女は割り切って遊べない、身体を交えれば気持ちまでその男にのめり込んでしまうという思い込みがあるが、本当にそうだろうか。なぜ売春婦が世界最古の職業だと言われているのか。
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第三章 男を買う女たち

亀山早苗著
自分自身のセックスのありようを見つめ、自分の性欲に忠実になろうとする女性たちは確実に増えている。現状が満たされなければ、他の方法をで、性欲を満たそうとしても不思議ではない。過去、男たちがやって来たことと同じである。

 男たちがやってきたことだから女もしていいではないかという意味ではなく、男がしていることは、結局、女性もしたいことなのだと思う。

 女は割り切って遊べない、身体を交えれば気持ちまでその男にのめり込んでしまうという思い込みがあるが、本当にそうだろうか。なぜ売春婦が世界最古の職業だと言われているのか。一方で、男が身を売る職業が、いまだ確立されていないのはなぜなのか。男の方が、メンタル的に「できない」ことが多いからではないのか。

 女性は受け入れる側だから、濡れなくてもローションを使えばごまかせる。だが、男は感じなければ勃起しない。そのあたりが、男の「売春夫」が成立し難い理由なのだろう。したくない男とでもできるのが女性なら、したい男とだけ割り切ってできる性質も、女性は持っているのではないだろうか。

 実際、いろいろな方法で男を「買ったり」「遊んだり」して、セックスしている女性たちはいる。彼女たちがどう思って、そういうことをしているのか、興味が尽きず訪ねて歩いてみた。

性感マッサージで感じる

女性向けの性感マッサージは、ネットで調べてみても膨大な数が見受けられる。だが、その中で自分に合うもの、ちゃんとした性感マッサージが受けられるものを見抜くのは大変なことだ。

 相田紗由理さん(三五歳)は、ひとり娘を引き取って三年前に離婚した。今、娘は五歳になり、保育園に元気に通っている。紗由理さんは親戚の会社で働く一方、ここ一年ほど性的な渇きを覚えるようになった。

「立ち直ってきたということなんでしょうね。離婚当初は、暴力ばかり振るう夫がいつ襲ってくるのではないかと、びくびくしながら過ごしていたんです。だけど最近は、すっかり元夫の悪影響も薄れて、『もっと前向きに楽しく生きなくては』と思うようになった。

そんなとき、性的に渇いている自分を意識したんです。かといって、知らない人とするのは嫌だし、知っている人とめんどうな関係にもなりたくない。お金で済むのなら、あっさりしていいんじゃないかと思って、ネットで調べた性感マッサージ師に電話してみたんです」

 セックスの行為そのものはなく、指と、希望によってはバイブレーターを使って満足させてくれるとう。電話に応対したのがマッサージ師本人だったのだが、印象としては悪くなかった。そこで日時を決め、待ち合わせ場所を決めてラブホテルへ一緒に行った。

「彼は四〇歳くらい。ごく普通の人に見えました。ホテルの部屋に入って、いきなり自分だけシャワーを浴びに行ったので、あれ? と思ったんです。緊張している客をリラックスさせるわけでもなく、さっさとシャワーを浴びてくるなんて、言語道断でしょう? 嫌な予感は当たりました。

ちっともよくなかったんですよ。私をベッドに寝かせて、ローションを使って胸や性器をいじるだけ。こっちはあまりに久々だから、それでも濡れたけど、そうしたら指を入れてピストン運動をする。

さらにバイブを突っ込んできました。これならマスターベーションのほうがましだなあと思いましたよ。もっとマッサージそのものでも気持ち良くさせてくれたり、自分の知らない性感を開発してくれたりするものだと思っていたんですが」

 紗由理さんは、「延長しますか?」と言う彼の期待のこもった質問に首を横に振った。
 お代は一時間一万五千円。ホテル代の約4千円も彼女が払った。「金返せ、と本当は言いたかった」と言うのが彼女の本音だ。

 さらに紗由理さんは、別の性感マッサージもいくつか試してみた。
「どこも今一つでしたね。私がちっとも感じていないのに、さっさとコンドームをつけて挿入してきたマッサージ師もいました。マッサージ師って名前だけで、ただ『やりたい男』なんですよね。そんなのが多かった。女は身も心もほっとしたい、性欲を満たしたいと思っても、なかなか満足できない、男性用の風俗みたいに、手軽で、それでいて満たしてくれるところがあればいいのに、と本気で思いましたよ。

身の上話をしたいわけじゃない。ただ、ちょっと疑似恋愛みたいな雰囲気があって、性欲が満たされればいいだけなのに、それがどんなに大変なことか、よくわかりました。これだったら、多少の面倒くささと手間をかけても、知り合いと一夜限りの関係を持った方がよほどましだと思うくらいでしたよ」

 もちろん、中にはまともな性感マッサージ師もいる。知人のマッサージ師は、東洋医学に詳しく、鍼灸師の資格をもっているから、まず普通のマッサージをして、身体をほぐしていく。冷え性や腰痛を持っている場合は、応急処置的に緩和させる。そこからごく自然に性感マッサージに移行し、女性の隠された性感帯を開発させながら、その人のいちばん感じるように指を使ってオーガズムを得るという方法をとる。

 五〇代の男性だが、いっさい、挿入行為はしない。女性の身体をいかにリラックスさせるか、そして性感をいかに高めるかということにプライドをもって取り組んでいるマッサージ師だ。彼のマッサージを受けた三〇代半ばの友人が言っていた。

「私、すっかりセックスから遠ざかっていて、最近はマスターベーションさえする気がなくなっていたの。もう性欲も無くなってきたのかと思ってた。たまたまその人のマッサージを受けたら、ひどく冷え性なのに身体がぽかぽかしてきて、それと同時に、なんだか妙に感じてしまった。最後は乳首に触られただけでイッたのよ。

結局、性器の中に軽く指を挿入されただけ。それ以前に乳首とクリトリスだけで死にそうに感じていて、『もう、これ以上感じるのは怖い』という状況だった」

 性感マッサージほど、ピンからキリまでというものはないかもしれない。紗由理さんのように性感マッサージ師サーフィンをしても、結局自分に合った人に巡り会えない可能性のほうが高いかもしれない。

 ただ、どんな商品もそうであるように、口コミは案外、信用できる。もしネットで探すのなら、マッサージ師本人のHPの掲示板ではなく、他のサイトで口コミを探す方が確実だという気がする。

出張ホストとの疑似恋愛

出張ホストを買う、という手もある。これまたネットで検索すると、何万件も出てくるが、優良な出張ホストクラブを紹介するサイトがあるので、そこをまず訪ねてみるといいだろう。そこでは不埒(ふらち)な出張ホストクラブは削除されるらしいので、一応、信頼には値する。それと、自分に合うホストが見つかるかどうかは、また別の話だが。

出張ホストとすでに三年のつきあいがあるという女性が入る。
中村聖子さん(三三歳)だ。聖子さんは、四年ほどつき合っている三歳年下の彼がいるが、彼のセックスに飽き足りなかったのと、「ストレス解消のために」ある日、出張ホストのサイトをアクセスしてみた。そして、あるサイトで見かけたホストの表情に魅せられてしまったという。

「とっても素敵な人だったんです。思わずすぐに電話で予約しました。最初は二時間のデートから始めたんです。会ってみたら、やはり印象通りソフトで、私をお姫様のように扱ってくれました。もちろん、すべての場所でお金を出すのは私なんですが、椅子も引いてくれたり、コートの脱ぎ着もきちんと手伝ってくれる。

