脳の教科書・加藤俊徳著
理解系脳番地トレーニング
人は目や耳を通じて情報を得ますが、その情報を理解するときに働くのが理解系脳番地です。
日常生活では、相手の話を文字通り理解するだけでなく、「きっと、相手はこんなことを言いたかったのだろう」と推測で理解することがありますが、このような場合も理解系脳番地が働いています。
言われたことをそのまま理解したり、言わんとすることを推測したりと、人の理解の仕方はさきざま、ですから、理解のバリエーションが増えれば、何事も広く深く理解できるようになり、それだけで人間としての幅が広がるのです。
ところが、自分の経験した範囲内でしか理解し(でき)ない人は、脳から見ればマイナスだと言わざるを得ません。
よって、他から新しい情報がもたらせられても理解せず(できず)自ら応用の範囲を狭めてしまうのです。
ちなみに私の場合、28歳前後が最も理解力を伸ばせた時期なのですが、今でも「何でも知りたい」という気持ちを思い出し、当時の意識を維持するようにしています。
このように、未知のことが多く好奇心旺盛だったころの状態で物事を見たり、人に接したりすると、それまでとは異なる形で理解が深まり、理解系脳番地にも強い刺激を与えられるのです。
弁護士や新聞記者、編集者などは、相手の話す内容やその場の状況を瞬時に理解する能力に長けています。
これは、理解系脳番地が人より発達しているからなのです。
10年前に読んだ本をもう一度読む
理解系脳番地を大きく2つに分けると、言語を理解する番地と図形や空間などの非言語を理解する番地があり、前者は左脳に、後者は右脳に主要な機能が位置しています。
このうち、言語を理解する脳番地を鍛えたいのなら、読書が効果的でしょう。といっても、ただたくさんの本を読めばいいというわけではありません。
どんな多くの本を読んでも、1度目を通しただけの「読み捨て」では理解が深まることはないからです。理解を深めるには、同じ本を複数回読むことです。
1度読めば内容は頭に入るし、何度も読むのは面倒だという人もいるかもしれません。そんな人は騙されたつもりで、昔読んだ本をもう1度手に取ってみてください。
あまり最近のものでは意味がないので、10年ほど前までさかのぼればいいでしょう。どんなにしっかり読んでも、過去に読んだときには気がつかなかったことや、長い時間を経て忘れていたことが必ず見つかるはずです。
小説でもノンフィクションでも、1度読んだだけでは字面しか理解していない状態です。しかし2度、3度と読むうちに読後の印象は大きく変わります。
なぜなら、脳自体が成長しているため、2度目に読むときには以前とは異なる脳番地を使ってその本を読んでいるからです。つまり、本は同じでも、それを読むあなたの脳はまったくの別物になっているということ。
脳の成長をより実感したい人は、あえて過去に読んだときに面白いと思わなかった本を読んでみるのもいいでしょう。以前とは違う解釈で読めるばかりでなく、当時はなぜ面白くないと感じたのか、現在の視点から分析することができます。
とくに太宰治の「走れメロス」や、宮澤賢治の「セロ弾きのゴーシュ」など、国語の教科書に出てきたような短編小説は格好の素材となります。
学生のときには、教科書に載っているというだけで拒否反応があった作品も、社会人になってから読むと、新鮮な発見があるかもしれません。
このトレーニングは、さまざまなアレンジが可能です。たとえば、小説なら主人公とは別の登場人物に感情移入してみる、新書やノンフィクションなら著書の主張に批判的な立場から読んでみるなど、工夫次第で初回とは違った読み方ができます。
このように本の内容を多角的に読み込むことで、理解力は格段に深まっていくのです。
電車内で見かけた人の心理状態を推測する
私の友人には、ちょっと変わった趣味を持つ人がいます。なかでも「電車内で人間観察をして、その結果を家族に報告する」という人の話は興味深いものでした。彼が言うには、「気になる人を見つけて、その人の背景を推測するのが楽しい」のだそうです。
たとえば、降水確率0%の快晴の日に傘を持っている人がいたとします。
友人は、この傘を持っている人に注目して、「なぜ快晴なのに傘を持っているのか」「荷物が増えて面倒だと思わないのか」「自分だけが傘を持っていて恥ずかしくないのか」など、いろいろと想像を膨らませるそうです。そう考えると、たくさんの見知らぬ人と乗り合わせる電車の中に、人間観察ができる格好の場所だと言えるかもしれません。
ブスッとした顔で座っているスーツ姿の男性を見れば、「あの人は会社で何か嫌なことがあったのかな」と想像できますし、大きなスーツケースを持った外国人を見かけたら、「この人は日本語があまり話せないみたいだ。不安そうだな」と思うでしょう。
このように人の表情を読む訓練は、理解系脳番地を刺激します。
なぜでしようか。
たとえば、初対面の人と話すときのことを思い出してください。
合った直後は、相手の性格や経歴など、詳しいことは何一つわかりません。ですから、あたり障りのない話題を選んで相手に不快にさせないようにするでしょう。
