デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
レイプ
レイプとは、暴力を用いて、もしくは暴力を振るうという脅しによって、セックスを強要する行為だと定義することができる。レイプされた経験のある女性がどれだけいるかは、統計を取る側がレイプに診断基準をどこ置くかによってさまざまに異なってくる。一部の研究者はレイプを広く解釈し、そのときは本人がレイプだと思わなくても、後になって実はセックスを望んでいなかったと認めたケースまでレイプに含めている。
一方、レイプの意味をより厳密に、「女性の意思に反して強制されたセックス」に限定する研究者もいる。その結果、たとえば、二〇一六人の女子学生を対象にした大規模な調査では、レイプ経験者は六パーセントという結果が出たが、三八〇人の女子学生を対象にした別の調査によれば、一五パーセント近くの女性が、自分の意志に反してセックスを強いられた経験があると答えた。
レイプの犠牲者に対して根強い社会的偏見が存在することを思えば、レイプされた経験のある女性の実数は、これらの数字より多いものと考えられるだろう。
レイプの問題は人間の配偶戦略と関係している。レイプの多くが配偶行動の過程で発生していることはそのひとつの証左だろう。たとえばデート中は、レイプが頻発する状況のひとつである。ある研究によれば、女子大学生のほぼ一五パーセントが、デート中に望まないセックスを強いられた経験をもっている。三四七人の女性を対象にした別の調査では、性的な暴力を受けた事例の六三パーセントまでが、デート相手や恋人、夫、あるいは事実上のパートナーによって加えられたことが明らかになった。
これまで行われた中で最も大規模な、一〇〇〇人近い既婚女性を対象にした夫婦間レイプの調査によれば、そのうち一四パーセントが夫にレイプされた経験があるという。これらの事実から、レイプとは暗い路地で見知らぬ男から受ける暴行だけではないことが良くわかる。レイプは配偶者探しや配偶関係の変形としても起こるのだ。
性的いやがらせの場合と同じように、レイプにおいても、犯人はほぼ全員男性であり、被害者はほぼ全員が女性である。この事実は、レイプと他の男女間の軋轢との関連性を示しており、そこからレイプを男女の配偶戦略の文脈のなかで理解する手掛かりが得られるのだろう。とはいえ、こうした連続性が存在するからといって、レイプそれ自体が男性の進化させてきた性戦略のひとつであるとか、人類の進化史における適応だったということにはならない。
レイプが男性の性戦略の一環あるや否か
実際のところ、レイプが男性の性戦略の一環あるや否か、低いコストでカジュアル・セックスを求める一般的戦略の恐るべき副産物なのかどうかは、現在の進化心理学で議論が分かれている問題である。ここで重要なのは、人類の性戦略レパートリーのなかで、レイプが一つの独立した戦略であるという証拠が存在するかどうかという点だ。
一部の昆虫や鳥類では、そうした証拠を明らかに見出すことができる。たとえば、シリアゲムシのオスは、メスをレイプする時だけに機能する鋏状の構造を備えている。この器官は、オスが婚資を差し出す通常の交尾ではまったく使われない。鋏をワックスで固めてしまう実験を行ったところ、シリアゲムシのオスは力ずくの交尾がまったくできなくなってしまった。
シリアゲムシとはかなり異なるとはいえ、人間の男性の場合も、心理学的・生理学的実験の結果、いくつかのショッキングな発見がなされている。ある実験では、男性の被験者たちに、レイプと、双方が合意した性交との二つのシーンをそれぞれ収録したビデオテープを見せた。そして、自己申告とペニスの膨張から興奮度を測定したところ、ふつうの性交とレイプのどちらにもたいして、被験者は性的興奮を示すことがわかった。
男性は性行為のシーンを見せられれば、それが男女間の合意のもとになされたかどうかにかかわりなく、明らかに性的に興奮するのである。もっとも、そこに暴力が介在したり女性が抵抗を示していたりすると、男性の性的興奮はいくらか抑制された。
しかし、こうした発見には、二つの異なった解釈がありうる。ひとつは、男性は性行為を見ると性的に興奮する一般的傾向を備えているだけで、強制的なセックスに対してもとくに適応しているわけではないという解釈であり、もうひとつは、男性がレイプを志向する心理を独自に進化させているという解釈だ。
これは、食物とのアナロジーで考えると分かりやすい。人間はイヌと同じように、美味しそうな食物を見たり、匂いを嗅いだりすると、特に空腹の場合には、口の中に唾液があふれてくる。それを見た科学者が「人間は他者から食物を奪い取ることに適応している」と推論したとしよう。次に科学者は、こんな実験を試みるだろう。まず、被験者に二四時間食物を与えずにおき、それから次の二つのシーンを見せる。
