夫婦関係は言うに及ばず、恋人同士の間さえ、セックスレスの問題は根深い。三〇歳前後の男女でも、つきあって数ヶ月から半年が経過するころには、セックスが間遠(まどお)になっていく傾向が強いようだ。
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性を追う女たち

本表紙亀山早苗著

第一章 現代の男女の関係

 現代の男女関係には、以前なら表面化しなかった種々の問題が生じている。実態として、日本はフリーセックスの国といってもいいと思うのだ、人々の心は、そう簡単に自由にはなっていない。過剰に性的快楽を求める人と、性から離れ気味になっている人、どうもセックスに関しては、ここ数年、大きな二極文化が見られる。

 また、男女の関係は、携帯電話とそのメールによって、大幅に形を変えてきた。不倫関係においては、便利で「命綱」ともなる携帯だが、そこから配偶者に露見するケースも多い。

 独身同士の関係には、簡便性がむしろ仇となっていることもある。簡単に連絡がとれることを、コミュニケーションがとれていると勘違いして、実は空辣な関係しか築けなくなっている危険性も多々ある。

セックスから逃げる男たち

夫婦関係は言うに及ばず、恋人同士の間さえ、セックスレスの問題は根深い。三〇歳前後の男女でも、つきあって数ヶ月から半年が経過するころには、セックスが間遠(まどお)になっていく傾向が強いようだ。
 ちなみに一般的なセックスレスの定義とは、パートナーがいながら一ヶ月以上、性行為および性的コンタクトがないという状態のこと。性的コンタクトとは、キスや手をつなぐ、といったスキンシップも含む。

 同い年の彼と二年つきあっている森田奈美さん(二九歳)は、今、彼と別れようかどうしょうかと悩んでいるという。原因は彼がセックスを避けるようになっているから。

「もともとわりと淡泊な人だと思います。でもつきあい初めの時期は、月に二回くらいはそういう関係もあったんですよ。半年たったころから、どんどん間遠になって。彼がひとり暮らしなので、週末は彼の部屋で一緒にいることも多いんですが、土曜日は二人で遊びに行って、帰りが夜中になるからそのまま寝ちゃうし、翌日もビデオを見たりしているうちに夕方になって、私が帰ることに。

 彼のことは好きだから、私もそろそろ結婚を考えたい。でも彼と結婚しても、きっとセックスレスのままだと思う。このままつきあっていいのかなという気持ちになってきているんです」

 つきあって半年後には、セックスは月に一度になり、一年過ぎるころには二ヶ月に一回くらい、そして現在は丸三ヶ月、セックスの関係はない。だからといって、関係が悪化したわけでもないと言うのが、不思議なところだ。

「電話やメールで毎日のように連絡を取り合っていますが、彼に誰か好きな人ができというような様子はまったくありません。平日で時間が合えば、一緒にご飯を食べたりします。仕事のこと、共通の友人のことなど、会話も普段通り、私は飲食関係の会社で営業をしていて、彼はコンピュータ関係。仕事でどうやってコンピュータを活用するか、などといろいろ相談に乗ってくれます。だけど、なぜかセックスだけがないのですよね」

 自分から誘ってみたことはあるのか、と美奈さんに尋ねてみた。
「うーん、それが・‥‥」
 美奈さんの顔が曇る。
「なんだか言えないんですよね。私、前に付きあっていた人がわりとセックスに対してオープンだったから、自分の好みなど言えたんですが、今の彼はセックスについての話はしたがらない。やっぱり相手がセックスをどう考えているかによって、こちらの対応も決まってきてしまうような気がしますね。なかなか女から、そう言う話はできないから」

パートナーに対して、女性からセックスについての話ができない。これは、多くの女性たちが口をそろえて言うことだ。自分の欲望や欲求は認めているのにそれを相手に対してきちんと伝えられない女性は多い。自分の欲望や欲求は認めているのに、それを相手に対してきちんと伝えられない女性たちが多いのは、私がライターの仕事を始めた二〇年前とほとんど変わっていない。もちろん、言える人たちも増えてきているのだが、まだ「言えない」女性の方が圧倒的多数だ。

他の事は話し合えるのに、なぜセックスについては話せないのか。
そこには、やはり「女はセックスについては控えめな方がいい」「セックスは男がリードするものだ」といった価値観が、いまだに根強いからだろう。

だが、本当はこれほど「ふたりの協力」が必要な作業もないはずだ。人間の性は、男だけが満足すればいいものでないし、生殖のためだけのものではないのだから。

女性同士では比較的、自由に語り合っているのに、実際のパートナーには話せないというのは、もしかしたら、女性自身が自主規制しているという側面もあるのではないだろうか。相手が好きであるがゆえに、「どう思われるか」を気にして言えなかったりもするはずだ。

もっとも、男性側の性に対する考え方も、一部ではオープンで、女性に対する考え方も対等なものになってきているが、まだまだ従来の「男らしさ」に縛られて不自由である人たちも多い。

アダルトビデオの影響で、セックスや女性の性反応に対して、間違った思い込みを持っている男たちも少なくない。だからこそ、日頃の話し合いが大事なのだが、逆に言えば、話し合いができないからセックスレスに陥るともいえる。どちらが思い切って踏み込まない限り、解決不可能な問題かもしれない、とさえ感じられることがある。

 山田美希さん(三二歳)だ。相手は六年つきあっていた、二歳年上の会社員で、友だちに別れを報告したときは驚かれたという。

 セックスレスとなった彼との関係に、決然と引導を渡したのは
「みんな私たちが結婚すると思っていたから。私もそのつもりでしたけれど、実際にはここ一年、ほとんどセックスの関係がなくて、私は悶々としていたんです。彼、一年前に多忙な部署に異動になったので、疲れているんだろうなあと思って、最初は私も何も言いませんでした。それでも、まあ、どちらかと言えば淡泊なほうだったので。でも、多忙とはいえ、合ってはいたし、二人の関係からセックスだけが抜け落ちることがどうにも納得がいかなかった。

 異動から三ヶ月くらい経ったとき、私が迫ったら、彼に、『きみは、それしか考えていないのか』と言われたんです。この人がこんな侮辱的な言葉を吐くなんて、とショックでした。彼がそういう女性蔑視的な発言をすること自体に驚いたんです。これが本音なのかなあ、と。その後も月に二、三度食事をしたりしましたが、どうしても私は納得がいかない。それで、さらに三ヶ月後くらいに、『あなたはどうしてセックスをしようとしないの?』と真っ正面から尋ねたんです。オブラートにくるんでもしかたない、と思ったから」

 美紀さんは、その時点では、彼と別れるつもりはなかった。長い関係の中で、ふたりは感情的に言い争ったことがない。違う考えを認め合ってきた、という自信があった。
 だが、彼の態度は、美希さんの期待を裏切った。

