サイモン・アンドレアエ/沢木あさみ=訳
適応する心
だが問題が一つある。これまで私たちは、主導的立場にある男たちの性生活を見てきた。もちろんこれは、意味がある。普通の人間を縛る法律を越えるほどの権力をもつと人は何をするのかということを、教えてくるからである。
だが主導的立場にあるという自覚が、気持ちに何らかの変化をもたらさないものだろうか? こうした男たちはあくまでも例外であり、男性一般を語る例にはなりにくいのではないだろうか?
ここで性に関する研究
進化心理学で活躍する二人の学者を紹介しよう。その二人、ジョン・トビーとレグ・コスミゲデスはサンタ・バーバラの小高い丘の光で溢れた家に一緒に住んでいる。窓からは、太平洋の息をのむような美しい海岸が見える。
1980年代、進化心理学者が異端だと見なされていたお堅いハーバード大学からこの地に逃れてきた二人は、さながら宗教家の情熱を持って自分たちの研究について語る。
二人によると、人間はたいてい心臓も手も耳も同じような形をしているのだから、労働者であろうと支配階級であろうと、心のプログラミングは変わらないはずだという。
心もまた、他の器官と同じように選択と進化の賜物である。すなわち、どうすればより多く? 生殖できるのかを目的として進化を遂げてきた。人間の男性を例にとってみれば、最強の戦略は、とにかく多くの女性とつがうことである。
そのために男性の心になされたプログラミングを、トビーとコスミデスは「適応」と呼ぶ。これは、人種や社会的地位、肌の色や宗教の違いを超えすべての男にプログラミングされていると二人は言う。二人の同僚の研究も、これを裏づけている。
サンタ・バーバラで二人の先輩にあたるドナルド・サイモンズは、昔彼の学生だったブルース・エリスの力を借りて、400人の学生にセクシャル・ファンタジーに関するアンケートを行った。
ファンタジーについて探ることは
性行動を観察するよりある意味で性に関する真実を浮かび上がらせるかもしれないとサイモンズは思った。現実の性行動には、ある種の妥協が付きものだ。
相手が同意してくれるかという問題だし、他の男性との競争もある。だがファンタジーの中でなら、誰でも好きなことができる。
サイモンズはこの研究の結果、30%の男性は千人以上の女性と性行為を持つというファンタジーを抱いていたことを知った。また半分の男性が、ファンタジーの途中で相手を変えていた。
物語を創ってくれと頼んでみると、典型的な答えはこうだった。自分は小さな村の町長をやっている。そこには20歳から24歳の女性ばかりが裸で暮らしている。町長の自分は散歩して、その途中にその日いちばん可愛く見える女性とセックスをする。女たちはみな、彼の要求を喜んで応じる…・。
だが、セックスとは時間のかかるものだ。
もし万が一そのファクターが実現するようなことでもあれば、男たちはできるだけ素早くセックスをすませるように進化を遂げていなければならない。
でないとどうやってそれほど多くの女性を相手にできるのだろう? 進化心理学者のデイビッド・バスは、これを調査するためのグループ・スタディを行って名を上げた。
鋭い青い目の大男バスは、こちらの手がちぎれるほど強い握手をする。バスによると、彼は大学の学生全員に、誰かと寝ることを決意するまでの時間を聞いたのだという。
男子学生の多くは、一週間もあれば十分だといい、半数ほどが、一時間でも構わないと答えた。どうやら「女の子はいるのに時間が足りない」という昔ながらのスローガンは、たんなる傲慢な若者の戯言ではないらしい。
男性は常に、この種のジレンマを感じているのだ。
男性はまた、同時に複数の女性の記を引こうとする。
これも、より多くの女性とつがうための進化だという。この点を調査しようと、ニュージーランド生まれで今はロンドン精神科医学研究所で研究に従事するグレン・ウィルソンは、イギリスで最大の人気を誇る大衆紙「ミラー」と共同でアンケートを行った。
年齢層も違えば社会的・経済的階層も違う788人のイギリス人男性に、どんなセクシュアル・ファンタジーを抱いているか尋ねたのである。その結果50%の男性が、グループ・セックスのファンタジーを抱いていることがわかった。
