デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
献身のディスプレィ
「配偶者獲得行動の研究・・・・」
愛情や献身のディスプレィは、女性を強く惹きつける。それは、男性がその女性のために、時間やエネルギー、労力を長期間にわたって提供する意思があることを意味するものであるからだ。
献身的であることを示すのはなかなか難しく、偽ってそう見せかけようとするのはかなりの努力をようする。それは、ある程度の期間を通じて繰り返し送られるシグナルによって判断されるからである。
ただカジュアル・セックスだけを求めている男性は、あまり多くの努力を注ぎ込もうとはしない。献身のディスプレィは、女性から見ればシグナルとして信頼がおけるものなので、女性を惹きつけるためのきわめて強力なテクニックとして機能する。
配偶者獲得行動の研究は、婚姻市場において、献身のディスプレィがもつ力を明確に物語っている。ある男性が結婚を口にすることは、相手の女性を社会生活と家庭生活の両方に受け入れ、彼女のために自分の資源を提供し、そして多くの場合は子供をつくる意思があることを示す。
男性が、結婚するために自分の宗教を変えてもいいと申し出ることは、女性の必要に応じようとする意思の表れである。女性が抱えている問題に深い関心を示すことは、必要なときに感情的な支えと献身を提供してくれることを意味するだろう。
調査対象とした新婚の女性100人は、みな例外なく、夫が恋愛期間中にそうしたシグナルを示してくれたと答えている。これは、そうしたシグナルがいかに効果的にはたらくかを立証している。
献身を強くあらわすシグナルのひとつは、求愛期間中の男性の「熱意」である。これは、なるべく多くの時間を相手の女性と過ごすというかたちで表現される。他のどんな女性よりも頻繁(ひんぱん)に彼女と会い、なるべく長い時間をかけてデートし、ことあるごとに電話をかけ、手紙をかく。この戦術は、永続的な配偶者を獲得する場合にはきわめて有効であり、平均すると7点満点で5.48点という高い効果を示している。
それに対し、カジュアル・セックスのパートナーを誘惑する場合には、4.54点というごくふつうの効果を及ぼすにすぎない。
さらに、恋愛における熱意は、女性よりも男性にとって有利にはたらく。それは、男性がたんなるカジュアル・セックス以上のものに関心を抱いていることを示すからだである。
恋愛における強い熱意の効果は、ある新婚の女性が語った次のようなエピソードにあらわれている。「最初、私はジョンに何の関心も抱いていなかったわ。なんだか退屈そうな人に思えたから、誘われても断り続けたの。でも、彼は何度も電話をくれたり、職場に訪ねてきたり、私と会えそうな機会をつくろうとしたのね。
それで、とうとうデートしてあげたわけ。そうすれば、ジョンもあまりつきまとわなくなると思ったんだけど、一回のデートが二回、三回になって、6カ月後には私たち、結婚したの」
献身を示すもうひとつの要素である「優しさ」のディスプレィも、効果的な誘惑のテクニックとしてあげられる。女性の抱えている問題を理解し、彼女が求めていることに敏感で、同情的に振るまい、救いの手を差し伸べるような男性は、長期的な配偶者にふさわしい存在として女性の心をつかむことができる。
優しさが効果を発揮するのは、それが、男性が女性のことを気にかけ、必要なときはかならずそばにいて、資源を提供してくれることを暗示するものだからだ。優しさは、たんなるカジュアル・セックスへの興味でなく、長期にわたるロマンティックな愛情の証なのである。
とはいえ、一部の男性は、カジュアル・セックスのパートナーを誘惑するのにも、この戦術を用いている。心理学者ウィリアム・トゥークとロリ・ケィミアは、大学生の集団を対象に、搾取的・詐欺的な誘惑の戦術について調査した。
まず、前述した誘惑戦略の調査と同じような方法で、学生が異常性を惹きつけるために用いている「騙しの戦術」を八八通りリストアップした。その中には、自分の将来のキャリアを過大評価させる、異性が近くを歩いているときには腹をへこませて体形をごまかす、異性の前では実際よりも誠実で思慮深げにふるまう、内心ではセックスを欲していても、それを表面にださないようにする、などが含まれる。