同時に、表情やちょっとした一言から、相手がどんな人物なのかを想像し、理解しようと努めるはずです。
この観察が、理解系脳番地を活性化させるのです。
もつとも、電車内で人の顔をじっと見続けていると、思わぬトラブルを引き起こしてしまうかもしれません。相手を不快にさせないように注意しましょう。
おしゃれな人の服装をまねてみる
「きれいになりたい」と思うのは、女性においてはごく自然なことだと思います。
しかし、男性の場合はどうでしょうか。
今や男性向けの化粧品が出回る時代ですが、それでもきれいになることを意識する男性は少数派でしょう。
もちろん、男性に化粧することまで求めませんが、少なくとも他人に不快感を与えないような身なりを心がけたいものです。
街を歩いていると、髪型が乱れたままの人や、しわだらけの服装の人を良く見かけますが、やはりいい印象は持てません。こういう人は部屋の整理整頓をするのが苦手な人と同じで、自分自身をオーガナイズする能力に欠けているのでしょう。
実は、私自身も外見を全く気にせず過ごしていた時期がありました。研究の目的で渡米した後、しばらく研究に没頭しすぎて見た目にも気を遣う余裕がなくなってしまったのです。
見た目にも無頓着になると、外見を整えるときに機能する脳番地が使われなくなります。その結果、使われない脳番地の機能が低下し、外見に対する感性はますます失われていきます。
とはいえ、見た目に気を遣おうにもどんな格好をすればいいのかわからない、という人もいるでしょう。
そういう人は、「あの服なら着てみたい」と思える人を街中で見つけて、真似してみることです。自分と同じような身長・体形の人が、どんな服を着ているか観察することは、楽しいものです。
なかには「素敵だけど自分には無理かもしれない」というケースもあるでしょう。しかし、服装にしても化粧品にしても、実際に試してみないことには、自分に合っているかどうかはわかりません。
試してみて、自分に合っていたら取り入れ、合っていなかったら潔く止める。
この作業を繰り返すうちに、自分自身に対する理解力が強くなっていくのです。
尊敬する人の発言・行動をまねる
優れたリーダーシップで組織を動かす社長、話題作を次々に世に送り出す作家、鍛えられた肉体と驚くべき精神力で記録を塗り替えるスポーツ選手など、誰でも一人ぐらいは、心から尊敬できる人物がいるのではないでしょうか。
有名人でもなくても、お世話になった学校の先生や会社の先輩など、身近な人を尊敬の対象としている人も多いかもしれません。
お世話になった人には、「感謝」と「敬愛」の気持ちを持ち続けることが大切です。
なぜなら、感謝と敬愛の気持ちは、それを抱いた人の理解力の閾値(いきち)を下げ、今まで見えていなかった物事を見やすくする作用を脳に引き起こすからです。
もし、尊敬できる人がまわりにいるなら、その人のまねをして、自分にはない部分を積極的に取り込んでいきましょう。
誰かのまねをするというと、日本人はとかく「パクる」と話して嫌う傾向がありますが、他の人の長所は積極的に見習っていくべきです。
「模倣は創造の母」と言いますし、真似をしながら自分に合っていると思ったことは継続して、合わないものは止めればいいわけです。こうした、試行錯誤を繰り返すうちに、その人の良さはやがて自分自身のものになっていくでしょう。
まずは、尊敬する人を思い浮かべながら、「こうなりたい」(こうありたい)と思う事柄を3〜4つ選びます。次に、その事柄を数日から1週間ほどかけて実際の行動に反映させてみるのです。
「まね」は、相手のことを本当に理解していなければなりません。
単に「知っているつもり」では、本質を正確にとらえることはできないのです。
本当に尊敬する人のようになりたいと思うなら、「なぜ自分はできないのか」「なぜ自分がそこにあこがれるのか」について、真剣に考えようとするでしょう。
このように、他者を理解しようという思考こそが、理解系脳番地を鍛えることにつながるのです。
脳コラム
脳も「食事」をする!?
私たちは1日3回食事をしますが、脳も同じように「食事」をします。ただし、脳が「食べる」のは、肉や野菜ではなく「情報」です。
情報とは、人間の活動を通じて外部から得られるさまざまな刺激や経験のこと。脳は五感を通じて、毎日膨大な情報を食べているのです。
脂っこいものや甘いものを食べ過ぎれば病気になるように、脳にとっても「食べすぎ」はよくありません。
では、脳の「食べすぎ」とはどういうことでしょうか? これには“睡眠”が深く関係しています。脳は睡眠中に、日中使っていた脳番地を休ませています。
しかし、睡眠を取らないと、起きている間中、ずっと情報処理をしなければいけません。睡眠不足の裏返しは「情報」の食べすぎ。つまり、脳の過食です。
脳の「食べすぎ」は、脳細胞のオーバーワークになり、脳に栄養を運ぶ血管を疲れさせることになりますから、注意が必要です。
つづく
運動系脳番地トレーニング