「彼は何も答えようとしなかったんです。押し黙っているだけでした。しばらくたってから、『どうしてしたいの?』と逆に聞いてきました。『私はあなたが好きだから』とひと言うと、『僕もきみが好きだよ』って。そうなると話し合いにならない。『好きならしたいと思うじゃないの?』『そうとは限らないじゃない?』という、曖昧なやりとりが続きました。なかなか核心に届かない歯がゆさを感じながらも、『気持ちのありようを身体で確認したいの』と入って見ましたが、彼から反応がなかった。

『肉体の機能が思うようにならないのなら、それはそれでいいんだけど、私はあなたがしたがらない理由を知りたいの』と粘ってみたんですが、最後に彼が言ったひと言は、『わからない』でした。何が解らないのかも、私にはわからなかった。

 こういう状況が続くのは耐えられない、と思いました。私は好きな人との間には、セックスの関係があるのが自然だと思うし、それを拒むのは、やはり私との全面的な関係を拒否していると考えるしかなかったから」

 そして、付き合って六年経ったある日、美希さんは別れを告げた。彼は予測していたのだろう、反対も抵抗もしなかった。

「考えてみれば、付き合っている間、性に対してどういう考え方をもっているか、特に話し合ったこともありませんでした。お互いセックスに対しては『普通』だと思っていたけど、何が普通なのか、普通の基準さえ曖昧だった。もともとのコンセンサスがないままに、流れに任せていただけだから、彼が何処でどう変わったか、全く分からなかったんですね」

 もともとセックスは好きなのか、セックスをどれくらい重視しているのか、エネルギーはどれくらいあるのか、どんなセックスが好きなのか、などなど、セックスに対する根本的な考え方や距離感を、お互い知っておくことは大事なことではないだろうか。

 もうひとつ、気になるのは、「セックスしたがらない男が増えている」ことだ。現在、三〇代前半の男性の未婚率は、四二・九パーセント。四〇代男性の童貞率が一〇パーセントという驚くべきアンケートもある。ニートやフリーターが増えた結果ともいえるのかもしれないが、全体的に、特に男性の「生きるエネルギー」が停滞しているような気がしてならない。

 別に結婚して家庭を持つことだけが、いい生き方だとは思わないが、未婚や童貞でいることが、彼らが自分の生きる道を必死に模索している結果だとは思えない。やはり、「仕事も結婚も恋愛も、自分の道を決めずに、すべて先送りしながら、テキトーに生きている」男性たちが多くなっているのではないだろうか。

 実際、三〇歳前後の男性たちに聞くと、「長年付き合っている彼女はいるけど、最近はほとんどセックスしていない」派と、「決まった彼女はいない。つくる気も特にない。セックスなんかしなくてもいい」派に大きく分かれる。
 もちろん、中には「べたべたの恋愛をしています」という元気な男たちもいるが、少数派という感は否めない。

 彼らはなぜ、セックスに前向きになれないのだろうか。極端な意見ではあるが、
「人間だから、動物みたいな真似をしたくない」
 と言った男性がいる。ここまで言い切るのはどうしてなのだろう。

 彼、池田尚哉さん(三四歳)は、都内に住むサラリーマン。国立大学を出て、誰もが知る大企業に就職、すでに自分でマンションも購入している。三LDKにひとりで住んでいて、趣味はテニスにサーフィン。遊びに行くときは、可愛がっているミニチュアダックスも一緒だ。

「犬はいいですよ、気持ちが和みます」
「女性は?」
 と尋ねると、急に顔をしかめる。
「今どきの女性って、みんなわがままなんですよね。たまに食事に行くくらいはいいけれど、付き合おうという気にはなれない。ここ三年くらいは誰とも付き合っていません。三年前に別れたのも、彼女が『私を抱こうとしないのは、もう好きじゃなくなったからなの?』と言い出したのが原因。僕、もともとセックスってあまり好きじゃないんですよ。

 動物っぽくて。自分がしていることを客観的に眺めたら、すごくかっこ悪いでしょ、セックスって。だからつきあって何度かしたら、もういいやって思っちゃう。むしろ、一緒に遊びに行ったり、いろいろ話ししたりする方が楽しいですから。だけど、女性って、会うたびにセックスすれば、『それが目的なのね』と言うし、しなければしないで『私を女として見ていない』と言う。

 前の彼女にも言ったんですよ。『セックスなんて動物的なことはあまり好きじゃない。もっと人間でなければできないようなことを一緒にしたい』って。だけど、最終的には受け入れてもらえなかった。一年ほどつきあったけど、セックスしたのは最初の二ヶ月くらい。彼女はずっと悶々としていたようですけどね」

 尚哉さんは、一〇代のころから性に対して関心が薄かったという。
 アダルトビデオも、学生時代、友人の家で見たが「つくりものだから、ほとんど興奮しなかった」とか。最初にセックスしたのは二〇歳のとき、同じ大学の一年先輩に誘われて、彼女のひとり暮らしのアパートで初体験した。

「そのときは気持ち良かったですよ。女性の身体って柔らかくていいなあ、とも思った。だけど、彼女とは結局、二、三回してそれっきりになってしまいました。会社に入ってから、同期の女性と付き合うようになったんですが、やはりセックスがあまり好きになれなかった。してましたけど、セックス自体にのめり込むことはありませんでした。

 性欲がないわけじゃないんですよ。オナニーはしますから。ただ、そのときの同期の彼女が、だんだんセックスにはまっていたんです。女性の快感って、そういうものなんでしょうね。身体が馴染んでくると、快感も増していくみたいで。それが僕にはかえって怖かった。彼女の欲求や歓びが強くなればなるほど、僕にはすごくプレッシャーだった。それで二年足らずで逃げるように別れてしまったんです」

 彼女は一年後、社内の別の男性と結婚して、会社を辞めていった。退職する時、彼女は尚哉さんのもとへやってきて、
「最後に聞かせて。どうして私から逃げたの?」
 と尋ねたが、尚哉さんはまともに答えることができなかった。

「女って怖い、というのが本音ですね。女性がセックスに没頭する姿を見ていると、自分が侵蝕されていくような気がするんです」
 だからといって、尚哉さんが人生全般に対して消極的だというわけではない。仕事では、周りにかなり評価されているようだし、実際、三四歳で課長職なのだから、かなりのエリートと言っていいだろう。

 二〇代後半のころ、友人に誘われて行った合コンで、ひとり女性と知り合った。控えめでかわいらしいタイプ。ふだんなら、あまりそういう女性には惹かれないはずなのに、なぜか彼女の事は気になって仕方なかった。

