き出すと、私はもう自分で自分を止められなかった。勝手に腰が動き出して、ものすごい声を出していたようです。彼があとから、『あれはよがり声じゃなくて、咆哮(ほうこう)だったね』と笑ったくらい。本当に自分が自分でなくなるというか、理性も何もかも吹っ飛んでしまった、獣になったようなセックスでした」

 彼は若いわりにテクニシャンだった。体位もスムーズに変えてくる。いつしか有希さんは横向きにされて、子宮口を突かれていた。あまりの気持ち良さに意識が朦朧とする。すかさず彼が、有希さんの乳首をつねった。朦朧としかかった意識が、はっきりと戻って来る。さらに後背位になり、腰をつかまれ、がんがん責められた。有希さん、「どうにでもして」「もっと、もっとして」と叫び続けていたらしい。

「その日は生理直前だったので、大丈夫だからと言いました。最後は正常位で彼は素直に中でイッたんです。びくびくと動くペニスが愛しくて、思わず両足で彼の腰を固定してしまいました。抜いてほしくなかったんです」

 有希さん男性経験は、それほど少なくはない。独身時代、最初の結婚が終わったあとの再独身時代、それぞれ数人とつきあった。だが、剛士さんほど「セックスが合う相手」はいなかったという。もともと憎からずと思っていた相手だが、年齢差が有希さんをとどめていた。そのハードルを乗り越えてしまったら、ふたりの間に歯止めがなくなった。

 その日、有希さんが帰宅したのは午前二時だった。夫も娘たちも熟睡している。娘たちの寝顔を見て、「私は母親なんだ、もう二度とこんなことはするまい」と反省した。そのとき、有希さんの股間から、剛士さんが残していった精液がこぼれ落ちる。

微妙な感覚と同時に、先ほどの絶頂感が蘇った。お風呂に入ると、クリトリスがまだふっくらと腫れている。

「妻として母として、社会人として、それなりの生活を送っていたのに。ここで何かが始まったら、大変なことになる、という気がしました。どうしたらいいのかわからない。彼が迫ってきたら、私は断たれない、いや、断らなくてはいけない。シャワーで身体を洗い流しながら、すべての痕跡を消してしまおう、と思っていました」

 翌朝、ろくに寝ていないまま、有希さんは朝食作りに精を出した。起きてきた夫に、「昨夜は遅かったみたいだな」と声を掛けられ、「残業のあと、みんなで飲みに行っちゃって。ごめんなさいね」と優しく応じた。夫は「疲れただろう」とねぎらってくれる。少しだけ胸が痛んだ。心の中で手を合わせるしかなかった。

 子供たちを保育園に預け、会社に行くと、彼がさりげなく「おはようございます」と声をかけてきた。いつもの声だ。彼にとっては何もなかったことになっているのかもしれない。ほっとしたようながっかりしたような気持のまま、「おはようございます」と有希さんも普通の声で応じた。

 予期せぬ愛人の訪問

 二日後の昼休み、彼から携帯メールが入ってきた。「どうしても、あの晩が忘れられない。今夜、会いたい」と。無視しようとした。だが、無視できなかった。

「結局、その日も会ってしまったんです。『私は結婚もしているし、子供もいる。それにこんなに年も違う。そうそうあなたと夜会うわけにはいかない』とはっきり言いました。だけど彼は、『わかっている。だけど僕は本気なんだ。あなたの都合に合わせる。だから会えると気に会ってほしい。

年齢差なんて関係ない』とじっと目を見て、きっぱりと言い切ったのです。ここで負けたら私も本気になってしまう。そう思いながらも、彼のマンションに行ってしまいました。夕飯も食べずに抱かれて、前よりもすごい絶頂感を味わってしまったんです」

 それからは、有希さんが時間をやりくりし、月に数回、デートを重ねた。会えば会うほど好きになる。こままではいられない。そう思うようになったのは、関係ができて一年近くたったときだ。彼が「耐えられない」と言い出したのがきっかけだった。

「私も夫も基本的に休みだから、家族で過ごそうと決めていたんです。娘たちと公園に行ったり、買い物に行ったり。たまには遊園地や動物園などに遊びに行くこともありました。

だけど彼は、土日は悶々としている、といつも言っていた。『あなたは家族と幸せに暮らしている。その間、僕がどんな思いでいるかわかっているの?』と聞かれこともある。だけどしょうがない。そんなときに事件が起こったんです」

 ある土曜日の夕方、家族でドライブに出かけ、帰ってきたときの事だ。自宅マンションの前で、有希さんと娘たちがまず車を降りた。夫は駐車場に車を置きに行くため、車をマンションの裏に走らせた。

