デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
性的嫉妬の機能
男性は子供を養育する場合、その子供が本当に自分の子なのかどうかという問題は常に直面する。受精と妊娠が女性の体内で起こる以上、この問題は生じざるをえないし、子供が誕生してから、男性がその子に投資していくにつれて深刻度を増していく。
他の哺乳類の雄にくらべ、人間の男性は段違いに多くの投資を子供につぎ込む。そのため、配偶者を寝取られることは深刻な適応上の問題であり、男性は進化の歴史を通じて、この課題の解決に取り組んできた。
動物界におけるこの問題の普遍性は、哺乳類のうちでオスが自分の子供のために何らかの投資を行う例はきわめて少ないという事実にもあらわれている。たとえば、われわれに最も近縁の種であるチンパンジーのオスは、他のチンパンジーの攻撃から群れを守りこそするが、自分の子供のためになんら投資は行わない。
人間の男性のように、自分の子かどうかも定かでない子供のために投資をつぎ込むといた行動は、きわめて進化しにくい。というのも、この行動はオスに二重のペナルティを課す可能性があるからだ。
オスによる子育ての努力は、たんに無駄に終わるのみならず、ライバルの子供のために労力を費やす結果になりかねない。したがって、人間の男性が子供に多くの投資を行うという事実は、われわれ祖先が、子供との血のつながりを保証し、配偶者を寝取られる確率を減らすうえで効果的な心理メカニズムを進化させたことの強力な状況証拠となる。
そして、多種多様なかたちであらわれる性的な嫉妬に関する研究は、嫉妬こそがそのメカニズムにほかならないことの直接の証拠を提供してくれる。
まず、あなたが仕事を早退して、いつもより早く帰宅したと想像してみよう。家に入ると、奥の部屋からもの音が聞こえる。あなたは、妻(もしくは夫)の名前を呼ぶが、返事がない、奥の部屋へ向かうと、荒い息づかいと喘ぎ声はしだいに大きくなっていく。寝室のドアを開けてみるとベッドの上に見知らぬ誰かがいて、あなたの妻(もしくは夫)とセックスの真っ最中ではないか。
そのとき、あなたはどんな感情を覚えるだろうか? もしあなたが女性なら、哀しみと、裏切られたという感情に襲われるかもしれない。あなたが男性なら、まずなによりも怒りに駆られるだろう。どちらにせよ、人間である以上、そのことを屈辱と感じるに違いない。
性的な嫉妬は、性的関係への脅威を察知したことから生じるいくつかの感情からなる
脅威となるものを察知すると、まずその脅威を軽減させるか消滅させるための行動がひきおこされる。そうした行動は、配偶者が浮気をしている形跡がないか監視することから、背信や密通の罰として配偶者やライバルに暴力を振るうことまで多岐にわたっている。
自分の配偶者に他の誰かが関心を抱いていたり、配偶者が誰かと浮気している気配が見えたときに、性的嫉妬がひきおこされる。続いて生じる怒りや悲しみ、恥辱といった感情は、ふつう、配偶者の浮気を妨げ、ライバルを貶めようと引き離そうとする行動へとつながる。
妻の浮気を阻止するという適応上の課題を克服できなかった男性は、直接的な繁殖上のコストを背負うのみならず、社会的地位や評判を落とすことで、新しい配偶者を獲得する能力さえ失う危険を覚悟しなければならない。
古代ギリシャ社会においては、妻を寝取られた男に対する反応は次のようなものだった。「妻の不貞は…・夫にとって大きな不名誉となった。不貞が明らかになると、夫はその後『ケラタス』と呼ばれたが、これは弱者や不適格者と同義の不名誉きわまりない呼弥であり、ギリシャ人男性にとつて最大の蔑称だった。
…・浮気者の夫を黙認する妻は社会的に受け入れてもらえるが、妻の不貞を黙認する夫は社会的に許容されない。もしそんなことをすれば、男らしくないとして罵倒されることになった」。妻を寝取られた男は、ほとんどの文化で嘲りの対象となる。
このように、妻を繋ぎとめて置くのに失敗したことへのペナルティは、社会的地位の喪失にまでおよび、配偶者獲得という危険なゲームにおける将来の成功さえも絶望的にしてしまう。
嫉妬に関するこれまでの研究の大部分は、男性の性的嫉妬を対象にしたものだった。それはおそらく、女性は子どもとの血のつながりが確実であるのに対し、男性はそうでないという点に起因しているのだろう。いうまでもなく、女性もまた嫉妬を抱く。夫が他の女性と関係をもてば、これまで自分と子供に向けられていた資源や投資や献身が、ライバルとその子へと注ぎ込まれてしまうかもしれないからだ。
嫉妬を抱く頻度やその感情の強さは、男性も女性も変わらない。恋愛関係にある一五〇組の男女を対象としたある調査で、自分が全般的にどれだけ嫉妬深いか、特に恋人が他の異性と関係をもつことにたいしてはどうか、そうした嫉妬がふたりの関係にどの程度影響をおよぼしているかを答えてもらったところ、男性も女性も、同じくらいの強さで嫉妬を感じることが明らかになった。
