デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
時間による変化
オランダのアーネムの動物園では、チンパンジーの大規模なコロニーが飼育されている。このコロニーを支配しているのは、イエルーンという最優位のオスだった。イエルーンはいつも大仰な姿勢で歩いて、自分を実際よりも大きく見せていた。
ときおり、自分の優位を示さなければならなくなると、毛逆立てて、他のチンパンジーたちに全力で突進した。この突進を受けると、チンパンジーたちはあわてふためいて逃げ出した。イエルーンの優位はセックスの面にもおよんでいた。群れには四頭のおとなしいオスがいたが、メスが発情した時に行われる交尾の七五パーセント近くはイエルーンが相手だった。
しかし、イエルーンが年老いるにつれて、変化が訪れた。若いオスのラウトが急速に力をつけ、イエルーンの地位に挑戦し始めたのである。ラウは徐々に、イエルーンにたいして服従のディスプレィをするのをやめ、自分がイエルーンを恐れていないことを大っぴらに誇示するようになった。あるとき、ラウトはイエルーンに近づくと、一撃をお見舞いした。別の機会には、その危険な犬歯でイエルーンに噛みつき、出血させたこともあった。とはいうものの、戦いの大部分はもっと儀式的なものであり、流血沙汰の代わりに脅しや威嚇が用いられた。
最初のうちは、メスはすべてイエルーンの側に付き、イエルーンはその地位を維持することができた。しかし、しだいに一頭、また一頭とラウトの元に走るものが現れ、風向きは逆転した。二ヶ月後には権力の奪取は完了し、イエルーンはボスの座を降りて、ラウトにたいし服従のディスプレィを行うようになったのだ。
配偶行動も、それに応じて変化した。イエルーンが権力を握っていたあいでは、ラウトは全交尾数の二五パーセントを行っていたに過ぎなかった。だが、権力の座に就くとどうじに、ラウトは交尾の五〇パーセント以上も行うようになった。一方、イエルーンがメスと交尾する回数はゼロにまで減ってしまった。
こうして、権力を奪われ、交尾の機会も失ったとはいえ、イエルーンの一生が終わってしまったわけではなかった。イエルーンは徐々に、まだ若いオスのニッキーと協力し合うようになった。イエルーンもニッキーも、単独でラウトに挑戦しようとはしなかったが、力を合わせて強力な同盟をつくった。それから数週間のうちに、同盟の結束は増々強まり、ラウトに挑戦するようになった。
ついに力と力の対決になり、巻き込まれたチンパンジー全員が傷を負うはめになったが、最後にはイエルーンとニッキーの連合軍は勝利した。この勝利の結果、ニッキーが交尾の五〇パーセントを行なうようになった。イエルーンのほうは、ニッキーと同盟したいたおかげで。交尾の二五パーセントを行うことができ、メスを手に入れられない状態は一時的なものですんだ。
ボスの座に返り咲くことは二度となかったが、どん底の状態からは脱し、集団内でそれなりの地位を得ることが出来たのだ。
人間の場合もチンパンジーと同じで、配偶行動は一生を通じてどんどん変わっていく。ある人間の配偶者としての価値は、性別や状況に応じて変化する。個人が体験する変化の大部分は、人類進化の歴史を通じて繰り返されてきたものであり、われわれの祖先に適応上の課題を投げかけてきた。そのため人類は、そうした課題に対応するための心理メカニズムを進化させてきた。
一歩一歩着実に社会的地位を上げてきたとしても、ある日突然、もっと能力のある新参者に追い越されるかもしれない。腕のいいハンターも、重傷を負って狩りができなくなるかもしれない。年を取った女性も、息子がその部族の酋長になるかもしれない。
長い間目立つこともなく、配偶者候補として最低ランクにしか評価されてこなかった男でも、ある日すばらしい発明をして社会的に貢献すれば、たちまち名声を得るかも知れない。
あるいは、健康そのものの若い夫婦なのに、どちらかが不幸にも子供のできない身体と判明することもある。こうした変化を考えに入れないことは適応的ではなく、祖先が直面していた適応上の課題の解決を妨げるものだった。だからこそ人類は、そうした変化を察知し、適応的な高度を取るための心理メカニズムを進化させたのだ。
ある意味では、あらゆる配偶行動は、時間によって変化するといっていいだろう。それは思春期に性ホルモンの分泌が活発になることに始まり、老人となって孫たちの配偶者選びに口出しすることまで続く。
配偶行動は、一生を通じて同じように行われるわけではない。この章では、結婚生活を送る間に、男女双方に生じる数え切れない変化のいくつかを取り上げ、どれが損失でどれが僥倖か、何が偶然で何が必然かを示すことにしたい。
つづく
女の価値の変化