有希さんと娘たちが玄関を入ろうとすると、玄関わきの植え込み近くに、剛士さんが立っていた。娘たちが郵便受け目指して走っていく。剛士さんの姿を見て、有希さんは慌てふためき、「何をやってのよ!」と小声で叱責した。「ダンナさんに言うよ。俺は有希をくれって」と言った剛士さんの顔は青ざめ、目が据わっている。

「三十分後に駅前の喫茶店にいて、必ず行くからと言って私はその場を離れました。彼は『わかった』と駅の方へふらふらと歩いて行きました。夫とは顔を合わせるはずのない方向だったので、ほっとして娘たちと家に入ったんです。夫が帰って来て、一段落したところで、『あ、忘れ物をしたから、ちょっとコンビニに行って来る』家を飛び出しました。

駅前まで走っていって、喫茶店に飛び込むと彼が待っていた。時間がなかったけど、とにかく彼をなだめました。『こういうことをされると、付き合って行けなくなる』と言っているうちに、彼の目から大粒の涙がこぼれ落ちてきて‥‥。

私、彼がいくら本気で好きと言ってくれても、なかなか信じられなかったんです。だけど、その涙を見て、ようやく彼も苦しんでいるんだ、本気なんだと分かった。同時に、私も本気で彼を好きだけど、やはり守らなくてはいけないものがある、と思ったんです」

 いざとなれば妻の立場は捨てられる。だが、母として娘たちを守らなければならない。それは結局、娘たちをこよなく愛し、また娘たちも大好きな「パパ」と有希さんが一緒にいなくてはいけないということにつながる。

有希さんの女の部分は、男としての剛士さんを愛し、母としては父親としての夫を必要としている。有希さん自身、身が引き裂かれるような思いだった。

「それからの彼は、私に離婚を迫るようになりました。『僕が新しい父親になる。覚悟を決めた』とも。だけど、娘たちから父親を引き離す権利など私にはない。

私だって、夫を憎んでいるわけじゃないし。ただ、私自身がどうしたいかと言うと、本音は彼と一緒にいたい。そのために離婚だってできなくはないんです。それでも、周りの事を考えると、自分の気持ちだけで行動するわけにはいかないんですよね…」

 有希さんは、ついに涙を声で詰まらせた。もうじき八歳になる娘たちの父親役を、三十歳の彼が務められるのか。それ以前に、父娘の固い絆を、有希さんが断ち切っていいはずがない。

では、娘たちを置いて自分が家を出られるかといえば、そんなことができるとも思えない。という。完全に八方塞がりの恋。

「彼と別れるしかないと、思いました。同じ職場で顔を合わせる事を考えると、別れるのはつらいけど、私が彼を縛ったら、彼の人生にとっても良くないと思ったんです。五ヶ月ほど前、彼に会ったとき、そう言いました。

『あなたの事は好きだけど、私は娘たちと別れて暮らせないし、夫も娘たちが生きがいになっているから離れられないと思う。私たちが別れるしかない』と。彼は『僕が我慢する。今のままでいいから、付き合ってほしい』と泣くんです。その涙についほだされて、そのまま関係が続いてしまいました」

 拘束されて愛されて

 そのころから、セックスが微妙に変化していった。あるとき、彼が冗談半分で、有希さんの手足をベッドサイドにくくりつけ、身動きできないようにしてしまったのだ。完全に大の字状態になった有希さんの身体を、剛士さんはいたぶり続けた。

微妙な動きをするバイブルを使って、クリトリスとヴァギナを同時に激しく責められたり、アナル用のバイブを校門にいれられ、前はペニスで激しく突かれたり。有希さんは以前にも増して感じ、ついには失神してしまう。

「拘束されて責められるのは弱いんです、私。それは私自身でも気づかなかった自分の性癖だけど、彼が見抜いてしまった。いつの間にか彼は緊縛の技も身に着けていて、先日は麻縄で縛られたまま犯されるように激しいピストン運動されて、また失神。彼が水を飲ませてくれてようやく目覚めたんですが、それでもまだ彼は続けるんです」

 彼は、有希さんを物理的に拘束することで、かろうじて自分の気持ちを落ち着かせているのかもしれない。夫ともセックスをしているはずだ、と剛士さんは有希さんを抱きながら責めるという。嫉妬が情熱をより燃え立たせる瞬間。

「私自身、彼から離れることはできない。だけど家族を捨てることもできない。彼は『十年待つ。十年たったら一緒になろう』と言っています。その一方で、ときどき血迷ったように、『やっぱり離婚して欲しい』と呟くこともある。彼、自分の感情をうまくコントロールできないんです。

私も彼の気持ちが手に取るようにわかるから、辛くてたまらない。家にいると彼の事を思い出し、彼の部屋に行こうとすると娘たちの顔が浮かぶ。彼に拘束されてこの世のものとは思えないような快楽に漂っているときだけが、私でいられる時間なのかもしれません。

