デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
男は違うものを望んでいる
なぜ男性が結婚するのかは謎である。われわれの祖先の男性にとって、子孫を残すために必要なのは、ただ女性を妊娠させることだけだった。だから、配偶関係を伴わないその場限りのセックスで十分だったはずなのだ。
だが、進化が、結婚を望み、ひとりの女性に何年にもわたって資源を提供しようとする男性を生み出してきた以上、そこには何か強力な適応上の利点がなくてはならない。少なくとも、ある状況下では、その場限りのセックス相手を求めるよりも有利な点があるはずだ。
この問題に対する解答のひとつは、女性によって設定された基本ルールに求めることができる。祖先の女性たちの大部分は、セックスに同意する前に男性の献身の証しを求めたに違いない。そのため、献身的な姿勢を示せなかった男たちは配偶市場からはじき出されてしまったはずである。
女性の求める配偶者の基準を満たしていない男性は、トップクラスの女性たちはもちろん、恐らくどんな女性であれ獲得することはではなかっただろう。
女性をセックスに同意させるには多くの要求を満たさなくてはならなかったため、大部分の男性にとって、短期的な男女関係だけを求め続けることは多大なコストの支出を意味した。生殖に費やす労力の経済学から見ると、永続的な配偶関係を築かない事のコストは、到底払いきれないほど高いものについたのである。
結婚しなかった男性が覚悟しなければならいもうひとつのコストは、子供が生き残り、子孫を繁栄させることができないかもしれないということだ。われわれの祖先たちが暮らしてきた環境では、両親もしくは親族からの安定した資源の供給がなければ、嬰児、幼児は生き延びることはむずかしかった。
現在でも、パラグアイのアチェ族では、棍棒を使った決闘である男が殺されると、村人たちが合議してその男性の子供を殺してしまうことがある。子どもの母親が健在であってもである。人類学者キム・ヒルが報告しているケースでは、一三歳の少年が、父親が決闘で死んだあとに殺されたという。
アチェ族全体では、父親のいない子供の死亡率は、父親が健在な子供より一〇パーセント以上高い。彼らが暮らす環境では、いまだに過酷な自然の力が働いているのだ。
また、人類進化の歴史を振り返ってみると、たとえ父親による資源の供給なしに成長できたとしても、その後、不利益を被ることになったはずだ。彼らが父親から教育や政治的援助を受けることができないが、それは配偶者を得るときに必要なものだからだ。
過去・現在を問わず、多くの文化において、父親たちは自分の息子や娘に有利な結婚をさせようと努力する。だが、父親がいなければ、その恩恵を受けられない。このような進化上の圧力が数千世代にもわたって作用してきた結果、結婚する男性は結婚しない男性よりも有利な立場を占めるようになった。
結婚がもたらすもうひとつの利益は、獲得できる配偶者の質が高くなることである。配偶市場の経済原理によれば、永続的な配偶関係と一時的な関係のどちらかを求めれば、より望ましい相手が得られるかは、男と女では全く異なる。大部分の男性は、永続的な配偶関係を結ぶという誠意を示すことで、より望ましい女性を手に入れられる。
女性は、男性に長期にわたる献身を求めるのがふつうだし、多くの男性から望まれるような女性は自分の要求が通しやすい立場にあるからだ。逆に、大部分の女性は、男性に献身を要求せず、すすんで一時的なセックスに応じるほうが、より望ましい相手を得ることができる。
高い地位にある男性は、もし関係があくまで一時的なもので、深入りせずにすむならば、求める女性の水準をいくらか下げても、多くの女性たちとセックスしたいと望む傾向があるからだ。そうした男性は、永続的な配偶者については理想が高いのがふつうで、たいていの女性はその基準を満たすことができない。
それでもなお、われわれの祖先の男性が永続的な配偶者を求めるとき、真に望んでいた資質は何だったかという問題は残る。子孫を繁栄させるためには、なによりもまず、子供を産む能力を備えていた女性と結婚しなくてはならない。当然、多くの子供を産める女性は、産める子供の少ない、もしくはまったく子供を産めない女性よりも価値が高いことになる。
では、祖先の男性たちは、女性がどのくらい子供を産めるかを、何を手掛かりに判断したのだろうか。
この疑問に答えるのは、一見簡単そうに思えるが、実際には容易ではない。われわれの祖先の男性たちは、どの女性が高い?殖力を備えているかを判断する手段はほとんどもっていなかった。
女性が生涯通じて産める子どもの数は、額に書かれているわけじゃないのだ。社会的地位とも関係ないし、家族も手掛かりにはならない。第一、その女性本人でさえ、自分がどれくらい子供を産めるかなど知りはしないのである。
にもかかわらず、繁殖能力という直接知ることのできない資質を重視する傾向は進化してきた。われわれの祖先の男性たちは、女性の隠された繁殖価値を、さまざまな手がかりから予測するメカニズムを進化させてきたのである。手がかりの中には、女性の外見的特徴も含まれる。
そのうちでも一目瞭然なのは、若さと健康だろう。年を取った、あるいは不健康な女性は、繁殖能力という点で、若く健康な女性より劣る。祖先の男性たちは、繁殖能力の高い女性を見つけるという問題を、若く健康な女性を配偶者に選ぶことによって、少なくとも部分的には解決したのだ。
つづく
若さ