付き合っている男性はいるものの、彼とのセックスに満足できなかったり、特定の恋人を作る気になれなかったりする独身女性の一部は、より「自分の快楽を追求するための」セックスを探している。

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第二章 自ら動きはじめた女たち

本表紙亀山早苗著
 女たちは、もはや「待っているだけ」ではない。自分の性を見つめ、欲求を大事にする女たちは、自分から動き始めている。

不特定多数と寝る女たち

 付き合っている男性はいるものの、彼とのセックスに満足できなかったり、特定の恋人を作る気になれなかったりする独身女性の一部は、より「自分の快楽を追求するための」セックスを探している。

「彼との関係と、その他の男性とのつきあいは、私の中では完璧に”別のもの”という感じです。彼に対する罪悪感? ほとんどありませんね」

 そう話すのは、とあるメーカーで広報を務める鈴木春奈さん(三〇歳)だ。同い年の彼とは三年のつき合いになるが、彼はセックスにおいてはかなり淡泊なほうだという。

「週のうち半分くらいは一緒に過ごしているんです。彼は比較的、定時で帰れる仕事で、仕事自体もそれほど忙しくない。私はとにかく忙しいので、彼が家で食事をつくったり家事をしてくれたりするんです。

家の中のことが好きだと本人も言っている。従来の男女の役割が逆転したようなカップルなんですよ、私たち。しかも私はけっこう性的欲求が強い。彼は『しなくてもいい』というタイプ。だから一緒にいるとすごく落ち着くし癒されるんだけど、性的には満足できないんです」

 春奈さんは、もともと性的にオープンなほうだと自分で認識している。三歳年上の姉は慎重なタイプで、春奈さんが一九歳でセックスを経験したとき、二二歳の姉は未経験だった。

「いっつも思っていました。お姉ちゃんは、人生を楽しもうとしていない、と。子どもの頃から姉の慎重さが不思議だったんです。その分、私はどちらかと言うと奔放になってしまったのかもしれない。

二〇代半ばまでは、半年くらいのサイクルで彼を替えていました。ふったりふられたりですけど、長くつきあえないんです。飽きてしまって。そういう意味では、三年も付き合ったのは今の彼が初めて。人として本当に尊敬しているし、いいパートナーなんですけど、一年経つかたたないかで、彼の性的欲求の低さに耐えられなくなってしまったんです」
つきあって一年で、彼はほとんどセックスを求めてこなくなってしまった。春奈さんが求めれば、嫌な顔をもせずに応じるのだが、力強いセックスとはほど遠い。

「私はセックスのときは強引なくらい責めてくる男性が好きです。濃厚で、時間も長くて、身体がへろへろになるようなセックスがしたい。一年間、彼とつきあいながらずっとそう思っていた。でも彼にはそれを望めない。とはいえ、彼と別れる気にはならない。けっこう自分ではせっぱ詰まっていたような気がします」

 大好きなパートナーなのに、セックスだけが物足りない。こんなとき、それを我慢すべきだという指摘は、私にはできない。

 セックスの重要度は人によって違うが、春奈さんの場合は、自身の精神的肉体的安定のためには、濃厚なセックスが欠かせなかったのだろうと思うから。
 
「ある日、職場の近くで先輩や同僚たちと食事をしたんです。そのあと、男性の先輩二人とバーに行ったんですが、店に到着するなり、ひとりが家から電話で帰ることになった。残った先輩とふたりで飲んでいるうち、なんだか怪しい雰囲気になって、そのままホテルに行ってしまったんです。

その先輩は素敵な人だったし、結婚しているけど私にも彼はいるわけだから、あと腐れがなくていいかも、という気持ちもどこかにあった。先輩も酔った勢いというのがあったんでしょうけど、ホテルの部屋に入ると、『あなたのことはずっと気になっていたんだ』って後ろからぎゅっと抱きしめてくれて。そこからはすごかったですね。

シャワーも浴びずに、お互いの身体を貪りつくすように求め合ったんです。後から聞いたら、彼の奥さんが第二子を妊娠中で、ほとんどセックスできない状態。『妻の妊娠中に浮気するなんて、ひどい人ですね』と思わず言ってしまったけど、お互い求めるものが同じだったから、満足はしました」

 お互いパートナーと別れて、というような深刻な恋愛には発展しない。だからといって、ただのセックスフレンドというわけでもない。春奈さんには、自分にも恋人がいるということを、先輩に打ち明けた。その日はお互い、次にふたりで会う約束もしなかったが、すでに暗黙の了解が成立したような気がする、と春奈さんは言う。

 おそらくセックスの最中に、身体で約束を交わしてしまったのだろう。「これからも、この気持ちを味わいたい」と。

「先輩とは今も不定期ですが、ふたりきりで会います。お互い好きなんですよ。性的にも極上の快感がある。だけど、それ以上の関係には発展しない。割り切ってつきあっている。と言われればそれまでだけど、冷たい『割り切り』ではないんです。

もっとお互いに思いやりをもった人間関係ができあがったような気がします。ただ、大きな声では言えないですけど、先輩以外にもときどき、仕事とか飲み屋とかで知り合った人とセックスしてしまうことがあるんです、私」

 この人はどういう人なんだろう、という興味を持ったとき、それはすでに「セックスの第一歩」なのかもしれない。もっと知りたい、という気持ちがなければ、人は人に近づこうとはしないものだから。

「誰でもいい訳じゃないんですけど、知り合って、その人に好奇心を持ったら、一緒に食事をしたくなる、お酒を飲みたくなる、気が合えばそのままホテルに行きたくなる、というすごくシンプルな成り行きなんです。ときどき、私には自分を律する何かが足りないんじゃないかと考えることはありますが、それがいけないことだとも思えなくて‥‥。

世間の価値観でいえば、きっと『ふしだらな女』ということになるんでしょうけど、私は自分の感情と欲求に素直に生きているだけなんですよね、もちろん、世間的に見たらどう思われるかわかっているから、友だちさえこういうことは言えませんけど」

 春奈さんは苦笑しながら目を伏せた。少しだけ恥ずかしそうな、だけど、それが自分の生き方だから仕方がない、とも言いたげな複雑な表情だった。

 個人的には。もちろん春奈さんを糾弾する気などさらさらない。したいようにするのがいちばんだ。それぞれの男に、それぞれの興味を持ち、「寝たい」と思ってしまうのなら、寝てしまうしかない。決して他人事だと思うから言っているわけではなく、かつて私にもそういう時期があったからわかる。

 男としての魅力を感じると、立ち止まってはいられない。あるいは、初対面で「この人とはきっと、どうにかなる」と直感が働く。それは「どうにかなりたい」という欲求でもあろう。「この人だと、どんなセックスになるのだろう」という思いが、相手への好き嫌いの感情より先だってしまったこともある。

 例えは悪いが、新色の口紅を見たとき、自分につけたらどんな色になるのだろう、試してみたい、と思う気持ちと大して変わりないのかもしれない。もちろん、それで痛い目にあったこともあるが、そうやって「自分の好きなセックス」「自分自身の好む性的な幻想」を探していくしかないタイプの人間もいるかも知れない。

 もし、あらゆるリスクがなかったら、男も女も、きっと「いろいろな人としてみたい」と思うに違いない、と個人的には感じている。

 浮気がばれたときの恐怖心とか面倒くささ、合意の上で寝たのに、あとで相手が豹変したらどうしようという不安、あるいは自身の道徳観、倫理観などがブレーキになって、人はあまり無軌道なことはしないだけではないだろうか。逆に言えば、あらゆるリスクを引き受ける覚悟があれば、何をしても構わないはずだ。

「私は、コンドームをつけない男とは絶対しません。妊娠と病気だけは避けたいから。
あとは、やっぱり多少なりとも素性のわかっている人を選んでますね。まったくの行きずり、初対面でそのままホテルへ行ったという人はいない。

別に一回コッキリでもかまわないけど、そこにはおのずとルールや思いやりが存在するわけで、口が軽い男とか女性を蔑視しているような男性とはしてこなかったと思う。ま、それでも私は痛い目にはあってますけど」

 春奈さんの「痛い目」とは、仕事で知り合った既婚の男性と寝てしまい、彼女自身が本気になりかけたことだった。
「彼の日々の行動を知りたいと思って、しょっちゅう電話をかけたりメールを送ったりしてしまった。向こうが逃げ腰になればなるほど、追いかけて‥‥。この人の場合だけは、奥さんから奪い取ってしまいたい、と思うくらい好きでした。結局はふられましたが、立ち直るのにけっこう時間がかかりましたね。

学生時代からいちばんの親友には、ある程度のことは話しています。彼女は私を責めたりはしないけど、よくわからないと言いますね。『あなたは一体、誰がいちばん好きなの?』と聞かれたことがある。

通常は、もちろんつきあっている彼がいちばん好きだし、彼がいなければ生きていけないと思うこともある。だけど、それだけでは満足できない自分もいるんです」

 女が自分の性欲を認識し、それを開放して充足させようとすると、おそらく誰もが春奈さんのような壁にぶつかるはずだ。

 本来、人とは何かするとき、「映画を観に行くならAさん」「一緒に食事をするならBさんと」というように、無意識のうちに友達を選択しているのではないだろうか。映画に興味がない人を無理に誘ってもつまらないし、好き嫌いの多い人と食事をするのも苦痛だ。まったくお酒の飲めない人とバーに行っても仕方がない。

 ところが、友人関係はそうやって選択しても非難されないが、異性との関係で「一緒にいていちばん気持ちが落ち着くのはAさん」「セックスするならBさん」と言った時点で、それは非難の対象になってしまう。

通常の倫理観というものは、そういうものだ。だが、そこからはずれてしまう人は当然いるわけで、それもまたしかたないという気がしてならない。

 不特定多数の男性と関係を持つ自体、私はいけないとは思わないし、その人個人の価値観に基づいた行動ならかまわないと感じているのだが、悲しいのは、それが男主導である場合だ。春奈さんは、自分の欲求を自分で判断し、決断して、そういう関係に持ち込んでいる。それはいい。

 だが、中には、褒められると断り切れずに、男の誘いに乗ってホテルへ行ってしまう女性もいる。さらに、コンドームをつけない男に「つけなければしない」と毅然とした態度をとることもできず、妊娠したり病気を移されたりすることもある。そういう「流されるまま」に関係をもってしまうのは、自身の性的な欲求を自分から満たそうとしている行為ではない。

「失恋したあと、あれた生活を送っていました。完全に自信を失っていたから、言い寄って来る男性、褒めてくれる男性にすがるような思いでセックスをしてた本当はセックスなんてしたくなかったけど、寂しくてたまらなかったから、誰かと一緒に居たかったんですよね、当時の私からみると、本当に痛々しかったと思います」

 そう言うのは、東北地方のある県庁所在地に住む吉田範子さん(三二歳)だ。彼女は、地元でいちばん大きな企業のひとつに勤め、三〇歳目前で、とあるプロジェクトのチーフに抜擢されたほど仕事のできる女性。当然、将来を嘱望されていて、上司からも部下からも人望が厚い。

