デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之
2、女が望むもの
人間の女性が、配偶者に対して真に望んでいるものは何かという問題は、何世紀ものあいだ、科学者のみならず世の男性たちを悩ませてきた。それにはもっともな理由がある。女性の配偶者の好みはきわめて複雑で、謎に満ちている。その複雑さたるや、雌雄を問わず、他のどんな動物種の選択をも凌ぐと言ってみいいだろう。
こうした女性の欲求の進化的な源泉を発見するためには、歴史をはるか昔までさかのぼる必要がある。ヒトが種として進化する以前、いや哺乳類の中から霊長類が出現する前の、両性生殖の起源にまでさかのぼらなければならないのだ。
女性が配偶者の選択に慎重になる理由の一つは、発生生物学の基本となる事実、すなわち性別の決定が生じている。生物学的な意味での性別決定しているのが、たんに生殖細胞の大きさの違いであるという事実は、特筆に値するだろう。オスは小型の生殖細胞すなわち精子をもつ個体として定義され、メスは大型の生殖細胞すなわち卵子をもつ個体と定義される。
メスがもつ大型の卵子は、必然的に固定され、栄養分を補給されるようになる。一方、オスの小型の精子は、可動性をもち、かなりのスピードで泳ぐことが出来るようになる。こうしたサイズと可動性の違いから、二種類の生殖細胞は、その数にも大きな差が生じてくる。
たとえば、人間の男性は一度に数百万個の精子を放出するが、その精子は一時間あたり約1200万個の割合で補充されていく。それに対して女性は、一生を通じて約400個という限られた数の卵子しか排卵することが出来ない。
女性の初期投資の大きさは、卵子の問題だけにとどまらない。人間が生殖にかけるコストのうち、主要な部分を占める受精と妊娠は、いずれも女性の体内でおこなわれる。一回の性交は、男性には最小限の投資しか要求しないかわり、女性には9ヶ月にわたるエネルギーの消費を強要し、他の異性と関係を結ぶ機会が閉ざされかねない。さらに女性は、その後一、二年間にわたる授乳という多大な投資を覚悟しなければならない。
女性が男性よりも多大な投資を強いられるのは、けっして動物界に普遍的に見られる法則ではない。実際に、キリギリスの一種モルモンクリケットやヨウジウオ、パナマヤドクガエルなど一部の種では、オイのほうがメスよりも多くの投資をする。モルモンクリケットのオスは、大きな労力を払って、栄養たっぷり入った大きな精包をつくり、メスは、もっとも大きな精包をもちオスを争って奪いあう。
こうした、性的役割がいわば逆転している種では、慎重に配偶者を選ぶのはむしろオスのほうである。とはいうものの、哺乳類に属する約4000種――そのなかには200種以上の霊長類も含まれる――では、体内での受精、妊娠、授乳という重荷を、例外なくメスが担っている。
このように女性は、子供を作る際に多大な初期投資をおこなっている。その結果、女性は、貴重であると同時に限られた資源となった。子供を妊娠し、出産し、授乳し、育て、保護するといった能力は、子孫を残すための価値ある資源である。軽率に使うことはないし、また一人女性が多くの男性に提供することでもない。
価値ある資源を持っている者は、それを安く、あるいは見境なく手放したりはしないものだ。進化の歴史を通じて、女性はセックスするたびに、大きな投資を強いられる危険を冒さなくてはならなかった。その結果、セックスの相手を慎重に選ぶ女性たちが、進化において優位に立つことになった。
相手を軽率に選んでしまった女性たちは、過酷なコストに苦しみ、子どもを残すという点では成功を得られなかった。子どもが生まれたとしても、性交できる年齢まで無事に成長した者は少なかっただろう。一方われわれの先祖の男性たちは、ゆきずりの相手とセックスしても、わずか二、三時間を費やすだけで、すぐに立ち去ることができた。
そうしたところで、子孫を残すうえで不利を被ることはなかったからだ。もちろん女性も、見ず知らずの相手とセックスして、そのまま別れることはあっただろう。しかし、その結果妊娠してしまえば、その後の数ヶ月、数年、あるいは数十年にわたって、自分の行為のツケを払い続けなくてはならなかった。
現代の避妊技術の進歩は、こうしたコストを大きく変えてしまった。現在の先進国では、女性は妊娠を恐れることなく、その場限りの情事を楽しむことができる。しかし、人間の性的心理は、祖先が直面していた適応上の課題に対処するための数百万年にもわたって進化してきた。環境は変わったが、われわれはいまだに、そうした心理を心の奥深くに秘めているのである。
つづく
何を好むか