煌きを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。

本表紙著者 渡辺やよい

第三章オットとムスコとムスメがいる暮らし

表紙3

物事に動じない硬派のオット

私の最愛の夫である。
 さぞや、イケメン長身エリート人格者、誰もがうらやむ理想の男に違いない、と、お思いであろう。いやいや。小柄だし容貌は十人並だし平均的な会社員だし、不愛想で頑固者おせじもきかない口が悪い、常にマイペースだ。それじゃあ、なにがいいのか。それは、彼は私にジャストパートナーだからだ。

 連れ合いなのだから、お互いに気に入っていれば、他の人が「あんな人のどこがいいんでしょうねぇ」などと評しても、いっこうにかまわない。かえって、万人受けするようなりっぱな夫では、もてもてで私は気が休まらない。要するに、割れ鍋に綴じ蓋。

 夫は、剣道家で師範のせいか、物事に動じない。いわゆる丹田が座っているという感じだ。瞬時の物事の判断力はすぐれている。硬派で正論を常に述べる人である。優柔不断、いつも右左に惑う私には、絶好のストッパーであり相談役ではあるが、情に流されたりはしない。

 そのため、かなり容赦がない時がある。わが屋に、初めて子犬が来たとき。癪の強い子犬で、誰かまわず噛むくせがあった。私がしつけられずおろおろしているところを、彼は噛みついてきた子犬の首筋をむんずとつかみあげると、いきなりばしーんと壁に叩き付けた。

 あっと思う間もなかった。私は度胆を抜かれたが、なにより犬自身が驚愕し、いっぺんでおそれいった。犬はつくばって彼に近づき、その手をぺろぺろと舐めて、服従を誓ったのだ。子ねこの場合も同じで、上っはいけないテーブルなどに子猫が上がると、首筋を掴んで容赦なくしかり飛ばして放り出す。

 猫たちもたちまち彼の「こらっ」というひと声で、びしっということを聞くようになった。子どもたち躾もおなじことで、叱る時はあくまで容赦ない。しかし、感情に流されたり叱り方は、けっしてしないので、犬も猫も子どもたちも、彼になついているのである。

 ときどき恐ろしくクールな半面、人生の役には全くたたない無駄(トリビア)な知識を幅広く持ちテレビのバラエティ番組が好きで、ネット住民む2ちゃんねる人間でもある。硬軟が不思議に入り混じった人である。妻が貧乳のせいか、巨乳好きな一面をもつ。

 彼は男としてはかなり柔軟な人ではある。いや、「男」とくくってしまうことには意味がないかもしれない。多分彼には「男とは」とか「男たるもの」という考えがないのだ。そのために、家事でも育児でも、できることはふつうにしてしまう。

 いわゆる「男」に多いのは、口だけ偉そう男である。
 結婚する時など、妻側が仕事を続けたいとする。すると、さも理解がありそうに「もちろん仕事を続けてもいいよ、でも家事もちゃんとしてね」などと言う。え? 待って? それって奥さんの負担が倍になるだけで、あんたはなにも変わらないでいの。子供が生まれると「子育てはなんでもするよ」とえらそうに言っておいて、赤ん坊のおむつを取り替えるとき「おーい、うんちをしているぞ、おれ、うんちは無理。おまえやってくれ」などと呼びつける。

 女だって、生まれつきうんちを触るのが平気な人なんかいやしない。ただ、せざるを得ない状況で、自分がやらなければ誰がやる、そういう経験でどんどんできるようになるだけだ。こういう男に限って、「将来おれの両親の面倒も頼むね。もちろん俺も何でも手伝うよ。しもの世話は無理だから、君、やってね」などと、しれっという。介護など、しもに始まりしもに終わるのだ。

 こんな男は、結局一事が万事で、どういう状況でも同じことだ。口先だけなのだ。えらそうに懐深いところを見せたいだけで、しょせん、「男のやることではない」と、思っているのだ。