「二五歳のときからつきあっていた、同じ会社の彼がいたんです。私が三〇歳になったら結婚する予定でした。だけど、そのプロジェクトに抜擢されて、私が仕事に必死になっているとき、彼が入社三年目の子と浮気して、あげく彼女が妊娠してしまって、結局、ふたりは結婚したんです。

プロジェクトが成功して、私は彼を誘って久しぶりにゆっくりと食事をしようと思っていました。彼はその食事の最中も、どこか浮かない顔をしている。仕事で私が上手くいったから、嫉妬しているのかな、なんて能天気に考えていたんです。

だけど食事が終わってから、彼が言ったのは、『もう、範子とつきあえない』という言葉。そして彼女が妊娠した、という話を聞かされたんです。なにが何だかわからないうちに、彼は去って行きました。話し合う余地もなかった。一方的でしたね」

 その後、範子さんは意地で会社に行き、仕事は続けたが、毎日がつらくてやるせなくてたまらなかった。彼の思い出が残るひとり暮らしの部屋にも帰りたくない。日々、バーや飲み屋で時間を潰していた。孤独を持て余している女は、ある種の男たちの嗅覚を刺激する。毎晩、違う男に抱かれた。

「『きみみたいないい女が、どうしてひとりでいるの?』と言われただけで、その晩はその人と寝ちゃう、というような日々でしたね、いったい、どのくらいの人と寝たのか、自分でもよくわからない。だけど、狭い町だから、そのうち妙な噂がたってしまって、何軒かの店からは出入り禁止を言い渡されたりしました。

私は寝てお金をとったわけじゃないのに、そんなふうに見られていたんですね、半年くらい、荒れにあれた生活を送ったあげく、クラミジアを移されてしまったんです。だれから移されたかよくわからない。

コンドームをしない男もたくさんいたから。病院に行って。そのあたりを医者にいろいろ質問されて、『実は』と正直に話しました。私自身、もうそんな生活に嫌気がさしていた。だれかに叱って欲しかったのかもしれません。女医さんだったのですが、彼女は叱りませんでした。

黙って話を聞いてくれて、『ねえ、もういいんじゃない? そんな生活はやめても』とにっこり笑ったんです。その笑顔が素敵で、なんだか私、がんばれそうな気がすると思ったんですよね。初対面の先生だったけど、あの先生の笑顔で、私は救われた。いくら男と寝ても満たされなかったし、前向きになれなかったけど、そういう出会いってあるんですよね」

 身も心もぼろぼろになっていった範子さんだが、その先生の支えがあって、少しずつ立ち直っていった。
「自分がしたくてしたセックスだったら、きっとたくさんの人と寝ても、荒れているとは感じなかったと思う。私はだれかに救ってほしくてすがったから、自分でも辛くてたまらなかった。

寂しいからという理由で誰かと寝ても、その寂しさは絶対に埋まりません。そんなことをするくらいなら、ひとりでじっと耐えていた方が、人としてよっぽど成長すると思いますね。私もあんな経験をしてようやくわかったことですけど」

 たくさんの男と寝たからといって、女が磨かれるわけではない。自分がセックスに対して、どんな気持ちでどうやって向かい合っていくのか、自分の欲求のありかたがどこなのか。それがわかっていないと、自分を貶めているような感覚に襲われるはずだ、

「したい」「したくない」のか。
 相手にどんなに褒められようと、女として価値があろうと迫られようと、自分自身の欲求に素直に従う潔さが必要なのではないだろうか。

セフレとの関係を楽しむ

特定の恋人をつくらず、セフレを数人もって満足している女性たちもいる。彼女たちは、恋愛や結婚を人生の最大目標と考えていない。むしろ、自分の人生がいちばん大事で、男との関係は二の次、だからときめきやセックスは生活に必要、と比較的割り切って考えていることが多い。

「今はセフレがふたりいます」
 そう言うのは、長嶋真央さん(三〇歳)だ。現在、派遣社員と働きながら、ある国家資格を得るために勉強中。毎日、とにかく多忙で、仕事と勉強のこと以外の事はあまり考えたくないという。

「恋愛にどっぷりつかって自分の夢を諦めたくない。だけどセックスしたいときもあるし、男の人とふたりで飲みたいときもある。だから既婚の四〇代の人と、同年代、ふたりのセフレがいます。セフレ、と自分から言っているのは、そう規定しておかないと自分の気持ちがずるずるしてしまうから。

既婚者にも同年代の彼にも、とにかく試験に合格するまでは、生活や感情を振り回されたくない。そのためにも、今はセフレがふたり、と割り切ることにしているんです」

 既婚の彼は、前の会社に勤めていたときの上司で、三年近いつきあいになる。とても好きな人だが、相手が結婚しているのだから、最初から「セフレと割り切っている」のだとか。同年代の彼とは昨年、友だちのホームパーティで知り合った。彼は「結婚も視野に入れている」と真央さんに迫るが、彼女は「今は結婚したくない」と断言している。

「大学を出て、ある会社に四年勤めたんですが、このまま一生、勤め続けることはできないと思ったんです。それで会社を辞め、派遣社員として時間の自由を確保しながら、以前から興味のあった資格を取ろうとがんばっています。

国家資格なのでかなり難しくて、すでに勉強を始めて三年目になりますが、あと二年は勉強に没頭したいんです。この先、自分の人生が五〇年近くあるとしたら、今の二年くらいは頑張れないでどうする、と自分に言い聞かせています」

 自分の人生を、自分の手で切り拓いていく。それが真央さんの生き方だ。結婚して生活を確保してから勉強すればいい、と周囲は言う。だが、真央さんはそれを潔しとしない。自らの退路を断たないと、本気で取り組めないと思ったから。

「それなら何もかも禁欲すればいい、と女友だちには言われましたけど、やっぱりどうしてもセックスしたいときがある。模擬試験を受けて結果が良くないときなど、気分転換に飲みたいこともある。完全禁欲は無理なんです。

彼らを利用しているだけじゃないかと友達に言われたこともあるけど、私はどちらの男性も好きです。ただ、気持ちのすべてを恋愛に奪われたくないだけ。私がしているのは、いけない事なんでしょうか」

 真央さんは、急に真顔になってそう言った。自分のしていることに、自分では満足している。だが、やはり「ふつうではないかもしれない」という危惧があるようだ。

 だが、それは本人の選択次第だ。男に振り回されて自分の人生を見失っても、その人と出会えてよかったと思うこともあるだろうし、自分の人生を第一に考えて、実りある後半人生を送ることもあるだろう。少なくとも、真央さんはしっかり自分の人生設計ができているし、「恋愛感情を犠牲にして」自分の夢に向かっているのだから、「普通かどうか」を気にする必要はないはずだ。

「別の友人は、セフレならひとりで充分だろうとも言うんですけどね。ただ、性的に充分に満足させてくれるのは、やはり年上の既婚の彼なんです。ゆっくりじっくりと責めて来て、私を何度もイカせてくれる。ロマンティックで濃厚なセックスです。

同年代の彼とは、もっとカジュアルな感じ。あまり時間がないときには同年代の彼、ゆっくりと心ゆくまで、全身がとろけるようなセックスをしたいときには既婚の彼というように分けています。既婚の彼とはせいぜい月に一回、同年代の彼とは月に二回くらい会うことが多いかな。

もちろん、男同士はお互いの存在を知りません。もし両方知ったら? うーん、きっとどちらもふられるでしょうね」

 それほどリスクを冒しても、真央さんは性の相手を確保しておきたいと思っているということだろう。
「私が同年代の彼をセフレだという認識でつき合っていると知ったら、彼はきっとショックでしょうね。だけど今の私は、それ以上考えたくない、と言うのが本音なんです。

私が必死に勉強しているのは彼も知っているし、応援もしてくれている。もし無事に合格したら、彼との関係がどう変わっていくか分かりませんが、そういう予測も立てたくない。

わがままだと分かっているけど、もし彼が、私に飽き足らなくて浮気をしたり、他の女性に走っても、それは仕方ないと思っています。今の私には、試験に合格する方が大事だから」

 最後は少し寂しそうに微笑んだ。
 司法試験を目指す男性が、恋人や妻に長年食べさせてもらいながら受験勉強をしているという話は時々聞く。男は、もともと自身の恋愛感情に揺れ動くことが少ないから、そうできるのだろうか。

 女性が本気で「何か」をめざすとなると、むしろ自分自身の「女としての感情」が邪魔になるかもしれない。好きな男性ができれば、どうしてもそちらに全力を傾けがちだから。それがわかっているからこそ、女性は恋愛や結婚へ逃げ込まずに、もっと自分をぎりぎりまで追い込んで頑張ろうとするのだろう。

 恋愛の誘惑にめげず、セックスの快楽に溺れることもなく、優先順位をつけて自分のやるべきこと、やりたいことをやっていく。だからといって、セックスを諦めたりはしない。こんな貪欲で欲張りな生き方も、今の時代、女性ならできるかも知れない。

性に目覚めた妻たち

ひと昔前まで、男たちは「結婚と恋愛は別」とか、「家庭にセックスを持ち込まない」とか冗談交じりに言っていた。ところが、今は女性たちが、「結婚と恋愛は別。家庭は大事だけど、人も大事」と言うようになってきている。

 もちろん、家庭を持っていることが自分自身のブレーキとなって、どんななにも好きな人が出来ようと行動にはうつさない女性もいる。だか。行動する女性が多くなってきているのもまた、事実だ。もちろん、葛藤はある。苦悩もある。それでも、夫に「男」を感じられなくなった末に、あるいは夫から「女として見られなくなった」末に、婚外恋愛、婚外セックスに走る女性は増えている。

「セックスだけの関係、と割り切ってきたつもりだったけれど、今は恋愛していると認めるしかない状態になっています」

 そう言うは、都内に住む畑山真知子さん(三五歳)だ。
三歳年上の夫と結婚して八歳の女の子と六歳の男の子がいる専業主婦だ。夫は下の子が生まれてから、年に一、二回しかセックスがない。

「それもよってきた夫が、急にしたくなったときだけ。ムードも何もあったもんじゃありません。私は身体を貸している気分。夫のことは人として嫌いじゃないし、いい父親だとは思うけど、夫婦の間に、男と女という感覚は失われていますね。

一年半前くらい前かなあ、友だち出会いサイトを教えてくれたんですよ。『せめてメル友でも作れば、気が紛れるわよ』と言われて。最初はアクセスする気もなかったんですが、あるとき、何の気なしにアクセスして、『三三歳の人妻です。男友達がほしい。誰かいい友だちになってください』って書いてみたんです。

一日で一〇〇人ほどからメールが来ました。少しずつ絞り込んでいって、最終的には、がつがつしていない感じの人をふたり選んで、メールのやりとりを始めました」

 主婦が出会い系サイトにアクセスした場合。いきなり会おうとすることはまずない。特に浮気をする気などさらさらなかった真知子さんは、ただのメールのやりとりだけを楽しむつもりだった。