彼が自分の年齢にふさわしい人を見つけて、私から去っていく可能性を考えると、私も何もかも捨てて彼の元へ行ってしまいたい、という気もして。私もどうしていいか解らないんです」

 ときとして恋は人を狂わせる。不倫というタブーの中で激しい情熱を燃やすふたりにとって、この恋の魔法はなかなか解けないに違いない。理性や常識も通用しなくなるのが、恋の魔法にかかっている状態だ。「今はなりゆきに任せるしかない」と言う有希さん。恋は善悪で判断することはできない。

 終わりのない「女」への執着

 夫の甘えを支える

「女の業(ごう)」という言葉がある。女という性をもって生まれたために、それに固執する人は、私も含めて多いだろう。一方で、「性」にこだわらず、軽やかに生きていける人もいる。「男の業」とは言わないのは、男の性がもともとあっさりしているものだからだろうか。四十代に入って、そんなことをよく考えるようになった。

「業」は、仏教用語で、身(身体)・口(言語)・意(心)の三つの行為のこと、またその行為が、未来の苦楽の結果を導く働きのことを言う。「業が深い女」と思われる女は、確かにいる。まるで前世から身に染みついた「女としての何か」を現世で晴らそうとするかのような生き方をしている女性を見ると、自分の業はさておき、客観的には痛々しく思えてしまうこともある。

 都内在住で、流通関係会社に勤務する桜井雅恵さん(四十二歳)は、二十年前、大学卒業と当時に、三年付き合っていた同級生と結婚した。

「ままごとみたいな結婚だったけど、楽しかった。ふたりで働いて、ふたりでひとつひとつ家具を調えていった。なかなか子供が出来なかったのだけが寂しかったけど‥‥」

 ところが結婚三年目で彼は脱サラし、「好きな絵の道で生きていく」と夢のようなことを言いだす。雅恵さんは、彼のしたいことをさせてあげたい一心で、その夢を支えた。だが、芸術の世界で身を立てるのは、口で言うほどたやすいものではない。彼の甘さが生活苦を生む。三年たっても目が出る気配はなかった。自暴自棄になった彼は、浮気に走る。

 ある日、雅恵さんが会社から帰宅すると、家の中の様子がなんだかおかしい。ダブルベッドの枕の下に、きらきら光るピアスがあった。若い子でなければつけないような安っぽいピアスだった。

わざわざそんなものを、これ見よがしに置いていく若い女に、ある種のいじらしさとしたたかさを感じる。そして、そんな女と関係を持った夫を軽蔑した。ためらったものの、雅恵さんは、夫に証拠を突きつけることはしなかった。

「私が働いて生活費を全部出して、ときには私の親から借金しながら必死に暮らしているのに彼は浮気。腹が立ちましたけど、浮気ぐらいで騒いではいけない、とそのときは思ったんです」

 雅恵さんは、古風なタイプだ。男を支え、男の肩越しに世間を見ようとする。母親が夫に黙って従うタイプだったというから、それが当然だと思っていたかもしれない。

 しかし、我慢は続かなかった。夫婦間はすでに一年もセックスレスだった。浮気も続いているらしい。

「日か経つにつれて『私のものであるはずの彼のペニスが、他の女の中に入ったのが許せない』と苦しくなって。だけど、そんなふうに思う自分がおかしいのではないかとも思っていました」

 離婚、そして再婚

 そこへ、仕事で知り合った三歳年上の男性が近づいてきた。

「彼には離婚歴があって、といも大人に思えた。相談に乗ってもらっているうち、私も寂しかったので、つい関係を持ってしまったんです。彼は『結婚しよう』と言ってくれたけど、夫に離婚を切り出せなかった。すると彼が夫に会って、殴り合いまでなって‥‥」

 女としての満足感が得られた瞬間ではないだろうか。諍(いさか)いは好まなくても、自分を巡る争いとなれば、女としてのプライドは満たされる。

「そこまでしてくれる彼となら、きっと幸せになれる。そう思って、彼との新しい生活に懸けることにしました」

 三十歳で離婚、翌年、その彼と再婚した。
 ところが、ここから雅恵さんの人生はさらに紆余曲折を経ることになる。

「再婚した夫とうまくいったのは、最初の三年くらいでした。夫は、それまでも二度ほど転職していたんですが、私と一緒になってから、その転職癖がさらに酷くなった。結婚三年目には消費者金融からの借金も発覚。それは私が何とか返済しましたけどね。

大人だと思っていたのに、実はとても幼稚な人だった。会社を辞めるのも、いつも人間関係が原因です。『周りが自分を認めてくれない』と不満を抱えている。反抗期の子供みたいなのに、プライドだけは高い」

