デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
資源のディスプレィ
オスが資源を獲得し、それをディスプレィするという戦略は、動物界全般において進化してきた。たとえばミチバシリのオスは、ハッカネズミなど仔ネズミを捕まえると、叩きつけて殺すか、ショック状態に陥らせる。それからメスに食物としてもっていくのだが、そのまま差し出すわけではない。
まず、ネズミをメスから遠ざけておき、そのあいだに鳴いたり尾羽を振ったりする。そしてうまく交尾を終えた場合にだけ、贈り物を手放してメスに与える。メスはその餌を、いまオスによって受精させられたばかりの卵の栄養源として使うのである。餌を差し出すことのできないオスは、メスに求愛したり、メスを惹きつけたりすることができない。
人間の男性もまた、配偶者を惹きつけるために、大きな労力を費やして自分の持つ資源を誇示する。われわれが行った調査によれば、人間の男女が配偶者を惹きつけるために用いている戦略はじつに数十種類におよぶことが明らかになった。
調査対象にしたのはカリフォルニア大学バークレー校、ハーヴァード大学、ミシガン大学の学生数百人で、自分や知人がどんな異性誘惑の戦略を取っているかを列挙してもらった。学生たちがあげた例の中には、自分の長所を売り込む、どれだけ重要な仕事をしているかを話す、相手の悩みを同情してみせる。視線でコンタクトを試みる、セクシーな服を着る、などあった。
ここであげられた100種類以上の行動は、四人の研究者たちによって二八のかなり明確なカテゴリーに分類された。たとえば「肉体的能力を誇示する」というカテゴリーには、ウェイトトレーニングで身体を鍛える、スポーツでの活躍を自慢する、といった行動が含まれる。そして既婚のカップル一〇〇組と未婚の大学生二〇〇人に、それぞれの戦略が異性を惹きつける上でどれだけ効果的か、一時的な関係を求める場合と永続的な関係を求める場合とではどちらが効力を発揮するか、自分の親しい友人や配偶者は、どれくらいの頻度でその戦略を用いているか、などを評価させた。
男性の用いるテクニックのひとつとして、具体的な資源を示すことがある、高給を得る能力があることを誇示したり、女性に印象づけるために大金を見せつけたり、高級車を乗り回したり、自分がどれだけ仕事ができるかを宣伝したり、長所を売り込んだりするのだ。その一方で、男性がもってもいない資源を持っているように見せかけて、女性をだますという方法もある。たとえば、自分のキャリアを詐称し、職場での地位を大げさに言うのである。
同時に、男性はライバルの持つ資源をけなすことも忘れない。われわれにはこうした誹謗行動についても研究を行った。まず、男女を問わず、同性のライバルをおとしめて人気を失わせるにはどうすればいいかを、調査対象とした大学生達に答えさせたところ、八三種類の方法があげられた。
もつとも典型的な行動としては、ライバルに関する偽りのうわさを広める、ライバルの外見を笑いものにする、成績をけなす、性病にかかっていると言いふらす、などあった。われわれの研究チームは、そうした誹謗行動を、誘惑の戦略の場合と同じく二八のカテゴリーに分類した。
たとえば「競争相手の知性をけなす」というカテゴリーには、ライバルがまぬけに見えるように仕向ける。あいつはバカだ、頭がからっぽだと言って回るなどが含まれる。そして最後に、既婚のカップル一〇〇組と未婚の大学三二一人を対象に、それぞれの戦略がどれだけ効果的か、一時的な関係を求める場合と永続的な関係を求める場合とではどちらが効力を発揮するか、自分の友人や配偶者は、どれくらいの頻度でその戦略を用いているかを評価させた。
男性は、他の男性の誘惑戦略に対抗するために、ライバルの資源獲得能力にけちをつける。典型的な例としては、女性に向かって、あの男は貧乏だ、金に困っている、向上心がない、安い車に乗っている、などと悪口をいうのである。一方女性は、あまりライバルの資源をけなそうとしない。たとえそうしても、その戦略は男性の場合ほど効果を示さない。