 夫にはそれがない。
 私が結婚する時に「仕事を続けさせて」などとお願いしたことはない。彼もなにもいわず、そのまま生活は続いた。ただ私のほうが、共同生活をするために、締め切りまぎわに徹夜仕事をしたり泊まり込みで人を呼んでの仕事システムを、平日九時から五時、週休二日に切り換えただけだ。

独身の時はクリエイティブな仕事は、夜中でなければ集中できないと思い込んでいたが、思い切って切り替えてみたら、意外にそんなことはない。習うより慣れろ、である。自営業の私が、週末どうしても仕事が溜まってしまったら、土曜日は私が子供を連れて遊びに出かけ、夫が家の掃除をする。その代わり、日曜日は私は仕事に精を出し、夫は子供たちと遊びに行く。

人間が共同生活をする。そのためには、お互いが少しづつ妥協しできることをやるべきだ。というか、楽しく暮らしていくために、無理しないでもずるけない程度の手間は惜しむべきでない。もちつもたれず。

私の夫には、それすらの意識もないよだ。彼は「やれるからやるだけ」という程度で、体を動かす。でも、それが私には最大の美点に思える。
まんが挿絵
まんが挿絵

ムスコは野生児

今年九歳になる長男は野生児である。
 がっちり体型のせいか暑がりで、四季を問わずタンクトップに半ズボン、常に裸足である。靴下がうちには一足もない(はかないので)。ときどき、靴さえ履かないで道端を歩き回っているときもある。「裸の大将」さながらである。いや「裸の大将」のほうが、下駄を履いている分、ましである。

 先日も、子ずれで遊びにいって帰宅するさいに、息子が靴を片一方しか履いていないのに気が付いた
「ちょっとどうして片方しか履いていないのに?」と、問い詰めると、
「どこかで脱げた」と、しっとしている。ぜんぜん気にならないらしいのである。足をすっぽり被われのが苦手らしく、いつも靴のかかとを踏みつぶして、つっかけのようにして履いている。転びやすいからと何度言っても改めず、叱る度、
「この方がすぐ脱げて楽チンだ」などと言う。

「学校は勉強さえなければ楽しいのに」と、暴言する、遊ぶだけが生き甲斐な男だ。家に帰る、ごろごろするのが大好きなぐうたらの怠け者である。自分が楽チンになることには変に知恵が回るらしく、毎日時間割をそろえたり忘れ物をするのを私に怒られるのが面倒くさいと思ったのか、ある日、すべての教科書ノートを学校に持って行って、机の中に押し込めて帰ってきた。

「これで忘れ物はぜったいにしないし、時間割もそろえなくてすむよ」と、鼻高々であった。
 むろん、私に雷を落とされた。

 物書きの母親に似ず、じっくり物を考えて文章にするのは大嫌いで、作文の時間は相当苦痛のようだ。あまつさえ先日は「詩」をかいてくるという宿題を出され、まる二日、うんうんうなっていた。
「心に浮かんだことを、そのまま書けばいいんだよ」と、アドバイスしたら、どう書き上げた詩は、題して「めんどくさい」。

「めんどくさい
 ごはんを食べるのがめんどくさい
 だってなくなちゃうんだもん
 テレビをみるがめんどくさい
 だって終わってしまうんだもん
 そうじをするのがめんどくさい
 だってまたよごれちゃうんだもん

 人生の心理を突いた、相田みつおを顔負けの一篇である。
 親に似たのは食いしん坊なころだ。
 お菓子などの間食はまったくしないが、三度のごはんが大好きなのである。なんでも、うまいうまいとお代わりをして食べてくれる。作る方としては嬉しい限りなのだが、そのために少々太目なのである。今時の学校は、成人病にうるさく、昔なら健康優良児として扱われていたはずの息子も、成人病予備軍として保健指導が入る。とほほ、ただのデブ。まさに「無事これを名馬」そのもの。
 
