デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
力の源泉としてのセックス
二〇世紀に行われた配偶行動に関する研究は、ほとんど例外なく結婚のみを対象としたものだった。しかし、人間の解剖学的・生理学的・心理学的メカニズムは、人類の祖先の時代に、無差別の性交が盛んに行われていたことを示している。
そうした性交が男性に繁殖上の利益をもたらすことは一目瞭然だが、科学者たちはその事実に目を奪われるあまり、女性の側の利益について考えることを怠ってきた。男性が婚外セックスを行なうには、それに応じる女性が必要である。そうした女性たちは、何らかの利益を求めたはずだ。
人間の本性に対するこのような見方は、多くの人にとってショッキングなものかもしれない。男性が、手近の異性といとも簡単に寝てしまうことを知れば、世の女性たちは面白くないないだろう。
男性にしても、自分の妻がいまだに恋愛ゲームに参加し、セックスを餌に他の男を誘って、ときおり不貞を働いていることを知れば、心穏やかではいられまい。人間の本性とは、ときとして恐ろしいものなのだ。
だが、別の見方をすれば、多種多様な配偶戦略の選択肢を保持しているということは、われわれにより大きな力と、より大きな柔軟性と、自分の運命をより強くコントロールする能力を与えてくれるのだ。
われわれは、単一の変えられない配偶戦略に縛りつけられているのではなく、膨大なメニューのなかから戦略を選ぶ、そして、遭遇した状況に応じて、自分の配偶戦略を調整していく。さらに、最新の技術や、現代の生活環境のおかげで、祖先が払わされていたカジュアル・セックスのコストの多くから逃れることができる。
まず、確実性の高い避妊法の出現により、多くの人々が、望まれない、あるいは時期の悪い妊娠というコストから解放された。また、現代の都市生活の匿名性は、カジュアル・セックスにともなう社会的評価の下落という危険を減少させた。どこへでも自由に移り住めるようになったことは、両親が子供の結婚に口を出し、影響力を振るうのを妨げることになった。
さらに、配偶関係が短期間で終わってしまうことにより子供の生存が脅かされる危険は、政府による最低限の生活の保障によって回避される。こうしたコストの軽減により、人間の配偶行動の多種多様な戦略が、より多く活用できるようになった。
人間の配偶戦略
人間の配偶戦略が、どれほど多岐に渡っているかを知ることは、われわれがこれまで抱いてきた「結婚の幸福」という社会通念を破壊する結果につながるかもしれない。しかし、同時にそれは、われわれが自分自身の配偶計画を立てる際に、これまでなかったほど強力な味方となってくれるのだ。
自分の個人的状況に応じた配偶者の選択を行い、繁殖という欲求を満たすことができる。このように繁殖行動という場においては、不可避的だったり、遺伝的に決定されていたりする行動は何ひとつ存在しない。乱婚、一夫一妻制、配偶者への暴力、性的な充足、嫉妬にかられて配偶種をガードしたり、反対に配偶者に関心を抱かなかったりすることは、どれも必然的なものではない。
男性は、さまざまな相手とのセックスを求める抑えがたい欲求のために、浮気に走るように宿命づけされているわけではなく、女性もまた、誠意を見せない男性をののしるよう決定されているわけではない。われわれは、臣下が押しつけた性的な役割に従うだけの奴隷ではないのだ。
さまざまな配偶者戦略がそれぞれどんな条件下で有効に働くか知ることで、どの戦略を採用し、どれを使わずにおくかを選び取ることができる。
さまざまな性戦略がなぜ発達してきたか、その本来の機能は何であったのかを理解することは、行動を変化させるうえで有用な指針を提供してくれる。それは、ある生理的メカニズムの適応的機能の理解が、変化にたいする洞察をもたらすのに似ている。
つづく
5、パートナーを惹きつける