デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
愛と献身
男性が健康、地位、資源といったものをすべて備えていたとしても、彼がある特定の女性とその子どもたちに献身的に尽くしてくれるとは限らない。実際、かたくなに結婚を拒み、女性遍歴を重ねて、その場限りのセックスの相手だけを求めつづける男性も少なからず存在する。
こうした、結婚する気など最初からない男は、女性たちから非難されるのが常だが、それも無理のないことだ。女性がセックスや妊娠、出産のために費やす莫大なコストを考えれば、その見返りに男性から献身を示されて当たり前だからである。
女性が男性の献身をいかに重視しているかは、次に紹介する具体的な事例から明らかだろう。(ただし、名前は変えてある)。マークとスーザンは二年前から付き合っており、ここ半年間は同棲していた。マークは四二歳で、専門職に就き経済的にも恵まれており、スーザンは二八歳の医学生だった。スーザンは結婚することを強く望んでいた。ふたりは愛し合っていたし、彼女は一、二年の内に子供を産みたいと思っていたからである。
しかしマークは乗り気ではなかった、かれは一度結婚して失敗しており、うまくいくという絶対の自信がないかぎり二度目の結婚はしたくなかった。スーザンがなおも結婚を迫りつづけたので、マークは、それなら結婚前にあらかじめ何らかの取り決めを交わしておこうと言った。
スーザンは拒絶した。そんなことは結婚の神聖さを汚すように思えたからだ。ふたりは最終的に、今後四ヵ月以内にマークが結論を出すと言うことで合意したが、約束の四ヵ月が過ぎてもマークは態度を決めかねていた。スーザンは、もうあなたには愛想が尽きたと言い、家を出て別の男性とつきあいはじめた。
マークはパニックに陥った。彼女に電話して、自分の考えを変えた。ぜひきみと結婚したいので頼むから帰って来てくれと、懇願した。新しい車を買うと約束し、結婚前の取り決めなど求めないとも言った。だが、それはあまりにも遅すぎた。
マークが誠意を示そうとしなかったことが、スーザンには強い危険信号に思え、彼らはふたりの関係に決定的な亀裂をもたらすことになったのだ。スーザンは二度とマークのもとへは戻らなかった。
昔も今も、女性たちはひとつの適応上の問題に直面してきた。必要な資源をそなえていると同時に、その資源を自分と子ども立に提供してくれるつもりのある男性を配偶者に選ばなければならないという問題だ。これは、一見何でもないように見えるが、実はかなりの難問である。
資源の有無は直接見れば分かるが、献身は目に見えないからだ。そこで、資源を確実に提供してくれるか否かを示す手掛かりを探して、献身的であるかどうかを判断しなくてはならない。そして愛は、献身の度合いを知るうえでもっとも重要な手がかりなのだ。
愛と呼ばれる感情や行動は、近代の西欧的な価値観から生み出されたわけではなく、もっと普遍的なものである。愛という感情・思考行動は、アフリカの南端に住むズールー族からアラスカ北部のイヌイットにいたるまで、文字どおり全世界のあらゆる文化に属している人々が体験している。人類学者ウィリアム・ジャンコウィアクは、世界中の一六八の文化圏を対象に調査を行い、九〇パーセント近くで、ロマンティックな恋愛感情の存在を示す強力な証拠を発見している(残る一〇パーセントでは、人類学的な記録が不十分すぎて、愛情の存在を確認できなかった)。
また、社会学者スー・スプリッチャーと共同研究者たちは、ロシア、日本、アメリカの男女一六六七人を面接調査した。その結果、ロシアでは男性で六一パーセント、女性で七三パーセントが、異性に対して愛情を抱いていると答えている。同じく、日本では男性の四一パーセントと女性の六三パーセント、アメリカでは男性の五三パーセントと女性の六三パーセントが、恋愛感情を自覚している。この数字からも明らかなように、愛は西欧文化だけに限られた現象ではないのだ。
わたしは、愛とは何か、愛は献身とどのように関係しているかを正確に知るために、恋愛という行為を研究したことがある。まず、カリフォルニア大学とミシガン大学の学生五〇人ずつ選び、自分のまわりにいる恋愛中の男女の事を思い浮かべて、彼らのどんな行動にその愛情が反映されているかを答えてもらった。次に、愛情を示す典型的なものとしてあげられた一一五の行為について、別の男女各四〇人のグループにその重要性をランクづけさせた。
相手への誠意と献身を示す行為は、男女どちらのリストでもトップに置かれており、愛の中核を成すものと見なされていた。具体的にあげられた例としては、他の異性との関係を断つ、結婚を申し込む、子どもを作りたいと希望する、などがあった。男性がこうした行為を見せたとき、それはひとりの女性とその子供たちに自分の資源を提供する意志を示していることになる。
とはいうものの、献身にもさまざまな側面もある。献身の最も重要な側面は、相手への貞節でうり、たとえ離れ離れになっても浮気をしないことに代表される。貞節とはすなわち、性的な資源をひとりのパートナーだけに提供すると言うことを意味しているのだ。
献身の第二の側面は、愛する者に資源を惜しみなく与えることであり、たとえば高価な贈り物や指輪を買い与えることなどがそれにあたる。こうした行為は、長期間の配偶関係を築き上げるために、経済的資源を提供する覚悟があることを示す。
第三の側面として、精神的な支えとなることがあげられる。相手は困ったときに近くにいて、相談に乗るといったようなことだ。さらにもうひとつの側面として、たとえ自分自身の目標達成を諦めても、パートナーのために時間やエネルギー、労力を割くといった自己犠牲の行為もある。