「自分から携帯電話の番号とメールアドレスを教えて、連絡してほしいと口説きました。
『どうしても、あなたの事が気になって仕方がないから』と。一週間たって、彼女から連絡が来て、会うようになったんです。一ヶ月ほどしたころ、体の関係をもちました。恥ずかしがる様子にそそられて、二週間に間に五回、セックスしたんです。そうしたら、やっぱり冷めてしまったんですよ。だけど、『セックスに飽きたから、もう会いたくない』とは言えない。ただ、セックスは当分いいや、と思ったら、デートだけして帰る日が多くなったんです。

 そうしたら、つまらないんですよね。彼女、あんまり自分の意見をもっていない人だから、一緒にいても楽しくない。僕からは、なんとなく電話やメールの回数も減ってしまう。彼女は不穏な雰囲気を感じ取って、やたらとメールをよこす。

 被害妄想みたいになって、『私をもてあそんだの?』なんていうメールまで来る。どうしたらいいかわからなくなって、着信拒否しちゃったんですよ。そうしたら、彼女、会社まで来たんです。あれは恐怖でした」

 とはいえ、彼女をそこまで追い詰めたのは、尚哉さん自身ではないか。そう言うと、彼は淡々、飄々とした口調で言った。
「僕、自分があんまり他人に執着しないから、人が他人にそこまで必死になる気持ちがわからないんですよね、相手が冷めたなと思ったら、僕ならすぐ引くし。だから執着されると、ものすごい恐怖を覚えるんです」

 結局、会社までやってきた彼女を外に連れ出して謝り倒し、実は自分は既婚者だった、と?をつく。路上で、彼女に思い切りひっぱたかれたが、「これで終わってよかった」と思ったという。それっきり彼は、女性から距離を置いている。

 いざとなると恋愛から逃げる男たちは、最近、やたらと目につく。こうした三〇代の男たちに、二〇代、三〇代の女たちは、どこか振り回されている感がある。

あきらめきれない妻たち

恋人同士の場合、どうしてもセックスレスが不満であれば、別れるという選択肢もある。だが、夫婦はどうだろう。セックスがないからといって別れるという選択をするのは、恋人同士に比べると現実性が非常に低い。

 夫婦にとって、セックスは大きな問題ではないとされてきた雰囲気があるからだ。日本では、夫婦は大過なく添い遂げて、老後は縁側でお茶でもすすって、というイメージが強い。そこには「性」の匂いはない。ともに借れていくのがしとされていたのだ。

 だが、現代は長寿社会になった。男も女も、自らの性から降りないのが元気で若々しく生きていける証、と推奨もされている。夫婦のセックスレスは問題が表面化してきた。

 平成一六年度に、厚生省労働科学研究所の一環として行われた調査によれば、セックスレスだと答えた既婚男性は二八・四パーセント、既婚女性は三四パーセントにのぼる。平均して約三割という数字であるが、都市部に限っては、もっと多いのではないかというのが私の印象だ。

 夫とのセックスレスがすでに一〇年になるという女性に話を聞くことができた。関東地方に住む専業主婦の荒井広美さん(三六歳)だ。
結婚して一四年、中学一年生と小学四年生の娘ふたりがいる。五歳年上の夫は、あるメーカーに勤めるサラリーマンで、なれそめは社内恋愛だった。短大を出て就職してすぐ、知り合って恋に落ち、二年後には結婚退職。当時は、同僚や友だちに羨ましがられたという。

「恋愛時代から、夫はそれほどセックスが好きではなかったみたいですね、ただ、私も夫が初めての男性だったから、『こんなものだろう』と思っていました。下の娘生まれた直後くらいに、夫が体調を崩して入院したことがあるんです。私も子育てで忙しかったし、夫も体調不十分でセックスなんてしている状況ではなかった。

それで、そのまま何となく遠のいてしまったんです。厳密に言うと、数年間は年に一、二回ありましたけど、ここ六年くらいは完全にレスです。お互い触れ合うこともありません。かといって、仲が悪いわけではないんですけど‥‥」

 夫は同居人として、居心地の悪い人ではない。娘たちには慕われているし、家族旅行もする。横暴な態度もとらない。夫が帰ってくれば、世話のひとつやふたつもする。だが、
「触れたくもないし、触れられたくもない」
 と広美さんは言う。
「今さら、恥ずかしいと言うのが本音ですね。きっかけもないし、私自身、セックスなんていうものは忘れて過ごしているんです。女性誌などで、性に積極的な女性の記事を目にすると、自分とは違うから興味はあるけど、読んでも実感が伴わない。もうこのまま一生、男性に触れられることはないのかな、と思うと少し寂しい気もしますけど、それでもいいかもしれない、と感じている自分がいます」

 無理やり自分をあきらめさせようとしているのではないか、とふと感じた。触れようと思えば触れられる距離に夫という名の男性がいるのに、性的コンタクトがない。それはとても寂しいものではないのだろうか。

 私個人の勝手な思い込みかも知れないが、恋人関係であれ、やはりセクシャルなコンタクトと言うものは、とても大事だと思う。
 ふとしたちき、誰かがぎゅうっと抱きしめてくれるだけで、気持ちが非常に穏やかに安定することがある。

 その延長線上にセックスがあるわけで、常に愛する人に触られている人は、男女問わず、どこか柔らかな視線を持っているような気がしてならない。慣れ親しんだ相手だからこそ、得られる快感もあるだろう。

 もちろん、そうでないという考え方もある。夫婦は家族、強固な絆で結ばれているから、セックスなどしてもしなくてもどちらでも構わない、というように。実際、誰にとっても家族の重さは、何ものにも代えがたいはずだ。

 私は、バツイチ小なしの独身で、自分の家族を持っていないので、むしろ客観的に他人の家族を眺めることができるのだが、「家族の重さ」は、家族を持っている人たち自身が日頃感じているより、実はずっとずっと重いものなのだと思う。日常的には「いて当然」の存在だが、何か事が起こったとき、その重大性を改めて認識するものであるはずだ。

 実際、「妻に疑われた、あるいは露見した時点で、不倫はやめる」のが大半の男性だ。家族を守るのが自分の重大な役目だという価値観は、多くの男性がもっているのだろう。

 夫婦のセックスの有無ごときで家族の重要性が揺らぐはずもない。そんな気がする。これは結局は、一般論では片づけられない。個々人、あるいはそれぞれの夫婦の価値観の問題だから。

 いくら「家族だからセックスなどしなくても、その重要性は変わらない」と言っても、実際、夫婦も男女には違いない。「セックスレス」に悩んでいる女性たちが多いのもまた、見逃すことのできない事実だ。それは「セックスがしたい」という思いをはるかに超えて、自身の存在価値まで及ぶ。

「女として見てもらえない」ことが、いかに女性の心を落ち込ませるか。それは男性には、理解できない範疇(はんちゅう)にまで来ているとように感じる。ただ、最近では、「妻がさせてくれない」という夫たちの声も、よく耳に入ってくるようになった。

