クジャクの美しい飾り羽は、捕食者の目を引き付けてしまうので、クジャクの生存にとっては明白な脅威となる。にもかかわらず、なぜこの形質が進化し、クジャクという種のなかで一般的になっていったのかを、ダーウィンは疑問に思った。彼がこの問題に出した解答は、次のようなものだった。 トップ画像煌きを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。

隠れた心理

本表紙
デビィツド・M・バス 訳=狩野秀之

隠れた心理

いまから一世紀以上前、チャールズ・ダーウィンは、配偶行動の謎について、ひとつの革命期な理論を示した。ダーウィンは以前から、一部の生物が、自分の生存を妨げかねないような形質をわざわざ発達させているという奇妙な事実に頭を悩ませていた。多くの生物種において見られる、きらびやかな飾り羽、大きすぎる角といった目立ちやすい特徴は、その個体の生き残りという点では不利に働くようにみえる。

たとえばクジャクの美しい飾り羽は、捕食者の目を引き付けてしまうので、クジャクの生存にとっては明白な脅威となる。にもかかわらず、なぜこの形質が進化し、クジャクという種のなかで一般的になっていったのかを、ダーウィンは疑問に思った。彼がこの問題に出した解答は、次のようなものだった。

クジャクの飾り羽のディスプレィ

クジャクの飾り羽のディスプレィが進化したのは、それが個体の繁殖上の成功をもたらしたからである。飾り羽は、望ましい配偶者を獲得する競争で有利に働き、その個体の遺伝的系統を次代に伝える役割を果たしたのだ。このように、生存競争における利点ではなく、繁殖上の利点によってある形質が進化していく現象は「性淘汰(セクシャル・セレクション)」と呼ばれるようになった。

ダーウィンによれば、性淘汰には二つの種類がある。ひとつは、同性の個体同士の争いであり、競争の勝者は、異性と交尾するチャンスをより多く手にすることが出来る。この同性間競争の典型的なイメージは、角をつき合わせ戦う二頭のオスのシカだ。こうした競争を勝ち抜くのに役立つ形質――力の強さ、知性、多くの味方を作る能力など――は、進化していく。
競争の勝者は、より多く交尾することができ、したがって遺伝子をより多く伝えられるからだ。

 もう一つのタイプの性淘汰は、どちらか一方の性が、ある特定の形質の有無を基準にして、配偶相手を選ぶことによって起こる。この特定の形質を持っている個体は配偶相手として選ばれることが多くなり、遺伝子を伝えることが出来るその結果、この形質は進化していく。
 
 一方、異性に好まれる形質を持たない個体は交尾することができず、その遺伝子は伝えることはできず、その遺伝子は伝えられることなく消滅してしまう。たとえば、クジャクのメスは、鮮やかで美しい飾り羽をもつオスを好むので、地味な色の羽しかもたないオスは進化の塵となって消えてしまった。

 現在のオスのクジャクが美しい飾り羽をもっているのは、メスのクジャクが、進化の歴史を通じて、きれいで色鮮やかな羽を持つオスを交尾相手として好みつづけたからなのだ。

 ダーウィンの性淘汰理論は、配偶者の選別および配偶者になることの競争という、二つの鍵となるプロセスに着目することによって、配偶行動を解明する道を開いた。しかしこの理論は、一世紀以上にもわたって、男性学者たちから激しい批判を浴びた。それはひとつには、メスが積極的に配偶者相手を選ぶという理論が、メスにきわめて大きな力を付与するように見えたせいだろう(ダーウィン以前は、メスは配偶者行動において受動的な役割しか果たさないと考えられていた)。 性淘汰理論はまた、主流派の社会学者たちの反発を招いた。

 この理論が描き出す人間の本性は、本能的な行動に大きく依存しており、人間の持つ特殊性や行動のフレキシビリティを過小評価しているように見えたからだ。当時は、人間は文化や精神といったものおかげで、進化の圧力から解き放されていると信じられていたのだ。

 性淘汰理論を人間に適用するうえで大きな進歩がみられたのは、1970年代後半から80年代にかけてのことだった。その進歩はまず理論的な部分で起こった。私と共同研究者たちは、心理学と人類学の分野で先鞭(せんべん)をつけ。進化が生み出した隠れた心理メカニズムの解明に乗り出した。

 そうしたメカニズムを知ることは、人間の行動がもっと大きなフレキシビリティと、人間の女性及び男性がとっている積極的な配偶戦略を説明するうえで大きな助けとなる。この新しい学問分野は「進化心理学」という名で呼ばれている。

