
デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
容姿の改善
男性が女性を誘惑する戦術が成功するかどうかは、女性が配偶者に何を望んでいるかかによって左右される。同じように、女性の誘惑戦術もまた、男性側の好みに左右される。うまく男性を誘惑できる女性は、若さや肉体の魅力をあらわすような身体的・行動的指標を見せつけることによって、自分に繁殖的価値があることを示す。
反対に、自分の繁殖的価値を示さない女性は、男性を獲得する競争において不利な立場に立たされてしまう。
男性は女性の容姿を最も重視するので、必然的に、男性を惹きつけようとする女性同士の競争は、いかに身体的な魅力を増し、自分を若く健康的に見せるかという点が中心になる。美容産業の隆盛はその証拠だろう。
美容産業を支えているのは主に女性であり、女性は平均して、男性よりもはるかに多くの時間と労力を容姿の改善に費やす、女性誌には化粧品の広告が山のように掲載されるが、対照的に男性誌の広告は、自動車やオーディオ製品、酒といったものが主体だ。男性誌に、容姿の改善のための広告が載る場合もあるが、ふつうは化粧品でなくボディビル用具の宣伝である。
女性は、男性に正しい情報を伝えようとして競争しているわけではない。そうでなく、女性の若さと健康を重視するという、男性が進化させてきた美の判断基準に訴えようとしているのだ。
血色のいい頬や生気に富んだ顔色は、男性が女性の健康を判断する際の基準であり、だからこそ女性たちはいい頬を人工的に赤く塗って、男性を惹きつけようとする。男性が、滑らかでしみひとつない肌を好む傾向を進化させてきたからこそ、女性は染みを隠し、モイスチャー・クリームを使い、顔のシワ取り手術を受ける。
美しい髪が好まれるからこそ、髪の毛を脱色したり染めたりし、ヘア・コンデショナーや卵黄、ビールまで使って艶を出そうとする。豊かな真紅の唇が男性の欲望に火をつけるからこそ、入念に口紅を塗り、唇をふっくらとさせるためにコラーゲン注射まで行う。引き締まった若々しい胸が男性を刺激するからこそ、乳房にシリコンを注入したり若返り手術を受けたりする。
女性が容姿の改善にいかに力を注いでいるかは、いくつかの研究結果からもはっきりと示されている。女子学生や新婚の女性は、男性の20倍の頻度で化粧品を使っているし、化粧品の使い方の研究も一〇倍近く行っている。
体形を改善するためにダイエットを行う頻度も、女性は男性の二倍近い。また容姿を整えるのに一日に一時間以上の時間を費やしていると答えた人の割合も、女性は男性の二倍以上だった。新しい、人目を惹く髪型にかえる頻度も二倍近く、肌を健康的に灼くために日光浴をする回数も五〇パーセント多かった。
さらに、配偶者を獲得するために容姿を改善することは、女性の場合、男性の二倍近い効果を発揮する。逆に、男性が容姿の改善に多くの労力を注ぎ込みすぎると、かえって異性獲得のチャンスを失うことさえある。そうした男性は、周囲から同性愛者もしくはナルシストと見なされかねないのだ。
女性が行う容姿の改善には、ただ男性の目を惹く以上のものがある。外見を粉飾することで、何種類ものだましの戦術を駆使するのである。たとえば、人工の爪をつけて手を長く見せたり、ハイヒールを履いて背を高く、身体をほっそりと見せたりする。痩せて見えるように暗い色や縦縞の服を着て、色を浅黒く見せるために日焼けサロンにかよう。
体形をスリムに見せるために腹部を締めつけたり、グラマーに見せるためにパッドを入れたたり、若く見せるために髪を染めたりもする。身体的な特徴は、ごまかすのが不可能ではない。
女性が容姿を改善することは、結婚相手を見つける場合よりも一時的なセックス・パートナーを誘惑する場合には有効に働く。それは、男性が、永続的な配偶者を求める場合よりセックス・パートナーを探す場合に、よりが意見を重視しがちであるという事実と対応している。
大学生を対象とした調査でも、容姿の改善は、短期的な交際相手を探す場合には「きわめて有効である」と高く評価されたが、結婚相手を探す場合には「やや有効である」という評価しかえられなかった。
男性が容姿を改善することも、結婚相手を見つけようとする場合よりも一時的なセックス・パートナーを探す場合より効力を発揮する点はかわらない。しかし、どちらの場合も、男性の容姿の改善は女性に比べるごく限られた効果しかもたらさない。