 長年、男女にとってセックスは重要だ、と思ってきたが、考えてみれば、「したくない者同士」なら、何の問題もない。セックスレスが問題になるのは、片方が欲求をもっている。もしくは欲求が出てしまったのに、もう片方が「したくない」「するきがない」場合だ。

 たとえば女性が旅行に行きたいとする。パートナーは行きたくない。その場合、女性が我慢して行くのをあきらめる、男性が女性につきあう、あるいは女性がひとりで行くという選択肢が考えられる。話し合って、お互い合意のもと、どれかに決めれば問題はない。果たして、セックスにおいてもそういう話し合いがなされているのだろうか。

 セックスは「愛情や心」の問題と一体化しているから、そういった話し合いがなされた場合、「じゃあ、私が我慢するわ」「僕がつきあうよ」「ひとりでしていれば?」という会話が起こり得るかどうか。

「つきあうよ」という気持ちでしたセックスで、心身の満足が得られるかどうかははなはだ疑問だ。

旅行したいとか、あれを食べにいきたいとか、そういった欲求とはやはり一線を画して、もっと微妙な心の襞(ひだ)に分け入った問題なのだろう。セックスにおける考え方は、個人差、しかも育ってきた環境も含めて繊細な問題があるうえに、男女差もある。

一般的には、男は「求めるもの」、女は「求められるもの」というイメージが強いし、いまだにそれは覆されてはいない。だからこそ、セックスレスという状態に置かれた場合、女性のほうが苦しい思いをしがちだ。

 米国の製薬会社イーライリリーの韓国法人が二〇〇六年発表した、「夫婦の性に対する満足度」という調査がある。
 韓国、日本、米国、フランスの三〇代から五〇代の既婚者一二〇〇人を対象に調べたところ、配偶者との性生活に満足する割合は、韓国女性が三〇パーセント、日本女性が三〇・七パーセントだったという。フランス女性が八〇パーセントで最も高く、アメリカ女性は六五・三パーセント。

 一方、男性では、日本が四七・三パーセントで最も低く、韓国は五〇パーセント。フランスが九二・七パーセント、アメリカが七八パーセントと欧米二カ国は高い数値を示している。この結果を踏まえて男女双方で考えた場合、やはり日本人の性的満足度の低さは注目に値する。

 日本人のコメントは発表されていないが、韓国男性は低い満足度について「性交渉の回数が少ない」「妻が関心がなく、テクニックがない」などという理由を挙げている。

 女性側は「夫が自分の満足感だけ考えていて、前後のロマンチックな雰囲気に気を使ってくれない」という意見が多いようだ。日本での調査からも、大差ない声が出てくるのではないだろうか。

 内田燿子さん(四二歳)も、すでに七年にわたってセックスレスだと苦笑いする。結婚して一四年、うち半分の期間をセックスレスのまま結婚生活を送っているわけだ。

「小学六年生の息子と、二年生の娘がいます。夫が七年前に、今の部署に異動になったときから夜の関係がなくなったんです。最初は私も焦りました。だけど、当時の夫の働きぶりはすさまじかった。毎日、深夜まで仕事をして、朝は七時に家を出るという状態。泊まり込みもあったし、休みなんて月に一回あるかという状況だった。

 夫自身、かなり憔悴していましたから、とてもじゃないけど、セックスなんてできる雰囲気ではありませんでした。体に気をつけて、と元気づけることしかできなかった。半年ほどたって、ようやく仕事も落ち着いてきたみたいでしたけど、なんだかその頃には、『しないのが当たり前』みたいになっていました。

 夫が忙しい時期、寝室も別にしてしまったので、するきっかけがなくて…‥。その後、私が夫の部屋に忍び込んで行ったこともあるんですが、『疲れているから、寝かせて』と言われたんです。そうなると、もう誘えない。私はそれ以来、ずっと悶々としています」

 ここ三年ほどは、ときどき、うつ状態になり、心療内科に行ったり、カウンセリングにかかったりしている。睡眠導入剤や安定剤が手放せない時期もある。夫はそれを知っているが、早めの更年期だと理解しているようで、間違っても、「セックスレスが原因」だとは考えていないし、燿子さんも言えずにいるという。

「じゃあ、セックスさえすれば問題は解決するのか、という、それも当たってないような気がするんです。夫とは、冷たい関係ではないけれど、心が満足するような関係でもない。夫は仕事の事も自分の事もあまり話してくれません。

週末は家族で食卓を囲みますが、私たちは親として、子どもたちの話を聞くだけ。夫婦だけで、心が通い合ったなあと思えるような時間は過ごしていないのです。そういう時間があれば、たとえセックスしなくても、今よりはましかもしれない。身体も心も通わないというのは、いちばんつらいです」

 どちらかだけで大満足、ということは、夫婦であってもあり得ないだろう。日常を共にして、会話することで心を通わせ、セックスもあるが、いちばん幸せ在り様なはずだ。

 ごく普通に日常会話を交わす中で、相手が置かれた状況や心の状態を把握することはできる。その上で、回数は少なくても、たとえ月に一度であっても、心ゆくまで触れ合って、身体で深い会話を交わせば、燿子さんも病院に通はなくてもすむのではないだろうか。

 夫婦のセックスレスで、夫が拒んでいる場合は、妻の精神的危機さえ招きかねないのだ。だが、燿子さんも、もっと自分の気持ちを夫にぶつけてみてもいいのではないか。

「下の子は小さい頃から、身体がとても弱かったんです。今はだいぶ丈夫になりましたけれど。だから、私が仕事を続けることができなかった。本当は続けたかったんですけどね。
夫はそういう私のストレスは解っているはずなんですけど、いつだったか、そのことで愚痴ったら、『役割分担していかないと家庭がうまく回らないんだから、仕方ないんじゃないか』って。

 それは正論ですけど、私は夫に『オマエも大変だな』って一言、言って欲しかっただけなんです。そのことがあってから、夫には何も言っても分ってもらえない、と思っている所もあります」

 夫婦には歴史がある。私ごときが考えることは、だいたい経験済みなのだろう。
 そうやってセックスを拒まれ、自分の気持ちもわかってもらえない、と思うところから、徐々に妻の気持ちは弱くなり、自分が拠って立つ場所を失っていく。この先、子どもたちがどんどん自立し、あと一〇年あまりすれば、下の子も成人になる。親子の親密さは消えはしないが、今後、実際には親をべったり頼るような状態はどんどん少なくなっていくに違いない。このままでいくと、夫婦ふたりに返ったとき、どんな関係が待っているのだろうか。

妻はオンナじゃないの?