 半面、その野生児な外見に似合わず、意外に繊細で感じやすいところもあるのだ。
 泣き虫の母親似で、すぐ泣く。とくに、自分の中で盛り上がった気持ちに水をかけられる事態になると凹むこと。悲しい気分がすぐに解消できず、号泣し続ける。

 私は、床に伏して転げ回って大仰に泣き叫ぶ息子を見て、つくづく「人間てほんとうに『おいおいと泣く』んだなぁ」と、感心したものだ。それでも、子どものいいところは、ひとしきり思いきり泣き叫ぶとけろりと立ち直る強さがある所だ。

 なまけものであるが、言われたお手伝いは「ちえっ」と、ぶつくさ言いながらもやってくれる。我が家では、「働かざるもの食うべからず」なのだ。風呂掃除とトイレ掃除は、今息子の仕事だ。

 なんだかんだいっても、まだまだ母親に甘えたい年頃だ。私が一昨年、大腸がんになったときのことだ。
 かかりつけの医者に紹介状を書いてもらって、別の病院で大腸がんの検査手術をしたのだが、その際に、その結果を書いたものを病院でもらい、主治医に渡せと言われた。そこで、息子が軽い腹痛を起こして、かかりつけの病院に連れて行ったさい、ついでにその書状を主治医に渡したのだ。主治医はその場で中身を改め、息子のいる前で、

「ああ、やっぱり癌だったんですね」と、すらっと言ったのだ。
 私はひゃつとした。七歳の子どもといえ、ある程度の世の中のことは理解できるのだ。息子は表情を動かさなかった。しかし、帰りの車の中で、運転する私の背中に、息子はぽつりと言った。
「母ちゃん、死んじゃうの?」
 私は明るく答えるしかなかった。
「お前たちがまだ小さいのに、まだ、死ねないだろう?」
 息子は小さい声でつぶやいた。
「死なないで」
「死なないよ、大丈夫だよ」
 それ以来、のんきな息子の心にも、小さな影が落ちたようだ。
 仕事で疲れ切った母親の背中を、率先して揉んでくれたり、自分のお小遣いで神社に詣でて「母ちゃんが長生きしますように」と、祈ってくれたりするようになったのだ。
まんが挿絵27
まんが挿絵

おませでおしゃまなムスメ

「女は口から生まれる」のことわざどおり、長女は四歳にして、かなりのボキャブラリーを持つ。三歳のときには「そもそも」「もともと」などと、かなり高度な表現もものにしていた。口下手なお兄ちゃんを、
「そもそも、おにいちゃんがいけないんだよ―。なまけものなんだからぁ」
 などとまくしたて、早口で言い負かしている。しかし、最後は力持ちの兄にぽかりとやられ、押し切られるのがくやしくて、しょっちゅう兄の不祥事の密告に馳せ参じてくる。兄の失態を見つけた時は、鬼の首を取ったようにうれしそうにやってくる。

「おかあちゃん、おにいちゃんはまたごろごろしているよー」
 おませでおしゃまである。毎朝自分で着ていく服には厳しい。私が適当に選んだ服には納得せず、
「こんなのはきないよ」と。ぽいと放り出されてしまう。
「あたしがえらぶー」と、タンスを引っ掻き回して、自分で選んだものしか着ていかないのだが、真っ赤なシャツに黄色のズボンとか、真夏に長袖とか、サイズの異様に小さくなってお腹丸出しの服とか、喜々として着ていくわりにはセンスがいまいち奇抜なのである。
 
