デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
感情的な献身
きわめて中傷的な言い方をすれば、適応上の課題は二つのやり方で解決することが出来る。ひとつは自分の労力によってであり、そしてもうひとつは他人の労力を確保することによってである。一般に、最小限の犠牲で他人の労力を確保できた人間は、適応上の課題を解決するうえで極めて有利な立場に立てる。
たとえば、女性が最も求めているのは、自分と子供たちのために全てのエネルギーを注ぎ込んでくれるような男性であることが多い。しかし、男性が何よりも望むものは、ひとりの女性に自分の資源のうちごく一部しか振り向けず、残りは他の適応上の課題――たとえば別の配偶者を獲得するとか、もっと高い社会的地位につくことなど――のために取っておくことである。
かくして、男性と女性は、お互いの献身の度合いをめぐってたびたび争うようになる。
献身の度合いをめぐる不和を表す重要なサインは、男性が自分自身の感情を表に現わさない出さないことにたいする女性の苛立ちである。女性に最もよく見られる不満の一つは、男性があまりにも感情を押し殺しすぎるというものだ。
一例を上げれば、新婚女性の四五パーセントは、夫が自分の感情を正直に表してくれないことに不満を抱いている。一方、夫の側で妻に同じ不満を抱いているのは二四パーセントにすぎなかった。
この傾向は、「パートナーが自分の感情を理解しようとしない」という不満にも表れている。恋愛中の女性の約二五パーセントは、自分の気持ちを相手の男性が理解してくれない不満を抱いている。
結婚一年目の女性になるとその率は三〇パーセントに増加し、結婚五年目には、実に五九パーセントの女性が、夫が自分の気持ちを理解しようとしないと不満を述べている。対照的に、新婚の男性で同じ不満を抱いているのはわずか一二パーセントでしかなく、結婚四年目でも三二パーセントにすぎない。
こうした不満に見られる性差は、男女両方の視点から分析する必要がある。女性にとって、感情をストレートに出す男性と結ばれることで得られる利益は何か、また感情を表に出さない男性のためにこうむるコストは何なのか? そして男性にとって、感情を隠すことで得られる利益、あるいは感情を表すことで支払わなければならないコストは何なのか?
性差を生み出す原因
この性差を生み出す原因のひとつは、男性の持つ繁殖のための資源が、女性の繁殖資源に比べて分割しやすいという事実にある。女性は、一年に一人の男性の子を妊娠できるだけであり、繁殖のための資源はそれ以上分割できない。しかし男性は、その同じ一年間に、自分の資源を分割してふたりそれ以上の女性に投資できる。
男性が自分の感情を表に出さない理由のひとつは、配偶者への投資に際して感情を排することで、残りの資源を他の女性や別の目的に振り向けやすくなるからだ。一般に、男性が行う交渉の場では、自分の願望がどれほど強いか、どれほど払う用意があるか、どれだけ熱心に取引を望んでいるかを相手に知らさずにおくのが最良の手段であることが多い。
トルコの絨毯商人は自分の関心を悟られないように濃いサングラスかける。ギャンブラーは感情を表に出して手の内を読まれることのないよう、ポーカーフェイスを通そうとする。感情は、しばしばどの程度の投資をしようとしているかをあらわにしてしまう。感情を隠しておけば、自分の性戦略も知られずにすむ。
女性は情報の欠落に苦しみながら、手がかりを選り分けて男性の本心をつきとめようとせざるをえない。大学生の男女を対象に調査したところ、女子学生は男子学生にくらべて、デートした相手の会話を反芻(はんすう)し、相手の「本当の」意図や目的、動機などを探り出そうとしがちであることが解った。
男性が感情を表に出さないことに対する不満の奥底には、献身の度合いをめぐる軋轢が潜んでいるのである。
自分の性戦略の隠蔽だけが、男性がストイックな態度をとる動機ではないし、状況によっては、男性も感情を表に出すことはある。同じように、女性が戦略的な理由から感情を隠すことはままある。とはいえ、男女の駆け引きの場においては、配偶者候補に長期的な関係を続けていく意志があるかどうかを知ることは、男性より女性にとって重要な問題である。
われわれの祖先の時代には、判断を誤って誠意のない男とセックスを許した女性は、重いコストを背負う羽目になった。自分の感情を正直に表現する男性を配偶者に選ぶことは、その男性の献身の度合いという重要な情報を確実に得るために女性が編み出した戦術のひとつなのだ。
女性は、男性が感情を表に出さなすぎると非難する。一方男性は、女性をあまりに気分屋で感情的過ぎると不満に思っていることが多い。恋愛関係にある男女を対象にした調査によれば、男性の約三〇パーセントはパートナーの感情の起伏が激し過ぎるという不満を抱いているのに対し、女性で同じ不満を持っているのは一九パーセントにすぎない。
この数字は、結婚一年目の男性になると三四パーセントに増え、結婚四年目の男性は、四九パーセントに達する。これに対し、既婚女性で同じ不満を持つ人は二五パーセントにすぎない。
気分屋のパートナーをもつことは、時間と労力を浪費させられるため、高くつくものになる。自分の希望はとりあえず横に置いといてパートナーの機嫌を直そうとする宥和(ゆうわ)行動は、他の目的を犠牲にしてエネルギーを浪費する。
相手の誠意を確認する戦術
女性は相手の誠意を確認する戦術として、こうしたコストを男性に課すのである。感情の起伏の激しい女性は、おそらくほんとはこういいたいのだろう。「あなたがもっと献身的に振る舞わないと、私は感情的になって貴女にコストを支払わせるわよ」。
感情の起伏を激しくするのは、男性の献身を確実なものにするために女性が用いる戦術のひとつなのだ。男性が気分屋の女性を嫌うのは、本来他の目的にまわすはずだった労力を、そのために費やせざるをえないからである。
感情の起伏の激しさは、男女間の絆の強さをテストするための測定装置としても機能する。女性は感情的に振る舞うことで、男性にちょっとしたコストを課し、そのコストにたいする反応を見て、相手の献身の度合いを判断する。もし男性が、その程度のコストを背負おうとしないようなら、彼の献身の度合いは低いことが解る。
反対に、コストを甘受し、さらに投資を要求されても応じるようなら、その男性はきわめて献身的に配偶関係を維持しようとしていると考えていい。どちらにせよ、そうすることで女性は、パートナーとの絆の強さという貴重な情報を入手できる。
感情を表面に出すにせよ出さないにせよ、本人が意識してその機能を利用しているわけではない。女性は、それを自覚することなく、男性の献身を測っているのに対し、男性もまた、無意識のうちに献身を最小限に抑え、残りの労力を他の目的に回そうとしている。
大部分の心理メカニズムと同じように、感情を表に出すか出さないかをめぐる軋轢もまた、目に見えない水面下で進行しているのである。
つづく
資源の投資