特に結婚している女性たちが、夫との関係に悩むのは、セックスレスの裏に潜む精神的な問題だ。女性たちは、「女として見てもらえない」ことに異常なほどの強迫観念を抱いている。

 私自身、四〇代になってみて、それはやはり強烈な不安として実感している。おそらく、男には理解できないほど深刻なものではないだろうか。自分が意識しなくても、女性たちは常に「年齢の壁」「女としての旬」と言うものにさらされ続けて生きているものだ。

 三〇代になれば、合コンだってなかなか声がかからなくなる。四〇代になると、心ない男たちは、あからさまに「オバサン」扱いするようになっていく。女性自身も、四〇代になると自分の若さが完璧に失われていることに気づき愕然とすることがある。肌も若い時とは違うし、脂肪のつき方も明らかに違う。「更年期」という言葉も、人ごととは思えなくなってくる。

 そんな世間の目と、自分自身の実感の中で、「せめて夫には女として見てもらいたい」という気持ちが大きくなっていくようだ。

 そういうときに夫の浮気疑惑が起こったりすると、妻たちは自分の足元がぐらつくような焦燥感にかられる。
「あるとき、主人の携帯メールを見てしまったんです。受信の方には、『昨夜はありがとうございました』という程度しか入っていなかったんですが、送信には『きみを愛している』だの『昨日は本当に楽しかった。あんなに素敵な夜を過ごせるとは思わなかった』だのと書いてある。

これだけでは、本当に他の女性と浮気をしたかどうかわかりませんが、実は多分、相手の女性と思われる写真も保存されていたんです。若い女性でした。私、それを見て思わずカッとしちゃって、主人に携帯を突き付けたんだすよ。

『これ、何?』って。主人も、『人の携帯を勝手に見るな』と逆ギレして大ゲンカになりました。
このところ帰りも遅かったし、この一年くらい、完全にセックスレス。私としないで、あんなに若い女性と浮気しているのか、と思ったら腹が立つやら悲しいやらで‥‥」

 半年ほど前に起こった事件を、そう話してくれたのは、草野真理さん(四五歳)だ。
 真理さんは二〇代で短い結婚生活を経験し、二九歳で離婚した。そして三二歳のとき、六歳年下の今の夫と再婚。彼は初婚だった。再婚してから男の子を授かり、今はその子も中学生になった。真理さんも、自分の年齢をとても気にしている。

「私は四〇代半ば、四捨五入すると五〇歳になってしまう年代。だけど彼は、まだ三〇代なんですよね。六歳って大きいんだと思います。私は肌もたるんできて、シワだのシミだって悩んでいるけど、彼の携帯に保存されていた写真の女の子は、どう見ても二〇代。彼はまだ二〇代の女性と恋愛することもできるんだと思ったら、本当に自分が惨めになってしまったんです」

 問題は今も解決していない。どうやら夫は携帯をもうひとつもっているようだ。彼女とのホットラインに使っているのか、と考えると夜も眠れない。

「『浮気していないというなら私を抱いてよ、今すぐここで』と、夜中に夫に迫ったこともあります。『でかい声を出すな』と夫に叱られました。息子に聞かれることを怖れたようです。息子はサッカー部で、夜は疲れ切って二度と起きないくらい熟睡しているから、おそらく起きなかったと思いますが‥‥。

そんなことも考えられないほど、私はせっぱ詰まっていたんです。だけど、ずっと疑いながらも、この半年間、どうしても積極的に証拠を探そうという気にはなれなかった。怖いんですよ、知るのが。女として『用済み』のレッテルを貼られたら、この先、どうやって生きていけばいいのか」

 真理さんは、静かにそう言うと、遠くを見るような目になった。同性の目から見ると、まだまだ女として充分大丈夫、と言いたい真理さんだが、長年一緒にいる年下の夫の目には、もはや、”用済みの女”としか映らないのだろうか。なんと嫌な言葉なのだろう。存在自体を無視するかのような冷たくて残酷な言葉ではないか。

 本当の事を知りたくない、だから夫に対して浮気疑惑を抱いても、あえて証拠を探そうとしないでおく、と言う女性は多い。

 女性たちにとって、夫のセックス拒否は、そのまま自分の存在自体を否定されることにつながっていく。

セックスレス夫婦のすれ違い

 昔からセックスレスというのはあったはずだ。ひとつには、セックスレスという言葉ができたから、その状態にある人たちが声を上げることができるようになり、それによって問題が表面化したといえる。

 さらに、寿命が延びたことも影響しているかもしれない。昔だったら、子どもを五人も六人ももうけて、その子たちが成人するころには、おそらく親も年をとり、寿命を迎える年代になっていたはずだ。つまり、子供を育てて生活していくことが第一で、年を取ればそんなことは自然となくなるものだと誰もが信じていた時期があるのではないだろうか。

 乱暴な言い方だが、江戸時代まで、日本は性におおらかな国民性だった。ところが明治以降、性は『汚らわしいもの』になっていく。昭和も三三年になると、赤線地帯(売春を目的とした特殊飲食街)が廃止され、性はタブー視される。

 私が子どもの頃、親は「自分を安売りしてはいけない」「結婚するまではしてはいけない」と娘たちに教え込む風潮が残っていた。

 七〇年代にアメリカから、ウーマンリブの嵐が日本にもやってきたが、どこか尻すぼみとなり、その後は景気が上向くにつれ、女性たちの倫理観もなし崩しのように崩れていった。私が大学生だった八〇年代初めには、「処女で嫁に行く」はほとんど私語になっていった。

 女性たちは、「自分の考えひとつで自由に男性を選び、結婚とセックスを別に考えるようになっていった。時代と、そこにともなう道徳や倫理を底から変えるのは、いつだって女性なのかもしれない。

女性たちは自由を得、バブルのころは「メッシー」だの「アッシー」だのと用途に応じて男を使い分けることが流行した。どうもそのころから、男たちには主体性がなくなっていったようだ。男は時代にエネルギーを吸い取られ、女は時代を味方につけてエネルギーを蓄えていった。

 九〇年代初頭のバブル崩壊も、男たちには手痛かっただろう。その後のリストラの嵐で、会社を辞めるも地獄、残るのも地獄という雰囲気は今も続いている。そんな中では生命エネルギーも減り、セックスに対するエネルギーはもっと低下していくに決まっている。

 そして今。セックスを拒否し、結婚を拒否し、さらに恋愛まで拒否する男たちが増えてきている。

 女たちは男と濃密な関係を望んでいるが、ここ数年、セックスに関しても二極分化が進んでいることを実感している。多大な興味を持って果敢にセックスを追及している人たちと、拒否の方向へ走る人たちと。それは男女を問わずだと思う。

 セックスは今や、生殖のためのものではない。むしろ、生殖の割合はぐんと減り、快楽とコミュニケーションツールという分類に振り分けられているのではないだろうか。そしてセックスを追及していく人たちは、どちらかというと、より快楽に対して熱心な人たちで、男女の間での「コミュニケーション」という役割がどこかおざなりにされているような気がしてならない。

