デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
競争者を寄せ付けない方法
所有を示す公的なシグナルは、例えば言葉によるもの(同居人や恋人として友人たちに紹介する、配偶者の事を自慢する)でもいいし、身体的なもの(他人の面前で手をつないだり、肩に腕を回したりする)でもいい。
あるいは、配偶者に自分と同じジャケットを着せたり、結婚していることを示す装身具を与えたり、配偶者を示す写真を飾ったりといった装飾的な方法もありうる。
こうした公的な宣言を行なう頻度そのものは、男性も女性も変わらない。しかし、そのようなシグナルがどれほど効果的であるかを四六人の男女に評価させてみたところ、女性が用いるよりも男性が用いた場合の方が効果は大きいと判定された。その理由はおそらく、配偶者を公的に認めさせるシグナルが、女性に対する男性の誠意を強く示すものと見なされるからだ。
言語的、身体的、装飾的なディスプレィはいずれも、潜在的な競争者阻止することで効力を発揮する。それはちょうど、昆虫のオスが、自分の匂いとメスの匂いを混ぜることで、ライバルのオスを遠ざけ、まだ交尾していない他のメスを探させるように仕向けるのと似ている。こうしたディプレィはまた、献身を示す信号としても機能し、女性の長期的な願望を満たす役割も果たす。
男女双方が配偶者を繋ぎとめるのに用いるもう一つの手段として、つねに警戒を怠らないことがあげられる。動物の世界で似た例を引くと、たとえばカリフォルニア沿岸に棲むゾウアザラシのオスは、つねに自分のハーレムの周囲をパトロールし、ライバルのオスが接近したり、メスが逃げ出したりしないように見張っている。
人間の場合で言えば、不意に電話して配偶者がちゃんと家にいるかどうかを確かめたり、配偶者宛ての手紙を盗み読んだりといったことが警戒行動の好例だ。警戒行動は、配偶者に裏切りの徴候が見えないかどうかを探る努力であり、また同時に、浮気してもすぐにばれてしまうと配偶者にほのめかす役割も果たす。警戒行動を行わなかった人々は、たえず警戒を怠らなかった人々に比べて、より頻?に配偶者の裏切りにあい、その分だけ繁殖成功度が低かったに違いない。
配偶者をライバルの目から隠す戦術も
警戒高度に近いものと言っていい、狩りバチのオスは、配偶相手であるメスを、他のオスに見つかりそうな通り道から遠ざけておく。それと同じように、人間の男女も、自分の配偶者を隠しておくためにさまざまな行動をとる。
ライバルがいそうなパーティには配偶者を連れて行かなかったり、同性の友人には配偶者を紹介しなったり、同性のライバルがたくさん出席している集まりには参加させなかったり、配偶者がライバルと話をするのを妨害したり、といった具合だ。
こうした戦術は、配偶者がライバルに接触する機会を少なくし、ライバルがちょっかいを出す可能性を減らし、配偶者に他の選択肢を与えないという点で効果的である。
これと似ているのが、配偶者に自由になる時間を与えないという戦術だ。例えは、いつも一緒に居ることで配偶者が他の人間と会えないようにする、社交的な会合の席上でも配偶者を独占する、二人がいつも行動をともにしていることを強調する、などである。
このように配偶者の時間を独占することは、やはり配偶者を潜在的なライバルと接触させず、ライバルがちょっかいを出したり、魅力的な選択肢を提示して現在の配偶者を脅かすのを阻止する効果がある。
このような、婚姻関係の維持を目的とした配偶者操作の形態は、歴史を通じて、さまざまな文化圏で存在していた。たとえば、女性を修道院に住まわせ、性的なパートナーとなりうる男性と接触させないようにする慣習は、配偶者独占の好例である。
かつてインドでは女性が家の外に出ることは許されなかったし、アラビアでは女性は顔と身体をベールで隠さなければならず、中国の女性は纏足(てんそく)されたが、そのいずれもが、他の男と接触するのを妨げるためだった。女性をベールで覆い隠す習慣のある社会で、肌の大部分を覆い隠すという最も極端な形でその習慣が強制されるのは、結婚式のときである。
一般に、女性の繁殖上の価値はその時期に最も高くなるからであるからだ。対照的に、初潮を迎える前の少女と閉経期後の女性は、肌を隠すことはあまり強制されない。おそらくライバルに狙われる心配が少ないと見なされるからであろう。
男性が、厳重に警護されたハーレムに女性を囲い込む習慣も
男性が、厳重に警護されたハーレムに女性を囲い込む習慣も、人類の歴史を通じて普遍的に見られるもののひとつだ。ハーレムという言葉は、もともと「禁じられたもの」を意味している。実際、女性がハーレムから逃げ出すことは、外部の男性がハーレムに忍び込むのと同じくらい難しかった。
ハーレムの主が警護のために使ったのは宦官(かんかん)たちだった。一六世紀のインドでは、奴隷商人が王候たちに、去勢されたベンガル人奴隷をたえず供給していたが、ベンガル人宦官たちは、睾丸だけではなく男性生殖器全体を切除されていた。
配偶者を保持していることを示す公的なシグナルは、例外なく、配偶者と潜在的なライバルの接触を妨げるというただ一つの目的のために機能している。歴史上、男性は常に権力を握ってきたので、極端な戦術を取ることができ、その結果、女性側の選択の自由は制限されてきた。
しかし男女平等の現代社会では、男女双方が、配偶者を保持していることを宣言する公的なシグナルを発信するようになっている。もっとそうしたシグナルは、中世の王候たちにくらべれば、きわめて穏健なものではあるのだが。
つづく
暴力的な戦術