デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
男女間の軍拡競争
男女間の軋轢は、ふたりの相互関係と結びつきを浸食してしまう。そうした軋轢は、セックスの可否をめぐる恋人同士の喧嘩から、投資や献身をめぐる夫婦間の争い、職場での性的嫌がらせやデート・レイプ、さらには見知らぬ人間によるレイプまで、多岐にわたっている。
そして、これら軋轢のほとんど全ては、男性と女性がそれぞれ進化させてきた配偶戦略に結びつけることができる。一方が行使する戦略は、時としてもう一方の戦略を妨害することになるのだ。
男女どちらも、怒りや悲しみ、嫉妬といった心理メカニズムを進化させて来ている。それは、自分の配偶戦略が妨害されそうになったとき、警告を発してくれる役割になっている。女性の怒りは、自分の配偶戦略が男性に妨げられた場合に、最も強く誘発される。
たとえば、男性が高圧的にふるまったり、女性を虐待したり、性的な暴力を振るったりする場合である。同じように、男性の怒りも、女性から冷たく撥ねつけられたり、セックスを拒まれたり、浮気をされたりして配偶戦略を妨害された場合に、最も強く引き起こされる。
不幸なことに、こうした争いは、人類進化の歴史を通じて一種の軍拡競争を生み出してきた。男性が女性を騙す工夫を編み出すたびに、女性はそれを察知する手段を開発する。嘘を見破る方法が精微になれば、それが進化的な要因となった、今度は男性がより巧みに騙しの技術を発達させていく。
女性が男性の献身度を厳しく測るようになればなるほど、男性は誠意があるように見せかける巧妙な戦略を編み出していき、今度はそれに応じて、女性が嘘を見破るためのテストもますます複雑で精密なものになっていく。あるいは、どちらかの性がなんらの虐待を行うたびに、もう一方は虐待を受けないための対策を進化させる。
女性が、自分の繁殖上の目標を達成するために、より効果的で緻密な戦略を進化させればさせるほど、男性もまた自分の目標を達成するために、さらに精微な戦略を生み出すようになるのだ。男性と女性の繁殖上の目標が互いに両立しないものである以上、この軍拡競争に終わりはない。
とはいう、怒りや精神的苦痛と言った適応が生み出した感情は、男女双方にとって役立つものでもある。それは、他人から配偶戦略を妨害された場合に被るはずのコストを減らしてくれるからだ。そうした感情はまた、恋愛関係や結婚生活において、関係にピリオドを打つ役割を果たすこともある。
つづく
8 破局