デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
男と女の協調
男性と女性は、自分の遺伝子を後の世代に受け継がせていくために、いつもたがいに依存し合っている。結婚という結びつきは、長期間にわたる信頼と助けあいが複雑に絡み合っており、他の動物種には見られないものだ。この意味では、男女間の協調こそ人類の最高の偉業だといっていい。
協調のための戦略は、文化を生み出す能力や意識とならんで、人間の本性を規定する要素なのである。
性戦略は、生涯わたる愛情を可能にするいくつかの条件を示唆してくれる。子供は、遺伝子を未来の世代へ無事に運ぶために共有の乗り物であり、男性と女性を協力させ、夫婦間の永続的な絆をはぐくんでくれる。
両親は新しい生命を生み出す喜びをともに分かち合い、子供たちが大人になるまで世話をする。そして、ふたりの結び付きのたまものが、生命の再生産サイクルの一部にほかならないことを驚嘆の念を抱くだろう。
しかし、子供は同時に、昼間の育児の分担をめぐる口論から、夜のセックスの機会の減少まで、新たな軋轢を生みだす源でもある。純粋な至福などというものはどこにも存在しないのだ。
性的な意味での誠実さも、夫婦の調和をもたらす要素である。どんな小さな浮気の疑惑も、利害の深刻な対立を引き起こす。不貞は夫婦の絆を破壊し、離婚を招くのだ。一夫一妻制は、男性と女性のあいだの長期にわたる信頼関係を促進する。
女性が浮気をした場合、夫からの投資以外にも資源を手に入れたり、子供により良い遺伝子を伝えられるという点では利益が得られるだろう。しかし、浮気を通じて彼女にもたらされる利益は、夫に課されるコスト――自分が子どもの父親なのか確信を持てなくなったり、妻への信頼が損なわれたりするコスト――と引き換えにされたものだ。
同じように、男性の浮気は、さまざまな相手とセックスしたいという欲求を満たしたり、一夫多妻の気分を味わうという一時的な幸福感を得る役には立つだろうが、そうした利益もまた、夫の愛情や資源の一部をライバルに奪われるというコストを妻に背負わすことで成立している。
生涯を通じて、セックスの面で配偶者に誠実にありつづけることは、男女間の調和を生み出してくれるが、男女双方がなんらかのチャンスを放棄することと引き替えに、初めて可能になる。
男女間の調和を達成する鍵は
たがいに相手が進化させてきた欲求を満たし合うことだ。男性がより多くの経済的資源をもたらし、優しさや思いやり、献身を見せれば見せるほど、女性は幸福になる。同じように男性の幸福感は、女性が自分よりも魅力的な容姿になり、さらに優しさ、思いやり、献身を示せば示すほど高まっていく。
互いの欲求を満たし合うカップルは、より安定した関係を維持できる。われわれが進化させてきた欲求は、男女かの調和という謎を解くのに不可欠な要素なのだ。
人間の要求の多様性は、男女間の調和を実現するうえでもっとも強力な武器となりうる。人類が成し遂げた最大の成果のひとつは、ふたりの無関係な個人が、愛情によって特徴づけられた協力関係を生涯にわたってきずき、持てる資源のすべてをそこに注ぎ込むのを可能にしたことである。
こうしたことが起こりえたのは、個人個人が注ぎ込む資源の多さや、協力によってもたらされる利益の大きさ、他人と利益を生み出す協力関係を結ぶためにかたちづくられて精微な心理メカニズムなどのおかげだ。
注ぎ込まれる資源の中には、どちらか一方の性だけに結びついたものもある。女性の子供を産む能力や、男性の食糧を供給する能力などだ。しかし、配偶に関係する資源の大部分は、たんなる繁殖的な要素を超えるものである。
危険から身を護ったり、敵を撃退したり、同盟を結んだり、子供を教育したり、パートナーが不在なときにも裏切らなかったり、病気の時には看病したりといった能力こそ重要なのだ。そうした資源のひとつひとつが、人間の本性を規定する多くの欲求をそれぞれ満たすようになっている。
男性と女性が、生存や繁殖のために資源のために得る上でつねに依存し合っていることを認識すれば、異性に対する深い尊敬の念が生まれる。同じように、われわれは何時も、互いの欲求を満たすために依存し合ってもいる。人間が愛の魔力に捕らえられたとき、他に類を見ないような充足感を覚えるのは、そうした事実に起因していると思われる。生涯にわたる愛情関係は、配偶戦略の大いなる勝利といっていい。
