デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
関係を解消する心理
われわれの祖先が置かれていた、配偶関係の解消を促進するこのような状況は、人類進化の歴史において繰り返し適応上の課題として立ちはだかり、その戦術的解決策を進化させる淘汰圧となってきた。
配偶者の価値が下がったことに気づかない人や、配偶者が死んだとき代わりを見つける準備をまったくしなかった人、チャンスが与えられたのに、より価値の高い配偶者を獲得することに失敗した人々などは、そうした状況の変化にいち早く気づき、うまく対応した人に比べ、繁殖上きわめて不利な立場に立たされることになった。
多くの人が、配偶者と安定した関係にありながら、他の配偶者と接触し、品定めしているというのは、困惑させられることがあるが、純然たる事実である。既婚男性の会話は、スポーツか仕事の話でなければ、自分の周囲にいる女性たちの容貌や、彼女たちの性的接触の可能性についての者が多い。同じように既婚女性たちも、どの男が魅力的か、女たらしか、地位が高いかといった話を飽かずくりかえす。こうした会話には、情報を交換し、配偶者捜しの場に参加しようという目的がある。
新しい配偶者獲得の機会をうかがっている
配偶者にする可能性を念頭において、他の男女を値踏みすることは、十分に報われる作業なのだ。理想的とは言えない伴侶といちずに添い遂げようとする人は、世間から賞賛されるかもしれないが、そのようなタイプは繁殖面で成功を収めてきとは思えず、したがって現在生きているわれわれにその血はあまり受け継がれていないだろう。
男性も女性も、今すぐそうする気がなくても、新しい配偶者獲得の機会をうかがっているものだ。将来に備えておいて損はないのである。
結婚してからも、こうした心理的傾向ははたらきつづけている。既婚男女は、配偶者候補のあいだの優劣を評価するだけでなく、候補者たちと現在の配偶者とも比較する。男性が若くて魅力的な女性を好む傾向は、ひとたび結婚したから行ってなくなるものではない。女性が、夫以外の男の地位や名声に関心を示す傾向も変わらない。
実際のところ、配偶者とは、何度となく繰り返される比較対照の基準となる物差しなのだ。無意識のうちに行われるその計算の結果によって、現在の配偶関係を続けるか、それとも解消するかが決定される。
高い社会的地位につき、よりよい配偶者を獲得できるようになったからといって、その男性が「よし、今の妻と別れて、もっと若く、繁殖的価値の高い女と結婚すれば、おれの繁殖成長度を高めることができるぞ」などと考えるわけではない。
妻以外の女性に魅力を感じるようになり
彼は単に、妻以外の女性に魅力を感じるようになり、そうした女性たちを以前より手に入りやすくなっているとことに気づくだけだ。夫に虐待されている女性は、「もし、コストを強要するこの夫と別れれば、私や子供の繁殖成功度は高まるはずだわ」などと考えたりはしない。
そうではなく、まず自分と子供の安全を求めるはずだ。われわれは、砂糖や脂肪、タンパク質などを好んで摂取するが、その適応的な機能を意識してそうしているわけではない。それと同じように、結婚を解消する心理メカニズムは、それが適応上の課題の解決につながることに我々が気づかないまま、作動するのである。
長期的な配偶者と別れる際には、誰もが明確で正当に見える理由をつけたがる。それによって、友人や親族、さらには自分自身を納得させ、自分の社会的地位を守る。もしくはダメージを最小限に抑えようとするのだ。何も言わず、ただ配偶関係を解消する場合もないではないが、こうした率直なやり方は少数派である。
別れる際の、最も効果的なやり方
パートナーと別れる際の、最も効果的なやり方のひとつは、パートナーの期待を裏切ることにより、相手がもはや配偶関係の維持を望まないように仕向けることだ。そのために、われわれ祖先の男性は、資源を与えるのを止めたり、投資を他の女性に振り向けていることをほのめかしたりしていただろう。
一方女性は、浮気をし、夫にセックスを許さないといった手段を用いて、子供の父親が誰なのか夫に疑いを抱かせたりした。配偶者と別れるには、男女どちらにとっても、残酷かつ非情、暴力的で相手を傷つける戦術ほど効果的である。この戦術は、優しくて理解のある配偶者を好むとしいう男女双方に共通する普遍的な傾向を逆手とったものであり、異性の持つ心理メカニズムをうまく利用したものと言える。
そうした心理メカニズムは、配偶者の選択が間違っていたとか、配偶者を望ましくない方向へ変わってしまったことを警告し、配偶者のために受ける損失をこれ以上被らないようにすべきだと示唆してくれるのだ。
われわれの祖先の時代に、長期的な配偶関係から得られる利益が男性と女性とでは異なっていたこと――は、別離と離婚をひきおこす原因に深い影響をおよぼした。こうした性差が存在したために、男性と女性とでは、配偶者が年を取ったことによる変化はまったく異なった基準で判断するようになったのである。
たとえば、二五歳だった女性が四〇歳になれば、繁殖価値は急速に低下するが、配偶者としてのそれ以外の価値はむしろ高まり、損失を補うようになるだろう。一方男性は、年を取れば社会的地位が高まり、思いがけないほど多くの配偶機会に恵まれる可能性がある。
さもなければ、健康を害して、現在の妻を繋ぎとめておくことが困難になるかも知れない。このように、われわれの祖先の男女は、それぞれ異なった理由から配偶関係の解消の可能性を抱いていた。そしてその理由は、繁殖に成功するため、男女それぞれが解決しなくてはならない適応上の課題の核心となっている。
破綻を理論づける証拠
配偶関係の破綻を理論づける証拠の多くは、進化人類学者ローラ・ベッジグが一六〇の社会を対象に、離婚の原因を分析した研究結果から得られている。この研究では、その社会の一員であるか、もしくはその社会で実際に暮らして調査を行った民族史研究者が残した記録から、配偶関係の解消の原因を四三種類にリストアップした。
デ―タ収集の基準がなかったことや、データそのものの不足などさまざまな制約のために、離別の理由の絶対的な頻度を算出することは不可能だったが、相対的な頻度は割り出すことができた。
ある要因を離婚の理由として挙げた社会が多ければ多いほど、その要因は普遍的に見られるものだと判断できるからだ。その結果、離婚の理由として最も頻度が高かった二つの要因は、いずれも繁殖と特に関係の深いものだった――すなわち、浮気と不妊である。
つづく
浮気