話し方もソフトだし、話題も豊富。最初のデートはお茶を飲んで散歩するだけだったんですが、本当に楽しくて、それからますます仕事を頑張ろうと思えるようになりました」

 聖子さんは、とある企業の営業職。その業界は男性社会で、聖子さんなどは「若い女の子扱い」されることもよくある。だからといって仕事がとれるほど、営業職は甘くない。

むしろ若いこと、女性であることがネックになりかねないので、いつもはダークな色のスーツをびしっと決め、パソコンの入った重いバッグをもって、都内はもちろん、国内を駆け回っている。

 残業も多く、午前二時ごろ家に戻って、六時には出勤のために家を出ていることも稀ではない。基本的には土日は休みなのだが、実際にはどちらか休めればラッキーなほうだという。そんな日常の中で、恋人以外にホストに目がいった理由は何なのだろう。

「恋人とはもう慣れ切った関係なので、たまに会ってもどきどきしないんですよね。安心感はあるとも言えますが。最近はデートと言っても、遠出したりしないで、私が仕事帰りに彼の家に行って一晩過ごすことが多い。

ふたりでご飯を作って食べたり、近所のお店で食べたり。それで一緒にテレビを見てしゃべって寝ちゃう。ときめくようなセックスもありませんし。仕事は好きだけど、ときどき、何のために仕事をしているのかわからなくなるんですよ。営業ってやはり数字に全ての結果が表れる。

ギスギスすることが多いから、女としては、とにかく誰かに『お姫様扱い』してほしかったんです。出張ホストなら、そういうことをしてくれるんじゃないか、と思って」

 そして実際、聖子さんは自分がお姫様であるかのような扱いを受けた。初回は仕事帰りに会ったのだが、相手は一目見て、「いかにもできる女という感じですね。スーツが似合っています」と褒めてくれた。

 お茶を飲んで四方山話をしている合間にも、「きれいな指をしていますね」とか「聖子さんの目って、とっても深い色をしていますね」とか、通常の男性が言わないような細かい誉め言葉を連発する。

一緒に歩いていても、常に聖子さんの足元に気を配り、「段差があるから気を付けて」とさりげなく注意をしてくれたりする。

「すっかり参りましたね。あの雰囲気つくりのうまさは、さすがプロだなあと思いました。必死に働くだけの毎日に、こんなご褒美をじぶんにあげてもいいじゃないか、と帰ってから考えたんです」

 そこで、一週間後、今度は半日コースを予約して、彼に会った。もちろん、予約は彼の所属する出張ホストクラブに入れるから、彼とは直接話せない。ただ、その時点で要望を伝えることはできる。

 半日コースというのは、昼過ぎから早めの夕飯まで。これで約四万円が消える。待ち合わせをしてお茶を飲み、ビリヤードへ行った。彼女はまったくの初心者だったが、彼はビリヤードが好きで、教えてもらう。教え方もとても上手だった、と聖子さんは笑う。

 そして夕方は、都心の高層ビルで夕陽を眺めた。夕飯は、「イタリアンが食べたい」と言う彼女の要望と予算に合わせて彼が予約してくれた店でゆっくりと食事をした。

四万円の料金の他に、移動の電車賃、お茶代はもちろん彼女もちだ。それでも、彼女は値段以上に満足したという。

「あんな素敵なデートはしたことがなかった。通常のデートのように、『何する?』『どうする?』と戸惑うことがないんです。彼が予め、私の要望を聞いてデートコースを大まかに考えてくれるから。そのデートで、私、すっかり彼のことが気に入ってしまったんです」

 三回目はとうとう二四時間、丸一日、彼を拘束した。食事代やホテル代を含めると、一五万~
一六万円はかかるという。そうやって同じ相手と月に二回、丸一日ずつ、彼女はほぼ四年間、会い続けている。

 月に二回、二四時間一緒にいるようなデートは、通常の恋人同士でもめったにしていないのではないだろうか。金でつながっているだけとは言えなくはないが、ふたりの関係は濃密だ。丸一日一緒にいるといことは、だいたい昼から翌日の昼まで。もちろん、ホテルに泊まってベッドも共にする。

ベッドテクニックも凄いのかと下世話なことを彼女に聞いてみると、最初は少しはぐらかしていた彼女も、最終的には頷いた。

「一緒にお風呂に入って全身を洗ってくれる。愛撫も時間をかけて、ものすごく丁寧にしてくれます。私が感じるところを察するのが上手かったですね。何度も感じて、もうだめというところまでしてくれます。

彼とも話したんですが、きっとセックスの相性も悪くないんだと思います。話も合うしセックスもいいし、私は彼と会うと、また明日から頑張ろうという気になれるんです」

 ただ、あくまでも彼は仕事として出張ホストクをしている。現在、聖子さんは年収一〇〇〇万円ほど稼いでいるが、聖子さんにお金が無くなれば、彼と会うことはかなわなくなる。個人的に連絡が取れるわけでもない。私がそう言うと、聖子さんの目がうっすらと潤んだ。

「そうですよね、普通の恋人同士なら、『昨日、何してた?』という会話が成立するんですけど、彼とは成立しない。私が事務所に電話するのは、予約の時だけ。彼の携帯電話番号も知らない。何処に住んでいるかもわからない。

それに昨日は、彼は別の女性と一緒にいたかもしれない。私とするより濃厚なセックスをしていた可能性もある。それを考えると、一時期、嫉妬で頭がおかしくなりそうになったり、会うと泣いたりしまったりしたこともあるんです。ただ、こればかりはどうしょうもないんですよね。彼は出張ホストで、私はお客。それは変えようがない。

つらいけど、じゃあ、彼に会わない方がいいのかというと、そんなことはないんです。やはり会いたいし、会えばリフレッシュされる。どんなに忙しくても大変でも、彼に会える日を考えれば乗り越えられるんです」

 せつない関係だなあ、と私は溜息をついてしまう。彼女が彼に恋愛感情をもっているのは明らかだ。そうでなければ、月に三〇万円以上も使って、彼との逢瀬を続けようとは思わないだろう。

彼女が彼の事を語るとき、目は完全にハートになり、恋する瞳は色っぽく光る。もちろん、彼女自身、自分の立場はわかっているし、彼への恋愛感情が決して実を結ばないものであることもしっている。

「それでもいいのかなあって最近は思うんです。今が楽しいから。彼と会っている時間がかけがえのないものだから」

 時折、つらそうな表情を見せながらも、彼女は精一杯、明るくそう言った。
「最初はお金を払うことに抵抗があったんです。だけど今は、私は彼を買っているんじゃなくて彼の時間を買っているんだと思うようになった。会うとすぐ、彼にお金を預けて、全部支払ってもらうんです。

私がいつまでも今の収入を保てるかわからないし、彼がいつまで今の仕事を続けるのかもわからない。だけど、続けられる限り、彼に会い続けたい。そう思っています」

 お金で買う異性に本気になってしまう。男が商売の女性に入れ込んだら、男の世界ではどういう評価をされるのかはわからない。だが、私は聖子さんの話を聞きながら、これはこれで悪くはないのではないかと思った。

せつないしやるせないけれど、それでも彼と会うことが彼女の生きがいになっているのなら、それはそれでいいのではないか。

 何かに夢中になることはよくある。そこにお金をつぎ込むことも。その対象が「人」だから、彼女は女で彼が男だから、人に知られた特別な目で見られないとも限らない。だから、もちろん彼女はこの事を友人にさえも言っていないという。ばりばり働くキャリア・ウーマンがもつ、月二回の秘かな時間。こんな秘密があっても悪くない。

 時間とお金があるときに、気まぐれ出張ホストを買う女性は他にもいる。
「誰に頼んでもいいだけど、やっぱりセックスの上手い人がいい。私はそうやって割り切って頼んでいます。まあ、なかなか合う人はいないけれど、それでも三回に一回くらいは肉食的に満足できるし、できない場合はバイブを使ってもらいますね」

