サイモン・アンドレアエ/沢木あさみ=訳
赤い三人
チェコの北部、パブロフ・ヒルズに古代遺跡、ドルニ・ヴェストニーチェがある。これは約二万年前、最後の氷河期のころのものである。マンモスやバイソン、野生の馬が東ヨーロッパの草原を駆けまわっていた時代である。ここの住民たちも皮のテントで眠り、炭を火にくべ、毛皮をまとっていた。
性や社会組織、法律、習慣、宗教を司る文化というものを、彼らがどの程度持っていたか解らない。だか、手がかりらしきものはある。
遺跡の隅の方に、浅く掘った墓がある。
ここには、三人の若者が眠っている。女性らしき遺骨の一体囲んで、男性が二体ある。三人とも若い盛りに命を絶たれ、たいそうな儀式らしきものを施されたあと埋葬されたようである。
左の男性は仰向けに寝かされ、顔は中央の女性の方を向き、手は女性の生殖器に向かって伸びている。女性もあお向けに寝ていて、顔は右の男性に向けられている。右の男性は女性の方に腕を伸ばしているが、顔ははっきりと背けている。
いったいここで、何があったんだろう? どの遺骨にも、死の原因となったような病気の後はない。それに第一に、この地方では自然死の場合、儀式されたことはない。これは特殊なケースなのだ。
遺骨をもっと見てみると、手がかりが浮かんでくる。女性の生殖器付近と三人の頭のあたりに、粉を撒いたような跡がある。その粉は、赤土である。そのうえ、左側の男、女性に手を伸ばしているほうの男の尾骨は鋭いもので貫かれている。おそらく槍だろう。
この珍しい儀式には、いくつかの解釈が成り立つ。その一つは、この三人は生贄だったというものである。もう一つは、この三人は部族の掟に反したということである。ここの発掘に当たったボフスラフ・クリマは、三人は出産の失敗の後に死んだのではないかと推測している。
女性が不運な母親で、二人の男が産婆役を務めたというものである。だが、男性が産婆役を務める意味はあまりない。それにどうして、片方の男は槍で貫かれているのだろう?
とすると、どの証拠にもかない受け入れられやすい説明はこうである。これは姦通による罰である。しかも人類最古の。
ならばきっと、真ん中の女性が浮気をした妻なのであろう。右側にいる夫は、所有の証として彼女に向かって腕を伸ばしているが、忌まわし気に顔は背けている。左側の男性は罪深き間男で、その証拠に女性の生殖器に向かって手を伸ばしている。
そしてその顔は、物ほし気に女性に向けられている。だが誰が誰によって、どういう順番で殺されたのだろう? 考えられるのは、夫が妻の愛人を槍で殺し、その次に夫と妻が部族の人々によって殺され、問題になったのは生殖ということを示すため、赤土を撒かれたということもある。
あるいは間男が夫を殺し、怒り心頭に発した部族の人々に女もろとも殺されたかもしれない。あるいは部族のほかの人間が不義を知り、三人に死刑宣告をしたのかもしれない。
もちろんこれを解釈することは、千ピースのジグソー・パズルの百ピースを探すような作業である。あとの九百ピース、つまり全史時代の社会がどのようなものだったかについては、推測するしかない。
人間の性衝動とはどういうものか考えてみると、考古学が教えてくれるものは多くない。それでも男たちが姦通を犯し、それに対して暴力的な反撃があるという事実は、時代を経た私たちにとっても覚えがあるものである。
つづく
22、嫉妬に狂った怪物
嫉妬とは人間にとって、食べることや寝ること、性欲と同じような根源的な感情である。病的なものでも、例外的なものでもない。たしかに不快な結果を呼びはするが、進化論から見れば、人間にとって大事な感情の一つなのである。
デイリーとウィルソンは考えた。男と女の優先事項が違う以上、嫉妬を感じる要因も違うだろう。男は相手の肉体的な浮気により嫉妬を感じるのではないか。そして女は、感情の上での浮気に危機を嗅ぎ取るのではないか。見捨てられたり、夫の資産が他に行ってしまったりする可能性が出てくるからである。