
デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
配偶者をつなぎとめる
配偶者をつなぎとめておくことは、もうひとつの重要な適応的課題だ。自分の配偶者がライバルにとっても望ましい資質をもちつづけているかぎり、いつ奪われるかわからない。奪われてしまえば、これまで配偶者を惹きつけ、求愛し、獲得するのに注ぎ込んだ努力がすべて無になってしまう。
さらに、配偶者が逃げ出すこともあり得る。今の相手では必要や欲求が満たされないから、さもなければもっと若く、強く、あるいは美しい相手が現れたために逃げてしまうのだ。そうした危険性がある以上、一度獲得した配偶者は、何としてもつなぎ止めておかねばならない。
「愛の虫(ラヴバッグ)」の名で知られるケバエの一種、ブレキア・ネアルクティカを例にとってみよう。オスのラヴバッグは、早朝から群れを成し、地面から一、二フィートのあたりをホーバリングしながら、メスと交尾するチャンスをうかがう。一方メスのほうは、群れもしなければホーバリングもしない。
そのかわり、朝、草むらから姿をあらわすと、オスの群れの中へ飛びたっていく。場合によっては、飛び立つ前にオスに捕まってしまう。オスたちは押し合いへしあいしながらメスを追いかけ、一匹のメスに十匹以上のオスが群がることもある。
うまくメスを獲得したオスは、メスをつれて群れを離れ、交尾するために知事用に舞い降りる。そして、おそらく他のオスがメスを狙うのを避けるため、三日間近くも交尾姿勢をとりつづける――「愛の虫」という異名は、ここからつけられたのだ。この長時間にわたる交尾行動は、メスをガードする機能を果たしている。
オスは、メスの産卵の準備がととのうまで交接を続けることで、他のオスが卵に受精するのを妨げているのだ。繁殖の成否という点からすば、オスは配偶相手をつなぎ止めておくという問題を解決しないかぎり、いくら他のオス打ち負かしたりメスを惹きつけたりする能力をそなえていても、まったくの無駄になってしまう。
他の生物は、同じ問題を、これとは違った方法で解決している。たとえば人間は、数日間も性交を続けたりはしない。しかし、配偶者をつなぎ止めておくには。長期的な配偶関係を望むだれもが直面する問題である。進化の歴史をさかのぼれば、人類の祖先のうち配偶者の浮気に無関心だった男たちは、自らの遺伝子の存続を危険にさらすことになった。
自分の血を引いていない子供を育てるために、時間とエネルギーと労力を注ぐ込む羽目になりかねなかったのである。
それと対照的に、われわれの祖先の女性たちは、いくら配偶者が情事に走ったとしても親としての地位を脅かされる危険はなかった。母親としての地位は、100パーセント確実なものだからだ。とはいえ、浮気性の夫をもった女性は、夫がもたらすはずの食、保護、子どもへの投資を失う恐れがあった。
こうした配偶者の不貞に対処するための心理的手段のひとつとして進化したのが、嫉妬の感情だった。われわれの祖先のうち、配偶者が浮気のそぶりを見せる怒り狂い、なんとしても阻止しようとするタイプの人々は、嫉妬心と無縁なタイプに比べ、淘汰の際に優位に立っていた。配偶者の不倫を防げなかった人々は、多くの子孫を残すことはできなかったのだ。
嫉妬心の感情は、配偶者の危機に反応して、さまざまな行動を引き起こす。たとえば性的な嫉妬は、猜疑心と暴力という二つのまったく異なった反応を誘発する、ある場合には、嫉妬に駆られた夫が、妻が出かけるとその後をつけたり、言ったとおりの場所に本当にいるかどうか確認しようと不意に電話をかけたり、パーティの席上で目を離さなかったり、妻宛ての手紙を開封したりする。こうした行動は猜疑心を示すものだ。
また別の場合には、妻の浮気相手だと目星を付けた男を脅したり、殴ったり、友人を使って殴らせたり、その男の住む家の窓にレンガを投げつけたりするかもしれない。こうした行動は暴力の発現である。猜疑心と暴力という行動パターンは、同じ嫉妬という心理的線利益の、形を変えた表出にほかならない。
配偶者の浮気という問題解決のための、二つの異なった方法を示している。
とはいえ、嫉妬は、まるでロボットのような機械的行動をもたらす厳密で融通のきかない本能ではない。それは、その場の状況や環境といった要素に大きく左右される。嫉妬という戦略らは、他にもキシビリティを人間に与えている。本書では、嫉妬がどの様な行動を引き起こすか、それはどのような状況で生み出されるかを検証する。
つづく
配偶者を取り替える