脳の教科書・加藤俊徳著
伝達系脳番地トレーニング
伝達とは、言葉による伝達だけを意味するものではありません。
紙に文字を書く、手を使ってジェスチャーをするなど、誰かに何かを伝えたいときに用いられる、あらゆる行為が伝達系脳番地の守備範囲です。
伝達系脳番地は言葉で伝える言語系と、図形や映像などで伝える非言語系の2種類に大きく分けられます。
これまで述べてきたように、言語の使用は左脳に依存しているため、言葉を使って伝える場合には左脳の伝達系脳番地が、非言語の場合は右脳の伝達系脳番地が使われます。
つまり、左脳の番地が発達している人ほど、「話し上手」ということです。
また、伝達系脳番地を通して物音や相手の話を聞き、うなずいたりあいづちを打ったりしながら理解系脳番地で理解を深めますが、この作業によって得られた情報が伝達系脳番地に送られ、「伝達」の材料となるのです。
ところで、どんなに話好きな人でも、ずっとしゃべりぱなしだと疲れてくるでしょう。そういう時には意図的に聞く側に回ってみるといいかもしれません。
役割りを交代することで、伝達系脳番地から聴覚系脳番地に意識をシフトすることができ、相手の話がすんなり入ってくるようになるからです。
伝達系脳番地が発達しやすい職業としては、営業、販売の仕事する人や司会者、面白いところでは僧侶や牧師などが挙げられます。いずれも、自分の言いたいこと正確に理解してもらわなければならない仕事ですから、自然と伝達系脳番地が強くなるのでしょう。
以前、人間の脳はどれだけ「待てる」のかとう実験を行ったことがあります。被験者に図Aを見せた上で、「続いて図Bがでます。それまで図Aをよく見て覚えてください。後でどんな図だったか説明してもらいます」と指示しました。
「次の図が出る」と指示されていますから、この人の脳は待機しています。その間、脳はずっと酸素を使って働いている状態です。そこで、図Bが出るまでの時間を少しずつ長くしていき、脳がどのように働くか調べました。
この実験から、人間の脳は、最大でも6秒ほどしか待てないことがわかったのです。
脳は図Aが出た後6秒間は休むことなく働き続けますが、それ以上の時間が超過すると働きが鈍くなってしまいます。つまり、人間の脳が一つの情報を継続して処理できるのは5〜6秒が限界だということでしょう。
私は、このことを伝達系脳番地のトレーニングに応用しようと考えました。
人と会話する際に、相手の話にたいして意図的に「間」をおくようにするのです。もっとも、会話で5〜6秒の間が空くのはながすぎますから、3秒程度の間を置けば十分です。3秒の間を置いて話すと、自分のコメントに対する相手の反応に違いが生まれることに気づくはずです。
同意を求めているのに、3秒空けて「…そうだね」と答えれば、相手は「あれ?おかしいな」と不安になるでしょう。また、意見の相違から口げんかになったときには、あえて3秒の間を置くことで、怒りが収まることもあります。
これには理由があります。口げんかお互いが相手の言葉を遮り、発言を断ち切ってしまいますが、それではお互いに適切な伝達ができません。そこで、一呼吸できる間をつくることで、意見を言い合える状況ができ、相互理解が深まるのです。
こうして違和感や感情の変化は、「3秒の間を置く」という特別な状況を創らない限り、通常はあまり気が付かないものです。しかし、このようにわずかな時間差を意識するだけで、「相手の顔色が変わってきたから言葉を変えてみよう」などと変化に敏感になるため、結果的に伝達系脳番地の働きを大きく向上させられるのです。
自分の目標を親にメールで伝える
「自分はこれをやりたい!」という明確な目標を持つと、その目標は日常生活を送るうえで大きなモチベーションになります。
目標を本当に実現させたければ、手帳やノートに書きだすという人もいますが、それでは不十分だというのが私の意見です。
目標があるならそれを明言し、大切な人に聞いてもらうことが一番。誰かに話すことで「実現させよう」という意思がつよくなりますし、価値のあるアドバイスがもらえれば、一気に実現の可能性が高くなります。
それでも「他の人話すのは恥ずかしい」という人がいれば、自分の親(父親でも母親でも構いません)に目標を伝えてみてください。伝える手段はメール、あるいは手紙です。
親というのは最も身近な存在で、ずっと見てくれていた人です。よほど常識外れな目標でもない限り、真摯に聞いてくれるはず。
ただし、そこで「目標をどう説明するか」という問題が生まれます。「なぜ、その目標を立てたのか」「どのように実現にするのか」「実現するには何が必要なのか」などを、筋道立てて説明しなければいけません。
たとえば「システムエンジニア(SE)になりたい」という目標があるとしましょう。読者の親世代で、この内容を即座に理解してくれる人はどれだけいるでしょうか。