「ひとりは四〇歳、もうひとりは当時の私と同い年の三三歳。ふたりとも既婚で、家庭が上手くいっているわけではないけれど、女友だちが欲しいという感じでした。お互いの家庭のことか子供の話などよくしていました。

男として、家庭でどう振る舞ったらいいかなどを相談されたこともあります。三ヶ月くらいメールのやりとりをしているうち、四〇歳のほうは九州在住だとわかりました。ところが同い年の男性は、私が住んでいる都内の同じ沿線に住んでいたんです。

駅が四つ違うだけ。そのときは逆に警戒しましたけど、それから急に親密さを増したのも確か。ある日、昼休みの時間帯に彼から電話がきて、『ランチをとってか、天気がいいので散歩しているうちに、ふとあなたに会いたいと思った』と言われたんです。

声は初めて聞きましたが、落ち着いた感じで、すごく耳に優しかった。写真はお互い交換していたし、感じのいい人だったので、その電話に思わず、『私も会いしたいです』と答えちゃったんですよね」

 彼は、「これからどうですか?」と言ってきた、おそらく、彼女に考える時間を与えなかったのではないだろうか。その日はたまたま、近所に住む真智子さんの母親が、長女の幼稚園にお迎えに行ってくれる予定だった。そう頻繁に母親に頼っていたわけではなかったが、その日は美容院に行くつもりだったので頼んでいたのだ。それも運とタイミングがよかったといえる。

「昼間、男友達とお茶ぐらい飲んでもいいんじゃないかと思ったんです。それで、午後三時から一時間くらいなら、という約束で、私が彼の会社のある大手町まで出て行きました。大手町なんてまず行くことのない街だから楽しかったですね」

 出かけに念入りに化粧をした。何を着て行こうかと考え、カジュアルパンツを選んだが、場所を考えてパンツはやめた。

 クローゼットをひっくり返すようにあれこれ探しながら、ふと「私は何をしているんだろう」と思ったという。夫以外の男と会うために、おしゃれをしているという事実が、真知子さんをどきどきさせた。

「初秋だったんですが、結局、ニットのアンサンブルとフレアスカートにしました。彼が指定したビルの前に行くと、すでに彼はいて、『近くにいいカフェがあるんですよ』とすぐに案内してくれた。人をなめ回すように見たりすることもなく、歩きながらも『場所、すぐに分かりましたか?』とか『今日は本当にいい天気ですよね』とか、すごく爽やかな対応をしてくれる人で、私が抱いていた後ろめたさみたいなものを払拭してくれた。私も本当に、ただの友達に会いに来た、という気持ちになれました」

 少し歩いたところにあったオープンカフェもまた爽やかな陽の光のあたりながら、ふたりはメールの続きのような世間話を交わした。約束の一時間はあっという間に過ぎたが、彼は真智子さんがそう言ってから、ということではなく、「そろそろ会社に戻らないと、??られるな」と自分の都合で別れざるを得ないことを強調した。それもまた、真智子さんには、彼の優しさと映ったのだろう。

「別れ際に、彼がまじめな顔で言ったんです。『今日は僕の我儘につきあってくれてありがとう。もしよかったら、また会ってもらえませんか』って。もちろん、私もまた会いたかった。だから『昼間ならいつでも』と言ったんです。そうしたら彼は、『じゃあ、今度は美味しいランチに誘いますよ』って、にっこり笑って駅まで送ってくれました。

帰りの電車の中でも、彼の笑顔が頭の中でちらちらして落ち着かない。もしかしたら、私、彼に惹かれてしまったんだろうか、と思ったのは自宅に帰ってからでした。ぼんやりして、母の家に子どもを迎えに行くのが大幅に遅れてしまったくらい」

 翌日、彼からメールが来た。
「昨日の楽しさが忘れられません。ランチはいつごろならいいですか?」
 と。この時点で、真智子さんに危機感はなかった。深い関係になることなどまだ考えてもいなかった。

「母の都合もあって、ランチが実現したのは一週間後でした。彼がランチタイムをずらしてくれて、さらにランチ後外回りをするということにして、一時ごろから三時ごろまでふたりでのんびりランチをしたんです。

前にお茶した時よりもっと楽しかった。学生時代、彼が芝居をしていたという話も初めて聞きました。私も高校と短大で演劇部に入っていたので、すっかり話が合って。いつか一緒に芝居を観に行きたいねと盛り上がりました。

その日は不思議に、お互いに話そうとするタイミング同じだったり、私が話そうとしていることが彼も話題にしようとしていることだったりしたんです。そういうことが続くと、『私たちって合うかもね』というところに落ち着いて行くのですよね」

 好きなものが同じで、話していても違和感がない、話そうとすることがかぶる、などの状態が続くと、まさにこれは運命の出会いなのかもしれない、という気持ちに陥っていくものだ。

「私たち合うね」という言葉は相手に伝わると同時に、自分自身の脳内にもリフレインする。そして、人は恋に落ちていく。

「その時点では、私はまだ冷静だったと思います。ただ楽しいな、また会いたいなという気持ちだけだった。まあ、それ自体が恋の始まりだと言われればそうなんですけど」

 彼を男だと意識することで、セックスレスの不満は解消されていた。真智子さん自身、特にセックスしたくて彼と会っていたわけでもない。だが、気になる存在の男性ができれば、また会いたいと思うのは当然で、会ってしまえばもっと近づきたいと願うのも自然の摂理なのだろう。

「ランチデートは、三回くらい続きました。四回目もランチだと思って出かけたんです。待ち合わせ場所はホテルでした。私がロビーに着くと、彼が携帯にメールを寄こして、部屋番号を伝えてきたんです。『何も考えずにとにかく来てほしい』と書いてありました。

そこで帰ることもできた。だけど私は行ってしまいました。心のどこかで何かを期待していたんだと思います。彼に引っ張られる形にはなりましたけど、確かに私も、彼とならそうなってもいい、そうなるしかないと考えるようになっていました。初めて会ってから二ヶ月でしたね」

 真智子さんが部屋に行くと、彼は素早くドアーを開けて招き入れ、すぐに背後から抱きしめてきた。うなじに熱い唇を感じたとき、真智子さんも振り返って彼の首に両手を回した。すでに暗黙の了解は成立していた。どちらも相手を欲する気持ちにもうブレーキを掛けられなかったのだろう。

「結局、ランチを取らずにお互いに時間を惜しむように抱き合いました。そのとき、私はすでに半年以上セックスレスだった。彼が入ってきたとき、『あ、まだ大丈夫だ、私は女だった』ってほっとしたのを覚えています。彼とはとても肌が合う感じがしました。この人、気持ちがいいなあと思ったんです」

 一度で終わるはずがなかった。だが、二度したら確信犯になってしまう。
 その後、再三の彼の誘いに、真智子さんは二の足を踏んだ。夫を裏切ること、子どもたちに合わせる顔がないこと、母親に知られたらどうしたらいいのだろう、いろいろな思いが交差した。ある日、彼から、

「あなたがためらう気持ちはわかる。だけど、そうやってためらっているあなたに、ますます惹かれてしまう」
というメールが来たとき、彼女の忍耐の糸が切れた。

「私も会いたい。あなたを忘れられない」
 とすぐに返信していた。

「二度目に抱き合ったとき、私、ものすごく感じてしまったんです。それまで一度も感じたことのないような快感でした。彼に私の乱れ方に驚いたみたい。私自身もびっくりしましたから。同時に、これほど身も心も合う相手ともう出会えない。離れられないと思ったんです」

 人妻が、夫以外の男と体を重ね、離れられないと思ってしまう。それはある意味で、とてもせつない瞬間でもある。裏切りが正当化される瞬間でもあるからだ。

「最初は気持ちから始まった。だけど身体の関係ができて、離れられないと思ったときから、私はセックスだけの関係と割り切ろうとしました。身も心も彼にどっぷりというのが怖かったんです。

でもそれはすぐに彼に見破られてしまいました。『何をそんなに怖がってるの』と。お互い結婚している、彼にも子供がいるし、親としての責任があるから、恋をするのが怖いんだと素直に白状したんです。

すると彼は、『結婚だけが愛の形じゃない。お互いに家庭を大事にしながら、会い続けることもできるんじゃないか。僕はあなたの前で、本当の自分でいられるような気がする』と。私も本当は同じことを考えていたんです。でも彼の口からそう言ってもらって、ほっとしました」

 以来、一年あまり、ふたりは月に一、二回会っている。会えないときは三日開けずメールのやり取りをし、電話で連絡をとる。来年、下の子が小学校に上がって少し落ち着いたら、真智子さんはパートに出るつもりでいる。彼とのデートの費用を捻出するためと、外に出やすくするためだ。

「彼と会って、私も社会と接点を持っていたいと痛切に感じるようになりました。家族のためだけでなく、自分の人生を考えさせられて。もちろん、子どもや夫は大事ですけど、自分の人生も充実させたい。秘めた関係ですけど、私には本当に大事な関係なんです」

 性的な快感もどんどん増していると、真智子さんは言う。女性の性のピークは三〇代から四〇代にかけて。まだまだ快感は大きくなっていくに違いない。

「どこまで気持ち良くなれるんだろうという期待はあります。同時に、彼に出会わなかったら、私は女としてこの充実感を、一生味わうことがなかったんだろうと思う。知ってしまってよかったのかどうかはわかりません。彼との関係が、どこからばれたりする危険性はゼロではない。だけど、自分が女だと意識することで、私は甦ったような気持になっているんです」

 性の快感がもたらす充足感は、特に三〇代以降の女性にとっては、とても大きいものなのではないだろうか。たかがセックスかも知れないが、好きな相手とであれば「されどセックス」になる。心身に与える影響は偉大すぎるほどだと思う。

年下男との危ない婚外恋愛

婚外恋愛も、なんとか結婚生活と恋愛のバランスが取れているうちはいいが、崩れると悲惨なことになりがちだ。

 年下の男性と恋愛したのが夫にばれかけて危機的状態になった経験をした女性がいる。
水橋淳子さん(四〇歳)がその人で、二年前に彼との交際が始まった。彼が独身だったため、淳子さんの家に押しかけてきたり、夫に会いに行ったりという事態に発展、大変な目にあったという。

 淳子さんは一五年前に友だちの紹介で出会った一歳年上の男性と結婚、ひとり息子は今年中学生になった。保育園、学童保育を利用しながら、結婚前から勤めていた建築関係の会社で今も仕事を続けている。

 出産後にインテリア・コーディネーターの資格を取った努力家でもある。夫は地元の図書館に勤める公務員で時間が規則的なので、家事や育児には非常に積極的だ。だからこそ、淳子さんが仕事を続けてこられたともいえる。