 むろん、髪形にもうるさい。
 長い髪が好きで、四歳になるまで、一度として散髪させなかった。あまりにぼさぼさに延び放題の髪の毛を見兼ねて、何度も
「もっと素敵になるから美容院に行こうよ」と、誘うのだが
「ぜったいきらないー」と、恐ろしい形相で拒否されていた。
 先日、おばあちゃんの協力を得て、
「おもちゃを買ってあげるから」などとなだめすかしてもらい。どうにかちょこっとだけ前髪を切ってもらった。本人は、それだけでも相当不満だったようで、一日中ふてくされていたのだが、事情を知っている保育園の先生がたが、翌日登園してきたときに、
「すごくかわいいー」
「なんて素敵―」
 と、お姫様のように口々に誉めて下さったおかげで、にこにことすっかりご満悦になった。やれやれである。
 そのご自慢の髪の毛を、毎朝結うのも四苦八苦である。鏡で入念にチェックを入れ、気に入らないと、せっかく結った髪の毛のゴムをむしり取って
「こんなのだめー」
 と、ばさばさに戻されてしまう。逆に気に入ったスタイルに決まると、いつまでも鏡の前でしなをつくってポーズを取っているのである。だから、朝は時間がないんだって、遅刻するよ、頼むよ。

 まだまだ「女子なんかうるさくて嫌いだ」などと言っている長男とは違い、娘は早くも異性を意識している。私もいい年をしてかなりのミーハーで、お気に入りの男性歌手や男優のファンクラブに入ったり、地方公演まで追いかけていくほどであるが、その血を受け継いだ娘は、早くも追っかけの予備軍である。

 いい男ばかり出演する大河ドラマ『新選組―』に、母娘ではまった。
 特に沖田総司役の藤原竜也クンの凛々しい美剣士ぶりにすっかり惚れ込み、日曜日の午後八時になると、なにもかもほうりだして母娘で毎週テレビにかぶりついていた。娘は、毎朝髪の毛を結って行く時
「沖田くんにして」と。ポニーテールに結ってさっそうと出かけて行った。ちなみに母は藤原竜也クンのファンクラブにも入っている。

『新選組―』では、藤原竜也クンはほとんど恋愛ドラマがなかった。その後放映された現代ものドラマ『赤い衝撃』は、べたべたの恋愛もの。そのドラマの放映が始まって、娘に
「沖田君、でているよー」と、呼ぶと、すっ飛んできたのだが、いきなり女優と抱き合ったりしたのを見たとたん、娘の沖田くん熱は、一気に冷めてしまったようだ。

 翌日、髪の毛をいつものどおりポニーテールにしようとすると、
「もういい、べつのにして」
 と、ぼそっと言った。
 厳しい夫も、やはり娘にはいくぶんか甘い。
「おとうしゃん、だいすき」
 などと娘に抱きつかれると、彼の目尻が下がる。
 しかし、今、娘は保育園の「ゆうくん」と、「らぶらぶなの」だ。

 話題に「ゆうくん」がでると、夫の目つきがぎろりと悪くなるのを私は見逃さない。「娘の結婚式には出ないぞ」と、すでに宣言している夫なのである。
まんが挿絵

行ってらっしゃいの儀式

 わが家では、ボディランゲージをだいじにしている。
 私はしょっちゅう子供たちを抱きしめたりキスしたりする。子供の前でも、夫には抱き着いたりする(夫にはかわされるが)。
「あなた大好きだよ」と、身体の温もりで表現することは、大事なことだと思うのだ。年と共に親との接触が照れくさく煩わしいものになるだろうが、子供時代に「愛されたい」という記憶は、きっと残る。

 八歳になった息子は、今でも両親としていた「行ってきます」のキスを、父とはしなくなった。私とも照れくさくて逃げ回る。私はそこを捕まえて無理やりキスしてしまう。「なんだよー」と、息子は文句を言うが、「じゃあ、もうキスしないよ」と言うと、「えー」と、寂しそうな顔になる。いつまでも私のキスを許してくれるかなぁ。あと、わずかかもしれない。

 逆に娘は、父親とのキスはかかさない。幼いうちというのは、異性の親にやはり愛着が強いものなのだろう。
 子供たちとキスを交わして、最後には私は夫からキスをもらう。朝、ちょっとやりあったりして機嫌が悪いときはそのまま出勤しようとするが、私はどうしてもしてもらう、そこで、仲直りするのだ。

 子供たちがいずれ玄関キスを卒業しても、私だけは忘れないで、と、願っている。
 つづく 第四章 共稼ぎ子育てライフ