まずは、それがどんな職業かという説明から始めなければならないかもしれません。
このトレーニングは、年代の違う相手に思いを伝えるという点と、それをわかりやすく文章化するという二重の課題を要求されているところに難しさがあるのです。
相手の口癖を探しながら話を聞く
人には多かれ少なかれ『口癖』というものがあります。
話題を変えるときに、必ず「ちなみに」という人や、こちらが話を進めていると、「なるほど!」を連発すること、また、なかには「〜する」と言えばいい場面で「〜させていただく」と言ってしまう人も。
そこで、人と話すときに相手の口癖を探しながら会話をしてみましょう。
「キーワードを探しながら相手の話を聞く」ことは、伝達系脳番地を鍛えるのに大きな効果があります。伝達系脳番地は、相手に何かを伝えるときだけでなく、人から情報を得ようとするときにも刺激されるのです。
ですから、「口癖を探す」という目的を定めておくと、脳は必死にキーワードを探すようになり、その言葉が見つかると、伝達系脳番地が即座に反応するのです。
たとえば、相手が会話の中で「ちなみに」を連発していることに気づくと、そこに注意を払いながら話を聞くようになるでしょう。そこで実際に「ちなみに」が出れば、相手がどうしても補足しておきたいことや、本音に通じる部分が語られていることがわかります。
また、口癖や気になるフレーズはひとつとは限りません。馴れてきたら複数見つけたうえで話を聞くと、その分、自分自身の伝達技術も高まります。
実は文章を読むときも、脳は同じように反応を示します。
たとえば経済・金融系の雑誌を読むとき、「マネーロンダリング」という言葉に注目しようと決めると、記事中の「マネーロンダリング」という文字が自然に目につくようになります。さらに、新聞やインターネットなどを見ていても、「マネーロンダリング」という言葉に敏感に反応するようになるでしょう。
このように、キーワードを探しながら人や情報に接触するだけで、あなたの伝達力は確実に高くなっていくのです。
以前、カフェでパソコンを使っていたときに、近くに座っていた外国人に話しかけられたことがあります。彼はパソコンの画面に映し出された脳の画像を見ながら、「面白い画像だね」と話しかけてきて、それから彼といろいろな話をするようになったのです。 私がふと「君はどこから来たの?」と聞くと、「僕はイスラエルから来たんだ。この辺りで通信関係の会社の社長をしていてね」と言います。
そんな経験から名刺交換をすることになり、彼との付き合いはその後も続いています。
この体験から、私はカフェや喫茶店に入るって、見知らぬ人話しかけてみることで、伝達系脳番地をトレーニングできるのではないかと考えるようになりました。
とはいえ、他のお客様にいきなり話しかけるのはさすがに勇気がいるでしょう。そこで、お店の人に注文を伝えるときに、「このコーヒーの産地はどこですか?」「おすすめは何ですか?」と話しかけることから始めてみてはいかがでしょうか。
お店の人に話しかけることも、やろうと思えば誰でもできますから、非常に簡単なトレーニングです。
これがなぜ伝達系脳番地を鍛えることにつながるかと言えば、「ぶっつけ本番」のコミュニケーションだからです。
見知らぬ人に話しかけるときには相手のリアクションが読めませんし、性格や立場などその人の予備知識はまったくありません。
そのため、伝達系の脳番地がフル回転するわけです。
ちなみに私の場合、国際学会で英語のスピーチをすることで、ぶっつけ本番の伝達力をトレーニングしていました。
壇上にひとり立ち、各国の学者たちをまえに英語で話す…。
時間にして10分程度の短い時間ですが、イメージしただけでも「清水の舞台から飛び降りる」どころではないことを理解していただけるのではないでしょうか。
英語が上手でなくてもとにかく話さなければいけませんし、何より話自体に内容がないといけません。
これなどは、いわばスパルタ式の伝達系脳番地トレーニングといえるでしょう。
脳は大きいほうがいいのか?
頭の良さは脳の大きさで決まると考えている人がいますが、これは誤りです。
たとえば男性の脳は、女性の脳より、平均して100gほど重いというデータがありますが、男性が女性より優れているわけではありません。
また、大脳半球が巨大化する「巨脳症」という病気がありますが、この病気の発症者が特別な能力を有しているわけでもありません。
やはり、脳の良し悪しは「枝ぶり」で決まると考えるのが妥当でしょう。
ただし、脳番地全体を見てみると、大きい方がいい番地もあります。
それは「海馬」です。
海馬は萎縮したり、傷つきやすかったりと繊細な組織ですが、順調に育った海馬は、形もよく大振りです。海馬が大きく育った脳画像をみると、私は知性を感じます。
つづく
理解系脳番地トレーニング