デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
6、ともに暮らす
たがいに献身的でありつづけるカップルは、大きな利益を手にすることができる。技術面でも補い合い、労働の分担し、資源を共有し、共通の敵に協力して立ち向かい、安定した家庭環境で子供を教育し、親族ネットワークを拡張するといった事が、効率的に行えるからだ。だが、こうした利益を享受するためには、獲得した配偶者を繋ぎとめ置く必要がある。
もし配偶者との共同生活が破綻すれば、重いコストがのしかかってくる。新しい親族との絆は断ち切られ、必要不可欠な資源も失われる。子供たちもまた、安定した家庭環境を奪い取られてしまう。
配偶者に逃げられることは、配偶者を選択し、誘惑し、口説き、結婚するまでのプロセスで費やした努力を、すべて無にすることになりかねないのだ。男性が妻の心変わりを阻止できなければ、彼女に子供を産むという価値ある行為をさせたり、母親として子供に投資させたりできなりなる。
夫を繋ぎとめておけなかった女性は、夫からの資源や保護、父親として子供に行う投資を得られなくなる。また、配偶者を失うことは、男女双方にそれ以上のコストを支払わせる。どちらも、無益に終わった関係を続けるあいだに、他の配偶者を得る機会を失ってしまっているからである。
西欧社会における離婚率の高さ、およびあらゆる文化圏で離婚が見られるという事実は、男女が共に暮らしつづけることが、けっして必然的あるいは不可避の現象ではないことをはっきりと物語っている。
カップルの周辺にはライバルたちがたむろし、隙あらば寝とってやろうとチャンスをうかがっている。また、せっかくカップルになっても、約束した利益を生みだせないこともある。結婚するのにコストがかかりすぎて、とても配偶関係を維持できない場合も見られる。
カップルが、自分たちと相反する利害や思惑を持った人々に取り囲まれている場合には、そうしたひとびとがふたりの絆を割こうとする。献身的で実り多い結びつきを可能にする進化的戦略を取らない限り、男女の共同生活の基盤は脆弱なものになりかねない。
動物の配偶行動において
配偶者を繋ぎとめておく戦術は重要な位置を占めている。たとえば昆虫類は、系統発生的には人間との対比において興味深い例を提供してくれる。
配偶相手を繋ぎとめるために昆虫たちのもいる戦術はきわめて多様であり、人間が同じ適応上の課題を解決するために採用した方法と驚くほどよく似ているからだ。昆虫がよく用いる方法のひとつは、配偶者を競争相手の目に触れないように隠してしまうことだ。
それにはさまざまなやりかたがあり、たとえば競争者の多い区域から他所へ移動させる、配偶者が誘惑の信号を出せないようにする、恋愛のディスプレイが目につきにくいようにする事などが含まれている。
嗅跡をたどって、首尾よくメスの居場所を突き止めたオスの狩りバチは、同じょうに嗅跡をたどってくる他のオスに見つからないように、すぐさまメスをその場所から移動させる。もしメスを移動させることができなければ、後からやってきたライバルのオスと闘う危険を冒さなくてはならなくなるからだ。
ある種の甲虫のオスは配偶相手のメスの性的魅力を減殺させる物質を放出する。そうすることで、他のオスの関心を惹かないようにし、ライバルのオスたちが、すでに配偶者のいるメスと交尾するというコストのかかる試みはせず、空いているメスを探すように仕向けるのだ。
また、コオロギのオスは、まず大きな音を出してメスに求愛するが、メスが近づくと、他のオスから妨害を避けるために、出す音を小さくする。このような隠蔽戦術は全て、自分の配偶者にライバルたちが接触する機会を減らすために用いられる。
もうひとつの戦略として、他のオスによる強奪を物理的に阻止することがある。多くの昆虫は、つねに配偶相手のそばにいて、ちょっかいを出してくる競争者を撃退する。
ある種のアメンボのオスは、配偶相手のメスからけっして離れず、場合によっては数時間もしくは数日間も、交尾もしないのにメスの背に乗り続けることで、他のオスの接近を阻止する。
大部分の昆虫は
ライバルのオスがあらわれると、接角で叩いたり、組みついたり、あるいはたんに追い払ったりする。そうした、ライバルのオスのたくらみを物理的に阻止する手段のうち、おそらくもっとも特異なのは「交尾栓」の挿入だろう。
ある種の虫の精液の中には特殊な物質が含まれており、メスの体内に放出されると、そこで凝固する。そうやって、他のオスから受精を防ぎ、自分とメスとの絆を文字どおり「固める」のだ。
またハエの一種ヨハンセニエラ・ニティーダは、交尾したあと自分の生殖器を折り、それを使ってメイの生殖器官の開口部をふさぐ。ライバルに寝取られるのを防ぐために、そこまでするオスもいるのだ。
進化の系統図の上では、人間と昆虫のあいだの隔たりはきわめて大きい。にもかかわらず、配偶者を繋ぎとめておくという適応上の基本戦略においては、両者はきわめてよく似ている。どちらのオスも、自分でメスを受精させ、他のオスに取られるのを防ごうとする。
また、どちらのメスも、生殖行為を許す見返りに、オスからの投資を確実に受け取ろうとする。とはいえ、人間の配偶者確保戦術は、巧妙な心理的操作を用いる点がユニークであり、動物界において他の種とは一線を画している。
また、ともに暮らすことから雄雌両方が得る繁殖上の利益という点でも、人間は他の大部分の動物と異なっている。人間の場合、配偶者を繋ぎとめることは、男性だけではなく女性にとっても重要な課題なのだ。
昆虫では配偶者確保の戦術を用いるのは主にオスだけだが、人間では男女双方がこの戦術を採用する。実際、配偶者を逃さないという適応上の課題に対し、男性も女性と同じくらいの努力を払っている。この同等制は、配偶関係の破綻によって失われる繁殖上の利益が、それによって得られる潜在的な利益と比較してどれほど大きいかという進化的な理論から生じたものだ。
継続的な配偶関係を結んでいるカップルは、平均するとほぼ同じ価値を持つ男女から構成されていることが多いため、関係が破綻した場合に男女双方が失うものもほぼ等しいことになる。
人間には、配偶者を繋ぎとめておくために独自の戦略を進化させてきた。そのうち最も重要なもうひとつは、配偶者の欲求を満たしやりつづけることである。欲求こそ、配偶者を選択する際に第一の動機となるものだからだ。しかし、ただ欲求を満たしてやるだけでは十分でない。
ライバルもまた、同じことを試みるかも知れないからである。だからこそ人類の祖先たちは、外部からの潜在的な脅威に対して警鐘を鳴らし、配偶者防衛戦略をいつ実行に移せばいいのかを指示してくれる。特別な心理メカニズムを必要とした。そのメカニズムこそ、性的な嫉妬にほかならない。
つづく
性的嫉妬の機能