 セックスレスで悩む女性たちは、「快楽」がほしいという理由だけで苦しんでいるわけではない。パートナーとコミュニケーションが取れないから寂しいわけだ、そしてその理由を「私に魅力がないから」「私がつまらない女だから」と、自分に求めるから、どんどんつらくなっていく。

セックスできれいになるという神話

 某女性誌が「セックスできれいになる」という特集を最初に組んだとき、女性たちの間では衝撃が走った。確か八〇年代後半だっただろうか、セックスをあからさまに礼賛するような記事は、女性誌では、まだなかなか読めない時代だったからだ。

 セックスさえすればきれいになる、と現代の女性たちが思っているわけではない。だが、「セックスしている」ということは、「自分を愛してくれている男がいる」のと同じ意味だ。だから女性たちは、「セックスしていない私はどうなんだろう」と追い込まれてしまう。

 さらに今の女性誌は、「女が”女であること”を諦めたら終わりだ」と提唱する。美容、ファッション、立ち振る舞いに至るまで、「女らしく」を強調する。その「女らしさ」は当然、昔ながらの男から見たものではなく、むしろ同性から見てかっこいいと思えるもの、素敵なものへと変貌しているのだが‥‥。

 雑誌を始め、ネットもテレビも、あらゆるメディアが「素敵な女」を紹介し、女心を煽っている。「恋心をもつ」のも素敵な女には欠かせないのだが、それが不倫という生々しいものになるのは御法度。

 現代の理想的な女性像は、結婚、仕事、子どもの、友人関係、趣味をすべて手に入れ、メイクもプロポーションもファッションも後輩女性に憧れるほど完璧であること。さらに男友だちもいて、男たちを振り返らせる魅力をもちながらも、本人は恋には堕ちないこと。だが、多少の恋心は持ち合わせているから、すれすれのところで恋愛ごっこを楽しめること、などだろうか。どこにも瑕疵(かし)のない完璧な女性像である。

 多くの人生は、ごく平凡な日常生活の繰り返しだ。はたから見て理想的であっても、結婚生活ではセックスレス、仕事では部下と上司に挟まれてきりきり舞いし、子どもの成績は悩みの種、などというのはよくある話。

 だが、メディアはマイナスイメージは伝えない。家族の応援を受けて趣味を仕事にした。素敵な主婦や、家事に協力的な夫がいたから起業できた女性社長やらを表面的に伝えるだけだ。その裏で、彼女たちがどんな苦労して、どうやって乗り切ってきたか、あるいは現在どんなことで生活が上手くいかなくて悩んでいるかなどは、なかなか表に出てこない。だから、そういう状況にない女性たちには、「自分はくすんでいる」と感じてしまう。

「何のために生きているのかな、と思うことがあります」
 これは四〇代以降の専業主婦からよく聞かれる声だ。長尾美奈子さん(四五歳)もそのひとり。二歳年上の夫と結婚して二〇年、ふたりの息子は大学生と高校生になり、時間的には余裕ができた。

「だけど実際には家のローンを抱えて、私はパートで少しばかりの小遣いと家計の足しを稼ぐ日々、夫はリストラは免れたけど、毎日サービス残業で疲れ切っている。うちもご多分にもれずセックスレスです。去年は暮れに、忘年会で酔って帰ってきた夫が急に襲ってきたことがあっただけ。この一〇年くらい、ずっとそんな感じですよ。

まあ、こんなものかなあと私も思っていた。だけど、最近、なんだか不安なんです。そろそろ更年期という文字も頭の中をかすめるようになって、このままでいいのか、このまま年をとっていくだけなのか、と。いろんな要素があるんですよね。

私の人生がこのままでいいのか、何もしないで終わってしまうのか、ということと、女として性的な喜びを知らないまま終わってしまっていいのか、ということと。だからといって、どうしたらいいのかわからない」

 美奈子さんは、東京六大学に入る有名私立学校大学を卒業している。だからといって、その肩書は今となっては何の役にも立たない。彼女が出産したころは、まだ保育園も少なくて、とても仕事を続けられるような状態ではなかったし、社会的な風潮としても「結婚したら女性は退職するもの」「出産したら仕事は辞めるもの」と相場が決まっていたのだ。
そこをあえて続けてきた女性たちもいるだろうが、彼女はその道を選ばなかった。

「自分が専業主婦の母親に育てられたせいか。頭から子どもは自分が育てるもの、と思い込んでいましたから。だけど今になってみると、あのまま仕事を続けていた方がよかったとよく思います。
あるいは産後、早めに再就職をするとか。バツイチで今は独身の女友だちがいますが、やはり若く見えますね。生き生きしているし。

彼女は彼女で『私なんて自分が稼がないと、誰も家賃を払ってくれないのよ。子供もいないし、寂しい老後が待っているだけ。あなたが羨ましいわよ』と言っていますが、私から見たら、ひとりで人生を切り開いている彼女が羨ましい。どうやら恋人もいるみたいだし、私よりずっとたくさんセックスして、恋の楽しさも知っているんだろうなあと思うんですよ」

 独身なら、いつでも恋愛が待っているというわけではない。四〇代で恋愛相手を探すのは至難の業だ。とはいう、同じ屋根の下にパートナーがいながらセックスできない状況というのもつらいだろう。どちらがいいとか悪いという問題ではなく、女性たちにとって、いずれにしても、自分が女でいること、あるいは性を堪能することが、年齢とともに大変になって行く実態があるということだ。

「母の年代の女性から見れば、私はごく普通の女の道を歩いてきた。だけど、現代の感覚からすると、なんだか女として割を食っている感じがするんですよ。夫は横暴な人ではないけれど、もう長い間、日常会話以外にあまり深い話をしたことがありません。

まあ、これもごく普通の夫婦なんでしょうけど、よく雑誌で『もう一度、夫に恋する』なんて記事を見ると、そんなことがあるはずもないと驚いてしまいます。夫もそうであるように、私にとっても夫はすでに『男』ではなくなっているのかもしれませんね」

 美奈子さんは、正直にそう話す。もし、美奈子さんが夫と「熱くて濃厚なセックス」をすることができたら、その考えは変わるのだろうか。

「何かきっかけがあって、夫との関係が恋人同士のようになれたら、私の人生、案外悪くなかったと思えるかも知れない。そうですね、仕事を辞めたのも多少後悔しているけど、どこか夫のために私の人生が決まってしまったことに対しての苛立ちがあるのかな。

いえ、本当はそれも自分自身が選んだことだと分かってはいるのです。だけど、心のどこかで、女として割を食ったという思いは、くすぶっていますね」

 生き生きと仕事をしている独身生活なら、セックスがなくても諦められる、セックスが充実している結婚生活なら、仕事がなくても諦められる。どちらも充実していないのは苛立つということなのだろうか。ストレートに聞いてみると、美奈子さん苦笑しながらも、認めざるを得ないと言った。

