デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
性的なバリエーション
男性のセックスのレパートリーにおいて、カジュアル・セックスがもつ重要な役割を知るためのもう一つの手がかりは、ホモセクシャルの性行動から得られる。ドナルド・サイモンズによれば、同性愛の男性の性行動は、女性主導によるロマンス、結婚、献身といったものの支配から解き放たれている。
そのため、同性愛者の性行動は、男性および女性の性的欲求の本質を、異性の性戦略による妥協を受けない形で示してくれるのだ。
同性愛の男性の性行動として、もっともよく見られるのは、見知らぬ者同士が行うカジュアル・セックスである。同性愛の男性は、その場限りの出会いを求めて、バーや公園、公衆便所などをめぐることが多い。
一方、同性愛の女性は、滅多にそうした行動をとらない。一般に同性愛の男性は、数多くの新しいセックス・パートナーを求める傾向があるが、同性愛の女性は、親密では長続きする献身的な関係を結ぼうとする。ある研究によれば、同性愛の男性のうち九四パーセントが、過去に一六人以上のセックス・パートナーを持っていたのに対し、同性愛の女性で一六人以上のパートナーをもっていたのはわずか一五パーセントにすぎなかった。
一九八〇年代にサンフランシスコで行なわれた、より大規模な研究によれば、男性の同性愛者のうちほぼ半数が、五〇〇人以上のパートナーと性交渉を持った経験があり、またパートナーの大部分はサウナやバーで出会った見知らぬ人間だった。この事実から、次のような推測が成り立つ。
男性は通常、献身や結婚の要求を女性から押し付けられているが、ひとたびそうした桎梏(しっこく)から解放されると、さまざまな相手とカジュアル・セックスを行うことで、欲求を思うままに満たそうとするのである。
同性愛の男性のカジュアル・セックスにたいする態度は、永続的関係の場合と同じく異性愛の男性のそれと似ており、また同性愛の女性の態度は異性愛の女性と似ている。
そうした同性愛者の嗜好は、カジュアル・セックスの重要性に関して、男性と女性とでは本質的な差異があることは明らかにしてくれる。サイモンズによれば、「異性愛の男性は、見知らぬ相手とセックスすることを好むという点では、同性愛の男性と何ら変わらない。
彼らは、公衆浴場で乱交に参加したり、もし女性が望むのなら、仕事から帰宅する途中に公衆便所に立ち寄り、五分間ほどフェラチオされたりすることを望んでいるのだ。だが、女性のほうはそうした行為に興味を示さない」
経済的利益を目的とした性的サービスの、相手を限定しない交換、すなわち売春行為は、男性がカジュアル・セックスにたいして女性よりも強い欲求を抱いていることを示すもう一つの証拠だ。
売春は、これまで知られている限り、ほとんど全ての社会で行われている。アメリカには、一〇万ないし五〇万人の売春婦もしくは男娼がいると推定されている。また、ポーランドでは二三万人、エチオピアのアジスアベバでは八万人がそうした職業についている。
かつての西ドイツでは、公式に登録された売春婦だけで五万人おり、その三倍が非合法に売春を行っていた。その顧客となるは、あらゆる文化を通じて男性が圧倒的に多い。キンゼイによれば、アメリカ人男性の六九パーセントが買春の経験があり、また全体の一五パーセントは、定期的に売春婦と性交渉をもっていた。
一方、女性の場合は、その割合はきわめて低く、買春は女性の性的はけ口として重要性を持たないと考えられる。
とはいえ、売春の普遍性は、それが一種の適応であったり、あるいは進化的淘汰の産物であることを意味するわけではない。むしろ売春とは、ある二つの要素が同時に作用した結果として生じてきたものだと解釈すべきだろう。
その二つの要素とは、コストをかけずにカジュアル・セックスを行うおとする男性の欲求と、女性が自ら進んで、もしくは経済的必要性に迫られて、物質的利益をと引き換えに性的サービスを提供することである。
男性が、一過性でその場限りのセックスを強く求めていること、近親相姦のパターンにも反映されている。父親と娘の近親相姦は、母親と息子の近親相姦よりも普遍的に見られる。近親相姦の犠牲となる女の子の数は、男の子のおよそ二ないし三倍であり、いずれの場合も加害者は圧倒的に男性が多い。
さらに、子供に近親相姦を行う男性は、実父よりも継父である場合がきわめて多い。この事実は、彼らが近親相姦の結果として生じる遺伝的なコスト――劣性の遺伝病の発生率が高まることなど――を避けようとしていることを示唆する。
近親相姦の報告された事例全体のうち、継父・継娘間のケースが占めている割合は、推定四八パーセントから七五パーセントにも達する。こうした近親相姦のパターンにも、男性が性的なバラエティと、その場限りの魅力的なセックス・パートナーを求める傾向が現れている。
これまで言及してきた、男性の性的空想、クーリッジ効果、好色さ、てっとり早いセックスを求める性向、異性選択基準の緩和、魅力の評価基準の変化、同性愛者の嗜好、売春、近親相姦のパターンといった要素は、そのすべてが、男性のカジュアル・セックス戦略を解明する心理学的な手がかりとなる。
こうした手掛かりは、その場限りのセックスを性的なレパートリーのひとつとして取り入れた男性が、進化の途上において有利な立場にあったことを物語っている。だが、その一方で、異性愛の男性がカジュアル・セックスを行うためには、相手の女性の同意を得る必要もあったことを忘れてはならない。
つづく
女にとっての利益