「仕事と家庭で手一杯という状態でしたね、ただ、息子が小学校高学年になって、ようやく少しゆとりが出てきた。そんなときでした。彼が私のいる部署に異動してきたのは。

もともと部署は違うけど、同じフロアだから顔見知りではあったんですが、机を並べて仕事しているうちに、なんだか情が移ってしまったんです」

 情が移ることと、男女の仲になることとは必ずしも一致しない。そう言うと、淳子さんはおおらかに笑いながら頷いた。

「彼、一〇歳年下なんですよ。だから私はまったく男として意識していなかった。弟みたいな感じでしたね、だけど一緒に仕事をしているうちに、彼の情熱的というか猪突猛進というか、とにかく仕事に邁進していく姿が好ましくなったのは事実です。

常に王道を行こうとするので、『仕事ってのはそういうものじゃない』と先輩たちに叱責されたりもしていました。だけど、私は彼の仕事ぶりが好ましかった。根回ししたり裏工作したりしないで、いつでも正々堂々と真正面から仕事に取り組んでいくのは、若い人じゃないとできないことだと思っていたし、彼はずっとこのままでいてほしかった。

部署の飲み会のとき、たまたま彼が隣だったので、なんとなく酔いながらそんな話をしたんです。彼は彼で、自分をきちんと見てくれた人がいた、ということでとても嬉しかったようですね」

 そこから少しずつ親密になった。ある日、真顔で飲みに誘ってきた。とはいえ、淳子さんには家庭があるから、独身の彼のように「今日、行こう」というわけにはいかない。その日は家族そろって食事をする約束だったから、別の日に、と断った。

「そうしたら彼は、真剣な顔で、『どうしても話したいことがあるんです。近いうち、時間を作って下さい』って言うんです。帰り道もその顔が頭にちらちら浮かんで消えなかった。それで次の日、夫が早く帰れるというので『私はどうしても残業があるから』と家の事を頼んで、彼と飲みに行ったんです」

 しかし、彼は世間話ばかりして、なかなか本題を切り出そうとしない。何があったのか、職場に不満があるのかを尋ねても、口を開かない。困った淳子さんがちらっと腕時計を眺めたとき、彼が腹の底から響くような声を出した。

「僕じゃないだめですか?」

 淳子さんは、最初はわけがわからなかった。彼の顔を見ると、真っ赤になっている。彼は必死に自分を口説いているんだ、とわかったとき、淳子さんも狼狽した。

「だって、恋なんてすっかり忘れていたから。夫とだって、恋に落ちて結婚したというより、家庭を持っても上手くやっていくならこの人だなと思ったから結婚したんです。

もともと私、あんまり恋愛に溺れるタイプじゃないし。だから彼の顔を見たとき、びっくりしてしまったんですよ。あわてて、『何言っているの?』と言いましたが、それしか言えなかったと言うのが実情です」

 彼はめげなかった。もう一度、
「僕じゃだめですか?」
 と繰り返し、
「淳子さんのことが好きなんです」
 ときっぱり言った。そのときはもう、淳子さんは余裕を取り戻していた。彼への好ましさをにじませながら、諭すように話したという。

「私は結婚しているし、あなたより一〇歳も年上なのよ。年上の人妻をからかっちゃいけないわよ。あなたはあなたに相応しい人がいるはず」
 と。だが、それでも彼はめげない。
「淳子さん以外には考えられない」
 と言って飲み、飲んでは口説いた。しまいには涙まで浮かべてしまう。

「その日はそのまま帰しましたけど、それほどまで言ってくれる男性がいるんだ、というほのかな恋心と、一時の気の迷いだろうと冷静な気持ちが私の中で渦巻きました。

夫とはすでに数ヶ月に一度くらいしかセックスしない関係になっていましたし、私自身、自分の『女としての部分』を刺激されることはほとんどなかったので、忘れていたような甘酸っぱい気持ちになったのも事実ですね」

 数日後、彼から手紙を渡された。そこには淳子さんを求める熱烈な気持ちが書かれていた。年下の男に翻弄されることはないだろう、と彼女自身は踏んでいたのだが、その時点で、淳子さんは自身の感情を見誤っていたことになる。

「私は彼がどんなことを言って来ようと、一線を越えない自信があった。だからまるで挑戦を受けるかのように、誘われるまま、また食事に行ってしまったんです。ところが‥‥。自分がいちばん、自分の気持ちを分かっていなかったのかもしれません」
 食事のあと、彼は淳子さんに、
「一曲だけカラオケにつきあって」
 と言って、ラブホテルに連れ込んでしまう。もちろん、淳子さんもラブホテルだとわかって入ったのだか、そこに至ってもまだ、彼とは身体の関係ができると思っていなかった。

「恋愛って慣れていないと、相手の手順とか気持ちとかをうまく推測できないんですね。どこか自分の基準で考えてしまうから、『いざとなれば、一〇歳年上の子持ちの女に手を出すはずがない』と高をくくっていた。だけど彼は積極的でした」

 部屋に入ると、カラオケなどなかった。彼にいきなりベッドに押し倒され、その力の強さを自分の身体で感じて初めて、淳子さんはこれから何が起こるのかを現実のものとして知った。振りほどこうとしても、相手は若い男だ。力では負けてしまう。ふと彼と目が合った。彼の目にしみじみと懇願するような光があった。それを見たとき、淳子さんの身体から力が抜け、彼の唇を自分の唇に受けた。

 柔らかい唇の間から、すぐに舌が入ってきた。淳子さんの歯の裏を、彼は丁寧に刺激してくる。震えるような快感が走った。気がつくと、彼の首に両手をまわして、キスを堪能していた。

「そのときばかりは、『いけないことをしている』という気持ちが飛んでしまいました。その後の数時間は、まるで夢の中にいるようだった。感じるってこういうことだったの、と何度も思いました。何度も腰が抜けそうになって、何度も全身が震えました。

どんどん彼が愛しくなっていって、夫にはほとんどしたことがないけど彼のを咥えたりもして。私はセックスなんてたいして興味がない、そんなことより仕事だと家庭だ、と思ってきたけど、実は私の中で『女』が眠っていたんですね。そのことを痛切に感じさせられました」

 彼と別れて午前零時になりかけたとき家に帰ると、息子はもう寝ていたが、夫は起きていた。淳子さんの顔を見て声をかける。
「お帰り。疲れているみたいだね。お風呂、わいているよ」
 その瞬間、淳子さんは自分がしたことが取り返しのつかないことであること、夫の顔をまともに見られないことにようやく気づく。

「慌ててお風呂に入りました。とにかく今日の事は忘れよう、なかったことにしよう、と都合のいいことを考えていた。家に入るまで、彼との快感を思い出して甘い気持ちになっていたのに、夫の優しいひと言で、背中に氷を入れられたような気分になったんです。
私はとんでもない女だ、とひたすら思いながら、全身が真っ赤になるくらいボディブラシでこすっていました」

 それほどの思いがありながら、翌日、会社で彼の顔を見たときは、前夜の快感の記憶が再び身体を貫いたというから、女の頭と心と身体は複雑だ。

 頭ではいけないと思いながら、身体の記憶が心を支配しいく。「いけないと」と思うのは社会的な倫理観や道徳観だから、それより自分の本音のほうがずっと強いに決まっている。

 後天的に植え付けられた倫理観など、誰かを好きになったときの強烈なパワーとは比較にならないほど脆弱なものではないだろうか。

 これは私見であるが、特に女性は、本能的、動物的な欲求が強いし、自分の素直な感情を大事にしがちだ。昔は自分を犠牲にしても家族に尽くすのが女だったのだろうが、現代ではそれは通用しない。むしろ、女性はもっと素直に生きてもいい、とい風潮さえある。

 女の心と身体の「不思議」はまだある。女はよく「生理的」という言葉を口にする。これを言われたらお手上げだと苦笑する男たちも多い。「生理的に嫌いになった」と女が言うとき。もはや相手の男は何を言っても無駄だ。ふとした心ずれから、好きだった男が嫌になる。あるいはどうでもよくなる。そうなると女はもう、触れたくないし触れられたくない。

 男は女と別れるとき、それでは「あわよくばもう一度くらい寝てから」と思うこともあるようだが、女が男と別れたいと思うときは、同じ部屋の空気も吸いたくないと感じている。それが「生理的」な現象だ。潔癖というのか、遊びがないというか。

 逆に、女は相手を好きになればなるほど、ずっと肌を重ねたくなる。さらに肌を重ねれば重ねるほど、また好きになっていく。これは理屈ではない。ある程度の年齢になった女たちは、そんな自分の頭と心と身体、つまり理屈と感情と身体の欲求のギャップに戸惑うこともあるのではないだろうか。

 ともあれ、淳子さんは理屈では彼を拒否しながら、気持ちも体も彼を求めていた。淳子さんも彼の再三の誘いを断れ切れなくなっていく。それは淳子さんが、「彼と一緒にいたい」と願っていたからにほかならない。

「私が断ったのは二週間が限度でした。それで関係が続いてしまったんですよね。ただ、彼はけっこう思い込みが激しくて感情の揺れもひどかった。猪突猛進だということも私もちょっと忘れていたのかもしれない。三ヶ月もたたないうちに、『離婚して欲しい』と言い出すようになって。

私が『離婚する気はない。そんなことを言うなら別れる』と突っぱねると、泣いたり謝るんです。だけどまたすぐ、離婚してくれと言い出す。『家でダンナさんともしているんだと思うと、辛くてたまらない』とも言う。実際には夫とは全然していませんでしたけど、嫉妬されて悪い気はしないという面も私にはあった。

でもそういうあいまいな態度がいけなかったんでしょうね。付き合い始めて半年くらいたったとき、彼が急に私の自宅を訪ねてきたんです。幸い、その日は夫が学生時代の友だちと会うと言って遅くなっていたので助かりましたけど」

 ピンポンと玄関のチャイムが鳴って、インターフォンで彼の声を確認したときの驚きは、恐怖に近いものだった。その日はなだめすかして帰したものの、またいつ来ないとも限らない。次に家に来たら、何があろうとすぐ別れると宣言し、彼に一筆書かせた。

「しばらくは落ち着いていたんですが、その数か月後、決定的な事件が起こったんです。彼はなんと私の夫に会いに行ってしまった。帰ってきた夫が、突然、彼の名前を出して、『今日、会社に来た』と。さすがに私も何も言えなくなってしまいました。

ただ、関係があったことだけは伏せなければ、ととっさに思って、『仕事の相談に乗っているうちに、彼が勘違いしてしまった』と押し通したんです。夫は信じてなかったかも知れないけど、『オマエが傷ついても息子に傷つけられても困る。危ないようだったら、上司に言うなりして解決した方がいいよ』と、そのときは静かに言ってくれました」

 翌日から、淳子さんは会社で彼を無視する態度に出た。好きな気持ちはあったが、いざとなると、家庭が壊れるかもしれないという恐怖には勝てなかった。ルール違反を犯した彼への怒りもあった。

「彼は定時に帰ろうとした私を追いかけてきて、『結局、あなたは遊びじゃないか』と激しく言葉で投げつけてきました。遊びではなかった、もし彼が夫に会いに行くような行動をとらなければずっと愛し続けた、と言い返しました。