 とはいうものの、私がこの分野の研究に着手した当時は、人間の配偶行動についてはほとんど知られていなかった。さまざまな人間集団内でどのような配偶行動が行われているかという科学的データは、腹が立つほど乏しく、包括的な進化理論を打ち立てるのに役立つような観察記録は、事実上皆無といってよかった。どのような欲求が普遍的なのか、あらゆる文化・民族のあいだで共通に見られる性差とは何か、あるいは、何らかの文化が、進化をもたらした性得的な配偶者の好み以上に強い影響を与えることがありうるのか、といった問題には、誰一人答えることができずにいたのだ。

 だからこそ私は、心理学主流派の伝統的な方法論を離れ、人間の配偶行動のうちどの特性が、進化的な原理によって生み出されたのかを探り出そうと試みた。まず手始めに、男女間での配偶者の選び方がどう違うかについて、進化論をもとに確実性が高い思われる仮説を立て、そのうちいくつかを実際に検証してみることにした。

 たとえば、男性は若くて肉体的な魅力を備えた配偶者を求める傾向があり、一方、女性は社会的地位と経済力のある配偶者を好む、といった仮説である。そのために、アメリカ在住の一八六組の夫婦および一〇〇人の未婚の大学生を対象に、面接と質問票による調査を行った。

 研究の次の段階は、こうした調査によって明らかになった心理的な傾向が、ヒトという種に普遍的な特性であるかどうかを検証することだった。異性を求める欲求をはじめとする人間の心理的特徴が、進化の歴史の産物だとすれば、そうした特徴はアメリカ人だけでなく世界共通に見られるものでなければならない。

 そのために私は、他の文化で配偶者どう選ばれるのかを知るための国際的な研究に着手した。まず最初に調査したのは、ドイツ、オランダなどヨーロッパのいくつかの国々だった。しかし、すぐに、ヨーロッパ諸国の文化は多くの特徴を共有し合っているので。進化心理学の原理を検証するうえで理想的な地域とは言えないことが明らかになった。

 そこで私は、五年以上の歳月を費やして研究の範囲を拡大した。共同研究者は五〇名にのぼり、オーストラリアからザンビアまで、六つの大陸。五つの島に分布する三七の文化圏が対象になった。各地域の研究者たちは、それぞれの言語を用いて、配偶欲求に関する質問調査を行った。

 ブラジルのリオデジャネイロやサンパウロ、中国の上海、インドのバンガロールやアーメダバード、イスラエルのエルサレムやテルアヴィヴ、イランのテヘランといった大都市だけでなく、インド西部のグジャラート州や南アフリカのズールー族移住区域などでもサンプリングが行われた。

 また調査対象には、高等教育を受けた人々から、ほとんど教育を受けていない人々までが含まれている。年齢層は一四歳から七〇歳まで、対象になった人々が暮らす政治体制も、資本主義国家から社会・共産主義国家まであらゆる形態に及んでいる。代表的な人種・民族・宗教グループはすべて網羅されていると言っていい。結局、われわれが調査した人々の総数は、全世界で一万四七人にも及んだ。

 この研究は、人間の配偶欲求に関して行われたものとしては最大規模のものであるが、それでもまだほんの手はじめに過ぎない。そこで明らかになったことは、デートから結婚、浮気、離婚にいたる、人間の恋愛生活のすべての側面に関係している。それはまた、セクシャルハラスメント、家庭内での虐待、ポルノグラフィーの氾濫、父権主義といった、現代の大きな社会問題とも関わっている。

 こうした配偶行動のさまざまな側面をできるかぎり多く集めるために、数千人を対象に。五〇種類近い新たな研究を行うことになった。そのなかには、シングルズ・バー(独身の女が相手を求めて集まるバー)や大学のキャンバスで相手を探す男女の行動や、交際のさまざまな段階にあるカップル、結婚して五年以内の新婚夫婦、離婚した夫婦の研究などが含まれている。

 こうした研究の結果明らかになったいくつもの事実は、心理学者の間に議論と混乱を呼び起こした。発見された事実は、多くの点で、これまで一般に信じられてきた事に反していたかだ。

 そのために、男性および女性の性心理学の常識は、大きく変化させざるを得なくなった。私がこの本を書いた目的の一つは、そうした多くの発見をもとに、人間の配偶行動に関する包括的な理論を定式化することである。その理論は、ロマンティックな考えや、時代遅れの理論に立脚しものでなく、最新の科学的な証拠に基づいたものになるだろう。

 私が人間の配偶者行動に関して明らかにした事実の大部分は、けっして愉快なものではない。たとえば、男も女も、性的な目標を追及していく過程で、ライバルを蹴落としたり、異性を騙したりするし、あるときには配偶者を死に追いやったりさえする。

人間の配偶行動

このような発見は、私にとっても衝撃的なものだった。私個人としては、人間の配偶行動のこうした競争的・戦闘的・攻利的な側面は、存在しないに越したことはないと思う。しかし、不愉快な発見だからといって闇に葬ることはできない。それに、目をそむけたくなる側面を直視しなければ、その残虐な結果に対処することはできないのである。
 つづく 性戦略という適応