
上野千鶴子著
ヒマつぶしの達人
その2 時間はひとりでにつぶれない。
ヒマをじょうずにつぶすには、ノウハウもスキルも、そのうえインフラ(基礎づくり、初期投資)もいる。ここではふたりの男おひとりさまの例を紹介しよう。
《俳句にクラック音楽、一生勉強の教養派》
キサアキさん(72歳)は退職教員。元は高校の国語教師だった。毎週週末には地元のシルバー大学の俳句教室の講師をしている。毎回季題をだしたりして勉強しなければならないし、季節ごとに吟(ぎん)行に出かけたりもするのでじゅんびにけっこう忙しい。週に何日かはこのために費やす。わずかながら謝礼も出る。
かけた時間にくらべればわりがあわないが、いまのところこれにいちばんうちこんでいるので悔いはない。
退職した後も、「先生」と呼ばれるのはこのおかげ。俳句を教えることが出来るのも国語の教師をしていたらこそ。「一生勉強」が信条だから、こういう人生の過ごし方が自分に合っていると思う。
もうひとつべつの楽しみもある。昔の教え子たち、いまは地元で専業主婦をしている女性たちを集めて、自宅でクラシックの鑑賞会を開催しているのだ。CDのコレクションは、
LP時代から年季が入っている。オーディオセットにも投資した。嬉しいのは、かっての教え子たちが、いまもこうやって自分の元に、ときには子ずれで集まってくれることだ。
マサアキさんの時間の過ごし方は、職業生活と直結している。俳句もクラシック音楽も、教師らしい教養主義に結びついているし、このひとはよほど教えることや教わることが好きなのだと思う。
ただ人柄がいいので、かつての教え子が慕い寄って来てくれる。考えてみれば、俳句教室の受講生も大半が女性、クラック鑑賞会の参加者も女性。まわりを女性に囲まれているのはお幸せというべきだろうか。
《スキーにカヌー、三世代続くアウトドア派》
もうひとりの時間待ちの例をあげよう。
歯科医のタケシさん(63歳)はアウトドアスポーツの愛好者。ランドクルーザーにカヌーを乗せて、四万十川へ川下りに行った事もある。元旦には、友人と息子をクルマに乗せて、スキーを積んで富士山へ飛ばし、明け方に初滑りをして帰ったこともある。
最近ではさすがにそんなにハードな遊び方はしないが、その代わり、小学生の孫にスキーとカヌーを教えるのが楽しみ。休みに進んで孫を連れだしてくれるので、嫁から重宝がられている。妻に先立たれたが、二世帯住宅の階上に住む息子一家が食事を共にしてくれるので不自由はない。
頼めば後添えを世話してくれそうな友人知人もいるが、いまの二世帯住宅の平穏を壊したくないので、再婚は考えていない。
もともと男同士で海や山に行くのが好きだった。妻は室内派でカラダも弱かったので、連れて行かなかったし、ついていきたいとも言い出さなかった。幸いなのは、蒲柳(ほりゆう)の質の妻から生まれた子どもたちが、いずれもアウトドア派に育ってくれたことだ。
小さいときから一緒に連れまわしたのが功を奏したのだろう。今度は孫を、忙しい息子に代わってアウトドア派に仕込む番。だが小学校も高学年になれば教育熱心な嫁が塾だのお受験などと言い出しそうで、孫が自分に付き合ってくれるのもあと数年だろう。
最近では、山でもスキーでも出会うのは熟年ばかり。泊りがけの山歩きや恒例のスキーツアーもあるので、遊び相手には不自由はしない。
シニア割引のシーズン券を持っているホームゲレンデの常連には、最高年齢86才のひとりさまスキーヤーがいる。その人を見ると、この先20年は大丈夫、と思える。
《趣味を共有できなかった夫婦》
こういう多彩な趣味やスキルを、どこで、いつ、身に着けたか、それも調査した。
家族歴、学校歴、職場歴のどの場面でノウハウを身に着けたかとたずねると、多いのは家族歴。
マサアキさんの俳句のスキルは職歴と関係しているが、クラック音楽は、父親が好きで、小さい時からよくコンサートに連れて行ってくれたという。タケシさんのアウトドア趣味は代々の家族歴。親がよく海や山に連れだしてくれたおかげで自分も好きになり、我が子も野外に連れ出し、今度は孫を仲間に引き入れようとしている。
それに加えて学校歴。大学時代にサークルに入っていたカヌーを覚えた。ヨットもやってみたが、ヨット部に集まって来る都会の遊び人らしい同年配の若者立とどうもそりが合わず、こちらはじきに辞めた。
遊びのスキルは一朝一夕では身につかない。フランスの社会学者、ピエール・ブルデューは、こういう身についた趣味を「文化資本」と呼ぶ。カネだけではなく、趣味も階層の指標なのだ。そういえば、タケシさんが妻と知り合ったのはヨット仲間の紹介から。
都内の名門お嬢さま大学の学生だったからで、ふつうのサラリーマンになる予定だったら見向きもされなかったかもしれない。と思う。
アウトドア派とあまり縁になかった女子大生の妻が、地方出身のタケシさんに惹かれたのは、たぶん周囲の仲間たちとちがう、正直で飾らないところに目が行ったのだろう。
他方、タケシさんにとっては結婚前の妻は、眩しいような女子大のプリンセスだった。婚約を決めた時は、まわりから「なんておまえみたいなダサいヤツが、彼女を射止めたんだ?」と不思議がられたものだ。たぶんお互いに異文化だったから惹かれ合ったのだろう。
だが長い結婚生活では、結局うまく「趣味の共有」はできなかった。歯科医院の跡取りだった自分について郷里に来てくれたのはありがたいが、都会育ちの妻にはそれに終生不満があっただろう。それぞれ“棲み分け”をしてきたが、夫婦の齟齬(そご)は最後まで解消されず、死なれてどこかほっとした気分がしたのはほんとうだ。
つづく
初期投資が高いと、安いコストで楽しめる