デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
不妊
ジュズカケバトは、他の鳥類に比べ一オス一メスの傾向が強いが、にもかかわらず、一シーズンのうちに二五パーセントまでがつがいを解消する。その最大の原因となるのは不妊、すなわちつがいが繁殖に失敗したことだ。ある繁殖シーズンに、ヒナを返すことが成功したジュズカケバトのつがいは、次のシーズンにも再びつがいになることが多い。一方、ヒナを返せなかったハトたちは、次のシーズンには新しい相手を探す。
人間の場合も、子供を残せないことは、離婚の大きな原因である。子供のいない夫婦の離婚率は、ふたりないし三人の子供がいる夫婦の離婚率にくらべて著しく高い。四五の社会に暮らす数百万人を対象にした国連の調査によれば、離婚の三九パーセントは子供がいない場合に起こっており、続いて子供が一人だけの場合が二六パーセント、二人の場合が一九パーセントと続き、四人以上の子供もつ夫婦の離婚は全体の三パーセントに満たない。
子供がいないことによる結婚の破綻は、
婚姻関係がどれくらい続いたかに関係なく起こる。子供の存在は、夫と妻のあいだに遺伝子的な利益という強い共通性をつくりだすことで、二人の絆を強め、離婚の危険を減らす役割を果たす。両親の遺伝子を未来へと運んでくれる、子供という小さな乗り物を産み出せなかったカップルは、この強い絆を得ることはできない。
さまざまな社会を通じて、不妊は離婚の大きな原因のひとつであり、頻度の点でこれを凌ぐのは浮気しかない。さまざまな文化圏を対象にした婚姻関係の破綻に関する調査によれば、七五の社会で、不妊が婚姻関係解消の原因となると報告されている。
そのうちの一二社会では、子供ができない原因が男性側にあろうと女性の側にあろうと関わりなく離婚の原因となるという。だか、浮気の場合と同じく、不妊に対する扱いもまた大きく異なっている。男性に原因がある不妊のみが離婚の理由になる社会は一二だったのたいし、女性に原因があるとされた場合のみが離婚の理由となる社会は三〇もあった。
これもまた、女性が男性よりも不利に扱われる二重基準の一例だろう。残りの二一の社会では、男性の側の不妊のみが離婚の原因になるか、女性の側のみなのか、あるいはその両方なのかを判別することはできなかった。
すべての社会で、離婚が認められるわけではない
すべての社会で、離婚が認められるわけではない。しかし、たとえ離婚が認められていない社会でも、子供ができない男女の場合だけは、婚姻関係が解消できることが多い。たとえば、南アジアのアンダマン諸島では、子供ができないうちは、その婚姻は成立しないと認められない。それは本当の婚姻ではなく、あくまでも試験的な結婚に過ぎず、子供ができなければ解消されることになる。
また、日本の多くの村落では、祝言を上げてからしばらくの間は、その婚姻を記録に残すのを保留していた。最初の子供が誕生するまで、結婚を届けないことが多かったのである。
このように、子供が生まれないうちは、結婚が公式なものとして認められない。といったケースでは、不妊は婚姻関係解消のきわめて大きな要因となる。
老齢も、繁殖能力の低下に結びつくが、それは男性よりも女性に顕著にあらわれる。確かに、精液中の精子の数は年齢を重ねるにつれ少なくなるが、とはいう六〇代ないし七〇代、あるいは八〇代の男性でも子供をつくることは可能であり、さまざまな社会でそうした例が見られる。
ヤノマモ族のある非常に裕福な男性の場合、最年長の子供と末っ子との年齢差は実に五〇歳もあった。オーストラリア北部のティウィ族では、年長の男性が三〇以上も年下の女性たちを独占しており、彼女たちとのあいだに子供をもうけている。
ティウィ族やヤノマモ族にくらべると、西欧社会では夫と妻の年齢が近いのがふつうだが、それでも、男性が閉経を迎えた妻と別れて、もっと若い妻と新しい家庭を築くといった例は珍しくない。
男性と女性の繁殖メカニズムの違いから、男性に比べて女性は、老齢のために離婚を強いられることが多いだろうという推測が成り立つ。前述した配偶関係の解消に関する国際調査では、年齢が離婚の引き金となるケースはあまり多くみられず、その事例が報告された社会は八つしかなかった。
しかし、その八つすべてで、離婚の原因となりうるのは女性の年齢であり、男性ではなかった。そして、離婚した男性は、ほとんど例外なく、もっと若い女性との再婚していた。
進化的な観点から見れば、不妊と浮気が、世界中でもっとも多く見られる離婚の原因となっていることは、きわめて合理的である。この二つは、長期的な配偶関係の進化的な存在理由である繁殖資源の提供という点からすると、何より直接的かつ致命的な欠陥だからだ。とはいうものの、人間は、こうした欠陥のために自分の適応度がどれほど下がるかを意識的に計算したりしない。
不妊や浮気は適応上の課題としてわれわれの祖先に淘汰圧をかけ、そうした繁殖面での欠陥を察知する心理的メカニズムの発達を促したのだ。セックスという行為は、たとえ当事者がそこに内在する繁殖上の論理を意識していなくても、子供をつくることに直結している。
同じように、不実な配偶者や子供のできない配偶者に対して怒りを感じ、離別することは、その背後に潜む適応的な意識することなく行われる。子供を作らないことを自ら選んだ夫婦でも、どちらかが浮気すれば破局に至る事実は、われわれのなかの心理メカニズムが、その成立を促した淘汰圧とは無縁の人々においてさえも、機能し続けていることを示している。
つづく
セックスの拒否