 雅恵さんと何度も話して分かったのだが、彼女は自ら「根っからの労働者」と言うように働き者だ。大学時代からアルバイトをして、仕事で自分を生かす術を身につけていた。

再婚当時は、すでにあるプロジェクトのチームリーダーを任されるほど、仕事での周囲の評価は高かった。どんな仕事にも情熱をもって粘り強く取り組み、期待以上の成果を上げることに喜びを見出す。しかも、人間関係を大事にしながら、誰とでもうまくやっていけるのが彼女の特長だ。だからこそ、彼女は夫の転職癖も、みょうなプライドの高さも理解し難かった。

「仕事は共通目的があるからやりやすいけれど、夫婦関係はむずかしい。私も仕事が好きだから、転職繰り返して職場に迷惑をかける彼が許せないと思うことも多かった。だけど、きっと彼には彼の考えも夢もあるはず。それを分かってあげられるのは私だけなんだろうな、と思うしかなかったんです」

 再婚だから、今度こそいい妻でいなければ、という思いも強かった。前の夫を浮気に追いやったのも、自分のせいだと彼女は感じていた。本人は「女」でいたいのに、一緒になった男にとっては「母」にみえてしまう女性なのかもしれない。

 転職を繰り返す夫に不信感を抱きながらも、なんとか結婚生活は続いていた。だが七年前、結婚五年に乳がんが発覚する。三十五歳になった記念にと何の気なしに受けた婦人科検診で、かなり進行した乳がんが見つかったのだ。なぜ自分が、と愕然とした。すぐに手術がおこなわれ、彼女は右の乳房を失った。その後、抗がん剤治療が始まる。

「身体はだるいし髪は抜けるし、手術より抗がん剤のほうがつらかった。丸二年間、抗がん剤治療を受けました。その間も仕事はしていました。身体はつらかったけど、仕事を辞めたら、自分の拠って立つところがなくなってしまう気がして」

 その治療の最中、夫は一度も転職することなく、彼女を支え続けた。入院している時は毎日、見舞いに来てたし、退院してからも彼女を労った。乳がんになったのは辛かったが、夫の気持ちがしっかりしてきたのは嬉しい誤算でもあった。

「二年たって、『大丈夫ですよ』と医者に言われたときはほっとしました。もちろん、再発の恐怖はありましたけれど、今すぐ死ぬかもしれない、という差し迫った恐怖からは解放された。

胸が片方なくなったのは辛くても、当時は命さえあればと思っていました。抗がん剤が原因で更年期が早まり、すでに生理も止まっていた。子供はもう産めない。でも夫も『命拾いしたんだ。これからはふたりで仲良くやっていこう』と言ってくれた。あのころはとても幸せでしたね」

 夫の携帯を覗き見る

 雅恵さんはまたハードに仕事を始めた。ところが元気を取り戻していくにつれ、夫の様子がまたおかしくなっていく。結婚してから八度目の転職、そして三ヶ月後にはまた退職。突然、「せっかく法学部を卒業したのだから、司法試験を受ける」と言い出したりもした。

「本気なら私も応援するつもりでした。だけど、そう言った次の日に、やっぱり税理士にするだの大学に入り直すだの、言うことがころころ変わる。結局、働きたくないだけなんですよね。

思い出したようにハローワークに行って突然働き出すが、数カ月でまた『周りがバカばかりで働けない」と愚痴り出す。仕事なんてすぐに成果は出ない、もう少し粘って見たら、と言ったら、いきなりパンチが飛んできたこともあります』

 夫は常にイライラしているように見えた。雅恵さんは、そんな夫に口答えもせず静かに暮らした。なぜなりか。雅恵さんは自分でもわからないようだったが、おそらく当時の彼女にとって、「夫だけが一緒にいてくれる男だったから」ではないだろうか。

 半年前、夫の携帯電話の料金が急に上がっていることに雅恵さんは気づいた。こっそり携帯を見ると、頻?に同じ女性に電話をかけ、メールのやり取りをしている。メールの中に「きみと一緒になりたい」という送信履歴を見つけた。彼女の中で、何かがキレた。

「というのも、病気以降、夫は私を一度も抱こうとしなかった。一緒に暮らしているのは、確かに夫という名の『男』だったし、私も彼にすがっていたけど、実態は男女の関係ではなかった。私自身も、胸が片方なくなった妻を、女として見ることが出来ないんだろうと、ものすごい劣等感にさいなまれていた。当然、私から夫に迫るようなことはできない。

夫は他の女とはしているのか、したいのか。セックスする気はあるわけですよね。それがわかったとき、前の結婚で浮気されたときのことなども蘇ってきて、パニックになったんです。

夫に携帯を突き付けて、浮気をしたんでしょうと迫りました。夫は夫で、『人の携帯を見るなんて、どういう性格をしているんだ』と逆ギレ。取っ組み合いの大ゲンカになって、私が過呼吸を起こして救急車で運ばれて‥‥」