さまざまなタイプの資源のディスプレィが、どれだけ効果的にはたらくかは、それをどのような場合に行うかにかかっている。女性に大金をみせびらかしたり、贈り物をしたり、最初のデートで高級レストランにつれていくといった直接的な富裕さのディスプレィは、永続的な伴侶を得ようとするときよりも、一時的なセックス・パートナーを惹きつけようとする場合には効力を発揮する。
バーの店内のような、資源の使いみちが限られている環境では、男性はまず酒をおごることでセックス・パートナー候補の女性の気を惹こうとする。ビールやワインよりも高価なカクテルをおごったり、ウェイレスにチップをはずんだりすれば、より効果的である。そうした行為は、ただ資源を所有しているというだけでなく、その資産を即座に提供する意思があるということを示しているからだ。
大学での成績のよさや野心的な夢を語って聞かせて、資源を獲得する将来的な可能性を女性にアピールすることは、一時的なセックス・パートナーよりも永続的な伴侶を得ようとする場合に効果がある。誹謗中傷の戦略も、同じように、使うタイミングが重要である。ライバルの男性が職場で無能だとか、野心がかけているとか言いふらすことは、婚姻市場においてはきわめて効果的な戦略だが、
カジュアル・セックスの場合はそうでもない。こうした事実は、女性が一時的な情事と永続的な婚姻関係という二つの状況(コンテスト)で求められるもの― 前者では即座の資源の供与であり。後者では将来にわたる安定した資源の供給である―と完璧に符合している。
上等な服を着ることは、この二つの状況のどちらにおいても、同じように効果的にはたらく。女性に複数のスライドを見せて、魅力的だと思われる男性の選ばせる実験では、タンクトップやTシャツといつた安っぽい服装の男性よりも、スリーピースやスポーツジャケット、デザイナージーンズといった高価な服を着た男性のほうが人気が高いということがわかっている。
この傾向は、女性に結婚相手としてふさわしい男性を選ばせ場合でも、カジュアルの相手を選ばせた場合でも変わらなかった。それはおそらく、高価な服を着ていることが、現在資源を持っていることと、将来資産を獲得する可能性の両方を示しているからであろう。
文化人類学者ジョン・マーシャル・タウンゼントとゲイリー・レヴィは、身に着けている服が上等で手入れのいいことが、女性を確実に惹きつける要素であり、それはたんにその男性とコーヒーを飲む場合から、結婚相手として選ぶ場合まで変わらないことを発見した。
たとえば、同じ男性に二種類の服装をさせて写真を撮る。ひとつは、野球帽をかぶり、ポロシャツを着た上にファーストフード店のユニフォームをはおった格好であり、もう一つは、白いドレスシャツに有名なブランドのネクタイを締め、ネイビー・ブレザーにロレックスの腕時計という格好だ。
この二枚の写真見せたところ、女性は、前者の男性とは、デート、セックス、結婚のどれについてもいやがり、一方、後者の男性とは、デート、セックス、結婚のどれについても前向きだった。
女性を惹きつけるうえでの資源の重要性は、西欧文化だけに限られたものではない。ボリヴィア東部のシリオノ族では、狩りが下手で、狩りのうまい男たちに何人も妻を奪われた男性は、集団内での地位も落下していく。
文化人学者A・R・ホルムバーグは、そうした男にショットガンを使って狩りをする方法を教えてやった。すると、その男は狩りの腕前が上がったおかげで「集団内でもつとも高い地位につき、何人ものセックス相手を獲得し、他の人々からばかにされるのではなく、逆に他人をばかにする側にまわった」
資源を与える効力は、現代のみに見られる現象でもない。オウィディウスは、いまから2000年前に、まったく同じ現象を正確に観察し、この戦略が、有史以来脈々と受け継がれてきたものであることを裏書きしてくれている。
「娘たちは詩を嘆賞するが、高価な贈り物にはなびいてしまう。どんな無学な愚かな者でも、裕福でありさえすれば、娘たちの目を惹きつけることができる。いまこそ、まことの黄金時代だ。黄金で名誉を買い、黄金で愛を得ることができるのだから」。われわれはいまだに、オウィディウスの言う「黄金時代」に生きているのだ。
つづく
献身のディスプレィ