すると彼は、私をいきなり男性トイレの個室に連れ込んで、無理やり下着を下すと、後ろから入れてきたんです。彼もやるせない気持ちをぶつけようがなかったんでしょうね。乱暴なことをしているのに、私がどこかに身体をぶつけたりしないように、狭い個室で気を遣っているのがわかった。そんな場所でのセックスに、私はひどく感じてしまって。彼は声を押し殺して泣いていました」

 淳子さんの頭の中で、何かぷちっと切れたような音がして、そのまま意識が遠のいた。気づくと、まだトイレの中で、彼の両手が顔を優しく包んでいた。

「ほんの一瞬だったと思うんですが、あまりの気持ち良さに失神しかけたみたいです。トイレでセックスして失神なんて、あまりに間抜けだすけど」

 淳子さんは、そう言って笑いながら目を潤ませている。彼女自身、彼への思いを断ち切れなかったのだろう。

 彼はその後、再度、淳子さんの夫を訪ねている。その際には、淳子さんが彼に送ったメールを証拠として夫に見せた。

「私はめったに関係のわかるようなメールは出さなかった。でも、それは関係を持ってすぐのころのメールで、『昨夜は本当に気持ち良かった』なんていう内容だったんです。彼が携帯メールを保存していたようです。

夫にそれを聞かされて、『メールなんて偽造できるじゃない』としらばっくれましたけど、そのときばかりは夫も疑いを隠せなかったようで、『本当に何もないのか』としっこく聞かれました。あげく、その晩は執拗にセックスしてきて。

嫉妬心が刺激になったのでしょうか。『あなたが私を抱こうとしないから、私の心に隙間ができたのよ』と喉から出かかりましたけど、それだけは言ってはいけないと思い直して…‥。翌朝、夫が出かけにぽつりと言ったんです。

『オマエが浮気しているのはわかった。だけどオレは別れないから』と。ぎくっとしましたね」

 久々にセックスしたとき、相手がそれまでに他の男性を受け入れていたかどうかわかる、と言い切る男性は少なからずいる。「入れたときの感触が違う」のだとか。

 特に頻繁にはセックスしない夫婦の場合など、「半年も間があいたのに、なんだか入れたときの感覚がヘンだ。誰かとしていたに違いない」とわかるそうだ。過去、取材した何人もの男性がそう断言していた。

 その後、淳子さんは彼にきっぱり言った。
「夫には全部話したから、何を言っても無駄よ。私たちは離婚しない。私はあなたを本当に好きだったけど、これ以上は付き合っていけない」

 彼はもう察していたのだろう。追ってはこなかった。そしてすぐに会社を辞めていった。淳子さんは、会社も辞めて失うものがなくなった彼が無謀な行動に出るのではないかと、数ヶ月は脅えながら生活していたという。

 半年後、一度だけ彼から電話が来たことがある。転職して、新しい会社で元気にやっているということだった。

「すっかり落ち着いて、前の彼に戻っていました。私たち、出会ったことで、ふたりとも恋の病にやられてしまったのかもしれません。私も恋愛に慣れていなくて、彼を適当にかわす術がわからなくて、最初はかなりどっぷり恋愛モードになったし、彼も三〇歳にしては恋愛経験が少なかったんでしょう。あの一年間は、夢のように魔法にかかっていたような不思議な感じです」

 しかし、それにも増して不思議なのは、夫との関係だ。

「彼と別れた後。夫との関係が一時期、最悪でした。夫は浮気したことを確信したみたいで、ろくに口も利かない日が続いて。だけど三ヶ月くらいしたとき、また、いきなり夜中に襲ってきたんです。そのとき言いました、『オレ、オマエのことが好きだよ』って。ただ黙って夫を抱きしめました。

夫はもっと私を責めたかったんでしょう。だけどすべてを胸にのうちに納めてくれたんだと思う。今は夫はごく普通の関係です。以前より多少、セックスの回数は増えたかな。それでもせいぜい月に一回くらいなものですけど」

 彼とのセックスで得た快感を思い出すことはあるのだろうか。その圧倒的快感がないまま生きていくことに対しては、どう思っているのだろう。

「確かにあの快感が欲しくなる、ということはありますね。基本的に夫は回数も内容も淡泊だから、あまり感じないんです。彼と別れてすぐは、精神的に疲弊していましたから、もう金輪際、恋愛なんかしないと思っていました。だも、一年たってみて、チャンスがあったらまたしてしまうかもしれない、という気はしています。

恋愛したいという意味ではないけれど。恋愛って、好むと好まざるとに拘わらず、落ちてしまうものだ、と初めてわかったんです。私、今になって思うんです。彼に惹かれた理由って何だったんだろう、と。

軽蔑されるかもしれないけれど、もしかしたら、私は性に引きずられてしまったのではないか、自分が女として求められる心地よさに酔ってしまったのではないか。そんな気もしているんですよね。
しかももともと猪突猛進型の彼を、私はさらに追い詰めてしまったのではないか、とも思っています」

 淳子さんは小声でそう言った。恋の渦中にいるときは、「好きだからしたい」のか、「したいから好き」なのかは厳密に区別がつかないのではないか。

 そもそも、好きという感情は、いったい何なのだろう。若い独身の男女なら、好きで付き合って行く着く先は結婚という目標が見えている。だが、結婚を目的としない恋愛の場合、あるいは夫がいて子どもがいて先が見えない恋にはまってしまった場合、つきあうこと自体が目的となる。「好き」という気持ちがよほど強力でないと、そういう関係は続かないのではないだろうか。

「好きだから付き合い始めたはずなのに、付き合っているうちに意味を見つけなくてはいけない気になる」
 と話してくれた女友だちがいる。つきあう意味、好きでいる意味を見つけなくてはいけないという焦燥感は、なぜやって来るんだろうか。

 好きでいることの意味見いだす必要など、本来ないはずだ。好きならシンプルに好きでいればいい。それなのに、意味を見いだしたくなるのは、おそらく人間が、意味づけがないと不安になるからだ。自分がいいことをしているのか悪いことをしているのか判断できなくなるからだ。

 それでも、よくよく考えてみると、誰かを好きになったとき、どこが好きなのか、なぜ好きなのかもきっとわかるはずはないのだ。恋は理屈で落ちる者ではないのだから。言葉では色々理屈をつけられるかもしれない。「彼は優しい。だから好き」というように。

 だが「本当はいつでも優しいのか。本当にそこが好きなところなのか」と自問してみたら、気持ちはまた揺れるだろう。

 人は人をトータルに「感じて」好きになるのではないだろうか。そして付き合っているうちに、「好き」の濃度が変わっていくかもしれないし、好きでないところを発見したとしても、もっと好きなところが出てきてそれをカバーするかもしれない。トータルとして「好き」は変わらないということもあるだろう。

 好きになるきっかけとして、理由はあるだろう。嫌いになるにも理由がある。だが、「好きでいること」に何ら理由は必要ない。そんな気がしてならない。

 恋が終わると、人はどうしても「なぜあの相手に惹かれたのか」「なぜ関係を持ってしまったのか」「なぜ終わってしまったのか」といろいろ考える。そしてそこに意味を発見しようとしたり、自分を正当化したり、あるいは自分を責めたりする。

 だが、おそらく、いずれも正解ではない。恋に正解はなく、あるのは「お互い好きになって、最終的に恋は終わった」という事実だけだ。どうしてもいろいろ考えてしまうが、考えることにさえ意味がないのかもしれない。どちらかが悪かったと決めつけたところで、終わった恋は戻ってこないのだから。

 淳子さんと、そんな話をしばらくした。自分の何かが、彼を追い詰めてしまったと思っていた淳子さんだが、一年たって、終わった恋に理屈を持ち込んでも仕方がないと感じるようになってきたという。

 恋でダメージを受けているときは、きっと自分か相手のどちらかを責める考えしか浮かばない。時間が経って、どちらも責めずに「しかたがなかった」と思えたとき初めて、人はその恋を卒業したといえるかも知れない。

愛人たちのセックス、きっかけは夫の浮気

世の中にはいろいろな価値をもった人が、いろいろな考えのもとに行動したり発言したりしている。それが犯罪だったり、極端に人に迷惑をかけたりするものでない限り、私は単なる「自分の道徳観による善悪の基準」で人を裁いてはいけないと思っている。

 何かあると、したり顔で「それは間違っている」「世間が許さない」と言う人もいるが、たとえ従来人が持っている倫理観に背くことであっても、欲求が倫理に勝ってしまったらどうしようもないということもある。貫き通せば、人の見る目も変わったりするものだ。どれだけその人に信念があるかという問題になってくる。

「私は夫とセックスはしないから、セックスは外でする。夫には知らせないのがルールだと思うから、密かに若い愛人をつくって、セックスを楽しむことにしているんです」

 坂崎亮子さん(四四歳)は、グロスをたっぷり塗った唇の端をきれいに上げて、艶然と微笑んだ。亮子さんが結婚して二〇年たつ。ひとり息子はアメリカに留学中。彼女は父親が医者で、その縁で夫と見合い結婚した。夫が都内のクリニックを開業して一〇年、経営は順調なようだという。亮子さん自身は、都内でレストランを経営している。道楽は始めたイタリアンレストランが当たり、こちらも経営は順調。

「年に何回かは、買い付けと称してイタリアに行くんです。店のシェフを連れて行くこともあります。店の子には手を出しませんけど、イタリア人とは何度か‥‥。あとは店が気に入って来てくれたお客さんとそうなったこともあるし、アルバイトの面接に来て落ちた子と寝たこともある。若い人がいいですよ、この歳になると。

私はホテルの部屋にこもって仕事をすることもあるから、そんなときには若い男の子を呼ぶんです。美味しいものを食べさせてお小遣いをあげれば、後腐れないしね」

 まさに「若い燕と遊ぶ」女性。経済的に裕福でなければできないが、たとえ裕福でも精神的に割り切っていなければなおできないことだろう。

「夫はとても大事ですけれど、夫婦って社会的なものだと思うんですよね。愛情はありますよ。夫とふたりで旅行することもあるし、そういうときは夫とセックスもします。でも、ふだん、夫は仕事で疲れているのか、あるいは看護婦さんと浮気しているのか、ちっとも誘ってこないんです。

お互いにふだんは好きなことをしましょう、というスタンスができあがってしまっているんですよね。旅行は年に一度の行事みたいなものだから、そのときはお互いの仕事の事とか子供の事とか、ゆっくり話して、セックスも楽しんで。こういう関係になってから、夫とは非常にうまくいっています」

 こうなる前には葛藤や闘いがあったという。亮子さんがレストランを経営しようと思い立ったのは、夫が開業してすぐのこと。開業準備に多忙になった夫は、ほとんど家を顧みなくなった。当時、息子は小学生。亮子さんは「まるで母子家庭」のような環境で孤独をかみしめていた。

「その前、大学病院に勤務医として勤めていた夫は、家庭を大事にしてくれました。もちろん、緊急で呼び出されることも多かったけど、勤務時間以外は必ず家にいてくれた。だけど開業しようと決めたとたん、二四時間、仕事の事ばかり考えるようになって。