「どういう状況でも、個人的な悩みや苦労はあると思います。だけど、何もかも中途半端だと、自分がくすんでいるような気がするんです。年齢も大きいですけどね。更年期前に、本当の意味での性の快楽というものを味わってみたい。これは、多くの女性たちがもっている気持ちだと思います」

 女性の性感は、三〇代から四〇代にかけていちばん強くなる。若いときは、仕事や子育てに追われていて、セックスなんて面倒だと思っていても、四〇代になってから急に「したくてたまらない」と言い出す女性も本当に多い。しかと、そのときはすでに夫とそういう関係がなくなっていることがほとんど。

今さらきっかけがないし、自分から誘って夫に断られて傷ついた、という女性も少なくない。ことさら性欲が強くない夫なら、男も「なければないで慣れてしまう」ものらしい。

 もし美奈子さんにあと一歩、踏み出す勇気があれば、たとえバイブレーターを買ってマスターベーションをしてみるとか、性感マッサージを受けてみるとか、いろいろ方法はある。だが、「そこまでする気にはならない」と言う。当サイト、『セックスレス改善法』から解決方法を探してみては。

 多くの女性たちが、そうやって悶々としながら、だが勇気が出ず何もできないまま、日々を過ごしているのかもしれない。

お手軽なセックスの代償行為

韓流スターに中高年の女性たちが黄色い声を上げたことがあった。イベントに駆り出された夫たちが、インタビューに答えて、
「実際浮気しているわけじゃないから、いいんじゃないですか」
 と苦笑いしながら言っているのをテレビで見た。
 
まだ恋愛を知らないティーンエージャーが、若い芸能人にきゃあきゃあ言うのは、恋愛への準備過程だと思う。ところが中高年の女性が、ティーンエージャーのように「追っかけ」までするのは何故なのか。それは代償行為ではないのかと以前から睨んでいたが、夫たちのインタビューを聞いて、やはりその感を強くした。

 女性たちはマッサージや美容院も大好きだ。それも、できれば男性にやってもらいたいと言う。
「マッサージは男性の方が力が強いから」
「美容院も男性の方がセンスがいいか」
 などともっともらしい理由をつけるが、それもやはりセックスの代償行為だと思う。男性に触れられること自体が重要なのではないだろうか。それがマッサージや美容院なら、誰に見られてもかまわないし、自分自身に対してもいい訳が立つ。

不倫や浮気などはとてもできないが、無意識のうちに「男性に触れられたい」という願望があるはずだ。それがいけないというのではなく、それが自然だと私は思う。

「夫とは仲はいいけれど、この七、八年、セックスはほとんどしていない」
 と言う松井静佳さん(五〇歳)。同い年の夫と結婚して二二年、ひとり息子は大学生になった。

「夫が会社を辞めて独立したのが一〇年前。フリーランスでイラストを描いていますが、仕事はあったりなかったり。だから私もずっと働き続けているんですけど、息子が思春期になってから、二LDKの狭いマンションではセックスなんてできなくなっちゃって。

 今は大学生だから、夜は友達の家に泊まったりすることもあるし、夏は海で、冬はスキー場でバイトをしているから、夫婦だけの時間は持てるんですよ。だけどしませんね。夫とは戦友というか、お互いに同志として尊敬し合っているし、いい関係だと思うんですよ。でも男女の雰囲気とはほど遠い」

 そんな静佳さんは、マッサージにはまって、都内中のマッサージを渡り歩いているという。しかも女友だちのネットワークで、「どこそこにイケメンのマッサージ師がいる」と情報が来ると、すぐに予約を取って出かけていくのだとか。

「あるとき、思いました。男性に触ってもらいたいんだ、と。認めたくなかったけど、本当はそうだった。実は五年ほど前、仕事関係で心惹かれた男性がいたんです。だけど結局、彼と寝ることはできなかった。夫を裏切れない、と思ってしまったんですよね、そのとき。だけどたぶん、私の中には肌の温もりを求めていたところがあって、それを満たしてくれるものを探していたんでしょうね。美容院も好きなんですよ、私。

 それもやっぱり男性美容師。頭皮のマッサージをしてもらうのが好きなんだけど、それも代償行為なんでしょう。子どもが小さい頃は、子供を抱きしめているだけで満足だった。柔らかくて気持ちいいですからね、子どもは。でも今は息子も手ひとつ触らせてくれない。当たり前ですけど。肌の感触に飢えているのは確かなんでしょうね」

 人肌というのは、大きな癒し効果がある。あまりにも寂しかったり、どうしようもやるせない夜、誰でもいいから抱きしめてほしいと思った事のある女性は少なくないはずだ。

 そもそも「手当て」という言葉は、患部に手を当てることから来ているという。高校生のころだったか、お腹が痛くて保健室に行くという友達に付き添っていったら、保健の先生が、
「手を当ててあげなさい。きっとよくなるから」
 と言ったことがあった。おそらく彼女は生理痛だったのだと思うが、誰かにじっと私が手を当てていたら、少しずつ良くなっていったことがあった。

「手から温さが伝わって気持ち良かった」
 あとから、彼女は笑顔でそう言ってくれた。

 大人になってから、私が失恋して地獄のさなかにいるとき、じっと抱きしめてくれた女友だちがいた。背中に彼女の手の温もりを感じて、「彼女がいるから、少し頑張れるかもしれない」と思い、心が落ち着いた記憶がある。

 日本では挨拶代わりのハグやキスの習慣がないから、セックスレスになると、まったく相手と触れない事態に陥ってしまう。たとえ性行為そのものはなくとも、抱き合ったり頬を寄せ合ったり軽いキスをしたりする習慣があれば、女性はセックスレスに対して、それほどの焦燥感を抱かなくてもすむのではないだろうか。

どうにもならない性の不一致

 協議離婚の理由でいちばん多いのは、「性格の不一致」と言われるが、「格抜きじゃないの?」と人々は噂する。つまり、「性の不一致」が理由なのではないか、と。

「セックスの相性」というのは、いったい何を基準にしているのだろう。単にサイズの問題ではないはずだ。
「彼が下手なんです。だから本当は別れたいんだけど、二年も付き合ってきたし、セックス以外はとても合うので悩んでいます」

 若林玲子さん(三〇歳)は、ため息をつきながら、そう話してくれた。一つ年上の彼とは、ひとり暮らしの彼の部屋で週末をともに過ごすことが多い。

「彼はけっこうセックスが好きみたいなんですが、愛撫の仕方が下手。おざなりだし。自分のいつもの手順を崩そうとしない。指の動かし方も不器用だし。挿入してからは、けっこう早く終わってしまうのを気にして、前戯は長いですが、私は飽きてしまう。実は前戯の最中に寝ちゃったことがあって、さすがに彼に悪いなあと思いました」