新しい性的環境に直面している。確実な避妊法
現在われわれは、祖先の誰も遭遇しなかったような、新しい性的環境に直面している。確実な避妊法、排卵誘発剤、人工授精、テレホン・セックス、ビデオ・デート・サービス、豊胸手術、脂肪除去手術、試験管ベビー、精子銀行、エイズなどある。
いまや、人類の進化史上でも例がなく、地球上の他のどんな生物にも不可能なレベルまで、配偶行動の結果を自由にコントロールできるようになった。にもかかわらずわれわれは、そうした新しい状況に、昔ながらの配偶戦略のセットで対応している。そうした配偶戦略は、祖先たちの時代に、もはや永遠に失われた環境の下で機能していたものである。
われわれの配偶戦略は、われわれが何者で、どんな環境から生まれてきたのかを語る、いわば生きた化石なのだ。
人類は、地球の生命の三五億年に及ぶ歴史において、自分たちの運命をコントロールできる能力を身につけた最初の種である。われわれが自分たちの進化の歴史を知れば知るほど、未来を決定するための展望はより明確になる。
人間の性戦略の多岐にわたるレパートリーを理解して初めて、われわれは自分たちがどこから来たのかを知ることが出来る。なぜそうした戦略が進化してきたのかを理解し始めて、人類がこれからどこへ向かうのかをコントロールできるのである。
訳者あとがき
なんだかんだ言っても、男と女の関係というのは難しい。理想的に見えた夫婦が突然離婚したり、意外な二人が突然くっついたり、はたまた泥沼のような不倫に陥ったという例は。だれもが身近で見聞きした(あるいは自分で体験した)ことがあるだろう。そこで繰り広げられる駆け引きの複雑さたるや、「男女関係こそ人類の永遠の謎」という言い古された表現にも、一面の真実が含まれているように思えてくるほどだ。
その謎を、進化心理学の視点から解き明かしてくれるのが、本書『女と男のだましあい――ヒトの性行動の進化』である。
「進化心理学」という新しい学問をご存知だろうか。人間の心理や行動がなぜ、どうやって形成されてきたかを、進化論的な視点から探ろうとするもので、いまかなり注目されている研究部門だ。レダ・コスミデス、ジョン・トゥービー、ドナルド・サイモンズなどの主導のもとに、八〇年代後半から主にアメリカで発展し、日本でも東大の長谷川寿一教授などが精力的に研究を進めている。(もっと詳しく知りたい方は、岩波書店の『科学』97年4月号が進化心理学について充実した特集を組んでいるので、一読をお勧めする)。
本書の著者デヴィッド・M・バスも、現在の進化心理学をリードするひとりだ。サイモンズのもとで心理学を学んだバスは、ハーヴァード大学助教授、ミシガン大学教授などを経て、現在は西部の名門テキサス大学オースティン校の心理学教授を勤めている。
進化心理学が人間の行動と心理を進化論から説明しようとするものである以上、性行動は避けて通れない問題だ。進化論の視点からすると、子孫を多く残せた個体が勝者になり、残せなかった個体が淘汰される。ただ生存するだけでなく、配偶者を獲得し、繁殖することが必要なのだ。
こうした繁殖の成否による淘汰を、ダーウィンは「性淘汰」と呼んだ。バスは、この性淘汰の原理を人間に適用し、男女の性行動を、より多くの子孫を残すための戦略と見なして分析していく。そもそも人間はなぜ結婚し、離婚するのか、
なぜ男は若くて美しい女の好み、女は社会的地位の高い男を好むのか、なぜ自分は浮気をしたがるくせに、配偶者には貞節を求め、嫉妬するのか――こうした、見過ごされがちだが根本的な問題を、進化論の視点から鮮やかに解き明かしていく過程はきわめてスリリングで、意外性に満ちている。
本書の最大の特徴は、徹底して実証的な姿勢が貫かれていることだろう。とかくこうしたテーマの本は、まず理論が先行し、人間の行動をむりやり生物学的におしつけてしまうものが多い。客観的なデータに基づいて、人間の性行動の本質を解き明かしていく。統計的な数字が頻?に出ることが煩わしく思う読者もいるかもしれないが、そこにこそバスの研究者としての良心が表れているような気がる。
2000年1月 訳者 狩野秀之
恋愛サーキュレーション図書室
煌きを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。