 病気になった当時は、命さえあればと思っていた。だが、元気になってみると、胸は「失われた自分の女の象徴」だとつらくなる。それは、同性としてもよくわかる。女とって、乳房切除が、どれほどつらいことか、それによって夫とのセックスがなくなったら、どれほど寂しいことか。察するにあまりある。

 彼女はそれから毎日、夫の携帯を覗き見るようになった。女性とのメールのやりとりは続いている。腹が立って、深夜、寝ている夫を叩き起こしたりもした。

「夫の帰りが遅いと、私は寝ずに待っている。そこからまた、浮気をしているでしょ、していない言い争いが始まる。彼は単なる友達と言い張っているんです。毎日が修羅場だった。あるとき、我慢できなくなって、家の電話から彼女は携帯にかけてみたんです。

『はい』と出た声は若かった。『桜井の妻ですけど』と言ったら、ブチッと切られました。またすぐに電話したけど、出てはもらえなかった。午前二時頃、帰ってきた夫は、『彼女に電話するな。オマエが思っているような関係じゃない』って。

そんなはずはないでしょ、と大ゲンカ。すると彼は、『オマエは実はこれが欲しいんだろう。舐めろ』と下着を脱いだんです。下半身だけ丸出しにした彼のあそこを、私は朝までなめ続けました。惨めだった。目を真っ赤にしたまま寝ないで出勤したんです」

 それでも「自分のモノ」が帰って来たという気持ちはあったという。その日、他の女性の身体に入っていたかもしれないペニスを、朝までなめ続ける妻。そのときは、舐めていることが彼女にとって唯一の「女としての証」だったのだろう。

 雅恵さんの目が潤んでいる。そうしてまでしても、夫の愛情を取り戻したい。自分の「女」を全うしたい、と願う彼女の気持ちが、あまりにもせつなくて、私は何も言えなかった。

「それから二週間くらいは、夫も落ち着いて、アルバイトをしながら資格試験を受けるための勉強をしていました。だけどある日、帰ってこなかった。翌日、私が夜八時ごろ帰ってくると、真っ暗な部屋に夫がうずくまっている。電気をつけると、夫は泣いていました。彼女とケンカしたのかもしれない。

私が知らん顔をしていると、彼は急に私にとびかかって来て押し倒し、無理やりセックスをしたのです。彼はずっと無言で、ただ乱暴に出し入れしているだけでした。彼女の事を思い浮かべながらしていたのかもしれない。

それなのに、私は快感を覚えていました。七年ぶりに夫が抱いてくれたことで、よけい夫への執着心がわいてきて、『彼女と別れなくてもいいから、私と離婚しないで』とすがってしまったんです」

 その翌日、彼はアルバイトを辞める。試験勉強に専念したいというのが理由だった。だが、それからの彼は、図書館に行くと言っては帰りが午前様になったり、帰って来るなり酒を飲むからつまみを作れと言ったり、わがまま放題。

「言うことを聞いていると、最後は必ずセックスしてくれる。いつも乱暴なセックスだったけど、私にとっては、夫がセックスをしてくれることそのものが重要だった。だけど、あるとき、気づいてしまったんです。彼は長い時間、舐めさせて、自分がその気になったら挿入して果てるだけ。私を気持ちよくさせようとはしない。わかっていたけど、認める時間がかかりました」

 コンプレックスと孤独

 愛情からではなく、自分の人生や外で恋愛がうまくいかない鬱憤を、彼女にぶつけていただけ。彼女自身も少しは愛情が戻ってきた、と思いたかったが、二ヶ月経つうちに、真実を見つめざるを得なくなった。ただ、自分が家を出ることはどうしてもできなかった。あんな惨めなセックスでも、やはりすがってしまう『悲しい女』がいた。

「今でも状況はあまり変わっていません。私が一度、『私がが嫌いなら離婚しよう』と言ったら、彼は急に号泣して、『絶対に別れない』と。泣きながら押し倒されて、私もそれでまた少し希望を持ってしまってしまう。でもその翌日は午前様。彼女とどうなっているのかもわかりません。

この先、どうなるかも、全く分からない。私としては、彼がやり直そう、と言ってくれるのを待つ気持ちと、離婚してしまおうという気持ちが半々。今はうつ状態がひどくて、医者に通っています。医者からは『今は重要な決断はしない方がいい』と言われているので結論は先送りです」