 外資系の金融機関の会社に勤める小野和香子(三十六歳)は、仕事が忙しい上に、恋人関係が煩わしいので、出張ホストをよく利用するという。

「三年前に婚約解消したんです。もう結婚式の招待状まで出したのに、そこから揉めにもめて、もうやめよう。ということになって。そんな経験をしてから、なんとなく男の人を信じられなくなって、恋愛がめんどうになっちゃって。

だけどセックスはしたし、たまには恋愛気分も味わいたい。そんなときに出会ったのが出張ホストはちょうどいいんですよね」

 男がキャバクラなどに行って、恋愛気分を味わうのと同じようなものだろうか。女性も多忙になったり異性関係がめんどうになったりすると、「疑似恋愛」で満足してしまうのかもしれない。

「本当に恋愛すると、やはり全面的にかかわるでしょう。楽しいこともあるけれど、めんどうなこともたくさんあるし、それで揉めるとお互いに傷つくんですよね。私自身、正直言って、まだ傷が癒えていないのかもしれない。
あんな思いをするくらいなら、恋愛とか結婚とか考えずに、もっと気軽にエッチしたいと思ってしまうんです」

 セックスは愛する人としかしないものだと思っている女性も多いだろうが、今は和香子さんのように「後腐れなく気軽にエッチしたい」と思っている女性も少なくない。

決して不埒な考えからではなく、愛する人とのセックスと、ストレス解消のように気軽に楽しむそれを分けて考えているだけだ。

「相手への個人的な愛がなくとも、気持ちがいいものはいいんですよね」
 和香子さんのあっけらかんとした言い方に、私は思わず噴き出した。確かにセックスにはそういう側面もあると私自身も思うから。ある意味で、セックスは「ガチンコ勝負」だったりもする。愛情があるかないかではなく、人はセックスそのものを楽しむこともできるのだ。倫理観や道徳観を自分の中から飛ばしさえすれば。

「今まですごくよかった出張ホストは、私と同じ世代で、サラリーマンの人。副業でホストをやっていたんです。この人は、女性を気持ちよくさせるのが自分の使命みたいに思っていて、出張ホストは天職だと言っている不思議な男性だした。転勤になったので会えなくなってしまったんですが、彼がいたときは、月に一、二回は会っていましたね

私は別に出張ホストと疑似恋愛したいわけでもないので、ホテル近くで待ち合わせてすぐにホテルに行って、帰りにはちょっと居酒屋に寄って帰るというパターンが多かった。いつも律儀に三〇分以上挿入してくれた。性的に強かったですね。さんざん私をバイブでイカせておいて、その後、挿入一時間なんてこともあった。

私がどちらかというと、クリトリスより挿入で感じるタイプなので、いつも頑張ってくれました。彼とだと、自分がどう振る舞ったらいいかとか、相手がどう思うんだろうかと考えないですむんです。

まるで獣のようにセックスだけに完全に集中できた。だから、ぶっ飛ぶようなセックスだったと言いきれます。セックスだけ考えていたら、婚約者だった彼よりもずっと快楽の度合いは強かったですよ」

 だからといって出張ホストに入れ込むわけではなかった。お金を払う分、きっちりサービスしてもらう。それだけの関係と割り切っていた。感情移入はしない。

「セックスが合う出張ホストに出会えた。それだけのことですよね。彼に仕事や私生活の細かい話はしたことはまったくありません、『今日、ちょっと会社で嫌なことがあったのよ』という程度の話はしましたけどね。そうすると、『じゃあ、そんなこと忘れるくらい激しく楽しくやろうね』ということになる。そしてその通り、何もかも忘れてセックスに没頭できる。そんな相手はめったにいませんよね。恋人だとこっちも気を遣ってしまうし」

 身体も気も合うホストに巡り会うのは難しいことだけど、運命の人と思うような恋人に会うよりは確率が高いはず、と和香子さんは笑った。

「とても合う人がいなくなったので、今はあちこちの出張ホストクラブに電話して、月に数回、いろいろな人と会っています。そこそこ合う人も何人かいるので、楽しいですよ。マッチな人から繊細な人までいるので、気分によって選びます」

 ただ、客とはいえ、もちろんルールがある。金を払っているのだから、と威張るのは御法度。立場を逆転させてみれば、それは当然のことだ。コンドームをきちんとつけているかどうかも確認する。

それ以前に、和香子さんは相手のペニスをじっくり眺めて、病気をもっていないかどうかを確認するそうだ。中にはきちんと検査を受けている人もいるが、それは少数派。だから勃起するとすぐコンドームをつけてもらう。間違っても、ナマで挿入はしない。

「あとは友だちノリで、とにかく楽しもうというのが私は好きですね、ホストの人に聞いたんですけど、女性によっては、もっとロマンチックにとか、もっとムードを高めてとかいろいろシチュエーションにこだわったりするようですが、私はこだわりません。楽しくて、ガチンコ勝負ができる人ならいいなあという程度です。『それがいちばん厳しい』とホストに言われたことがありますけど」

 一度に使う金は、だいたい三、四万円くらい。高いと思うか安いと思うかは、利用者次第だろう。

「性感マッサージでも三万円くらいしてしまう所もあるから、私はそれなら出張ホストのほうがいいと思う。同じ目線で楽しめるような気がするから」

 ただねえ、と元気に話していた和香子さんは、最後に真剣になった。
「こういう生活をしていると、恋愛からどんどん遠ざかりますね。平日は仕事ばかりして、週末は趣味でヨガとテニスをやっているんですよ。仕事は忙しいし、友だちもいるし、親と同居だから実は家事なんてほとんどやっていない。

月に一、二回は出張ホストとお楽しみ。となると、恋愛なんていらないですもん。親もさすがに最近は、「結婚しないの?」と言わなくなりました。たまに『いいのかなあ、これで』と思わなくもないんですけど。

どうしても人間は楽な方へ流れますよね。唯一、考えるのは出産かなあ。でも、何が何でも子供が欲しいとも思えなくて。年取ったら犬でも飼うのも楽しいかなあなんて考えています。結婚している友達には『あんたは一生、結婚できない』と言われますよ。

本当に好きな人ができたときは、もちろん、出張ホストのことは完璧に隠して恋愛するだろうと思いますけど」

 そこまで好きな人が出てくるかどうか、と和香子さんはため息をついた。だからといって今の境遇は決して不満ではないのだろう。ある意味ではすべてが満たされている。だから、この生活はやめられない。

 自分の生活に、「満足できるセックス」という要素が必要だから、彼女は出張ホストを買う。だが、それによって、生きていく上でのパートナーが不必要になっているという側面がある。それは彼女が親と同居しているせいもあるだろう。

 夫という名の他人より、親と暮らしているほうがずっと心地いいに決まっている。まして今の時代、女性がずっと独身でいても、仕事をしている限り、周囲も「そういう生き方もある」と納得してしまう。晩婚や少子化の背景には、こういった女性の生き方の問題もあるはずだ。

 恋人や夫に煩わされたくない女たちは、現実にいる。何が何でも結婚、何が何でも家庭を持つべきという価値観は、すでに絶対的なものではなくなっているわけだ。

 和香子さんが、結婚解消の痛手から、恋愛や結婚を先延ばしにしている可能性もある。だが、本当に結婚したければ、別の方法を模索しているはずだ。現状にそこそこ満足していて、新たな苦労を背負い込みたくないという気持ちが、彼女を恋愛から、まして結婚からも遠ざけている。

 バッイチの私も、和香子さんの気持ちはわかるような気がする。個人的には、懲りずに恋愛してしまうタイプではあるが、冷静に考えてみれば、わざわざ恋愛を求めなくても、気持ちいいセックスが手に入れれば、たとえそれが金と引き換えでもいいのではないか、と思う。
むしろ、そのほうが何も考えずに済むから。ではなぜ、和香子さんが出張ホストで、私は恋愛に走るのか。

