デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
利害の一致
遺伝子を共有していない男女が、数年もしくは数十年、あるいは生涯わたって固く結びつき、ともに暮らす行動は、人類が獲得した目覚ましい特性だ。しかし、こうした結びつきを壊す様々な要因が存在するために、男女の共同生活の基盤は脆弱なものとならざるをえず、一連の適応上の課題が生まれることになった。
それに対する有効な解決策は、ふつう、いくつかの方法からなる。第一は、関係を維持するに十分な適応上の資源を配偶者に供給することである。第二には、競争者を配偶者に近づけないことであり、具体的には、配偶関係にあることを公に告知したり、配偶者を他人から隔離することなどがあげられる。
第三が感情の操作で、自分の価値を高めるために嫉妬を逆用したり、配偶者を立てて譲歩したり、、ライバルの男(もしくは女)はパートナーとしてふさわしくないと中傷するといった方法が用いられる。最後に、犠牲となる者にとってはきわめて不幸なことだが、暴力的な手段があげられる。たとえば、浮気した疑いのある配偶者を罰したり、ライバルに肉体的な暴行を加えたり、といった行動だ。
こうした、配偶者を繋ぎとめるための多種多様な戦術が効果を発揮するには、配偶者およびライバルの心理メカニズムをうまく利用する必要がある。男性が愛情や資源を惜しみなく与えるという「利益提供戦術」が効果的なのは、女性がパートナー選びの第一条件にしていた心理的な欲求をうまく満たしてやるからである。
また、女性が容姿を改善することで成功を収めているのは、その戦術が、身体的魅力をなによりも重視する男性の心理的欲求にあっているからからにほかならない。
不幸なことではあるが、強迫や暴力を用いて、逃げ出そうとした配偶者や干渉してきたライバルにコストを科する戦術も、他者の心理メカニズムを利用して効果を上げている例の一つだ。たとえば、なんらかの地理的な障害物を乗り越えようとして怪我を負った人間は、次からその障害物を避けて通ろうとする。それと同じように、心理的な恐怖を体験した人間は、なるべく配偶者の怒りを買うまいとするようになるのだ。
男性の性的欲求は、男女がともに暮らすためのさまざまな戦術の基本となる主要なメカニズムであるが、また、男性が配偶者にふるう暴力の大きな動機ともなっている。本来は配偶者を繋ぎとめるために発達した心理メカニズムが数多くの配偶関係を破壊しているのは皮肉ともいえる。このような結果が生じるのは、繁殖というゲームの賭け金があまりにも大きく、また、各プレーヤーの利害がなかなか一致しないからなのだ。
価値の高い妻を持つ男性の望むことと、その妻を奪おうとするライバルの望むこととは両立しない。また、男性の望みと、妻もしくはガールフレンドの望みが一致するとは限らず、女性の側は男性の暴力的な嫉妬の犠牲になるかも知れない。双方とも苦しむことになる。かくして、男女がともに暮らすという戦術が、男女間の闘争を生み出していくのである。
つづく
7 男女間の軋轢