サイモン・アンドレアエ/沢木あさみ=訳
遺伝子からホルモンへ
受胎から四週目から五週目の間の胎児には、性の面から見ると大きな動きはない。人間は最初から男と女の二種類に分かれていると考えがちだが、事実はやや複雑である。確かに性別は受胎の瞬間に決まってはいるが、これは初めの一歩に過ぎない。性の分化は、胎児が子宮にいるあいだずっと続く。
つまり、こういうことが起きる。受胎最初の四週目から五週目は、男でも女でもさほど変わらない成長をしていく。胎児には、小さな管が二本あって、これが精管もしくは卵管になる。また小さな細胞の塊があって。それが陰のうとペニスもしくはヴァギナとクリトリスになる。
このまま六週目、七週目に達してもホルモンが注ぎ込まなければ、胎児は女性として発達していき女の赤ちゃんとしてこの世に生まれてくる。
けれども、胎児にテストステロンが浴びせられると(胎児が男の赤ちゃんの場合、Y染色体からの合図で自然にそれがこの時期に起きる)、身体も脳も男性の形になっていく。陰唇でなく陰のうができ、クリトリスでなくペニスが出現する。
そして脳は、エストロゲンなどの女性ホルモンではなくテストステロンなどの男性ホルモンに反応するようになるのである。
これは実に精巧なプログラミングである。だが自然のプロセスにありがちなように、ぶれや間違いが生じやすい。特にこの時期に浴びせられるテストステロンの量に異変が起きると、発達に大きな影響を及ぼす。
男と女の境界線が揺れ
、クロスオバーしたりミックスしてしまうことさえあるのである。
男の胎児が十分なテストステロンを作れない、あるいは利用できないとなると、体内の生殖器官は男なのに対外には女の生殖器をもった赤ん坊が生まれる。あるいは女の胎児の作るテストステロンが多すぎると(まれに見られる
CHAと呼ばれるケースのように)、体内には女性の生殖器官をもちながら男児に似た生殖器をもった子どもが生まれる。
ボルティモアのジョンズ・ホプキンズ大学は、こうしたホルモン異常の治療機関として名高い。ここではすでに40代後半になるレイ・タイルズが、いまだに治療を受けている。レイは小さなペニスのようなものを持って生まれてきた。だが医師たちは、彼を女の子だと言った。
彼はコンスタンスと名付けられ、両親の家に連れて帰られた。だが初めておむつを替えるとき異常に気付いた両親は、ショックを受けて病院に電話した。検査を重ねたあと、レイはCHAと診断され、やはり男の子として育てた方がいいだろうと言われた。六歳のときからレイは、こころの傷となるような手術を繰り返し受けてきた。
男らしく見えるように性器を外科的にふくらまし、名前もレイに変えられた。
胎児にここまで影響を及ぼすなら、
テストステロンの余剰は、あるいは不足は、心にも当然影響を及ぼすのなら、そして最近の研究で、これが裏づけられている。レイは覚えている。小さい頃は女の子として育ったが、いつも何か違和感があった。男のように振舞いたかった、男の子のように遊びたかった。自分は男のような気がしていた。レイは今思うと。手術を受けず、外見上は女のこのままだったとしても、きっと男の子の行動パターンを身につけたたに違いないと。
ある意味でレイは運が良かった。彼の主治医はジョン・マネーと言って、世界で最も公明正大な性科学者の一人である。マネーは性別がシンプルな概念だとはまったく考えていない。それに、患者には、“本当の自分”になる権利があると考えている。
レイの感じてきたことはそれほど異常なものではない、とマネーは言う。1980年代初めに行った実験によると、女性として育てられたCHA患者のうち50パーセントに、普通より男性的な行動が見られたという。その上やはり50パーセントの人々が、女性のみに、あるいは女性にも、性的に惹かれていたという。これは一般女性の平均値よりかなり高い。
マネーの研究は教えてくれる。誕生の前、決定的な時期に血管を流れていたホルモンのレベルは、人間の身体の性を、そして心の性を決めるのに重要な役割を果たすのだと。
ホルモンは普通男性に、男性としてのジェンダー・アイデンティティと男性としての性の方向付けを与える。そして女性に、女性としてのジェンダー・アイデンティティと女性としての性の方向付けを与える。
性のロードマップの大半は、ここで決められるはずなのである。ところが、遺伝子は複雑で、ホルモンのバランスが不安定で、社会そのものも確定要素が乏しいとなると、事態はそれほどスムーズには運ばない。
マネーは言う、セクシュアリティのパターンとは、実は三つの条件から成り立っていると。一つ目は、身体が男か女か。次は、心が男か女か、そして、欲望を感じる相手が男か女か。
マネーのキャリアにとって、性の好みとアイデンティティの根源が身体にあると主張することは、いい影響をもたらすとは言えなかった。
脳やホルモンの研究は、肉体のファシズムとつながる。そしてその頃は、生まれではなく育ちがすべてを決めるのだという考え方が支配的だった。だが今日、心の動きに関する研究が進み、ホルモンや身体が脳について多くのことが解ってくれば来るほど、マネーや彼の賛同者の正さが解ってくる。
そして、この方向付けを決定しているものが何処にあるのかも、はっきりわかりつつあるのである。
つづく
43、性同一障害者の・セクシュアルな脳
煌きを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。