デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
配偶者の欲求を満たす
配偶関係が脅かされることにより、ひとたび嫉妬がひきおこされると、配偶者やライバル、あるいは自分自身に対して、さまざまな戦術が適応されるようになる。男性も女性も、配偶者を繋ぎとめておくために、多種多様な戦術を利用する。そうした戦術の大きな基盤の一つとなるのは、配偶者がもともとどんな欲求を抱いていたかとい点だろう。
進化という観点からすれば、配偶者の希望を満たしてやったり、配偶者が求めている種類の資源を提供してやることは、関係を維持するうえできわめて効果的な方法だからだ。
この仮説を検証するために、私は配偶者の確保に関する研究に着手した。まず、交際中の男女を対象に、自分の周りの人間が、パートナーを繋ぎとめ、他のたれかに奪われないために、どんな行動をしているかを列挙してもらった。その結果。一〇四種類の行為がリストアップされ、それを四人の研究者のチームが一九のカテゴリーに分類した。たとえば、「警戒行動」と名づけられたカテゴリーには「パートナーのところへ突然電話をかけて、誰かと一緒に居ないか調べる」「自分の友人に頼んでパートナーの行動をチェックしてもらう」「パートナーの家族にそれとなく探りを入れる」「予告なしにパートナーの家を訪れて、何をしているかを探る」などの行為が挙げられている。
それから、恋人のいる大学生一〇二人を対象に、自分がどの行為をどれくらいの頻度で行っているか答えてもらった。さらに新婚の男女には、結婚五年目を迎えたときに、どんな配偶者確保戦術を使っているかを再度回答してもらった。また大学生四六人からなる別のグループに、それぞれの戦略を男性が用いた場合と女性が用いた場合とでは効果がどう異なるかを判定させた。
その結果、パートナーの本来の欲求を満たしてやることは、配偶者確保の戦術としてきわめて効果的であることが立証された。女性は、配偶者を選ぶ際に愛と優しさを求めることが多いので、妻を繋ぎとめようとする男性からすれば、愛情と優しさを示すことは非常に有効な戦術となる。
日頃から妻に「愛している」と言いつづけて、妻が必要としているときは手助けし、つねに愛情と優しさをもって接している男性は、ほぼ例外なく妻を繋ぎとめることに成功している。こうした行為は、七点満点で六・二三点という高得点を得て、男性が使える戦術としては最も効果が高いと判断された。
一方、女性が同じような戦術を用いた場合の効果は五・三九点しか評価されておらず、この戦術は男性が用いた方がより効果的であることが明らかになっている。さらに、こうした行為を行うことは、恋人同士の場合では関係の長さに、そして結婚五年目の夫婦の場合では婚姻の持続に、それぞれ直結していた。
愛情や献身を表さない夫をもつ女性は、夫から愛情と優しさを向けられている女性に比べ、不満を抱いたり、離婚を望んでいる率が高い。愛情や優しさの込められた行為が効果を発揮するのは、それが配偶関係への感情的な献身を示すシグナルだからである。それはコストではなく利益を保証し、女性が配偶者に心理的に求めているものを満足させる。
その一方で、女性は経済的・物質的な資源もまた重視している。したがって、そうした資源を提供しつづけることは、男性が配偶者をつなぎとめるうえで、もうひとつの有効な戦術となる。前述の調査の対象にした男性たちも、配偶者を確保しておくという目的のために、多くの金を使ったり、高価な贈り物を買い与えたりしたと回答している。
恋愛関係にある男女間では、男性がそうした物質的な投資を行う頻度は、女性よりもずっと高い。それだけでなく、資源を提供することは、男性が配偶者をつなぎとめるうえで二番目に効果的な戦術であり、平均して三・五〇点という高い評価を得ている。
対照的に、女性がこの戦術を使った場合の効果は三・七六点にすぎない。同じように、新婚間もないカップルにおいても、男性は女性以上に、相手をつなぎとめるために資源の提供を行っており、それは結婚から五年を経ても変わらない。
このような配偶者を繋ぎとめるうえで有効な戦術は、異性の欲求――この場合には女性が最も重視している経済的・物質的な資源――を満たしてやるという点で、配偶者を惹きつける戦略と似ている。
同じように、男性が配偶者の身体的な魅力を重視する以上、女性が夫をつなぎとめておく主要な戦術のひとつが、容姿を美しく保つことであるのは驚くに当たらない。容姿を美しくすることは、一九のカテゴリーを通じて、愛情と優しさを示すことに次いで効果的な戦術である。
女性は、夫に対して自分を魅力的に見せようと様々な努力をする。化粧をしたり着飾ったりして夫の関心を惹こうとし、ことさらにセクシーにふるまうことで夫の目を他の女性からそらそうとする。
結婚間のない新妻だけでなく、結婚から五年経た女性たちでさえ、夫をつなぎとめておくために自分の身体的魅力を少しでも高めようとしている。この事実は、男性が配偶者に求める本来の欲求を満たしつづけてやることが、男女がともに暮らすうえでの鍵となる行為であることを示している。
次に紹介する研究も、容姿の重要性を物語っている。この研究では、まず被験者の男女に、ソファに座って語り合っているカップルを写したビデオを見せる。カップルが抱き合ったり、キスしたり、身体を触り合ったりする映像が四五秒間続いたあと、カップルの片方が、グラスにワインを注ぐために部屋から出て行く。
そこへ、ひとりの訪問者があらわれ、部屋に残っている男(もしくは女)の以前のガールフレンド(ボーイフレンド)だとわかる。彼(彼女)は、立ち上がって訪問者と軽く抱きあい、ふたりでソファに腰を下ろして、そのあと一分間ほど、キスしたり触り合ったり、いかにも親密そうにふるまう。
そこへ、部屋を留守にしていたパートナーが戻って来て、ソファでいちゃついているふたりを見下ろす――映像はそこで終わる。このビデオを見せ終わったあとで、もし自分がこうしたかたちで配偶者を奪われそうになったら、どう対応するかを訊ねてみたところ、女性では「もっと魅力的になり、パートナーを惹きつけるよう努力する」という回答が多く、その比率は男性の二倍近くにのぼった。
それに対して男性では「激怒する」という答えが多く、配偶者確保のためにより攻撃的な方法を取ることが示唆されていた。女性が容姿を気に掛けるのは、つねに存在する男性側の欲求を利用するためなのである。
つづく
感情を操作する