また子どもをつくるという行為はすべて、自分の持つ性的・経済的・遺伝的な資源を、ひとりの人間のために提供することを意味している。
愛は全人類共通の現象であり、その愛の第一の機能は、繁殖に必要な資源の供給を約束することである。そのために必然的に、女性たちは配偶者を選択するとき、愛情を何よりも重視することになる。それを実証するために、スー・スプリッチャーと共同研究者たちは、アメリカ、ロシア、日本の学生を対象に、次のような質問をしてみた。
配偶者として理想的な条件をすべて備えた相手なら、たとえ愛情が存在しなくても結婚するか? この質問に対し、アメリカ人女性の実に八九パーセント、そして日本人女性の八二パーセントは、たとえ他の重要な要件を満たしていても、やはり結婚には愛情が必要だと答えている。
ロシア人女性の場合は、配偶者として理想的で愛していない相手とは結婚したくないと答えたのは、五九パーセントにとどまった。ただこれには、ロシアでは男性、特に様々な資源を持っている男性の数が非常に不足しており、配偶者探しがきわめてむずかしいため、女性が多くを望めないという事情が反映されている。
ロシア人女性の大部分も結婚相手に愛情を求めていることに変わりない。アメリカ・日本とロシアとの解答率の違いは、社会状況が配偶者選択にも影響を与えていることを示すものと考えるべきだろう。それでも、この三つの国すべてで、大部分の女性が、愛情は結婚に不可欠な要素だと見なしていることは明らかだ。
どんな配偶者を好むかを直接調べた研究でも、愛の重要性は確認されているテキサスの女子学生一六二人を対象にした調査では、未来の夫に求める資質として求められる資質としてあげた一〇〇項目のうち、「愛があること』がもっとも強く求められていた。配偶者選択に関する国際調査でも、あらゆる文化で愛情が重要視されていることは明らかになっている。
調査項目となった、未来の配偶者に求められる一八の資質のうち、「たがいに惹かれ合っている。もしくは愛し合っている」は、男性・女性どちらからも最も高く評価された。女性は、三・〇〇点満点で二・八七点に評価しており、男性も二・八一点をあたえている。南アフリカの文化的に孤立した集落から、ブラジルの都市の人口密集地域まで、ありとあらゆる場所に住むほとんどすべての男女が、愛嬢に最高の評価を与えたえているのである。
そのほかに、優しさと誠実さという人格的特徴も、長期間にわたる献身を保証してくれる。重要な特性だ。交際相手を探す個人広告八〇〇例を分析したある研究によれば、誠実さは、最も多くの女性が求めた資質である。また、千百例の個人広告を分析した別の研究でも全く同じ結果が出ており、女性が交際相手の条件として、誠実さをあげる頻度は男性の四倍にも達していたという。
こうした個人広告においては、誠実さは献身を意味するキーワードであり、女性たちは、単にその場限りのセックスを求める男たちを排除するためにこの言葉を用いているらしい。
優しさもまた、、世界のあらゆる地域で重視されている要素だ。前述した国際調査によれば、女性は、優しくて理解ある配偶者を強く望んでいる。実際、調査した三七の文化圏のうち、三二で、男女双方が配偶者の「優しさ」を高く評価し、一三の資質のうちでベスト3以内にランクづけしていた。ちなみに、日本と台湾では、男性が女性よりも優しさを重視しており、逆にナイジェリア、イスラエル、フランスでは女性の方が重視していた。男女両方で優しさがベスト3に入らなかった文化圏はひとつもなかった。
優しさは、さまざまな要素から成り立つ多面的な資質がある。しかし、そうした要素すべての中核にあるのは資源の惜しみない提供ということだ。優しさは、子供を可愛がったり、自分よりも配偶者の必要を優先したり、エネルギーや労力を自分のためにだけに利己的・排他的に使ったりせず配偶者のために費やすといった事が含まれる。
言い換えれば、配偶者の優しさとは、エネルギーや資源を、自分よりもパートナーのために提供する意志と能力を意味しているのだ。
優しさの欠如は、その人間が利己的だったり、他人に献身できなかったり、あるいはする気がないことにつながるため、そうした人間と結婚すると多大なコストを強いられる可能性が高くなる。新婚の夫婦を対象に行われたある調査を例に引いてみよう。
この調査では、まず夫自身の自己評価や妻からの評価、男女二人組のインタビュアーたちの判断をもとにして、あまり妻に優しくないと思われる男性を特定した。次に、その男性の妻が、夫にどんな不満を抱いているかを分析した。
優しさのない夫と結婚した女性たちは、殴られたり罵倒されたりするなど、言葉と暴力による虐待を受けていた。また、彼らは妻を侮辱しており、妻が何を言っても「くだらない」とか「幼稚」とか言って無視する傾向があった。利己的で資源を独り占めしたり、また自分勝手で家事を手伝うこともない。
いい加減な性格で約束を破るのも平気だ。そして何よりも浮気することが多く、一夫一妻の関係を守ることができないか、その気が最初から無いようにさえ思える。優しさのない男性は自分の事しか考えておらず、それ以外のものに関心を向けることが出来ないのだ。
セックスは、女性が提供できるもっとも価値のある資源のひとつである。そのため、女性たちは、見境なくセックスを許そうとしない心理メカニズムを進化させてきた。女性が男性に愛情や誠実さ、優しさを求めるのは、自分が提供する資源に見合うだけのものを手にする確実な手段なのだ。
愛と優しさの重視は、男性から資源を確実に引き出すという適応上の課題を解決するのに役立つ。そうすることで、女性は自分の子孫を残し、繁栄させていくことができるのである。
つづく
女が力をもつとき