父にも『それは仕方ないだろう』と言われたけど、本当に寂しかったんです。しかも、忙しいときに限って浮気心が疼いたのか、大学病院で働いていたときの看護師さんと浮気しているのがわかってしまった。

夫の服をクリーニングに出そうとしたら、自宅とも開業する病院ともまったく方向の違う場所のコンビニのレシートがジャケットのポケットに入っていたんです。ビールとかおつまみに混じってヨーグルトだの袋菓子だの、いつもなら絶対買わないものが打ち出されていたので、直感で、浮気しているな、と。

看護師さんの住所を調べたら、同じ内科の人だとすぐにわかった。うちにも遊びに来たことのある人でした。レシートを夫に見せて、『みっともないことをしないでよね』と牽制しておきました」

 孤独に苛まれていたわりには余裕がある。驚いてそう言うと、亮子さんは少し顔を歪めて呟いた。
「本当は泣いて夫にぶつかっていきたかった。だけど私にはプライドがある。寂しいとか、私より若い人がいいのねとか、そんなことは口が裂けても言えなかったんです。

夫も、そんな私が可愛くないと思っているはず。わかっているけど、甘えることも自分の弱さをさらけ出すこともできないんですよね」

 亮子さんが急に小さな少女のように見えた。いたいけで、寄る辺ない感じがする。夫は開業にあたって、亮子さんの父親からも多少の借金をしていた。それがストレスになっている面もあったのだろう、と亮子さんは夫をかばった。

「開業してからも、夫の忙しい日は続きました。私もこののでは、自分が駄目になりそうで、働こうと思ったんです。だけど、実は私、働いたことがない。当時、三五歳くらいになっていたし、今更雇ってくれるところもないだろうなあと思って、父に相談したんですよ。

そうしたら父が、『うまいイタリアンとワインを飲ませる店が欲しい。そんな店を作らないか』と。それは面白そう。と都内中の有名なイタリアンの店を食べ歩きました。イタリアにも行きました。何のルートもなかったから、人にいろいろ紹介してもらって。あの時期は苦労しましたね。だけど私の人生で、いちばんがんばったし楽しかった時期でもあったかもしれない」

 準備から丸二年、ようやく店はオープンした。当初は、父やその仲間たちが集える場所が出来たという程度に考えていたが、少しずつ客がついた。こじんまりした店だが、昼も夜も、毎日ほぼ満席だ。

「息子は中学を出ると、さっさとアメリカに留学してしまいました。なんかぽっかりと心に穴が開いたような気がしたけど、その気持ちを店にぶつけました。四年前からは、私もほぼ毎晩、店に出ています。私自身もワインの勉強をしてソムリエの資格を取りました」

 最初、私は亮子さんが単なるお金持ちの娘で、お金持ちの妻だと思って気分的に少し距離を感じていた。だが、話を聞いているうちに、その努力家の一面が垣間見えて、だんだんこの同年齢の女性に興味を引かれていった。

「夫は最初は大反対でしたよ。店を出すなんて、そんなことをする必要はない、と。だけど私は何もすることがなかった。夫の仕事を手伝うわけにもいかない。医療事務の勉強をしようと思ったんですが、夫は自分の仕事場に妻が入ってくるのは嫌みたいでした。

とりうえず、息子を夜、一人にしないこと、というのが最初の約束だったんです。だから週の半分は、母に自宅に来てもらっていましたね。『お父さんの要求で店を出したんだから、お母さんも手伝ってよ』と脅してね。

今になって、ようやく夫は私を少し認めるようになったみたいですよ。前は絶対、店には来なかったけど、最近は時々来てくれます」

 だが、日常生活の中にセックスは戻ってきていない。夫婦で旅行をするとき以外、ふたりの間にほとんどセックスはないという。

「本当のことを言うと、やっぱり寂しいですけどね。店が終わって、なんとなくそのまま帰りたくなくて、近くのバーで一杯なんてこともあります。そこで知り合った男性とそのままホテルに行っちゃったこともある。

人肌が恋しいときは誰でもあるんじゃないでしょうか。そのとき、ひとりで耐えるかどうかの問題ですよね」
 亮子さんは、ひとりで耐えるより男を求める。だが、そこには当然、リスクが生じるはずだ。

「バーで知り合った人とそのままと言っても、少しは話しているわけですよね、何となく人なりとかセックスが合いそうとか、チェックを入れながらお互い話している。行きずりの関係を求めるなら、それなりに人を見る目も必要だと思います。そんな目が養われることがいいかどうかは別として」

 冗談交じりにそう言ってから、亮子さんは急に真顔になった。

「私、最近、いくつまで恋愛ができるのだろう、と真剣に思うんです。もっと正直に言うと、あと何年、男に女として見てもらえるか、扱ってもらえるのか、と。年齢にどこまで逆らえるのか、自分ではがんばっているつもりだけど、肌にしろ体型にしろ、やはり年齢はごまかせないなあと思うんです。なんとなく、女としてあがいているような気がしますね、我ながら」

 亮子さんは、どこから見ても若い。肌はキレイだしシワもシミもない。背筋はピンと伸びて、スタイルもいい。「成熟した大人のいい女」という感じだ。それでも自分では、年齢を気にしてしまうのだろうか。

「いろいろ迷いや惑いが抜けません。この年になってますます惑っている。若い人とセックスするのは楽しかったけど、最近ちょっと、このままこんな生活を続けていっていいのか、と思うところもあって。

かといって、そういうことをまったくやめてしまうのも、自分から女を降りるみたいで不安なんです。スポーツ感覚でセックスをしていたところが、ちょっと懐かしいような気もします」

 誰か気になる人ができたのではないか。亮子さんの話を聞いていて、ふとそんな気がした。だから、スポーツ感覚でするセックスが煩わしくなってきたのではないか、と。あるいは切実に女として瀬戸際にいる自覚が出てしまっているのか。例えば更年期につきものの症状が表れたとか。

後日、もう一度亮子さんに会ったときもどうしてもそのことを確認したくなって、つい尋ねてしまった。亮子さんは苦笑しながら、店の従業員に恋心をもっていることを白状してくれた。

「私にとってはタブーなんですよ。ここで禁を犯したら、おそらく店はだめになる。わかっているけど、恋心止めるって大変なんですよね。毎日店で会うのがうれしいけど苦しい。彼のほうはもちろん、私の気持ちなど知るはずもないと思います。

それでいいんですけど、たまには寂しいなあと痛烈に感じます。そんなとき、気持ちをぶつけるように他の男と寝てしまったりするんですが、結局、自分の感情的なもやもやは解決できない。それもまたわかっているけど、他にどうすることもできなくて‥‥」

 さまざまなことを考えると、踏み込むことができない恋もある。タブーを超えて恋を成就させたとしても、その恋は決して店にとってメリットにはならないだろう。他の従業員に対しても示しがつかない。

だから亮子さんはひたすら自分を抑え込む。しかし、他の人と寝て快楽を得たとしても、それで気持ちがすっきりするわけでもない。それでもそうせずにはいられないところに、何とも言えないやるせなさ、せつなさがある。深く強い恋心を密かに鎮めていくのも、大人の女ならできるものなのだろうか。

「毎日顔を見ますからね。彼は開店当初からの従業員で、他の店から引き抜いてきた大事な人なのです。未熟だった私に、店主としてのありようを教えてくれたところもある。だからこそ、店にとってはかけがえのない人です。

私の恋心につきあわせたら申し訳ない。彼も結婚していますし、私は奥さんもよく知っています。だから私がこの恋で動くようなことはありません。つらいですけどね」

 最後は消え入るような声で言った。気の強い亮子さんが、ときどき見せる幼子のような表情は、同性の私から見ても魅力的だ。

 その後も亮子さんとはメールでやり取りしているが、恋心を必死に抑えている状態に変わりはない。そして、その気持ちを晴らすように若い男性と、一夜限りの恋を重ねている状態も。

 たとえ傍から見て虚しい関係であったとしても、それが多少なりとも彼女のストレス解消につながっているのなら、それはそれで仕方がないのではないか、と思う。

こうした行動に対して、人は非難しがちだが、誰かが自らの欲求と責任に基づいて行動している限り、誰もその人を非難できない。ただ、彼女の思いを考えると、恋も結婚も切ないものだとため息をつくしかない。

もっと軽やかに「愛人たちのセックス」楽しむ女性もいる

「いろいろな人とセックスすることは、決して悪いことじゃないと思うんです」
 セックス礼賛派と自ら言うのは、東海地方に住む尾川美音さん(三八歳)だ。

 三歳年上の夫は、八年の交際を経て結婚した。そこまで永い春になったのは、夫が当時、転勤族だったから。夫が勤めている会社を辞めて、親の経営する会社を継いだとき、ようやく結婚することができた。

 それから一〇年たち、ひとり息子は八歳になった。夫は勤め先で苦労してきただけに、経営者としても従業員の気持ちをくむこともできるトップとして信頼が厚い。美音さんも、夫の会社の経理関係を手伝っている。

 ところが、夫の欠点は「女好き」だ、彼女が知る限り、過去に数回、浮気を繰り返しているという。

「つきあっているときも、きっとふらふらしていたんでしょうが、遠距離恋愛の時期が長かったから、疑いを抱いたこともなかったし、発覚したこともなかった。私は彼を信頼していましたしね。最初に浮気が発覚したのは、結婚して半年目でした。そのときは呆れるやら腹が立つやらで、離婚すると騒いだんです。

そうしたら夫は号泣、土下座して謝っていた。そのときはしかたないか、と思いましたが、次は私の妊娠中にまた発覚。わからないようにうまくやるというテクニックがないんですね。だったら浮気なんかしなければいいのに。

子どもが生まれてからは、べたべたの親バカぶりを発揮していますが、そんな中でも浮気。さらに子どもが幼稚園に入った頃、また浮気。もうこれは病気なんだろうなあと思うようになりましたね」

 浮気をしても、夫はまめに妻とも交渉をもっている。美音さんも、夫とのセックスは好きなので応じてしまう。それだけに、浮気されるたびに腹が立ってしかたがないという。

 妻にとって、夫のペニスは「自分のモノ」という感覚が強い。夫の気持ちが他の女性に向くのも嫌だが、他の女性の中に夫のペニスが入るのはもっと嫌だと真顔で言った女性もいるほどだ。

 そもそも美音さんの夫の場合、浮気が始まると、急に家の中で携帯電話を持ち歩くようになったり、あからさまに帰宅が遅くなったりと、あまりにわかりやすいのだ。だから簡単に発覚する。

「『最近、ちょっとおかしくない?』と聞くと、すぐ目が泳ぐし。まあ、そういう意味では人がいいんでしょうね。私を騙そうとするというよりは、他に気になる女性がいるからちょっと、という具合に軽い浮気を繰り返すタイプなんですよ。
だけど、そのたびに私は傷つく。それをわかっているんだかいないんだか」