 いっそ浮気でもしてやろうかと考えるが、「私には胸がない。女として扱ってもらえないに違いない」と落ち込む日々。

 最終的には別れるしかないかなあと思うけど、別れたら誰にも抱いてもらえない、女として見てもらえないんだろうな、とも思うんです‥‥」

 大きな病気に打ち克ったのに、いわば傷跡は彼女の勲章になってもいいはずなりに、雅恵さんはひとりでは背負いきれないほどのコンプレックスと孤独を抱えてしまった。いっそ、女を捨ててしまえたら、人としてだけは生きて行けたら楽なのかもしれないが、それができない「女」への執着心。そんな「女の業」が、私自身もよくわかるだけに、慰めの言葉ひとつかけることはできなかった。

 禁断の関係に、天国と地獄を味わう

 吊り橋を渡るような

 大恋愛の末、一生を添い遂げようと思って結婚しても、人には思いがけない運命が待ち受けていることもある。離婚や死別でひとりになってしまったとき、女性たちはどうやってその寂しさを埋めていけばいいのだろう。

「こんな生活は長くは続かない。それはわかっているんだけどやめられない。誰かにばれたら、すべてが終わり。この半年くらい、ぐらぐら揺れる吊り橋を目隠ししたまま渡っているような、不安定な日が続いています」

 浦野今日子さん(四十六歳)が、大学時代から付き合っていた同い年の恋人と結婚したのは二十五歳のとき。若い夫婦だった。夫は都内の会社に勤めていたが、二年後に突然、「実家に帰る」と言い出す。

「私は東京育ちですが、夫は四国ののんびりした街で生まれ育った人。東京暮らしにはずっと違和感を覚えていたようです。不安はあったけど、そのとき私は妊娠していた。夫について行くしかありませんでした」

 今日子さんは、結婚後も仕事を続けており、産休をとれば仕事に復帰することも可能だった。だが、すべてをなげうっても夫ともに四国に移り住んだのは、妊娠だけが原因でない。

「今となると、ちょっと恥ずかしいけど、本当に夫の事が好きだったんです。だから彼の言うことは聞き入れてあげたかった」

 二十八歳で長男を出産。地元に戻った夫は、友人のつてで仕事を得た。古いながらも広い家で、今日子さんは夫の両親と暮らし始める。

「夫の両親と同居するなんて考えてもいなかったから、最初はすごく気を使いました。だけど、ふたりともいい人で、姑も『どっちが食事の支度をするなんて決めなくてもいい。やれる方がやればいい』というおおらかな人、舅はずっと市役所勤めをしていて、定年後は家庭菜園に凝ってた。のんびりした生活で、こういう暮らしもいいなあと思うようになりました」

 夫の急死

 二人目を望んだが、なかなかできない。それだけが悩みの種だったが、長男が小学校に入ると、今日子さんも司書の資格を生かして、パートながら図書館で働き始めた。

「ところが三十八歳のとき、ふいに子供ができたんです。周りも夫も大喜び。女の子でした」
 両親も健在で家族仲もよく、待望の第二子にも恵まれ、今日子さんはささやかな幸せをかみしめながら暮らしていた。そう、「あの日」までは。その日は突然、やってきた。

「下の子が二歳になった次の日でした。前の晩。娘の誕生日会をやったんです。近くに住む夫の弟家族も来て、にぎやかでした。翌日は日曜日。いつもなら、夫は朝早くから起きて、息子とジョッキングしたりキャッチボールをしたりするんです。

ところがなかなか起きて来ない。前の晩、飲み過ぎたんだろうと思って寝かせておいたんですよね。息子が待ちきれなくなって、『お父さんを起こしてくる』と言ったんですが、すぐに真っ青な顔して戻ってきて‥‥」

 今日子さんが枕元に駆けつけたとき、夫はすでに息絶えていた。心不全だった。四十歳。夫自身も一カ月前に誕生日を迎えたばかり。

「何が起こったのかわからなかった。ふいに夫が消えてしまった。夫の両親の嘆きも半端じゃなかったですね。お姑さんは寝込んじゃうし、お舅さんは急に無口になってしまった。私も息子もふさぎ込んで。わけのわからない娘がいたから、なんとか食事の支度だけはしていましたけど、あのころ、どうやって過ごしていたのか、あんまり覚えていないくらいです」

 そんな中で、夫の弟家族は、しょっちゅう訪れてくれた。儀妹はいえで作ったお菓子を持ってきて子供たちの相手をし、儀弟は両親を励まし続けてくれた。今日子さんも少しずつ、子供たちのために自分も頑張らなければいけないとう気持ちを奮い立たせるようになっていく。

「パートで仕事をしているだけではすまなくなり、夫が務めていた会社の方の紹介で、フルタイムで働くようになりました。事務職ですから、それほど給料は良くなかったけど、舅も野菜作りを再開してくれたし、家もある。暮らしていくことはできました」

 夫の三回忌をすませたころ、ようやく夫亡き後の二年間を振り返ることができるようになった。幸せな結婚生活だった。夫の唯一のわがままは実家に帰ったことだったが、それを今日子さんが受け入れてくれたことで、夫はいつでも今日子さんのことを第一に考えてくれた。