ひとつは。ある人物が自発的に、おいしそうな食物を他人に分けてやっているシーンであり、もうひとつは、同じくらいおいそうな食物を、今度は無理やり他人から奪い取るシーンである。
この仮想実験で、二つのシーンを見せられた被験者どちらの場合もおなじくらいの唾液を分泌したとしても、それを根拠に、人間は「他者から食べ物を奪い取る」に明確に反応していると結論づけることはできない。実験から結論できるのは、「空腹の人間は、食べ物を見せられれば、それが強奪されたものであろうとなかろうと関係なく、唾液を分泌する」ということだけである。
この想像上の事例と、「性行為のシーンを見せられた男性が、男女間の合意のもとになされたかどうかにかかわりなく、性的に興奮する」ことを示すデータとは、全く性質が同じだと言いきっていい。このデータは、レイプが男性の進化させてきた戦略のひとつであるという証拠にはならないのだ。
その一方で、レイプと人間の配偶戦略との関連性は、レイプの犠牲者の特徴の中に見て取れることができる。レイプの犠牲となる女性はあらゆる年代にわたっているが、特に若い女性に集中している。
一万三一五人のレイプ犠牲者を対象にした調査によれば、一六歳から三五歳までの女性が、その他すべての年代を合わせたよりもはるかに多かった。全犠牲者の八五パーセントが、三五歳以下で占められていたのである。
加重暴行(婦女子にたいする通常より罪の重い暴行)や殺人といった犯罪の犠牲者
それに比べて、加重暴行(婦女子にたいする通常より罪の重い暴行)や殺人といった犯罪の犠牲者は、まったく異なった年齢分布を示す。たとえば、加重暴行の犠牲者の場合、四〇代は激減する。実は、レイプの犠牲者の年齢分布は、繁殖価値の高い年齢による変化と一致するのである。
これは、他の暴力犯罪の犠牲者の年齢分布には、まったく見られない特徴だ。この事実は、レイプが、男性の進化させてきた性的な心理メカニズムと無関係でないことを強く示唆している。
レイプの犠牲者は、男性の性的欲求の対象の多くがそうであるように、若く、身体的に魅力をそなえていることが圧倒的に多い。男性は、若さと健康を示す身体的特徴を見ると、魅力を感じて興奮する心理的メカニズムを進化させてきており、そのメカニズムが美しさを判断する強力な基準になっている。
レイプ犯もまた、そうした特徴を魅力的に感じ、少なくとも部分的にはそれに基づいて犠牲者を選択している。しかしこの事実は、カジュアル・セックスの戦略とはまったく別の、レイプだけを指向する戦略を男性が進化させてきたことを意味するものではなく、ただたんに、男性が若くて魅力的な女性を求めるという一般原則をさらに裏書きする証拠を提供したにすぎない。
これまでのところ、男性が明確にレイプを指向する性戦略を進化させてきたという直接の証拠は見出されていない。それよりむしろ、男性が腕力や暴力を使うのは、なんらかの目標を達成するための手段なのではないかという印象を受ける。
若い女性とのセックスもそうした目標のひとつであり、それを達成するために一部の男性は力で訴える。ライバルを打ち負かしたり、他人から資源を奪うのに暴力を用いるのと、本質的には同じことなのだろう。
とはいうものの、男性がさまざまな性的状況のもとで、何らかの威圧を行なっているという見方には、非常に説得力がある。セックスに対する態度に関する調査によれば、男性は女性にくらべ、性的な威圧は当然のものと受けとめがちな傾向が見られる。女子学生は、男性は自分の性的な要求を無理やり通そうとすることが多いと回答している。
男性は、たとえ相手の女性が拒否しもセックスをしようとすることが多く、ときには言葉や腕力で脅したり、場合によっては平手打ちや殴打などの暴力を振るいさえする。たとえば、女子学生を対象にしたある調査によれば、レイプされた経験のある女性のうち、五五パーセントは「やめて」と懇願したにもかかわらずレイプを受け、また一四パーセントが力ずくで抑えつけられるなど身体的に威圧され、五パーセントは脅されている。
男女の性的な関係の多くに、威圧という要素が介在しているのである。
しかし、男性による威圧は性的な関係にかぎらず、さまざまな状況で用いられている。男性は他の男性を威圧したり暴力を振るったりする。男性が男性を殺害するケースは、女性を殺害するケースに比べて四倍以上多く発生している。
男性は女性に比べれば明らかに威圧的かつ暴力的であり、世界中で、社会的に許されない不法行為の大部分は男性によってなされている。威圧と暴力は、男性が対人関係全般において行使する武器なのであり、性的な関係でも性的な関係でない関係でも同じように用いられる。
フェミニストたちの行った調査