配偶者のいない女性は、容姿重要性をよく理解している。シングルズ・バーの女性客にインタビューした研究者は、次のように結論している。
「多くの女性が、仕事を終えてからいったん家に帰り、『顔を直してから』バーへ出かけると答えている。風呂に入り、髪を洗い、化粧をやり直し、三度目の着替えをしてからバーへ行くと答えた女性も多い。ある女性はこう話している――『女は男とは違って、身だしなみが重要なのよ。男たちはそう外見を気にする必要はないけれど』」。
男を振り向かせる能力
この「男を振り向かせる能力」は、その女性が配偶者として望ましい存在であることの証であり、数多くの恋人候補からの求愛を意味する。候補者が多ければ多いほど女性の選択の幅は広がり、より優れた配偶者を得ることができる。
女性は、みずからの容姿を改善しようとする努力だけでなく、他の女性の容姿を貶めようともする。前述した中傷戦略に関する調査によれば、女性はライバルの事を、太っているとか、不細工だしか、肉体的魅力に欠けているとか、体形がみっともないと誹謗する傾向が見られだ。
女性がライバルの外見を笑いものにすることは、やはり結婚相手を見つける場合よりも一時的なセックス・パートナーを誘惑する際にずっと有効にはたらく。また、どちらの場合も、この戦略は男性が用いるよりも女性が用いた方が効果的である。
女性が他の女性の容姿をけなすときは、男性に対して言う場合もあれば、その女性本人を面と向かって侮辱する場合もある。シングルズ・バーのある女性は逆こんな習慣をもっていた。ライバルとなりそうな女性が、念入りに整えたヘアスタイルをしているのを見ると、何も言わずにヘアブラシを取り出し、その女性に手渡すのである。
それでライバルの戦意を喪失させられる場合があるからだ。ライバルの自己イメージを傷つける事は、競争相手をなくすひとつの方法だ。
ライバルの容姿の欠陥を広く言いふらすことはさらに効果的である。在る女性が他の人々から魅力的ないと見なされていると分かれば、男性はその女性と関係をもつのを躊躇するだろう。もし関係をもてば自分の評判を落とすことになり、多くのコストを支払わないからだ。
大学の男子友愛会出身(フラタニティー)のある男性は、魅力的とは言いにくい女性とセックスしたことを仲間うち知られ、ひどく馬鹿にされことがあると語っていた。魅力的でない女性と寝たことがばれてしまった男性は、社会的不名誉をこうむり、仲間うちでの地位や評判を失墜させかねない。
このように、女性がライバルの容姿を誹謗して回ることは、カジュアル・セックスが隠しだてされず、社会集団全体に知られている場合に効果を発揮する。反対に、男性がプライバシーを守り通し、情事を誰にも知られたくないようにしている場合には、あまり効果をもたない。
その場合は、男性が魅力的でない女性と関係したところで、その評判に傷がつく恐れはないからだ。とはいうものの、世間の人々が男女関係のゴシップをことのほか好む以上、男性が情事を隠し通すのはきわめてむずかしいが。
身体的魅力
身体的魅力は、男性が目で見て直接判断しやすい資質だ。そのため、ライバルの容姿をけなす戦術が成功するためには、男性が女性を見る視線をうまく操作しなければならない。たとえば、大腿部が太いとか、鼻がちょっと長い、指が短い、顔の左右が均整でないといった、ふつうなら別に気にしないか、あまり目につかない欠点に、うまく目を向けさせる。
人間である以上、だれしも欠点はある。その欠点に故意に注意を向けさせれば、いやでも気になってしまう。特に、そうした欠点を隠したり、ごまかそうとする努力の跡を指摘されればなおさらだ。われわれの美の判定基準が、他人の判断に左右されがちであることを、女性たちは本能的に利用している。
まわりの人々が、在る女性を不器用だと見なしていることを知れば、我々もまたその女性を魅力的でないと見なすようになる。さらに、周囲の人々から不器用と見なされている女性は、配偶者としての評価も小さいと判断されるのがふつうだ。容姿や体形といった、目で容易に判別できる資質についてさえ、誹謗戦術が効果を発揮する余地が存在するのである。