男女双方が嫉妬という感情を経験し、その感情の強さにも差がないことが立証されたのである。
このような反応が見られたのは、アメリカに限ったことではない。ハンガリー、アイスランド、メキシコ、オランダ、旧ソ連、アメリカ、旧ユーゴスラヴィアに住む二千人を対象に、さまざまな性的シチュエーションに対する反応を調べた調査がある。
自分のパートナー他の異性といちゃついたり、性的関係を持ったりすることに対しては、この七カ国すべてで、男女双方がまったく同じように否定的反応を示した。性的なパートナーが他の異性と抱き合ったりダンスしたりすることに対しても、やはり男女双方が同じように(前述の二つの場合ほど強く否定的でないにせよ)嫉妬の感情を抱いている。アメリカだけでなく、世界のあらゆる社会で、男女双方が、価値ある配偶関係が脅かされた場合に起動される重要な心理メカニズムとして、嫉妬という感情を備えているのだ。
嫉妬の性差
とはいえ、男性と女性では、嫉妬の性質や内容、あるいは何が嫉妬をひきおこすかとい点で、興味深い性差が存在する。男女二〇人ずつを対象としたある調査では、被験者たちは、あるシナリオのもとで、嫉妬を感じる役を演じるように求められた。
彼らはまず、いくつか用意されたシナリオから一つを選ぶように指示されたが、それらは大きく分けて、パートナーが他の誰かと性的関係を持つものと、パートナーが自分以外の誰かのために資源や時間を他の女性に振り向けることで嫉妬が誘発されるシナリオを選び、性的な裏切りのシナリオを選んだのはわずか三人だけだった。
まったく対照的に、男性の場合は二〇人中一六人が性的な裏切りのシナリオを選び、パートナーが時間や資源を他の男に振り向けたことで嫉妬するシナリオを選んだのは四人しかいなかった。
この研究は、次のような事実を暗示している。すなわち、男性と女性ではどちらも嫉妬という心理メカニズムを備えてはいるが、メカニズムを誘発するものは男女で異なり、その違いは、男性にとっての適応上の課題がパートナーに間違いなく自分の子を産ませることに対し、女性にとっての課題はパートナーの資源と献身の確保であることから生じるのである。
また別の研究では、一五組のカップルに、自分たちが嫉妬を感じるシチュエーションをリストアップしてもらった。男性は、自分のパートナーと第三者が性的関係をもつことを嫉妬の第一の要因として挙げ、第二に、ライバルと自分自身を比較されることをあげた。
女性は、それとは対照的に、パートナーが他の女性と長い時間過ごしたり、ライバルの女性と楽しそうに話したり、キスしたりすることに、なによりも嫉妬をかき立てられると答えている。つまり、女性の嫉妬は、配偶者が資源を他の女性に投資する可能性のある場合に誘発され、男性の嫉妬は、配偶者が他の男性と性的関係をもつ可能性がある場合に誘発されると言っていいだろう。
この男女差は、心理的にも生理的にも明白なものである。私と共同研究者たちは、大学生の男女五一一人を対象に、嫉妬における性差の研究を行い、嫉妬をひきおこす二つの場合について比較した。
ひとつは、パートナーが他の誰かと性的関係を持った場合であり、もうひとつは、パートナーの精神面での裏切りの方がショックだと答えたが、男性で同じ回答をしたのは四〇パーセントにすぎなかった。逆に、男性の六〇パーセントが性的な裏切りのほうを重く見たのに対し、女性ではわずか一七パーセントにとどまった。
また、別の男女六〇人からなるグループを被験者に、性的および精神的裏切りにたいする生理的な同様を測定した。まず、被験者の額の皺皮筋(この筋肉は、不快な思いをしたときに収縮する)に電極をつなぐ。次に、皮膚の電気伝導と発汗を調べるために右手の人差し指と薬指に、また脈拍を測るために親指にもそれぞれ電極をつないだ。
それかに被験者に、性的および精神的な裏切り行為について想像してみるように指示した。男性は、性的裏切りの場合二より強い生理的動揺を示し、脈拍数が一分当たり五倍近く上がった。これは、コーヒー三杯を一気に飲み干した場合の変化に匹敵する。
性的裏切りを想像した場合には、皮膚の電気伝導率も一・五マイクロジーメンス上昇したが、精神的な裏切りの場合には平常値からほとんど変化しなかった。また、性的裏切りに対し不快感を覚えた場合は、皺皮筋が七・七五マイクロボルトに相当する分だけ収縮したのにたいし、精神的な裏切りに対しては一・一六マイクロボルト収縮したにすぎなかった。
一方、女性はこれと正反対のパターンを示し、精神的な裏切りを想像した場合に、より強い生理的動揺が表している。たとえば、精神的な裏切りにたいする皺皮筋の収縮は八・一二マイクロボルトにまで達するのに対し、性的な裏切りの場合は三・〇三でしかない。
このように、男女それぞれにおいて、心理的および生理的な動揺のパターンが一致していることは、人類がその歴史を通じて、配偶者を確保する際に直面した脅威に正確に適応してきたことを示す。
つづく
なぜ嫉妬による殺人が起こるか