広告業界は、若く、美しい女性たちがもつ普遍的な魅力を利用してきた。マディソン街(ニューヨークの広告業の中心地)はときに、恣意的で画一的な美の基準を人々に押し付けて従わせ、苦痛を与えたとして批判される。広告は不自然な美のイメージを押し売りし、そうしたイメージに自分を合わせるよう強要しているトップ画像

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美の基準はメディアが決める?

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デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之

美の基準はメディアが決める?

広告業界は、若く、美しい女性たちがもつ普遍的な魅力を利用してきた。マディソン街(ニューヨークの広告業の中心地)はときに、恣意的で画一的な美の基準を人々に押し付けて従わせ、苦痛を与えたとして批判される。広告は不自然な美のイメージを押し売りし、そうしたイメージに自分を合わせるよう強要している、と言うのがその理由だ。

 とはいえ、こうした見方の、少なくとも一部分は誤っている。美の基準とは、恣意的に決められるのでなく、繁殖的価値を確実に示す指標であるからだ。広告業界の人々は別に、ある特殊な美の基準を人々に植え付けたがっているわけではない。

彼らはただ、最も簡単に売りつけられるものを利用しようとしているだけなのだ。広告業者が、最新型の自動車の上に、なめらかな肌と整った容姿の若い女性を座らせるのは、そうしたイメージが、これまで男性が進化させてきた心理メカニズムを刺激するからにすぎず、なにも画一的な美の基準を布教しようとしているわけではない。

とはいえ、メディアが日頃からわれわれに押し付けているイメージは、潜在的に有害な影響をもたらしている。そのことを示す証拠として、次のよう研究がある。まず、男性の被験者グループのうち、一部には非常に魅力的な女性の写真を、残りの人々には平均的な容姿の女性の写真をそれぞれ見せ、そのあとで自分の現在のパートナーとの関係について訊ねてみたのである。

すると、当惑するような結果が出た。事前に魅力的な女性の写真を見せられた男性は、平均的な女性の写真を見せられた男性よりも、自分の現在のパートナーは魅力に乏しいと答えている率が高かった。

さらに重要なことに、魅力的な女性の写真を見せられた男性は、自分とパートナーとの結びつきは弱く、満足の行くものででも真剣なものでもなく、そもそもいまのパートナーとはあまり親密ではないと自己評価する傾向が見られた。

これと似た結果が、もうひとつ別の研究からも得られている。魅力的な肉体をもつヌード女性のグラビアを男性の被験者に見せたところ、彼らは自分の現在のパートナーにあまり魅力を感じていないと答えるようになったのだ。

こうした悪しき変化が起こる原因は、メディアが押し付けるイメージが、もともと現実離れしたものであるためだ。広告のモデルとして選ばれるのは、数千人の候補者のなから選び抜かれたごく少数の魅力的な女性たちである。

そして多くの場合、一人選ばれた女性を使って、文字どおり何千枚という写真が撮影される。たとえば、「プレーボーイ」誌のグラビアのためには、毎月約六〇〇〇枚の写真が撮られる。その何千枚のなかから、広告やグラビアに使用されるほんの数枚が選びだされるのだ。

だから男性たちは、もっとも魅力的な女性がもっとすばらしい背景のもとでもっとも美しいポーズを取り、それをうまく修正した写真ばかりを見せられていることになる。そうした写真と、われわれ祖先が少人数の集団で暮らしていた時代に見ていたものがどれだけかけ離れているかを想像してみよう。

そうした状況下では、魅力的な女性など、数百人、いや数十人見つけられるかどうかさえ怪しい。とはいえ、もし魅力的で繁殖価値の高い女性が数多く入れば、男性は配偶者を換えることを考え始め、そのためにいまのパートナーと疎遠になっていくことに変わりはないだろう。

われわれは、遠い過去の時代に進化してきたのと同じ価値判断のメカニズムを、いまでも保持しつづけている。しかし現在では、雑誌や広告、テレビ、映画といった文化を通じて日常的に目にする極めて魅力的な女性たちのせいで、そのメカニズムに人為的な影響が及んでしまっている。

そうした女性のイメージは、現在のわれわれのまわりにいる女性たちの姿に反映しているわけではない。そうではなく、まったく別の環境に適したメカニズムを提示しているのである。ただ、そうすることで、現実の生活での男女関係に亀裂を入れ、不幸を生み出す源泉となっていることも否定できない。

魅力的な女性のイメージを日頃から目にしつづけた結果、男性は自分の配偶者に満足できなくなり、関係が疎遠になっていく。また、こうしたイメージがもたらす潜在的な弊害は、女性たちにもおよんでいる。女性たちは、ライバルよりも美しくなるために、不健康な競争をエスカレートさせていくからだ。

彼女たちは日頃から目にしている理想のイメージ――それはすなわち男性たちが望んでいるイメージである――に近づくために、お互い競争をくりひろげる。拒食症になったり、過激な美容整形手術を受ける女性の割合が増え続ける理由の一端は、メディアがつくりだすイメージにある。

一部の女性たちは、男性の欲求を満たそうとするあまり、極端な方向へ走ってしまうのだ。だがそうしたイメージは、何もない所に美の基準をつくりだすことによって、このような不幸な結果を招いてしまうわけではない。それはむしろ、男性が進化させてきた既存の美の基準と、女性の配偶者獲得競争のメカニズムを、かってない不健全なレベルにまで強化させたことによる。

男性が配偶者選択の際に、容貌と身体の美しさを重視することは、適応上の多くの課題のうち、ただひとつだけを解決するにすぎない。それは、高い?殖力を持っていそうな女性を見分けるという課題である。

とはいえ、?殖力価値の高い女性を選んだだけでは、その価値を自分一人で独占できるという保証はない。そこで、女性にまちがいなく自分の子どもを産ませることが、次の重要な課題となる。
つづく 純潔と貞節