 それは私が単に「懲りない」性格で、たまたま好きな人が出来てしまうからと言うだけのことかもしれない。そして恋愛に伴う、さまざまなマイナス要因を私が厭(いと)わないというだけだ。それをめんどうだと感じたり、傷つくことを怖れていれば、極端な話、私も恋愛から引退するかわからない。

 和香子さんは、出張ホストを買っているという事実を誰にも話していないという。
「人に言ってもわかってもらえるとは思えないし、わかってもらおうとも思わない。誰も知らない秘密の時間ということでいいんじゃないかと思っています」

 女がひとりで生きていくというのは、そういうことなのだろう。ひとりで秘密を抱えられるだけの強さがなければ、こういう生活はできない。

「いつか恋愛できたら、連絡しますね」
 明るくそう言って別れた和香子さんからは、たまにメールが来るけど、恋愛とは無縁の、だが「楽しい毎日」を送っているようだ。

性の社交場、乱交パーティに行く

現実的に「お金を払って男を買う」というのとは少し異なるが、乱交パーティに参加するというのも、精神と肉体をある意味で切り離した行為なのかもしれない。

 セックスが好きで、一度に何人の男性とするのも好きという女性には、乱交パーティは合っているだろう。ほんの数年前までは、こういったパーティも、決して陽の目を見ることはなかった。だが今はネットがある。複数の男性と性行為をもつことに興味があれば、ネットで検索することによって、そういうサイトにたどり着くことはできる。そこから、どういうサークルを選ぶかが大事であるが。

 ネットでいくつかのサークルを選び出し、主催者と綿密なメールのやり取りをして、ようやく参加する決意をしたというのは、都内に住む北原里栄子さん(三三歳)だ。

 里栄子さんは、二〇代の頃、生まれ故郷の中部地方に住んでおり、五年にわたって不倫をしていた。相手は会社の上司だったが、妻に知られて大変な目にあったとう。

「ある晩、奥さんが私のアパートにやってきたんです。その日は彼と一緒ではなかったんですけど、『うちの夫はどこにいるのよ』と部屋に土足で上がってきて、押し入れを開けたりして大騒ぎ。アパートの誰かが警察に通報してしまったらしく、警官までやって来るし。彼とはそれがきっかけで別れました。

会社に居づらくなったから退職して、アパートも引っ越して。その後、何の連絡もないままに、彼からは一〇〇万円が振り込まれていました。それがいちばん傷つきましたね。でもお金は必要だったので、叩き返すこともできなかった。情けなかったです」

 二九歳で上京し、派遣で働きながら経理の勉強を重ねた。その努力が派遣先に認められ、二年後に正社員として迎えられた。

「不倫のことを忘れるために必死に生きてきたような気がします。ふと気づいたら、仕事は手に入ったけど、男関係はからっきりだめ。不倫の上司とは、すごくセックスが合ったんです。まだオーガズムを知らない私に、彼は丁寧にすべてを教えてくれた。

頭のてっぺんから足の指まで、いつも時間をかけて愛撫してくれたし、ヴァギナだけじゃなくてお尻まで開発されてしまったんです。仕事が落ち着いたら、そういうことが自然と思いだされて、なんだか身体がうずうずしちゃって。それでどこか安心して参加できる乱交サークルはないかなあと探していたんですよ。

三つほど見つけて、主催者とメールのやりとりをしました。いちばん誠実な感じがしたのが、今、参加しているサークルです」

 月に一度、都内のホテルでサークル全体のパーティがある。登録している男女は、約三〇名ほどいるが、参加するのはだいたい一〇名前後。主催者が男性への面接を細かにおこなっており、男性の社会的地位は高く、女性に優しい気持ちを持っている人ばかりだという。

 パーティ以外でも、性的なことで女性が望めば、ほとんどのことが実現される。たとえば男性ふたりと3P
したいとなどという願いも、男性たちの都合がつけば叶えてもらえる。女性はいつも無料、ホテル代は男性が支払う。

「悪いから、私はたいてい何か食べ物などを調達していきますけど、それも必要ないといつも言われます。最初にパーティに参加したのは、一年半ほど前。悩み悩んで、主催者にも会って、最初は見学のつもりで参加したんです。乱交って興味があったけど、実際に経験したことはないし、そもそも知らない人とセックスすることが出来るんだろうか、と自分でも半信半疑でした」

 都内のホテルのスィートルームに時間通りにいくと、すでに参加者がコーヒーなどを飲みながら談笑していた。女性たちはみんなおしゃれで、男性たちもソフトな笑顔で迎えてくれた。主催者が里栄子さんをみんなに紹介してくれる。主催者の入れ知恵で、里栄子さんはそこでは「リコ」と名乗った。

「リコさんは今日は見学ですが、素敵な男性が素敵なエスコートをしたら、どうなるかわかりません」
 と、主催者はユーモアたっぷりに言った。

「だけどそのとき、男性たちが誰もがっついた感じがなくて、みんなにこにこと笑っているんです。大人の社交場という感じがしましたね。三〇分ほど経つうちに、女性がふたりの男性と隣の寝室へと消えていきました。

さらに即席カップルがまた消えて。主催者に促されて寝室へ行くと、ベッドはふたつとも使われていて、私、他人のセックスを初めて見ました。女性ひとりと男性ふたりのグループは、男性ふたりが女性をこの上なく丁寧に愛撫していて、女性のよがり声がすごかった。

それを見ているうちに、正直言って、私も感じて来てしまった。気づくと、隣に男性がいました、『僕、あなたをひと目みたときから気に入ってしまったんです。とても素敵だから』と、耳元で囁かれ、うなじにキスされて、あっけなく陥落しましたね」

 談笑していた部屋に彼と一緒に戻ると、そこでもすでにあちこちでセックスが始まっていた。ふたりは交互にシャワーを浴び、ソファに腰かける。彼の指が里栄子さんのバスローブの胸を軽くはだけて乳首に触れた。

その瞬間、里栄子さんの身体がびくっと動く。
「『感じやすいのだ』と彼は優しく言って、キスしてきました。最初は軽くソフトに、それから舌を優しく入れて歯の裏をなぞるように、そこからほとんどわけがわからなくなってしまいました。気づいたら、床でセックスしていた。

気持ちよくて、もっともっと欲しいという気分になって。実は私、初参加の日に三人の男性としてしまったんです。何度も何度もオーガズムを感じて。あの日の私のことはあとからみんなの笑い話のように語られているらしくて、恥ずかしいけど、男性たちのリード次第で、知らない人であっても、あんなに感じるだと驚きました」

 男性たちの紳士的な態度と、セックスのテクニックが、里栄子さんを何度もオーガズムに導いた。

パーティのときは、終電で帰る人もいれば、朝まで残る人もいるのだが、里栄子さんは朝までいた。始発電車が動き出す頃、心地よい疲れを身に纏(まと)いながら帰った。

「また来たいと思いました。もっと自分の性感を知りたい、どこまで快感を追求できるか知りたくなったんです。主催者の男性にメールでそう伝えると、彼は『あなたのように自分を解放できる人は、きっと楽しめると思います』といってくれました」

 その主催者の男性に会うことができた。彼自身はパーティで乱交には参加しない。あくまでも裏方に徹し、男性たちが少しでも女性たちに不快な思いをさせないかどうか見張っているのだという。四〇代半ばの彼は、自営業のため、時間の都合がつけやすく、生来のセックス好きが高じて、こういうサークルを立ち上げたという。

「セックスも好きなんだけど、基本的には女性が好きなんですね、だけど、女性の中には、セックスに対してマイナスのイメージを持っている人も多いし、男性に嫌な思いをさせられたことでトラウマになっている人も多い。なんとかそれを払拭して、セックスの楽しさを知ってもらいたい。