スワッピングのグループを対象にした調査でも、まずそうしたグループにコンタクトをとってくるのは夫のほうであり、参加したいとパートナーを説き伏せるのも夫だということがわかった。
サイモンズ・バス、そしてウィルソンの研究成果は多くを語ってくれるが、これよりもずっと実践的に、いわばパンツを下ろして男性の性衝動を研究した学者もいる。その中でもとくに積極的な活動をしているのが、ラッセル・クラークとブライアント・グラデューである。
クラークの実験は、かなり積極的だった。バスが理論上発見した「男性は性交行為に至るまでの時間を最小限にしようとする」という結果を実地で確かめたいと思ったクラークは、同僚のエレイン・フットフィールドと一緒に、見た目のいい女子学生の研究グループを組織し、フロリダにある自分たちのキャンパスに適当に彼女たちを散らばせておいた。
その女子学生たちは行きずりの男たちに声を掛け、言う。
「ハイ、わたし、あなたのこと前から見ていたの。すてきな人だな、と思って」そして、次に三つの質問のうちどれかをぶつける。「今晩デートしない?」「わたしの部屋に来ない?」「今晩、メイクラブしない?」
結果を見てみよう。50%の男が、デートに同意した。69%が、部屋に行くと言った。そしてベッドインに同意した男は75%もいたのである。見知らぬ女性と社交的な一夜を過ごそうというより、いきなり寝ようという男の方が多いのである。
どの研究を見ても、男性が性行為の機会を逃さず捕らえようとしていることがわかる。
一人の女性に賭ける時間は最小限にし、同時に何人もの女性と性行為を持ちたいと願う、それだけではない。
セックスの機会を逃しそうになったとき男性には、目の前の女性がとりわけ魅力的に映るらしい。
ブライアント・グラデューはこれを裏付けるための調査を行った。アメリカ中西部のあるバーで、一晩のうち三つの時間帯(9時・10時半・午前零時)にそれぞれ、男性が女性客にどういう印象を抱くかを調査した。
これは、閉店近くなると女の子たちはきれいに見えるというジョークが本当かどうか、科学的に証明しようとした実験だった。アルコールの影響をコントロールし、自分のモルモットたちがずっとバーにいるように念入りに下準備をしたグラデューは、その努力に報いられることになる。
彼がいた4時間で、男たちが女たちに下す評価は17%アップしたのである。つまり、夜が始まったばかりのときには10点中6点という評価だった女たちが、最後には10点中7点になったのである。
トビーとコスミデスの主張
男性は繁殖の機会を最大限にするための進化を遂げてきたという主張――は、これまでのところどうやら正しいようだ。男性はたくさんの女性を求め、同時に何人もの女性とセックスしたがり、女性一人にかける時間は最小限にしようとする。
そしてセックスの機会を逃しそうになると、欲望が高まるのである。おまけにこの事実はキャンパスや実験室ではなく、市場経済の中でも見て取れる。男性を対象としたポルノグラフィは、妖艶なモデルを際限なく提供する。バラエティを楽しむメンタリティに訴えるためだ。
編集者たちによると、読者はそれぞれお気に入りのモデルを持っているが、新人を発掘した号は確実に売れるのだという。そしてこれは、西側の歯止めのきかない消費社会のせいばかりではない。
地球上の別の場所、一夫一妻制に縛られないなど中央のムリアという部族の男性は、なぜ一人の妻で満足せず色々な女と寝るのかと訊かれてこう答えたという。「誰が毎日、同じ野菜を食べたがる?」
つづく
5、数の問題 テストステロン
テストステロンが主として男性の性衝動を司るホルモンだという説に異を唱える者はいないようだ。精巣のライジヒ細胞で作られるクリスタル状のこの物質は、規則的なリズムで体の中を流れ、男性が生殖可能な年齢の間には、5分に一回ほどの割合でピークを迎える。
男性をセックス可能な状態にまで高からぶらせるのがテストステロンの仕事だと一般に信じられているため、欲望が極端に低い患者の治療に用いられたこともある。