
上野千鶴子著
第4章 ひとりで暮らせるか
男は自立しているか
《自立の3点セットとは》
自立の概念は、これまで、○1経済的自立、A精神的自立、B生活的自立の3点セットで考えられてきた。
それに、C身体的自立を付け加えることもできる。カラダが思うように動くこと、家事や暮らしの能力があることはべつだからだ。
女性が自立を求めたとき、女はとっくに精神的自立と生活的自立をはたしているのだから、自立していないのは男のほうだともいわれてきた。経済的には自立しているかも知れないが、
精神的には妻や母親にどっぷり依存し、そのうえ、家に帰ったら何一つできない。
生活的自立を果たしていないのは男のほうだと。
だからカラダが健康でも、生活的自立のできない男おひとりさまはひとり暮らしなどできないと考えれてきた。妻に先立たれた男性が、「男やもめにウジが湧く」と言われたり、「何かとお困りでしょう」と再婚を周囲にすすめられたりしたのはそのせいだ。
だが、これもすっかり様変わりした。
妻に靴下まで履かせてもらったり、自分の下着の置き場所も知らなかったり、お茶一つ自分で入れられない旧世代の夫族は、団塊世代の男にはもういない(はずだ)。
それどころか、下着とネクタイは自分で必ず選ぶというオシヤレな男性や、コーヒーの入れ方にこだわりを持っている男性、休日になるとパパのクッキングで家族を喜ばせる男性など、ざらにいる。
団塊ジュニアの世代になると、女性にモテるための条件のひとつに、料理がうまい、という項目が入ってきた。女性にとって、同性の友人に「うちのカレったら、料理がうまいのよ、とくにパスタが得意なの。今度、食べに来て」というのが自慢になるくらい。
《母から妻へ、受け継がれるパンツの歴史》
その昔、『スカートの下の劇場』(河出書房新社、1989年)で下着の歴史を書いたわたしとしては、下着の選択や管理を妻にまかせておく男性の気が知れない。自分のキンタマの管理権を、妻に握られているようなものではないだろうか。
当時のインタビュー調査によると、男の子が母親から最初に与えられるのは白いリーフ。思春期になって仲間の前で着替えをするようになると、それが気恥ずかしくなって柄物のトランクス(昔はデカパンと呼んだ)に変わる。
結婚してふたたび下着が妻の管理下に入ると、ブリーフに戻る人もいる。それにしても、どうして母だの妻だのという女は、白のブリーフが好きなのだろう。だから夫族が自分のパンツを自分で選び始めたらアヤシイ、とにらんだほうがよい。
食べ物も同様。かつては男子厨房に入らず、それところか、食い物にうまい・まずいを言うのは男のコケンに関わることだった。
妻の料理がうまくてもまずくても黙って喰い、まずければひと言文句をいう、まったく愛嬌のない夫族だったのだけれど、グルメがブームになって以来、食べ物に一家言あることは、男の教養のひとつにすぎなかった。平和な時代である。
《家事能力はある?》
それだけでなく、男の一人暮らしそのものが増えてきた。再婚男性でも、単身赴任の経験率は高い。地方勤務の辞令が来れば、妻子を残して単身赴任が当たり前、という雰囲気さえ生まれるようになってきた。高学歴のカップルにとっては、子ども教育のほうが優先順位が高くなったからである。
お隣の勧告では、教育ママが子どもの海外留学に同行し、夫が故国に残ってせっせと仕送りをするという“逆単身赴任”もあるらしい。
死別シングル族は、妻に依存してきた過去があるせいで家事能力が低いと思われているが、結構そうでもない。それに妻を看取るまで、夫婦介護を経験しているあいだに、それなりに家事能力や介護能力を身に着けていたりする。
それより下の世代の離別シングルは、再婚の可能性が低く、ひとり暮らし歴が長期化している。離婚後、ブーメランのように実家へ戻っている場合は、母親という名の“主婦”がつく。それでも母親が高齢化すれば、家事や介護の負担がかかってくる。
もっと下の世代の非婚シングルのほうが、一人暮らしを経験が少ないかもしれない。2000年のデータを見ると、シングルの親へのパラサイト率は、男性は20代で82%、30代で79%、女性では20代で88%、30代で65%(野村総合研究所「生活者1万人アンケート調査)。これがこのまま持ち上がる可能性もある。
「片づけられない症候群」の女性が話題をよんでいるが、きれい好きで整頓好きの男性もいる。彼らは、女性も顔負けの片づいたワンルームの住人だったりする。いつでも彼女を呼べると言うのも、男おひとりさまのたしなみのうち。
清潔なシーツや、毛髪くずの落ちていない洗面台などは、最低限のマナーだ。とりわけ毛髪くずには要注意。わたしの友人は、彼の部屋で掃除機をかけてあげようと思って、見たことのない長さの髪の毛がダストケースに詰まっているのを見つけて、彼と切れた。
つづく
「食」のライフラインを確保する