デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
配偶者を取り替える
すべての配偶者をつなぎ止めておけるわけがないし、またそうしなければならわいわけでもない。ある場合には、配偶者との関係を断ち切るべき理由が存在することもある。たとえば、配偶者が経済的援助を与えてくれなくなった、セックスをしなくなった、身体的な虐待を加え始めた、といったケースである。
経済的困窮や性的不充足、虐待にも拘わらず、劣悪な配偶者の元に留まることは、貞節という点では称賛されるべきかもしれないが、次の世代に遺伝子を確実に伝えるという点からすると、なんのプラスにもならない。いま生きているわれわれは、そうした悪い配偶者の切り捨て時を知っていた人々の子孫なのである。
配偶者の切り捨ては動物界にも例がみられる。一例を上げれば、ジュズカケバトは、ある繁殖シーズンから次のシーズンまでのあいで一雄一雌のつがいを保ち続けるのがふつうだが、ある状況の下ではつがいが壊れることもあり、その「離婚率」は、だいたいシーズンごとに二五パーセントにおよぶ。配偶関係が改称される最大の理由は、子どもができなかったことだ。
ある繁殖シーズンのあいだにヒナを孵化することができなかったジュズカケバトのつがいは、オスかメスのどちらかが配偶者の元を離れ、新しい相手を探す。不妊の配偶者との不毛な関係を維持するよりは、きっぱりと見切りをつけてしまったほうが、繁殖という目標の達成に役だつからである。
われわれは、よい配偶者を選び、惹きつけ、繋ぎとめるために、さまざまな性戦略を進化させてきた。同じように、悪い配偶者を切り捨てるための戦略もまた、進化を遂げてきている。離婚は人類に普遍的に見られる現象であり、あらゆる文化に存在しているのだ。そして配偶者を切り捨ての戦略には多様な心理メカニズムが含まれる。まずわれわれは、現在の配偶者から得られる利益が、配偶者のために強いられるコストに見合うものかどうかを判断する。
それから、配偶者となりうるち他の異性をうまく獲得できる確率を計算して、現在の配偶関係を解消することが、自分自身や子供たち、あるいは親族にどれだけの損害をもたらすかを予測する。そうして情報をすべて総合し、いまの配偶者の元に留まるのか、別れるかを決定する。
男女どちらが離別を決意すると、今度は別種の心理的戦略が働き始める。一組の夫婦は、双方の親族と緊密な利害関係で結びついていることが多い。離婚の決定は、そうした親族たちにも複雑な影響を及ぼすので、配偶関係の解消がスムーズに問題なく完了することはあり得ない。
複雑な社会的関係を調整し、離別を正当化しなければならないのだ。こうした際に、人間が戦術的に取りうる行動の選択肢はさまざまであり、ただ鞄に荷物をつめ、歩いて家を出るだけの場合もあれば、相手の浮気を暴露して離別を決定的にする場合もある。
配偶関係の解消は、悪い配偶者を選んでしまった場合の解決策のひとつである。しかしこの解決策は、次の配偶者を見つけるという新たな問題を生み出す。大部分の哺乳類と同じく、人間は、一生の間に複数の異性と関係する方がむしろふつうだ。多くはふたたび配偶者獲得競争の場に参入し、選択、誘惑、維持というサイクルをくりかえすことになる。
だが、ひとたび配偶者関係が破綻した後で、ふたたび配偶者獲得に乗り出すことは、また一連の問題を生じさせもする。一度離別を経験した人々は、以前とは異なった年齢で、異なった長所と短所をもって、配偶者を探すことになる。ある場合には経済力や地位が増していることがプラスにはたらき、以前は高嶺の花だった異性にも手が届くようになるかもしれない。
逆に、高齢や、前の結婚でできた子どもの存在が災いして、新しい配偶者の獲得が難しくなる危険性もある。
そして、離婚と新たな配偶者獲得の過程で、男性と女性とでは、それぞれ異なった変化を体験することになるだろう。子供がいる場合、女性のほうが子育ての責任を負うことが多い。そして、新たな配偶者を得ようとする際に、以前にできた子どもは、利益より負担になると見なされるのがふつうなので、女性は、男性に比べ、望ましい配偶者を得られる可能性は低くなる。
この男女間の差異は、年齢を重ねてごとに増大していくはずだ。本書では、人間の一生のうちに配偶パターンがどう変化していくかを追跡し、どんな要素が、男性と女性のそれそれの再婚率に影響を与えているかを明らかにする。
つづく
男女間の摩擦