女性が感じている顔って本当にきれいだと思うし、セックスで満たされると、表情も生き方も変わってくるという例をたくさん見てきたんです。年齢に関係なく、女性たちに生き生きと輝いてほしい。その思いでこのサークルをやっているんです。

幸い、うちに来る男たちはみんなかなりの高収入ですし、女性に尽くすのが好きだという人しかメンバーになれない。男性たちとは僕は何度も面接をします、『いろいろな女としたい』だけとか、女性を蔑(さげす)んでいるような点が少しでも見えたら、メンバーにはしません」

 離婚して落ち込んでいる女性、失恋してセックスを楽しめなくなった女性などが、なんとか前向きに生きたい。とネットで訴えてくることもある。彼はそういう女性とはメールのやりとりを重ね、前向きに生きるように励まし続ける。

「やっぱり自分自身を否定し続ける人は、セックスに対しても前向きになれないんですよ。好きな人とセックスするのもいいけど、そうじゃないセックスだって楽しいということを知ってもいいんじゃないかと思います。

そういうセックスを知っていることによって、本当に好きな人と出逢えたとき、ますますセックスの重要性や素晴らしさを実感することができると思うし、ただ、僕がしていることは世間の常識から外れていることは分かっています。だからこそ、秘密を守れる人しかメンバーにはしないし、秘密の時間だからこそ、より楽しいんだと思いますけどね」

 この主催者の男性は、本当に感じのいい人だった。気負いも衒(てら)いもなく、自分を解放してセックスを楽しむ、女性は自分の快感を追求した方がいい、という姿勢がぶれないから、世間から見て非常識だと分かっていながら、なぜか爽やかささえ感じさせる。

 ここ一年ほどパーティに参加しているという宮崎茉莉さん(三〇歳)は、二〇歳のころつきあっていた最初の男にひどく心を傷つけられた経験をもっている。

「私は初体験のときに出血しなかったんですよ。そうしたら彼が、『やっぱり、相当遊んでると思ってたんだ』と。『性器の形も色もちょっと人とは違う』とも言われたんです。彼と別れてからも、その言葉が残ってしまって、ずっと悩んでいました。

思い切って医者に行ったこともあります。医者では、『ごく普通ですよ。人間の顔かたちが違うように、性器も多少の違いはあるけど、あなたのはごくごく普通の範囲です』と言われたんです。

それでも、怖くてなかなか恋愛に踏み込めなかった。次にもし同じことを言われたら、どうしたらいいかわからないし、そもそも男性とふたりきりになるのが怖くなってしまったし」

 丸八年、セックスから遠のいていた。それがなぜか二九歳を目前にしたとき、このままではいけない、と思ったという。

「人生、逃げるなと自分で感じたんです。本当は私だってセックスを楽しみたい。だけど怖いからって逃げていたら、一生逃げ続けるしかなくなってしまう。それで思い切って、ネットで見つけた、このパーティに参加してみることにしたんです」

 最初は気後れと恐怖感で、見学しながら身体がぶるぶる震えていたという。だが、茉莉さんにとって、主催者をはじめ、男性たちの優しさには心を慰められるような気がしたけど。ずっとこれじゃ困りますよね」

 ところが主催者の彼に尋ねると、女性たちはセックスに前向きになると、恋愛も積極的になる。その結果、恋愛がうまくいってサークルを離れていく例がほとんどだという。
もちろん、既婚未婚を問わずにメンバーになれるから、恋人がいてもメンバーでいつづけることは可能なのだが、女性の場合は離れていくケースが多い。

「いつかは卒業と思っているんでしょうね。まあ、出ていくも戻って来るのも自由なので、その人がどういう形であれ、幸せになってくれればいい。僕としてはそれが一番の願いだから」
 彼はにっこり笑った。

性の嗜好を満たすハプニングバー

いろいろな人とセックスしたいという欲求はあるものの、こんなご時世、行きずりの人と密室でふたりきりになるのは怖すぎる。そんな女性たちが、今や都合よく利用しているのがハプニングバーかもしれない、都内をはじめ、さまざまな場所に、このハプニングバーは存在している。

 見かけはあくまでも普通のバーだ。だが、中で知り合った男女が意気投合したら、何かハプニングが起こる可能性がある。という意味から「ハプニングバー」という。風俗ではない。出会い系のバーバージョンといったらいいだろうか。

バーなので、もちろん飲んでいるだけでもいいし、気の合う人がいたら話しているだけでもいい。ハプニングを起こすかどうかは、その人次第。何かが起こったら、それを見ていることも可能だ。

 こういう場所では、多くの人が本名を名乗らない。どこに勤めているか、年収はいくらなのか、学歴は、など、通常、社会で通用することがいっさい通用しない。つまり、男も女も、素の自分で勝負するしかないわけだ。

女性側からいうと、話しているだけで相手を見抜く力が必要となる。そして、たとえば、気乗りがしないのに男性に触られたとき、きちんと「ノ」が言えるかどうかも大事な要素だ。

 多くの店も、もちろん不埒な男性がいないかどうか、目を光らせてはいる。だが、店のキャパによっては店側の目が届かないこともあるから、女性は「男に流されずに、自分の意志で行動を決める」ことが求められる。

 数年前、この手の店はまだ少なかったころは、誰もが店に来るのに気後れした。男性でさえ、店の周りをうろうろしたあげく、結局か帰ってしまったとか、店には来たものの女性に話し掛けられずにいた、という話がよくあった。しかも、女性ひとりで来るという人は本当に少数だった。

「ひょっとしたら、初めてであった異性し、何かコトを起こしてしまうかもしれない。しかも、それを人に見られるかもしれない」場所なのだから、自分自身の性癖がわかっていない人は来なかった。

来る人は、その性癖をどこかで恥ずかしいと思っていたものだ。いわば、「ちょっと特殊な性癖を持った人たちの集まる場所」だった。

 しかし、今はネットで店の様子がわかるし、危険な場所ではないという認識が浸透したためか、ごく普通の男女が集う。サークル的な場所になっている店が多い。女性ひとりの客も増大しているという。しかも以前だったら、女性客は、最初はコスプレ程度で楽しんで、知らない男性たちに「きれい」「似合う」と言われて満足して帰るということが多かった。

 だが今は、若い女性がふらりとひとりでやってきて、初回から「ハプニング」を起こして帰るケースがほとんど。女性たちにとって、いかにセックスのハードルが低くなっているかがわかる。

 もちろん、自分の欲求に忠実に行動するのはいけないことではない。むしろ、自分の欲求を素直に見つめ、やりたいことをやってしまえばいいと思う。ただ、ここから私自身の矛盾もあるのだが、セックスがあまりにもオープンになりすぎると淫靡(いんび)さに欠け、それはそれでおもしろみが減少してしまうという気もする。

心の底では自分の欲求をわかっていながらも、「いけないことをしている」というある種の罪悪感をもつことで、タブーを犯している興奮がもたらされることもある。

 つまりは、そういう罪悪感に縛られているのではなく、むしろその罪悪感を興奮材料に使えるほうが楽しいわけだ。罪悪感が皆無で、いつどこで誰としてもいい、という状態になると、かえって興奮は減ってしまう。この辺りがセックスのおもしろいところでもあるし、むずかしいところでもある。

 自身の行動を疎外するような倫理観は不要だが、興奮を煽(あお)る道徳観はもっていたほうが楽しいような気がする。

 ともあれ、ハプニングバーへたびたび通うことによって、自分の性的欲求を初めてきちんと意識したという女性がいる。清水奈緒子さん(三五歳)が、最初に都内のハプニングバーへ行ったのは、昨年春のこと。

「男友だちが、『おもしろいところがあるから行ってみよう』と言って連れて行ってくれたんです。そのときはただ飲んだだけでしたけど、夜更けになってから、あるカップルと単独で来ていた男性と仲良くなって、カップルの女性と単独の男性と絡んでいるのを見てしまいました。