義父母と特に諍(いさか)いがなかったのも、最初に夫が「父さんと母さんと僕は、もともと家族だけど、今日子だけはもとは他人なんだよ。今日子が遠慮しなくてはいけないような状態にはしたくない。今日子はこの家の主婦なんだから、彼女のやりやすいように協力してほしい」と言い切ってくれたからかもしれない。

「本当に幸せな結婚生活だった。結婚してから、ますます夫の事が好きになったし、夫の実家に戻ってからも、ずっと夫に恋してました。私たち、上の子が生まれてからも、週に四回くらいは夫婦生活があったんです。しない日は手をつないで寝ていたし、お風呂も一緒に入ってた。

だから夫が亡くなったときは、自分の半身がもげてしまったように苦しくてつらくて。それでも人は時間とともに立ち直っていくんですよね。少しずつ元気になっていく自分が恨めしいような、虚しいような気持でした」

 母親が落ち着くにつれ、長男も元気を取り戻し、丸四年が過ぎるころには、夫がいないという以外は、ごく普通の日常が戻って来ていた。

「だけど、それと同時に、ものすごく強烈な寂しさが襲ってくるようになりました。最初はただ呆然としているだけ、それから子供たちのために必死になり、ようやく一息ついたところで、寂しくて寂しくてたまらなくなった。

これから何年、あるいは何十年生きるかわからないからない。だけどずっとひとりで生きていくのか‥‥。いつかは子供達も巣立つけど、私はこの家で朽ち果てていくのか。そんなふうにかんがえるようになって、夜中にひとりで泣いていました」

 去年、娘が小学校に入学、息子は高校生になり、孤独感は増していくばかり。まだ更年期に早いのだが、今日子さんは「プレ更年期で鬱状態になっているのかも」とさえ思ったという。

 昨年夏、舅が倒れた。脳梗塞だった。幸い、一命はとりとめたものの、介護が必要な状態となった。三ヶ月後今度は頑張っていた姑が、自転車で転んで足を骨折。ふたり分の介護が、いきなり今日子さんにかかってきた。

仕事と家庭と介護をすべて成立させるのはむずかしい。儀弟夫婦の協力と、介護保険をフル活用しながら何とか乗り切っていたが、今年になってすぐ、舅とが再度発作を起こして帰らぬ人となった。

「もう一度、元気になってもらおうと思って必死にがんばったのに報われなかった。私は夫と舅、ふたりを死なせてしまった。なぜかそのとき、そう思ったんですよね。辛かった」

 舅の棺の前で

 通夜の日、姑と子供たちが寝静まり、儀妹が自宅に戻った真夜中、今日子さんふと、そのことを義弟に漏らした。話しながら、涙が止まらなくなった。ふと気づくと、義弟が今日子さんを抱きしめてくれていた。

「義姉さんはがんばってきたよ、ずっと」
 義弟の声が、最愛の夫とだぶった。顔もよく似た二歳下の兄弟だ。思わず義弟の背中に手をまわした。懐かしい夫の匂い、懐かしい夫の抱擁。

「気が付いたときには、舅の棺の前で、義弟と抱き合っていました。ええ、セックスしてしまったんです。義弟は『ずっと義姉さんのこと好きだった』と言いました。私はあのとき、本当に錯乱していた。六年ぶりに男性を受け入れたけど、それが夫のように思えたのです。

言い訳に聞こえるかもしれないけど、本当に自分を見失っていました。ただ、六年ぶりに男性受け入れたとき、身体中の細胞が一気に蘇るようなきがした。快感を通り越して、自分が生きていることがやっと確認できたような・・‥」

 すべてが終わり、ふたりは黙ったまま、父親のため、舅とのために線香を絶やさず、朝を迎えた。葬儀の最中、今日子さんは儀妹の顔をまともに見ることが出来なかったという。葬儀が終わり、義弟一家は自宅に戻っていった。

 一週間くらいたったとき、義弟が夜中にふらりとやってきた。子供たちはもう寝静まっていた。

「お父さんにお線香をあげたい、と言って。だけど本音は、あの日のことをなかったことにしてほしいと言うのだろうと思っていました。
私自身も、『何というとんでもないことをしてしまったんだろう』とおもっていたところだったので、ちゃんと話し合っていた方がいいなあと思っていたんです。

義弟はお父さん線香をあげると、後ろにいた私に向き直してじっと私の目を見ました。私も見つめ直しました。義弟の顔が近づいてくると同時に、私はまた正気を失ってしまったんです。

身体中が熱くなり、身体の内側から火が噴くようになって、欲望で全身がおかしくなりそうでした。義弟に押し倒されたとき、かろうじて『ここではだめ』と言った。すると義弟は、仏間のすぐ隣の私の寝室へ私を抱いたまま連れて行ったんです。