 ところが、息子が幼稚園に入ってすぐ、なんと今度は美音さんが浮気をしてしまう。
「親たちの会合があって、そこで知り合った男性が気になって‥‥。つまり、息子の友だちのお父さんになるわけですよね。その家は、奥さんが外資系の銀行で働いて、すごく収入があるらしく、ご主人が主夫なんです。

それでいろいろ話をしているうちに、意気投合して、子連れでお茶を飲んだり、ふたりでカラオケにいったりしていんですが、いつの間にか好きだという気持ちが止められなくなって、男女の関係を持ってしまったんです。

ちょうど夫の浮気が解った直後で、私自身心が不安定だったせいもあるんですが、相手の男性がとても素敵な人でね。一回だけです。お互いに一度だけという約束で関係をもった。それ以降は、お互い子どもの親同士として、仲良くしているけど節度をもってつきあっています。

こんなこともあるんだなあ、と自分でも驚きました。ただ、自分が浮気してからも、自分の事は棚に上げて、夫を責めているんだから、ときどき夫には悪いなぁと思いますけどね」

 しれっとそんなふうに言うものだから、私は思わず噴き出してしまった。美音さんも苦笑している。

 だが、そこで何かスイッチが入ってしまったのか、美音さんは、それからもときどき、浮気をしているという。テニスを習いに行ったときのコーチ、スポーツジムの仲間、同窓会で再会した昔の恋人などなど。その数は八人にのぼる。

同じ人間と関係を持つのは、多くて三回まで。どんなに会いたくても、それ以上関係をもたない。それだけは自分の中のルールとして決めている。

「それ以上続けると、情が移って別れられなくなる。私は決して夫の事は嫌いじゃないんです。むしろ大好きかも知れない。だけど夫の浮気癖が直らないのと同様、今や私もスリルとちょっとした刺激を求めて浮気を繰り返している。

引き金は夫の浮気だったけど、もしかしたら、私もとんでもないセックス好きなのかもしれません。誰かに出会って、この人とどうにかなるかも、と直感が働いて、実際にそういう関係になる。その過程もどきどきして好きだし、実際にその人がどういうセックスをするのかも興味がある。

もちろん、人妻で母でもある女がそういうことをしていいのかと言われると一言もありませんが。だからこそ、関係を長く続けないようにしているんです」

 美音さんにとって、夫が初めての男性だった。だから三〇代になって精感的にも熟してきたとき、夫以外の男性も知りたくなった。

「自分でもわからないけど、たぶん、性欲が強いんでしょうね、私。三〇代になってから強くなったのかもしれない。夫としてもいますけど、夫以外の男性とセックスすると自分がどうなるのか、そのあたりの興味も尽きないんです。私の場合は、相手は行きずりの関係じゃなくて、知っているひとが多い。

だから、好感をもったころから、異性として意識するまで多少の時間がかかるんです。病気や妊娠に充分気を付けること、夫に気づかれない事。それだけは気を付けていますが、自分が『この人素敵。寝たい』と思うと、今のところ止められないんです」

 なんとも正直。確かに誰にもばれないのなか、いろいろな人としてみたい、というのは本能的な欲求なのかもしれない、それを実践してしまっているところが、美音さんの人としてのおもしろさだ。

「なんとなくですけどね、私、今はそういう時期なのかもしれない、という気がするんです。私が浮気をするようになって四年が経つですが、だいたい年にふたりぐらいですよね。そのたびにどきどきわくわくして、若返ったような気になって。ずっと夫しか知らなくて、他の女性のように何人かとつきあって結婚したわけじゃないから、今、取り戻そうとしているのかなあ、と。

他人事みたいな言い方ですけど、きっとセックスに対して好奇心をもつ時期、というのが誰であるんじゃないかしら。私はたまたま今、それが来ているのではないかと思うんです」

 美音さんは、小柄で肉感的な女性。可愛く見えるが包容力もありそうで、失礼ながら「男好きする顔」でもある。若いときは単にかわいく見えるだけだったのだろうが、年齢を経た今だからこそ、女性としての魅力を醸し出しているのかもしれない。
 浮気といって、相手のあることだから、相手がそのきにならないと成立しないわけだ。
 
 美音さんの女としての華が、今の時期だというのは、本人の分析が当たっているような気がしてならない。

「いいことをしているとは思っていないけど、今の私としては、これはこれで仕方がないんじゃないかと思っています。開き直っているわけじゃないんですよ。でも、今、自分を強い力で制御したとしたら、かえってストレスがたまりそうだし」

 いつか納まると思うかと訊ねると、美音さんは明るい笑顔を浮かべてこう答える。
「おさまってくれないと困りますよね。このまま六〇代まで性欲の強い女でいたら、心身ともに参っちゃうとおもう。そろそろいいかな、と思う時期が自然とやってくると思います。

最近、夫が妙に落ち着いた生活をしているんです。私を疑っているわけじゃないと思うけど。私は夫にはばれていないと感じていますが、夫の方はしょっちゅう浮気が私にばれているから、少し懲りているのかもしれませんね」

 美音さんが言うように、妻が割り切って浮気をしている限り、夫にばれるケースは多くない。一般的に、女性は心の結びつきを先に求め、その結果、関係を持つと思われがちだが、最近は美音さんのように、身軽に浮気する女性が増えている。心を伴わない身体だけの関係は虚しいはず、という思い込みが世間にはあるのだが。

「いや、楽しいですよ」
 美音さんはきっぱりと言い切る。

「自分が相手を見てセクシーだな、セックスしたいなと思う。相手も私に対してそう思ってくれている。全人格的には関われないけど、セックスする、ということに関しては、お互いの気持ちが一致しているわけですよね。互いに異性として敬意を持っているということでもある。

恋愛とは少し違うけど、より気持ちいい素敵なセックスをしたいと思っているから、お互いに配慮もするし、思いやりも持てるんです。セックスをあらゆるものから切り離して、ただ純粋にセックスだけ楽しむということもあっても、いけないとは思わない。

最初は葛藤もありましたよ。私がしていることは、単なる浮気だし、夫を裏切る行為だと思った事もあります。夫が浮気しているからといって、私までしていいということにはなりませんしね。

だけど結局、気持ちいいし楽しいから、やめられなかった。夫とのセックスとはまた違う良さがあるんですよね。もっと動物的になって楽しめるし、その人と生活や人生がクロスしているわけではないから、純粋に快楽だけを追求できるよさもある。なんか、こんなことを言っていると、世間の非難を浴びそうですけど」

 純粋に快楽だけを追求すると言い切ってしまえるところに、美音さんの強さがあると思う。普通はいろいろなことを考えて、一歩踏み込めないものだから。自分の快楽に真っ正面から向き合っている美音さんを、どう思うかは人それぞれだろう。

 だが、私は彼女にとても好感をもった。もちろん、これはばれたら家庭騒動になる。
「ばれなければいい」と言うつもりはない。そのリスクを抱えながらも、自分の興味や好奇心を止められない彼女に対して、ある種のシンパシーと潔さを覚えられずにはいられないだけだ。

 自分が思ったように、好きなように生きていけばいいというのが、今の一般的な風潮だ。
 にもかかわらず、世間から外れた行動をすると、人は非難しがちだ。何度も言うように、人にとって、昔から続く「道徳」や「倫理」は意外と大きな影響をもたらしているものだ。

そからはずれなければ、誰にも何も言われないし、責任をとらずにすむのだから楽だともいえる。だから、したいことを追求していこうとする当事者としては、「世間の常識」をわきまえながらも、非難されないように、うまく人の目をくぐり抜けていくしかない。

 黙ってしれっとうまくやりぬく。ある意味、大人の知恵でもある。他人に非難されるだけではなく、誰にもばれなくても自分の胸は痛むだろう。その痛みさえきちんと受け止めて、それでも自分を崩さない。知恵と同時に、精神的な強靭さも必要になる。

 美音さんは、そのあたりをすべてわかっていながら、自分の強い好奇心を満足させようとしている。そのあたりが私が好感を抱いた理由だ。なかなかそうはできないから、「正しい」側に立って、人を非難しているほうが楽だから、人は「常識から外れた行為」を楽しめない。
 差し込み文書
 浮気のスリル感。わくわくどきどきする感覚がたまらない。という事象を好むのは男女の差はない。だから大昔から浮気・不倫は世間では掃いて捨てるほどあるんだろう。

 しかし、本当のセックスの感触というか本当にオーガズム(絶頂感)を味わえている人はそうは多くないのではないだろうか、浮気・不倫を繰り返している人は当サイト商品についてのような経験を遭遇しているだろう。

 若いときなら好きな人と肌を合わせるだけで、満足するだろうが、性的経験が多くなると内容がつまらないと二度と誘うことをしないし、幻滅することもある。しかし内容のいいセックスなら次につながる。

 夫婦であっても、内容がよいと互いに浮気してもやはり夫の方、妻の方が圧倒的によいという場合には夫婦関係は壊れることもないだろうし、また、閉経後の女性は性的欲求が少しずつ落ちていくものだが、常態的にセックスを行うことで個人差はあるが更年期障害を起こさない人もいるのは確しかであるし、七〇・八〇代になっても素敵なセックスを行えるだろう。

 男性が強烈に感じるオーガズム・女性が強烈に感じるオーガズムを経験したいと願うならオーガズムの定義を参考にしてみてください。

セックス依存で現実逃避
 自ら進んでセックスを楽しもうと前向きに考えているならいいのだが、ときとして、女性は「セックスに依存する」ことがあり得る。

「今思えば、たぶん、私はセックス依存症だったんじゃないでしょうか」
 都内に住む会社員の久保田綾乃さん(三四歳)はそう話す。どこから見ても雑誌のモデルにも負けない美貌の持ち主、肌も磁器のように白くてすべすべ、男が放っておかないだろうと思わせるような女性だ。だが、彼女自身は、
「男運が悪いんです」
 と言った。

 短大を出て、一流と言われる商社に勤めたが、仕事に飽き足らず二年後にはアメリカに留学した。必死で英語を勉強し、戻ってきて大きくはないが遣り甲斐のある貿易会社に就職。そこまでは自分の人生を自分で切り開いているという満足感があった。

「二六歳のときですね、本気で好きと言える人に出会ったのは。友だちの結婚式の二次会で知り合ったんです。彼が四歳年上だったので、つきあって間もないころから、向こうが結婚をほのめかしていた。私も『この人だったら』と思って、結婚を視野にいれながらつきあい始めたんです」

 二年間、順調な交際が続いた。結婚しても、今の仕事を続けて行けそうだという自信が少しずつわいてきていた。そんな時だった。彼の突然の裏切りが発覚したのは。

「私の二八歳の誕生日の夜、彼がプロポーズしてくれたんです。幸せの絶頂でしたね。二年間のつきあいの間には、旅行もしたし、何日も一緒に過ごしたこともある。彼の日常生活での癖もわかっていたけど、生理的に我慢できないような癖はなかったし、何より本当に好きだったから、