フェミニストたちの行った調査は、レイプがいかに忌まわしい行為であるかを、犠牲者の視点から明らかにした点で重要だ。一部の男性が信じ込んでいるのとは違い、女性はレイプされる願望を抱いてもいなければ、レイプを性行為の一種としてもとらえていない。それは、証拠から明確にしめされている。
怒り、恐怖、自己嫌悪、恥辱感、絶望といった、レイプの犠牲者が受ける心理的なトラウマは、人間にとってもっとも苛酷な経験に教えられる。
レイプが進化に関係しているという重要な証拠のひとつは、その犠牲者が経験する心理的苦痛についての研究から得られている。進化生物学者ナンシー・ソーンヒルとランディ・ソーンヒルは、心理的苦痛とは、そのきっかけとなった出来事に対して注意をうながし、それを避けるようにさせるために、進化が生み出したメカニズムではないかと主張している。
フィラデルフィア在住のレイプ犠牲者七九〇人を対象にしたある調査によれば、繁殖可能な年齢の女性は、初潮前の少女や閉経後の女性にくらべ、レイプからより深刻なトラウマを受け。不眠症や悪夢に悩まされたり、見知らぬ男性への恐怖やひとりで家にいることへの不安を感じるという。
おそらく心理的な苦痛の強さは、われわれの祖先の女性が、レイプされた結果支払うことになったコストの反映なのだろう。繁殖可能な年齢の女性がレイプされた場合。初潮前や閉経後の女性にくらべ、たとえば自分が選んだのではない男の子供を産むといった、より大きなコストを背負う可能性があったはずだ。
繁殖可能な女性がより大きな心理的苦痛を感じているという事実は、女性が、自分の繁殖状況を敏感に察知し、配偶者選択の戦略を妨害するものを警戒する心理メカニズムを進化させてきたことを裏づけている。それはまた、性的な威圧が、われわれの祖先が暮らし、そのなかで進化をとげてきた社会環境の普遍的な特徴の一つであったという見方をも支持するものだ。
レイプに対する男性の考え方は、個人によって異なっている
ある調査では、男性の被験者に対して次のような質問がなされた。かりに、ある女性が無理やりセックスを強要できる機会があったとする。逮捕され他人に知られたりする危険はなく、性病をうつされる恐れも社会的評判が落す恐れもない。もし貴方ならどうする?
すると三五パーセントが、そうした状況のもとならセックスを強要するかもわからないと回答した。他の大部分の犯罪では、肯定的な回答はほとんど見られなかったにもかかわらずである。
似たような質問をした別の調査でも、二七パーセントの男性が。もし逮捕される危険がないならセックスを強要するかもしれないと答えている。この数字はある意味で危険なほど高いものではあるが、その一方で、大部分の男性は潜在的なレイプ犯ではないという事実を示している。
女性を威圧してセックスを応じさせようとする男性は、ある一連の明確な特徴を備えているようだ。彼らは女性を敵視していることが多く、また女性は内心ではレイプされたがっているという俗説を信じ込んでいる。その性格は、衝動的、男らしさの誇示といった特徴があり、それらが性的な無軌道さと結びついている。
レイプ犯に関する研究によれば、彼らはまた劣等感を抱いていることが多い。何が原因でこうした特徴が生じるのかは解っていないが、ひとつの可能性として、威圧してセックスを強要する男性は、女性から見た価値が低いということは考えられる。
レイプ犯は収入が少なく社会階層の低い者に多いという事実にそれが現れている。複数のレイプ犯へのインタビューの結果も、この見方を裏付けている。たとえば、ある連続レイプ犯、「私は、自分の社会的地位では彼女に相手にされないだろうと思った。口説き落とすことなんかできそうになかったし、会うことさえ難しそうだった…だから、脅して、レイプしたんだ」と述べている。
地位や金銭といった女性を惹きつける資源をもたない男性にとって、脅しや威圧はやぶれかぶれの代替手段なのだろう。魅力的な配偶者を惹きつける資質に欠けているために女性に馬鹿にされた男性は、女性に対する敵意をはぐむことになり、その敵意が、正常な感情的反応を経ることなく、短絡して性的な暴力行為を引き起こすのかもしれない。
また、レイプの発生には、そうした性格の問題に加えて、文化やその場の状況が大きく影響している。たとえばヤノマミ族では、近隣の村から女性を誘拐してきて配偶者にすることが文化的慣習として認められている。あるいは、戦争の際には、主に勝者の側によって何千万回というレイプが行われるが、この事実は、レイプ犯に課されるコストが小さいかゼロの場合にはレイプが起こりやすいということを示している。
したがって、レイプ犯人にきわめて大きなコストを支払わせるような規則を考え出し、それを実現することで、この忌むべき性的軋轢の発生を防ぐことが可能となるだろう。
つづく
男女間の軍拡競争
煌きを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。