 彼の愛撫が下手、と吐き捨てるように言う女性が最近増えている。

 男性が聞いたら、おそらく「怖くてできなくなってしまう」だろう。それだけ、女性の性経験が多くなってきていることの証拠でもある。「誰か」と比べて、彼が下手なのだから。ただ、彼の愛撫で感じることが出来なければ、自分の好みを伝えればいいのではないかと思う。

「最初のうちは一生懸命言ったんですよ。もうちょっと優しくして、とか。緩急つけて、とか。だけどそういうのってセンスなんですね、やはり。特にリズム感が悪い人はダメなんじゃないですか。

セックスって、どこかお互いの心と身体の波長が関係してくるような気がするんです。それが愛撫に表現されることもあるはず。そう考えると、結局、感覚的なものが合わないのかなあ、なんて思うようになってしまって」

「前戯が上手ければ、もっと感じるはずなのに」と玲子さんはつぶやいた。おそらく彼女は上手な前戯によって感じた経験があるのだろう。


 現代の女性たちは、どうやったら自分が感じるかわかっているし、その「自分のツボ」を見つけてくれない男に苛立ってしまう傾向がある。わがままだと言うのは簡単だが、女性が性について自分の意見を言うようになったのは、個人的には喜ばしいことだと思っている。

 さらにその先、あと一歩進んで、相手にうまく自分の欲求や好みを伝えられたら、男と女の関係はもっと良くなっていくはずなのに、と思う。

「実は私、二〇代の半ばに二年ほど家庭のある上司と付き合っていたんです。二〇歳も年上で、セックスがとにかくうまかった。いつも念入りに私の身体を愛してくれて‥‥。彼によって、私は『イク』という感覚を覚えたし、あの気持ちよさを知ったら、やはり次の性ではなく本能的に、「近づきたい」と思う気持ちから来るものだ。

「本能で動く、感情に振り回されるというのが嫌なんですよね。三〇過ぎた大人の男がやることもない、という気もするし。そもそも恋愛したって、男は損するばかりですよね。だいたいが面倒くさい」

 いつから若い男たちは、こんなに冷めてしまったのか、と話を聞いているとよく思う。
みんな理性で損得を計算し、損になることには手を出さない。果敢に挑んでいこうという勇気も情熱もない。女性たちはみんな、熱い男を待っているのに。

 統計には出ないが、男も女も、「熱い」人間と「冷めた」人間に二極化しているような気がしてならない。女性たちは、セックスで自分が解放されることがある、という事実を知ってしまった。だが、男たちは、そんな女性たちに乗せられることで、「自分たちは比べられたあげく、損をするだけ」と思っているような気がする。
 性の不一致は、そのまま「人生観の不一致」なのかもしれない。

コミュニケーション下手な男たち

男たちのコミュニケーション力のなさも、たびたび指摘されるところだ。
 言いたいことを言わない、あるいは表現する技術がない。これは子どもはの頃から、親の過保護によって、すべて先回りしてレールが敷かれた状態で歩んできたこととも関係ありそうだ。あるいは、現在の三〇代は「いじめ世代」のために、自分の意見を言って「浮く」ことを極端に怖れているという現状もあるだろう。

 小中学生のころ、いじめた人間もいじめられた人間も、それを傍観していた人間も、
「立場はどうあれ、みんないじめの事を引きずっていると思う。だから、自分の気持ちを表現するより先に、周りを見渡してみんなと同じような言動をとることに価値を見いだしてきた。
恋愛はそれでうまくいかないとわかっているけど、やっぱり自己主張が強すぎると嫌われるのではないか、という気持ちが強い」

 そう話してくれた。男性がいる。他人の反応を気にするというのは、それだけ繊細な感情の持ち主なのだから、少しだけ強さを持てばコミュニケーション不全から脱出できるはずなのだが、「傷つくことが恐い」から、一歩踏み出すことができずにいるのだろう。

 あるとき、三〇代半ばの女友だちこんなことを話してくれた。

「二年間、飲み友達だった同世代の男の人がいるの。ある日突然、彼から携帯メールが来て、『ずっと好きだったんです』と告白された。だけど、彼はまったくそんなそぶりを見せなかったし、そのメールの三日前にも会っているのに、ごく普通の態度だった。だから告白されても信じられなかったの。

 友達関係だと思い込んでいたから、急に恋人モードにはなれない。それで、迷いの意味も込めて『私は友だちと思っていたんだけど‥‥』と返信した。そうしたら、すぐにまた返事が来て、『さっきの事はなかったことにしてください』って。

急に押して来て、相手が迷っていると知ったらすぐに引く。私だって、もっと押してくれればその気になれたかもしれないのに、だいたい、そんな大事なことをメールで伝えるというのも、どうかなと思うけどね」

 ここに、現代の三〇代男性たちの戸惑いがある。好きだという気持ちをさりげなく伝えることしかできず、ある日、自分の感情を抑制しきれなくなって告白。だが、相手のノリが悪いと思うや否や、さっと踵を返して「すべてなかったことに」とまっさらな状態に戻してしまう。相手の気持ちを考えることもなく、彼女のメールの「…‥」の意味を考慮することもない。完全なひとり相撲だ。

 もし彼が、もっとふだんから彼女に対して「気があるそぶり」をきちんとしていれば、彼女だってそこまで驚かなかっただろう。彼女としては、すぐに恋人にはなれないけれど、考える余地はある、という意味で「・・・・・」と書き送ったのだ。

 それを読み取ることができれば、彼のさらなる一押しで、彼女の気持ちが急速に変わっていった可能性もある。そこまで考えず、その瞬間の相手の反応に、逆に過剰反応してしまうのは、妙な気がしてならない。
 自分が波紋を起こしたのなら、最後まできちんと責任をとってほしい。女性たちはそんなふうに思っている。

差し込み文書=
 閉経・更年期に差しかかると性感は極端におち、行為途中に濡れなくなったりし、セックスが成立しなくなるケースもある。一年以上セックスレスに陥った場合は放置していると、さらに濡れなくなり女として終焉を迎える。
女を維持していくにはバイブレーターを使ったりし、女であることを忘れないことが大事だ。バイブレーターで痛みが先にあり全然よくなかった。という人は当サイト販売のノーブルウッシングを用いることで前戯下手なパートナーでもすごく感じさせられるでしょう。マスターベーション用としてもお使いください。
 当商品は女七〇歳すぎても、充分に濡れ完全に「イク」ことが証明されています。オーガズムの定義からご覧ください。
 つづく 第二章 自ら動きはじめた女たち

煌きを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。