真上の部屋には、息子が寝ている。ひょっとしたら起きてしまうかもしれない。いけない、こんなことをしていていたら罰が当たる。義妹に申し訳が立たない。理性ではそう思うけど、身体は義弟の指の動きに反応してしまう。

『こんなに・・‥』と義弟が息をのむのが聞こえました。太ももにまで溢れ出るくらい濡れていたんです。彼はそれをすべて舌で拭ってくれました。繊細に舌を動かして、私の敏感な部分を刺激してくる。声が漏れないように、ずっと自分の指を噛んでいたけど、それでも声が漏れてしまう」

 義弟が入って来て動き始めた瞬間、今日子さん自身、驚くほど全身が反り返った。息ができない。だが義弟は動きをやめなかった。『素敵だよ』と夫の声が聞こえた。夫が手を差し伸べる。その手にすがった時、今日子さんは過去に感じたことのないほどの凄まじい快感に襲われた。

「目が覚めたとき、義弟はいませんでした。私の枕元にメモがあって、『僕は義姉さんとこうなったことを、後悔していない』と書いてあった。それから、月に一回か二回、こういう関係が続いているんです」

 夜中に義弟が忍び込んでくることもある。車で遠い街まで出かけ、ラブホテルで愛し合うこともある。義弟は、今日子さんと関係を続けるために、ありとあらゆる機会と手段を使おうとしているようだ。

「義弟と儀妹の関係は悪くないはずです。ただ、儀妹は以前、私に『自分はあんまりセックスが好きじゃない』と打ち明けたことがあるから、仲はいいけど夫婦生活は少ないのかもしれませんね。それはわからないけど」

 重ねれば執着が増す

 義弟夫婦にセックスの関係があろうがなかろうが、今日子さんたちのしていることが正当化されるわけではない。彼らの夫婦生活が少ない方がいい、というのは今日子さんの女の部分が言わせるセリフかも知れない。

「姑も一生懸命リハビリをして、今は元通りに家で暮らしています。家事もかなりやってくれている。私と義弟がこんな関係になっているなんて、露ほどにも思っていないでしょう。

逆に言うと、知ったらショックのあまり死んでしまうかもしれない。儀妹にしてもそうです。今だって、娘のためにときどきケーキやクッキーを焼いてくれるし、『忙しかったらいつでも言ってね、手伝うから』と言ってくれるような女性なんです。

だけど義弟は、『兄貴は怒っていないと思う。儀姉さんがひとり寂しくているほうが、兄貴だってずっとつらいだろう』と都合のいいことを言うんです。私も、その都合の意見に従ってしまう。

冷静になると、こんな関係が誰にも知られずに続くはずもないし、許されるはずもないと思います。もう二度とするまい、と思う。だけど義弟の顔を見ると、だめなんです。拒絶できない」

 最初は夫とだぶって拒絶できなかった。だが、今は義弟を、義弟その人として受け入れ、好きになっている自分がいると今日子さんは正直に言った。

「義弟とこうなってから、性的欲求がどんどん強まっているんです。夫が亡くなったとき、私はもう誰ともセックスしなくてもいい、したくないと思っていたのに。夫が亡くなったショックから立ち直るにつれ、まず心が寂しくなった。

ひょんなことから、義弟とこんなことになり、それから心も身体も、義弟を求めてしまっている。求める気持ちが強くなればなるほど、自分が辛くなるんです。それなのに関係を断ち切れない」

 求めても求めても、彼を自分のものにはできない。たとえ、義弟が離婚したとしても、どちらにも子供がいる以上、一緒になることはできないし、関係を知られることは御法度だ。

「それなのに、私の気持ちも身体も義弟をひたすら求めている。求める気持ちは、一瞬たりともやまないのです。あんまりつらくて死んでしまおうと思うことさえある。そのたびに義弟が言うんです。

『死んだら二度と会えない。生きてこの関係を貫くんだ』と。義弟自身も苦しんでいるという。「義姉さんと別れて家に帰ったときの僕の気持ちもわかって欲しい」とぽろっと漏らしたこともあります。

息子にとっては、義弟は父親代わり。高校進学のときも私より、義弟を頼って将来の事をあれこれと相談していたようですから。だから、針の先ほどの疑惑も誰にももたれてはいけない。そうやって神経をすり減らす生活に、私がどれまで耐えられるかわかりません」

 それでも義弟の顔を見ればうれしい。身体を重ねれば執着が増していく。天国と地獄を行ったり来たりする日々は、いつまで続くのか。ぎりぎりの状態で、それでも愛に生きていこうとする今日子さんを、私は不安とシンパシーを感じながら見送った。
 つづく 第4章
 離婚の後の、男探し、夢探し

煌きを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。