『自分の彼女を別の男に抱かせた男は、けっこういるんですよ』って、その店のマスターが言っていたのでびっくりしたのを覚えています。単独同士の男女がカウンターで意気投合、盛り上がってそのままソファでいちゃついているのも見て、セックスってこんな安易にできるものなんだと不思議に思ったし、だけどちょっと興奮もしましたね。他人のセックスを見たのは、あれが初めてだったから」

 男友だちと別れて帰り道、次はひとりで行ってみようと思いました。三日後、意を決して同じ店にひとりで訪ねた。

「すごく勇気がいったけど、好奇心には勝てなかったんです。平日だったので、店はそんな混んでいなくて、マスターとゆっくり話すことができました。そのとき、『あなたはどんセックスが好きなの?』と聞かれて、答えに詰まってしまったんですよ。若いときから、恋人がいなかった時期はほとんどなかったけど、

自分がどんなセックスが好きなのか、どんな性的嗜好があるのかなんて、真面目に考えたことがなかったから、私はコスプレも興味はないし、SM嗜好もない。だけどセックスは好きだし、ふたりの男に責められてみたいという欲求もある。

しばらく考えてから、素直に自分のそういう気持ちを伝えました。店に行って一時間くらい経ったときかな、同世代の男性が入ってきたんです。マスターが、『彼はすごくいい男だすよ。紳士的だし、セックスも強い。試してみる?』と。出会ったばかりの人とすぐセックスするなんて考えてもいなかった。

でもその人と少し話しているうちに、自然に彼が手を握ってきて、そのうちスカートの中に手を入れられて‥‥。私、その日はガーターベルトにストッキング、Tバックという状態だったので、彼は『すごく素敵』とにっこり笑ったんです。
その笑顔がいい感じで、彼に手を引かれて店の隅にあるプレールームに一緒に行っちゃいました」

 同性でもあるマスターのお薦めだけあって、彼は抜群のテクニックと、かなり大きなペニスをもっていた。奈緒子さんは「ペニス好き」だという。それも、自分の中でいっぱいいっぱいになるくらいの大きなペニスが好き。その好み彼はぴったり合っていた。

「絶叫していたらしいです、私。彼とは二時間くらい絡んでいたんじゃないかな。覗いている人もたくさんいたらしいけど、私はそんなことを気にするどころじゃなかった。あんまり気持ち良くて、没頭していたから。プレスルームから出てくると、みんなが『お疲れさま〜』なんて声をかけてくれて、なんだかうれしいような変な気分でした。

その彼とは、その後も店で会うとたいてい一戦交えましたね。『真っ向勝負ができるからいいよね』なんて言い合って。どちらが先にイクかの勝負みたいなところがあって、それはそれで楽しかった」

 最初にいい人を紹介してもらったことで、奈緒子さんはその世界にのめり込んでいった。週に四回も五回も通い、そのたびにいろいろな男と知り合う。男によって口説き方も愛撫の仕方もさまざま。恋愛感情が絡まないだけに、冷静に見極めたりノリだけでセックスしてしまったり。さまざまなことがあった。

「いい男だし話していると感じも悪くない。なのにやたらとセックスは自分勝手、という人もいますしね。どんな仕事をしているか、どんな生い立ちなのか、まったくバックボーンがわからないだけに、

話しているときとエッチのときのギャップが大きいと、私の男を見る目もまだまだわなんだ反省したりもして。来ている女性たちも、いろいろです。ひとりの女性、若い女性もかなり増えましたね。女ばかりの日もあって、それはそれでみんなで飲んでどんちゃん騒ぎという楽しさもあります。

どんな性癖をもっていても、その店ならバカにされることはないし、変わった性癖の人と話を聞くのも楽しい。世の中、いろいろな人がいるということはよくわかりましたね。夫婦で来ていて、妻を他の男性に抱かせて、それをじっと見ているのが好きな男性とか、自分はしないで、他人のを覗き見るのが趣味だという男性、マゾの男性も見ました。縛りつけられてヒーヒー喜んでいる男もいた」

 性の嗜好は、昼間のその人からは見当もつかないことが多い。びしっとスーツを決めた一流企業のエリートサラリーマンが、夜な夜な下着一枚で、首輪をつけられて喜んでいることもある。

妻が何人もの男に輪姦されるのを見て嫉妬に苦しみながらも、それが快感につながっていくという国家公務員の夫もいる。人には言えない、自分の性の嗜好を満たすことができる場所が、ハプニングバーなのではないかと奈緒子さんは言った。

「私もいろいろな人としているうちに、一晩で何人とできるか、何回イケるかなんて言うことを考え始めちゃったんです。それを店の人に言ったら、じゃあ実現させましょう。

なんていうことになって。ある日、一晩で一二人としました。男たちは全員、きちんとイキましたよ。私は一ダースの男のうち、本気でイカされたのは七人くらい。あとの五人は私がイク前にイッちゃったから。だけど翌日が大変でした。身体中、筋肉痛で、歩くのもやっと。

土曜日だったけど、たまたま仕事があって会社に行かなくてはいけなかったんです。予定では朝から行くつもりだったのに、昼過ぎにようやく、という感じでしたね」

 目隠しして相手が誰だか解らない状況で、いきなり挿入されるのを望んだこともある。店や常連客の協力によって、奈緒子さんは自分の性的欲求を次々と発見、そのたびに実現させていった。

「すごい勢いで潮を吹いたのも、そこで知り合った人とが初めてでした。周りが水浸しになってしまったくらい。最初は指で刺激されて二メートルくらい先まで潮を吹いたのですが、その後は挿入されてもペニスが一点に当たると吹くようなってしまった。

あまり潮を吹いたときなんて、誰かが途中で水を差し入れてくれたりしましたね。上から水をいれて下から出してちゃ世話ないね、なんてみんなで大笑いしました」

 今は、一時期ほど通い詰めてはいない。時間があれば週末に行って、顔見知りと話したり、気分が乗ればコトを起こすこともある。ただ、あの場所がある、ということが奈緒子さんの助けになるという側面はあるようだ。

「行き始めてわかったんですが、私、相当なセックス好きみたい。他人がどのくらいの頻度でセックスしているかなんかわからなかったけど、周りの声を聞くと、私はどうも『好き者』の部類に入るらしい。まあ、セックスってしなければしないですんでしまうけど、し始めるしょっちゅうしたくなるという側面があるんですよね、

頻?に店に通っていた当時は、二日行かないと体が重くなるような気がしましたもの。周りの人たちには『すごいねー』『好きなんだね』といつも言われていた。相手が真剣にセックスに取り組んでくれる人だったら、私は必死で勝負に挑むという感じかな。

今でも、店に行くと『帰ってきた』という感じがしますね。何かあって、生きてい行くのが嫌になりそうなときでも、すべてを忘れられる場所があると言うのは支えになっているかもしれない」

 私の知り合いで、この手のバーにはまった男性は興味深いことを言っていた。彼は非常に性欲が強く、常に欲求を持て余してしいるところがあった。結婚しているが、妻はセックスに興味が薄いタイプだから、以前は時々風俗で息抜きをしていたという。

「だけど風俗って、やっぱり面白くないんですよ。性的欲求は強いけど、年齢とともに、それだけが満たされればいいというわけではなくなった。もうちょっと女性とちゃんとコミュニケーションをとりたい、きちんと口説いて合意の上で楽しみたい、

という気持ちに大きくなっていって。あの手の店が楽しいんですよ。ただ、もし、ああいう店がなかったら、僕なんて痴漢くらいしかできなかったと思う。一応、社会人として昼間はまっとうな顔して歩いて行けるのも、ああいう店があるから」