結婚してもスムーズに生活していけるだろうと思っていたんです。そのあたりは私、けっこう慎重だったんですよ。結婚してから、こんなはずじゃなかったと離婚するのは嫌だったから、相手をきちんと見ていたつもりでした」

 プロポーズされたその晩、綾乃さんは両親と同居する自宅に戻り、彼とのことを話した。すでに家にも遊びに来たことがあって、彼の事を快く思っていた両親も喜んでくれた。ところが自分の部屋に引き上げた深夜、一本の電話が綾乃さんの携帯に入った。

「非通知だったんですが、とりあえず出てみたんです。そうしたら、電話の向こうからすすり泣きが聞こえてくる。怖かったですね、『どなた?』と聞くと、きちんと名乗るんですよ。若い女性の声でした。『あなたは○○さんと結婚するでしょう? 私、彼の子を中絶させられたんです』と彼の名前を言うんです。

彼女は泣いていましたけど、話のつじつまが合わないとか、私に嫌がらせをしようとか、そんな感じはしなかった。それで、とにかく話を聞かせてほしい、と翌日、会うことにしたんです」

 会ってみたら、相手は二三歳、かわいらしい女性だった。綾乃さんの婚約者と知り合ったのは約一年前で、当時、彼女には恋人がいたのだが、結婚しようと言われて恋人とは別れ、彼と付き合うようになった。ところが二ヶ月前、彼女は妊娠してしまう。彼は急に態度を変え、「中絶しないなら、もうつきあわない」と言い放ったという。

 彼女は泣く泣く中絶し、今も関係は続いているが、近々結婚すると噂を共通の友人から聞かされ、ショックを受けた。彼が彼女のアパートでお風呂に入っている隙に携帯を調べ、綾乃さんの電話番号を知ったのだと、彼女は涙ながらに話した。

「彼女、言っていました。『嫌がらせするつもりはないんです。私は彼とは別れる。だけど、彼がこういう人であることをお知らせした方がいいかもしれないと思って』と。彼女は、私という存在を知らないままに彼と付き合っていた。

仕事が忙しいから、土日はほとんど会社なんだと彼は言っていたそうです。週末は私と過ごすのがほぼ習慣になっていたから、そう言ったんでしょうね。彼はひとり暮らしなので、いつも私が彼の家に行っていました。

彼女は『彼と両親と同居しているからと言って、いつも私のアパートに来ていました』って。彼、完全にうまく二股をかけていたんです。私は話を聞いて、彼女が嘘をついているとは思えなかった。だから、彼女と話し合って、そこへ彼を呼び出したんです。私が電話をかけました」

 ちょっと話があって、どうしても今日会いたいんだけどと言うと、彼はすぐに了解した。彼の会社近くのレストランで待ち合わせる。綾乃さんだけと思っている彼は、時間通りにやってきた。

「ふたりがいるとわかったら、彼が逃げるかもしれないので、約束の時間には彼女にちょっとだけ席を外してもらいました。そして彼が来てから五分後、彼女がトイレから出てきたんです」

 彼女を見て、彼は思わず立ち上がった。その腕を綾乃さんはしっかりつかんだ。すべて聞かせてもらった、どういうことか話してちょうだい、綾乃さんは迫った。

「彼はほとんど何も言えませんでしたね、彼女は真っ青な顔で黙りこくっている。中絶後、まだ体調が完全に回復していないのに、彼が無理やりセックスされたこともあると言っていた。

そんなひどい男だとは思わなかったので、私は彼女に聞いたことをひとつひとつ確認していったんです。彼はもう蛇に睨まれた蛙みたいなもので、何を聞いても、『うん』としか言わない。『私が彼女から聞いたことはすべて本当なのね』と最後に確認しても、黙って頷くだけ。

『他に何か言いたいことはないの』と最後に尋ねても、何も言いませんでした。私は前日の夜貰った婚約指輪を彼の前に静かに置きました。それと『ここの支払い分』五〇〇〇円札を一枚置き、彼女の手を引っ張って外へ出ました。

腹が立ったし情けなかった。五月の暖かい夜だったのに、彼女は震えていましたね。だから近くのカフェに入って、彼女に温かいハーブティーを飲ませて、おいしそうなサンドイッチをとりました。『腹が立ったりショックだったりした時ほど、ちゃんと食べないとだめよ。そうしないといい考えが浮かんでこないから』と彼女にいったんですが、それは自分に言い聞かせた事でもありました」

 彼女には、どうしてそんなに落ち着いていられるのかと訊ねられたが、実際、綾乃さんは落ち着いていたわけではなかった。落ち着かなければと思っていただけだった。

「あんな男とは結婚しない。あなたには感謝しているわ、と彼女に言いました。彼女がこれからも彼と付き合うかどうかは彼女次第だけど。

人間として信用できない男とつきあって幸せになれないから気をつけなさい。とも言っておきました。あとから連絡をもらったんですが、結局、彼女も彼とは別れたようです。かわいくて性格もよさそうな子だったから、別れてよかったですよ」

 ところが、その後、綾乃さんは精神的に参ってしまった。心から愛した初めての人だっただけに、ショックから立ち直れない。過去の失恋とは明らかに何かが違っていた。

「自分の半身がもぎ取られたようにつらい。身体中痛むし、突然、意味もなく涙がこぼれ落ちてくる。苦しかったですね。忘れようと思って必死に仕事をするんだけど、忘れようとしているのに忘れられないから。

ただの失恋だけじゃなくて、私の場合は、彼を人としても信じられなくなっていたわけだし、あんな男と自分が生涯を共にしようとしていたんだと思うと、自分の見る目の無さにも腹が立って‥‥。男性不信、人間不信になりかけましたね」

 そんなとき、ある日、学生時代からの親友とバーで飲んでいた。そこへ親友の恋人から電話が入り、親友は一人で帰って行った。綾乃さんも帰ろうかと思ったが、なぜかその気になれず、もう少しそこにいると彼女に告げて、ひとりで飲んでいた。

「カウンターにいたんですが、サラリーマン風の人に隣に座って、『お話ししてもいいですか』と声をかけてきたんです。『いいですけど、私、あんまり機嫌が良くないんですよ』と言ったら、その人、『正直でいいなあ』って明るい笑い声をたてた。男性のそんな明るい声を聴いたのは久しぶりだったので、思わずその人の顔をちゃんと見ると、すごくいい感じだったんです。まあ、暇つぶしに話してみてもいいか、と思って」

 話しているうちに、彼は綾乃さんを口説いてくる。最初はめんどうだと感じていたのだが、綾乃さんは久々の男の口説きに、自分の「女としての気持ち」が満たされていくような気になっていった。

「婚約者と別れてから、男なんて何さという気持ちで暮らしていたんですよね。二股かけられていたという屈辱感もあったし、女として愛されていなかったという卑屈な気持ちもあった。彼を失ったことで、自信もすべてなくなっていた。そこへ熱い口説き文句を囁かれたら、ちょっと気分もおかしくなりますよね」

 誘われるままにホテルへ行った。何も考えていなかったし、考えたくもなかった。流されてしまうかもしれない、とぼんやり思っていたという。一方的に奉仕され、セックスはとても気持ちが良かった。ほんの一瞬でも、ぱっくりあいた心の傷が癒されるように感じた。

そこから、彼女は「男の肌恋しさ」に、毎日のように「男漁り」を始めてしまう。
「バーで知り合った人とか、仕事関係の人とか。見境なく、口説かれれば誰とでも寝ていましたね。口説いてくれるのが心地よくて、

『あなたをこのまま帰したくない』『あなたのような素敵な女性を振る男なんて、許せないなあ』なんていう見え見えの口説きにも、あっさり反応してホテルへ行ってしまう。とにかく男に抱かれているときだけが、私が生きていると感じられる時間だったんです」
 
 四か月ほどの間に、寝た男は延べ五〇人にもなった。同じ男性と何度寝ても、彼女は心動かされることはなかった。人肌が気持ちを温めてくれることは確かにあるが、その当時の彼女には、自分で考えても「尋常ではなかった」という。

どんなに男を受け入れても、なかなか心の奥底は温まりはしなかった。それに彼女自身、気づいていなかった。
「そういう悪い噂って、けっこう広まりますよね。私が『させ子』だとか『誰とでも寝まくっている』という話が、親友にも届いたようなんです。

久々に親友に呼び出されて、彼女と飲んでいて、途中で彼女が帰った日から、私の今の行状が始まったと知ると、彼女は急に泣き出したんです。『あの日、私があなたを一人にしたからいけなかったのね』と。そのころ恋人別れる、別れないでもめていたりしたので、どうしても恋人に会う必要があったそうなんです。

でも私がそれほど不安定だということを見抜いていれば、私をひとりにはしなかった、と。彼女が泣くのを見て、私、ふっと我に返ったんですよ。何をしていたんだろうって。不特定多数としていたセックスは、決して楽しいものではなかった。

彼女に言われました。『悪いけど、すさんでいる感じがする』って。それは私自身も実は気づいていました。セックスを楽しんでいるのなら、いろんな人としても、そんなにすさんだ顔にはならないと思うんですよ。

だけど私のは、完全に自暴自棄のセックスですから、顔はすさみますよね。彼女に言われて、見て見ぬふりをしていた自分の心に向き合わなければいけなくなりました」

 同じように不特定多数の男性と寝て、生活や気持ちがすさむ女性は、多々いる。だがその後、どう考えてどう立ち直っていったかが重要になる。

 彼女は「男漁り」をやめ、静かに自分の気持ちと向き合った。彼とのことも冷静に振り返り、やはり別れたのは正解だったと思えるようになった。

「彼に未練があったわけではないんです。彼の人間性を見抜けなかったのは私の未熟さだろうけど、考えてみれば私がいけなかったというわけでもない。親友に言われました。

『あなたの態度は立派だった。きちんと彼と別れたところまではとても潔かった。それほど潔い行動をとれる人が、どうして今みたいになっているの?』と。確かに別れてからの私の行動は、あまりにも情けない。

ただ、今になって言えるのは、ああやって男と次から次へと寝ることでしか、当時の私は自分を保っていられなかったのかもしれないと言うことですね。だからといって、何を得たわけじゃない。正直言って、たくさんの男と寝ても、あの時期、私はほとんどオーガズムに達してないんです。

肉体的にも精神的にも満足しない。それでもセックスに執着していたのは、自分が男に女として見てもらえるだろうかという焦燥感と、現実逃避だったんだと思います」

 現実逃避するために、誰かに求められれば自分を与えるしかなかった。そうすることで一瞬でもいいから忘れたいような深い苦悩が、当時の綾乃さんにはあったということだろう。

 妊娠や病に気を付けさえすれば、遊びや好奇心からセックスすることを、個人的には否定しない。そこから何か見えてくることもあるかもしれない。どんな経験も、その後どうやって生かすかはその人次第だ。だが、割り切れない思いもあって、ただひたすら逃げるために、あるいはただひたすらすがるためにセックスに依存するのは、何か間違っている。流されるままに生きていては、何も見えてこないから。
つづく 第三章男を買う女たち

煌きを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。