次に、大学生二五二人にそのリストを見せ、それぞれの戦術を自分たちはどれくらいの頻度で用いているか、また他の男女が用いていた場合にどの程度効果的だと思うかを答えてもらった。その結果、男性は、女性の気を惹こうとしたとき、ふだんよりも優しくふるまい、思慮深げに見せかけ、また傷つきやすいふりをしがちであることがわかった。
シングルズ・バーを対象にした調査
シングルズ・バーを対象にした調査でも、似た結果がでている。この調査は、四人の研究者がミシガン州ウォッシュテノー郡にある複数のシングルズ・バーで行ったもので、彼はそこで約一〇〇時間を過ごし、客がどんな誘惑の戦略を用いているかをひとつひとつ記録した。
その結果、ストローを使ってセクシーに飲み物をすする、目を付けた相手に飲み物をおごる、豊かな胸を誇示する、相手の身体をじっと見つめるなど、一〇九種の誘惑戦術が確認された。次に、別の大学生一〇〇人を対象に、もし異性がそうした戦略を使って誘惑してきたら、どの程度効果的かを評価させた。女性は、自分たちを惹きつけるもっとも効果的な戦略は、上品にふるまう、助力を申し出る、同情を示す、親切にするなどだと答えた。
すなわち、女性が夫に求めるように優しさや真摯な関心を装うことは、女性を一時的な情事に引き入れるうえでも有効な戦略なのである。
優しさを誇示するもうひとつの戦術として、子供への愛情をディスプレィすることがあげられる。
ある調査で、女性たちに、同じひとりの男性が三つの異なるシチュエーションで写っているスライド― 一枚目は男性がひとりだけいるところ、二枚目は男性が赤ん坊をあやしているところ、三枚目は赤ん坊に関心を示さずにいるところ― を見せると、女性は赤ん坊をあやしている男性をもっとも魅力的だと評価し、反対に赤ん坊に無関心な男性を最低と見なした。
次に、男性にも同じ実験を試みたところ、今度は三枚のスライドの女性はみんな同じくらい魅力的と評価された。子供への愛情を見せる戦術は、主として男性が用いた場合のみ有効になるようだ。それは、子供に献身的に尽くし、世話をする資質を暗示するものだからである。
男性はまた、誠意と貞節を見せつけることでも、長期にわたる献身を暗示することができる。逆に、多くの女性と関係を持っていることは、その男性が短期的なカジュアル・セックス戦略を採用していることを意味している。
短期的な性戦略を取る男性
短期的な性戦略を取る男性は、ひとりの女性とより長い関係を築く男性に比べ、自分の資源を数多くの女性たちに分散させて費やすのが普通だ。男性が女性を誘惑するのに用いる一三〇通り方法のうち、誠実さを示すことは、女性の抱えている問題に理解を示すことに次いで、二番目に効果的なやりかたと評価されている。
誠実さ献身を意味する以上、男性がライバルを蹴落とそうとするとき、そのライバルがセックス目当てだという疑念を女性に吹きこむことが有効な戦術となる。たとえば、女性に対し、ライバルの男はただあとくされのない情事をもとめているだけだと告げたとしよう。
この行為は、短期的よりはむしろ長期的な関係の場合に、ライバルの魅力を減じさせるうえで効果的にはたらく。同じように、ライバルが女癖が悪く、ひとりの女に忠実なタイプでないと吹き込むことも、長期的な場合にライバルの魅力を色褪せさせる有効な戦略となり得る。
愛情をディスプレィすることも献身を示すサインのひとつである。男性は、女性に何か特別なことをしてやったり、愛情表現をしたり、「愛している」とささやいたりすることで、その女性を惹きつけることができる。こうした戦略は、永続的な結婚相手をえるためのあらゆる戦略の中でも、上位一〇%に入る高い評価を男からも女からも受けている。愛情の表現は、長期にわたる献身を示す重要な鍵なのだ。
一九九一年、テレビで活躍するコメディ女優ロザンナ・バーは、夫の俳優トム・アーノルドとある取り引きをした。ロザンナはトムに、愛情の証しとしてユダヤ教に改宗することを望み、トムはトムで自分の姓であるアーノルドを名乗ることを妻に求めた。
たがいの意思を確かめ合った後、トムは改宗し、ロザンナは改名した。こうした愛の行為は、自己犠牲を伴うと同時に、お互いのへの献身をある意味で公的に示すことで、一時的な関係でない永続的な結びつきを保証する役割を果たす。
