デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
何を好むか
われわれの祖先の女性が、ふたりの男のうちどちらかを選ぼうとしているとそうていしてみよう。一方の男が、莫大な富を惜しげもなく提供するというのにたいし、もうひとりひどくは吝嗇(りんしょく)だったとする。
もし他の条件がすべて同じなら、けちな男より気前のいい男のほうが、彼女にとっては価値のある存在だ。気前のいい男は、自分が狩りで得た肉を分け与えて彼女の生存を助けてくれる。子供のために自分の時間やエネルギー、資源を犠牲にして、女性の繁殖成功度を高めてくれるのだ。
こうした観点からすると、気前のいい男はけちな男よりも、配偶者としての価値が高いことになる。進化の歴史を通じて、男性の気前の良さがそうした利益を繰り返しもたらし続け、また気前のよさを示す明瞭で信頼できる指標が存在したとすれば、自然淘汰によって、気前のいい配偶者を好む傾向が進化していくだろう。
次に、もっと複雑で現実的なケースを考えてみよう。男性のあいだに、気前のよさの違いだけでなく、他にも配偶者選びを左右するさまざまな差異が存在するケースがある。男性は、その肉体の頑健さや運動能力、野心、勤勉さ、優しさ、親切心、感情の安定度、知性、社会性、名誉欲、有力な親族の有無、社会的地位などの点でそれぞれ異なっている。
また配偶関係に費やさなくてはならないコストも、相手となる男性によって違ってくるだろう。子連れの男もいれば、負債を背負っていたり、すぐに激昂したり、利己的だったり、浮気性だったりする男たちもいる。さらに、女性に何ら利害をもたらさない部分でも、男性はそれぞれ異なっている。
たとえば、へその形をとってみても、へそが突き出ている男性もいれば、へこんでいる男性もいる。だが、男性のへその形の差異は、われわれの祖先の女性たちにとって適応上の重要性をもってなかっただろうから、ある特定の形が、数十万年に渡って作用してきた進化は、そのなかから適応という点でもっとも重要な形質をいくつか選び取り、特定の形質だけとりわけ好む傾向を女性に植え付けたのだ。
とはいえ、そうした好まれる資質を備えているかどうかは固定したものではなく、変動しやすい。変動しやすいからこそ、配偶者を探そうとする者は、パートナー候補の将来性を見極めることが必要になる。たとえば、若い医学生は、いまは財産を持っていなくとも、将来は大いに期待できるだろう。
あるいは、現在は順風満帆に見える男でも、実際にはすでにピークを過ぎてしまっているかもしれない。また、ある男が前の結婚でできた子供たちを抱えていたとしても,子どもたちが揃って独立できる年齢に達していれば、この先は親の財産を食いつぶすことはないはずだ。
このように、あるお男性の配偶者としての価値を判断するためには、現在の状態だけに目を奪われず、その将来性を見抜かなくてはならない。
利益をもたらしてくる資質を備えた男性を好み、反対にコストを強いられるような資質の持ち主を嫌うタイプの女性たちに、進化は有利に働いてきた。そうした資質のひとつひとつが、ある男性が配偶者としてどれだけの価値を持つかを決める要素となる。そして、その要素ごとに、それぞれ女性の好みが進化していく。
だが、ある資質の持ち主を好むというだけでは、配偶者選びという大問題を完全には解決できない。ここで女性たちは、さらなる適応上のハードルに直面することになる。まず第一に、女性は自分がどんな状況におかれているか、自分を必要としているものは何かを判断しなくてはならない。
同じ一人の男でも、その価値を判断する側の女性によって変わってくる。たとえば熱心に子どもの世話をする男性は、育児を助けてくれる親族を持たない女性にとっては価値のある存在だろうが、子育てに手を貸してくれる母親や姉妹、叔母や叔父のいる女性から見れば、それほどでもないだろう。
あるいは、一人っ子で頼れる兄弟のいない女性にとっては、激昂しやすい夫を持つのはたいへん危険なことになりかねない。しかし守ってくれる男兄弟が四人もいる女性なら、夫の暴力をふるいにくいはずだ。つまるところ、配偶者候補の価値は、選ぶ側がどんな人間で、どんな状況に置かれているかによっても決まるのだ。
第二に、配偶者を選ぼうとする女性は、相手の男がほんとうに特別な「資源」をもっているかどうか知るために、それを示す指標を見つけ出し、慎重に検討しなくてはならない。こうした相手の評価という問題は、男性が女性を欺こうとする傾向が強い側面――実際よりも高い社会的地位にいるように見せかけたり、与えるつもりない援助まで約束したりするなど――においては、特に重要なものになる。
最後に、女性は、配偶者候補についてそれまで得てきた知識を総合するという課題に直面することになる。たとえば、ある男性が、気前はいいが感情的に不安定だったしよう。また、別の男は温厚ではあるが、ケチだったりする。さて、いったいどちらの男を選ぶべきだろう?
このような場合、配偶者を選択するために、さまざまな特性を秤にかけ、それぞれの重要度を適切に決定するためのメカニズムが必要とされる。その結果、ある候補を配偶者として選ぶか、それとも拒絶するかを最終的に決断する際には、いくつかの要素が他よりも重視されることになる。そうした重要視される要素のひとつが、その男性がもっている資源である。
つづく
経済力