 この男性と同じような考えを持つ女性もいる。関西在住の鹿取暁美さん(三七歳)で、彼女は地元関西の店に行かず、都内の店に月に数回、遊びに来る。仕事の関係で、月数回、東京出張があるからだ。

「地元の店で知り合ったら、やっぱり恥ずかしいし、付き合っている人がいるので、万が一知られたらまずい。だから、東京に来たときに、いろいろな店にいっています」

 暁美さんもまた、自分の性的欲求の強さを認識している。恋人とは一〇年のつきあいになるが、なんと相手は二〇歳年上で、しかも家庭があるのだという。

「知り合った頃は、向こうもまだ四〇代で元気だったんですが、最近はちょっと疲れてきているみたいで‥‥。愛撫はますますねちっこくなっていますが、肝心の挿入時にペニスの硬度が弱くなっている。だけど、一〇年もつきあってきた大事なパートナーだし、今後もつきあっていくつもりです。

不倫だからさんざん悩みましたし、私自身も一時期、半年のほどの間、他の人と結婚するつもりで彼と離れていたんですが、結局は戻ってしまった。そのくらい彼の事は好きだし、人生のパートナーだと思っている。だけど性的には最近、あまり満たされていないんですよ。

なんだかひとりで悶々としてしまって。こういう店があることを知って行ってみたら、それはもう楽しくて。よりどりみどりだし、女性にとっては天国ですよね」

 屈託なく笑う暁美さんは、三〇代後半にはみえない。童顔ということもあって、いつも三〇歳くらいにしか見られないのだという。

「ちょっと憂いのある女性に憧れるんですが、私はどうしても無理。やっぱり関西ノリだし、明るくエッチしようやということになっちゃう。淫靡なセックスを求める男性には受けが悪いけど、明るく楽しくエッチに生きようという男性にはモテるような気がする」

 東京出張は一泊二泊だが、そのたびに、朝までいろいろな男性とエッチしまくって、ほとんど寝ないままに仕事する。多くの店は女性は無料、もしくはせいぜい一〇〇〇円から二〇〇〇円程度の料金で済むから、妊娠と病気にさえ気を付ければ、ここも女性にとっては天国だ。

自分を解放して、気持ちいいセックスをするのが元気のもと、と言って、暁美さんはガハハと笑った。

「私はこういうキャラだから、したくない男が迫って来ても、『今、する気になれない』と言えばすむ。だけど中には、したくもないのに男に口説かれてしちゃう、という女の子もいるんですよね。

女がああいう店で遊ぼうと思うなら、主体性を持たないといけない。いい男がいたら自分から口説く、その代わり嫌な男の口説きはかわすことくらいできないと遊べないですよ。

たまに見ていて『この子、本当はこの男のこと嫌っているんだろうなあ』と思うと、助っ人に行ったり店の人にさりげなく伝えたりしています。女性が楽しく遊べる雰囲気を、女性たち自ら作り出さないとね」

 彼女の恋人に、この手の店で遊んでいることを、もちろん告げていない。たとえ不倫関係であろうと、彼が知ったらいい気持ちはしないに決まっている。そのためにも、地元の店には、いっさい行かないようにしているのだという。

 都内在住の働く主婦である、石塚美津子さん(四二歳)は、夫とのセックスレスから、ときどきハプニングバーに足を運ぶ。

「下の子がうまれてからレスなんです。だからもう一〇年近くになりますね。年に一回か二回くらい。酔った勢いで手を出してきますけど、楽しくも何ともないですよ、そんなことでは。悶々としていた時期もありましたけど、ずっと働いてきましたから、ある程度、気にしないですんでいたんです。

でも、四〇代になったころから、とにかく『したい、したい』って思うようになって。友だちにこういうバーを教えてもらってからは、月に二、三回来ています。顔見知りがいたり、意気投合した人がいれば、じっくり楽しみますが、夜遅くなりすぎないうちに帰りますね。家族には残業とか付き合いだとか言っていますが、バーにいるのはせいぜい二、三時間。今日はよさげな男がいないわ、と思ったら早めに撤退して、日を改めます」
 
 ある会社の課長職を務める美津子さんは、さばさばした口調でそう言った。まるで生活に足りないものがあるから、デパートに買いに来るという感じだ。

「セックス自体は秘め事だと思うけど、相手に恵まれていない女性の場合、こういう場所があるのは救いですよね。本当に困っている女性は多いと思うんです。だからといって、するきのない夫を責めて気まずい思いをするのも嫌ですし。

出張ホストも性感マッサージも、密室で二人になるのはあんまり気が進まない。こういう場所なら、怖い思いをすることはまずないし、自分が相手を選ぶことができる。だから気に入っているんです。

後腐れなく、感情のもつれもなくセックスを楽しめるから。家庭は壊したくない、でもセックスは楽しみたいという女性には、打ってつけじゃないかしら。私の知り合いの未亡人とかバツイチの女性たちも、けっこう行っているみたいですよ。

あとは年齢ですよね。最近、こういう店は若い人が多いから、オバサンは行きづらくなりつつあるという声も聞きます。でも、自分が気にしなければいいような気もするんですよ。年上だからこそ、若い男と楽しめるということもあるし‥‥」

 他の男とセックスするということに、抵抗はないのだろうか。それとも、そんなことに抵抗感を覚えるより、もっとセックスへの渇望が大きかったということか。

「ほとんど病気のように『したい、したい』と思っていたんですから、抵抗感なんて覚える余裕はありませんでしたね。いや、正直言うと、抵抗がかなったわけじゃない。帰り道、私、何をしているんだろうと思ったこともあります。

でも足が向いてしまう。私はやっぱり妻、主婦、母でもあるけど、自分自身の女という面を失いたくないんです。その気持ちがとても強いんだと思う」

 四〇代は、女性の性的欲求がいちばん強まる時期だとも言われている。美津子さんは、そういった店へ足を運ぶようになってから、非常に落ち着いて日々を過ごせるようになったという。

「欲求不満だとカリカリしちゃうんです。些細なことで子どもにたちを怒鳴ったりもしていましたね。よく夫にも『そんなに怒るなよ』と言われていた。心の中で、『あなたが私を抱かないから、こういうことになるのよ』なんて恨んでいましたけど、

いまは、あまり子どもを怒らなくなったし、夫に対してもなんとなく寛容でいられる。家の中も円満になりましたね。自分を正当化するわけではありませんけど、日常生活をうまくやるためには、私自身がストレスをためないことだと思うから、しようがないような気がするんです。
家族にばれないよう細心の注意を払って、もうしばらく通うと思います」

 話を聞きながら、私も「しようがない」と思うようになっていた。必要悪、という言葉が浮かぶ。決して「悪」ではないのだが、家庭生活の倫理から言ったら、やはり非難されがちなことだから。「ばれなければ何をしてもいいのか」という声もあるだろう。

それは正論であるのだが、彼女の立場になってみれば、やむを得ないという気もしてしまう。
 不倫だの婚外恋愛だのと違って、情がからまないように欲求不満を解消するという彼女の意思を、個人的には糾弾したくない。

その性癖は隠し通せるか

一方、つき合っている彼に、こういった店で遊んでいることがばれてしまったという女性がいる。現在、揉めている最中だというが、これまでの経緯を話してくれた。
彼女は、加藤慶子さん(三三歳)といい、三年つきあっている同い年の恋人がいる、

 慶子さんがハプニングバーに通うようになったのは、たまたま女友だちに誘われたのがきっかけだった。最初に行ったときは、着てみたかったミニスカポリスやフライトアテンダントの衣装、レーシーなスリップなどを身に纏ってはしゃいでしまった。周りの男性たちの視線を集めることに快感を覚えた。