このように献身を示すことは永続的な配偶者を獲得するうえできわめて有効的なため、献身的なふりをして女性をうまく惹きつけ、誘惑することも可能になる。その場かぎりの関係を求める男性は、女性が永続的な配偶者に求める資質をうまく真似ることで、ライバルを出し抜こうとする。
この戦術は、女性が未来の夫候補を値踏みする手段としてカジュアル・セックスを利用している場合には、よりいっそう効果的になる。女性は、少なくとも短い目で見れば、永続的な配偶者として理想的にみえる男性を受け入れやすいからである。
男性が、自分の本当の意図を女性に悟られまいするとき
さまざまな騙しの戦術を用いることもわかっている。男性は女性に比べ、たとえほんとうはその気がない場合でも、永続的な関係を築く意思があるようにみせかけることがきわめて多い。また、実際には女性を保護する気などなくても、そういうふりをしがちだ。
長期にわたる配偶者を求めるふりは、女性よりも男性にとって役立つ戦術であり、そのことは男女双方が認めている。男性は、献身的に見せかけることがカジュアル・セックスへの早道であることに気づいており、そうやって女性をうまくだまそうとする。
生物学者リン・マーギュリスによれば、「知覚能力をそなえた動物は、例外なくだますことができる」。また、同じ生物学者のロバート・トリヴァーズは、だましのテクニックを説明するなかで、次のように述べている。「だましは、真実を真似ることによって成立する。それはいわば、正しい情報を伝えるために存在するシステムへの寄生なのである」。
メスが自分に投資してくれそうなオスを求めている以上、つねにオスは、投資するふりをして相手を欺こうとする。ある種の昆虫のオスは、メスにいつたん餌を差し出すが、交尾が終わるとそれを奪い返してしまう。
そして、その同じ餌を、次のメスへの求愛に使うのだ。こうした戦略は、メスの側に、欺瞞や不誠実を見抜き、たくらみを察知する必要をもたらした。人間の場合、その解決策として、誠実さをなによりも重視する傾向が生じたのである。
実際、誠実さのディスプレィは、男性が永続的な配偶者を獲得するうえできわめて有効な戦略だ。それによって、女性に対し、単なるその場限りのセックスのパートナーを求めているのではないことを納得させられるからだ。
女性を惹きつけるための一三〇種類の戦略
女性を惹きつけるための一三〇種類の戦略のうち、トップクラスの効力を誇る三つの戦略― 女性にたいして誠実にふるまう、自分の感情をありのままに伝える。自分を飾らずに見せる――は、みな誠実さと隠しごとのなさをアピールするものである。これらは、男性が用いる誘惑戦略のうち、その有効性において上位一〇%に入るものと評価されているのだ。
男性が、短期的と長期的の両方の性戦略を採用していることは、進化の歴史を通じて女性に適応上の課題を投げかけてきた。そのため、男性の本性と真意を女性に明示するような戦術が、きわめて大きな効力を発揮するようになった。逆に、不誠実を示すシグナルは、本性と真意を覆い隠し、正しい評価を下すのをさまたげるため、女性を惹きつける際にはマイナスに作用することになった。
資源がすでに他の相手に投資されているというシグナルは、その男性の魅力を大きく減じている。シグナルズ・バーに通う男たちのうち、かなりの人数が既婚者もしくは特定の女性と交際しており、なかには妻だけではなく子供までいて、もてる資源の大部分を子供の養育に注ぎ込んでいる場合さえある。
そうした男性たちは、バーに入る前に結婚指輪を外すのがふつうだ。あるシングルズ・バーで、調査にあたった研究者たちが粘り強く訊ねた結果、「一二人が、実は妻帯者であることを認めた…・さらに私たちは、他の複数の客も既婚者ではないかと推測した」。永続的な配偶者を求めている女性をカジュアル・セックスに誘うとする場合、男性がすでに結婚していることは戦略的に大きな不利をもたらす。
男性が既婚者であることがわかると、女性を誘惑する際に大きな障害となることは、大学生を対象とした調査からもはっきりと読み取れる。男性がライバルを蹴落とそうとするときに用いる八三種類の戦略のうち、「あいつにはもうつきあっている女がいる」と告げ口することは、とびぬけて効果的なのだ。
つづく
身体的能力のディスプレィ