最初に妻に毒を盛られて死んだのは、ペーター・ヘゲドゥスという男だった。時は1914年、場所はブタペストから南東60マイルほどの位置にある、ティザ川のほとりのナギレフという小さな村だった。 トップ画像煌きを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。

女たち

本表紙
サイモン・アンドレアエ/沢木あさみ=訳

女たち

 最初に妻に毒を盛られて死んだのは、ペーター・ヘゲドゥスという男だった。時は1914年、場所はブタペストから南東60マイルほどの位置にある、ティザ川のほとりのナギレフという小さな村だった。オーストリア=ハンガリー帝国はロシアの脅威にさらされ、第一次世界大戦が始まったばかりだった。

 東ヨーロッパのひなびた地域に住む男たちがみな、徴兵されていた時期のことだった。この村の男たちは一人、また一人といなくなった。涙をため、別れの言葉を叫びながらいなくなった男たちもいれば、夜明け前にひっそりと消えていった男たちもいた。

突然男を失った女たちの気持ちは、推測するしかない。


 突然男を失った女たちの気持ちは、推測するしかない。中にはもちろん、悲しみに暮れた者もいただろう。孤独感に、恐怖に苛まれた者もいただろう。だが中には、ほっとした者もいたかもしれない。
 ただひとつ確かなのは、それ以降にこの村はがらりと変わってしまったということである。

 男を失った女たちは、独り立ちしていかなければならなかった。家の事も、子どもたちも、彼女たち自身のこれからも、すべて彼女たちの肩にかかっていた。村の運営に積極的に係わる女たちも出てきたし、役所で働く女たちも現れた。

 やがて、どうにかなるさという明るい気分が、いや、この事態を楽しんでいる者さえいるような気分が、村に広まっていた。そんなとき、女たちの心をかき乱すニュースが村をかけめぐった。すぐそばに、捕虜収容所ができるというのである。数週間後に完成し、何百人という戦争捕虜を収容するのだという。

女たちは囁き合った。どんな若者たちが来るのだろうか?

危険な真似はしたりしないだろうか? 逃亡の恐れはないだろうか? 答えはほどなく分かった。ナギレフの若い女たちは一人残らず収容所に出かけて行って、恋人を選んだからだ。

続いて年配の女たちも、捕虜の中から恋人を探し始めた。中には一人の恋人では満足できない女もいた。そしてやがては、一人の女が二、三人の恋人を持つのが普通になったのである。

どの女も自分の生活の糧を自分で稼ぎ、好きな相手と好きな時にセックスした。相手の男たちは、文句を言うことさえできなかった。捕虜である以上、従うしかなかつたのである。

やがて夫たちが傷を負い前線から戻ってくるまで、これは続いた。女たちは冷ややかに、夫の帰還を迎えた。自分の力で生きていけることを確かめ、性的な自由まで謳歌したナギレフの女たちは、一度手にした自由を手放したくなかった。

夫との生活に戻るのに嫌気がさした女たちは

地元で産婆をしていたファゼカス夫人に相談した。ファゼカス夫人は抜け目のない女性で、徴兵を募るポスターを貼るノリを煮詰めて毒を造り出す方法を発見していた。そしてその毒のカクテルを、安い値段で女たちに売ったのである。
すると、殺人事件が立て続けに起こった。1914年から1929年の間に、百件以上もである。

この恐ろしいたくらみは、ラディスラウス・ザボという女性が“気にくわなくなった”男を殺そうとして、ワインに入れる毒を作る途中、処方を間違えたときに発覚した。罪を一人で背負いたくなかったサボは、ブケノウスキという女性もファゼカス夫人からヒ素を買ったことがあるようだと密告し、巻き添えにしようとした。

ファゼカス夫人はすべてを否定したが、家に帰る途中色々な女の家に立ち寄った家のそろそろ止めたほうがいいと忠告して歩くのを、警察に尾行されていた。

警察は彼女が立ち寄った家の女性を一人残らず逮捕し、最後に家に戻ったファゼカス夫人を逮捕した。蠅とり紙を浸したポットが、十分な物証となった。ごうけい26人の女が逮捕され、そのうち8人が死刑に、7人が終身刑になり、残りの女たちもそれぞれ刑を与えられた。

女たちが、殺した男の中には愛人もいたが、それよりは夫を殺したケースのほうが多くみられた。なぜそんなことをしたかと訊かれたロザリー・セベスティエンとローザ・ホイダは、一言「夫がつまらなかったから」と答えた。

ジュリアン・リブカという女性は不幸な結婚生活に悩んでいた友人があまりかわいそうだと思ったので毒を渡し「もしどうしてもうまくいかなかったらこれを試してみて」といったという。

このナギレフの事件は、いい例である。女たちが男を凌ぐ力を持ったときどうなるか。
誰にも罰せられることも、復讐されることもなく好きなように男をものにしたり捨てたりすることができるとしたらどうなるか? 

男たちから、女たちを保護したり罰したりする力を奪い、力を持った女たちに好きなようにもされる立場に彼ら置いたとしたら何が起きるか?

女たちは気に入った男に次々と手を出すのか?

それとも、行きずりのセックスなどには興味を示さず、家でおとなしく夫の帰りを待つのだろうか? ナギレフの事件が発覚したとき、人々の頭はこの疑問でいっぱいになった。

20世紀の初め、女性のセクシュアリティの実態はまだわかっていなかった。長年にわたって、真っ向から衝突する二つの派が、女性のセクシュアリティに関する議論をぶつけ合ってきたのである。
つづく  9、暗黒の大陸 
「男性を相手にして達せられないと女性はお互いの肉体を貪りさえする。女性は夫をへいきで裏切る」。
中世ヨーロッパで魔女狩りをしたヤコブ・シュブレンガーとハインリッヒ・クレマーは女性についてこういう記述を残している。
「女性は見た目には美しく、触れると汚れる。そして、手元に置くとこちらの命にかかわる」。