「女友だちは、それから足が遠のいてしまったんですが、私は何故かはまっていきました。コスプレして、いろんな男性と話すだけでも楽しかった。社会的な立場とか日常のストレスとか、すべて忘れて、ただの男と女としていられる場所だから、それがおもしろくかったんです。

何度目かに行ったとき、男性ふたり連れと知り合って、ふたりに優しく責められてついその気になって、というのが男性と遊ぶようになったきっかけです。行くたびにいろんな人としてました。セックスまでせずに愛撫だけと、ということもありましたけど、それだけで人によってはオーガズムを感じてしまうという経験もした。

私は縛られてみたいという欲求もあったので、プロの緊縛師が遊びに来たときは、志願して縛ってもらいました。さすがプロですよね。縛られている途中で、すごく感じて‥‥。うっとりとして意識が朦朧(もうろう)という状態だした」

 肌にロープが食い込むたびに、慶子さんの意識は薄れていったという。全身を縛られ、天井から吊るされたときは、ほとんどイッてしまっていた。

「縛られてみたいという気持ちはあったけど、それほど自分が感じるなんて思ってもいなかったから驚きましたね」

 あるとき、慶子さんのマンションで、つきあっている彼と性的な話をしているとき、ふと慶子さんは「縛られたい」と言ってしまった。彼にしてみれば突然、恋人がそんなことを言い出したので、疑惑を抱いて当然だ。

「根掘り葉掘り聞かれて。どうして縛られたいのか、どこでそんなことをしたことがあるのか、と。なんだか私、このまま自分の性癖を隠しているは潔くないような気がして、実はこういうところへ行ったんだ、と言ってしまったんです」

 全裸で縛られて吊るされた。それを店にいる人たちみなが見ていて、その視線にさらに快感を覚えた。それだけでなく、他の男とセックスしたこともある。慶子さんはすべて白状した。

「彼はそういう店にはまったく行ったことがない人だし、おそらく、行ってみようという発想もないごくごく常識的な人なんです。だけど週刊誌などで、そういう店の存在は知っていたから、『オマエがそんなところに行っているなんて』とショックを受けたようでした。

『そんな変なところじゃないよ』と言ったけど、性的に興味ない普通の人から見たら、やはり変な場所だと思うんでしょうね。とにかく一緒に行ってみよ、と今、口説いている最中なんです。人にはいろいろな性的好奇心がある。それをいけないとかおかしいというほうが、実はおかしい。

実は昨夜もそれでケンカになって、『もっと視野を広げてよ』と彼に言ったら、『オレはオマエとしかしていないよ。好きになるって、そう言うことだろう』と激怒していました。

私が彼とするセックスと、そういう限られた場でするセックスとは全く意味が違うんだけど、それを分かってもらうのはむずかしいかもしれません」

 お互いに同じ趣味をもっていれば問題はないのだろうが、片方が「好きな人としかしない」という考えの持ち主で、もう片方が「それとこれは別」という考え方だと、相容れないのかもしれない。彼は慶子さんが裏切ったと思っている。

「他に好きな人がいて二股かけていたのなら、裏切りと言われてもいい。だけど、彼とのセックスは愛情で成立していること、向こうのセックスは興味と好奇心だけだということ。この違いが分かってもらえないんです。

もちろん、分かってもらうのは容易じゃないと思うけど、せめて店に一緒に行ってもらいたいんです。そこでいろいろな人と話してみて、いいとか悪いとか、正しいとか正しくないとか、そういう基準で考える必要のないものなんだ、ということだけわかって欲しい」

 だが私は、慶子さんの彼には、おそらくわかってもらえないと思う。彼を安心させるために店通いを辞めるか、あるいは店通いが辞められないなら、つきあうかどうかは彼の判断に任せるか。どちらかしかないのではないかと思う。

ただ、ひとつ言えるのは、性的な興味も嗜好も、変わっていく可能性があるということ。今は刺激的で楽しいから、そういう店に通っているのかもしれないが、いつか飽きるときもくる。ある程度、自分の性感を見極められたら、自然と興味が薄れてくる可能性もある。
慶子さん自身が、焦って結論を求めない方がいいのではないか、と話した。

 後日、慶子さんから連絡が来た。やはり彼とは別れたのだという。結局、店に連れて行くことはできた。その日は客が多くて、バーカウンターでストリップをやる女性がいたり、ソファでレズっている女性たちがいたり、次々と男たちを「食っていく」女性がいたり、

マゾの男をいたぶっている女性たちがいたりと、なかなかの性的光景フルコースが繰り広げられていたらしい。店の他の客たちの対応から、慶子さんがかなりの常連客であることが彼に知られてしまった。

「朝方までいたんですが、そのあと私の部屋に来て、彼が『今日、声をかけてきた全部の男としたことがあるか』と言ったんです。ふと彼の顔を見ると、涙ぐんでいた。そこで初めて気づいたんです。彼を傷つけてしまったのだ、と。

人によってはセックスの嗜好は違うし、認め合うのが本当の愛情だ、と私は彼に言い続けましたけど、そういうことは理屈じゃない。彼はそれが発覚してから、ただひたすら傷ついていたんです。私はそれを思いやってあげられなかった。

自分の価値観を押し付けてようとしてしまった。しかも、いちばん繊細なセックスの面で。私は私で、彼を傷つけたことに気づいてしまったために、なんだか急に動転して、『別れよう』と口走った。彼は『そうだね。あんなすごい光景ばかり見せられて、あの中に慶子もいたんだと想像すると、気が狂いそうだよ』と言って、部屋から出て行きました。

それが三週間前です。それっきり連絡も来ない。実は私、あれから店に行く気にもなれなくて、ずっと落ち込んだままなんです。やっぱり性的な嗜好が違うと、つきあっていくのはむずかしいんでしょうか。

あるいは私が白状しなければ、いつか落ち着くところに落ち着いたのか‥‥。本当はどうすればよかったのか、いまだに分からないんです。今さら何もできないし、事実を知られてしまった以上、彼は戻ってこないと思いますけど」

 そのあたりは私にはわからないが、お互いのコンセンサスがきちんと成立していないと、こういったバーで一緒に遊ぶのはむずかしい。

 若いカップルがハプニングバーに来て、男は別の女性としたいがために、彼女にも「他の男とやれ」と言っているのを聞いたことがある。その彼女は、他の男性とはしたくないのだが、「オレと同じように遊ばないと別れる」と彼に言われているので、しかたなしに遊んでいると泣きながら話していた。

 また、彼に突然、連れていかれたが、彼が他の女性と遊んでいるのを見てショックを受け、別れてしまったという女性もいる。男性側も、自分の彼女や妻が他の男性に抱かれているのを見て、嫉妬しながら興奮するという複雑な気持ちを楽しんでいる人もいるし、最初から、そういう場所に女性が来ること自体許せないという男性もいる。

 セックス自体のハードルも、また、昔ながらの道徳観からいえば、ある種のアブノーマルな性行動のハードルも、どちらも低くなっている。そのために、昔ながらの道徳観しか持ち合わせていない人には、パートナーの行動がショックに思えることもあるだろう。

昔ながらの道徳観を持っている人がいけないわけではない。だが、自身の性癖に気づいてしまい、抑制できずに実践している人が悪いわけでもない。

 ずるいかもしれないが、慶子さんは彼に話すべきではなかった。彼の性格を知っているなら、隠せるだけ隠し通したほうがよかったのではないだろうか。自身の欲求が沈静化したり、興味が薄れたりする可能性を考えれば。

慶子さんの気持ちからいえば、「セックスについての考え方は、生き方とも関係してくる」のだから、恋人に隠し続けるのはむずかしい、ともいえる。

 いずれにしても、女性が自身の性のありようを確立していくには、その性感が深くて多岐にわたるだけに、困難な側面がたくさんあるような気がしてならない。
 つづく 第四章女性たちが求めるもの

煌きを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。