現代の美容産業は、配偶者を求め争うという、女性が進化させてきた心理メカニズムを活用している。もし一部の女性だけに身体的魅力を増す手だてがあれば、それ以外の女性たちは、配偶者を惹きつけるうえで不利となり、淘汰されてしまう。
こうした事情から、美を求める果てしない競争が生まれ、容姿の改善のために費やされる時間、労力、費用は、人類の進化史を通じて類を見ないほど膨大なものになった。女性が容姿を改善しようとするのは、あらゆる文化圏で見られる現象だが、その最たるものは、なんといっても「文明化」された西欧諸国のそれだろう。
伝統的な社会とは違って、これらの国々には、魅力的になりたいという女性の欲望を視覚的メディアによって煽り立てる技術が存在している。美容産業は欲望をつくりだしているのではなく、すでに存在する欲求を利用しているのだ。
ジャーナリストのナオミ・ウルフは、メディアの広告が、女性を性的。経済的・政治的に支配するために「美の神話」という名を偽りの理想をつくりだし、フェミニズムの進展を妨げていると主張している。
ウルフによれば、「美の神話」は様々な現象の原因となっており、女性の地位向上を目指すフェミニズムの成果の多くを台無しにしている。たとえば、豊胸手術やシワとり手術のテクノロジーは、女性を医学的に支配するものと考えられる。
ダイエットや化粧品、美容整形手術産業の売り上げは、合わせて年間五三〇億ドルにも達しているが、これも女性を統制する必要から生じたものだ。ウルフはさらに議論を進め、美の基準は、時代や文化によって大きく変化する恣意的なものであり、自然界に普遍的に見られるわけではなく、従って進化が生み出したものではないと主張する。
しかし、神話それ自体は目的など持たない。目的を持つことのできるのは、神話を語り伝える人間だけである。同じょうに、権力構造それ自体もまた目的を持たない。ただ、その権力を行使する人間だけが、何らかの目的をもつことができるのだ。したがって、「美の神話」理論から引き出される結論は、むしろ女性をおとしめるものになる。
この理論によれば、女性は疑うことを知らないお人好しであり、何事につけ受け身でしかない。何の嗜好も個性も持たず、彼女たちを支配しようとする「権力構造」や「神話」のなすがままに洗脳されてしまう存在なのだ。
進化心理学的なアプローチは、
これとは正反対の見方を提供してくれる。この見方によれば、女性は「美の神話」理論が主張するよりもはるかに自律的な存在であり、どんな誘惑戦術を採用するかを自分で選択している。
たとえば、永続的な配偶者を求める女性は、貞節をディスプレィしたり、共通の趣味をアピールしたり、知性的に振る舞ったりといった、数多くの戦術のなかから好きな方法を選ぶことができる。それだけではない。女性が化粧品を買うのは、メディアに洗脳されたからではなく、望むものを手に入れるための力をより増大させようとするからだ。
女性はマディソン街の邪悪な力に惑わされた、騙されやすいカモなどではなく、目の前にある商品の中から自分が必要なものを選び取っているのだ。とはいえ、広告が女性に害をおよぼすこともないではない。
女性たちは、非現実的な美という商業的イメージに日夜さらされている。そうしたイメージは、女性が容姿を気にかける傾向をさらに強めるとともに、知性や性格、貞節といった、男性が求める重要な人格的資質を軽視させがちだ。美容産業は、女性を進化させてきた、自分の容姿に対する関心を利用している。
完璧な容姿をもつ世界のトップモデルを次々に広告に起用して、女性が心に描く美の基準を大きく引き上げることで、不安を煽り立てるのだ。この目くらましのために、他の女性はより美しく見え、自分の容姿は過小評価するようになってしまう。それはまた、現実の配偶市場について、男女双方に誤解を植え付けもする。
現在生きている女性はみな、第四紀更新世の五〇〇万年におよぶ、性淘汰という名の美人コンテストを勝ち抜いてきた、ぬきんでた希有の存在なのだ。いまこの本を読んでいる読者の祖先の女性たちの魅力を備えていたはずだ。
また、祖先の男性たちも、ひとりの女性に子供を産ませられるだけの魅力の持ち主だった。つまり、われわれはみな、とぎれることなく続いてきた成功の長い連鎖の産物なのである。いま生きている人間ひとりひとりが、進化的なサクセス・ストーリーを体現しているのだ。
つづく
貞節のディプレィ